特集 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 〜開催レポートU〜 ▼10月27日開催 「50歳からのキャリア開発・支援、リスキリング〜シニアの活躍に向けて」 ▼11月1日開催 「エイジレスな人材活用のための評価・賃金制度」  当機構(JEED)では、生涯現役社会の普及・啓発を目的とした「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」を毎年開催しています。2023(令和5)年度は、企業の人事担当者のみなさまにとって特に関心の高いテーマごとに全4回開催し、学識経験者による講演や、先進的な取組みを行っている企業の事例発表・パネルディスカッションなどを行いました。  今号では、2023年10月27日に開催された「50歳からのキャリア開発・支援、リスキリング〜シニアの活躍に向けて」、同11月1日に開催された「エイジレスな人材活用のための評価・賃金制度」の模様をお届けします。 【P7-10】 10月27日開催 基調講演 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「50歳からのキャリア開発・支援、リスキリング〜シニアの活躍に向けて」 「50歳からの幸せなキャリア戦略」 株式会社FeelWorks(フィールワークス)代表取締役、青山学院大学兼任講師 前川(まえかわ)孝雄(たかお) 大切なのは自分自身の「働きがい」を見いだしていくこと  株式会社FeelWorks代表取締役の前川孝雄と申します。就職や転職、学び、キャリア支援をテーマとする媒体の編集長を経て、40歳のときに人材育成を生涯の仕事にしたいと思い、2008(平成20)年、当社を立ち上げて現在に至ります。  人事制度や仕組みなどを整えていくことは、会社としてとても大事な取組みですが、私は、現場の上司が多様な部下を大切に育てて活かすことがとりわけ重要であると考え、「上司力○R(★)研修」というプログラムをつくり、これまで16年にわたり400社以上の現場で、上司のみなさんを通じた人材育成を支援しています。  そのなかで、特に問題意識を持って取り組んでいるのが、本日のテーマである「ミドル世代からのキャリア」についてです。40・50代は、企業において管理職になる人が多い世代ですが、部下の活躍支援を考えたとき、多くの管理職自身が、「自分のこれからの幸せなキャリアや人生について、忙しくて考える余裕がない」といった状況にあります。ではどうやってキャリアをつくっていけばよいのでしょうか。私も50代半ばを過ぎ、当事者としてこれからの人生をどうしていけば幸せになれるのかを考えた末に、会社という枠を越えて、「自分自身のなかで働くことやキャリアのルールを変えていこう」という思いに至りました。  突然ですが「伊能(いのう)忠敬(ただたか)」とは何をした人物でしょうか。多くの人は「江戸時代後期に日本地図の原型をつくった人」とお答えになります。しかし、忠敬が生きていた時代の町の人たちの答えは、違っていたと思います。なぜなら彼は、現役時代は優秀なビジネスパーソンで、酒造りなどを中心とした多様な商いをして、現在の30億から35億円相当の資産を築き上げるほど成功していた人物なのです。そして、50歳で商売を次世代に引き継ぎ、そこから自分が本当に好きな天文学を学びはじめます。それも55歳でひと区切りさせ、そこから17年間、全国を歩いて地図づくりをします。  すばらしいのは、大好きな天文学を学ぶなか、どうしても解せない現象があると、いまでいう勉強会やセミナーなどに出かけては質問をしたそうです。そのなかで唯一納得できる答えをしてくれた学者、高橋(たかはし)至時(よしとき)に弟子入りしました。忠敬は当時50歳、江戸時代の50歳は現代では70歳ぐらいの感覚だと思います。一方の高橋至時は31歳。忠敬は、自分より二回りほども若い人に弟子入りし、後世に残るキャリアを50歳からつくっていったのです。現代の私たちにも通じる、示唆に富んだ話ではないでしょうか。  大切なのは、お金や肩書き、給料の高さではなく、自分自身の「働きがい」というものを見いだしていくことだと私は思います。 可能性に気づいていないミドル社員の戸惑い  企業を訪ねると、ミドル層の方々からいろいろな声が寄せられます。また、私の著書を読まれた方から手紙をいただくこともあります。あるミドル世代の男性は、大手上場企業のグループ企業で順調に出世され、役員手前まで出世したものの、職場でアクシデントがあり、その道が一時閉ざされ、途方に暮れていたそうです。そんなとき、私の本にたどりつき「この先はお金や肩書きではなく、自分自身のやりがいのために働いていこう、これから20〜30年の『オヤジの覚悟』ができたように感じます」というようなことを手紙に書いて送ってくれました。  一方で、悩み続けている方も多くいらっしゃいます。定年を目前にしたある男性は、「来年で60歳定年を迎えるにあたり、勤務先から示される条件で再雇用を受けるか否かを決めなければいけない。新卒でこの会社に勤めて三十数年、他社のことは知らずに過ごしてきた。60歳以降をどう生きればよいのか、どう働けばよいのか、自分のなかでピンとこなくて不安だ」と悩んでいました。答えが決まらないまま、消去法的に再雇用を選んだそうですが、多くの人に当てはまるような典型的な話だと思います。 「定年=リタイア」ではない時代欠かせないのは「キャリア自律」  人材育成やキャリア支援の世界で、最近よく「キャリアプラトー」という言葉を耳にします。組織内で昇進・昇格の可能性に行きづまり、あるいは行きづまったと本人が感じて、モチベーションの低下や能力開発機会の喪失に陥ることです。ただ、会社の枠を超えて視野を広げて考えてみると、じつは人生もキャリアの可能性も広がっていることに気づけていないのであって、すごくもったいないと思うのです。  人生100年時代といわれるなか、「定年=リタイア」ではない時代がやってきました。高年齢者雇用安定法が改正され、2021(令和3)年4月から、70歳までの就業確保措置が努力義務となり、「雇用」の枠組みから、「就業」という概念で個人事業主になったり、一人社長になって会社と業務委託契約を結んで働いたり、といった選択肢も示されました。  あるアンケート調査の結果をみると、70歳を超える年齢まで働きたいと考えている人が、50代では25.1%ですが、60代になると41.4%に増加しています※1。その年齢が近づくと、まだまだ身体も動くし、もっと働きたいという気持ちになってくるようです。実際、男性は60代後半でも6割以上が働いていて、今後この数字はさらに上がっていくものと思います。  そこで、いろいろな可能性を自分から考えていく必要があり、企業はそれを支援し、戦力として活用できるように考えていくことが大切になってきています。  一つ、希望の持てるデータがあります。仕事に満足している人の割合は50歳を底に上がりはじめ、75歳になると50歳の1.7倍になります※2。ただし、ほとんどの企業では、75歳は定年も再雇用も超えています。仕事に満足して活躍し続けるには、「キャリア自律」が欠かせません。企業側からみると「自律型人材」です。「他者から管理・支配されるのではなく、自分の立てた規律や規範に則って働ける人材」と定義づけられる人材です。  しかしミドル世代には、会社の辞令に則り一生懸命働いてきた人たちが多いことから、キャリア自律は非常にむずかしいとも考えています。さまざまな例を見てきたなかで、私がうまくいっていると思う人たちは、役職定年や定年をキャリアの節目・通過点と考えること。その通過点を経て、60・70代の幸せなキャリアをどう描きたいのかをしっかり考え、現在の仕事の意味づけをしていくことが重要なのです。  50歳と75歳を比較すると、就業形態も職業も変わっていきます。50歳では比較的に正社員が多いのですが、75歳では雇用形態はさまざまで、自営業も増えてきます。職業をみると、50代前半は事務が中心で、70代になると多様です※3。業務委託契約などを結んで個人事業主になるなど、一人社長になることも一つの選択肢に入っていきます。こうした話をバリバリ働いているミドルの方々にすると、「独立はリスクがある」といった反応をされるのですが、一社依存で働いていくより、個人事業主になって、まずはこれまでお世話になった会社と業務委託契約を結び、ある程度軌道に乗ったところで2社目、3社目と仕事を広げることができれば、収入源と仕事が複数になり、ローリスクになるのではないでしょうか。自分の可能性が広がりますし、自分を中心にして仕事がいくつか広がっていく可能性があります。  そのためには、自分らしさを大切にして、本来の出世≠することが大事だと思います。出世は「世に出る」と書きます。つまり、社外でも評価され活躍できるプロフェッショナルになることだと思うのです。これを意識して、50歳から、できればもう少し早いタイミングから、自らキャリアをつくっていくことが大切なのではないでしょうか。  人を大切にする経営とは、ミドル層以降については、雇用を守ることではなく、社内外で通用するプロに育てることではないかと思います。例えば、ある中堅の工作機械メーカーでは、基本理念に「ビー・プロフェッショナル」を掲げ、プロフェッショナルを志し、会社としてそれをバックアップする仕組みを整えています。こういう取組みが広がると、新しい時代に呼応するような会社が増えていくように思います。  若い人たちの意識も変化していて、転職サービスに登録をする新入社員は、12年前から約30倍に増加しているそうです※4。すぐに転職したいということではなく、自分のキャリアなどを登録しておくとオファーがくるという仕組みなので、自分の市場価値を測るバロメーターにしたい、ということもあるのだと思います。 「お金・肩書き」から「働きがい」へパラダイムを変えていくことが大事  50歳からの幸せなキャリア戦略を考えるうえで最も重要なのは、「お金・肩書き」ではなく、「働きがい」を大切にしていくことだと考えています。ミドル世代の人、特に一つの会社で長く働いてきた人に「今後どういう条件で働いていきたいか」とたずねると、まず給料の話が出てきます。40・50代でも転職は可能といわれますが、企業は本音のところでは若手人材を採用したいと考えていますから、実態としてそう簡単なことではありません。  さまざまな事情があるので、一概にはいえませんが、定年後は年金や企業独自の年金もあり、いまと同額の労働収入が必ずしも必要になるわけではありません。住宅ローンの返済が終わり、子育てが一段落していれば、介護の問題はあるにせよ、ライフプランのなかでお金がかかる部分が終わっている場合も多いでしょう。月10万円ほどの労働収入があれば家計は十分回るという説もあります。そう考えると、気持ちが楽になるはずです。高い給料を意識しなくなると、キャリアの選択肢はグッと広がります。  厚生労働省の調査によると、「高齢期には就業希望理由が変わる」という結果があります※5。40・50代までは経済上の理由が非常に高いのですが、60・70代になると、生きがいや社会参加という理由が高くなるのです。私自身も大企業をスピンアウトして一人で起業しましたが、それによって社会とつながり、お役に立てて、生きる喜びを得られるということをものすごく実感しています。これは、シニアになる方々も同じだといえます。  また、シニア世代が大活躍している会社では、「元気だから働くのではなく、働くから元気になるんです」という声を聞きます。まさにその通りだと思います。  米国の臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグによると、人は働くうえでは、働く環境や条件、人間関係、給料などに目が向きがちで、実際にそれらを改善すればするほど不満足は減っていきます。ですが、その延長線上に満足感はつながりにくい、というのです。