技を支える vol.337 「七宝(しっぽう)」の伝統技法で透明感のある色彩を表現 七宝工(しっぽうこう) 畠山(はたけやま)弘(ひろし)さん(70歳) 「心がけているのは、白をきれいに出すこと。白は汚れが目立ちやすいため特にむずかしいのです。白がきれいに出せると、ほかの色を引き立てます」 美しい色を出すために釉薬(ゆうやく)の盛りと焼成をくり返す  金属製の土台にガラス質の絵の具である釉薬※を盛りつけて焼き上げることで、光沢のある色合いを施す伝統工芸「七宝(しっぽう)」。東京都は国内に数カ所ある七宝の産地の一つで、「東京七宝」の名称で東京都の伝統工芸品に指定されている。江戸時代、徳川幕府のお抱え七宝師として刀の装飾品などを手がけた平田(ひらた)彦四郎(ひこしろう)を源流とし、明治になり叙勲(じょくん)の勲章製作へと転換した。昭和期には校章・社章やメーカーのエンブレムなどが七宝で製作され、最盛期には60軒以上の工房があったが、その後、合成樹脂製品が普及したことで需要が減少。現在はわずか数軒となっている。  その一つが、東京都荒川区南千住(せんじゅ)にある畠山七宝製作所だ。二代目の畠山弘さんは、七宝製作の一連の技術に加えて、後述する「透胎(とうたい)七宝(しっぽう)」という高度な技術を有し、令和5年度「卓越した技能者(現代の名工)」に表彰された。  東京七宝の製作は、現在もほとんど手作業で行われている。まず、プレスされた金属の土台を空焼きして油を落とし、酸化膜を酸で洗いとる。また、釉薬を均一に盛るために、すりつぶして粒子を揃える。そして、土台の凹みに釉薬を盛りつけ、乾燥させた後に焼成し、酸で洗う工程を1色ずつくり返す。東京七宝は土台の凹みが0.4mmと浅く、異なる色の釉薬を一度に盛りつけると、色が混ざってしまうためだ。さらに畠山さんの工房では、気泡ができるのを防ぐため、一つの色を一度に盛って焼かず2回に分け、倍の手間をかけている。したがって、4色の製品であれば8回、8色の製品であれば16回焼成を行うことになる。美しい色を出すために手間を惜しまない姿勢がうかがえる。  「溝が浅いのが、東京七宝の特徴といえます。そのため最もむずかしいのが、最後の工程である研磨です。研ぐのは0.05mmで、それ以上研ぐと変色してしまいます。経験を重ねると、手の感覚で研ぎ加減をつかめるようになります」 透き通った色を表現する「透胎七宝」を独自に実現  畠山七宝製作所は、畠山さんの父が七宝焼きの修業を経て1951(昭和26)年に設立した。子どものころから父の手伝いを通して、「きれいでおもしろい」と七宝に魅力を感じていた畠山さんは、大学卒業後、父のもとで本格的に修業を始める。  「当時は仕事がたくさんあり、毎日夜11時ごろまで仕事をし、休みは日曜日だけという状況でした」  そのころは、依頼された記念品や記章などに指定された色を入れるのがおもな仕事だった。その後、そうした仕事が減少していくなかで、畠山さんはオリジナルデザインのアクセサリーづくりを始める。その過程で身につけたのが「透胎(とうたい)七宝(しっぽう)」(プリカジュール)という技法だ。一般的な七宝は土台の上に釉薬を盛りつけるが、透胎七宝は土台の穴の空いた部分に釉薬を盛ることで、ステンドグラスのように透き通った色を表現する。透胎七宝を量産できる職人は畠山さんだけといわれている。  「アクセサリー業者さんから依頼され、試行錯誤しながら独自の方法を編み出しました。治具を使わずに表面張力を利用し、焼き加減を調整しながら盛りと焼きを何度かくり返すことで実現しました」  飽きっぽい性格だが、成功するまで粘るのは好きだという畠山さん。製品を手にした人から「すごくきれい」といわれるのが一番うれしいそうだ。 技術を継承するとともに新たな作品への意欲も  一通りの技術を習得するには7~8年かかるという七宝。畠山さんは、伝統工芸技術の継承者育成を支援する荒川区の「匠育成事業」を利用し、後進の育成にも取り組んでいる。すでに一人の育成を終え、現在は娘さんが修業中で、さらに新たな弟子をとろうと考えている。  「最近は注文の仕事で忙しいので、もう少し自分の作品をつくりたいですね。手にした人が、楽しい気持ちになれるようなものがつくれたらと思います」 畠山七宝製作所 TEL:03(3801)4844 https://www.tokyo-shippou.com (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) ※釉薬……ガラス質の膜をさし、別名「うわぐすり」とも呼ぶ 写真のキャプション 釉薬を盛った土台を800℃前後の炉で焼く。同じ色を2回、さらに異なる色ごとに釉薬を盛って焼き、酸洗いをくり返すことで、美しい色を生み出す 荒川区南千住にある畠山七宝製作所。父の代から70年以上の歴史を持つ 「これまで最も時間がかかった」という、葛飾北斎の浮世絵を模したエンブレム 工程のなかで最もむずかしいとされる研磨。このときは木枠にのせて研いでいたが、指輪などは直接手で持って研磨する 研磨する厚さはわずか0.05mm。手先の感覚を頼りに研いでいく 釉薬を盛りつけるやり方は、七宝が始まって以来変わらない。「ホセ」という竹製のヘラを使い、深さ0.4mmのわずかな凹みに釉薬を均一にのせていく アクセサリーの製作が多い畠山さんの工房では、約200色の釉薬を扱う