多様な人材を活かす心理的安全性の高い職場づくり  高齢者をはじめとする多様な人材の活躍をうながすうえで大切な「心理的安全性」について、株式会社ZENTechの原田将嗣さん、石井遼介さんに解説していただきます。  心理的安全性は、「これをやっていれば間違いない」という画期的な方法によってつくられるものではありません。普段の一つひとつの行動を積み重ねて、心理的安全性の高いチームをつくりましょう。 株式会社ZENTech(ゼンテク) シニアコンサルタント 原田(はらだ)将嗣(まさし)(著) 代表取締役 石井(いしい)遼介(りょうすけ)(監修) 第3回 心理的安全性を高めるのは、一つひとつの行動の積重ねから 1 いまのチームの心理的安全性は過去の「行動」の積重ねでつくられている  心理的安全性とは「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことを言い合える状態」をいいます。「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子を高めることでチームに心理的安全性を醸成することができるのです。  「ミスの報告がしにくい」、「わからないことでも聞きづらい」、「新しいアイデアを言いにくい」、「自分の強みや個性が発揮しにくい」。このような状態は心理的安全性が低い状態です。このチームの状態は、いつから始まったのでしょうか。昨日から急に変わった、ということはないはずです。  いまのチームの状態は、これまでのチームでの歴史の積重ねによってつくられています(図表1)。  ミスの報告に対して叱る、怒鳴るという反応をリーダーやベテランが頻繁にしてきた結果、そのチームでは「ミスをしたら怒鳴られるので、言いにくい」という状態になってしまいます。また新しいアイデアに対しても「前例はあるの?」、「それはうちではむずかしいね」などの否定的な反応がくり返されると、新しいアイデアは言いにくくなるのです。  メンバー一人ひとりがとった行動に対して、リーダーやほかのメンバーがしてきたリアクション(反応)の一つひとつが、いまのチームの状態をつくっています。職場によっては、だれも反応してくれないので、朝の「おはようございます」という挨拶にすら抵抗感がある職場もあるかもしれません。  このように、日々のメンバー同士の発言や行動、リーダーの反応などを見ながら、チームのなかで学習してしまっているのです。 2 一つひとつの「行動」の積重ねからチームの心理的安全性がつくられる  いまという時代は、以前に比べてチームで働く人たちが多様になりました。性別や国籍、育児や介護などの家庭環境、高齢者の雇用など、一人ひとりの持つ多様性をチームの力に変えていくために、より心理的安全性の高い状態にすることが求められています。  心理的安全性の高いチームを目ざすうえでの注意点は「心理的安全性をつくれ」などと指示をしても、一朝一夕には変わることはない、ということです。これは前述の通り、いまの「心理的安全性が低い」状態は、過去の歴史の積重ねによってつくられているからです。  よりよい状態に変えていくためには、一人ひとりのよい行動を積み重ねていくことが大切です。では、どうすれば「行動変容」は起こせるのでしょうか。 3 チーム運営に役立つ行動分析のフレームワーク  行動分析学という学問分野で使われる「きっかけ↓行動↓みかえり」フレームワークをご紹介します。行動変容に役立つフレームワークで、図表2のように、三つの箱を使って、何が人々の行動をもたらすのか、分析をすることができます。  例えば「同僚に『近くに新しいレストランができたから行ってみようよ』とランチに誘われる」という【きっかけ】があって、ランチに行ってご飯を食べるという【行動】が起きます。そして行動の後の「安くて美味しかった!」という【みかえり】が【Happyなみかえり】であれば、そのレストランをリピートするというように行動が増え、一方で、美味しくない・高いのに不愉快な接客など【Unhappyなみかえり】であれば、二度とそのレストランには行かないでしょう。  このように、人々は【きっかけ】をもとに行動をとり、そして自分がとった行動に対して、その直後に【Happyなみかえり】があると次にまた同じ行動をとる確率が上がり、【Unhappyなみかえり】があると、次にまた同じ行動をとる確率が下がるのです。  レストランの例を聞くとあたり前のことのように感じるかもしれませんが、あなたがリーダーの立場で、メンバーから「トラブルの報告」を聞いたら、どう反応しているでしょうか。「なんでこんなになるまで報告しなかったんだ!」と部下を叱る、といった方も少なくないでしょう。  その際、これ以上くり返しトラブルが起きることを避けるために、叱責は重要だと感じている人も多いのではないでしょうか。  しかし、図表3のように「報告するメンバー」の立場で行動分析のフレームワークにあてはめて考えてみると、「報告する」という行動の直後に「叱責される」という【Unhappyなみかえり】があるわけですから、次にトラブルがあったときの「リーダーへの報告」が減ってしまうのです。リーダーは、ミスそのものを減らしたくて、ともすると心を鬼にして、厳しく叱っているのかもしれませんが、行動分析の考え方では、ミスそのものを減らす効果は小さく、報告を減らす効果が大きいと考えます。  心理的安全性の低い、罰や不安が多く与えられる職場では、メンバーの多くの行動に【Unhappyなみかえり】が返されています。それが原因で、メンバーは行動を減らしてしまい、成果も出にくくなってしまうのです。つまり「怒られない範囲で指示されたことをやろう」、「余計なことはしないようにしよう」と、後ろ向きな努力に向かわせてしまうのが心理的「非」安全なマネジメントなのです。  トラブルそのものは、望ましくないものかもしれません。しかし、もし起きてしまったのであれば、「早急に、漏れなく報告される」ことは、「報告がない、あるいは遅い状態」よりは望ましいことのはずです。