特集 生涯現役社会の実現に向けた シンポジウム 〜開催レポートT〜 ▼10月12日開催「人的資本経営における職場コミュニケーション 〜Z世代からポスト団塊世代まで」 ▼10月19日開催「女性社員のウェルビーイング向上〜エイジレスなキャリアと健康支援」  当機構(JEED)では、生涯現役社会の普及・啓発を目的とした「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」を毎年開催しています。2023(令和5)年度は、企業の人事担当者のみなさまにとって特に関心の高いテーマごとに全4回開催し、学識経験者による講演や、先進的な取組みを行っている企業の事例発表・パネルディスカッションなどを行いました。  今号では、2023年10月12日に開催された「人的資本経営における職場コミュニケーション〜Z世代からポスト団塊世代まで」、同10月19日に開催された「女性社員のウェルビーイング向上〜エイジレスなキャリアと健康支援」の模様をお届けします。 【P7】 10月12日開催 総論 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「人的資本経営における職場コミュニケーション〜Z世代からポスト団塊世代まで」 シニア層の活躍を推進するためのコミュニケーション五つの課題 株式会社健康企業代表、医師、労働衛生コンサルタント 亀田(かめだ)高志(たかし) さまざまな課題の解決に向けた人的資本経営と職場コミュニケーション  「人的資本経営」とは、「人材を『資本』としてとらえ、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上につなげる経営のあり方」と定義づけられています。  今後の社会を展望し、これから注目される「人材=資本」として、@若手・Z世代、Aシニア層(ポスト団塊世代など)、B女性活躍、C障害者雇用、D外国人の活用が考えられます。  しかし、若手については、少子化にともなう人材不足に加え、早期離職や入社後の病気休業などが多くの職場で課題になっています。一方、シニア層では、労働災害の増加、心身の機能低下に加えて継続雇用などの場合にモチベーションが低下するといった課題が生じています。  また、さまざまな相談を受けるなかで感じていることですが、現代は孤独で孤立した人が増えており、シニアは夫婦関係や親の介護などさまざまな課題を抱えるのですが、相談する相手がいない、といった状況もみられます。  これらの課題について、本シンポジウムでは解決策やその糸口を3人の先生方にご紹介していただきます。そのカギとなるのが、職場コミュニケーションではないかと思います。 シニア層の活躍を目ざすときの職場コミュニケーションの課題  シニア層の活躍を目ざした職場コミュニケーションに関して、実際にはさまざまな課題があります。  一つめは、シニアの活用に向け、経営者やトップがどのような理解のもとに社内外に言葉を発しているか。  二つめは、社内に周知される職場コミュニケーションのあり方として、だれが、どのような意図でワーディング※を工夫しているか。  三つめは、コミュニケーションを行う組織が、権威主義的で、縦割りや上意下達が徹底される構造か。あるいは、機能的でフラットな組織か。  四つめは、中高年以降、キャリアダウンになるときに、それを可視化しているか。人事部門が従業員による対処を、どのように伝え、支援しているか。  五つめは、社会的な意義や貢献をともに目ざすためのコミュニケーションなのか。あるいは、競争による相対評価(成果主義)を推し進めるコミュニケーションなのか。  では、ここから先生方のお話に移りたいと思います。 ※ワーディング……言葉づかい、言い回しを統一すること 【P8-9】 10月12日開催 発表@ 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「人的資本経営における職場コミュニケーション〜Z世代からポスト団塊世代まで」 組織を機能させるためのコミュニケーション施策の設計 ―株式会社物語コーポレーションの事例から― 株式会社ビジネスリンク代表取締役、株式会社物語コーポレーション社外取締役 西川(にしかわ)幸孝(ゆきたか) 目的意識を持ってよいコミュニケーションを設計する  私はおもに、人事労務のコンサルティングを仕事としています。また、本日の事例としてご紹介する「株式会社物語コーポレーション」の社外取締役も務めています。  物語コーポレーションは、「焼肉きんぐ」などを中心に国内外19ブランドで、直営およびフランチャイズ方式による外食事業を展開しています。好業績かつ持続的に成長しており、店舗は国内直営で405店、連結売上高は900億円台(2023年6月時点)となっています。設立は1969(昭和44)年と歴史は古いのですが、現在も成長を続けており、従業員の平均年齢は33歳ほどの若い組織です。そして、コミュニケーションや人材の活性化について、特徴ある取組みを実践しています。  はじめに、組織集団と人間について、進化心理学的観点からみた私の考え方を説明したいと思います。人間は、狩猟採集時代と現代でも大差はなく、集団形成本能を持っています。また、人間の行動の多くは、論理的思考よりも情動・感情によって引き起こされ、それは本能のメカニズムに規定されるという原則があります。つまり、集団と人間は、影響を与え合うという側面があり、集団が成立すると、人間は基本的に集団のオペレーションやルールに従い、そのなかで自身の役割を果たそうとします。また、組織内のメンバーへの協力、有能者の模倣、未熟者への教示などの行動もみられます。  そして、集団形成とコミュニケーションは密に関連しており、コミュニケーションがうまくとれることが、その集団がうまく機能することにつながっているといえます。  コミュニケーションがうまくとれていると、孤独が緩和されます。じつは、孤独が極まっていくと人間の能力が下がっていくという研究結果があり、良好なコミュニケーションは、能力や生産性の向上に直結すると考えられます。一方で、集団形成がうまくいかないと、会社組織よりもインフォーマルな組織が優勢になり、集団内で役割を果たすことで成長するという機会も減少します。  企業活動でよい結果を出したいなら、目的意識を持ってよいコミュニケーションを設計する、という考え方が重要になってきます。 成長企業で実践されているコミュニケーション施策  物語コーポレーションでは、経営理念に「Smile&Sexy」を掲げています。これについては、明確な定義があるわけではないのですが、いろいろな推奨行動を定めています。  「Smile」の推奨行動は、個の尊厳を尊重する、他者と向き合い個と個の関係性をつくるなど、いわば社会性のある行動をしよう、ということです。「Sexy」の推奨行動は、自分の意見を表明すること。つまり、意見の相違があればしっかり議論をしていこう、という文化です。ここには自己開示や自己表現といった、自分らしさをアピールすることも推奨行動に含まれます。  そして、「『個』の尊厳を『組織』の尊厳より上位に置く」、「『個』の多様性を重視し尊重する」ことを宣言して、これらを実現するためにさまざまな取組みを行っています。そして、「人財力が成長エンジン」という認識のもと、まさに人的資本経営を実践している会社です。  人間集団である企業が価値を生むためには、組織メンバーが生命体として活力を持ち、個の力を伸び伸びと発揮することが、その要件であるという考え方です。  コミュニケーション施策の事例として、社員間については、「遠慮のない徹底した議論」を行っています。また、「トップが社員や求職者に向き合って発信する」、肩書きで呼び合わずに「さんづけで呼ぶ」ことなどを実践しています。社長に対しても「さん」づけです。  それから、「目標、なりたい自分の開示」、リアルイベントの開催、コロナ禍ではWEBや社内SNSを活用し、いろいろなレベルで交流が深まるような仕組みを模索して行いました。また、法違反などを通報するヘルプライン「物語あんしん相談室」とは別に、いろいろな相談ができる機能を備えた相談室を開設しています。  お客さまに対しては、「明るく元気に」を基本として、「カジュアルで自然体な接客」、「おせっかい」といった姿勢をモットーとしています。  また、ダイバーシティ&インクルージョン宣言を行い、そのなかでシニアの活躍推進や、パートナー(短時間社員)活躍推進についても明記しています。  このような理念を追求した結果、非常に業績がよく、コロナ禍の2020(令和2)年6月期を除くと、17年連続で増収増益となっています。また、セクシュアルマイノリティへの職場での取組みを評価する「PRIDE指標2022」※1で最高評価のゴールドを受賞し、ゴールドの受賞は4年連続となっています※2。そのほか、数年前に役員と社員の適性検査(SPI)を任意で実施したのですが、日本の大手企業などでは幹部社員はほとんどが「従順性が高い」という結果になるとのことですが、当社では逆で、従順性は低く、「批判性が高い」という傾向があることもわかっています。 