高齢者の職場探訪 北から、南から 第140回 鹿児島県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 70歳まで安心して働ける会社へプランナーが制度改定をサポート 企業プロフィール 株式会社渡辺組(鹿児島県鹿児島市) 創業 1951(昭和26)年 業種 総合建設業 社員数 144人(うち正社員数118人) (60歳以上男女内訳) 男性(39人)、女性(3人) (年齢内訳) 60〜64歳 25人(17.4%) 65〜69歳 12人(8.3%) 70歳以上 5人(3.5%) 定年・継続雇用制度 定年65歳、希望者全員70歳まで継続雇用。最高年齢者は76歳  鹿児島県は九州の南端に位置し、南北約600kmの広大な県域に二つの半島(薩摩(さつま)半島・大隅(おおすみ)半島)と、種子島(たねがしま)、屋久島(やくしま)、奄美大島(あまみおおしま)などの28の有人離島、1200超の無人島があります。海、山、火山の特徴ある自然を有するとともに、世界自然遺産に登録されている屋久島などの三つの世界遺産をはじめとする観光スポットや、温泉、グルメの宝庫でもあります。2011(平成23)年に九州新幹線鹿児島ルートが開通し、鹿児島中央駅と博多駅間は最速約1時間20分で結ばれています。  JEED鹿児島支部高齢・障害者業務課の中山(なかやま)雅矢(まさや)課長は、県の代表的な産業とその近況について次のように話します。  「主幹産業は農業であり、特に豚や肉用牛(黒毛和種)を中心とした畜産は、農業産出額の半数以上を占めています。温暖な気候や広大な畑地などを活かした野菜や花(か)き(観賞用植物)、茶などの生産も盛んです。また、医療関係、社会福祉法人の事業所が多く、業種にかぎらず、人手不足からなる採用難や高齢者雇用に関する職場環境整備の進め方について悩まれている事業所が多いと感じています」  医療関係、社会福祉法人の事業所が多数あるなか、高齢者が働いている職場も多いものの、その雇用制度について就業規則などに明記されていないケースも目立つため、同支部では、相談・援助業務を通して高齢者雇用の制度化を進めています。  今回は、そうした相談・援助業務などに取り組んで、離島を含む県内のさまざまな事業所の高齢者雇用を支援する同支部のプランナーの一人、岩元(いわもと)一哲(くにあき)さんの案内で、株式会社渡辺組を訪れました。 「人は宝」を信念として  1951(昭和26)年に設立された株式会社渡辺組は、鹿児島県を中心に建築、土木、湾港などさまざまな工事を手がける総合建設会社です。  創業時から掲げる社訓「豊かな人間性を養い、その人間性のもと誠心をこめた製品を社会におくり、社会から信頼される企業となる」を実践する人材育成と、堅実な施工、スピーディーな顧客対応で実績を積み、社会から信頼される企業に成長。2021(令和3)年に創業70周年を迎えました。  渡辺(わたなべ)丈(じょう)代表取締役社長は、「創業時から、人こそ宝であり、よい会社をつくればよい人材が集まる≠ニ信じて歩み続けています。時代が変わっても、技術の進歩によって仕事を取り巻く環境が変化しても、どんなときでも中心は『人』ということを忘れずに大事にしています」と信念を語ります。  人材育成では、研修や資格取得の奨励による専門技術の習得はもちろん、人として成長することや社員同士のコミュニケーション、チームワークを重視し、海外研修旅行や年2回全社員参加の懇親会、ゴルフ大会などを開催して社員間の交流を促進しています。コロナ禍となってから中止していましたが、2023年は四国への研修旅行を、40人ずつ3班に分けて実施しました。  「旅の間には、普段は話す機会のなかった人と話をします。いろいろなことを話すなかで、それまでと違う一面を知ることもできます。若手もベテランも一緒になって盛り上がりますから、自然と横のつながりができ、結束力も高まっていると思います」(渡辺社長)  誠実な仕事をするためにも、人として豊かであること、互いを尊重しチームとしての結束力を高めていくこと、そして建設の仕事には工期があり、多忙な時期もあることから、「やる時はやる、やらない時は一切やらない」という気持ちの切り替えも大事にしています。  同社の社員数は144人。