特集 シニアの活き活き職場づくり −安全・健康確保を進めよう−  70歳就業時代を迎え、高齢者がより長く働ける環境の整備が求められている一方で、考慮しなければいけないのが、加齢による身体機能の低下です。身体機能の低下は、労働災害が発生するリスクを高めるとともに、重症化・長期化のリスクも高まります。  そこで重要なのが、職場における安全対策と、高齢者自身の健康確保の取組みです。身体機能の低下を考慮した職場の環境改善、適切な運動などによる身体機能の維持・向上に取り組み、高齢者が活き活き働ける職場づくりを進めましょう。 【P7-10】 解説1 高齢者の労働災害防止対策・安全確保に向けて 独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所特任研究員 高木元也 1 はじめに  高齢者の労働災害発生率は高く、そのなかで最も多いのは転倒災害です。加齢にともないバランス感覚、敏捷性(びんしょうせい)などが低下している高齢者は、転倒しやすく、転倒すると受け身の体勢がとれず重篤な災害につながることが少なくありません。  本稿では、転倒災害の特徴、転倒災害の原因と対策、心理的・身体的要因をふまえた対策などについて紹介します。 2 転倒災害の特徴  厚生労働省では、転倒災害の分析などを基に、以下の通り、転倒災害の特徴をあげています。 特徴1 高齢者は転倒災害リスクが高い  高齢者ほど転倒災害のリスクが増加し、55歳以上では55歳未満と比較しリスクが約3倍に増加します。 特徴2 50代・60代の女性の発生率が高い  転倒災害の男女別年齢別の発生割合をみると、50代・60代の女性の発生割合が高くなっています(図表1)。 特徴3 休業1カ月以上が約6割を占める  転倒災害による休業期間は約6割が1カ月以上となっています。 特徴4 雪国で数多く発生  雪の多い地域では、降雪・凍結等に起因した転倒災害が多発しています。 3 転倒災害の原因と対策  厚生労働省は、転倒災害防止施策として、2015(平成27)年から「STOP!転倒災害プロジェクト」を推進しています。そこでは、転倒災害のおもな原因と対策のポイントを次の通り紹介しています。 (1)転倒災害のおもな原因  転倒災害のおもなタイプには、滑り、つまずき、ふみ外し(階段等)の三つがあり、それぞれのおもな発生原因は以下の通りです(厚生労働省「STOP!転倒災害プロジェクト」資料より)。 ■滑り ・床が滑りやすい素材である ・床に水や油が飛散している ・ビニールや紙など、滑りやすい異物が床に落ちている ・路面などが凍結している ■つまずき ・床に凹凸や段差がある ・床に荷物や商品などが放置されている ■ふみ外し ・大きな荷物を抱えるなど、足元が見えない状態で作業をしている (2)転倒災害防止対策のポイント  転倒災害防止対策のポイントを以下に示します。転倒災害の防止を推進すれば、安心して作業が行えるようになり作業効率の向上につながります(厚生労働省「STOP!転倒災害プロジェクト」資料より)。 ■危険源の除去 ・床面の凹凸、段差の解消 ・滑りにくい床材の採用 ■整理・整頓・清掃・清潔 ・歩行場所に物を放置しない ・床面の汚れ(水、油、粉など)を取り除く ■転倒しにくい作業方法 ・時間の余裕を持って行動 ・滑りやすい場所では小さな歩幅で歩行 ・足元が見えにくい状態で作業しない ■その他 ・移動や作業に適した靴の着用 ・職場の危険マップの作成による危険情報の共有 ・転倒危険場所にステッカーなどで注意喚起 4 心理的・身体的要因をふまえる  現在、職場の転倒防止対策は、段差や汚れの除去などハード対策が中心ですが、今後は、これに加え労働者一人ひとりの心理的・身体的要因をふまえた対策が求められます。 (1)心理的要因の対策事例(アメリカ)  労働災害につながる心理的要因には、焦り、イライラ、漫然などがあげられますが、以下に、アメリカの事例を紹介します。  Sylvestreは、2008年のヒューマンエラーに関する研究において、「人がミスをする原因は何であろうか? いろいろあるだろう。2万人に聞いたところ、1位は『焦り(rushing)』で80%を占めた。次いで『疲労(fatigue)』、『イライラ(frustration)』、『漫然(complacency)』が上位を占めた」と述べています。このうち、焦り、イライラ、漫然は心理的リスク、疲労は身体的リスクです。これら行動上の問題となる四つのリスクは、ほかにも数多くの論文で言及されています。  また、センチネル・レストラン協会の会報には、「従業員の行動上の問題は、職場の生産性と安全性に悪影響を与える。この行動上の問題には、漫然、疲労、イライラ、焦り、ストレスなどがあります。