Leaders Talk リーダーズトーク No.108 進化を遂げるアシストスーツ健康で長く働き続けるために 一般社団法人アシストスーツ協会代表理事 飯田成晃さん いいだ・なるあき 医療商社での勤務を経て2016(平成28)年に株式会社ニットーに入社し、アルケリス事業部の立上げに従事。2020(令和2)年、アルケリス株式会社として分社化し取締役COOに就任。その後、2022年にアシストスーツ協会の設立と同時に代表理事へ。2023年、アシストスーツ協会の一般社団法人化を果たす。  作業時における体への負担を軽減する「アシストスーツ」。加齢とともに身体機能が低下していく高齢者にとっては、作業を補助する力強いツールであり、若手や中堅世代にとっても、腰痛などの発症を抑え、より長く働いていくための健康づくりに役立つことが期待されます。今回は、アシストスーツメーカー9社によって設立された、アシストスーツ協会代表理事の飯田成晃さんに、アシストスーツの現状や課題についてお話をうかがいました。 種類が豊富なアシストスーツ非電力外骨格タイプ、サポータータイプが主流に ―さまざまな種類のアシストスーツが、少しずつ普及してきました。貴協会の概要とともに、あらためてアシストスーツの機能について教えてください。 飯田 アシストスーツ協会は、2022(令和4)年に、元々懇意にしていた4社による任意団体として設立し、その後に加わったメーカーを含む計9社が参画して、2023年7月に一般社団法人化しました。  「アシストスーツ」と聞くと、モーターを搭載したスーツを着用し、人力を超えたパワーを生み出すもの、というイメージを持っている方が少なくないかもしれませんが、そのタイプの製品をつくっている会社は、当協会には1社もありません。現在は、外骨格で足や腰、腕を支え、身体の負荷を軽減するタイプのスーツが主流です。そのほか、素材の反発力や収縮力を活かしたサポータータイプのスーツもあり、さまざまな業界で使われています。  例えば、果樹栽培や電気工事など、上向き作業において肩や腰の負担を軽減する「上腕保持型」、重い荷物の運搬や上げ下げなどの作業での腰の負担を軽減する「腰部補助型」、検査や組立てなどの立ち仕事での足や腰の負担を軽減する「立位保持型」など、用途や姿勢に応じて、さまざまなタイプへと進化を遂げています。 ―飯田さんは、協会の代表理事を務める一方で、アルケリス株式会社の取締役COOでもあります。貴社では、どんなタイプのスーツを扱っているのでしょうか。 飯田 当社では、立位保持型のスーツ「アルケリス」を開発・販売しています。開発のきっかけはある医師からの声でした。「立ちっぱなしで長時間手術をすると、手術終了後も疲労感が残り、休みの日にはマッサージに通っている。この負担を軽減できないか」という相談があったのです。医師にとって最大の敵は、実は腰痛であり、腰痛を抱えて辞める医師も多いそうです。最近は若手の医師も減ってきており、むずかしい手術は経験豊富な50〜60代の医師に頼らざるを得ない状況となっていたことから、医療の現場を守るために、2014(平成26)年に開発プロジェクトがスタートしました。オフィス家具や自動車部品の金型製作を行っている中小企業「株式会社ニットー」が中心となり、トライアルアンドエラーを14回くり返し、2018年にようやく販売にこぎつけました※。  ただ、医療分野は未知の領域ですし、小さい会社なので大企業のように試作機を多くの人に試してもらう資金力もありません。そこで、学会や展示会に出展し、参加者に製品を試してもらいながら開発を進めることで、多くの人から意見やアイデアを募ると同時にプロモーション戦略としても展開しました。一方で、立ち仕事で疲れるのは医師だけにかぎったことではなく、工場などの製造現場で立って作業をしている人も多いですから、ターゲットを広げていくことも視野に入れて開発を進めました。 ―医師からの評判はどうでしたか。 飯田 脊椎関係の手術で高名な先生は「アルケリスがなかったら手術はしないよ」とまでいってくれていますし、多くの問合せをいただいています。ただ、医師から「助かる」という声をいただく一方で、保険適用の医療機器ではないため、医療機関が購入するハードルがものすごく高いのが現実です。しかし広い視野に立てば、医師が長く健康な状態で手術現場に立つことは、経営を助けることにもなります。専門職の医師が辞めてしまえば次の人をすぐに雇うこともむずかしいですし、そうした経営課題を認識している病院であれば導入しやすい面もあります。  最初の1年間は医療機関に特化して展開し、その後、製造現場や工事現場の警備員、農家などにも拡大していきました。大手の自動車メーカーやタイヤメーカーでは、検査工程に従事する人が利用しています。