知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第70回 退職金の不支給、人事評価の違法性判断基準 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 不祥事を起こした従業員の退職金を不支給とすることはできますか  酒気帯び運転を行った従業員に対して、懲戒解雇と退職金の減額を検討しています。自動車運転について、物流業等以外も対象にアルコール検査義務等が制定されるなど、規制も厳格になっているため、全額を支給しないという判断も可能でしょうか。 A  退職金の全額不支給については、長年の勤続の功労を抹消するほどの事情が必要であるため、全額の不支給とすることは適切とはいいがたいでしょう。ただし、自動車運転に対する責任が大きい事業であれば、許容される可能性があります。 1 退職金の減額措置について  就業規則において定められた退職金は賃金の性質があり、@賃金の後払い的な性格と、A功労報償的性格をあわせ持っていると整理されることが一般的です。  退職金について、就業規則で支給条件が定まっているのであれば、当該支給条件にしたがって、支給手続きをとることになります。就業規則で定める支給条件については、さまざまな条件が考えられ、支給の条件として、懲戒解雇の場合は、支給対象から除外する、または支給額を減額するといったことや、自己都合退職と会社都合退職の際の支給額の計算方法を異なるものとするといったことが行われています。  ただし、退職金を不支給または減額するにあたって、退職金には賃金の後払い的性格もあることから、その範囲を制限する裁判例も多く、特に全額の不支給とするためには、永年の勤続の功労を抹消させるほどの背信的行為があった場合にかぎると解釈されています。 2 酒気帯び運転による退職金全額不支給が肯定された裁判例  公立学校の教師であった公務員が、酒気帯び運転を理由に懲戒免職され、その結果、退職金が全額不支給とされた事案において、そのような処分の有効性が争われました(最高裁令和5年6月27日判決)。  当該公務員は、同僚の歓迎会でビールを中ジョッキとグラスで各1杯程度、日本酒を3合程度飲んだのち、自家用車を運転して、ほかの自動車と衝突する事故を生じさせ、事故時点の呼気検査でアルコールが検出されました。その後、略式命令で罰金35万円を命じられています。  公立学校の教師に対しては、酒気帯び運転や酒酔い運転により検挙される事案が過去に相次いでいたことから、懲戒処分について厳格に運用していくといった方針が通知されており、飲酒運転につき免職または5カ月以上の停職とする旨の基準が定められるに至っていました。  このような状況において、当該公務員は、酒気帯び運転をしたうえで事故を起こしたことから、通知されていた通りに懲戒免職されたうえ、退職金の全額を不支給とされたものです。  高裁では、「本件規定(注:退職金の減額の根拠規定)は、一般の退職手当等には勤続報償としての性格のみならず、賃金の後払いや退職後の生活保障としての性格もあることから、退職手当支給制限処分をするに当たり、長年勤続する職員の権利としての面にも慎重な配慮をすることを求めたものと解される」として、労働契約における退職金と同趣旨の考慮をして、「約30年間誠実に勤務してきたこと、本件事故による被害が物的なものにとどまり既に回復されたこと、反省の情が示されていること等を考慮すると、本件全部支給制限処分は、本件規定の趣旨を超えて被上告人に著しい不利益を与えるものであり、本件全部支給制限処分のうち、被上告人の一般の退職手当等の3割に相当する額を支給しないこととした部分は、県教委の裁量権の範囲を逸脱した違法なもの」として、7割の減額は肯定しつつも、3割の支給を命じるという結論になっていました。  他方、最高裁は、この結論を認めずに、全額不支給を有効と判断しました。ただし、退職金減額や不支給の根拠規定について、「退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したもの」としている点は、労働契約における退職金の判断や高裁の判断と大きな相違はありません。  しかしながら、本件が公務員に対する処分として行われているという特徴をふまえて、「退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべき」として、退職金の不支給が認められる余地を広げる判断をしています。そして、公務員であるという事情については、「本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったといえる。さらに、県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い」と判断されており、公務員による飲酒運転の悪影響の重大性が加味されています。 3 裁判例からわかる留意事項  公務員に対する退職金の不支給に対する判断ではあるものの、退職金の性質やそれを減額などする場合の考慮については、同様の配慮がなされており、労働契約における退職金の不支給にも通ずる部分がある最高裁判例となっています。  高裁と最高裁で結論を分けた点は、退職金の性質以外に公務員であるという事情による影響を加味するか否かという点が大きかったように思われます。最高裁が重視したのは、公務員であるからその処分の判断基準に裁量の余地が広く認められうることと、「公務に対する信頼」という観点から飲酒運転という重大事故につながりかねない非違行為を重く見ることになったという点といえます。  当然ながら、通常の労働者においても飲酒運転やそれによる事故が許されるわけではありませんが、公務員と比較すると「公務に対する信頼」まで守る立場にはないことから、退職金の減額または不支給の程度にも差が出ることになるでしょう。  