これらの問題に対処することで、生産性と安全性をより効果的に管理できる」と述べられています。ここでは、先述の四つに「ストレス」を加えています。  そのほか、ミシガン州の管理部門は、STF(Slips, Trips, and Fall:転倒・転落)防止のため、従業員の行動上の問題として、漫然、疲労、イライラ、焦りの四つのリスクを掲げ、それぞれポスターを作成しています。 (2)身体的要因の対策事例 ■体力チェック事例  身体的要因を明らかにするには、事業場で働く人一人ひとりの体力チェックを行うことが必要です。 ・中央労働災害防止協会「転倒等リスク評価セルフチェック票」  中央労働災害防止協会では「転倒等リスク評価セルフチェック票」を開発しています。これは、転倒等リスクに対する客観評価(体力チェック)と主観評価(質問票)を比べることにより、転倒等リスクの危険度を測るものです。体力が衰えているにもかかわらず、若い者には負けないと無理をする人は転倒等リスクが高くなりますが、このような人を見出し、転倒等リスクの高さに気づかせ、自覚をうながし慎重な行動に努めさせるものです。  体力チェックには、2ステップテスト(歩行能力・筋力)、座位ステッピングテスト(敏捷性)、ファンクショナルリーチ(動的バランス)、閉眼片足立ちテスト(静的バランス)、開眼片足立ちテスト(静的バランス)があります。 ■転倒予防体操事例  転倒災害は、身体のバランスの悪さ、脚筋力の低下、股関節の柔軟性の低下などが関係しますが、それらを改善するため、現在、さまざまな転倒予防体操が開発されています。ここでは、JFEスチール株式会社の「アクティブ体操○R」(★)を紹介します。  JFEスチール株式会社西日本製鉄所では、高齢になっても安全で健康に働くために必要な体力を「安全体力○R」(★)と名づけ、「安全体力」機能テスト(測定ツール)を開発しました。転倒、腰痛、ハンドリングミスの三つのリスクを七つのテストでチェックし5段階で評価。評価1、2になった「安全体力」の低い者には自覚をうながし、改善意欲を高めさせています。2014年、40歳以上の健診対象者(1703人)に転倒の有無をアンケート調査した結果、転倒経験者(159人)は、非経験者より転倒リスクのテスト3項目の評価2以下の割合が高い結果となりました。この結果を基に「安全体力」を一定の水準に維持するため、毎日実施する二つの職場体操を開発しました。 ・「アクティブ体操」PART1(筋骨格系疾患対策)※1  腰痛などの筋骨格系疾患対策用の体操(10種目)です。種目は、作業中に負担になりやすい部位を対象に構成されています。 ・「アクティブ体操」PART2(転倒予防対策)※2  高齢者に多い転倒しやすい姿勢「背中が丸く骨盤が後傾し、股関節が開かず足首が固い」の改善を目的とした運動で構成されています(10種目)。  これらの体操を継続的に実施することにより、筋骨格系疾患による休業日数が減少し、50歳以上の転倒災害発生件数も減少傾向にあることが発表されています。 ■高齢者向け安全対策製品事例  高齢者の労働災害防止をビジネスチャンスととらえ、民間企業では、新しい製品が次々と開発されています。ここでは、マイクロストーン社が開発した、歩行時の身体を計測し転倒につながる身体のゆがみを見つけ、身体トレーニングによりゆがみを是正し転倒を予防する製品「THE WALKING○R」(★)、トータルブレインケア社が開発した、仕事の合間にウェブ上で簡単なゲームを行うことにより注意力などの認知機能の低下を測り気づきをうながす製品「CogEvo○R」(★)を紹介します。 ・転倒リスク歩行健診システム「THE WALKING」(図表2)  転倒リスク歩行健診システム「THE WALKING」は、背中と腰の2カ所にモーションセンサーがついたハーネスを着用し、10mほどの歩行を分析することにより、歩き方、身体の使い方の個性(クセ)を評価し、改善策を提示する機器です。  THE WALKINGの基本技術は、リハビリテーションや人間ドックの現場で理学療法士により10年来活用されてきており、そこでつちかわれた歩行改善のノウハウ(歩く際の注意点やおすすめの体操)が歩行特徴に応じて提示されます。また、歩行特徴の転倒しやすさをAIが評価し、「転倒スコア」や「注意が必要な転倒の種類」(ふらつき、つまずき、滑り)を表示し注意がうながされます。  歩行特徴は身体機能の向上にともない改善可能であることもわかっており、歩行計測結果に応じて指定される運動に2〜4カ月間取り組むことで、歩行フォームの左右対称性などが改善することや、2ステップテストなどの中央労働災害防止協会「転倒等リスク評価セルフチェック票」にも用いられる身体機能評価の結果が向上することが同社と自治体の共同調査や、厚生労働省「令和2年度高年齢労働者安全衛生対策実証等事業」においても実証されています(実証番号2020−05)。 ・脳体力トレーナー「CogEvo(コグエボ)」(図表3)  脳体力トレーナー「CogEvo」は、慢性的な睡眠不足や高ストレスの状態が続くと脳が疲れ(認知機能の低下)、それが転倒災害などにつながるおそれがあることから、タブレットやスマートフォンなどを用いて12種のタスク(ゲーム)をすることで、仕事中など日常の過度なストレス・疲労・睡眠不足・加齢などによる認知機能の変化を「注意力」、「記憶力」、「計画力」、「空間認識力」、「見当識」の5側面でチェックします。CogEvoを実施することで、先の五つの側面について3カ月前との比較ができ、トレンドグラフなどにおいて評価することができます。  例えば、労働者の「空間認識力」と「注意力」が低下していると転倒災害につながります。CogEvoを実施することにより、労働者の認知機能の特性をとらえることができ、注意力が低値の労働者は、注意力の低下を防ぐために休憩間隔を見直すなど、年齢による作業制限をするのではなく、労働者の認知機能の特性に応じた労働災害防止に役立てることができます。 5 おわりに  高齢になると心身機能、健康状態の個人差が拡大します。事業者はこのことをふまえ、厚生労働省のエイジフレンドリーガイドラインが示す通り、高齢者一人ひとりの体力や健康状況を把握し、それに基づき的確な対応をすることが求められます。体力チェックにより、体力の低下が認められれば、そのことを十分に自覚させ慎重な行動に努めさせることが、労働災害防止には重要になります。  ただ、現状、そのような取組みを行っている事業場は少ないことが予想され、人生100年時代に向けた今後の大きな課題といえます。 ※1 https://www.youtube.com/watch?v=KPxt7vyQ6Zo ※2 https://www.youtube.com/watch?v=LEr6r1Mxgu8 ★「アクティブ体操○R」、「安全体力○R」はJFEスチール株式会社の登録商標です ★「THE WALKING○R」はマイクロストーン株式会社の登録商標です ★「CogEvo○R」は株式会社トータルブレインケアの登録商標です 図表1 転倒災害の男女別年齢別の発生割合 出典:中央労働災害防止協会『エイジアクション100』 図表2 マイクロストーン社「THE WALKING○R」 (転倒リスク歩行健診システム)の診断画面 資料提供:マイクロストーン株式会社 図表3 トータルブレインケア社「CogEvo○R」 作成:株式会社トータルブレインケア 【P11-14】 解説2 高齢労働者の健康づくりに向けて 一般社団法人働く人の健康と安全を守る会会長 高野賢一郎 1 はじめに  本邦では70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となるなど、60歳、65歳を超えて働くことがあたり前になりつつあります。世界のどの国も経験したことのないほどの少子高齢化が進み、企業においても高齢労働者の転倒や腰痛などの労働災害が増えてきています。放っておけば、これから悪化の一途をたどっていくことが予想されます。つまり、現代社会においては、どの業種・企業においても従業員の高齢化にともない増加する転倒や腰痛などの労働災害防止対策が必要なのです。ご存知のように高齢になるにつれ体力や感覚が低下しますが、多くの従業員は自身の変化に気づけず、無理な働き方をしています。しかし、彼らにはその意識は薄く、いつまでも若いときのように仕事を進めてしまうようです。労働災害防止のためには、自身の体力低下に気づいてもらうことが重要です。 2 労働衛生の3管理  一般的に労働災害防止と生産性向上のために労働衛生の3管理(健康管理、作業管理、作業環境管理)がありますが、本稿では、読者のみなさんの会社において高齢労働者が長く安全に働くことができるための健康管理(体力や感覚の低下に気づかせる従業員の運動機能のチェックおよび対策)をご紹介します。高齢労働者の特性を知り、従業員らにとって効果が高く、取り組みやすい対策から実践していきましょう。 3 高齢労働者の特性  一般的な高齢労働者の特性として、視覚や聴覚の低下、体力の低下、そして認知機能の低下があります。  視覚の低下としては、距離に応じてピントを調節する能力の低下、視野中心の左右領域を識別する能力の低下、モノを正確に識別する能力の低下、距離を把握する能力の低下、そして明暗の順応力の低下があります。