いまでは売上げのトップが製造業となっています。立ち仕事がつらいからと、いすに座れば作業効率は悪くなりますし、逆に座ることで前屈みの姿勢となり、腰痛を発症することもあります。あえていすを排除し、アルケリスを使っている工場もあります。 アシストスーツ体験会を通じてその機能や効果を実感できる場を提供 ―現在のアシストスーツの普及状況はどの程度なのでしょうか。 飯田 アシストスーツの市場規模は、民間調査機関の試算では25億円程度とされています。加盟各社の売上げはコロナ下では停滞ないし落ち込みましたが、その後、前年を上回る勢いで伸びています。  アシストスーツ協会としては、さらなる普及に向け、出張体験会の開催を中心に活動を展開しています。2023年だけで全国で40回以上実施しました。協会立ち上げ時からの方針ですが、アシストスーツの利便性は、やはり試してもらわないとわかりません。写真を見ただけでは、体のどの部分が楽になるのか、絶対にわかりませんし、着用してはじめて「腰や腕が楽になる」、「想像していたところと違うところが楽ですね」などと実感してもらえます。  また、他社の製品との比較ができないと、なかなか購入を検討してもらえません。これまでは、アシストスーツメーカーが個々に農業関係の展示会などに出展していましたが、アシストスーツ以外も展示されている広い会場のなかで、他社製品と比較するのはむずかしいのです。ユーザーに選んでもらううえでもっとも大切なことは、体験し比較してもらうこと。それが協会として果たすべき役割でもあります。 ―取組みの効果はいかがでしょうか。 飯田 家業であるぶどう栽培を継いだある方は、剪定や袋がけ、収穫など、腕を上にあげて行う立ち仕事が多く、10分ほど作業をするだけで、腕が疲れてしまい、1日中作業をしても、実質的な作業時間は半日程度になってしまっていたそうです。そこで、上腕保持型のアシストスーツと立位保持型のアシストスーツの2種類を使い始めたところ、1日中作業ができるようになり、作業効率が大きく向上したそうです。「先代が負荷の強い作業を続けて、大変な思いをしているのを見てきたので、自分は健康で長く働き続けたい」と、いまも2種類のスーツを使っています。  このように、上腕保持型、立位保持型の2種類のスーツの併用で高い効果が生まれている一方で、例えば収穫したものを持ち運ぶ場合は、腰部補助型のスーツが最適です。つまり、同じ業種でも仕事の内容によって体に負担のかかる部位が異なれば、使うアシストスーツも変わってきます。それを実感してもらうには、やはり体験することが大切なのです。協会が行っている出張体験会は、基本的に報酬をいただくことはありません。交通費をいただく場合もありますが、場所を提供してもらえれば出張して開催しますので、興味のある方はぜひお問い合わせください。 体の負荷を減らすことができれば長く健康に働くことにつながる ―アシストスーツは、働く高齢者の負担軽減という視点からも期待が集まります。高齢者による活用状況はいかがでしょうか。 飯田 アシストスーツは、中小企業を中心に、若い方から高齢者まで幅広く使ってもらっていますが、実際に「使いたい」という声は、高齢者よりも若い人が多いですね。高齢者のなかには「いままでの仕事のやり方を変えたくない」という意見もあり、アシストスーツを着けることに対する抵抗感もあるようです。  体験会でも実際に試して、購入するのは若い男性が多いです。その便利さを実感することができれば、利用者は広がっていくと思うので、いかにその便利さを伝えていくかが課題になっています。 ―「高齢者が抵抗感を感じている」というのは意外でした。高齢者のなかには足腰が弱くなったので引退したい、という人もいます。企業にとっては健康で長く働いてもらうには有効なツールだと思います。 飯田 「もし腰痛がなかったら、もっと長く働けていたかもしれない」と感じている高齢者の方は多いと思います。協会に加盟する9社のアシストスーツにはさまざまな種類がありますが、共通しているのは腰のサポートです。実際に、腰痛を抱えながら働いている人は大勢いらっしゃいます。腰痛になると作業効率も落ちますし、休みが必要になることもあるでしょう。場合によっては腰痛対策のためのコストもかかります。なにより年齢を重ねてもいつまでも元気で過ごすには、勤務中の負荷をどう減らしていくかが大切です。アシストスーツは体への負担を減らし、健康寿命の延伸や長く働き続けるために有効なツールです。導入することで働く人たちの健康を守り、それが楽しく暮らしていくことにつながると信じています。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ※ アルケリス株式会社は、「アルケリス」の企画・開発・販売を行う会社として2020年に設立