では何が満足につながるかというと、仕事内容そのものや組織内でになう責任、自分の持ち味を認めてもらえる承認、がんばった結果「ありがとう」といってもらうこと、チームで難題を乗り越えたときの達成感――。そういったことが喜びになり、これらを集約すると「働きがい」になるのだと思います。  幸せな50歳以降のキャリアを考えるとき、これらを第一に考えることが重要ではないかと思います。  ミドル世代の多くの方々は、「いま、がまんして働けば、将来は豊かになる」と本意ではない仕事にも打ちこんで、年功序列で給料が上がり、家族を養えるというようなモデルを信じて働いてこられたと思います。  これからは変えていきましょう。目の前の仕事を自分の経験値を用いて創意工夫することで「働きがい」という幸せを感じられます。この延長線上に、私の造語ですが「幸せを成す」と書いて「成幸(せいこう)」があるといえるのではないでしょうか。 会社は「学びの機会」にあふれている強みを磨き、弱みを補強しよう  いま、リスキリングや学び直し、あるいは世の中の環境変化やDXなどの新しいリテラシーを学ぶことが求められています。  ミドル世代にその重要性を伝える際に大切にしたいのは、ご本人のこれまでの経験値を活かしているのかを確認したうえで、そこに何をプラスして学び、加えていくかという発想です。  先ほど「キャリア自律」について話をしましたが、まずは、キャリアビジョンをしっかり考えていくことが重要です。ところが「人生は長い」と思ってこれを先延ばしにしていると、気づいたときには定年や定年後再雇用が目前に迫り、余裕がなくなってしまいます。すると、いざキャリアの選択が求められたときに、消去法的な選択になってしまう可能性があります。  では、何から始めればよいかというと、まずは自分の市場価値を理解することが必要です。例えば、副業や兼業、ボランティア活動など社外での活動を通じて、会社の外でも通じる自分の強みを明らかにすることができます。多様なバックボーンを持つ人同士で議論しあう「学びの場」も有効です。そして、その強みをさらに磨いていく。このようなステップで進めていくことが大切です。  「学びの場」という点でいうと、いま働いている 会社も、じつは「学びの宝庫」です。例えば、他部署の仕事を学んだり、新しい仕事にチャレンジしたりする機会を得ることもあるでしょう。自分の強みを活かせる業務、弱みの克服につながる業務があれば、積極的にチャレンジしましょう。そして、強みを磨き、弱みを補強して、新たな挑戦に向けた準備に取り組み、自分の未知の領域まで人生やキャリアの可能性を広げていただきたいですし、会社はその支援をしてほしいと思います。  最後に江戸時代後期に活躍した学者・佐藤(さとう)一斎(いっさい)の言葉で終わりたいと思います。  「少にして学べば、則ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず」。学び、活躍するミドル・シニアのみなさんが増えていくような、そんな元気で明るい社会になることを願っています。 ★「上司力○R」は株式会社FeelWorksの登録商標です。 ※1 パーソル総合研究所「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」(2021年) ※2 リクルートワークス研究所『定年後のキャリア論―いまある仕事に価値を見出す―』「全国就業実態パネル調査」(2021年) ※3 総務省『国勢調査』 ※4 パーソルキャリア株式会社「新卒入社直後のdoda登録動向【グラフ】4月度doda会員登録者数の推移」(2023年6月14日) ※5 厚生労働省「高齢社会に関する意識調査」(2016年) 【P11-12】 10月27日開催 発表@ 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「50歳からのキャリア開発・支援、リスキリング〜シニアの活躍に向けて」 旭化成のシニアキャリア施策について 旭化成株式会社人事部キャリア開発室長 岡本(おかもと)真治(しんじ) 「挑戦・成長を促す終身成長」と「多様性を促す共創力」  旭化成株式会社はマテリアル事業、住宅事業、ヘルスケア事業などを柱に持つ、総合化学メーカーです。1922(大正11)年に創業し、2022(令和4)年度に100周年を迎えました。その年度から3年間の中期経営計画をスタートし、次の100年に向けて「Be a Trail blazer(開拓者たれ)」をスローガンに、サブタイトルに「A(Animal, Asahi)-Spirit」を掲げ、変革に向けグループ全体で取り組む四つの重要テーマを定めています。それが「グリーントランスフォーメーション」、「デジタルトランスフォーメーション」、「『人財』のトランスフォーメーション」と、この三つの領域で生み出される「無形資産の最大活用」です。特に、「『人財』のトランスフォーメーション」については、かねてより当社が大事にしている「人は財産、全ては人から」という考えのもと、「挑戦・成長を促す終身成長」と「多様性を促す共創力」を大きく打ち出しています。  この中期経営計画の方針に則り、2022年4月にキャリア開発室を発足させました。キャリア開発の方針として、これからの変化の時代では、自身のキャリアについて中長期的な視野で、主体的に自分らしく適応力を上げていく「自律的なキャリア形成」が重要となること、また、「終身成長」と「共創力」を軸に、一人ひとりと組織が仕事でつながり、両者が相乗的に活性化していく姿を目ざしてキャリア開発を推進していくことを掲げています。  キャリア開発で目ざすのは、社員一人ひとりが、「これまでの自分を見つめ、これからの自分に興味を持ち、今の自分に関与し続ける」状態です。この自己成長により中期的な能力開発を、一方で、役割に対して能力を発揮し成果を上げていく、という2軸を置いて、次の成長を描いていきます。そして、上司によるメンバーとの対話・支援、会社・組織によるさまざまなキャリア開発施策を行っていくという、運営のスタイルを示しています。 キャリアについて、自ら「考える」、「学ぶ」、「行動する」ことを支援  キャリア開発には、人事異動や役職が上がるなどの「節目のキャリア開発」と、そうした節目と節目の間にも上がっていく努力をする「日常のキャリア開発」の2種類があり、これらをうまく組み合わせながら、ダイナミックに成長し続けることが重要と考えています。この考えのもと、シニア層を対象とした施策を展開していますので、その取組みについてご紹介します。  まず、2023年4月に定年年齢を60歳から65歳に引き上げました。ポストについては、従来通り60歳でポストオフとするルールのままです。60歳で全員の職務と期待・役割を洗い直し、本人の今後の働き方、あるいは業務内容について話し合いながら60歳以降に臨んでいく、という仕組みを整備しました。  この定年延長にともない、60歳以降、あるいは50歳以降の働き方の支援として、さまざまな施策を展開しています。キャリアの充実のためには、キャリアについて「考える」こと、「学ぶ」こと、「行動する」ことが重要であるとし、三つの軸ごとに施策を展開しています。  例えば、「学ぶ」ことには「リスキル・リカレント教育」などがあります。「考える」、あるいは「行動する」ことに対しては、キャリアコンサルタントによる面談や、社内副業の公募などにより、しっかり支援をしていきたいと考えています。  また、大きな取組みの一つに「シニアの節目施策」があります。50歳と55歳の段階で節目をつくり、研修や面談を実施しています。もともと50歳・55歳時には、1日がかりの研修を行っていたのですが、いろいろ詰め込んだ結果、その場かぎりのものになってしまうという反省があり、リニューアルを行いました。研修は面談のためのガイダンスと位置づけ、社内キャリアコンサルタントによるキャリア面談や上司面談と組み合わせて、一人ひとりが、継続的に自身を見つめ、考え、行動していくことを目ざしています。 学習支援・推進システムを整備して一人ひとりの学びを支援  キャリアに関する施策の一つとして、2022年に「CLAP(Co-Learning Adventure Place)」という、「学習支援・推進システム」(ラーニング・マネジメントシステム)を整備しました。CLAPの名称には、豊富な学習コンテンツで一人ひとりの学びを支援し、また、お互いの成長の旅路を仲間とともに称賛し合う、という想いを込めています。  専門性を高める「学びの深さ」、キャリアの可能性を広げる「学びの幅」といった社内外のコンテンツをオンデマンドでいつでも受講することができ、自分自身を高めていくことができるものです。この環境を今後いろいろなところとからめて展開していくことで、リスキルといったところをさらに充実させていきたいと考えています。  そのほかの施策として、2023年10月からキャリアコンサルティングの窓口を設置しました。手をあげればだれでもキャリアコンサルタントの面談が受けられます。シニア社員も若手も、あるいは上司の悩み相談なども受けながら、できるだけ個に対応することで、個々人の「終身成長」、「キャリア自律」の支援の強化を目ざしています。  このほか、50歳以上を対象とした越境体験支援プログラムも展開しています。「ホーム」と「アウェイ」を行き来することによって、刺激を得て、自身を知り、成長ポイントを見つけることを目的とした取組みです。約1800人に呼びかけたところ200人ほどが説明会などに参加し、今年度は23人がおおむね3カ月間の越境プログラムを体験することになりました。今後も草の根的に広げ、展開していきたいと考えています。  また、20年前から展開している公募人事制度もあり、今後、リスキルを前提とした経験要件をなくした募集や、シニア層のノウハウを活かす案件の拡大などを図っていきたいと考えています。総論賛成・各論反対になりがちな施策ではあるのですが、シニア層の活躍の場を広げていくということも目ざして進めていきたいと考えています。 【P13-14】 10月27日開催 発表A 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「50歳からのキャリア開発・支援、リスキリング〜シニアの活躍に向けて」 50歳からのキャリア開発支援 〜76%のシニア社員の行動を変えたNTTコムの取り組み〜 NTTコミュニケーションズ株式会社 ヒューマンリソース部キャリアコンサルティング・ディレクター 浅井(あさい)公一(こういち) シニア社員の活躍を推進する取組みは変容をうながす研修や上司も変える面談がカギ  NTTコミュニケーションズ株式会社は、通信事業を行うNTTグループ企業の一つで、インターネットを使った法人のみなさまへのソリューション事業の提供を中心的な業務として行っています。  従業員数は、2023(令和5)年7月現在、約9300人で、50歳以上の割合が約37%です。2030年にはこの割合が63%になり、その63%のうち34%ほどが60歳以上になると予測されています。  私は2013(平成25)年に人事・人材開発部門に着任し、翌年度からおもにベテラン社員の活躍推進に取り組む役割をになっています。これまで社内外含めて、キャリア面談を約3000人に行い、キャリア指導したマネージャーも1000人を超えるほどになっています。  当社では2020年10月にキャリアデザイン室を立ち上げました。現在、私を含めて9人の担当がおり、毎年1000人以上のキャリア面談を行っています。また、私自身は兼業で社外への講演や各企業へのコンサルティング、メディア出演、著書の出版なども行っています。  シニア社員の活躍推進の施策としては、50歳の社員を対象とした研修と面談を実施しています。その目的に、シニア社員のモチベーション向上を掲げているわけではありません。面談を行うと、そもそもモチベーションは下がっておらず、多くのシニア社員は「まだまだがんばりたい」と思っているからです。