これらの対策として、暗い場所をつくらない、標識には大きな活字を使用する、危険個所には目立つ標識をつけ、ブザーなど音でも示す、PCモニターの解像度を高くし、画面を大きくする、そしてコンピューター作業に適したメガネを使用するなどがあります。  聴覚も低下します。特に高音ほど聞こえないなどの悪影響があります。これらの対策として、危険個所には目立つ標識を示し大きなブザー音で知らせる、外部の騒音を遮断またはできるだけ最小限に抑えることなどがあるでしょう。  身体能力の低下としては、平衡性、敏捷性、柔軟性、持久力が低下することと、それらのことに気づきにくいということがあげられます。もちろん加齢にともない、変形性関節症、糖尿病、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)などでますます低下することもありますし、体内の水分保持の比率が下がり、熱中症になりやすいことなどもあげられます。また身体の機能が低下しても働き方を変えようとしない者が多いのも事実です。これらの対策として、現在の体力を認識してもらい、改善をうながすなどの健康管理が重要です。そして作業スケジュールに休憩や体操を組み込むことも必要でしょう。  こうした変化をふまえ、労働衛生の3管理をスムーズに成功させるには、いくつかの注意が必要です。  まず、事業所のトップから対策の実践を宣言してもらうことです。経営者や管理者は、高齢化は事業所の危機だということを認識すべきです。だれもが老いるのですからすべての事業所に通ずることです。危機感を抱いて、経営者らが「会社の安全・健康」を宣言しないと従業員はついてきません。高齢者の特性を理解し、生活習慣病予防の取組みや働きやすい環境を整備するなどの対策をするべきです。このように経営や健康管理のトップが宣言するところから改善が始まると考えています。  図表1は、年齢別・男女別の労働災害発生率を示したものです。60歳以上の労働災害発生率は、30代と比較すると男性では約2倍、女性では約4倍となっていることがわかります。  しかし多くの高齢労働者は、健康に向けて行動を変えようとしません。自身は若いときと変わりなく健康だと思っている者が多く、いつの間にか体力や感覚機能が低下していることに気づいておらず、体力向上や働き方を変えようと思っている者は少ないのです。そんな高齢労働者に自身の体力低下を気づかせることは重要です。自身の体力を正しく認識し、改善のための努力をして、できる仕事を無理のない範囲、ペースで実施していくこと、きちんと休憩や睡眠を確保することが、労働災害の予防として大切なのです。 4 体力テストと改善の方法  今回は、手軽にできる四つの体力テストと結果の見方、そして改善の方法を紹介します。 ■平衡性/閉眼片足立ちテスト(図表2)  両手を腰にあて、片脚を上げます。浮かせた足を軸足にあててはダメです。手が離れたり、軸足が動いたりしたらアウトです。はじめは、開眼で15秒間実施し、次に目をつぶって実施します。  最初に実施してほしいテストがこの平衡性のテスト(閉眼片足立ち)です。開眼のテストも実施する理由は、目に頼っていることに気づかせるためです。加齢にともない、開眼片足立ちはできるのに目を閉じたとたんにふらつきが大きくなるのです。暗い作業場では、ふらつきやすいことが想像できると思います。20代、30代、40代、50代、60代、D(Danger)と分けていますが、Dとなった方は能力改善トレーニングが必要です。平衡性、敏捷性、柔軟性、そして筋力など種々の体力がありますが、20歳を1とした場合、加齢とともにそれぞれ低下し、もっとも低下するのが平衡性で、もっとも気づきにくいようです。それまでできていたことが、いつの間にかできなくなっていることに驚く人も少なくないようです。  平衡性が不良な人は、たいてい身体の重心が後方(踵荷重)となっており、お腹に力が入っていません。平衡性の改善のために、毎日、閉眼片足立ちを実施させましょう。その際、重心をつま先寄りにして、下腹に力を入れて、延べ60秒間の閉眼片足立ちを継続していれば改善します。  平衡性を高めるためには身体の重心をコントロールすることが必要です。また体の中は液体のようなものです。液体は重心が見つけにくいので、圧力をかけて体を安定させることが必要です。圧力をかけるには腹筋ですね。腹筋には腹直筋、腹斜筋、腹横筋があります。特に腹圧を高める腹横筋が重要です。平衡性の不良な人、腰痛を訴える人の腹横筋には、ほぼ力が入っていません。下腹に軽く力を入れ続けることを励行することで腰が安定して平衡性が向上します。 ■敏捷性/座位ステッピングテスト(図表3)  肩幅ほどの線の内側に両足をそろえて床につけ、「スタート」の合図で足を開いて線の外側の床につけて戻します。20秒後の「ストップ」の合図までにできるだけ早くくり返し、できた回数をカウントします。