心に残る“あの作品”の高齢者  このコーナーでは、映画やドラマ、小説や演劇、音楽などに登場する高齢者に焦点をあて、高齢者雇用にかかわる方々がリレー方式で、「心に残るあの作品の高齢者」を綴ります 第10回 映画 『土を喰らう十二ヵ月』(2022年) 株式会社ウイル代表取締役、システムデザイン・マネジメント学博士 国家資格キャリアコンサルタント 奥山(おくやま)睦(むつみ)  『土を喰らう十二ヵ月』は、中江(なかえ)裕司(ゆうじ)監督が自ら脚本を書いて沢田(さわだ)研二(けんじ)を主演に映画化し、2022(令和4)年に公開されました。原案は水上(みずかみ)勉(つとむ)によるエッセイ「土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―」(1982年、新潮文庫)です。  本作はツトム(沢田研二)の一人称の語りで描かれ、信州を舞台に一人暮らしの高齢男性の1年の暮らしぶりを追っています。作家のツトムは、畑で野菜を育てながら人里離れた信州の山荘で愛犬と暮らしています。13年前に亡くなった妻の遺骨を手元に置き、少年時代に禅寺で覚えた精進料理をもとに料理をする日々を送っています。料理の原稿を書き、時折、東京から訪ねてくる年の離れた恋人で編集者の真知子(松たか子)と一緒に料理を食べる時間が楽しみとして描かれています。  食材は、庭の畑や近くの山や川でとれた質素なものです。しかし、ていねいに時間をかけて食材が扱われ、豊かな食生活として描かれています。  前半は食べて、書いて、日々暮らしているツトムが描かれています。また真知子に結婚を申し込むという場面もあります。  そして、後半に大きな展開が訪れます。ツトムと同じく自然のなかで暮らし、妻亡き後もお世話になっていた近くに住む義母が突然逝去。葬儀後は、義妹夫婦から遺骨を押しつけられるという事態も発生します。  またツトムにも突然の病が襲い、心筋梗塞で倒れます。訪ねて来た真知子が見つけ、大事には至りませんでしたが、数日間生死の境を彷徨(さまよ)いました。  死の間際から目覚めた際の陽光の温かさ、自然の美しさ、そして食べ物の美味しさ。これが、「生きている」ことかという実感をツトムは再認識します。そして真知子が結婚の申し込みを受け入れたにもかかわらず断ります。後日、「私結婚することにした」といってツトムに別れを告げる真知子ですが、真偽のほどは明らかではありません。  精神科医のエリザベス・キューブラー・ロスは『死ぬ瞬間』(2001、中公文庫)で、死とは長い過程であって特定の瞬間ではないと説き、「死の受容」とは「長かった人生の最終段階」として、痛みも去り、闘争も終わり、感情もほとんど喪失し、患者はある種の安らぎをもって眠っている状態と説明しています。  ツトムが妻や義母の遺骨をずっと収められなかったのは、死に対してなんらかの「受け入れがたさ」があったからだと思われます。ラストでは2人の遺骨を手放し、また淡々と日々の暮らしを送る姿が描かれています。  生と死を受容してなお、これからも生きていこうとするツトムの姿は、ある種の人としての清々しささえ感じることができました。 『土を喰らう十二ヵ月』 監督・脚本:中江裕司 原案:水上勉 『土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―』 (新潮文庫刊) 『土を喰ふ日々 わが精進十二ヵ月』(文化出版局刊) Blu-ray & DVD発売中 発売元:バップ ○C 2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会