行動分析を知っておけば、増やしたい行動・本来望ましい行動にUnhappyな罰を与えて、減らしてしまうことを避けることができます。行動の質や結果ではなく、行動そのものの量を増やしたいかどうかを見分けることが重要ということです。  「言いにくいことだったと思うけど、いち早く報告してくれてありがとう」という言葉は、まさに発言の内容自体は「深刻なトラブル」であったとしても、「話してくれる」という望ましい行動に感謝を伝え、少しでもHappyなみかえりを伝えようとする言葉です。  前回の連載(第2回)でお伝えした「言葉がけ」、そのなかの「きっかけ言葉」、「おかえし言葉」は、まさにこの行動分析のフレームワークに則った心理的安全性の高いチームをつくるための具体的な手段なのです(図表4)。  重要なことは「きっかけ言葉」で行動をうながすだけではなく、メンバーが行動をした後、「おかえし言葉」までをセットで伝え、望ましい行動を増やしてもらうことです。このときの「おかえし言葉」はみかえりとして、行動をとった本人がたしかに実感できるHappyであることが重要です。  ですから「ありがとう」とただ伝えるだけではなく、あなたが何についてありがたいと感じたのか、「〜してくれてありがとう」と、理由をつけて感謝を伝えることが、相手の次の行動を生み出す秘訣です。  ほかにも、日常的に枕詞のようにあたり前に使っている言葉が、悪いきっかけとして作用しうる、という例をご紹介します。  「自分は嘱託社員だから…」という言葉が浮かんでしまうと、遠慮してしまうことがあります。これは、この言葉が悪い「きっかけ」となって「気がついた改善点を言う」という行動を減らしている、といえます。  また、「あの人は再雇用だから…」という言葉が浮かぶと、負荷をかけ過ぎないようにと気遣いが生まれます。チーム全体で考えたらその人にお願いしたい仕事でも、依頼ができなくなってしまいます。気遣いは決して悪いことではありませんが、過度になると本人は言われれば自然と引き受けていたかもしれない仕事でも、依頼されなくなるわけですから、実際にやらなくなってしまいます。これも「あの人は再雇用だから…」という言葉が悪い「きっかけ」となって「できるかどうか確認する」、「依頼をする」という行動を減らしているといえます。  このように、日常的に使っている言葉を一度ふりかえってみると、すぐに変えることができる【きっかけ・みかえり】が見つかることがあります。あなたの言動が、相手の望ましい行動を引き出し、またその行動をリピートさせる言動になっているかどうかを、この機会にふりかえってみましょう。  特にリーダーにおすすめしたい「きっかけ」づくりのヒントがあります。それは、再雇用や嘱託の方にかぎらず、メンバー一人ひとりに「相手に期待すること」を明確に伝えることです。特にベテランのメンバーには「いま現在何を期待しているのか」をあらためて伝えてみてください。本人が思っている「期待されていること」とリーダーが考えている「期待していること」にずれがあるかもしれません。ベテランメンバーは知識や経験が豊富でできることが多いので、どの能力を活かすことを期待されているのかが、明確になっていたほうが本人は迷いなく力を発揮することができます。期待に応えて行動してくれた際は、先述の「理由をつけて感謝を伝える」も、ぜひセットで実践してみてください。 4 まとめ  チームの状態を変えていくためにはあなたを含むメンバー一人ひとりの日々の行動の積重ねが重要です。行動変容のために「きっかけ→行動→みかえり」の行動分析のフレームワークが役立ちます。  ここまで読んでいただき、お気づきになっているかもしれませんが、あなたの言動が相手にとっては、行動を起こす【きっかけ】や、行動をリピートするかどうかを左右する【みかえり】になっていることが多々あります。「手伝ってくれない相手が悪い」のではなく、自分は相手が手伝いたいと思える適切な【きっかけ】や、相手が手伝ってくれたときに「次回もぜひ手伝いたい!」と思える【みかえり】を届けられているのか、という視点をぜひ持っていただきたいのです。  もちろん逆に相手の言動があなたにとっての【きっかけ】や【みかえり】となって、あなたの行動に作用していることもあります。仕事を進めるうえでお互い望ましい【きっかけ】や【みかえり】を提供し合えると、チームがより機能的になっていくのではないでしょうか。  あなたが新たに用意できる【きっかけ】には何がありますか。また行動した人にとってHappyに感じる【みかえり】として何ができそうでしょうか。行動分析のフレームワークを活用し、心理的安全性を高めるために必要な「チームにとって望ましい行動」を増やしていきましょう。 図表1 過去の行動の積重ねでつくられる心理的安全性 これまでの一つひとつの積重ね 資料提供:株式会社ZENTech 図表2 行動分析のフレームワーク きっかけ その人が行動を起こす 状況・文脈 行動 その人が自分からとれるアクション みかえり 行動した後の結果がHappyかどうか 次回、同じ行動をとる確率が変わる 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 図表3 【Unhappyなみかえり】がもたらす行動変容 きっかけ ミス・トラブルが発覚! 行動 上司にいち早く報告! 確率Down みかえり めちゃくちゃ怒られる… Unhappy 次回、同じ行動をとる確率が減るつまり、ミス・トラブルを報告しなくなる 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 図表4 【Happyなみかえり】がもたらす行動変容 きっかけ きっかけ言葉 行動 メンバーの望ましい行動 確率Up みかえり おかえし言葉 Happy 次回も、また望ましい行動をとるぞ! 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社)