しかし、成果の上げ方がわかっていないので、「どうやって成果を上げていくか」、「どうやって組織に貢献していくか」ということを教えていくというところが、ほかの企業の取組みと少し違うところかもしれません。  1日研修を行い、その1カ月から2カ月後にキャリア面談を行います。最初の1日研修には、社員がキャリアビジョンを描く、行動計画を策定する、といったメニューは入っていません。研修の短い時間のなかで、自分の10年、20年先のことを考えるのはむずかしいので、研修ではキャリアビジョンを描くための考え方や、行動計画の立て方といったことを伝えて、その後の面談までに考えてもらう、といった位置づけで実施しています。  また、キャリア面談では、ビジネスパーソンとして「どうあるべきか」ではなく、人生100年時代といわれる時代を迎え、一人の人間として「人生100年時代の幸せってなんだろう?」と考えたことがない人に、それを考える場を提供する機会であると位置づけています。そういったところが当社の取組みの特徴ではないかと思っています。  こうした取組みの成果として、シニア社員の76%に行動変容が起こっています。その肝となるのが、研修の1〜2カ月後に行っているキャリア面談です。というのも、このキャリア面談は、「変わる」きっかけをつかむまで終わりがありません。時間を決めず、「こういう行動をする」と本人の口からコミットしたときがゴールです。私は、最長10時間半の面談をしたこともあります。  面談のポイントは、一つめは、行動を起こしたことがだれの目からも確認できること。二つめは、「いつまでに」ではなく「いつから」を約束することです。  そしてもう一つ、面談終了後、面談を行った社員の上司に対して手紙を書きます。「○○さんは、キャリアについて、こんなことを考えていました」、「私に『こんな行動をしてみる』とコミットしてくれました」、「○○さんに対して、上司であるあなたは、こういうサポートをしてあげるとより効果が期待できます」といった内容の手紙です。そうすることで、上司も一緒に行動変容させることができるという面談となっています。 多くのシニア社員の行動が変わり40代社員のキャリア自律への意識も変化  このような取組みの効果として、行動変容の10年間の総合の数値ですが、「著しい変化があった」社員が5.6%、「変化があった」社員が69.8%といった行動変容があったということになります。この数値は本人に聞いた回答ではなく、上司に聞いて上司が答えてくれた数値です。  そして、研修や面談を受ける以前から自主的、能動的、積極的にキャリア自律を果たした人の割合が、2014年の1.5%から、2020年には26%まで上がっています。毎年、研修と面談を続けてきたなかで、40代の社員から、「50歳になったら浅井さんの研修と面談を受けるんですよね」という声が聞こえるようになり、いわゆる健康診断的なイベントとしてキャリア教育が定着した成果だと思います。  自律した社員に共通するのは「変わらなきゃ」という思いがあること。そのうえで「これまでも成し遂げられた」という自信が背景にあり、新しいことを始めて失敗したときのデメリットより、成功したときのメリットのほうが大きいと思えることがキャリア自律の方程式です。 リスキリングの事例と社内への影響人事の運用を変えた50代社員の挑戦  最後に、当社におけるリスキリングの事例を紹介します。51歳の女性社員がグローバル事業にたずさわることを望み、当社の海外トレーニープログラムという制度を活用して、成果を上げています。公募制で競争率が高いうえ、海外派遣についてはそれまで44歳ぐらいまでと思われていたのですが、数年前から英語学習に励みつつ、アジアの通信事業について勉強をしていたそうです。その努力を受けて会社としてチャレンジを後押しすることになり、ほかの社員と比べても抜群の成果を上げました。以来、年齢にかかわらずベテラン層の挑戦も後押ししていこうと、会社の文化まで変えた事例です。  また、社員の高齢化が進む小さな支店に勤務していた55歳の社員は、クラウドサービスの高度な商品説明ができる社員が少なかったことから、自分が指導役になることを志願。大阪で3カ月、東京で8カ月間のOJTで学び、その領域における第一人者となって支店に戻り、指導役として活躍し、成果も上がっています。  このように、リスキリング・リカレントにより、50代社員が新しいチャレンジを行い、活躍しています。 【P15-20】 10月27日開催 パネルディスカッション 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 50歳からのキャリア開発・支援、リスキリング 〜シニアの活躍に向けて コーディネーター 玉川大学 経営学部 国際経営学科 教授 大木(おおき)栄一(えいいち)氏 パネリスト 旭化成株式会社 人事部キャリア開発室長 岡本真治氏 NTTコミュニケーションズ株式会社 ヒューマンリソース部 キャリアコンサルティング・ディレクター 浅井公一氏 企業プロフィール 旭化成株式会社 (東京都千代田区) ◎創業 1922(大正11)年 ◎業種 総合化学メーカー ◎社員数 48,897人 (2023年3月末現在) ◎特徴的なシニア社員向けキャリア施策定年65歳。50歳および55歳の節目にキャリア研修、キャリアコンサルタント面談、上司キャリア面談を実施。自律的なキャリア形成を目ざす。だれもがキャリアの可能性を広げられる学習支援・推進システムには、シニア社員への推奨メニューページも作成。 NTTコミュニケーションズ株式会社 (東京都千代田区) ◎創業 1999(平成11)年 ◎業種 情報・通信業 ◎社員数 9,300人(グループ17,800人) (2023年7月現在) ◎特徴的なシニア社員向けキャリア施策 定年60歳。希望者全員65歳、基準該当者70歳まで再雇用。50歳以上の活躍推進に向けて、キャリアデザイン研修とキャリア面談を実施。研修は自分を客観視して面談に向けた準備を行い、面談は行動を変えるきっかけをつかむまで時間無制限で行う。これらの施策により、多くのシニア社員に行動変容を起こした。社員のキャリア自律率も向上。 キャリア研修やキャリア面談は自分を客観視して次へ進む機会 大木 本日は、シニアの活躍に向けて、50歳からのキャリア開発・支援、リスキリングについて議論をしていきたいと思います。パネリストのお2人には、先ほど発表をしていただきましたが、20分という短い時間でしたので、はじめに補足事項がありましたら、旭化成株式会社の岡本さんからお願いいたします。 岡本 シニア層を対象にした当社の研修について、少し補足をさせてください。自らのキャリアを考え、学び、行動することを重視し、50歳と55歳の節目に、キャリア研修、キャリア面談、上司キャリア面談を実施していることをお話ししました。50歳の研修では、自分の可能性や選択肢を広げていくこと、専門性を深めていくことをキーワードにし、まずは自己理解をしたうえで、自身の強みの部分をときほぐしたりし、未来を描くというオーソドックスな内容です。  一方で、55歳のときには、客観的な自己理解を目的として、先輩社員の事例を共有し、自分がどう感じたかということをグループでディスカッションしていくという内容です。そのなかで、その人なりの反応が出てきたところをとらえて、アクションにつなげてもらう。そういった取組みをしています。 大木 ありがとうございます。続きまして、NTTコミュニケーションズ株式会社の浅井さん、お願いいたします。 浅井 シニア社員へのキャリア面談について、少し加えてお伝えしたいと思います。シニア社員の76%に行動変容を起こした取組みのなかでは、行動を起こすことを約束してもやってくれない人がたくさんいるということを、実際に私たちは想定済みでした。  そういう人もいることから、最初の目標設定をする面談では、目標や行動計画を適当につくってもらうのです。初めて行うことはだれにも難易度がわかりませんから、修正ありきで最初は「エイヤー!」で目標を立てる。1カ月ないし2カ月はそれを試行し、その後に再び面談をして状況を聞き、修正をする。要は、修正ありきの目標計画を立てるのですが、修正には時間をかけています。そうすることで、自分にはどれぐらいの目標が適切なのか、あるいは、こういった目標が自分はわくわくするという感覚がつかめてきます。そういったことをやりながら、76%のシニア社員の変容につながっています。 キャリア支援の仕組みを導入したきっかけと経営トップの関与 大木 それでは私から質問します。はじめに、キャリア研修やその支援の仕組みを導入されたきっかけと、経営トップの関与や経営としての方針について、岡本さんからお聞かせください。 岡本 中期経営計画の見直しがスタートし、その大きな目玉として定年延長を導入したことが一つのきっかけでした。経営トップの意向を反映した取組みとなります。 大木 定年を65歳に延長したのは、どういうねらいや方針からでしょうか。 岡本 定年延長以前の65歳までの再雇用制度が、安定的に運営できていたことが背景にあります。そこから一歩ふみ出し、65歳を定年年齢としました。再雇用制度と違い、60歳以降が1年単位の契約更新ではなくなったことを機に、60歳以降も成長していく層であるととらえ、「この人たちが会社をけん引していく、そういう姿になっていくのが自然だろう」という考え方もありました。 大木 ありがとうございます。続いて浅井さん、お願いいたします。 浅井 2014(平成26)年に私が現在のシニア層への施策をはじめたきっかけは、前年に当時の人事部長から、「ベテラン層のモチベーションが落ちているから活性化したい」というミッションを与えられたことでした。年をとれば能力や行動力が落ちてくることは昔からいわれており、高齢者が増えてくることも以前からわかっていたことです。ですから、わかっていながら、それを放置した人事の罪滅ぼし施策だという位置づけで取組みをはじめました。 大木 ありがとうございます。NTTコミュニケーションズの定年は60歳ですが、キャリア面談や研修を受けているシニア社員から、60歳定年はどのように受けとめられているのでしょうか。 浅井 制度上は60歳定年、65歳まで再雇用となっています。65歳以降は、60〜65歳までの活躍度合の審査があり、活躍した人は66歳以降も継続雇用となります。60歳定年のとらえ方は、60歳以降もバリバリやりたいという人と、処遇が落ちてしまうので働き方も減らしますという人、大きく二つに分かれます。前者のほうが圧倒的多数ではありますが、後者のほうの活用は今後の課題の一つでもあります。 50代社員への研修や面談がほかの年代におよぼす影響とは 大木 続いて、50代社員に研修や面談を行うことによって、例えば、ほかの年代の人たちに、影響をおよぼしていることなどはありますか。 岡本 50歳と55歳の節目研修は、長年行っているのですが、2022(令和4)年から内容をリニューアルしました。ポスト就任者も含めて、自分のキャリアというものを、シニア層の人たちがしっかり考えていくという状態がつくれることについては、おそらく若手、中堅の層には好影響であり、あるいは、好循環をつくっていく大きなポイントになっているだろうとみています。50歳以上のモチベーションアップといいますか、こういう研修において考える姿というのが、全体のキャリア自律を上げていくキーになると考えています。 浅井 若手、中堅の場合、自分がシニアになることすら想像できていない人たちがほとんどですので、自分の手本になるような存在を見つけるとか、影響を受けるといったことは、なかなかむずかしいのかなと思っています。しかし、すばらしいシニア社員がいますから、「ああいう働き方、あるいは思考法を学びたい」といった声はちらほら聞こえてきています。影響は少しずつ出てきているようにも思っているところです。 現場の上司に対する支援とは 大木 キャリア支援には上司の役割が重要である、というお話がありましたが、上司も忙しいと思います。