「ストップ」の合図の際に足が動いていたらそれもカウントしましょう。この敏捷性も加齢にともない低下します。つまずいた際に足が出れば転倒しませんが、遅れると転倒の可能性が高くなります。敏捷性の改善のために、始業時体操を励行しましょう。リズミカルな体操が筋肉を刺激して敏捷性が向上します。ラジオ体操でも構いませんが転倒や腰痛予防に特化させた転倒腰痛予防「いきいき健康体操」※がおすすめです。 ■柔軟性/立位体前屈テスト(図表4)  テスト時におけるけがの防止のため、膝の屈伸やアキレス腱のストレッチをしてから実施しましょう。スポーツや仕事で筋肉を使えば、その筋肉は必ず短縮します。筋肉が短縮すれば筋力は低下しますし、硬い筋肉の繊維に挟まれた毛細血管の流れも低下します。つまり疲労物質が取り除けないのですが、多くの人はそのことに気づかず作業を実施しています。この場合は仕事の終わりや帰宅後にストレッチすることをすすめましょう。「痛くない範囲で、反動をつけない」ことがストレッチのコツです。従業員のなかには毎日ストレッチをしている人もいますが、それでも床に指が届かない人はストレッチの方法が間違っているのです。  例えば、背中の筋肉は十分伸びているのに下肢後面が短縮して指が届かなかったり、その反対に下肢後面は十分伸びているのに背中の筋肉が短縮して指が届かないケースもあります。身体が硬い原因がわからなければストレッチの恩恵にあずかれません。可能なら、下肢と背中、右と左に分けてストレッチを実施するなど、自分の身体の状況に応じたストレッチを行いましょう。 ■筋力/片脚起立テスト(図表5)  イラストのように、高さ約40cmほどのいすに浅く腰かけ、両手を胸の前でクロスさせたまま、上体を前傾させ、片脚でゆっくり立ち上がり、3秒保持します。一生涯、40cmの高さから立ち上がれる筋力を維持したいものです。もちろん肥満体となって立ち上がれないのも問題です。スクワット、ランジ、プランクなどの筋トレ(週に2回、数分間)、ウォーキングやサイクリングなどの有酸素運動(5〜10分間)がおすすめです。  ぜひ高齢労働者に実施して、けがの無い職場を目ざしましょう。 ※ https://www.youtube.com/watch?v=9jCi6oXS8IY 図表1 年齢別・男女別千人率※ ※千人率=労働災害による死傷者数/ 平均労働者数×1,000 データ出所:厚生労働省「労働者死傷病報告(令和4年)」※新型コロナウイルス感染症へのり患によるものを除く 総務省「労働力調査(2022年)」 出典:厚生労働省労働基準局「令和4年 高年齢労働者の労働災害発生状況」参考資料2 図表2 平衡性/閉眼片足立ちテスト @目を閉じて片足立ちをして、何秒間保持できるかを測定する ・手は腰にあてる ・両脚はくっつけない ・手が離れたり、足が動いたら終了 Aできた秒数を記録する 平衡性の評価 20代 120秒〜 30代 80〜119秒 40代 60〜79秒 50代 25〜59秒 60代 12〜24秒 D 〜11秒 ※首都大学東京体力標準値研究会『新・日本の体力標準値U』(不昧堂出版/2007年)を基に筆者作成 図表3 敏捷性/座位ステッピングテスト @イスに浅く座り、両手で座面を握る A両足を30cm幅ラインの内側におく B「スタート」の合図で、つま先をラインの外側の床と内側の床に順に触れる。これをできるだけ早くくり返す C20秒間で何回、内側に両足のつま先がついたかを数える D回数を記入する ※20秒時に足が開いている場合はカウントに入れる 敏捷性の評価 20代 38〜 30代 36〜37 40代 34〜35 50代 29〜33 60代 27〜28 D 26以下 ※首都大学東京体力標準値研究会『新・日本の体力標準値U』(不昧堂出版/2007年)を基に筆者作成 図表4 柔軟性/立位体前屈テスト @軽く屈伸する A両膝を伸ばし、状態を前方へ倒し床へ向かって指先を伸ばす ・膝を曲げないこと ・勢いをつけないこと B床に指先がどれだけ届くかで評価する 柔軟性の評価 20代 手の平が床にぴったりつく 30代 指の付け根が床につく 40代 親指が床につく 50代 小指が床につく 60代 中指が床につく D くるぶしに指がつかない ※首都大学東京体力標準値研究会『新・日本の体力標準値U』(不昧堂出版/2007年)を基に筆者作成 図表5 筋力/片脚起立テスト @両手を胸の前に組んで、片足でゆっくりと立ち上がる A30代までの男性、20代の女性は床からもチャレンジする B高さ、ふらつきを考慮して評価する 下肢筋力の評価 20代 床からふらつかずに立てる 30代 床からふらついてでも立てる 40代 イスからゆっくりとふらつかずに立てる 50代 イスからふらつかずに立てる 60代 イスからふらついてでも立てる D イスから立てない ※首都大学東京体力標準値研究会『新・日本の体力標準値U』(不昧堂出版/2007年)を基に筆者作成 【P15-18】 事例1 エルゴノミクスの視点を加え多様な人財が活躍できる環境を目ざす 日産自動車九州株式会社(福岡県苅田町) 日産グループの国内最大生産拠点  日産自動車九州株式会社は、北九州空港から車で15分ほどの福岡県北東部の苅田(かんだ)町に位置している。