技を支える vol.336 奥深い着物の美を追求 若い世代に引き継ぐ 衣装着付師 鈴木(すずき)由喜枝(ゆきえ)さん(78歳) 「これまで積み重ねてきた勉強や経験を活かして、生徒さんには“この角度”がだめなら“別の角度”から教えるようにしています」 美容室経営、後進の育成指導、帯結びの考案など幅広く活躍  「おばあちゃんやひいおばあちゃんの代から続けて通ってくださるお客さまもいます」と笑顔で話すのは、東京都板橋区南町(みなみちょう)で「チェリー美容室」を営む鈴木由喜枝さん。同美容室は1974(昭和49)年に開業、今年50周年を迎える。  着付は40歳を過ぎてから本格的に始め、2014(平成24)年、業界最難関ともいわれる日本着付学術会の「日本十傑(にほんじっけつ)名人(めいじん)」位を取得。美容室経営のかたわら、各地の講習会などで講師を務めたり、コンクールに出場する若手技術者の指導、新しい帯結びの創作など、幅広く活躍。また、車いす利用者の着付方法も考案した。成人式の前には、着付会場で何十人もの新成人の着付陣頭指揮を執る。着付の優れた技術や後進の育成などが評価され、2021(令和3)年に「東京マイスター」、2023年には「卓越した技能者(現代の名工)」に選出された。 美に憧れを抱き一貫して技術向上に努める  物心ついたころから「おしゃれが大好きで、美というものに憧れていました」という鈴木さん。叔母の影響で4歳から日本舞踊を約10年間習い、和装も好きになったという。高校卒業後は山野(やまの)高等美容学校(現・山野美容専門学校)に進学。卒業後もメイクや和装などの技術を習得するために学校に通い、約6年のインターンを経てチェリー美容室開業に至る。  「美容の技術は奥深く、かぎりない」と考える鈴木さんは、開業後も一貫して技術の向上に取り組んできた。着付もその一つだった。  「当時師事していた美容師の先生から、『あなた、ヘアはもう十分わかっているはずだから、次は着付を勉強しなさい』といわれ、3カ月間着付の講習を受けた後、着付のコンクールに初挑戦しました。まだ補正も上手にできないような状態でしたが、それでも11位に入賞できました。そのとき、『私はまだまだこんなものじゃない』と、着付を追究しようという気持ちに火がついたんです」  それからの約20年間は、コンクールに出場し続け、花嫁衣装を手がけることを目標に腕を磨き続けた。コンクールでは、どの角度から見ても美しく、着る人が苦しくなく、しかも崩れにくい着付を短時間でできることが求められる。  「普段着から始めて徐々に技術を習得していきました。好きなことだから楽しい反面、悔しくて泣いたこともありました。例えば、腰紐一本締めるのも、親指を上手に使い、しわをつくらないように締める。あるいは、長襦袢(ながじゅばん)の振りと着物の振りがぴたりと合うように胸紐を締める、といったことがむずかしく、最初はできるまで半日かかりました。それらを数秒でできるまで上達するのがたいへんでした。先生と同じようにやりたいのに、どうしても手がうまく動かず、形が崩れてしまう。『なぜだろう』と自問自答しながらひたすら練習を重ねました」  後進を指導するいまでも、地方での同業者同士の勉強会に足を運び、技術の研鑽(けんさん)に余念がない。  「和装の伝統を大切に受け継ぎながらも、時代に遅れてしまわないように、現代の色合いを取り入れていくことも大事だと思います。ですから、いまもつねに勉強して、アンテナを立てておくように努めています」 先輩方との出会いが宝物 得たものを若い世代に引き継ぐ  「技術が身についたのは、これまですばらしい先生方と巡り会えたおかげ。それが私にとって一番の宝物です」  そう話す鈴木さん自身、着付の高度な技術を習得したいという若手の着付師のために指導を惜しまず、これまでコンクール上位入賞者を輩出してきた。  「指導のコツは怒らないこと(笑)。自分が積み重ねてきた勉強・経験の引き出しのなかから、その人に合った教え方を心がけています。これからも、着物という日本の伝統文化を、若い世代に引き継いでいきたいと思います」 有限会社アプリーレチェリー チェリー美容室 TEL:03(3955)2543 (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 美しく、崩れにくく、着た人が苦しくない着付を短時間で行うには、上手な人の指導を受けながら、くり返し練習することが欠かせないという 東京都板橋区にあるチェリー美容室。今年4月1日で50周年を迎える 長年にわたる美容業界への貢献が認められ、「令和5年度卓越した技能者(現代の名工)」の表彰を受けた 「お客さまとお話ししながら働けるのが楽しい」と話す鈴木さん。店内は25年ほど前に、高齢者や障害のあるお客さまも来店しやすいように改装された 襦袢(じゅばん)、帯枕(おびまくら)、腰紐、クリップなど、着付に用いる道具の数々 「日本十傑選考会」を目前に控えた若手着付師を指導する鈴木さん