現場の上司に対して、どういう支援が効果的か。あるいは、どんな仕組みがあると上司がシニアとコミュニケーションをとる時間がとれるのか。そのあたりの対応についてお聞かせください。 岡本 やはり、上司支援はとても大切だと考えています。施策として、先ほどお話ししたキャリア研修、キャリアコンサルティングの面談、上司のキャリア面談を1セットにしており、この上司面談を行うにあたり、上司に向けて面談ガイダンスを行っています。部下のことを考えるためのガイダンスですが、ここに臨んでもらうと、上司自身に多くの気づきがあったり、そこから上司が自身のことも考え始めたりするという循環が起こり、上司の安心感とスキルアップ、力量アップにつながっています。そうした変化もあり、シニア支援に上司面談を入れたことは、大きなポイントになったと思っています。 浅井 上司が忙しいというのは、たしかにそうなのですが、部下育成は上司の仕事ですから、キャリア指導もじつは上司の本来業務といえます。当社の取組みでは、上司による指導と私たちキャリアデザイン室が行うものは分けていて、上司はキャリア指導、私たちはキャリアコンサルティングを行います。  例えば会社側が、「ある人を幹部候補にしてその育成をする」となった際、本人が「専門性を磨きたい」という希望を持っていたとしても、幹部になるための指導をする、それがキャリア指導です。しかし私たちは、自分の行きたい道があるなら、「幹部になるのとプロフェッショナルになるのとでは、あなたはどちらが幸せなのか」という話をします。上司の指導が合わなければ、私たちはセカンドオピニオン的な位置づけで、「本人の幸せのためにアドバイスをしていく」という立ち位置で取り組んでいます。  上司向けには、かつてある部署で、社員たちに「どの上司についていきたいか」という総選挙をやってもらいました。そのときに1位になった上司は、例えば、部下に指示をするだけでなく、週1回は現場に出向いて、打合せに加え、半日は現場のオペレーターとしてお客さまの注文を受けるわけです。すると、部下が苦労していることがわかり、どうやって解決したかといった話になる、そしてコミュニケーションがとりやすくなる。部下は、「この人についていきたい」と思うわけです。上司が、キャリア教育やこういう研修を受けなさいといわなくても、あるいはコミュニケーションを充実させるために飲み会をやらなくても、部下が率先して研鑽(けんさん)し、成果を上げてくるわけです。  上司向けに私が伝えていることは、「もし自分が部下の立場だったら、いまの自分についていきたいと思うだろうか、ということを日常的に考えてください」ということと、「もし上司総選挙が行われたら自分は何位になるか、それも考えてください」ということです。そうすると、上司たちがちょっとピリッとしてきます。 社員の自律的な成長やキャリア形成上司面談を支えるシステムについて 大木 ここで、このシンポジウムのライブ配信をご覧になっている視聴者の方から岡本さんへご質問です。発表のなかでお話のあった「CLAP」(12ページ参照)の活用度合について、教えていただけますでしょうか。 岡本 「CLAP」というのは、当社のラーニング・マネジメントシステムで、社員の自律的な成長やキャリア形成を後押しする、学びを支援することを目的としたものです。社外のコンテンツと、各職場、あるいは切り口を用いた社内コンテンツの大きく2本柱で構成しています。2022年12月に立ち上げて、これまでに全従業員の75%から80%がアクセスしており、高めに推移していると認識しています。ざっと見たところですが、シニア社員のアプローチ量は若手に引けを取らず、少し上ぐらいだと把握しています。  「CLAP」のなかに、シニアクラスへの推奨メニューというページをつくり、50歳以上の社員に閲覧を呼びかけています。「キャリアに関しての考え方」や「ITスキル」をテーマに、関連するコンテンツとして「仕事と人生の調整の仕方」、「シニアの学びと成長」などをあげています。IT系については、人によって苦手・得意の幅が大きいので、このシステムで自分に適したものを選んで活用してほしいと思いますし、第2弾、第3弾のリコメンドメニューを出していこうと考えています。 大木 もう一つ、岡本さんに視聴者の方からご質問です。シニア節目施策として、キャリアコンサルティング面談に加えて行われている上司面談では、どのようなことをしているのでしょうか。 岡本 タレントマネジメントシステムを導入しています。社員一人ひとりの履歴書的なことや、どういったキャリア展望を持っているかなどについてシステムに入力してもらい、いろいろな人が見ることができるものです。  キャリア面談で本人の考えを深掘りして、その内容についてもこのシステムに入力して、いま考えていることや、どういう流れのなかで考えが深まっていったのか、そんなことを上司と一緒に見て考えてもらい、上司からも話をしてもらいます。こういうツールを介して展開していくことで、いまはドライブがかかっていると感じています。 キャリア研修の対象年齢の考え方同年齢で立場の異なる対象者への工夫 大木 これも視聴者の方からのご質問です。こちらはお2人にご回答をお願いします。年齢基準でキャリア研修をする場合、同じ年齢で役職などの立場が異なるとむずかしい面があるように思います。役割の違いによるキャリア研修上の工夫は何かされているでしょうか。 浅井 当社の場合、キャリア研修の対象は非管理者としています。従業員満足調査で、管理職はその責任の重さからきていると思うのですが、モチベーションと活躍度合が下がっていないことが把握できていたので、管理職は研修の対象外にしました。  それから、50歳を対象としていることにも理由があります。この施策を始めた2014年は、年金の支給開始時期が60歳から65歳に上がった頃でした。つまり、65歳まで働かなくてはいけなくなったわけです。5年間延びたインパクトがどの年代に大きいのかを調べるため、当時、各年代の社員にヒアリングをしました。すると、年金支給開始年齢は段階的に上がっていくということでしたので、55歳の場合は、働く期間が1年延びただけでそれほどインパクトがなかった一方で、最もインパクトがあったのが50歳前後でした。「退職まであと10年」と思っていたところが15年になり、ガクンと気持ちが落ちたという調査結果でした。そこで、50歳を対象にしようと決めたのです。ほかの研修についても、だれを対象とすべきか、マーケティング調査をしてから設計していくと効率的にできると思います。 岡本 年齢基準の検討は、非常にむずかしいと思います。当社のキャリア研修で50歳と55歳を対象としているのは、60歳に向けて5年刻みで考える機会をつくりましょう、という発想からです。役職の立場の違いというところでは、少し工夫が必要と考えています。  当社のキャリア研修は組合員層ではなく、経営管理職という管理職層に対して施策を打っていますが、経営管理職には一般の担当職務の担当課長と、ポストに就いている課長、部長、事業部長といて、50歳のときの研修は統一して実施し、55歳の研修は課長ポスト以下と部長以上を分けて実施しています。  55歳の研修を二つに分けているのは、いわゆるポストオフがその後の大きな節目としてやってくることに対し、60歳以上の自分の姿がどう見えているのか、そのあたりの違いから、アプローチを少し変えていく必要があるだろうと考えてのことです。 50代のキャリア支援導入時のポイントとは 大木 本日は、50代のキャリア研修やキャリア支援についてお聞きしていますが、これから施策を導入しようと考えている企業の方々へ、個人的な意見でも構いませんので、アドバイスをお願いします。 岡本 キャリア研修をしたら、何かがバラ色に変わるということはなく、やはりキャリアというのは考え続けていくことであり、社員自らがいろいろな刺激を受けながら展開していくということ、これらのことが重要だと思っています。その仕掛けをどうつくっていくか、という観点が大切なのだと思います。そう考えると、50歳、55歳という年齢がポイントなのではなく、むしろ考え続ける、そのことに対してプッシュとドライブをかけていく施策を継続していくことが大事だと思っています。 浅井 私は「浅井塾」という塾を開いていて、そのなかでよく話していることから三つほどお話ししたいと思います。  一つめは、現状を把握することです。いま自分の会社で、どこに病巣があるのかといったことなどを把握する。施策を始める前に、ヒアリングをたくさんしていくということです。  二つめは、施策をはじめていく順番です。例えば、私のところによく、「行動変容を起こすための面談テクニックを教えてください」といった相談や講演の依頼があるのですが、まずは、幹部にこういうことをやります、という鈴をつけ、そしてリソースも想定し整えたうえで、テクニックを聞きに来る、その順番をきちんとすることが重要です。  三つめは、施策を展開するのは人事ですから、人事こそがキャリア自律していなければなりません。じつは私は、昨年2カ月間の休暇を取り、自分でリスキルをしました。「リスキリングをしなさい」という立場ですから、自分がやっていなければ説得力がありませんから。人事がまず手本を示さないといけない、ということをお伝えしておきたいと思います。 大木 岡本さん、浅井さん、ありがとうございます。最後に、簡単なまとめをして終わりにしたいと思います。  本日はお2人から重要なお話をうかがいました。年齢を重ねると、プライベートの部分は個々人でかなり違ってきますし、本人が将来どのように働きたいかということも異なってきます。それをまず、会社がきちんと把握し、会社はその人に何を期待していくのかを伝える機会が必要であること。ミスマッチを起こしているようであれば、調整していくこと。キャリア研修や面談をすることにより、組織と個人がお互いハッピーになるように自律を進めていくことがとても大切であることが、本日のお話をうかがって痛感したことです。ありがとうございました。 写真のキャプション 玉川大学経営学部国際経営学科教授 大木栄一氏 旭化成株式会社人事部キャリア開発室長 岡本真治氏 NTTコミュニケーションズ株式会社ヒューマンリソース部キャリアコンサルティング・ディレクター 浅井公一氏 【P21-24】 11月1日開催 基調講演 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「エイジレスな人材活用のための評価・賃金制度」 「エイジレスな人材活用のための評価・賃金制度」 学習院大学名誉教授 今野(いまの)浩一郎(こういちろう) 「評価・賃金」はシニア社員を戦力化するための道具  本日は、シニア社員の「評価・賃金」の基本的な視点や考え方についてお話しいたします。各企業では、それぞれ個性的な対応をされていますから、それらの事例を理解するうえでも、この基本的な視点や考え方が重要となりますし、自社ならではの対応を考えるときにも出発点になると思います。  シニア社員の人事管理に取り組むにあたって、まず頭に置いていただきたいのは、「60歳以上の社員は、全体の約5人に1人」だということです。これは日本企業の平均像を表した数字ですが、こんなに大きな集団になっているわけですから、シニア社員を戦力化できないと、経営上、企業は深刻な状態に陥るということになります。シニア社員が活躍するか、しないか、この違いはものすごく重要で大きな問題であると理解して取組みを進めていただきたいと思います。  したがって、企業にまず求められることは、シニア社員を戦力化する「覚悟」です。もはや、「どうしよう」なんていっている場合ではありません。  この「覚悟」は、働くシニア社員にも求められるものです。社員の5人に1人がシニア社員になっていますから、「60歳になったから、のんびり働こうか」なんていっていると、会社はたいへんな状況になってしまいます。シニア社員にも、戦力として働く覚悟が必要です。  