多様な人材を活かす 心理的安全性の高い職場づくり  高齢者をはじめとする多様な人材の活躍をうながすうえで大切な「心理的安全性」について、株式会社ZENTechの原田将嗣さん、石井遼介さんに解説していただきます。  今回は、チームをよりよくするために、大事なスキルのひとつ「リーダーシップとしての心理的柔軟性」を紹介します。 株式会社ZENTech(ゼンテク) シニアコンサルタント 原田(はらだ)将嗣(まさし)(著) 代表取締役 石井(いしい)遼介(りょうすけ)(監修) 第5回 心理的安全性の高い職場づくりを後押しする心理的柔軟なリーダーシップ 1 心理的安全性の高い職場づくりに欠かせない一人ひとりのリーダーシップ  心理的安全性とは「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことを言い合える状態」をいいます。「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子を高めることでチームに心理的安全性を醸成することができるのです。  では、心理的安全性の高い職場は、だれがつくるものなのでしょうか。リーダーだけではなく、メンバーも一緒に全員協力・全員参加でつくっていくものが、心理的安全性です。  全員参加で職場づくりをするために大切なことが、一人ひとりのリーダーシップです。リーダーシップと聞くと「管理職やリーダーが備えているもので、まだリーダーではない自分には求められていない」と考える人がいるかもしれません。しかし、リーダーシップの本質は、権力や権限、ポジションではなく「組織・他者に与える影響力」です。実際みなさんの職場でも、新入社員だけれども発信力があり、影響力を持っているメンバーはいませんか。役職を持ってはいないけれども、プロジェクトリーダーを務めているメンバーはいませんか。リーダーシップとは、役職やポジションに関係なく、一人ひとりが発揮できるものなのです。  今回は、これらのリーダーシップのなかでも、心のしなやかさ「心理的柔軟性」に焦点をあてて紹介します。心理的柔軟性の高い組織メンバーが、心理的安全性の高い組織をつくり、また心理的安全性の高い組織のなかで、人やリーダーシップが育つ、いわば「よいサイクル」が心理的柔軟性と心理的安全性の関係です(図表1)。 2 心理的柔軟性というリーダーシップを磨くことが心理的安全性をつくる  心理的柔軟性は一人ひとりが持ち、鍛えることができるリーダーシップです。端的にいうと「たとえ困難な状況であっても、大切なことへ向けて役に立つ行動をとれること」です。  弊社(株式会社ZENTech)の調査では、心理的柔軟性が高いメンバーが多いチームは、チームの心理的安全性が高い、という相関があることがわかっています。言いかえると、チームの心理的安全性を高めるために個人のリーダーシップとしての心理的柔軟性を高めることが有効なのです。  心理的安全性の低い職場では、意図せずともやってくる法改正や社会情勢の変化などの「困難」にあって、チームで問題を解決するかわりに、チームで問題を増幅してしまいます。  例えば、これまでのやり方では対応できないと考え、抜本的な業務改善案を提案したら「じゃあそれ、あなたがやっておいて」と言われ、ただただ自分が忙しくなる「言ったもん負け」や、マネジャーのやるべき業務が多すぎて、メンバーへの配慮やよりよい環境づくりができなくなる「マネジャー忙殺」など、心理的安全性が低い職場では、さまざまな「自分たちでつくってしまう困難」があるでしょう。  すでに職場の心理的安全性が低く、このような困難が日常にあるとき、多くの人は「本当はやったほうがよい、こういう職場にしたい」という想いがあったとしても、ブレーキがかかって、新たな行動が生まれません。 3 心理的柔軟性3つの要素  心理的柔軟性が低い状態を、具体的な場面で見てみましょう。  1カ月前に中途で入社した私は、業務改善会議に参加しました。現在会社は「顧客満足向上」を掲げており、前職で有効だった施策が、この会社でも効果が高いと私は思っています。