周防灘(すおうなだ)に面した工業地帯に最先端の技術を駆使した巨大な工場を構え、日産グループの国内最大生産拠点として、年間生産能力約50万台を誇る。  1975(昭和50)年に日産自動車九州工場(九州初の自動車工場)として生産を開始し、2000(平成12)年には敷地内に専用外航埠頭を開港。以来、同工場で生産されたセレナ・エクストレイルなどの人気車種を国内外へと直接送り出してきた。2011年には、日産自動車株式会社から自動車製造委託会社として分社化し、「日産自動車九州株式会社」として、新たな一歩をスタートさせた。  2024(令和6)年4月時点の同社の従業員数は約4500人。プレス、溶接、塗装、組立てなど、1台の車が完成するまでの工程には、さまざまなロボットが活躍しているが、そこに人間の力を加えて、人とロボットの共生により、高い品質を守っている。また「働く仲間の安全と健康は全てに優先する」の安全衛生方針のもと、安全かつ働きやすい職場づくりを追求し、よりよい職場環境の実現に向けて、つねに挑戦を続けている。 工程要求と個人の能力・要求・条件をマッチングさせ心身にかかる負荷を軽減  同社の定年は60歳。定年後は「シニアパートナー」として65歳までの継続雇用を行う。定年を迎える社員のほとんどが、シニアパートナーとして定年前と同じ部署でフルタイム勤務を希望し、働き続けているという。  シニアパートナー数は、2024年4月時点で、正規社員全体の約1割ほどだが、今後はこの割合が高くなっていくことが見込まれている。  人事・渉外部安全健康管理課の林田(はやしだ)一男(かずお)課長は、「少子高齢化の進展、働き方の多様化など、急激に変化していく社会に柔軟に対応し、より働きやすい職場づくりを実現していくため、現在当社では『多様な人財が活躍できるスマート工程の実現』を目ざして、プロジェクトを進めています」と、シニアパートナーをはじめとした多様な人財の活躍に向け、新たな取組みを計画的に進めていると語る。  「スマート工程の実現」とは、生産性や安全性の向上を求めるだけでなく、個人の能力や希望にマッチした働き方で、一人ひとりが働きやすい環境を実現することだという。  「当社の車づくりは、すでにある程度自動化されていますが、人の手が必要な要所が存在します。そこで、負荷の高い作業はロボットへ移行させることで、作業にともなう身体的な負担の軽減を図るとともに、短時間勤務やフレックス勤務の活用、休暇を取りやすい職場づくりなどを推進しています。  また、技術の効率的な習熟に向けた取組みや作業工程の再検討なども行っています。例えば、ある工程にAさんとBさんがいて、従来は同じ作業を同じように遂行してもらっていましたが、AさんとBさんの能力に異なる特徴があるならば、それぞれの能力がより活かせるような作業を選択できる工程設計を検討していく計画です」(林田課長)  スマート工程の実現により、女性や高齢社員をはじめ、多様な人財が活躍し、働きやすい職場にしていくことを目ざしている。 一つひとつの工程、作業負荷をエルゴノミクスなどの指標をもとに評価  スマート工程の実現に向けて同社では、まず、すべての作業工程を一つひとつ洗い出し、エルゴノミクス(人間工学)に基づく指標によって、身体にかかる負荷の調査を行った。さらに、それらの作業を、筋力のある若い男性ではなく、女性や高齢者が行う場合の身体的負荷や安全性をかけあわせた、より厳しい指標を用いて負荷の評価を実施。負荷の大きい順に「赤」、「黄」、「緑」に色分けして作業工程ごとの負荷を判定し、最終的にはすべてを「緑」にすることを目標にして、体力、感覚器(触る、見るなど)、体勢、精神面など、さまざまな視点からの負荷を、スマート工程のなかで考えながら、必要な改善点を探り、できるところから具体化して取組みを進めているという。  「なかには、車のつくり方そのものを変えないかぎり、改善はむずかしいといった工程・作業もありますが、例えば『しゃがみこむ』という動作による負担を軽減するために、いすを導入し、座った状態で作業ができるようにするなど、すでに改善を実現している工程もあります」(林田課長)  また、品質チェックなど、人の目で行っていた精神的負担が大きい仕事も、自動判定装置を導入して工程ごとに品質を判定することで、人による誤判定を防止し、精神的負担を軽減していく取組みも進めているという。  