理念や行動規範を定着させるにはくり返し実践すること  人は、行動や体験を通して、外部に存在する理念や行動規範を内面化していきます。組織メンバーに内面化されていない理念や行動規範は、言葉だけに終わりますので、理念や行動規範、共通認識などを定着させるには、くり返し実践することが必要であると強く思います。  そして、組織が機能するためには、メンバー間のコミュニケーションが正常に行われていないと非常にむずかしいと思います。立場を超えて、何気ない会話が自然に行われている状態が、その土台になると私は思います。  また、これは問題提起ですが、上司に求められて行う義務感からの「報・連・相」は、上司への忖度や、標準化の遅れの要因となり、自然なコミュニケーションの障害にもなることもあるので、「報・連・相」のあり方について、しっかりと議論・検討する必要があるのではないかと思います。 ※1 PRIDE 指標……職場におけるセクシュアルマイノリティへの取組みの評価指標 ※2 本シンポジウム開催時点。2023年もゴールドを受賞し、外食産業で初となる「レインボー」の認定も獲得した 【P10-11】 10月12日開催 発表A 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「人的資本経営における職場コミュニケーション〜Z世代からポスト団塊世代まで」 年上部下の活躍を支援する上司力○R 株式会社FeelWorks(フィールワークス) 代表取締役、青山学院大学兼任講師 前川(まえかわ)孝雄(たかお) 多様な人を活かすための経営改革が求められている  株式会社FeelWorksの前川と申します。当社は、企業の人材育成をお手伝いする会社で、2008(平成20)年に「人を大切に育て活かす社会創りへの貢献」を志に掲げて創業しました。  特に重視しているのが、「上司力○R」(★)です。人材育成や活躍支援ということでは、上司の力が欠かせないと考えており、そのことを「上司力」という言葉に込めて、商標登録をして発信しています。  また、人材育成を通じて蓄積されたノウハウをまとめた本を出版するとともに、13年前から青山学院大学で教鞭をとっており、Z世代とのふれあいも毎週あります。  本日は、人的資本経営の本質から、年上部下と年下上司のコミュニケーションのギャップ、そして、求められる上司力についてお話ししたいと思います。  私は、起業以前に勤務していた株式会社リクルートでの編集長経験も含めて30年以上、現場で「求められる上司」や「求められる経営」について探究し続けてきました。そしていま、人的資本経営は、時代の必然であると感じています。  日本は、生産年齢人口が減少している一方で、就業者数は増えてきています。シニア世代がより長く働くようになってきていることと、出産・育児の時期の女性の就業者が増えてきていることが背景にあります。  しかし一方で、就業者一人あたりの労働生産性がOECD加盟38カ国中29位(2021〈令和3〉年)と低く、人を活かしきれていないという大きな問題があります。この問題と向き合う経営が求められています。  旧来型の日本企業、特に大企業は、昭和の時代に組織モデルができたので、20代から50代ぐらいまでの男性中心の労働力に頼ってモデルができあがったと思います。しかしこれからは、シニアの方々や、さまざまなライフイベントと仕事を両立される方々など、すべての方が活躍する、真に人を活かす経営改革が求められているということが、人的資本経営が求められている本質だろうと思います。 年上部下と年下上司のコミュニケーションギャップ  研修などで企業に行くと、年下上司の方々からいろいろな悩みを聞きます。例えば「30代後半で、抜擢されて管理職になり、昇進に合わせて部署を異動して、畑違いの仕事を任されるようになった。自分だけ仕事をわかっていないうえ、現場には経験豊富な4人の部下がいて、そのうち2人が年上ですごく気をつかう。その様子を見られていると思うと、若手にも気をつかう」。そんな人間関係の悩みがすごく増えてきています。  これは一過性の問題ではなく、若者が少なくシニアが多い職場が一般化しつつあるので、上司と部下の年齢逆転は、今後さらに広まっていくでしょう。  年下上司が悩みがちなこととして、自分の元先輩、元上司が部下になった場合、マネジメントがしづらいということがあります。「年上の方は、やり方にこだわりがあり、年下上司のやり方についてきてもらえない」というのです。  一方で、年上部下の方々からは、「年下の上司が気に入らないというのではなく、自分の経験に基づいて、よかれと思って仕事の提案や、やり方にこだわっている」といいます。こうした問題は、あちこちで起きているのではないでしょうか。  ある研究によると、若者とミドル・シニアとではモチベーションの源泉が異なるそうです。若いときは資源の獲得、つまり知識やスキルを吸収することがモチベーションになります。一方で、ミドル・シニアは資源損失の最小化、いわゆる守りに入る′X向が強まるわけです。こうした事情を、年下上司がしっかりと理解し、一方で、時代や環境、職場の変化をしっかり伝えて、「一緒に変わっていきましょう」というコミュニケーションをとることが大事になってきていると思います。  また、年上部下の方々が、役職定年や定年後再雇用になって給料も下がり、「仕事に対してモチベーションが下がっているのでマネジメントがむずかしい」という年下上司の悩みもよく聞きます。ただ、シニアの方々にインタビューをすると、「社内での昇進・昇給が望めなくなり、これからの人生の目標やキャリアの目標を見失っている」ということもうかがえます。  大切なのは、役職定年や定年はキャリアの節目・通過点であって、以降もシニアの方のキャリアは続いていくということです。ですからそれを「一緒に考えましょう」という視点を持ってコミュニケーションを行っていくことがとても大事になっていると思います。  そういう意味では、旧来型の組織で求められた画一的な価値観のもとで働く職場から、多様な価値観を持つ人がともに働き助け合っていく職場へ変化し、ダイバーシティマネジメントが求められています。そのなかでコミュニケーションがとても大事な時代になってきているということです。 管理職から支援職へ求められる上司の未来像  そこで求められる上司力として、「年下の上司が、年上の部下の心を動かす」ことが大切だと思います。そのカギは「働きがい」です。職位や給与はもちろん大切ですが、働く喜びを感じられる状況をいかにつくっていくか、このことが大事なのだと思います。  組織づくりでは、従来の「ポスト」と「報酬」で動機づけするピラミッド組織から、個々を尊重して動機づけをしていくこと、@違いを認め、A価値観を知り、Bあり方を定め、Cやり方を変える、というコミュニケーションの循環を意識したサークル型の組織づくりが求められていると考えています。  私の考える上司力の定義は、「部下一人ひとりの持ち味をふまえて仕事を任せ、育て活かし、共通の目的に向かう組織の力を高め、個人では達成できない結果を導き出すこと」。そのためには、誤解を生まないようなコミュニケーションが大切になります。  「管理職」という言葉を日本の企業はもう卒業し、多様な部下の活躍を支援する「支援職」に変わっていくことが、上司の未来像だろうと思います。 ★「上司力○R」は株式会社FeelWorksの登録商標です。 【P12-13】 10月12日開催 発表B 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「人的資本経営における職場コミュニケーション〜Z世代からポスト団塊世代まで」 働く人の多くが悩む「人間関係」 適切なコミュニケーションのポイントとは WorkWay株式会社取締役会長、CEAP、MRI、一般社団法人国際EAP協会日本支部理事、NPO法人メンタルレスキュー協会理事 西川(にしかわ)あゆみ 悩み相談の第1位は「人間関係」睡眠の問題も多く見られる  本日は、私の経験をもとに、人的資本経営における職場のコミュニケーションについてお話ししたいと思います。いま私の仕事に特に役立っている資格が、「国際EAPコンサルタント(CEAP)」と「メンタルレスキューインストラクター」です。「EAP」は、従業員支援プログラムという、アメリカで生まれた、労働者が働き続けるための支援や支援体制をコンサルティングする仕事です。  私は外資系の人事、内部EAPを経て、2003(平成15)年から外部のEAPとして企業の支援をしています。大きくは相談支援という仕事ですが、EAP業務では、約900社のお客さまから、予約をベースにしたカウンセリングを求める方々の支援をしています。ほかに自治体の仕事で、メンタルヘルス相談、虐待やDV、自殺予防対策の相談を受ける支援もしています。また、『クライシス・カウンセリング』という本を発行しており、非日常を経験するような職場をどのように支援するかという、特殊なノウハウの領域の仕事も行っています。  