高齢者の職場探訪 北から、南から 第141回 沖縄県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 100人以上の高齢職員が活躍 賃金・評価制度の見直しに着手 企業プロフィール 社会福祉法人まつみ福祉会(沖縄県豊見城市(とみぐすくし)) 設立 1981(昭和56)年 業種 高齢者・障害者・児童の福祉事業 職員数 374人(うち正規職員数155人) ※グループ職員数 (60歳以上)102人 (60歳以上男女内訳)男性(36人)、女性(66人) (年齢内訳) 60〜64歳 43人(11.5%) 65〜69歳 27人(7.2%) 70歳以上 32人(8.6%) 定年・継続雇用制度 定年は60歳。希望者全員を65歳まで継続雇用。以降も年齢の上限なく継続雇用。最高年齢者は医師の82歳  沖縄県は、日本列島の南西端に位置し、沖縄本島をはじめ大小160の島々からなる離島県です。亜熱帯地域に属し、冬でも10度以下になることは珍しく、一年を通じて過ごしやすい気候です。その立地と歴史から、食や音楽、芸能など、豊かな文化が根づいています。JEEDの沖縄支部高齢・障害者業務課の大森(おおもり)悠(はるか)課長は、「沖縄県の産業の特徴は、サービス業を中心とする第三次産業の比重が極めて高いことです。そのなかでも、県経済を支えている大きな産業が観光産業です。新型コロナウイルス感染症の影響で、観光客数は2020(令和2)年以降落ち込んでいましたが、2022年は、前年度比約89%増の約570万人※1と回復傾向にあります。また、温暖な気候を利用した農業や畜産業、美しい海の恩恵を受けた漁業が盛んに行われています。産業全体に占める割合はそれほど高くありませんが、他県にはない珍しい農林水産物(サトウキビ、ゴーヤーや島らっきょうなどの野菜、パイナップルやマンゴー、パパイヤなどのフルーツなど)が流通しています」と説明します。  また、同支部における取組みについては、「沖縄県の企業の特徴として、運用により65歳を超えて継続雇用を行っている企業が多く、制度化には消極的な面が見受けられるため、労働局やハローワークなどの関係機関とも連携しながら、高齢社員の活用に関する相談・援助や制度改善提案を行っています。企業からは、高齢社員の健康管理や賃金・処遇制度に関する相談が多く寄せられています」と話します。  同支部で活躍するプランナーの水澤(みずさわ)孝一(こういち)さんは、特定社会保険労務士などの資格を持ち、とりわけ賃金制度の分野に精通しています。訪問先企業の実情に沿ったわかりやすい資料を作成して行う、ていねいかつ親身な助言は、多くの企業から信頼を得ています。  事業所向けのセミナー講師なども多く務めており、「最近では年金とハラスメント、および2024年問題をテーマにしたセミナーが増えています」と傾向を分析しています。  今回は、水澤プランナーの案内で「社会福祉法人まつみ福祉会」を訪れました。 地域福祉に貢献する高齢職員に文化継承を期待  社会福祉法人まつみ福祉会は、1981(昭和56)年2月に設立。同年4月にもみじ保育園を開設し、保育事業をスタートしました。1989(平成元)年に老人介護福祉事業、2004年に障害者福祉事業に着手し、2007年には老人介護と障害者支援、児童福祉の複合施設「共に生きる町」を開所しました。事業について、事務局長の遠藤(えんどう)貢(みつぐ)さんは「『共生ケア』の実現を理念に掲げ、お年寄り、障害のある方、子どもたちがそれぞれ持っている能力を伸ばして活かし、お互いに主体性を持って支え合うことを支援していきます」と説明します。  同法人では60歳以上の高齢職員が100人を超え、福祉の現場から現場をサポートする部門まで、さまざまな業務において地域の福祉を支えて活躍しています。  「介助を必要とする方のサポートに、年齢は関係ありません。高齢職員には、豊富な経験に基づいた技術だけでなく、沖縄の方言なども若手に教えてほしいと期待しています。利用者のお年寄りたちは方言で話したり、三線(さんしん)(沖縄三味線)の音を聴いたりすると表情が輝き、方言を話す高齢職員とは話が盛り上がります。仕事を通じた文化の伝承にも期待したいですね。  