Leaders Talk リーダーズトーク No.106 「人を大切にする」経営を実践し活き活きと働き続けられる職場に サミット株式会社執行役員人事部マネジャー 安田大輔さん やすだ・だいすけ 1997(平成9)年、サミット株式会社入社。店舗・本部での勤務、労働組合専従、経理部マネジャーなどを経て、2020(令和2)年4月に人事部マネジャー、2023年6月より執行役員人事部マネジャーを務める。  東京都を中心に、124店舗の食品スーパーマーケットを展開しているサミット株式会社。慢性的な人手不足といわれる小売業界ですが、同社では、パートタイム社員の定年を65歳に定めるとともに、それ以降は「シニアパート社員」として75歳まで働ける環境を整え、多くの高齢者が活躍しています。65歳、70歳を超えて社員が活き活きと働ける同社の取組みについて執行役員人事部マネジャーの安田大輔さんにうかがいました。 人材確保を目的に「シニアパート社員」制度を導入定年を65歳に引き上げ、75歳まで働ける環境を整備 ―貴社では、店舗で働くパートタイム社員の定年を65歳とし、その後はシニアパート社員として75歳まで勤務可能な制度を導入しています。制度導入の目的とはなんでしょうか。 安田 一番はやはり人材の確保です。スーパーマーケット業界は、世の中の景気がよいときは人が採れず、景気が悪いときは人が採りやすいという波が必ずきますし、そのくり返しでした。そういった状況のなかでも安定的に人手を確保していかなければなりません。  また、30代で入ったパートタイム社員が、働き続けて60歳、65歳を迎えることも多く、しかもふだんから体を動かす仕事なのでみな元気なのです。かつては正社員もパートタイム社員も全員が定年は60歳で、パートタイム社員については、定年以降は昇給のないアルバイト社員扱い(当時はシルバー社員という名称)となり労働時間も短くなるという働き方でした。さらに、時給が定年前と比較し、最大10%下がります。じつは私は労働組合の専従を9年、うち執行委員長を4年ほどやっていたのですが、パートタイム社員の組合加入の説明に回り意見交換するなかで、「私たちは元気で変わらず仕事をしているのに、60歳を過ぎたらどうして急に時給が下がるのか」という声が非常に多くありました。  人手不足やパートタイム社員の平均年齢の上昇などをふまえ、2016(平成28)年にパートタイム社員の定年を65歳に延長し、65歳から75歳まで「シニアパート社員」として働くことができる制度を導入しました。 ―実際に高齢で働くパートタイム社員の方は多いのですか。 安田 正社員は約2800人、パートタイム社員は約1万1000人です(2023〈令和5〉年3月31日時点)。パートタイム社員のうち、60〜65歳が約1500人、65歳超のシニアパート社員が約2000人。60歳以上のパートタイム社員が全体の32.5%を占めており、いわゆる学生アルバイトも含めた全社員ベースでは21%で、約5分の1を占めるなど、多くのシニアが活躍しています。継続して長く勤務した後にシニアパート社員になる方も多いのですが、最近は「65歳を過ぎているのですが、働きたい」といって応募してくる方もいますし、60歳以降でパートタイム社員として入社される方もいます。また70歳を過ぎて働く人も多く、特に歴史の古い東京都世田谷区の店舗では、70歳以上の比率が高いところもあります。先日もある店長から「75歳になった人がいるが、まだまだ元気なので継続雇用したい」という相談を受けるなど、元気な高齢者が多い印象です。 ―75歳を雇用の上限年齢とする制度により、長く働くことが可能になりましたが、処遇制度はどのように変わったのですか。 安田 パートタイム社員の定年が65歳になりましたが、働き方はパートタイム社員もシニアパート社員も基本的には変わりません。週35時間未満という契約時の労働時間は共通です。処遇については、以前は60歳を過ぎると時給が最大で10%減額されましたが、定年を65歳にしたことで継続的に昇給もする条件となりました。ただやはり65歳を超えて、シニアパート社員になると、昇給がストップし、賞与が出ないという違いがあります。  ちなみに、パートタイム社員は、協調性などの行動評価と仕事の質・量の2軸を基本に、年に2回の人事考課を実施しています。総合評価をS、A、B、C、Dの5段階で示し、真ん中のB評価だと5円、Aだと10円、Sだと15円時給が上がり、C以下は昇給がないなどメリハリをつけています。シニアパート社員は経験豊富な熟練者が多いので、昇給はしませんが、積み上がった時給は維持されます。ただし賞与がなくなるので、年収ベースでは10〜15万円程度の減収になります。また、当社ではパートタイム社員は1年を経過した時点で無期雇用としています。