Leaders Talk リーダーズトーク No.105 AIの活用は雇用にプラス 高齢者の経験・知識によりAIの精度向上へ 慶應義塾大学商学部教授山本勲さん やまもと・いさむ 日本銀行勤務を経て、2007年慶應義塾大学商学部准教授、2014年同教授、2018年より経済学部経済研究所パネルデータ設計・解析センター長。専門は応用ミクロ・マクロ経済学、労働経済学、計量経済学。著書に『労働時間の経済分析:超高齢社会の働き方を展望する』(共著、日本経済新聞出版社)、『人工知能と経済』(共編著、勁草書房)など。  2014(平成26)年に英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン氏らが公表した論文で、「約半数の仕事がAIに代替される」と発表されてから10年。AIはわれわれの仕事にどんな影響を与えているのでしょうか。今回は、AIが労働市場に与える影響について長年研究を行っている山本勲教授にご登場いただき、AIが雇用に与える影響、そして高齢者の働き方との関係についてお話をうかがいました。 AIによるタスクの変化は雇用面にプラスの影響を与える ―英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン氏らが2014(平成26)年に発表した論文「雇用の未来」で、仕事の47%がAIに代替されると分析し、大きな衝撃を与えました。あれから10年が経過しましたが、仕事に及ぼすAIの影響はどう変化していますか。 山本 たしかにあの論文は研究者も驚きましたが、論文のおかげでAIの仕事への影響をしっかり研究しなければいけないという機運が生まれました。当初から「仕事を失う人が約半数というのは多すぎる」という見立てもあり、その後、OECD(経済協力開発機構)の研究者が同じやり方で研究した結果、異なる結果が出ています。  オズボーンたちは職業に注目し、同じ職業であればタスク、つまり業務内容も同じであると仮定していましたが、同じ職業でもタスクは異なります。それを加味して計算し直すと、大体10%前後の職業が置き換わることが示され、現在では半数という数値は高すぎるという見方が強くなっています。  私はAIが労働市場に与える影響について、10年間研究を進めてきましたが、市場に影響を与えるほど、AIは普及していないというのが実態です。AIの導入状況について、日本の労働者を対象に調査したところ、AIの導入率は6%程度で決して多くありません。しかも「職場に導入されている」と回答した人の雇用にもあまり影響はなく、10年前に世間で注目されたほどAIの影響は大きくないといえます。ただ、私が行った調査は2021(令和3)年までのデータです。2023年には、新たな技術として生成AIが注目されるようになりました。現時点では精度がそれほど高くはないこともあり、その活用方法については、まだ模索の段階にあります。使い方次第では、仕事への影響も少なからずあるのではないでしょうか。 ―AIは職業というより、タスクに影響を与えるという認識でよろしいでしょうか。 山本 同じ職業であってもいろいろなタスクがあります。例えば、定型的な業務がほとんどを占める職業はAIの影響を受けやすいといえますが、そういう職業は決して多くはありません。定型的な業務と、非定型的な業務が混在する職業がほとんどです。AIが得意とする領域は人からAIに置き換わるかもしれませんが、AIが苦手な領域は人がになう必要があるので、AIが導入されれば、働く人にとっては、AIが苦手とする領域の業務の比重が増えることになります。これを「タスクトランスフォーメーション」といいます。「タスクの高度化や変革」という意味ですが、AIに置き換え可能な業務だけをやっていた人は、そのままだと仕事を奪われてしまいますが、その業務をAIにまかせ、人にしかできない仕事に変えていくことが重要になります。おそらく多くの現場で、タスクトランスフォーメーションが起こると思います。 ―山本先生は、AIやロボティクスなどの新技術がもたらす労働市場への影響を調査する研究プロジェクト※の代表も務められました。研究で得られた知見を教えてください。 山本 このプロジェクトは、AIが雇用を奪うといったマイナスの影響ではなく、どんなプラスの効果があるのかを可視化することを目的としたプロジェクトです。ほかの先生方にも協力してもらい、いろいろなアプローチで研究を進めてきましたが、結論をいえば、AIなどの先進技術による雇用に対してのマイナスの影響はいまのところ少なく、むしろプラスの影響があることがわかっています。  先ほどお話ししたように、AIを使っている人ほどタスクトランスフォーメーションが起き、高度な仕事を多くになうようになります。その結果、創意工夫が必要なむずかしい仕事ではあるものの、賃金が高くなり、仕事に対するやりがいも高まります。また、そういった仕事ではストレスが少ないといった効果も生まれています。