高齢職員は元気いっぱいで働いてくれていますが、その一方で、介助作業は足腰に負担がかかるので、時短勤務に切り替えたり、負担のかからない業務をお願いして長く仕事を続けてもらっています。60歳定年制についても見直しを考えています」(遠藤事務局長) ツールを活用し賃金・評価制度を考え方から見直す  水澤プランナーは、同法人からの「高齢者の賃金や評価制度の見直しについて相談したい」という要望を受け、2023年5月に訪問。JEEDの「70歳雇用推進マニュアル」※2、厚生労働省の「職業能力評価シート」※3と「キャリアマップ」※4を参考に、賃金・評価制度の考え方や進め方などについて助言を行いました。  「賃金や評価制度の改定を考えていましたので、前職で賃金制度の見直しを行った経験を活かして助言を行いました。また、県の非正規労働者処遇改善事業を活用し、賃金・評価制度の見直しを継続して行っています」(水澤プランナー)  同法人では管理者を対象に、水澤プランナーが講師を務めるセミナーを開催しています。人事評価の考え方などについて講義するほか、「扶養控除から考える就労のメリット」、「年金を受給開始するとよい年齢」など、受講者に身近なテーマを取り上げており、わかりやすい数字を例にしてかみ砕いて伝える説明は、「メモを取らずとも記憶に残る」と、参加者から好評を得ています。  今回は、だれからも頼りにされているという二人の高齢職員にお話を聞きました。 迅速かつ万全な修繕作業で現場をサポート  當眞(とうま)孝三(たかみつ)さん(72歳)は、食品加工会社を定年退職後、ドライバーとして入職しました。通所介護の送迎のほか、施設の営繕、園芸の管理を担当し、週5日フルタイムで働いています。  「親の介護を経験してから介護業界に興味を持ち、知人の紹介を受けて入社しました。送迎時はお年寄りに人生経験を聞かせてもらい、家族に話せないことを話してくれる方もいて貴重な交流の時間になっています。営繕の仕事は前職でつちかったメンテナンスの技術を活かすことができますし、園芸の仕事は初めてですが楽しいです」  前任者に教わったマンゴー栽培が楽しく、自宅でも始めるなど、いまではライフワークになっているそうです。  リハビリテーション課と通所介護事業の管理者を兼務する與座(よざ)勇人(はやと)課長は、當眞さんの働きぶりについて、次のように話します。  「當眞さんは物腰がやわらかく、職員みんなから慕われています。『テーブルが壊れた』、『蛍光灯が切れた』と設備にトラブルが起こると、だれもがまず當眞さんに助けを求めます。対応が早くて、どんなものでも手際よく上手に直してくれる救世主のような存在です。送迎では持ち前のコミュニケーション能力を発揮し、お年寄りの笑顔を引き出し、信頼関係を築いています」  この評価を受け、當眞さんは「部品は置き場所を決めておくと作業がスムーズです。故障した箇所だけでなく、全体を見直して必要な補強を行い、故障をくり返さないように気をつけています。若いスタッフには営繕の方法と物を大切にする精神を伝えたいです」と話してくれました。  昼食は職員食堂を利用しており、「管理栄養士が考えたメニューなので、美味しいだけではなく健康管理にもつながります。休憩室は畳敷きになっていてリラックスできます」と喜んでいました。  「日ごろから、健康のために、施設の階段を昇り降りして足腰を鍛えたり、ストレッチをしたりしています。休みは週末があれば十分です。規則正しい生活を送るためにも、仕事を続けることが私の人生において大切だと思います」と働く意義について語ってくれました。 世話係となり周りを活気づける「元気の源」  岸田(きしだ)光江(みつえ)さん(62歳)は、若いころは保育士として働いていましたが、40代で再就職を考え、「今後、親の介護があることを考えると、介護職がよいのでは」と同法人に入職しました。介護福祉士の資格は職場のサポートを得ながら取得。定年を超えたいまも変わらず週5日フルタイムで勤務しています。「利用者の在宅復帰を支援して目標が達成できたときや、本人や家族から感謝の言葉をかけてもらったときに、『この仕事に就いてよかった』と思います。仕事をする=自分自身が健康でいることです。