スマート工程の実現では、仕事のやりがいも重視しており、一人ひとりの特性・特徴に適した工程を考えていく。例えば、出産・子育てにより短時間勤務を行っている社員に対しては、その勤務時間のなかでできる仕事を担当してもらっていたが、スマート工程では、短時間勤務でもしっかりと働きがい・やりがいを得られる職場づくりを目ざしている。  すでにトライアルではあるものの、取組みの実践例もある。例えば、育児中で短時間勤務を利用している社員と、同じく短時間勤務を利用している高齢社員が同じ工程で、それぞれが働きやすい時間帯でローテーションを組んで働いており、短時間勤務であってもやりがいを感じられるように、メイン作業とサブ作業を組み合わせて、達成感を得ながら担当してもらう工程を用意しているそうだ。  林田課長は、次のように強調する。  「一人ひとりの能力と希望に合った働き方を実現していくために、人と工程とのマッチングを図っています。この取組み自体は、女性社員が出産後も働きやすいようにと考えて始めたものですが、現在では性別にかかわりなく、高齢社員をはじめ、治療との両立を図りながら働いている社員など、さまざまな事情を抱えている社員が、きちんとやりがいをもって働ける職場づくりを目ざしています。このような職場を実現していかないと、これからのものづくりの現場は立ち行かなくなるだろうと考えています」  現在、スマート工程の導入・実現に向けた取組みは、主要な組立て工程から進めており、今後はほかの工程・工場へと順次取組みを拡大していく方針だ。 作業環境を見直すことで身体的・精神的負担を軽減  実際の作業工程における改善状況について、製造部塗装課の鈴木(すずき)秀輔(しゅうすけ)課長にお話をうかがった。  「塗装課では、人に合った働き方・働きやすい工程を実現する『塗装版スマート工程』の方針として、働きやすさに加えて『人にやさしく、プライドを持てる職場づくり』の実現を掲げています。女性や55歳以上のベテラン社員、パートタイム従業員といった、多様な人財の活躍の拡大を目ざしています」(鈴木課長)  バンパー塗装工場では、2025年を中長期計画の目安として、エルゴノミクスなどに基づく工程ごとにかかる負荷の評価を行い、どういう改善をする必要があるのか、いつまでを目標にするのかを検討し、年度ごとの目標をロードマップにしている。なお、バンパー塗装工場の人員は208人。このうち、派遣社員などの非正規社員が50%(2023年7月時点)を占める。また、女性比率は13.5%(うち基幹は2.4%)。60歳定年後のシニアパートナーは全体の12.7%となっている。  取組みは、次の四つのポイントに分けて、計画に沿って改善を進めている。 @時間的開放…柔軟な勤務時間で働けるように、勤務時間に制約されない工程づくり A体力継続…人とロボットの協働・自動化により、エルゴノミクスに基づく評価の「赤」をゼロ、「緑」を50%以上にしていく B技能習熟…高技能から脱却して、習熟にかかる日数を減らしていく。パート採用者もすぐできる作業、カンやコツの必要がない工程づくり C精神的不安…完全自動検査装置の導入などにより安心して作業に臨める環境づくり  実際に行った具体的な改善の事例について、いくつかご紹介いただいた。  塗装後のドアミラーカバーを一つずつチェックして、箱に入れて出荷する作業では、以前は1時間に4回、ドアミラーカバーを入れる箱を前屈姿勢で持ち上げる作業があり、身体に負荷がかかっていた。そこで「からくりシューター」という自動で箱を動かす装置を設置することにより、前屈姿勢で行う作業そのものをなくすという改善を行い、高齢者や女性でも無理なく対応できる作業になったという。  梱包工程においては、作業姿勢の改善に取り組んでおり、作業者の背丈に合わせて高さを調整できる昇降機能付きの作業台を導入し、作業者の身体にかかる負荷を軽減している。  また、フルタイム従業員とパートタイム従業員とで、コミュニケーションにどんな課題があるかなどの洗い出しを行い、パートタイム従業員に長く働いてもらうための条件整備などについての検討も行っている。例えば、パートタイム従業員の場合、仕事を覚えるために責任者に質問をすることがあるが、1〜2回質問した後は、遠慮からか質問しにくくなるなどの精神的な負担があるという。そこで、仕事を覚えやすくするため、作業場所にモニターを設置し、作業手順をまとめた動画をつねに流すといった改善を講じている。  これらの改善の取組みは、61歳のパートタイム従業員の協力を得て、3カ月間のトライアルとして実施し、良好な結果が得られているという。