労働者個人の主観的生産性の指標を見ても、生産性が上がったと感じるなどポジティブな影響も出ています。  東京大学の川口(かわぐち)大司(だいじ)先生が行ったロボティクスの研究では、かつて日本で産業用ロボットが導入され普及した際には、配置転換などによって人材の有効活用が進み、むしろ雇用が増えていたことがわかっています。その背後には、タスクトランスフォーメーションがあったと考えられ、日本ではテクノロジーの進化が雇用にプラスの影響を与えうることが見えてきました。 AIを駆使することでストレスの低減や仕事のやりがいにつながる ―AIを駆使することで雇用以外にもストレスの低減や仕事のやりがいにもつながるというのは驚きです。そのことは心身の機能が低下していく高齢者の仕事や働き方にもプラスの影響を与えるのでしょうか。 山本 肉体的、身体的な衰えをサポートしてくれるAIを組み込んだ機械などが登場して、いままで以上に働きやすくなる側面はあるでしょう。ですが、むしろ私が期待しているのは、高齢者のこれまでの経験や知識を活かす仕事です。生成AIなどはいかにももっともらしい答えを出しますが、じつは間違った回答をすることも結構あります。しかしそれが本当に合っているのかどうかは、その業界や業務に精通し、知識や経験が豊富な人でなければ判断できません。高齢者は、その判断を行ううえで貴重な人材になり得ると思います。例えば、生成AIはこれまで人がやってきたことをパターン化し、答えを導き出しますが、これまでの経験に照らし合わせてどう違うのかを目利きができる人がいないと安心して使えません。こうした場面でこそ、高齢者が価値を発揮できるのではないかと思います。  間違いを正すことでAIの精度は上がっていきます。経験豊富な高齢者が「この答えはダメです」と、ダメ出しをしてあげると、AIは別の答えを出そうとくり返し学習していきます。若い人だけだと、何が正解かわからないことがあり、AIが出した答えを鵜呑(うの)みにしてしまい、よい結果につながりにくい場合もあります。高齢者がかかわることでAIの学習スピードが高まり、それが生産性の向上につながっていくのです。 ―AIを使った省力化ロボットが次々に登場すれば、身体的にも楽になりますね。 山本 ニーズ次第ですが、特に人手不足の分野では、そうしたロボットが当然増えてくると思います。医療・介護分野では、人を抱えたり持ち上げたりするための機械がすでに導入されていますが、AIを使うことで要介護者の反応を見ながら操作できるように改善されていくでしょう。直接的な体を使う仕事以外でも、AIが得意なシフトを組む作業や日誌をつけるといった関連業務が自動化されていけば、人手不足の現場にとっては省力化に貢献できると思います。また、介護や看護の仕事は資格が必要になりますが、資格を必要とする専門業務以外の部分を切り離し、その部分で高齢者に働いてもらうこともできます。専門業務とそれ以外の仕事を切り分けることで、70歳を過ぎてもいろいろな場所で働く機会が増えてくると思います。 AIを恐れずに「使う」姿勢が専門スキルの習得以上に重要となる ―その一方で、高齢者もAIやデジタルに関するリテラシーが必要になるのではないでしょうか。 山本 当然、リテラシーがあるにこしたことはありませんが、大事なことはAIに脅威を感じたり、「まったく自分には関係のないものだ」と思わないで使ってほしいということです。みなさんが日ごろから使っている、インターネットの検索機能にしても、見方を変えればAIになるわけです。どういう場面でどのように使えるのか、自分の仕事に適用できることを探っていくようなリテラシーで十分だと思います。業務の効率化、付加価値の創出という視点を持ってAIの使い方を考えることが重要です。また、ユーザーフレンドリーを高める工夫も進んでいます。今後は会話形式でAIがいろいろな答えを出してくれるなど、それほどAIの知識がなくても、使いやすく進化していくことでしょう。だからこそ、AIに苦手意識を持たずに「問題なく使える」と思うことが何より大切だと思います。 ―プログラミングなどの専門技術を学ぶ必要はないでしょうか。 山本 あまり必要ないと思います。AIがどういうところで活用されているかなどの事例を知ることがむしろ重要です。これは企業も同じです。生成AIにしても恐れることなくまず使ってみる。使ううちにどこに問題があり、どのくらいの精度があるのか、あるいはどこに使えるかがわかってきます。「むずかしそうだから」とあきらめずに、つねに新しい技術に対してアンテナを高くして使っていくことが、生産性向上につながっていくと思います。 (インタビュー/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ※ 国立研究開発法人科学技術振興機構 RISTEX-HITE 研究プロジェクト「人と新しい技術の協働タスクモデル:労働市場へのインパクト評価」