人に支援を求めるスタイルの特徴には、Z世代(現在25歳以下)とポスト団塊ジュニア世代(現在42〜48歳)の方々とでは違いが見られます。  ポスト団塊ジュニア世代は小・中学生のとき、「体調が悪いな」と思ったときなどにどうしていたかというと、保健室に行って相談をしていました。ではZ世代はどうかというと、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーという専門家が学校にいる環境で育ってきた世代で、社会人となってからはいろいろな方に相談しながら、ある意味ではアクティブに自分に合った相談の入口を探していくというスタイルのように思います。  また、ポスト団塊ジュニア世代には、「疲れてどうにもならない」というぐらいになって、はじめて人に助けを求めることが特徴的であるのに対し、Z世代は、「おかしいな」と感じた時点で、いろいろなところにリーチアウトして相談していきます。そういった世代間の違いもあると感じています。  職場や組織で働く人の相談という切り口では、相談内容の第1位は人間関係です。私が2003年に外部のEAP相談窓口として活動し始めてから、この1位は変わっていません。「ハラスメントに悩む」などというよりは、「遠慮や配慮しなくてはいけないことが多く、いいづらくて悩む」というような、さまざまな人間関係の悩みというのがあります。  働いているポスト団塊ジュニア世代とZ世代の共通項目として、なんらかの形で睡眠が関係していることが多くあります。若い方は体力もあるので、少しくらい寝ていなくても大きな変化を感じないことが多いのですが、深刻な悩みを相談に来る若者の場合は十分に寝られていないと感じることがあります。ポスト団塊ジュニア世代は、「睡眠時間を削ってでも働く」といった場合もありますが、「睡眠不足は脳の疲労」ともいわれるように、疲労が蓄積されてくると人間関係にも影響します。「人間関係の相談が一番多い」と先ほど説明しましたが、一方で、体力が回復すると、人間関係が改善することもあります。 一人の問題行動が大きな影響を及ぼすこともグループ支援、組織支援も重視  「健康優良企業」という言葉が生まれ、一人ひとりの生産性向上やハラスメントの防止、休職者を減らそうという取組みをする企業が増えています。相談を受けていると、「一人の社員の問題行動が組織に大きなインパクトを与える」というケースがあります。一人の問題行動が組織の分断につながり、それが原因となりほかの休職者が出たり、業績も上がらないことがあります。  こうしたケースをEAPで支援するケースもあるのですが、一人の問題行動が組織や職場に大きな影響を与えるケースでは、個人支援だけではなく、グループ支援、組織支援の三つの領域で支援を行い、そこで働く人たちを、どう活き活きと機能させていくか、というお手伝いをすることが多くあります。  また、EAPを導入している企業に目を向けると、事業場外の資源の相談窓口を設けている企業はあるのですが、働いている人への投資≠ニいう側面で見ると、決して多いわけではありません。一方で、私がかかわることの多い外資系の会社では、こうした部分にしっかりと投資をしており、相談窓口の利用率も高いなどの傾向があります。投資効果についてはいろいろな統計がありますが、会社の成長のステージに合った投資の仕方や働く方の支援の仕方を実施するのがよいかと思います。 疲労をコントロールして必要なコミュニケーションを  職場で重要なコミュニケーション、対話としては、まず仕事の「インプット」、次に仕事の「プロセス」、そして仕事の結果に対してどんな「アウトプット」があり、それに対してどんな「フィードバック」が組織や個人にかかっているのか、適切なサイクルの維持が大切です。「部下は期待通りの仕事ができているか、いないか」の問題は、75%がインプットにあるといわれています。「わかりやすく正確な指示が出せているか」は、上司と部下の対話で生じやすい大きな課題の一つといえます。  そのほかに、「職場環境・制度」がパフォーマンスに影響を与えることもあり、それぞれの社員が抱える「個別事情」もあります。先ほどの「インプット」、「プロセス」、「アウトプット」、「フィードバック」と合わせて、この六つの点でしっかりとコミュニケーションをとっていくことが重要です。  最後になりますが、相談に来られる方のなかには、「さまざまな準備をして、しっかり体制を整えているのにうまくいかなかった」という方もいます。そういう方のお話を聞いていると、なんらかの疲労があることが多いのです。体力の疲労はわかりやすいのですが、気持ちや感情、脳の疲労はわかりにくいですね。そういう意味では、自分のメンタルの状況を把握するとともに、しっかりと疲労をコントロールして、必要なコミュニケーションを確実に行っていくということが大事だと思います。 【P14-17】 10月12日開催 パネルディスカッション 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 人的資本経営における職場コミュニケーション〜Z世代からポスト団塊世代まで コーディネーター 株式会社健康企業 代表、医師、労働衛生コンサルタント 亀田高志氏 パネリスト 株式会社ビジネスリンク 代表取締役、株式会社物語コーポレーション 社外取締役 西川幸孝氏 株式会社FeelWorks 代表取締役、青山学院大学兼任講師 前川孝雄氏 WorkWay株式会社 取締役会長、CEAP、MRI、一般社団法人国際EAP協会 日本支部 理事、一般社団法人メンタルレスキュー協会 理事 西川あゆみ氏 職場コミュニケーションを進めるなかでシニア世代が留意したいポイント 亀田 本日は、「生涯現役社会の実現」を念頭に置きながら、職場コミュニケーションについて議論をしていきたいと思います。はじめに、職場コミュニケーションを進めるなかでシニア世代が留意したいポイントをお聞きしたいと思います。西川幸孝先生からお願いします。 西川幸孝 物語コーポレーションには議論文化が根づいていて、会社の理念についてどう思うかというような議論を、社員同士でよくしています。あるとき、議論好きな50代幹部社員が、Z世代の若手社員と議論に熱中し、ヒートアップしていったところ、ヘルプラインにハラスメントを受けたと通報され、ショックを受けたそうです。もちろん、ハラスメントの意図も実態もまったくなかったのですが、世代や置かれた立場によって温度感が違うことをひしひしと感じたそうです。そして、職場のコミュニケーションにおいては、温度感の違いなどのギャップは、上の世代から埋めていく必要があると改めて認識したそうです。これは一つの事例かなと思います。 亀田 興味深く参考になる事例です。ありがとうございます。続いて前川先生、お願いします。 前川 よくいわれることですが、キャリア自律を徹底していくことだと思います。自身がどういう人生を歩んでいきたいのか、そのなかでキャリアをどう位置づけ、そのキャリアによってどういう将来像を描いていくのか。このことをしっかり考えて、自己決定することだと思います。特に、シニアの方々の多くは、これまで会社の辞令によって仕事や評価が決まってきたと思います。それを、自分で決定するように変えていく。会社組織ですから、上司と部下の間でしっかりと相談して、上司に自身のキャリアを提案し、上司からはシニアの方が気づいていないような持ち味を活かす役割を提案するといったすり合わせの場、1on1を重要視しながら進めていくことが大事だと思います。  その際、上司も自身のキャリアビジョンを持ち夢を持って働いていくことがとても大事で、その姿勢が部下に伝わります。年上部下の方々に対しても、「自分もキャリア自律して働こうとしているから、一緒に考えませんか」、といったスタンスだとうまくいくのではないかと思います。 亀田 キャリア自律のご説明もありがとうございます。西川あゆみ先生にお聞きしますが、ミドルシニアやシニアの問題として、話を聞けない人が多いと感じます。傾聴という素養がないとか、意識もない方に対して、どのようなアプローチや施策を行うと職場コミュニケーションが活性化できると思われますか。 西川あゆみ 傾聴がむずかしいという場合、例えば葛藤を回避する会話の練習があり、そのなかで黙っていられない管理職の方が多く出てきます。なぜ黙っていられないのか、「黙って聞いているときに聞くべきところはどこなのか」ということを練習します。それが職場のメディエーション※といわれているような、一つのコミュニケーションのアプローチなのです。  「黙っていられない」という、自分の行動特徴に気づいてもらうとともに、本当はどういうところを聞かなくてはいけないのかを知るために、「ここでこういう合いの手を入れるんですよ」ということをお伝えすることで、コミュニケーションについて学んでもらう方法です。 亀田 いまお話に出てきた「メディエーション」という言葉は、一から勉強するとたぶん何年もかかってしまうと思うので、正式なかたちでなくても、日常的にシニアの方ができることがありましたら、教えていただけますか。 西川あゆみ 世代間ギャップのなかで、例えば「あのレポートはもうできていますか」といった一般的なメッセージが、「ハラスメントでした」となって衝撃を受ける場合もあります。