知っておきたい労働法Q&A
 人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。
第69回
定年制の変更について、社有車の盗難による事故とその責任
弁護士法人ALG&Associates
執行役員・弁護士
家永勲
Q1
定年廃止後に定年を改めて設定することはできますか
 高齢従業員の就労確保のために、定年を廃止することも視野に入れて検討しています。ただ、状況によっては定年制を再度定め直して、継続雇用措置に切り替えることも考えておきたいのですが、問題はあるでしょうか。
A
 一度廃止した定年制を設定し直すことは、就業規則の不利益変更に該当し、その効力が否定されるおそれがあります。廃止を先行させるのではなく、定年の延長などを順次行いつつ、最終的な廃止を目ざすほうがよいと考えられます。
1 高齢者の就業確保について
 高年齢者雇用安定法が改正され、現在では、70歳までの就業機会の確保が努力義務として定められています(同法第10条の2)。
 65歳までの高年齢者雇用確保措置と同様に、定年の引上げや継続雇用制度のほか、定年の定めの廃止も就業確保の措置となることが定められています。2022(令和4)年「高年齢者雇用状況等報告」(厚生労働省)によれば、66歳以上になっても働ける企業の割合は40.7%、70歳以上まで働ける企業の割合は39.1%となり、いずれも増加傾向にあります。
 高年齢者雇用安定法における70歳までの就業機会確保の努力義務化の影響や、人材不足への対応として高齢者雇用を長期化することが課題になっていることを反映しているものと思われます。今回は、高齢者の就業確保措置の一環として定年制を廃止した場合に、これを改めて設定することができるのか検討していきたいと思います。
2 定年の引下げと就業規則の不利益変更に関する裁判例
 定年制の廃止は、労働者の労働契約の終了時期に関する定めがなくなることで、労働者が退職を申し出ないかぎりは労働契約が終了しないことになることからすれば、定年制の対象となる労働者にとって不利益になることはなく、就業規則は有効に変更することができるでしょう。
 問題は、一度定年制を廃止した後に改めて定年制を定め直して、継続雇用措置に変更することが可能であるかです。
 大阪地裁平成25年2月15日判決(大阪経済法律学園〈定年年齢引き下げ〉事件)では、満70歳とされていた定年年齢を満67歳へ引き下げる内容に就業規則を変更したところ、これらを定めていた就業規則の変更が有効と認められるか否かが争われました。
 就業規則の不利益変更が有効か否かについては、現在の労働契約法に定められている内容とほぼ同様の基準を用いており、「変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応」を考慮対象にしつつ、学校法人であったという特徴から「同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して、当該変更が合理的であるといえることが必要」という判断基準が示されました。
 そして、定年引下げについては、既得権を消滅、変更するものではないとしつつも、「在職継続による賃金支払への事実上の期待への違背(いはい)、退職金の計算基礎の変更を伴うものであり、実質的な不利益は、賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するもの」であることを理由に、労働者にそのような不利益を法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであることが必要とされました。
 このような基準に照らして、変更の必要性については、学校法人という特殊性の観点から私立大学間の競争が激化していること、定年を引き下げる大学が複数あり満70歳定年制の大学はむしろ少数であること、教員年齢の偏りが生じていたことなどから、一定の必要性は肯定されつつも、財政上の理由はなく緊急性があったとまでは認められませんでした。
 変更内容による不利益の程度については、平均的な定年年齢であることから内容自体は相当なものとされつつも、単に相当であればよいだけではなく、「重要な労働条件に不利益を課すものであるから、合理的であるといえるためには、……代償措置ないし経過措置である……再雇用制度が、かかる不利益に対する経過措置・代償措置として相当なものであるといえることが必要」という条件を加えました。
 そして、「特別専任教員又は客員教授としての再雇用は、本件定年引き下げ以前から存在する制度であるから、これらをもって、本件定年引き下げの代償措置と評価することはできない」とされ、さらに、当該再雇用の対象とならなかった場合の割増退職金制度もないことなどから、代替措置として不十分であるとして、就業規則の不利益変更として合理性を有しているとは評価することができず、無効であると判断されました。
 なお、この裁判例で触れられている再雇用制度は、希望者全員を再雇用するものではなく、一定の基準をもって再雇用対象者を選定するものであり、いわゆる高年齢者雇用安定法が定める継続雇用制度とは異なるものでした。
3 裁判例からわかる留意事項
 ご紹介した裁判例が、定年の引下げという定年制度の再設定よりは不利益の程度が小さいと思われるものであっても、厳格な判断が行われています。高齢従業員の就業確保措置を実現するにあたって、定年制を廃止する方法も選択肢にありますが、一度廃止した定年制を改めて設定することは、より困難であろうと考えられます。
 定年制の廃止は、70歳にとどまらず高齢者雇用を広げていくものであり、望ましい施策ではありますが、一度廃止した後に再設定することは困難であることに留意して、自社の実情に合うものであるのかについては、慎重に検討していくべきでしょう。
 このような法的な課題もあることもふまえると、継続雇用制度を維持した状態で、定年を延長しつつ、自社における高齢者雇用の課題を明らかにしながら、最終的な方法として定年制の廃止を目ざすという方法がよいのではないかと思います。
Q2
盗難された社有車で事故を起こされたとき会社は責任を問われるのですか
 社有車を少し離れた月極駐車場で管理していますが、ある日、1台盗難にあいました。前日に使った社員が施錠をせず、鍵を車内に置いたまま車から離れ、そのまま帰宅したことが原因のようです。そして、盗難された車で事故を起こされたのですが、当社は被害者に対する賠償責任を負担する責任はあるのでしょうか。
A