パートタイム社員は1年ごと、シニアパート社員に関しては6カ月ごとに契約条件の確認面談をしますが、人によっては「半年経ったら体力が落ちてきました」という声もあり、気持ちの変化もありますから、ご本人の意向を面談で確認するようにしています。 「健康確認シート」を活用した面談でシニアの身体機能と健康状態をチェック ―75歳まで働けるといっても、身体的には個人差もあります。そのための対応はどうしていますか。 安田 一つは、シニアパート社員の半年ごとの面談で、働く意欲などご本人の意向を確認し、もう一つは面談時に「健康確認シート」に記入してもらい、店長と話し合いながら身体機能をチェックしています。これは、シニアパート社員制度ができた2016年に導入しました。視力・聴力・平衡(へいこう)感覚・その他の4項目になりますが、どちらかといえばコミュニケーションのきっかけに使っています。私も本部のシニアパート社員と面談をしていますが、「僕もちょっと目が見えにくくなってきたのですが、書類はよく見えますか?」と、会話をしながらチェックしていくというイメージです。 ―「視力確認」には「香辛料の裏書きが読めますか?」といった項目もあるそうですね。 安田 これは商品の裏や値づけラベルに書いてある日付のチェックに必要となる項目です。メガネをかけていても日付など細かい文字が読めなければ、商品を出すときなどに支障が出ます。また、平衡感覚の確認には「腰に手をあてて、目を開けたまま片足で30秒以上立てますか?」という項目がありますが、実際にやってもらうわけではありません。目の前でやらせるのは、個人のプライドを傷つけることになりますし、「自信はありますか」と聞いて、本人に確認するようにしています。そのうえでいまの仕事がむずかしそうであれば、例えば部門専属の作業から店内共通の清掃の仕事に変える、あるいは仕事の時間を短くするなど、お互いに歩み寄りながら身体能力に応じて仕事内容を決めていきます。もちろん店長も日ごろの仕事ぶりを見ていますが、仕事のできばえや仕事量の減少を感じる場合などでも「健康確認シート」はよいコミュニケーションツールになっています。 ―正社員の高齢者雇用制度はどうなっていますか。 安田 じつは65歳までの雇用確保が努力義務になったとき、社内で正社員も65歳まで定年延長するのか、しないのかについて議論がありました。しかし、「全員一律にしないでほしい」、「選択できるようにしてほしい」という声が多かったのです。その結果、60歳定年以降は65歳まで再雇用する制度を継続することにしました。また、正社員については1997年に勤続給の廃止や管理職への年俸制導入など、より能力主義を高めた人事制度を導入しました。また職能資格フレームに基づく下方への格付(いわゆる降格制度)も厳密に運用しており、役職定年もありません。60歳以降の嘱託社員になっても、実力がある人は継続して店長や副店長として活躍してもらっています。ただ、最近は定年を65歳に引き上げるべきではないかという議論も出始めています。65歳以降については、嘱託社員からシニアパート社員に移行できます。実際に60歳以降は正社員のほぼ100%が再雇用を希望し、65歳以降もシニアパート社員として働く人が増えています。店長だった人が鮮魚部門で魚をさばいていたり、あるいは商品出しの業務にたずさわっている人もいます。本部で商品部のマネジャー(いわゆる部長職)に就いていた人も店舗で働いていますが、役割が変わってもみな楽しそうに働いています。 社員の「生活の充実」をベースに働きがいのある職場を目ざす ―シニアを含めて、社員全員が活き活きと働くために会社として心がけていることはなんでしょうか。 安田 当社は昔から「人を大切にする経営」を掲げてきましたが、あらためて2021年に社員ビジョンとして「『みんなでつくる幸せのかたち』〜それぞれのライフ・ワークバランスNo.1〜」を掲げました。個人の視点においては「ライフ」の充実がベースとなり、そのうえで働きがいのある「ワーク」の充実を目ざすというものです。組織風土や職場環境の整備という点では「サービス残業なし」、「差別なし(学歴・性別・社員区分など)」、「7連休の取得促進」、「正月3が日休業」などを実践しています。また、仕事と関係がないことに気を遣うことがないよう、中元・歳暮、年賀状など「付け届け不要」、権威主義的な雰囲気を排除するために、社長をはじめ全員が互いに「さん」づけで呼ぶようにしています。 ―今後の課題とはなんですか。 安田 いま、正社員の再雇用を含めて全体の制度のポリシーをしっかり定めて、サミットらしい人事制度に変えようという議論を始めています。正社員の定年延長だけではなく、シニアパート社員についても「75歳を過ぎても働きたい」というニーズも出てきています。社員一人ひとりと向きあいながら、一つの型にはめるのではなく、多様性を意識した制度に変えていくのが、今後の課題です。 (インタビュー/溝上憲文、撮影/中岡泰博)