受けとめ方が違うので仕方ない一面もあるのです。そこで、「これはハラスメントではないんだけれども、あのレポートはもうできていますか」というように、前提を言語化することも方法の一つです。 亀田 参考になります。ありがとうございます。 何気ないコミュニケーションはトップが率先して働きかけていく 亀田 次に、よい取組みができている会社にはどんな特徴があるのか。先生方からみて感じておられることをお聞きしたいと思います。 西川幸孝 コミュニケーションは組織にとって不可欠な機能ですが、それを測るバロメーターとして、上司部下などの立場を超えて「何気ない会話が成り立っている」ことが大事だと考えています。業務連絡や報告においても、言葉を発することに対して抵抗感があると支障が生じます。会話することに抵抗がない状態をつくっていくことが何より重要だと思います。 亀田 堅苦しいコミュニケーションしかできない職場が、何気ないコミュニケーションができるようになるために、どんなことを実践していけばよいでしょうか。 西川幸孝 トップや幹部クラスから行動を起こしていくことです。遠慮なくものをいっても大丈夫な職場であるという経験がくり返されて、それが組織カルチャーになっていきます。トップの決意と行動に尽きると思います。 亀田 前川先生、いかがでしょうか。 前川 私はよく「チームづくりには五つのステップがある」という話をするのですが、最初のステップは「相互理解」です。業務上のやり取りだけでなく、人としての相互理解が土壌として必要だと思います。すると、プライベートな部分をどう理解し合うか、どうしていくか。そのためにも、先ほど西川幸孝先生がお話しされていた「何気ない会話」が、私もとても大事だと思っています。それを上司が率先して行い、自己開示していく。「子どもが受験だ」とか、「親の介護をしている」とか、いろいろな事情がみなさんにあると思います。ここはそういうことを話してよい場所なんだ、ということをさし示しくり返していくと、ほかの社員もシニアの方も含めて、だんだん自己開示が進んでいく。そうすると、お互いの思いやりも循環していくのではないかと思います。 亀田 職場での施策として、自己開示を進める方法はありますか。 前川 ルールにするのはむずかしいのですが、例えば当社では、毎週月曜日の朝礼は、週末の楽しかった話をするということを徹底しています。業務上では、最近はリモートワークもあり、部下のマネジメントで業務日報や週報を確認しているケースがあると思いますが、1行でもよいので仕事に対する感想を書いてもらうと、上司は気持ちの変化に気づけると思います。そういった施策を、いろいろな角度で実践していくことではないでしょうか。 亀田 西川あゆみ先生、お願いします。 西川あゆみ やはり対話が大事にはなるのですが、『クライシス・カウンセリング』の共著者の元陸上自衛隊の下園(しもぞの)壮太(そうた)先生から教わったことに、「最近あった残念なこととよかったことを一つずつ教えて」といったことを、日常会話に織り込んでいってちょっと聞いてみる、ということがあります。ちょっとしたことであったとしても、それを共有しくり返すことで、その人を理解することにつながります。これは私自身も実践して心がけていることですし、アドバイスすることもあります。 亀田 残念だったこととよかったこと。これは日常会話でできますね。西川幸孝先生と前川先生の何気ない会話、あるいは自己開示についてもたいへん参考になるお話をいただきました。 若手とのコミュニケーションに悩むシニア世代へのアドバイス 亀田 続いて、視聴者の方からいただいた質問です。「感覚の違いからハラスメントのリスクを恐れて、若手とのコミュニケーションをとりづらいと感じているシニア世代に具体的にアドバイスをください」という内容です。西川幸孝先生から、お願いします。 西川幸孝 そもそも企業活動とは、経営者や社員の行動の総合計です。社員には企業が求める行動をとってもらう必要があります。一方で、社員という存在そのものに対しては、ハラスメントなどはもってのほかで、むしろ積極的にケアしていく必要があります。つまり、行動と存在を切り分けて考えて、存在については積極的にケアしていき、一方で行動については、職務として必要な行動を遠慮なく求めていくというのがあるべき姿勢です。私はよくそのようにアドバイスをしています。 亀田 存在を受け入れて、そして、指示は具体的、定量的にということですね。それを行ううえでの注意点はありますか。 西川幸孝 存在と行動を切り分けて考えるということを組織の共通認識にすることです。それはトップにしかできないことです。そして、上司部下の関係であれば、上司から声がけする、上司からあいさつするということです。共通認識づくりと実践の両面の努力が必要ですね。 亀田 ありがとうございます。続いて前川先生、いかがでしょうか。 前川 ハラスメントが起こりやすい職場の特徴として、上司と部下のコミュニケーションが希薄であることがあげられます。ですから、この質問はとても重要で、この状態を放置しておくと、逆にハラスメントが起こりやすい職場になってしまうというリスクがあります。そういう意味では、一歩ふみこんで、シニア世代が若い世代とコミュニケーションをしっかりとっていくことが大事だと考えています。とり方としては、若手が長けたコミュニケーションツールにシニアが合わせていくこと。私自身がやってみたところ、実際に若い世代との関係性が深まり、リアルの場でも良好になっていくことを感じました。まずは、コミュニケーションツールを若手側に合わせて実践してみることではないでしょうか。  コミュニケーションの中身は、傾聴から入ることがとても大切です。ただ、シニア世代が自分の話をしてしまうのであれば、できるだけ失敗談を語ってほしいなと思っています。過去の失敗談は、興味を持たれることが多いですし、若い人に役立つと思います。 亀田 具体的な方法をありがとうございます。西川あゆみ先生、お願いします。 西川あゆみ 一般的にシニアの方は、経験があり、言葉の幅もあって、コミュニケーション能力が高いと思っています。いろいろな方のお話を聞いていると、その一歩がふみ出せないような状態というのは、健康の問題や環境の問題などがあるのではないか、いろいろな忖度(そんたく)とかバランスをとりながら悩んで、一歩がふみ出せないのではないかと思います。そういった相談に対しては、一緒に状況を確認しながら、対応方法について考えていくようにしています。 亀田 本日は、3人の先生方から新しい視点とそのアプローチについて、専門領域のお話から具体的な方法まで幅広くご紹介いただきましたので、各職場での実践や、今後の施策に盛りこんでいただけたらと思います。  最後に一つ。生涯現役を目ざすことにより、健康長寿が保たれるといわれます。働くことは苦役だというとらえ方もありますが、本日いろいろなお話をご紹介いただいて、そういった認識とは違い、もっと長く元気でいられる職場、そういった居場所というとらえ方もあると思いました。そうしたとらえ方が、ひいては、高齢労働者の労働災害防止に役立つかもしれませんし、だれもが避けられない加齢現象にともなう心身の機能低下で生産性が下がることに対するカバレッジになるかもしれません。先生方、まことにありがとうございました。 ※ メディエーション……裁判のように勝ち負けを決めず、中立的な第三者を通じ話合いにより互いが合意することで紛争の解決を図ること 写真のキャプション 株式会社健康企業 代表、医師、労働衛生コンサルタント 亀田高志氏 株式会社ビジネスリンク 代表取締役、株式会社物語コーポレーション 社外取締役 西川幸孝氏 株式会社FeelWorks代表取締役、青山学院大学兼任講師 前川孝雄氏 WorkWay 株式会社 取締役会長、CEAP、MRI、一般社団法人国際EAP 協会 日本支部 理事、一般社団法人メンタルレスキュー協会 理事 西川あゆみ氏 【P18-19】 10月19日開催 総論 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「女性社員のウェルビーイング向上〜エイジレスなキャリアと健康支援」 女性も、そして誰もがイキイキと働ける風土へ さんぎょうい株式会社代表取締役社長 芥川(あくたがわ)奈津子(なつこ) ウェルビーイングの向上は企業に求められる取組みの一つ  さんぎょうい株式会社代表取締役社長の芥川奈津子と申します。本シンポジウムの開催にあたりまして、はじめに、今回のテーマである女性の健康とキャリアについて、総論をお話ししたいと思います。  当社は、企業へ産業医や産業保健スタッフを紹介し、産業保健体制の構築と運営支援を行っている会社です。また、2019(平成31)年より女性の健康とキャリアを軸としたダイバーシティや女性活躍関連の研修事業にも取り組んでいます。私自身、2人の小学生の母であり、企業の代表という顔を持ちながら仕事をしています。  少子高齢化を背景として、日本の人口の約3割が65歳以上となる2030年問題をはじめ、今後さらに高齢化と人材不足が深刻になることが予測されています。