技を支える vol.335 国際大会優勝の経験を後進の育成に活かす 菓子職人 後藤(ごとう順一(じゅんいち)さん(63歳) 「後進には、私のやり方を押しつけるのではなく、コンクールへの参加など、自ら工夫し、成長できる機会を与えるようにしています」 数々の国際コンクールで優勝・受賞を果たす  東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」で副総料理長(ペストリー/ベーカリー担当)を務める後藤順一さんが、得意とするのはアメ細工。煮詰めたアメを、くり返し引き伸ばしてツヤを出す「引きアメ」、空気を送り込んで膨らませる「吹きアメ」、型に流し込む「流しアメ」などの技法を駆使し、技巧に富んだ作品を生み出してきた。1995(平成7)年には、パティシエ・コンクールの最高峰といわれる「第4回クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」(フランス)で個人アメ細工部門1位および日本チーム2位、1998年には「世界製菓芸術コンクール」(モナコ)で1位になるなど好成績を残す。  グランド ハイアット 東京には、開業メンバーとして2003年に入社し、各レストランや宴会場、ペストリーブティックなど、ホテルで提供されるすべてのスイーツ・パン製造を統括してきた。また、後進の育成にもたずさわり、世界大会で優勝・受賞したパティシエを何人も輩出している。  これらの長年にわたる功績が評価され、2018年に「卓越した技能者(現代の名工)」を、2023(令和5)年には「黄綬褒章(おうじゅほうしょう)」を受章した。 思い描いたものを形にすることに喜び  華々しい実績を誇る後藤さんだが、最初から「菓子職人になりたい」という思いでこの業界に飛び込んだわけではなかった。  「高校卒業後、せっかく働くなら技術を身につけたいと思い、調理系の仕事に就こうと、和洋中すべてがそろうプリンスホテルに就職しました。そのなかで選んだのが、もっとも華やかそうな製菓部門でした」  配属された東京プリンスホテルの製菓部門を統括していたのは、日本のホテルベーカリーの基礎を築いたといわれる内海(うつみ)安雄(やすお)氏。「偉大なシェフに学びたい」という意欲にあふれた人たちばかりで、職場は緊張感に満ちていた。そんな環境のなかで後藤さんは、菓子づくりの知識ゼロの状態から、目の前の仕事を着実にこなしていくことで、次第にできることが増え、仕事がおもしろくなっていったという。  国際コンクールで好成績を残せた理由を聞くと、「新しい技術といっても、昔からある技術の延長線上にあるもので、それを思いつくか思いつかないか。思いついても、やらずに諦めるか、やれるようになるまでがんばるかの違い。普段からいろいろなものを見て、強く印象に残ったものの蓄積が、アイデアの源泉になっていた」と話す。  もっとも思い出深い作品は、23歳のとき、親方から指名され、「全国菓子大博覧会」に出品するために製作したもの。イタリア・フィレンツェにある「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」をテーマにした一畳ほどもある作品を、約8カ月をかけて一人でつくり上げた。  「何もないところから何かをつくり上げることがすごく楽しい」という後藤さん。自分の思い描いたものを、その通り形にすることに喜びを感じるそうだ。 コンクールへの出場は技術を磨く貴重な機会  製菓学校などでアメ細工を教える機会も多いが、そこでよく話すのは、「自転車に乗ることと一緒で、最初はまったくできなくても、やる気さえあれば、努力次第でだれでもできるようになる」ということ。後藤さんが若いころは、朝から夜まで長時間働くのがあたり前だった。  「アメ細工の仕事でも、『明後日までにこれをつくれ』といわれたら、もう帰らずにやるしかない(笑)。そんな環境だったので、きつかったですが、自然に技術を磨くことができました」  労働環境が大きく変わった現在、コンクールに参加することの意義は以前にも増して大きいという。  「コンクールは自分で工夫し、努力できる貴重な機会ですから、挑戦できる環境はこちらで用意します。あとは本人の努力次第ですね」  自分自身がそうであったように、後進たちもコンクールを通じて躍進できるよう、支援を惜しまない。 グランドハイアット東京 TEL:03(4333)1234 https://www.tokyo.grand.hyatt.co.jp (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 後藤さんのもとで約20人のスタッフが、ホテル内の各レストランや宴会場、ペストリーブティックなどで提供されるすべてのスイーツやパンづくりをになう グランド ハイアット 東京1階にある「フィオレンティーナ ペストリーブティック」 ホテルメイドの焼きたてのパンは、ホテル内のレストランやバンケットで提供されるものも合わせて約70種におよぶ 約30種類のスイーツを取り揃えるペストリーブティック。厳選された素材の風味を生かした、シンプルかつモダンな味わいを特徴としている 後藤さんは、数々の国際コンクールで優秀な成績を収めてきた(写真提供:グランド ハイアット 東京) ペストリーブティックでは、クッキーなどオリジナルの焼き菓子も豊富に取り揃えている 季節にあわせたスイーツも提供しており、ギフトに用いられることも多い