若い人材も育っていますが、コロナ禍以前から少子高齢化による人手不足が続いているうえ、最近は、建設業を志す若い人が少なくなっており、新卒者の採用はさらにむずかしくなっているそうです。  「そうしたなかで現場管理者が定年を迎える年齢になり、『もう少し』と引きとめているうちに高齢社員が多くなりました。当社は現場管理の仕事が中心です。現場で学ぶことが多く、年長者の豊富な経験は会社にとって貴重な財産。その人たちの力が必要ですから、元気なうちはいつまでも働いてもらいたいと考えています」(渡辺社長) プランナーが定年制改定を支援  以前から70歳を超えても働ける慣行はありましたが、制度化していなかったため、その検討を始めたタイミングで、たまたま岩元プランナーが同社を訪問したそうです。  岩元プランナーは、「高齢社員がさらに活躍できる仕組みとして、定年年齢の引上げや70歳までの継続雇用を検討しているとお聞きし、制度改善に向けた支援を行いました。制度を設けるだけでなく、個々の高齢社員の強みを活かし、長期継続可能な人材活用をふまえての制度提案、および生産性向上を図るうえでの取組みについても助言しました」と当時をふり返ります。  検討の結果、2021年8月に65歳への定年年齢の引上げ、希望者全員70歳までの継続雇用制度を導入しました。個々の社員のライフプランなどを考慮し、制度改定時点で55歳以上60歳未満の社員は、退職と退職金支払い時期について選択できる仕組みとしました。  改定にあたっては、半年ほど前から全社員に周知し、意見や質問を受けつけたそうです。社員からは、「60歳定年と65歳定年、自分の場合は何がどう変わるのか」といった質問などがあり、それらに対して岩元プランナーが一つひとつ回答しました。渡辺組の人事労務を担当する高吉(たかよし)克児(かつじ)経営管理室長は、「どんな質問にも答えていただき、専門家から伝えてもらったことで社員の安心感も高まったと思います。とても助かりました」と岩元プランナーの支援に感謝を述べていました。  改定以降、定年を迎えた社員はほとんどが継続雇用を希望し、現在65歳以上の社員は17人。うち1人は70代で、建築の現場監督を続けています。  仕事と責任が変わらなければ、継続雇用でも賃金は定年前の水準が維持され、評価によって賃金が上がることもあります。継続雇用は1年ごとに更新し、体調などに応じて週4日勤務にするなど、働き方にも柔軟に対応しています。  渡辺社長は、「無理はさせません。高齢社員にかぎらず、若手社員でも健康上の理由でフルタイム勤務がむずかしくなるケースもあります。そうした場合でも、できることはたくさんありますから」と働き方への対応について話してくれました。  今回は、長年つちかってきた技術と経験を継承しながら若手の仕事をサポートする、ベテラン社員にお話を聞きました。 若手のサポート役としても活躍  帖佐(ちょうさ)孝生(たかお)さん(67歳)は、建築会社勤務などを経て、38歳のときに渡辺組に入社、勤続年数は29年になります。  渡辺組の技術本部建築・積算・設計部門に所属し、定年前は現場管理者として活躍。65歳の定年以降は、週5日のフルタイム勤務は変わらないものの、現場管理者の役割を一部にないつつ、並行して、現場図面チェックや施工図の作成を担当しています。「正確な施工図、わかりやすい施工図の作成を心がけています」と現在の仕事を語る帖佐さん。  1級建築施工管理技士、1級土木施工管理技士、1級造園施工管理技士などの資格を有するうえ、現場でつちかった経験を活かし、現在は建築現場で22歳の若手社員と一緒に働きながら、そのサポート役も務めています。  渡辺社長は、「技術、知識、経験が豊富にありいろいろなことに対応可能で、若い社員にとっては、一緒にいることで多くのことが学べる存在です」と帖佐さんの力を讃えます。  帖佐さんに現在の仕事の魅力をたずねると、「施主、設計者が望んでいることを理解して図面作成を行います。図面が完成したときの達成感はもちろん、図面に基づいて現場が完成することも魅力です」と返ってきました。そのため、現場担当者、各職種の職長が理解しやすい図面を作成するスキルの向上をいまでも心がけているそうです。  今後の抱負として、「入社して数年の現場管理者でも、各職種の職長に、簡潔かつ正確に指示が出せるような図面を作成したい」と語ってくれました。  