いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第43回 「タレントマネジメント」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、タレントマネジメントについて取り上げます。人事にかかわる人にはすでに浸透していますが、それ以外の人にはなじみが薄い用語かもしれません。 タレントとは才能≠意味する  タレントマネジメントの定義は一定ではないといわれていますが、例えば厚生労働省が公表した『平成30年版労働経済の分析』では、一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会の「人材の採用、選抜、適材適所、リーダーの育成・開発、評価、報酬、後継者養成などの人材マネジメントのプロセスを支援するシステム」という定義を引用しています。なんとなくタレント≠ニ聞くと、メディアへの露出度が高い芸能人や有名人などを想像しがちですが、本来は「才能・才能のある人」を意味しており、さまざまなタレントマネジメントの定義においても「個人の才能を把握・育成・活用する」という点においては共通しています。  この用語の歴史は長く、1990年代に当時激化していた優秀人材の獲得競争を背景に、アメリカのマッキンゼー・アンド・カンパニーというコンサルティング会社がThe War for Talent(人材獲得・育成競争)≠ニいう概念を提示したことが始まりといわれています。この考え方にのっとり、早期に具体的な仕組みやシステムづくりに着手する企業がある一方で、考え方は理解するが具体化はせずにきたという企業も多く、取組みに対する温度差が大きかったというのがここ最近までの流れといえます。しかしながら、近年はタレントマネジメントの必要性が年々高くなり、再び注目されています。 タレントマネジメントの必要性は近年高まっている  その必要性とは、この連載でも何度も出てくる少子高齢化による人材不足≠ニグローバル化や情報技術の進化などの環境変化≠フ加速化にあります。タレントマネジメントの考えが提示された1990年代後半あたりは、日本では人材獲得の競争どころかバブル経済の崩壊により、人員余剰の状態が恒常的に続きました。また、高度経済成長期からバブル経済期までの企業の成功体験をもとに社員の採用は新卒採用中心の長期雇用、教育はジョブローテーションによりさまざまな仕事を経験させ社内の幅広い仕事ができる会社人材≠育てることに重点が置かれていました。環境変化が緩やかであれば過去の成功法を次世代に継承し、人員余剰であれば足りない人材のみを外部から調達すればこと足りたのですが、近年ではその考えがもはや通用しないことは多くの企業が認識していることです。これまでの成功体験が通用しない、思うように人も集まらない状況下で企業が生き残っていくためには、どのような事業や会社運営に今後重点を置くべきかを戦略的に考え、それを遂行するために必要なスキル・能力・志向性など(以下、「スキル等」)を持った人材を効果的に確保することの重要度が高くなります。実現するためには、事業を遂行するために求められるスキル等を具体的に設定し、該当するスキル等を有する人材を採用し、並行して社員の能力開発を進めていく必要があります。これらを仕組み化して継続して進めていくことがタレントマネジメントの基本となるため、人材不足と環境変化が加速化するほど注目が高まるのは必然ともいえます。 大事なのは目的に応じた実施  タレントマネジメント推進の前提となるのは、事業上必要な業務や会社運営上の役割(以下、「業務や役割」)ごとのスキル等の具体的な設定と、社員がスキル等をどの程度有しているかの個別の情報データベース化です。情報に基づかないと人事部門や経営者の勘と経験に頼らざるを得ず、次のような施策を具体的に展開できなくなるからです。 ・採用…業務や役割ごとに必要なスキル等と在籍する社員の実態を把握し、不足する、またはより伸ばしていくべきスキル等を有する人材を採用する。新卒だけでなく、即戦力としての中途採用も対象とする。 ・人材配置…業務や役割を遂行するのに必要なスキル等を有する人材を適材適所で配置する。このことで業務遂行や組織運営の効果を高め、生産性を上げる。 ・能力開発…事業に必要なスキル等のトレーニングを行う。研修などの場で行うことと並行して、社員の将来的なキャリアを見すえた(当該業務に従事することによりどのようなスキルが習得できるか)ジョブローテーションも行う。 ・後継者育成…次世代の人材がいないという状況にならないように、組織長や経営層に求められるスキル等を洗い出し、該当する社員を候補としてプールする。そのうえで、より次世代に相応しい人材にするための教育や選抜を行っていく。 ・リテンション(人材流出の防止)…業務や役割に従事するにあたり必要なスキル等を明示し、対応可能な人材が自ら異動希望を出せるようにすることで、やりたいことができないことによる離職を防ぐ。  代表的なものを取り上げましたが、施策の範囲が幅広い点がポイントです。インターネットで「タレントマネジメント」と検索するとすぐにITシステムの広告が表示されますが、これらのシステムはデータベースの構築・抽出・推進するための手段の一つにすぎません。ここにばかり注力して肝心の施策にまで展開できないというケースを聞くことがあります。しかし、重要なのは施策への展開です。社員の情報を何にどのように活用するか目的を明確にし、あらかじめ全体像を描いたうえで取り組むのがよいでしょう。  また、もう一つのポイントは、すでにやっている・やりたいと思っていることを仕組み化して行うという点です。タレントマネジメントとあらためていわれなくても、社員のスキルを伸ばしたい、適材適所で人を配置したい、後継者がほしいということを希望する企業や、試行錯誤で取り組んできた企業は多いはずです。ここで従来欠けていたのは、業務などの目的・範囲やスキルの可視化と情報収集という施策の根拠になる部分です。何から手をつけたらよいかわからないという企業であっても、これらを起点に施策を推進していけば前進していくことができると思われます。  次回は、「フレックスタイム制」について解説します。