労働契約の場合には、高裁のように7割程度の減額という結論は、「公務に対する信頼」という要素を考慮しなくとも許容される可能性があると考えられますが、全額の不支給とするには、飲酒運転のみならず重大な事故も引き起こしていたり、「公務に対する信頼」に近いような要素を加味する必要がある自動車運転自体を事業とするような場合でなければならないと考えられます。 Q2 会社による人事評価の結果について違法性が問われることはありますか  人事評価により昇給に関する判断を行い、従業員に伝えたところ、人事評価に対して納得がいっていないようです。人事評価については会社が定める項目や基準に則して行っているかぎり、法的に問題はないでしょうか。 A  人事評価の内容については、会社の裁量が大きく、強行法規、就業規則および公序良俗に反しないかぎり、尊重されるべきとされており、著しく不合理でないかぎり違法とはなりません。 1 人事評価の法的な位置づけ  会社は、雇用する労働者に対する賞与の支給や昇給の際に、対象の労働者について一定の評価を行い、それを反映する形で賞与の支給額や昇給額を決定していきます。  その内容については、会社が求める人材のあり方や事業内容などに照らしてさまざまな項目や理由によって行われるものであり、さまざまな会社における共通の評価方法が確立しているわけではありません。  また、人事評価については、法律により直接規制されているものでもありません。間接的に、賃金の減額を行う場合などにはその理由や評価が適切であるか問題となることがありますが、人事評価制度自体が適切であるか否かということが問題にされることは多くありません。  しかしながら、人事評価に対して納得がいかない労働者も生じることはあり、その評価基準や評価方法が法律上問題となることがあります。 2 人事評価の違法性が争われた裁判例  東京地裁令和4年4月28日判決は、過去6期分(1年ごとに上期下期の合計3年分)にわたる人事評価について、本来A評価とされるべき項目がB評価であったことから賃金が低額となったとして、損害賠償を請求した事案です。  人事評価の仕組みは、図表にまとめた項目を含む合計21項目について、評価項目ごとにA、B、Cの評価がなされ、Aには5点、Bには3点、Cには0点が割り振られ、それらを合計することで評価点が算出されていました。  原告は、図表の@からCの項目について自らの評価に誤りがある(B評価ではなくA評価であるべき)と主張しました。なお、被告においては、上記の@からCの項目におけるA評価の割合はおおむね4分の1程度であり、多数の労働者はB評価とされていました。  人事評価の項目について、評価者が記録する「個人評価チェックシート」の記録や社員からの納得ができなかった場合の記録などに基づき、「個人評価項目着眼点・評価尺度」という書式に評価を記入して、結果をフィードバックすることになっていました。  裁判所は人事評価の内容決定については、「使用者の裁量的な判断に委ねられており、人事評価の適法性が争われた場合、使用者の裁量的な判断は尊重されるべきであり、その判断が上記の強行法規に反する場合や、就業規則などの労働契約の定めに照らして、是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたると認められる場合でない限り、違法となることはない」として、使用者の広い裁量を認めました。  このような判断基準によれば、強行法規違反となる事情が認められることは少ないと思われるため、就業規則を遵守した評価であるかぎりは、著しく不合理な評価のみが違法になると考えられます。  このような基準に照らして判断された結果、@からCのいずれについても、使用者の人事評価の違法性は認められませんでした。  なお、原告は、被告から人事評価の理由の説明や指導がなかったことを理由に、人事評価の違法性を主張していましたが、裁判所は「どのような場面でどのような言葉かけでもって部下に対する注意指導を行うかについては、評価者である管理職に裁量があるといえるから…(中略)…、Aと評価することができない理由となる具体的事実の指摘を評価者が行わなかったからといって…(中略)…、直ちに違法となるものではない」と判断しており、人事評価の内容を詳細に説明したり、指導を継続することまでは求めていません。 3 人事評価における留意点  会社が人事評価を定めるにあたっては、事業内容や社内の課題克服に向けた方針なども影響するものであり、非常に個別性が高いといえます。そのため、人事評価の適切さに対して裁判所が過度に介入することが適切とはかぎらず、裁判例の示したような使用者に裁量の余地を広く認める判断基準にならざるを得ないでしょう。  注意が必要となるのは、就業規則に評価項目やその評価基準が定められている場合には、その範囲での裁量に限定されるという点です。また、一度定めた項目や基準を変更する場合には、就業規則の変更も必要になるでしょう。広範な裁量が認められるのは、就業規則に定められた文言から解釈できる範囲ということになるため、記載がない項目を加味したり、記載されていない事情を考慮して評価基準を拡張するようなことは許されないという点には留意する必要があります。  人事評価そのものの違法性が争われる事案は多くありませんが、実務的には裁判にまではならなくとも、どの程度までの裁量が許容されるのか判断することに悩む場面もあると思われますので、紹介した裁判例を参考に自社の人事評価をあらためて見直してみてください。 図表 当該裁判における評価項目と評価基準 項目 評価基準 @ 「応援」 業務繁忙時に必ず応援を行っている場合にはA、応援を行っている日がある場合にはB、応援を行っていない場合にはCとする A 「創意・工夫・提言」 支援の実効を上げるため、創意・工夫をして施策を立案・実施し、受持ちの実績向上に貢献した場合にはA、施策を実施したが、効果は不十分である場合にはB、施策を実施していない場合にはCとする B 「業務知識」 高度な業務知識を有している場合にはA、通常業務をこなすための業務知識を有している場合にはB、業務知識が不十分である場合にはCとする C 「苦情・賞賛」 賞賛があった場合にはA、賞賛と苦情があった、または何もなかった場合にはB、苦情があった場合にはCとする ※筆者作成