本日のテーマである「評価・賃金」は、シニア社員を戦力化するための道具といえるものです。この道具が機能するかしないか、最初の「覚悟」にかかっているともいえるでしょう。 シニア社員の「評価・賃金」を考える際の視点  制度上の具体的な対応を考える前に、「評価・賃金」を考える際の基本的な視点についてお話しします。  一つめの視点は、あるべき「評価・賃金」は、「評価・賃金」を見ても決まらない、わからない、ということです。「評価・賃金」というのは、社員を戦力化するための道具ですから、会社が社員に何を求めるのか、どう働いてほしいのかという、いわゆる人材戦略が決まらなければ、「評価・賃金」は決まらない、ということです。「『評価・賃金』をどうにかしなくてはいけない」と考え、そのための施策ややり方をいじってみても、そこに答えはないのです。  しかも重要なことは、人材戦略は企業によって異なるということです。つまり、唯一最善の普遍的な「評価・賃金」というものはないと考えてください。このことが第一の視点になります。  第二の視点は、シニア社員ならではの特別な「評価・賃金」は存在しないということです。シニア社員の「評価と賃金」がもし存在するならば、それは、シニア社員がシニアであるからではなく、会社がシニア社員をあるタイプの社員として活用する人材戦略をとっているからなのです。  つまり、シニア社員の社員タイプを確認することが、シニア社員の「評価・賃金」を考える出発点になるということです。  第三の視点は、シニア社員の「評価・賃金」を考えるときには、シニア社員は「社員の一部」であることをつねに頭に置いておく、ということです。いい換えると、シニア社員の「評価・賃金」は、シニア社員のみをみて構築しない、ということになります。もし、シニア社員だけをみて「評価・賃金」を構築すると、人事管理全体の体系性が崩れ、ほかの社員との均衡がとれない人事管理と「評価・賃金」ができあがってしまいます。  シニア社員は社員の一部ですから、シニア社員の「評価・賃金」は全体感を持ちながらつくっていく。この視点をつねに持って臨んでほしいと思います。  以上の3点が、シニア社員の「評価・賃金」の具体的な制度や施策を考えるうえでの基本的な視点であると考えています。 シニア社員に何をしてもらうのかをきちんと考える  シニア社員の「評価・賃金」を考えるためには、シニア社員をどう活用するのかを決めることが起点となります。ここからは、シニア社員の活用の仕方に焦点をあてて話をしていきます。  シニア社員に働いてもらうということは、基本的なことですが、シニア社員を「雇用」することです。ここであらためて、雇用の意味を確認しておきたいと思います。  「雇用」とは、企業にとっては、働いてもらい、あるいは会社に貢献してもらい、お金を払うこと。労働者にとっては、働いて、あるいは会社に貢献して、稼ぐことです。  したがって雇用の内容は、会社の都合(業務上の必要性)と、労働者の働くニーズのすり合わせで決まります。このときに重要なのは、シニア社員がシニアになったときに「私はこういう仕事をしたい」といっても、それだけでは仕事の内容は決まらない、ということです。  現在の高齢者雇用の仕組みは、60歳定年プラス再雇用が一般的ということを前提に考えると、60歳定年で雇用契約は一度切れて、その後もう一度、雇用契約を再締結し、60歳以降は再雇用になる、ということになります。  つまり、定年を契機にした雇用契約の再締結です。雇用契約をもう一度結ぶことは、採用の一形態になりますので、再雇用はいわば「社内中途採用」ということなのです。  中途採用であるとすると、採用する際に、会社は応募してきた人から「何を買うのか」を考えます。一方で、応募した人は、会社に対して「何を売るのか」、あるいは会社に「どう貢献するか」ということをアピールします。  シニア社員の場合も同様です。企業は、「シニア社員から何を買うのか」。シニア社員は、「会社に何を売るのか」、あるいは、「会社にどう貢献するのか」。このことをお互いに考え、明確化して、活用の仕方が決まっていく、ということになります。  再雇用だけでなく、定年延長の場合にも同様のことがいえます。例えば60歳でも55歳でもよいのですが、多くの会社では、ある年齢で「役割転換」あるいは「キャリア転換」が行われます。会社はシニア社員に何を期待するのか(社員から何を買うのか)、シニア社員は会社にどう貢献して何を売るのかを、もう一度考え直して役割転換やキャリア転換を行うのです。つまり、再雇用にしても定年延長にしても、同じようなことが起こるとお考えください。  そうなると、企業にとっては、働いて稼いでほしい、貢献してもらいたいわけですから、業務上の人材ニーズを明確にして、それを満たす人材をシニア社員から確保し配置するという「需要サイド型(必要なので配置する)」の施策をとることが基本になります。  「需要サイド型」に対し、「供給サイド型」の施策もあります。「供給サイド型」は、シニア社員がいるから仕事をつくる。つまり、労働サービスを提供する供給側に合わせるということですが、これは「置いてやる雇用」につながってしまいます。  重要なのは、企業は、シニア社員に何をしてもらうのかをきちんと考えることです。これが、「評価・賃金」を考える出発点であると考えてください。  もう一つ確認しておきたいのは、先ほど「評価・賃金」を考える際の視点としてあげたように、「シニアだからこういう人事管理をしよう」、「シニアだからこういう『評価・賃金』にしよう」ということはないのです。「シニア社員は、人材戦略上こういうタイプの社員なので、こういう人事管理や『評価・賃金』がある」という考え方が重要となります。 シニア社員の社員タイプを確認する「短期雇用型」、「制約社員」  では、シニア社員はどういう社員タイプなのでしょうか。もちろん企業によって事情は多様ですから、平均的なケースでお話ししたいと思います。  一つは、シニア社員は「短期雇用型」人材という特性があります。一般的に、現役社員は、長期雇用前提の「長期的な観点に立って育て活用して払う」という投資対象の長期雇用型の人材です。一方でシニア社員は、60歳定年以降の5年間の再雇用という制度が典型的であるように、短期雇用前提の「いまの能力をいま活用して、いま払う」という短期雇用型の人材です。  もう一つの特性として、シニア社員になると、例えば、転勤や出張はしない、無理な残業や、休日出勤はしないなどのケースが多くなります。つまり60歳前に比べると、働く時間、働く場所が制約的になり、「無制約社員」(現役社員)から、「制約社員」(シニア社員)へ転換していく。シニア社員は、働き方が「制約的」であることも特性としてあげられます。  これらの特性をふまえて、「評価・賃金」を考えていきます。 合理的なシニア社員の賃金とは制約社員化に対応する調整などが必要  シニア社員は「短期雇用型」人材ですが、論理的に考えると、短期雇用型人材のシニア社員は、仕事ベース型の賃金が合理的です。ということは、定年以降に仕事が変われば賃金は変わる、ということになります。これを「仕事原則」と呼ぶことにします。  もう一つの特性である「制約社員」になったことへの対応は、制約化した分だけ企業にとっては業務ニーズにあわせて機動的に活用できる程度が落ちますので、その分の賃金は下げるのが合理的です。つまり「求められる制約社員化に対応する賃金調整」(制約配慮原則)が必要となります。  ちなみに、その制約化に対応して賃金が下がった部分を、私は「リスクプレミアム手当」と勝手に名称をつけています。じつはこの手当は、シニア社員に対するだけの考え方ではなく、会社のなかのほかの制約社員にも適用できる考え方であるといえます。  例えば、総合職と一般職でいうと、総合職は無制約で一般職は制約ありですから、同じ仕事をしていても賃金差があってよいのです。それは制約度が違うからということになります。  また、賃金を考えるときに、もう一つ重要な視点があります。これは60歳まで、あるいは定年まで、どういう賃金制度であったかということです。もし、いわゆる年功賃金をとっている場合、年功賃金の特性として、定年時の賃金は、仕事に基づくパフォーマンスより高めになっています(賃金>貢献度)。すると、シニア社員になったときに、この高めの賃金部分をなくし、賃金とパフォーマンスをあわせるという調整が必要になってきます。  ただ、この高めの賃金部分の存在は多くの人が納得するのですが、実際にどれくらいの調整を行えばよいのか、だれも知らないのです。そのため、この調整を行うことは、非常にむずかしいのですが、こういう視点のあることを忘れずにいてほしいと思います。  まとめると、考えられる合理的なシニア社員の賃金は、仕事原則と制度配慮原則に基づく「社員タイプに合わせた賃金制度の構築」と、「年功賃金の特性に合わせた調整」の留意点をふまえた賃金モデルということになると思います。  これらの視点を持っていれば、「同一労働同一賃金」にも対応できると思います。 定年延長と再雇用、何が違うのか定年延長を行うときに留意したいこと  最後に、定年延長と再雇用の関係について、お話ししたいと思います。  シニア社員の人事制度については、定年延長(定年制をなくす場合も含む)にするか、再雇用制度にするかによって基本となる骨格が決まります。では、定年延長と再雇用では何が違うのか。この点について、どのように考えたらよいのでしょうか。  まず、理解してほしいのは、多くの企業はいま、60歳定年プラス再雇用という制度を導入しているということです。しかし、高年齢者雇用安定法のもとでは、希望者全員が65歳まで働くことができます。このことから「60歳定年時代」はすでに終焉しており、現在は「実質65歳定年時代」にある、という感覚を持っていただきたいと思います。  定年制というのは、年齢を理由にした「雇用契約の終了機能」が基本的な機能ですが、その機能は喪失したと考えるべきでしょう。では、いまの定年制の機能は何かというと、定年をきっかけにして、「キャリア・役割の転換を促進する」が主要機能になっていると考えられます。  そうなると、定年延長と再雇用とでは、何が違うのでしょうか。定年延長、再雇用にかかわらず、シニア社員を戦力化しなくてはいけないのは同じです。また、いずれにしても、「キャリア・役割転換」が求められます。そういう意味では、定年延長も再雇用も違いはない、と考えたほうがよいと思います。  しかしそれでも、定年延長にふみ出す場合は、定年延長で何をねらうのかを明確にして制度設計にあたっていただきたいと思います。先ほどいったように、60歳定年がキャリア・役割転換を促進する装置になっているので、定年延長を行う場合は、それに代わる強力な転換装置を用意する必要があると思います。  以上、私からは、シニア社員の「評価・賃金」を構築するうえでの基本的な視点、考え方についてお話ししました。具体的な制度や施策については、このあと各企業のみなさまから発表していただきます。 【P25-26】 11月1日開催 発表@ 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「エイジレスな人材活用のための評価・賃金制度」 70歳定年制度について 株式会社NJS 管理本部人事総務部長 小林(こばやし)崇(たかし) 上下水道施設の設計に特化し水と環境のコンサルティング事業を展開  株式会社NJSは、1951(昭和26)年に日本上下水道設計株式会社という名称で設立されました。その名の通り、上下水道施設の設計を主とする会社で、水と環境のコンサルティング事業を展開しています。  具体的には、公共事業のインフラ整備の仕事がほとんどで、官公庁から発注を受けて、当社で調査や設計などを行い、報告書や図面にして提出し、それを基にして官公庁が建設工事や維持管理を発注する、という流れのなかの仕事です。  上下水道の設計を行うには、技術士という国家資格をはじめさまざまな資格が必要です。