いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第42回 「最低賃金」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 毎年10月は最低賃金の改定に注意  秋になると最低賃金に関する話題が報道されたり、駅などで周知ポスターを見かけることが多いかと思いますが、これは毎年10月1日〜中旬にかけて地域別の最低賃金が改定されることに起因しています。  最低賃金は、最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者はその金額以上の賃金を支払わなければならない制度です。2023(令和5)年時点では、時間額(時給)で定められています。最低賃金法の第一条には目的として次のように記載されています。  「この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」  傍線部分が目的に関するキーワードですが、低廉な労働者に該当しない賃金全般の引上げも目的に含まれるといわれています。  この目的に沿って、最低賃金には二つの種類が設けられています。 @地域別最低賃金…産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業所で働くすべての労働者とその使用者に対して適用されるもの。各都道府県別に定められている。毎年改定される。 A特定最低賃金…「地域別最低賃金」よりも金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認める特定の産業について設定された最低賃金。毎年は改定されない。  @とAの関係性ですが、両者を比較してみて高い方を適用する必要があります。例えば、2023年10月時点では、@東京1113円に対して、A東京・鉄鋼業871円のため、@1113円を適用することになります。Aはあまり意識されていないかもしれませんが、自社が特定産業に属するか否かをチェックする必要があります。 最低賃金の確認は必ず行う  最低賃金の改定時期は10月ですが、毎年8月〜9月の時点には改定額が各都道府県で発表されるため、そのあたりから自社の賃金が改定後の最低賃金を下回らないか確認を行い、必要に応じて賃金を見直す必要があります。最低賃金を下回るとその賃金は最低賃金法により無効となり、最低賃金額と同額の定めをしたものとして扱われます。また、最低賃金までの差額の支払い、50万円以下の罰金が求められます※1。このほか、労働者のモチベーション低下や流出、採用難などを引き起こしかねません。  確認を行うにあたり、ここでは必ず押さえるべき基本的な点についてみていきます。 ・適用範囲…すべての労働者。正社員・パート・アルバイト・嘱託等の雇用形態や呼称にかかわらず適用※2 ・適用都道府県…労働者が実際に働いている事業場がある都道府県。派遣労働者の場合は派遣先の都道府県 ・対象となる賃金…毎月支払われる基本的な賃金。ただし、「臨時の賃金(結婚手当等)」、「賞与等」、「時間外勤務手当」、「休日出勤手当」、「深夜勤務手当」、「精皆勤手当・通勤手当・家族手当」は除外 ・確認方法…自社の全労働者の時間額(時給)が最低賃金未満とならないかを確認。日給制の場合は1日の所定労働時間、月給制の場合は月平均所定労働時間で割って時間額を算出したうえで比較 ・賃金見直し方法…最低賃金未満の労働者の時間額を最低賃金以上に設定。ほかの労働者もあわせて引き上げる必要があるかを検討  最低賃金は時間給で定められているため、月給処遇者の確認を疎(おろそ)かにしがちです。特に、一定期間昇給をしていない正社員や、定年前よりも一定程度給与を引き下げられた再雇用者については、時間給を算定してみると最低賃金未満であるケースが実際にみられたりしますので、注意が必要です。  詳しくは、厚生労働省のWEBサイト※3にわかりやすく網羅的にまとめられているので、参照してみてください。地域別最低賃金と特定最低賃金の一覧もこちらに掲載されています。 今後も最低賃金は上昇し続ける  2023年10月の改定では、全国加重平均額が1004円となり初めて1000円を超えたと話題になりました。また、図表の通り最低賃金は毎年右肩上がりで、前年に対する上昇額もここ10年は20円〜30円程度で推移していたものが、本年は43円の上昇額でした※4。地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費や賃金、通常の事業の賃金支払い能力を考慮して、最低賃金審議会の議論・答申に基づき決定されますが、その議事録をみると、近年の物価の上昇や景況感、賃金上昇における国際比較や人手不足などの社会的な課題などを含めて議論がされています。これらの課題が今後も大きく変わる想定がしにくい点や、岸田首相が2023年8月に開催された「新しい資本主義実現会議」で2030年代半ばまでに全国加重平均で1500円を目ざす≠ニ明言している点などを考慮すると、今後も同等以上の上昇額で上昇することが容易に想定されます。  企業側の立場になると、最低賃金の大幅上昇は経営に影響を与えるものではありますが、今後も避けて通れないことはほぼ確実なため、対応し続けることができる経営基盤づくりが求められることになります。  次回は、「タレントマネジメント」について解説します。 ※1 特定最低賃金を下回る場合は、労働基準法により30万円以下の罰金 ※2 精神または身体の障害により著しく労働能力の低い方など、使用者が都道府県労働局長の許可を得ることを条件に、特例が認められる場合がある ※3 https://pc.saiteichingin.info/point/page_point_what.html ※4 2020年は、新型コロナウイルス感染症による景況の悪化などを背景に、全国加重平均は1円上昇 図表 最低賃金(地域別最低賃金 全国加重平均額・時間額 2013年〜2023年) 全国加重平均額 上昇率% 2013年 764円 2014年 780円 2015年 798円 2016年 823円 2017年 848円 2018年 874円 2019年 901円 2020年 902円 2021年 930円 2022年 961円 2023年 1,004円 ※厚生労働省「平成14年度から令和5年度までの地域別最低賃金改定状況」を基に筆者作成