帖佐さんのサポートを受けながら、建築の現場責任者を務める豊満(とよみつ)愁斗(しゅうと)さん(22歳)は、帖佐さんについて次のように話します。  「質問や相談したことに対して、つねにプラスアルファのアドバイスがいただけます。施工管理をしていると悩むことや考えることが多くあるので、帖佐さんのような経験を積まれた方がいてくださると、自分では気づけなかったことを指摘してもらうことができ、ミスを事前に防ぐこともできます。ご自身の経験をふまえてお話ししてくれるので、とてもわかりやすいです」 先輩たちのおかげでいまの仕事がある  若手の豊満さんは、職場の高齢社員の活躍について、こんなことも話してくれました。  「施工管理という仕事に情熱を持っている方が多いと感じています。先輩たちが築いてきた物件に行くと、『○○さんは元気にしている?』、『よくしてもらったからね』とお客さまから言葉をいただくことがあります。これまで数々の物件を築いてきた先輩方のおかげで、いまの私たちの仕事があることに感謝したいです」  定年が65歳に引き上げられたことについて豊満さんは、「人生100年時代ともいわれているので、高齢期の働き方の見直しは大切だと思いますし、個々人の考えで70歳まで継続する人も多いと思います。私がその年になるころには、定年が70歳、75歳になっているのではないでしょうか」と40年後、50年後を見すえて考えを聞かせてくれました。  渡辺社長は、「多様な人材が安心して長く働けるよう、これからも人材育成に力を入れ、企業理念の『幸福追求』の実現を目ざして研鑽(けんさん)してまいります」と今後を語ります。また、「仕事をすることが健康を保つ秘訣ではないかと思います。自分の健康のためにも、私たちの仕事は地域のインフラを支えていますから、社会のためにも仕事を続けてほしいです」と高齢社員へエールを贈りました。また、同社について岩元プランナーは「鹿児島県を代表する企業であり、周囲への影響力もあります。年齢、性別にかかわらず、がんばる人を応援する会社であり、率先してさまざまな取組みをしていますので、これからも支援します」と話してくれました。 (取材・増山美智子) 岩元一哲 プランナー アドバイザー・プランナー歴:24年 [岩元プランナーから] 相談・助言活動で企業訪問をする際、まず、お忙しいなか、訪問を受け入れていただいたことに対して感謝を申し上げるとともに、訪問目的をお伝えし、企業での高齢者活用に対するお考えなどを集中して聴き取ることに努めています。また、話のなかで見えてくる課題などを把握しながら、さらなる高齢人材の活用を一歩でも前へ進めていただけることを念頭に置き、訪問企業にとって役立つ情報などの提供、ならびに、その課題解決に向けた的確な助言を行うことを心がけています。 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆鹿児島支部高齢・障害者業務課の中山課長は、「岩元プランナーは、2000年から高年齢者雇用アドバイザーとして活躍し、今年で24年目のベテランです。社会保険労務士のほか、行政書士、社会福祉士、精神保健福祉士、産業カウンセラーの資格を有しており、自身の経験と豊富な知識で事業所からの信頼も厚く、鹿児島本土のみならず、奄美大島などの離島もあわせて、広く県内で活動しています」と話します。 ◆鹿児島支部高齢・障害者業務課は、鹿児島中央駅からJR線で約10分の南鹿児島駅から徒歩5分の場所にあります。路面電車の鹿児島市電も走っており、アクセスもよく、晴れた日には桜島がよく見えます。 ◆同県では、7人の70歳雇用推進プランナーが活動しており、2022年度は416件の相談・援助業務を行い、85件の事業所に制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●鹿児島支部高齢・障害者業務課 住所:鹿児島県鹿児島市東ひがし郡元町(こおりもとちょう)14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 電話:099-813-0132 写真のキャプション 鹿児島県鹿児島市 株式会社渡辺組本社 好きな言葉を手にして、明るい表情で取材に応じてくれた渡辺丈代表取締役社長 建築図面の作成を行う帖佐孝生さん