公共事業の設計、調査などが委託される際には、管理技術および照査技術などの資格が必須で、この資格者数が多いほど、企業として高い競争力を有しているということができます。 70歳定年制の導入と同時に等級制度なども刷新  当社では、2019(令和元)年度に人事制度を大幅に改定するなかで、それまでの60歳定年、65歳までの再雇用制度を改定し、70歳定年制を導入しました。  改革のコンセプトとして、「働き方改革による70歳定年の実現」、「創造性と生産性の向上」、「人材育成の基盤強化」の3本柱を掲げ、現役世代も含めた「等級制度」、「報酬制度」、「定年制度」、「評価制度」を刷新しました。  定年制度については、シニア層の活躍機会の拡充をはじめ、組織の新陳代謝や就労ニーズの多様化などにも配慮しつつ、60歳超の処遇制度を整えることに取り組んで、正社員の70歳定年制度を実現しました。  等級制度は、期待される役割に対して4職群があり、総合職にあたるマネジメント、エキスパート、プロフェッショナルと、一般職にあたるアソシエイトがあります。60歳に到達して以降は、シニア等級に移行します。  シニア等級制度では、60歳到達時の年度末に全員の役職を解き、本人の意欲・能力などをふまえて会社が再格づけを行ったうえで、シニア等級に移行します。  65歳以降は、年金を受給しながら働く人がいることや、健康面・体力面で個人差がかなり大きくなることなどを考慮し、65歳到達時に会社と社員が面談を行って仕事内容を見直し、再々格づけを行います。原則として、1等級ダウンのうえ、勤務負荷を軽減することを標準運用ルールとしています。  当社の年齢構成(2022年6月現在)は、正社員における60歳以上の割合は7.6%ですが、契約社員における60歳以上の割合は42.1%とかなり高くなっています。70歳定年制度導入前から、60歳以上の契約社員は多数在籍しており、貴重な戦力になっていたということができます。  また、26.3%を占める50代社員が今後徐々にシニア職へ移行し、70歳定年後も運用により、引き続き契約社員として働くことが想定されます。 シニア職の仕事の実際とやりがい  処遇については、退職金の積み立ては60歳までとし、延長はしませんでした。60歳到達後は、金額を確定して退職金の新たな積み増しは行いません。移行期を考慮し、既存社員には60歳到達時の年度末に退職金を支給し、2019年度以降の入社者から70歳定年時に支給することとしました。  シニア社員には、賞与は支給しないことを原則としました。ただし、60歳以前と同じ評価制度を継続し、評価によって給料が変動します。また、先ほど触れましたが、65歳以降は原則として1等級ダウンするルールを設けました。  シニア職の社員が実際にどのような仕事をしているかというと、60歳以前と変わりなくプロジェクトリーダー(管理技術者)として引き続き活躍している人が比較的多くなっています。ほかには、品質監理の設計レビューという、長年つちかった知識やスキル、経験を活かして設計に間違いや不具合がないかをレビューすることで、契約不適合を防止する仕事などがあり、後輩の指導や技術伝承も担当してもらっています。  後進が育つまで、管理職を継続しているシニア職もいます。71歳で土木を専門とするKさんは、設計における不具合発生防止のためのレビューを行う品質管理業務に就いています。ISOマネジメントシステムなどの運用に関して、後任を育成する業務を担当しており、プロジェクト業務の成果品を加工して、成功事例として全社に公開するような業務もになっています。  仕事のやりがいについてKさんは、「業務内容に在社47年の経験が活かせていること。若手社員を下支えする業務に就いていること」と話しているほか、働きやすさを感じる会社の取組みとして在宅勤務・テレワークができることをあげています。 制度導入後もつねに改善の視点と取組みが必要  2019年度に制度を改定して4年が経ちますが、いくつか課題が出てきています。  一つは、フルタイム勤務以外の働き方の必要性です。健康問題、意欲の低下などフルタイム勤務がむずかしい人のための、例えば、週休3日制などのフレキシブルな制度の導入も検討が必要そうです。ほかにも、ジョブ型人事制度のシニア社員への先行導入、賃金水準全体の見直し、健康経営R(★)の取組み強化などについて考えていきたいと思っています。  最後に、シニア人材活用についてのまとめです。当社は技術系コンサルタントの社員の割合が高いため、思い切った定年延長が可能でしたが、業種や職種によって対応は異なると思いますので、各社に応じた活用方法を考えることが重要だと思っています。  また、高齢者雇用に関する取組みは人事部門だけで実現できることではない、ということも感じています。当社の場合、経営トップの固い決意が後押しになりました。  そして、社会情勢の変化などさまざまなこともふまえ、制度導入後も必要に応じて絶え間ない改善が必要だろうと考えています。 ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 【P27-28】 11月1日開催 発表A 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「エイジレスな人材活用のための評価・賃金制度」 シニア層への取り組みについて TIS株式会社人事本部人事部人材戦略部セクションチーフ 森田(もりた)喜子(よしこ) 意欲あるシニアが引き続き活躍できる環境整備を目ざして  TIS株式会社は、1971(昭和46)年に設立した総合ITサービス企業です。TISインテックグループの一社として、当社ではシステム開発をになっており、さまざまな社会課題の解決に向けてITサービスを提供しています。創業から50年以上が経過し、IT業界では比較的歴史が長いのですが、企業としてはそれほど長くなく、創業時の社員が定年を迎えつつあるという状況で、60歳以上の社員は全体の約4%とまだ割合としては少ない状況です。  シニア層の活躍推進施策について、まずは制度変更前に抱えていた課題から説明いたします。以前の制度は60歳定年で、55歳より職責および処遇を逓減(ていげん)する専任職制度を実施しており、働いても働かなくても処遇が低減していくため、モチベーションの低下が発生していました。  また、定年後は65歳までの再雇用制度を導入していました。処遇は一律とし、処遇に合わせた職域を創出する形で雇用を継続し、賞与はなく、低い給与での雇用を原則とし、多くは定年前の業務、または同じ部署で役割や職責を大きく低減した業務に従事し、やはりモチベーションの低下が発生していました。ハイパフォーマー向けの再雇用制度として、原則として定年前の職務を継続する再雇用も実施していましたが、報酬は減額する制度となっており、法的なリスクがあることを認識していました。  このような制度であった一方で、少子高齢化が進む日本ではIT人材が不足しており、人材確保は企業の成長のためにも不可欠と考えて、意欲やパフォーマンスが高いシニア層が引き続き活躍できる環境整備を目ざし、定年および再雇用制度の変更に取り組みました。  具体的には、専任職制度は廃止し、定年を65歳に延長するとともに、再雇用の年齢上限を70歳までとし原則として定年前の職務を継続し、処遇は同一労働同一賃金の考え方を考慮した制度としました。この変更については、年齢により職務・職責を制限するのではなく、実力主義のもと、パフォーマンスに応じて適正に処遇をする制度にしたいという思いがあります。  また、等級制度についても、再雇用時の等級は設定せず、定年前と同じ等級、職種とし、定年前と同じ評価制度を適用して処遇に反映することとし、再雇用や年齢のみを理由とした減額は発生しない仕組みです。  施策の検討にあたり、経営層からは「シニア層をコストではなく戦力としてとらえてほしい」との意向があり、シニア層の制度見直しは、利益を創出するための投資であり、こちらの制度の変更については経営層からの反対は特にありませんでした。  なお、当社では、社員一人ひとりが自らのキャリアを意識し、自己実現を目ざして働き続けるためのキャリアデザインの機会を提供し、支援を行っています。年代別にキャリア教育を実施しており、また社外へのキャリア形成として、48歳から62歳を対象としたセカンドキャリア支援制度も導入しています。 定年延長などの制度変更は徐々にていねいに実施  現在の制度は、65歳定年および70歳までの再雇用ですが、制度変更は徐々に実施しました。大きな変更のため、説明やていねいな移行対応をする必要があると考えたためです。  2018(平成30)年度までは、60歳定年、65歳までの再雇用としていました。2019(令和元)年度に定年年齢を65歳に延長し、社員のライフプランを考慮して、60歳、63歳での定年退職も可能とする選択定年制を導入しました。また同じタイミングで、55歳以降の職責を低減する専任職制度を廃止しました。  そして、次世代育成の観点から、マネジメント職定年を60歳と設定しています。マネジメント職定年後は、同等の等級および処遇のスペシャリスト職への変更となり、報酬の減額は発生しません。  定年延長を実施した翌年の2020年度に、70歳までの再雇用制度を導入しました。再雇用は1年ごとの有期雇用とし、最大70歳到達年度の年度末まで締結をします。雇用契約更新については、組織推薦や評価基準などにおいて一定条件を満たす場合に実施しています。処遇および勤務形態については、すべて正社員と同様としています。正社員と比較した場合に異なるのは、有期雇用であるという雇用形態のみという内容です。 評価・賃金制度は、年齢にかかわらず全社員に同じ基準を適用  最後に、当社の評価制度、賃金制度についてご説明します。  評価制度は、半期ごとに目標に対する達成度を評価する「個人業績評価」と、企業理念の実現に向けた行動を評価する「OPコンピテンシー評価」の2種類を実施し、評価結果を賞与、昇降格・昇降給に反映しています。  賃金制度は、等級ごとに報酬レンジを設定し、報酬レンジの範囲内で評価によって昇給または降給する範囲級方式を採用しています。各等級の報酬レンジは四つのゾーンに分かれており、ゾーンごとに異なる昇給率を設定しています。高いゾーンほど昇給率が厳しく設定されており、評価が低い場合は降給となる可能性もあります。評価に応じた昇降給を実施することで、パフォーマンスに応じた処遇となっています。  評価制度、賃金制度ともに、シニア層を含めて、全社員が同じ基準を適用していることが、当社の制度のポイントになっていると思います。  旧制度については、「高齢だから若い人と同様に働くのは厳しいのではないか」という配慮から、職責や処遇を低減していましたが、チャレンジしようとする人のやる気を削いで、チャレンジしなくても大きな処遇減にはならないという安心感からか、かえって不活性な状態となってしまっていたことが大きな課題でした。  高齢期における気力や体力は個人差が大きく、パフォーマンスに応じた適正な処遇、評価とすることで、本人のモチベーションはもちろん、周囲の納得感も得られやすいと感じており、高齢社員の増加がさらに予想をされているなかでは、実力に応じた処遇にしていくことが重要なのではないかと考えています。 【P29-30】 11月1日開催 発表B 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「エイジレスな人材活用のための評価・賃金制度」 65歳定年制度の導入と今後の更なるシニア層の活躍に向けて 〜安心して働き続けられる環境の整備〜 日本ガイシ株式会社人材統括部人事部長 杉浦(すぎうら)由佳(ゆか) 定年と賃金を大幅に改定し65歳まで変わらぬ働きを実現  日本ガイシ株式会社は、1919(大正8)年の設立で、従業員数は約5000人です。祖業であるガイシ事業を継続しているほか、現在は自動車関係のエンバイロメント事業※が売上の半分以上を占めている状況です。  