 客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造または管理状況にあるか、内規などにより自動車の管理を適切に定めて運用も確保されている状況にあれば、盗難された社有車による事故の責任を会社が負担する可能性は低いでしょう。
1 盗難された側の会社が事故の責任を負うことがあり得るのか
 社有車を会社の敷地内から少し離れた月極駐車場で管理している状況で盗難にあった場合、当該盗難車で生じた事故は、盗難した者が責任を負うべきであるというのが原則ですが、盗難した者は自動車の所有者でもないため、被害者にとってはその特定が容易ではない場合があります。
 そのような場合であっても、自動車の所有者や管理者に対して責任追及できるように定めた法律があります。「自動車損害賠償保障法」(以下、「自賠法」)第三条は、「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる」と定めており、「運行供用者責任」と呼ばれています。
 ここにいう、運行の用に供する者(以下、「運行供用者」)に該当するか否かについては、判例上、①自動車の運行を支配(コントロール)していること(以下、「運行支配」)と②自動車の運行により何らかの利益を得ていること(以下、「運行利益」)を考慮して判断されています。
 これらの運行支配や運行利益について、盗難車であれば否定されるのかというと、必ずしもそうではないと考えられています。また、管理状況に不手際があった場合にはそのことを理由に不法行為責任を負担する可能性もあると考えられています。
2 二つの最高裁判例
 盗難された社有車による交通事故について、会社の責任を判断した二つの最高裁判例があります。
 一つめは、最高裁昭和48年12月20日判決です。事案の概要としては、タクシー会社が所有する自動車が窃取され、2時間後に事故を起こしました。駐車されていた場所は周囲を2mの高さのブロック塀で囲われた駐車場内でしたが、エンジンキーなどの管理が十分でなかったことから窃取されたという状況でした。
 最高裁は、自賠法第三条が定める運行供用者責任に関しては、「本件事故の原因となつた本件自動車の運行は、訴外B(筆者注:窃取した運転手)が支配していたものであり、被上告人(筆者注:会社)はなんらその運行を指示制御すべき立場になく、また、その運行利益も被上告人に帰属していたといえないことが明らかである」としてその責任を否定しました。また、この判例は、「客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造、管理状況」があったことを理由に会社の不法行為責任も否定しました。
 しかしながら、社有車の駐車場が第三者の自由な出入りを許す構造となっている場合(例えば、周囲を塀で囲まれていないような場合)には、会社は、社有車が盗難された後に引き起こされた事故に対して責任を負う可能性が残される判断となっていました。
 この点について判断したのが、二つめの最高裁令和2年1月21日判決です。事案の概要は、寮から社有車による通勤を許しており、当該社有車は、公道から出入りすることが可能な状態であった場所に、エンジンキーを運転席上部の日よけに挟んだ状態で駐車していたところ窃取され、その後に事故を生じさせたというものです。
 先ほどの事件とは異なり、客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造、管理状況ではない場所に通勤に利用されていた社有車が駐車されていました。ただし、会社には、第三者の自由な立入りが予定されていない場所にエンジンキーを保管する場所を設けたうえで、従業員が自動車を駐車場に駐車する際は、ドアを施錠し、エンジンキーを当該保管場所に保管する旨の内規が定められていました。
 最高裁は、駐車場所について「公道から出入りすることが可能な状態であったものの、近隣において自動車窃盗が発生していたなどの事情も認められない」としたうえで、「内規を定めることにより、窃取されることを防止するための措置を講じていたといえる」と判断して、会社の過失はないと判断し、賠償責任を否定しました。なお、最高裁昭和48年12月20日判決との関係については、駐車場が「客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造、管理状況」にない場合に、ただちに不法行為責任を肯定すべきとする趣旨のものではないと説明されました。ただし、この判例では、労働者が「以前にも、ドアを施錠せず、エンジンキーを運転席上部の日よけに挟んだ状態で本件自動車を本件駐車場に駐車したことが何度かあった」点について、会社がそのことを把握していたとの事情も認められないという補足をしていることからすると、内規が形骸化していることを認識している場合には結論が異なる可能性があります。
 これらの判例によれば、会社の責任を否定する要素としては、「客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造、管理状況」を整える方法以外に、内規を整え、これを遵守させることで施錠を管理する方法によることも可能であるといえます。
3 判例から留意すべき事項
 例えば、月極駐車場が、駐車場の契約者のみに貸与されるカードキーや暗証番号などにより、契約者しか入れないような構造になっていれば、「客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造、管理状況」であるといえるので、会社が事故に対する責任を負担することはないでしょう。
 しかしながら、一般的な月極駐車場であれば、自社の社員のみならず、他の駐車場契約者も出入りが可能であることが通常と思われます。そのような場合には、鍵の保管場所や保管のルールを定めた内規を整えておくことにより、会社が責任を免れる根拠を用意することができます。定めた内規に基づく運用が形骸化していないかぎりは、会社が、盗難車による事故の責任を問われることはないでしょう。
4 社員の責任
 会社に事故の責任が問われないとしても、会社の規程に違反して社有車という財産を毀損した社員に対して処分ができなくなるわけではありません。内規の違反が懲戒事由とされている場合には、当該違反を根拠として、社員に対する懲戒処分を行うことは可能でしょう。
 なお、盗難後の事故により破損した自動車の修理費や買い替え費用などの責任については、たしかに鍵の管理を怠った社員をきっかけとしているとはいえますが、その結果、社有車が盗難されて事故を生じさせることは通常のできごとではなく、社員がこれを予見することはできないと考えられますので、当該社員にその責任を負担させることはできないでしょう。これらの損害は、盗難した者を特定して追究する必要があるでしょう。