しかしキャリアが短いことが気になり「効果的と思われる施策のアイデアがあるが、入ったばかりの自分が言ってはいけないのではないか」という思考が働いてしまい「今日はまずは話を聞いて、また機会があったら言おう」と考え意見を言いませんでした(図表2)。  この場面では「言った方がよいだろう」と思うものの、不安が頭をよぎって行動のブレーキとなってしまい、役に立ったかもしれない発言ができませんでした。  心理的柔軟なリーダーシップは、上記のようなブレーキとなる不安や感情といった「困難」を直視したうえで、「にもかかわらず」チームが向かっていきたい先、ありたい姿に近づく行動をとることを助けます。  心理的柔軟性には次の三つの要素があります。これら3要素からなる「しなやかな行動」がとれることが、心理的柔軟性です。 @受入れ・直視…たとえ困難があったとしても現実に直面する A行動・取組み…大切なことに向かって進む B気づき・軌道修正…その状況、その文脈で気づきを得て、役に立つ行動へ切り替えること  三つの要素を自動車に例えるならば@ブレーキを外し、A行きたい方向に向かってアクセルを踏み、Bハンドルを動かして軌道修正する、といったイメージです。  心理的柔軟性の@の要素を高めるうえで大切なことは、困難を避けるのではなく、困難を直視することです。いわば「不都合な現実にオープンでいること」が求められます。そして困難とは、実際に目の前で起きていることそのものではなく、自分のなかにある感情や思考であることがほとんどです。  再雇用の高齢者の方が持っている「再雇用の自分が余計なことを言ってはいけない」という思考や、高齢者をメンバーに持つマネジャーが考える「高齢者の方にこんなに依頼をしてはいけないのではないか」という思いこみも、この心理的非柔軟な「ブレーキ」として現れます。このような思考や思いこみが現れ、避けようとすると、本当は試しに意見やお願い、そして確認してみればよいことでも、行動に移すことができなくなります。  このとき「考えこんでしまって、自分でブレーキをかけているな」と、自分自身の思考に気づき、直視することが大切です。わたしたちは「これは無理だ」、「これはむずかしい」という思考が頭の中に浮かんできたとしても「にもかかわらず」役に立ちうる行動をとることができるからです。  それはまさに「月曜日、会社に行きたくないなあ…」という思考があったとしても、「にもかかわらず」出社できたのと同じようにです。  このように、ブレーキとなる思考や感情、思いこみがあったとしても、「できる行動から実行すること」、「やってみること」を、私たちは選択できるのです。  行動を選択するために大切なことが、心理的柔軟性Aの要素です。自身や組織にとって「大切なこと」を言語化し、そこに向かって役に立つ行動をとることです。先ほどの具体例では、まだキャリアが短いメンバーが、組織をよくするためのアイデアを持っていましたが「こんなことを言ってよいのだろうか」というブレーキが現れてアイデアを言うことができませんでした。しかしながら、組織にとって「大切なこと」に向かっていくためという確信が持てれば、勇気を持って言うことができるようになります。先程の例では「このチームでは、顧客満足向上を第一にしていると聞きましたので、私も一言お伝えしたいのですが…」のように切り出すのもよいでしょう。  企業理念やミッションなど組織の「大切にしていること」が言語化されているのであれば、自分の「チーム事」として言語化をしてみましょう。そしてそれをメンバーと共有してください。そうすることで、メンバーは心理的柔軟性の要素A大切なことに向かって進むことができるのです。  心理的柔軟性三つ目の要素は、軌道修正をすることです。軌道修正をするには、自分がいま、正しい方向へ進んでいるかどうかに気づく必要があります。正しい方向とは、Aで定めた向かっていきたい使命や目標、いわば大切にしていることです。大切にしていることがはっきりしているからこそ、ブレーキの存在や役立つ行動をとれていないことに気づき、軌道修正をしていくことができます(図表3)。ここからは、リーダーとメンバー、双方から発揮できる心理的柔軟なリーダーシップについて、それぞれ見ていきたいと思います。 