そうでないと笑顔で仕事ができません」と明朗快活に話します。  「岸田さんはいつも明るく楽しく仕事をされていて『職場の元気の源』です。経験が豊富ですから、お年寄りの体調変化や困りごと、細かいことまですぐに気づき、だれよりも早く行動されています。接遇もすばらしく、まさに介護士の鏡で若手のお手本です。若い外国人スタッフが現場に加わった際は、生活面のサポートも含めて、慣れない異国での暮らしや仕事をサポートしてくれました」(與座課長)  「じっとしていられない性分でずっと動いています」と自らを語る岸田さんの息抜きは、夫婦で沖縄本島北部の山原(やんばる)へ出かけて自然に触れ、カフェ巡りをすること。休日にリフレッシュすることで、次の1週間の仕事もがんばれるそうです。  今後の抱負についてたずねると、「2〜3年のうちにサービス管理責任者の資格を取得したいと考えています。大きな目標は、70歳まで笑顔で働ける職員になることです」と、具体的なキャリアプランを示してくれました。  今回の取材を終え、水澤プランナーは、「福祉事業を長く運営されており、規模が大きく、施設として充実しています。高齢職員は自分の仕事ぶりを評価されていると感じていて、仕事に誇りを持って働いています。今後は職員各自ができること、できないことを把握し、より努力が必要なチャレンジ目標の設定や、業務において会社が求める基準の設定など、引き続き人事評価制度の整備を支援していきます」と具体的な方向性を示しました。  定年後もしっかり目標を定め、公平かつ納得性がある評価を得られれば、高齢職員のモチベーション向上に直結します。高齢職員の存在が、現場に活気を生み出し、掲げる理想の福祉ケアの実現にまた一歩近づいていくはずです。(取材・西村玲) ※1 沖縄県文化観光スポーツ部観光政策課「令和4年(暦年)沖縄県入域観光客統計概況」 ※2 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/manual.html ※3 職業能力評価シート……職業能力評価基準で職種・職務・レベル別に定められている「職務遂行のための基準」を簡略化したもの ※4 キャリアマップ……職業能力評価基準で設定されているレベル1〜4をもとに、能力開発の標準的な道筋を示したもの 水澤孝一 プランナー アドバイザー・プランナー歴:9年 [水澤プランナーから] 「民間企業の営業関係で20年、人事関係で10年の計30年間勤務し、社会保険労務士試験合格後に独立しました。現在は、年間100社以上の企業訪問や各種セミナーを行っており、各企業に必要な情報提供に努めています。最近は、年金制度などもふまえ、70歳までの雇用の必要性を企業に呼びかけています。モットーは『現状否定と改革』です」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆沖縄支部高齢・障害者業務課の大森課長は水澤プランナーについて、「JEED の相談・援助業務のみならず、沖縄県や労働局の事業においても企業への労務管理にかかわるアドバイザーやセミナー講師を務めるなど、沖縄県内企業の雇用管理の改善、人材育成に尽力しており、とても頼りになる存在です」と話します。 ◆沖縄支部高齢・障害者業務課は、県庁所在地である那覇市の「沖縄職業総合庁舎」内にあり、同庁舎にはハローワーク那覇、沖縄障害者職業センターもあります。近隣には、映画館を擁する大型ショッピングモールや免税店などがあり、観光客も多く訪れる場所です。 ◆同県では70歳雇用推進プランナー7人が活躍し、2022年度は、350件の相談・援助を実施、65件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●沖縄支部高齢・障害者業務課 住所:沖縄県那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 電話:098-941-3301 写真のキャプション 沖縄県豊見城市 小高い丘の上に建つ介護老人保健施設 桜山荘(おうざんそう) 遠藤貢事務局長 利用者の送迎に向かう當眞孝三さん 與座勇人課長 車椅子に乗る利用者を介助する岸田光江さん