その結果、労働生産性が低下し、諸外国との競争力低下の懸念や、生産年齢人口の減少により、社会保障制度を維持する財源の確保がむずかしくなっていくという懸念も出てきています。  最近では物流業界における人手不足がクローズアップされていますが、今後はあらゆる産業分野で不足する人手を補うために、DX化やAI活用、外国人やシニア、女性などまだ活用しきれていない潜在的労働力を、どれだけ引き出せるかが重要となります。  日本の労働力人口における女性の割合は約44.4%と、半数近くを占めるまでになりました。しかし、女性雇用者数のうち56%は非正規雇用社員であり※1、女性のパフォーマンスが存分に発揮できている環境とは、依然としていいがたい状況にあります。  一方で、人手不足が進むと、顧客のニーズに応えられなくなり、業績不振につながる可能性があるほか、少人数の従業員に過度な負担がかかり、人材が疲弊・流出し、さらに人手不足となる負のスパイラルが起こりやすくなっていきます。  これらを回避し、だれもが活き活きと働ける風土をつくるために、企業にいま求められているのが、まさに本日のテーマであるウェルビーイングの向上であり、そのために必要な要素として、「健康・安全へのリテラシー向上」、「職場環境・風土の醸成」、「キャリア形成やリスキリング」、「人事制度や多様な働き方」の4点があると考えています。  人材を集めればよいのではなく、労働者に選ばれるために会社の価値や魅力を高める、そして、集まった人たちにフィットする人事制度や働き続けられる働き方を提供し、モチベーションを高め、一人ひとりの生産性を高めることが重要になってきています。 女性特有の健康課題と働き続けるために必要なこと  女性は、生物学的な性差(生殖機能)による健康課題の影響を受けやすいとされています。女性ホルモンの影響により、生涯を通して月経や病気のリスクが変化し、例えば、女性ホルモンの分泌が安定しているといわれる20〜30代でも、妊娠や出産によるホルモンの大きな変化を経験する方が多くいます。40代からは、更年期症状に悩まされる方が多くなります。日本人の平均閉経年齢は50.5歳といわれ、その前後5年間は、女性ホルモン減少の影響を受ける更年期と呼ばれています。また、閉経後には骨粗(こつそ)しょう症(しょう)や心血管系疾患、高脂血症など、それまで罹患するリスクが少なかった病気への注意も必要になってきます。女性のライフキャリアを考える場合は、こうした女性の体の変化についても学ぶことが必要です。  このような女性特有の健康課題に対して企業ができることとして、私は、女性自身にヘルスリテラシーの向上をうながすことが大切だと考えています。女性特有の健康知識が高い女性とそうでない人を比べると、高い女性のほうが仕事のパフォーマンスが高い、という結果が出ています※2。  働く女性が、自身に関する健康知識とその正しい対処法の知識を持つことにより、セルフマネジメントができるようになります。加えて、利用できる制度や周囲のサポートがあるなら、積極的に利用することで、健康課題によるパフォーマンス低下を予防する、あるいは、低下した状態を長引かせないようにすることが可能になります。そのためにも、女性自身が積極的に学び、アクションを起こすということが大切になってきます。  また、女性が働き続けるためには、女性特有の健康課題とともに、多くの女性が妊娠、出産、育児、介護などのライフイベントの影響を受けやすいことへの理解と支援も大事になります。女性のキャリア形成のために、企業はライフキャリアを含めたキャリアプランニングと、さまざまなキャリア支援に取り組むことが大事になっていると思います。特に、30〜40代の管理職への昇進を期待される時期と、健康課題やライフイベントが重なる可能性がとても高いので、その事実をしっかりとご理解いただきたいと思います。 女性が働きやすい職場はだれもが働きやすい環境  女性の多くが女性特有の健康課題の悩みを抱えていますが、生理痛やPMS(月経前症候群)による症状がつらくても、約5割の方が「周囲に伝えない」というアンケート調査結果があります※3。一方で、85%の働く女性が「月経症状で悩んだ経験がある」と回答し、77.6%が「上司や同僚に月経への理解を深めてほしい」と回答しています※4。  こうした女性の声に対して会社ができることは、管理職層への啓蒙・研修と考えます。特に、現状では多数を占める男性の管理職層が、女性の健康とキャリアに関する知識を身につけ、意識と行動の変化をうながすことで、職場の心理的安全性が醸成されやすくなります。女性も男性も、全社員が女性の健康とライフキャリアで起こりうることを知ることで、共通の理解と言語が醸成され、徐々に風土の変化につながります。  女性が働きやすい制度、支援、風土がある職場は、じつは、すべての社員にとって働きやすい環境といえます。まさに、全社のダイバーシティ&インクルージョンの取組みにつながるアクションだと思います。 ※1 厚生労働省「令和元年版働く女性の実情」 ※2 特定非営利活動法人日本医療政策機構「働く女性の健康増進調査2018」 ※3 株式会社ツムラ「生理・PMS の本音と理解度調査」(2022年) ※4 株式会社明治「生理の悩み実態調査」(2022年) 【P20-21】 10月19日開催 発表@ 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「女性社員のウェルビーイング向上〜エイジレスなキャリアと健康支援」 誰もが働いて輝ける職場にするために 〜丸井グループのウェルビーイングの取り組み〜 株式会社丸井グループ取締役CWO(Chief Well-being Offi cer)、専属産業医 小島(こじま)玲子(れいこ) ウェルビーイングは経営目的 活動を通して社会に幸せを拡大する  私は、丸井グループの産業医として、ウェルビーイングの取組みを担当しております。ウェルビーイングという言葉は、1947(昭和21)年に世界保健機関(WHO)憲章の健康の定義において、「健康とは病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること(Well‐being)をいう」と表記されています。そして現在では、広くとらえると、「実感としての幸せ、豊かさ」をさす言葉として、企業経営においても注目される言葉となっています。  丸井グループの正社員数は約4400人で、男女比は半々ほどです。2021(令和3)年に発表した「5か年新中期経営計画」において、「サステナビリティ」と「ウェルビーイング」を経営目的に掲げました。  そして、ウェルビーイング経営の定義を、「6ステークホルダー(お客さま、株主・投資家、地域・社会、将来世代、社員、お取引先さま)の重なり合う利益としあわせの拡大」としています。つまり「社員だけが対象ではない」ということがポイントです。一人ひとりの幸せ、一人ひとりの健康を応援する事業を行い、事業の目的自体がウェルビーイングであると位置づけています。  具体的な事業例として、クレジットカード利用に応じて付与されるポイントが、障害のあるアーティストを支援する団体に寄付される選択肢をお客さまに提供したカードがあり、高い人気となっています。また、「応援投資」といって、社会貢献と資産形成を両立する選択肢を提供する個人の小額投資の仕組みを新規に開発し、こちらも好評です。ウェルビーイングを経営戦略として実施していることが、当グループの取組みの特徴です。 全社員から公募してメンバーを選抜 Well‐beingプロジェクトの活動  一方で、社内の取組みの代表例として、2016(平成28)年に開始した「Well‐beingプロジェクト」があります。プロジェクトに参加したい人を全社員から公募することが特徴です。参加したい思いを作文にしてもらい選抜するのですが、2倍から5倍の倍率の応募があり、毎年メンバーを入れ替えて伝道師を増やすような方式で活動してきました。  このプロジェクトの女性に関する活動では、「PMS(月経前症候群)で仕事に集中できず悔しい思いをした」という社員が、「フェムテック(女性の健康を支援するテクノロジー)で負担を軽減できるなら、同様の悩みを持つ女性のためにできることを考え取り組んでいきたい」と発信したことから、共感する社員でチームが生まれ、2021年から翌年にかけて、社会のさまざまな方と連携し、いくつかの施策を実践しました。そのうちの一つは、新宿丸井本館で1カ月間開催したフェムテックイベントです。1000人以上のお客さまが来店されて、フェムテックブランドに参加してもらい、どんなテクノロジーがあるかを知ってもらうイベントで、みなさまから「もっと多くの人に知ってほしい」などと好評のお声をいただきました。 全事業所にウェルネスリーダーを置き社員が主体的に活動できる環境をつくる  社内に向けた取組みでは、2013年から全事業所にウェルネスリーダーを設置し、女性特有の健康課題のサポートに各事業所が主体的に取り組む活動を行っています。  ウェルネスリーダーは年4回会議を開催し、勉強会を行います。