当社は、2017(平成29)年4月に65歳定年制を導入しました。本日は、65歳定年制と、現在の65歳超の再雇用制度についてお話ししたいと思います。  制度の変遷をたどると、1990年代初めに、現在の根幹となる旧人事制度がスタートしました。以降、再雇用制度の導入などを挟み、大きな制度改定を2017年に実施しました。  2017年の制度改定は、従来の年功的な処遇を見直すと同時に、年金支給年齢の繰下げや介護負担の増大などに直面する高齢者層が、安心して変わらぬ働きを実現できるようにと考え、実施したものです。以前の再雇用制度は、60歳以降、賃金が大幅に減額されていたため、それを見直すとともに、各人の成果に応じた処遇へ見直しを行い、業績評価を中心とした賞与査定、その得点を使った昇給制度も整備しました。また、働き続けられるように、各々の家庭事情や体調に応じて働ける環境、支援の提供も行う内容で、65歳定年制を導入しました。 評価・賃金制度は年齢にかかわらず全社員が同じ制度を適用  ここで、当社の資格制度についてご説明します。当社では、組合員を「一般職」、管理職を「基幹職」と呼んでいます。入社時はJ群で、そこから転換試験を経て、現場を支えるM群、さらに転換してS群という、管理職候補や高度なスペシャリストと位置づけている資格があります。そこから基幹職に登用となり、基幹職は4級から始まって1級まであります。58歳になると、役職定年でそこからは専任職1〜4級になり、60歳になると、専任職となるという資格制度です(図表)。一般職の65歳定年制は、60歳到達時点の給与水準を維持し、勤務形態はフルタイムで、60歳以降も原則として同一職場で働く、という内容です。評価・賃金制度は、60歳以降も変わらず、全社員が同じ制度で、業績評価を年2回行い、その結果が賞与の査定になります。加えて、昇格を判断するような役割評価を年1回実施しています。  賃金カーブは、従来は右肩上がりで進んで、60歳になるとガタっと落ちるというカーブでしたが、思い切って見直しを行い、若いときから高評価の人たちは高くなり、評価の低い人はそれなり、60歳以降も下がらないような制度を実現しました。これらの制度変更により、目標に掲げた65歳まで安心して変わらぬ働きができる環境を実現しました。  また、当社には充実した年金制度があり、定年延長に対応して、65歳まで年金も退職金も積み上げて、それを65歳から支給することに変更しています。  なお、賃金が変わらないことを実現したのは一般職のみで、基幹職には役職定年を維持し、58歳から専任職に変わり、そこで評価に応じた年収改定をしています。ただし、従来は一律8割の年収改定でしたが、直近4回の業績評価、賞与査定の点数に応じて、改定率を見直し、非常に成績の良い者であれば減額改定なしの100%といった、成績に応じた年収改定を実施しています。  60歳時点においても、年収改定は実施しますが、60歳時点における役割に応じて7段階の設定としています。 65歳超の再雇用、制度化を見すえてトライアルとして開始  65歳定年を早くに実施した当社ですが、70歳定年にはまだ舵は切っていません。65歳以降については、一般職・基幹職にかかわらず、会社が必要な人材を選び、選ばれた人材が働き方を選べるような再雇用制度を目ざして、まだ制度化はしていないのですが、2022年からトライアルとして実施しています。  具体的には、65歳到達者が出るなか、引き続き雇用したいという部門のニーズがあり、採用したい者の仕事の価値をカテゴリー別で分けて、そのカテゴリーと働き方に応じた報酬を設定し、部門が本人に確認して了承した場合、働き方も含めて本人が選択できる、という仕組みです。現在は、制度化を見すえたトライアル、という形で実施しています。  最後に、両立支援制度についてお話しいたします。65歳定年制の導入により、家族の介護や自身の疾病などの事情を抱える社員が、60歳定年制のときよりも増える可能性を考慮して、両立支援制度の充実を図っています。  両立支援制度は、育児、介護、疾病治療の3本柱で取り組んでいますが、本日は介護、疾病治療についてご説明します。父母・配偶者の介護認定時に介護支援一時金を支給し、介護休職の場合には毎月一定額を支給するといった制度を整備しているほか、働き方については、短時間勤務や週3日勤務などを用意しています。また、疾病治療についても同様に、短時間や週3日勤務、治療をしながらの勤務を支援する制度を導入しています。  ただ、当社は製造業ですので、実際にこういう働き方で現場を成り立たせることは非常にむずかしいところで、ケース・バイ・ケースで対応できるところには対応する、というような形で進めています。 ※ エンバイロメント事業……自動車排ガス浄化用触媒担体や、排ガスの窒素酸化物(NOx)濃度を測定するNOxセンサーなど、環境保全や省エネルギーを実現する製品を主軸とした事業 図表 日本ガイシの資格制度 〈J群:一人前を目指し、一人前として活躍する人材〉 J1 J2 スタッフ 技能 事務 (転換) 〈M群:実務・現場を牽引する人材〉 M1 M2 M3 スタッフ/技能/事務 (転換) (転換) スタッフ・係長 〈S群:基幹職候補人材/高度なスペシャリスト人材〉 S1 S2 登用 基幹職 理事 基幹職1級 基幹職2級 基幹職3級 基幹職4級 (58歳到達)役職定年 専任職1級 専任職2級 専任職3級 専任職4級 (満60歳到達) 理事 (満63歳到達) 理事常勤 専任職 出典:日本ガイシ株式会社 【P31-36】 11月1日開催 パネルディスカッション 令和5年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム エイジレスな人材活用のための評価・賃金制度 コーディネーター 学習院大学名誉教授 今野浩一郎氏 パネリスト 株式会社NJS管理本部 人事総務部長 小林崇氏 TIS株式会社 人事本部人事部 人材戦略部 セクションチーフ 森田喜子氏 日本ガイシ株式会社 人材統括部 人事部長 杉浦由佳氏 企業プロフィール 株式会社NJS (東京都港区) ◎創業 1951(昭和26)年 ◎業種 建設コンサルタント業 ◎社員数 580人(グループ1,137人) (2022年12月末現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 2019年に70歳定年制を導入。運用により、一定の条件を満たした場合、70歳以降も契約社員として再雇用。現役世代も含めたキャリアパス・等級の見直しを行ったうえ、シニア等級を設定。シニア社員も、60歳以前と同じ評価制度を継続し評価によって給料が変動。 TIS株式会社 (東京都新宿区) ◎創業 1971(昭和46)年 ◎業種 情報通信業 ◎社員数 (連結)21,946人(単体)5,695人 (2023年3月末現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 2019年に定年を65歳に延長し、2020年に70歳までの再雇用制度を導入。全社員に対し、パフォーマンスに応じた処遇を行う方針のもと、年齢にかかわらず同じ等級別定義に基づき評価および処遇を行う。65歳以降の再雇用後も同じ基準で評価および処遇する制度。 日本ガイシ株式会社 (愛知県名古屋市) ◎創業 1919(大正8)年 ◎業種 製造業、窯業 ◎社員数 (連結)20,077人 (2023年3月末現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 2017年に65歳定年制を導入。年金制度改定と賃金カーブを変更し、65歳まで60歳到達時点と同等の給与水準を維持する。組合員は、全社員に同じ評価・賃金制度を適用し、賞与、昇格に反映する。65歳超再雇用制度制定を目ざし、2022年よりトライアルとして開始した。 シニア社員の活躍を期待する一方で役職定年制があることに課題も 今野 本日のテーマである「評価と賃金」を決めるときには、まずシニア社員にどういう役割を果たしてもらうのかが前提になると思います。この役割設定について、どういう取組みをしていて、どのような課題を抱えているのか。シニア社員に期待する人材像も含めてお聞きしたいと思います。株式会社NJSの小林さんからお願いします。 小林 建設コンサルタントという仕事柄、60歳を過ぎたからといって資格が陳腐化するわけではなく、スキルや経験がなくなるわけでもありません。したがって、基本的には同じ仕事で可能なかぎり貢献をしてもらいたい、というのが当社の基本コンセプトです。ただ、60歳到達時に役職を解き、再格づけを行うのですが、実際には後進が育つのを待つということで役職を継続している場合もあり、その点が課題だと思っています。 今野 ありがとうございます。続いてTIS株式会社の森田さん、お願いします。 森田 当社も、シニアだからといって役割を変更するという制度ではありません。シニア社員は、過去のノウハウや社内の人脈、経験が豊富ですので、それらを活かし、後進の育成も含めた活躍が期待されています。役職定年については、当社もやはり人材の育成面を課題として認識しています。 今野 ありがとうございます。日本ガイシ株式会社の杉浦さん、いかがでしょうか。 杉浦 当社の場合は、定年を65歳に延長したのですが、60歳定年制のときからあった、58歳の役職定年の制度は継続しました。そのため「役職定年から65歳までの7年間をどうするのか」という状況は問題として存在しています。ただ、実際に役職定年となった方々は非常に協力的で、若い部長を支援する役割をになったり、それぞれの経験やノウハウを活かして業務に就いていたりと、役職から降りて、悩みながらも新たな役割で勤務を続けています。 今野 ありがとうございます。 年齢にかかわらず評価・処遇する制度に対し「もう年だから」と降格を望むシニアも存在 今野 60歳以降も変わらずに活躍してもらいたいと会社が期待しても、「もう年だから」、「そんなたいへんな仕事はもうしたくないよ」というシニア社員もいると思います。そのあたりについてはどのようにお考えでしょうか。森田さんからお聞かせください。 森田 当社の制度は、パフォーマンスに応じて評価と処遇を行っていく形ですので、働くのがむずかしいという場合、評価に反映して、場合によっては等級を変更することで対応していくことになります。 今野 すると例えば、「61歳になって昔のように体力がないので、ランクの低い仕事をやらせてほしい」といってランクの低い仕事に就くと、それに見あった給料に調整するということですか。 森田 その通りです。家族の介護などの事情や本人の体調面のことも含めて、そういった変更をする場合もありますが、ケースとしてはかなり少ないですね。 今野 実態としては、システム開発などの専門職の場合は、60歳ぐらいなら問題なく働けている人が多いということですね。 森田 はい。技術の移り変わりは早い業界ですが、仕事の根幹部分のやり方などには、長年の経験が活かせる職種であると考えています。 小林 当社では、65歳のときに原則として1等級下げて、仕事の役割を軽減するルールを設けていますが、そうではなく例えば「週5日の出勤が体力的に厳しいので変更したい」といった要望が出てきたケースがあります。対応としては、契約社員に移行して個別契約とし、週3日勤務で個別に賃金を決めて働いてもらうという形にしました。 今野 小林さんの会社は定年が70歳ですよね。多くの人は「70歳まで働くぞ」という状況でしょうか。 小林 70歳到達者はまだいないのですが、制度導入後、65歳を過ぎて辞めた人はいません。70歳で定年後、契約社員としてさらに継続して働くという人もかなり多いだろうと見ています。 今野 杉浦さんの会社は、定年延長をしたときに、「自分はもうそんなに働きたくないよ」といった声はありましたか。 