4 リーダーが発揮できる心理的柔軟性  リーダーのみなさんは、「チームで大切にしたいことを言語化」し、またそれを「メンバーに共有する」までを試みてください。単に会社が掲げているミッションや、本年度の重要方針をそのままチームに伝えるのではなく、会社が掲げていることをふまえて、ほかならぬあなたのチームで大切にしたいことを言語化します。  メンバーへの共有は、一度話して終わりではなく、くり返しメンバーに話してください。自分なりに大切なことを考えたあなたは忘れることはないと思いますが、メンバーは一度聞いただけでは忘れてしまいます。日ごろ目にするところに掲げておく、定例会議で毎回確認し合う、などくり返しメンバーに伝えていく機会をつくることで、大切にしていることは定着します。 5 メンバーが発揮できる心理的柔軟性  メンバーのみなさんに推奨したいのは、リーダーがどのようなことを大切にしているかを聴きに行くことです。「お客さまからの相談を誠実に聞く」であったり、「メンバー全員が、活き活きと働いている」であったり、リーダーが仕事において大切にしていることを聞いてください。その「大切にしていること」を、自分なりに具体的な仕事のシーンと紐づけたり、それを大切にすることで、自分自身や同僚・お客さまに、どのようなポジティブな影響がありうるか、思いを馳せてください。  リーダーだけではなく、チームのメンバーと一緒に取り組むときも、他部門と連携するときも同様です。相手が大事にしていること、考えていること、感じていることに思いを寄せることで、自身のとっている行動が機能しているか、役に立っているかの、気づきを得やすくなります。 6 まとめ  チームのなかで、日々大切にしていることを確認しながら、ブレーキとなる思考や感情が出てきたとしても、そのときどきで役に立つ行動をとっていく、それが心理的柔軟なリーダーシップです。そして職場やチームで役立つ行動をとるメンバーが増えることで、心理的安全性の高い職場がつくられていくのです。  そのためにも、1日をふり返るとき、こんな問いかけを自分にしてみてください。「自分は今日、役立つ行動をどれくらいとっただろうか」、「今日の判断は、大切にしていることに向かっていただろうか」、「次回、同じ問題が降りかかってきたら、次回はどう対応したらよいだろうか」。ふり返りのなかで「気づく力」が育まれます。  チームの大切にしていることを明確にし、そこに向けて行動し、気づく力を高めて軌道修正をしていきましょう。その積重ねが、心理的安全性の高い職場をつくります。 図表1 「心理的安全性」と「心理的柔軟性」の相互作用 事業成果・企業価値へ 組織・チームの組織開発 話挑助新 心理的安全性の高い組織風土・文化づくり 組織・チームが個々人へ与える影響 人材の開発・成長(人的資本増強) 心理的柔軟なリーダーシップ 個々人のリーダーシップが組織・チームへ与える影響 ※筆者作成 図表2 心理的柔軟性が低いケース 業務改善会議でのこと ブレーキがはたらく! 先月中途入社した私 入ったばかりでキャリアの短い自分が業務改善について意見してよいのだろうか言っても聞いてもらえないのではないか 会社が大事にしている「顧客満足」を上げるために、以前の職場で上手くいっていた施策はこの職場でも役立つはず!このアイデアは伝えたい ・・・ (今日は言わずに聞いておこう) ※筆者作成 図表3 心理的柔軟性が高いケース 業務改善会議でのこと 先月中途入社した私 @「大切なこと」が明確だから「役立つ」がわかる 会社が大事にしている「顧客満足」を上げるために、以前の職場で上手くいっていた施策はこの職場でも役立つはず!このアイデアは伝えたい Aブレーキがはたらく!受入れ・直視 入ったばかりでキャリアの短い自分が業務改善について意見してよいのだろうか言っても聞いてもらえないのではないか B気づき、軌道修正 と、自分は思っているなぁ。そして、いま自分は発言せずに黙っている。こうして黙っていることは役に立っているの? C役立つ行動をとる 前職で顧客満足向上した施策が参考になると思うのですが… ※筆者作成