そして、各事業所でウェルネスリーダーが中心になって、子宮頸がんや乳がんの情報共有会ができたり、店舗に乳がん触診体験コーナーを設けるなどの啓発活動が行われたりしています。こうした取組みにより、乳がん検診・子宮頸がん検診の受診率は少しずつ高まっています。  そうしたなかで、公益社団法人女性の健康とメノポーズ協会が主催する「女性の健康検定○R」(★)を全社員の7人に1人が自発的に受験し、資格を取得するまでとなってきています。  そのほか、健保スタッフが窓口で気軽に相談を受けるといった、地道な活動を継続しています。こうしたさまざまな取組みにより、乳がん、子宮頸がん検診の受診率は少しずつ上昇してきて、日本の平均より高い水準になりました。  加えて、2023年からオンライン診療によるPMSの治療をトライアルとして導入しました。また、男性を含む全社員に対し、セミナーを充実させていく取組みを進めています。  このような支援プログラム導入の費用対効果ですが、試算によると、月経支援だけで1200万円超の労働力損失改善が見込まれ、非常に大事な取組みであると考えています。 ウェルビーイング向上のポイントは社員や職場の主体性を引き出すこと  ウェルビーイング経営では、多様性を活かす組織風土づくりも大事な取組みであり、例えば、男性育休取得率は5年連続で100%を達成することができています。さらに近年は、性別にかかわらず活躍できる企業文化に向けて、性別役割分担意識を見直すことに共感する人の割合を増やしていくための活動も推進しています。  また、シニア社員の活力アップを目的に、2023年に健康測定や転倒防止、更年期障害などをテーマにしたセミナーを開催しました。参加者に参加動機をたずねると、最も多いのが「おもしろそうだから」という回答でした。こうした企画には「おもしろそう」、「楽しそう」といった要素が大事なのだと実感したところです。  当グループでは、経営理念に「人の成長=企業の成長」を掲げています。2012年より、社員のウェルビーイング指標を測定しているのですが、「自分が職場で尊重されていると感じる」、「自分の強みを生かしてチャレンジしている」と感じている社員が、10年間で大幅に拡大しています。まだ課題はありますが、離職率も約3%と低水準で推移しています。  性別、年齢にかかわらず、だれもが輝いて働き続けられるかどうかは、企業にとっての経営課題と考えます。その主役は、経営トップと社員です。産業保健スタッフがサポートに努め、社員自身や職場の主体性を引き出すことが取組み推進のポイントだと思います。 ★「女性の健康検定○R」は公益社団法人女性の健康とメノポーズ協会の登録商標です。 【P22-23】 10月19日開催 発表A 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「女性社員のウェルビーイング向上〜エイジレスなキャリアと健康支援」 個人差を考慮した働き方を設定し70歳超の人材も活躍〜株式会社東急ストアの事例から〜 株式会社OHコンシェルジュ代表取締役、産業医 東川(ひがしかわ)麻子(あさこ) 75歳まで働ける職場へ 健康面は自己管理を重視  本日は、高齢まで元気に働ける職場の事例として、私が産業医を務めている企業の一つ、「株式会社東急ストア」の取組みをご紹介いたします。  同社は、スーパーマーケット90店舗をはじめ、駅売店やコンビニエンスストアなどを展開しています。従業員数は約1万人、そのうち正社員は約1800人で、「パートナー社員」という、いわゆるパートの女性が最も多く約5000人です。この方々が活き活きと働いて同社の業務を支えていますので、雇用をどのように継続し、また、健康管理をどう行っているのかについてお話ししたいと思います。  従業員は、4人に1人が60歳以上です。現在、75歳まで働ける仕組みがあります。約10年前は定年が65歳でしたが、現場は人手不足のうえ、退職者のなかには現役世代と同様に働ける人が多かったことから、定年を条件つきで70歳に延長しました。条件というのは、職場管理者の推薦、健康面の評価(病気の有無ではなく、適切に自己管理できているか)、それから1年ごとに働き方の見直しをするという内容です。  当初は迷いながら取り組み始めたと思いますが、体力的にも健康状態も問題なく仕事ができる方が申請されるので、65歳を超えて働かれることにだんだん慣れてしまい、ときには健康面や体力面でやや不安がある人も対象にあがってくるようになりました。その場合は、医療職が個別に面談し、適切な勤務時間や業務内容を現場管理者と相談し、その人に合った働き方へと柔軟な対応がなされました。  健康上の課題が生じた場合は、治療を優先しお休みしていただくケースもあります。現場と医療職とで、同じように考えて対応ができていると思います。  私傷病者のなかには、「もう年だから仕方がない」とあきらめるような方もいますが、治療をしてまた働いてほしいという会社の思いを伝えていくことで、「可能な間は働いていたい」と自分の健康管理に気をつかうようになり、年齢とともに元気になる方もおられます。  そして、65歳で契約更新した方々が70歳の定年を迎えはじめた約5年前、現場は相変わらず人手不足でしたし、70歳でもまだ元気で働ける方々がおられましたので、さらに定年を条件つきで75歳まで延長することになりました。  産業医として、75歳まで働く場合にどんな課題があるかを会社と一緒に慎重に考えて、定年延長の条件として、1年ごとに体力テストと認知力テストを追加し、加えて全員と面談をすることとして現在に至っています。 医療職としてサポートしていること高齢従業員の悩みと配慮のポイント  70歳以降も働ける職場になり、だんだん慣れてくると、最近では手術後や体力が落ちているような方も働き続けることを希望されるようになり、現場では「しっかりとリハビリをしたら、復帰して働くことを応援する」という姿勢が定着してきていると感じます。  一方で実際に面談をしていると高齢者特有のさまざまなケースがありますので、その一部をご紹介したいと思います。  高齢の方からよく、「若いころに比べて、作業スピードが落ちている」、「この歳で働けるのはうれしいが、職場でお荷物のように思われていないか心配」といった悩みをお聞きします。「大丈夫ですよ」とお答えするのですが、どんな場面でどのような出来事があるのか、職場管理者にもヒアリングし、日ごろの働きぶりを確認します。年相応のケースがほとんどですが、そうしたことを自分で受け入れられず、悩んでしまうケースもありますので、医療職としてサポートをしています。  働き方はいろいろな設定が可能で、契約更新の際に勤務時間などを見直して無理がないようにしています。ただ、よくよくお話を聞くと、忙しい店舗で「勤務時間を減らしたい」とはいい出せずにいて、「家に帰ったら疲れてすぐ横になっています」というような方もいるので、しっかりサポートして適切な勤務時間になるように対応しています。  また、業務指示を忘れたり、勤務日を間違えたりすることが多くなり、「認知力が低下しているのではないか」と周囲から指摘され、上司から保健スタッフに相談されるケースもあります。ご本人は、働いていることで周囲の同世代より元気であることが自慢で、認知力の低下を受け入れられない様子でしたが、私たちも慎重に伝えながら面談をくり返すなかで、忘れていることが多いことを自覚し、医療機関の受診につなげたケースもあります。  それから「主婦業に定年なし」という言葉を聞くことがありますが、勤務後に家族の食事の用意、掃除、洗濯、孫の送迎までして、慢性的な疲れがみえる方もいます。サポートする際は、プライベートの過ごし方も考慮していく必要があるかと思います。ときに、退職して家にいる夫にどのように家事を手伝ってもらうか、いっしょに考えることもあります。 働き方の基準は一人ひとり違う「高齢者」をひとくくりにしない  大事なことは、「高齢者」とひとくくりにしないことだと思います。例えば、深夜の勤務は高齢の方には負担が大きいと考えがちですが、ご家族のライフ・ワークスタイルの関係で、「昼間の早い時間の仕事のほうが、負担が大きい」という方もいます。シフトの組み方も希望はそれぞれです。働く目的も、生活のため、老化防止のため、生きがいなどさまざまですから、働き方の基準は人それぞれだと考えるようにしています。  職場で高齢の方が活き活きと働けているポイントを私なりにまとめると、制度先行ではなく、「仕事を続けてもらうにはどうしたらよいか」からスタートしたこと、働き方の選択肢が多いこと、適切な就労条件にも個人差を考慮していることなどがあげられます。  今後の課題は、管理者層や同僚の若い世代にもっと高齢者の特徴を理解してもらうこと、転倒などによるケガの予防、職場のDX化へのサポートなどです。高齢者の割合が多くなればなるほど、一人ひとりへの配慮に限界が生じる可能性があるため、対応を見直して検討する時期が訪れると考えています。 