杉浦 当社の場合は、賃金を下げないために定年延長をしたのですが、「再雇用になって、週3日勤務などを選べると思ったのに、週5日も働くのか」といった声が、65歳定年制を導入した当初はありました。ですが、7年を経たいま、そういった声は聞かれなくなりました。ただ、視力が低下し「細かいものが見えにくくなった」という声はあり、他企業さんにあるようなシニアラインなどの検討が必要ではないかという話は出ています。 今野 そういう対応をすれば、平気だということですね。 杉浦 そうですね。60歳と思っていた定年が、65歳になったということに直面し社員のなかには、「そこまで働けるかな」という不安を抱いた社員もいたと思います。でも、65歳定年が定着したいま、「少なくともそこまでは元気に働きたい」と思っている人がほとんどのように見受けられます。 評価制度を設計するときに工夫したこと、苦労したこと 今野 評価制度についてうかがいます。役割や成果に基づいて評価することを前提として評価制度を設計するときに、工夫したことや苦労したことをお聞かせください。 森田 年齢にかかわらず同じ基準の評価制度を適用しているので、シニア社員にかぎらず評価制度全般にかかわることですが、評価をする側の問題によって、評価自体に甘辛が出てしまうことがないように、というところが課題となっています。  当社の場合、パフォーマンスが高ければ、若くてもどんどん昇格して、組織長になったり、評価者になったりします。そのため年下上司と年上部下の関係が多くなるのですが、評価者が年下だったとしても、年齢にかかわらず等級定義に基づいて評価をするということが、ポイントになっていると思っています。 今野 年下上司のことは、シニア社員の問題を話すときによく話題になります。「若い上司もやりにくくて職場がうまくいかない」といった話も聞くのですが、いまのお話にあった年下上司が年上の部下を評価するというのは、森田さんの会社では普通のことですか。 森田 そうですね。定年延長にかかわらず、以前から年下上司による評価はよくあるケースとして行われてきました。 今野 ありがとうございます。続いて小林さん、評価制度についてお聞かせください。 小林 当社も、60歳以降も、それ以前と同じ評価制度を継続しています。ただ、パフォーマンスの差は出てきていて、2019年の人事制度改定のときにやり残した課題として、評価制度に目標管理制度や成果主義などが入っていないということがあります。現在は役割行動評価という、要は「コンサルタントの仕事がこういうプロセスになっていて、それが普段の行動でできているか」を評価するような仕組みがメインになっているので、やはり成果評価のようなことを、現役の社員も含めて入れたほうがよいのではないか、ということが最近の課題として出てきています。 今野 個人間のパフォーマンスの格差が大きくなるというのは、年齢が上がるほど大きくなる可能性が高いと思うのですが、どうでしょうか。 小林 そうですね。人によっては、65歳を過ぎてからパフォーマンスが上がらないということも出てきます。そのときに、仕事の成果できちんと評価をしていく仕組みは必要だろうと感じています。 今野 ありがとうございます。杉浦さんの会社はいかがですか。 杉浦 当社の場合は、職能資格制度で年齢にかかわらず、資格ごとに相対評価を行います。組合員は65歳まで、管理職は「58歳まで」と「58歳以降」とを分けたグループで相対評価をしています。各グループのなかで、個々人のパフォーマンスに応じて、半期ごとに評価しているという形になっています。制度としては年齢に関係なく、60歳以前も以後も同じ仕組みです。 賃金制度を設計するうえで困ったこと制度導入後に感じている課題とは 今野 続いて賃金制度についてうかがいます。制度を設計するうえで困ったことや工夫したことについて教えてください。 杉浦 組合員については、65歳までは60歳到達時点と同等の給与水準となっています。管理職は、役を降りてから58歳、60歳、63歳で年収の見直しを行っています。この管理職の年齢を基準にした見直しというところが課題になっていて、今後は年齢に関係なく、仕事の価値で判断するジョブ型に寄っていくような仕組みにして改定する準備をしています。 小林 当社の場合、シニア社員には賞与がないというところが、今後の課題になってくると思っています。制度設計をしたのは2019年ですが、当社は平均年収が割と高い業種ですので、賞与が仮にないとしても、それなりの賃金水準であると思っていました。しかし働いている側からすると、賞与の有無はモチベーションに影響します。給与水準全体を見直していく時期に来ているなか「賞与を復活したほうがよいのでは」といった意見も出てきており、制度改定が必要と思っているところです。  成果に応じた処遇というところでは、やはり賞与というのは、年次の評価を反映しやすいということがあると思っています。また、杉浦さんがお話しされたジョブ型ということも、管理職層にはそういった形がこれからの流れかなとは考えています。 森田 当社の場合、実力主義ということで、定年延長前からパフォーマンスに応じた処遇がある程度実現できたところがあり、定年延長やその後の再雇用においても、処遇と役割に大きな差がないことが実現できています。 今野 いい換えると、人事管理に年齢が入っていないということですよね。 森田 おっしゃる通りです。 今野 杉浦さんの会社のようなメーカーはおそらく、年齢と能力、役割が比例するような状況がずっと続いていて、例えば、年齢を基準にしたほうがみんなに説明力があるから、ということがあったのではないかと思います。一方で、森田さんの会社はおそらく、同じ年齢でもパフォーマンスがものすごく違う人がいたということがベースにあるのではないでしょうか。 森田 はい。同じ年代でもパフォーマンスの個人差はありますね。 今野 すると、それぞれの産業の歴史や特性といったものが、人事管理に反映されているように思います。一方で、杉浦さんの会社のようなメーカーでは、もう少し役割を重視する方向へ徐々に移っていくことも考えられているということですね。小林さんから、何かコメントはありませんか。 小林 人事管理制度の見直しをしていくうえでは、60歳定年や65歳まで再雇用など、何かきっかけになる部分があって見直しをしていくのですが、70歳定年まで年齢に関係なく、何から何までパフォーマンス次第というと、それはむずかしいような気がします。また、役職定年制がよいのかどうかという議論はあるのですが、あるところで役職を離脱してもらわないと、後進がそのポストに就くことができず、若手の抜擢もできないわけですから、そのあたりは矛盾を抱えるのではないかと感じました。 森田 世代交代の観点は重要だと思います。人材の育成も含めて、組織が活性化したり、後進が育っていったりということがあると思いますので、区切りをつけるというところはおっしゃる通りだと思います。 杉浦 当社も、65歳まで年齢は関係ないという仕組みではあります。ただ、役職については、65歳で定年になってすぐ次の人が部長になるということはできないと思いますので、少なくとも役職に就ける年齢には、一定の制限を持とうと考えています。加えて、部長以上のポジションについては、毎年後任者管理ということで、後任者を必ず考えるような施策は取っています。 再雇用制度や定年廃止ではなく定年延長をした理由とは 今野 このシンポジウムのライブ配信をご覧になっている視聴者の方から、質問をいただいています。みなさんの会社ではそれぞれ定年延長をされていますが、再雇用ではなく、なぜ定年延長をしたのでしょうか。ご回答、ご意見は3人からお聞きしたいと思います。小林さんからお願いします。 小林 再雇用や定年廃止ではなく、当社が70歳定年制を導入したのは、社員に対して、安心して働いてもらえる保証された雇用機会を70歳までにしたかった、という思いが大きかったと思います。背景には、経営トップの強い意志がありました。  70歳定年にしてから、中途採用でも新卒採用でも、そこが魅力に感じるという応募者の方もおり、人材確保の面でもメリットがあったと実感しています。 森田 当社が定年延長を実施したのは、旧制度に不活性な状態が発生し課題となっていたことが背景にありました。定年延長ありきで考えたのではなく、施策を検討した際、実力主義を掲げるなかで、65歳まで年齢による処遇の変更を行うのではなく、定年を延長して、正社員として同じ土俵で評価・処遇する、としたことが理由としては大きかったと思います。 杉浦 定年延長をしたきっかけの一つに、当時は60歳以上の社員は100人ほどでしたが、その5年後、10年後には、300人、400人となることが予測されていて、それだけ増えてきたときにいかに働いてもらうか、パフォーマンスを出してもらうかと考えたときに、再雇用ではなく、正社員として定年延長すべきだという判断に至りました。 エイジレスな評価・賃金制度とはパネリストからのメッセージ 今野 最後に「これだけはいっておきたい」ということがありましたらお願いします。 杉浦 評価というのは非常にむずかしいです。業務や役割がそれぞれ違いますので、目線を合わせるということが重要になってくるのだろうと考えています。また、個人によってパフォーマンスは違いますし、働き方がさらに多様化しているなかで、今後シニア層にかぎらず、全社員が持てる力を発揮し、それを正しく評価し、正しく報酬につなげるということが、人事の永遠の課題なのかなと感じています。制度もまだまだですし、今後もそういったことが実現できるように努力する人事部でありたいと思います。 森田 定年延長と再雇用について、職責低減をせずに同じ処遇にしていくという制度を整えましたが、まだ課題もあります。特に、再雇用制度では、全員を対象にした一定の評価であったり、組織の推薦、本人の希望などの一定条件を設けていたりする仕組みです。今後はそういった制限がかかっているところや、働き方の多様化というところも含めて、一律に正社員と同じとしてよいのかということも検討していきたいと思っています。 小林 シニア社員の処遇という前に、今野先生がお話しされた、シニア人材をその会社でどのように活用していくかということが、大前提になると思います。業種や職種によっても違ってくると思いますし、人事部門だけで進めることもできないことだと実感していますので、経営トップの意思を確認しながら、進めていくとよいのではないかと思います。  また、制度導入後は、想定していなかったことが出てきますので、臨機応変に変えていくことも大切だと思います。本日お話をうかがい、人生100年といわれるなかで、何歳まで働いてもらえるのか、そうしたことをさらに考えていく必要があると強く思いました。 今野 3人のパネリストからの最大のメッセージは、「『シニアならでは』という評価・賃金はやめよう」ということであったと思います。そのうえで、エイジレスな制度にするためにはどうすればよいかということについて、3人が共通していわれたのは、「人事管理は役割と成果をベースにつくり上げる」ということだと思います。そうすると、シニアになっても、あるいは定年延長をしても、何の問題もないということになります。  役割と成果に基づく人事管理にすると、年齢の要素が消えますが、他方で、例えば、管理職の世代交代の問題や、個々の働く人のキャリアと役割の見直しなどを考えると、ある時点で何か手を打たなくてはいけないという問題もあります。そのときに、年齢という装置でいくか、違う装置でいくのかについては、考えなくてはいけません。いずれにしても世代交代装置あるいは、キャリア・役割見直し装置みたいなものを、役割と成果に基づく人事管理に付加していかないと全体的にうまくいかない、ということがいえるのだと思います。  質問に真摯にお答えいただいた3人のパネリストに心より感謝申し上げます。 写真のキャプション 学習院大学名誉教授 今野浩一郎氏 株式会社NJS管理本部 人事総務部長 小林崇氏 TIS 株式会社 人事本部人事部 人材戦略部セクションチーフ 森田喜子氏 日本ガイシ株式会社 人材統括部 人事部長 杉浦由佳氏