【P24-25】 10月19日開催 講演 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「女性社員のウェルビーイング向上〜エイジレスなキャリアと健康支援」 組織における課題 株式会社健康企業代表、医師、労働衛生コンサルタント 亀田高志 男性中心の社会的構造下で懸念される働く女性の健康、役割負担  私は産業医などの経験を経て、現在はよろず相談のような形で、さまざまな場で職場の健康管理を含む、個人的な問題や組織の問題に対応する仕事をしています。本日は、シンポジウムのテーマである「女性社員のエイジレスなキャリアと健康支援」について、組織における六つの課題をお話ししたいと思います。  第一の課題は、現在でも男性中心の社会的構造であることです。実際に女性の登用に不満をもらす男性幹部もいて、取組みのなかで障害になる可能性もあると感じています。  これに対して、内閣府が推進する「女性版骨太の方針2023」で、女性活躍と経済成長の好循環の実現に向けた取組みとして、「プライム市場上場企業を対象とした女性役員比率に係る数値目標の設定等」が打ち出されました。例えば2025年を目途に女性役員を1名以上選任する、2030年までにその割合を30%以上とすることなどが謳われています。  これに関連する「日経xwoman(クロスウーマン)」の記事によると、東証プライム市場上場企業1837社の時価総額ランキング上位500社で、2022(令和4)年7月時点で女性取締役は34歳から84歳までの方がおり※1、その約半数は更年期症状の表れやすい年代にあたります。取締役として重責を負ってご多忙だと思いますが、体調の問題を抱えながら苦しまれている方もいるのではないかと想像されます。しかし、経営視点で見たときに、その部分を配慮してもらえない可能性があることが懸念されます。  第二の課題は、「ライフイベントとキャリア」です。妊娠、出産、子育て、介護について、性別の役割負担の認識に違いがあり、例えば介護は女性がになうケースが多いのです。「女性版骨太の方針2023」でも、仕事と介護の両立に関する課題があることが明示されています。エイジレスに働いた場合は、50代、60代となると、親御さんの介護が必要になってくると思います。内閣府の「男女共同参画白書平成25年版」によると、女性は、配偶者の父母の世話をする人が17.2%ですが、男性はというと0.3%です。そして、「こうした介護負担は特に女性の労働供給に影響を与えている」としています。また、2022年の厚生労働省「雇用動向調査結果」によると、介護を理由とした離職は、どの年代でも男性より女性の方が多くなっています。「エイジレス」という視点でみた場合、女性の介護離職は男性以上に大きな問題ということです。 妊娠、出産、生涯にわたる健康支援労働災害の防止対策に関する課題は  第三の課題は、妊娠、出産にともなうことです。職場の健康配慮は、事業者の責任として労働安全衛生法を中心に法律的な定めがありますが、これらは妊産婦による「請求」を前提とした措置なのです。産前産後休業だけでなく、例えば、軽作業に転換する場合や、危険有害業務の就業制限、変形労働時間制の適用制限などがありますが、条文には、請求した場合に、とあり、流産の心配、職場の人間関係に不安がある場合などに、請求がスムーズにできるのかという点が懸念されます。  第四の課題は、生涯にわたる健康への支援です。「女性版骨太の方針2023」には、事業主の健康診断の充実などによる女性の就業継続の支援などが掲げられ、例えば、毎年の定期健康診断で、月経困難症、更年期症状などの女性の健康に関連する項目を追加するとともに、産業保健体制の充実を図ることがあげられています。方法論やルールが定められた後、実践できるのかという点が今後の課題です。  第五の課題は、女性の労働災害の防止です。厚生労働省の調査※2によると、休業4日以上の転倒災害の千人率は、60代以上は20代の約15倍に増加することが明らかになっています。非常に大きな問題です。高齢になるとけがが治るまでに時間がかかるようになり、休業期間が延びてしまうことも、同じ調査から明らかにされています。また、多くの業種で転倒災害に遭う高齢女性が多いこともあります。  これに対して厚生労働省は、2023年4月からの「第14次労働災害防止計画」のなかで、中高年女性を中心に、作業行動に起因する労働災害防止対策の推進として、転倒などに対して対策を行うことや、腰痛の予防対策として介護職員の身体の負担軽減のための介護技術などの導入を図ることなどをうたっています。  また、2023年7月1日から行われた全国安全週間実施要綱では、「高める意識と安全行動 築こうみんなのゼロ災職場」のスローガンのもと、対策の一つとして、中高年女性を対象とした骨粗(こつそ)しょう症(しょう)健診の受診勧奨をあげています。これは地域で受けることになっていて、いまのところ職場では義務化されていないため、注目に値することだと思います。 課題の解消には、男性の側の理解が必須新しい対策、対応が必要になっている  第六の課題は、個人の悩みごとへの対応です。私は、健康管理の枠組みを超えて企業や自治体などで、いろいろな相談を受けています。  例えば、体調の変化もあるなかで、高いパフォーマンスを要求されて、20代から60代まで持続的に応えることのむずかしさがあります。また、出産やその前の段階ではいろいろと配慮してもらえるのですが、例えば、「思春期になってお子さんに接するのがむずかしい」、「不登校で悩んでいる」ということも起こります。こういった悩みをなかなか口に出せず抱えている方は少なくありません。  ほかにも、「女性が社会的に成功していくことを夫があまり望んでない」など、不仲になってしまうケースもあり、プライベートで夫婦関係に悩むという方も少なくありません。  さらに、社内外のロールモデルとして活躍するような女性の場合、すべてを犠牲にして仕事に取り組んでいる場合もあり、孤独で悩んでいる方もいらっしゃいます。  課題の解消には、意思決定を行う経営陣や幹部、管理職の特に男性が、こういったことを知って対策の必要性を理解することが必須です。そのうえで女性の就業を支援することが、自然にできていくことが大切と考えます。  今回ご説明した課題を解決するために、これから新しい対策、対応が必要になってくると思います。 ※1 https://woman.nikkei.com/atcl/column/21/072500094/082400008 ※2 厚生労働省「令和4年高年齢労働者の労働災害発生状況」 【P26-29】 10月19日開催 パネルディスカッション 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 女性社員のウェルビーイング向上 〜エイジレスなキャリアと健康支援 コーディネーター さんぎょうい株式会社 代表取締役社長 芥川奈津子氏 パネリスト 株式会社丸井グループ 取締役CWO (Chief Well-being Officer)、専属産業医 小島玲子氏 株式会社OHコンシェルジュ 代表取締役、産業医 東川麻子氏 株式会社健康企業 代表、医師、労働衛生コンサルタント 亀田高志氏 女性の活躍や健康支援を進めるなかで見えてきたこと、新たに感じている課題とは 芥川 はじめに、本日のテーマである女性社員のウェルビーイング向上とエイジレスなキャリアと健康支援について、ここ数年で実感されている変化や影響などがございましたらお聞かせください。 亀田 まだ始まったばかりという印象ですが、女性活躍が政策として推進されるなか、性別にかかわりなくとか、多様性について、とらえ方が変わってきています。世代ごとの違いはありますが、世の中の傾向として、確実に女性活躍や女性の健康支援について理解してもらいやすい環境は整いつつあると感じています。 東川 産業医として相談を受けていて感じている変化は、男性従業員からの育児の相談が増えていることです。女性の場合は、職場の同性の先輩や身近な人に相談できていたと思うのですが、男性にはそういう先輩がいないことがほとんどで、相談できる場が求められていると思います。 芥川 女性が働きやすいようにしていくためには、それをフォローする協力者として男性の役割が重要になってきますが、その男性に対しての支援も必要になっている、という視点ですね。 小島 当社では男性社員の育休取得を促進し、取得率は10年前の18%から現在では100%になっています。それにともない、女性社員の上位職志向が30%ほど上昇するという変化がありました。女性リーダーを増やすという施策はしていないので、全体的な施策を行っていくことが大事だと思っています。ただ、最近は女性の上位職志向が鈍ってきており、そのボトルネックが性別役割分担意識なのではないかと仮説を立てて、現在取り組んでいるという状況です。 価値創造としてのウェルビーイング取組みの背景と風土の変化 芥川 丸井グループのウェルビーイングは、経営戦略であるということをご発表のなかで強調されていましたが、経営者が一人で旗ふりをしても、うまく進まないと思います。スタート当初は、どのような様子だったのでしょうか。 小島 企業で人的資本経営やウェルビーイングに取り組むというときには、「企業の価値創造のためにそれが必要なのだ」というストーリーがあることが大切だと思います。当社の場合は、バブルが崩壊して、流行の物を置けば売れるという時代が終わったときにさかのぼると、そのころまでは上意下達の企業風土がありました。それを変革しないと会社が潰れてしまうという危機感から、自ら考え行動する自律的な企業風土をつくることが経営存続の喫緊の課題となったのです。必要な経営戦略として文化の変革に取り組み、並行して全社向けの施策を進めてきました。「なぜウェルビーイングが必要なのか」は、企業の価値創造の文脈に照らして考えていく必要があるのではないかと、実務を通じて感じています。 芥川 ありがとうございます。先ほど、推進する取組みの一つに、性別役割分担意識についてのお話もありました。どのような取組みでしょうか。 小島 力を入れてきたことは、役員、上位職者のアンコンシャス・バイアスの研修です。「『モデル』というと女性を思い浮かべる」とか、「男性が一家の大黒柱だと決めつけて見られる」といったアンコンシャス・バイアス、無意識の偏見は、いろいろな人を生きにくくしてしまいます。そういうことを、性別にかかわらず、すべての人のために共有することを大事にして取組みを進めています。 芥川 ありがとうございます。亀田先生、いかがでしょうか。 亀田 共通する感覚として、「働くことは苦役なのでなるべく早く辞めたい」ということもけっこう根強くあると思います。辞めたくなるのはおそらく、上意下達の職場で、嫌なことは飲み込んで、男性中心で女性は調子が悪くてもいえない、そんな職場を想像します。  しかし、ウェルビーイングの考え方は、「よい状態であると自覚できるか」ということです。働き続けられるかぎり働くことは好ましくないのか、とセミナーで私はよく問いかけます。その答えとして用意しているのが、長く社会とかかわったほうが、おそらく元気は保てるし、病気になってもがんばれるし、ひょっとしたら寿命も延びるかもしれません、という話です。  例えば「家事は苦役か」と考えてみると、料理は仕事とは違う頭を使ったり、食べてもらう相手が喜んだり、美味しいという様子は、人としてありがたいご褒美にもなるんですね。それらをくり返すことで、これまで男尊女卑的な家庭で非常に硬直した感じだった夫婦関係にさまざまな変化が起きうるのではないか。そんなことも思いますので、少し中長期的な視点で発信し続けることも必要ではないかと考えます。  一つの施策を進めるだけではなく、多面的なアプローチや見方を提示しながら、いわば立体的に、社内、あるいは事業を行うなかで浸透させることが大切だと思います。 芥川 たしかに多面的、立体的アプローチ、また、中長期的に考えるということが、キーワードになるように思います。ありがとうございます。 どう働きたいかを一緒に考えながらシニアの働き方、生き方をサポート 芥川 東川先生が発表された東急ストアの事例で、体力テスト、認知力テストを導入されたというお話がありました。従業員の方のモチベーションの変化などはありましたか。 東川 体力テストについては、やってみて機能が低下していることにご自身で気づいて、回復するようにがんばるというケースは多いと思います。認知力テストに関しては、「試されている」と受けとめてしまうのか、非常に不評というのが実際のところです。現在は、日ごろの働きぶりを上司がしっかり見るということに重点を置いています。  健康支援で重要なのは、「どう働きたいか」ということを、一緒に考えることだと思います。高齢になると、例えば、パートナーが突然亡くなるというような、ライフイベントが起こります。思わぬことが起きたとき、一人で考えるのはむずかしいので、シニアの働き方、生き方をどうサポートしていくか。どこまでが産業医の仕事かは悩ましいところですが、何かサポートできる体制があるとよいと思います。 芥川 ありがとうございます。長く働いていくうえでの健康支援について、あわせて配慮すべきことがありましたら教えてください。 東川 年齢が高くなると基礎疾患が増えてきますので、その管理が重要になります。病院に行くことで休日が終わってしまうような方もいるので、仕事をしながら時間が確保できるように、会社が配慮することが必要だと思います。  また、それぞれの事情や多様性を理解したうえでのメンタル面でのサポート、寄り添いというのが必要だなと感じています。 亀田 東川先生が面接指導や健康相談のなかで、いろいろな情報をキャッチされて対応されていることは、働いている方にとってとてもありがたいことだと思います。将来、仕事を離れた後の準備も、会社に手伝ってもらっているということです。雇用が終わっても人生は続きますから、これからはこういう取組みが大切になると感じました。 どういう企業でありたいかそのことが問われている時代 芥川 ウェルビーイングの考え方について、取組みを考えているみなさまへアドバイスをいただければと思います。小島先生から、お願いします。 小島 あくまで私見になるのですが、ウェルビーイングなどについて、「やらなくてはいけない」と思ってやると、うまくいかないのではないでしょうか。いまの時代、「どういう企業でありたいか」が問われています。それをしっかり考え、実践している企業には優秀な人材も集まると思います。選び、選ばれる企業となり、それによって発展していくという絵を描く。そんなストーリーを描いたうえで、ウェルビーイングも含めて各種施策に取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。それができないのであれば、無理に取り組むことではないと考えています。いずれにしても「わが社はどうありたいのか」ということを、しっかり考えなくてはいけないフェーズに入ってきたと思っています。 東川 「無理にしなくてよい」というところは私も同意見です。いろいろな会社を見ていると、「女性管理職を増やそう」という一方で、活き活きと管理職をやっている人より、無理やり管理職になって具合が悪くなってしまったという人に遭遇するケースは多いのです。  女性に管理職が務まらないということではなく、例えば、短時間勤務をしながらでも管理職ができる、あるいは、更年期の世代も無理せずとも働ける管理職のあり方、というものを考えていくことが大事だと思います。 女性社員のウェルビーイング向上の支援は社会や企業の文化を変えるきっかけになる 芥川 亀田先生から、全体をふり返ってのコメントをお願いします。 亀田 先生方のお話を聞いていて、男性中心の社会構造が企業社会ではまだ変わっていないこと、あるいは、ライフイベントに関することや女性の役割ということでも、女性の負担が多いことがわかり、まだまだこれからだとあらためて思いました。  本来、人間はコミュニティを持つ生き物として、例えば子育ては、昔であれば二世代、三世代、あるいは親族が集まるなかで行われてきました。しかし近年では、「親御さんは遠くにいて頼れない」という方がけっこういます。これはとてもたいへんなことなのです。そういう認識が社会に浸透していません。  そんななかで、女性社員に焦点をあてたダイバーシティはまだスタートしたばかりですが、じつは変化の大きなきっかけになり得ます。「性別や職位などにかかわらず対等である」、「いいたいことをいえる」という文化や風土を醸成していくことが、これからの時代には大切なのだと思います。  統計的に、日本では男性より女性のほうが長生きですし、介護を受けはじめる年齢も高いです。ということは、女性はそれだけ長く働ける可能性がある、ということがいえます。こうした状況もふまえて、女性をどのように支援していくか。真剣に取り組む時期にあると思います。 芥川 ありがとうございます。本日は、女性社員のウェルビーイング向上、エイジレスなキャリアと健康支援というテーマで、「女性」、「シニア」というキーワードでお話をしてきましたが、最終的には「だれもが働きやすい社会、文化、風土が求められている」ことが共通の視点としてあったと思います。  企業が支援できることとしては、まず個々の背景に合わせた健康支援があげられます。そして「いいたいことがいえる」、または「相談できる風土、文化」がキーワードです。それぞれ実現していくための会社の施策として、まずはトップの強い意思表示、メッセージの発信があり、変化をうながすためにリテラシーを高めていくこと。さらに、一人ひとりとの対話によって解決していくこと。こういった流れが取組みに成功している企業に共通する視点ではないかと感じます。  女性、シニアというくくりではなく、くり返しになりますが、「すべての働く人に必要な支援」の視点が求められているということも、大事なキーワードになっているとあらためて感じました。本日はありがとうございました。 写真のキャプション さんぎょうい株式会社 代表取締役社長 芥川奈津子氏 株式会社丸井グループ 取締役CWO(Chief Well-being Officer)、専属産業医 小島玲子氏 株式会社OHコンシェルジュ 代表取締役、産業医 東川麻子氏 株式会社健康企業 代表、医師、労働衛生コンサルタント 亀田高志氏