今後は、多様な人材が働けるライン構成の検討などを、塗装課として進めていく方針だ。 つちかわれてきた経験値を重視しシニアパートナーにやりがいを  「スマート工程の実現に向けた取組みについて、シニアパートナーからは、やりにくかった作業が改善されたという声があがっていますが、取組みは始まったばかり。まだまだこれからです」と話す林田課長。  シニアパートナーに対しては、体力面の配慮だけでなく、仕事のやりがいも大事にして、スマート工程の実現を進めていきたいと考えている。  鈴木課長は、シニアパートナーにしかない「経験値」の重要性を次のように話す。  「車のつくり方は時代とともに変わってきましたが、その歴史や変化を現場で経験し、その時々に生じていた課題を改善してきたという知見もあります。それは、これからも高品質な車をつくり続けるうえで大きな力になります。できるだけ、同じ場所で長く働いてもらいたいと思っています」(鈴木課長) 健康経営に取り組み、ロコモ※度の高いシニアへの運動指導を実施  同社では、「従業員への健康投資を行うことは従業員の活力向上や生産性の向上など組織の活性化をもたらし、業績向上につながる」と考え、健康経営にも取り組んでいる。  そして、すべての従業員が心身ともに健康で安全・快適に働くことのできる職場づくりと、ハイリスク者に対するアプローチ、若年層への体質改善指導などによるヘルスリテラシー向上に戦略的に取り組んでいる。高齢者に対しては、腰痛などの有所見者やロコモ度の高い人を対象として、専門家による一人ひとりに適した運動指導や、生活習慣に関するアドバイスなどを行っている。  これらの取組みは継続することが求められるもので、成果についてはまだ少し時間をかけてみていきたいとしている。  すべての工程にかかる負荷を評価し、多角的に改善を進めてスマート工程を実現していく取組みのなかで、どのように多様な人財がそれぞれにあった働き方で仕事を継続していくのか、積極果敢な挑戦の今後が大いに注目される。 ※ ロコモ(ロコモティブシンドローム)……骨や関節の病気、筋力の低下、バランス能力の低下によって立ったり歩いたりする身体機能が低下すること 写真のキャプション 日産自動車九州株式会社の工場全景 人事・渉外部安全健康管理課の林田一男課長(左)と製造部塗装課の鈴木秀輔課長(右) 【P19-22】 事例2 60歳以上対象に「健康チェック」を毎年実施元気に長く働く身体づくりを企業がフォローアップ 株式会社サッポロライオン(東京都中央区) 2023年度「SAFEアワード」にてエイジフレンドリー部門ゴールド賞受賞  「銀座ライオン」をはじめビヤホールやビヤレストラン業態を主軸に、全国主要都市で約100店舗を展開する株式会社サッポロライオン(東京都中央区)。シニア層が元気に長く働き続けられる環境の整備を目的に、保健師による高齢社員の健康チェックとフォローアップに取り組んでおり、厚生労働省主催の2023(令和5)年度「SAFEアワード」にてエイジフレンドリー部門のゴールド賞を受賞している。  「SAFEアワード」は、労働災害防止や安全・安心な職場づくりに取り組む「従業員の幸せのためのSAFEコンソーシアム」加盟企業・団体から優良な取組みを募り、一般投票などを経て選出し表彰するもの。2023年度は139事例の応募があり、そのなかから地域別ブロック賞71事例が選出され、さらに絞られた15事例が五つの部門別にゴールド・シルバー・ブロンズ各賞を受賞した。  サッポロライオンにおいては、高齢社員はその身体特性(運動能力や視力・聴力の低下など)によって労働災害などが発生するリスクが高まる可能性があることを、企業と高齢社員の双方が自分ごととして理解したうえで、豊富な経験と高い技能を活かし、意欲的に働ける労働環境を整えていく取組みが評価された。 定年後も店舗で活動的に働くシニア層健康維持と安全性向上がキーポイント  同社の定年は60歳、希望者全員を65歳まで再雇用している。高齢社員には、後進の手本となってチームの活性化に貢献してもらうとともに、若年層へのスキルの伝達のほか、取引先および人脈の伝承をにない、高いパフォーマンスを発揮することが期待されている。  近年はキャリア人材の中途採用が増加しており、中途採用人材も含め、長期間勤務して定年後再雇用となった高齢社員には、引き続きチームを牽引してもらうケースもあるなど、以前と比較してシニア層の活躍が目立っているという。その背景について、人事総務部の蓮見(はすみ)敦史(あつし)副部長にうかがった。  「外食業界は労働集約型産業ですので、組織の拡大・発展を目ざすうえでは、多くの人材が不可欠です。少子高齢化の影響で若年層は思うように採用できませんから、現在、戦力として活躍しているベテランの方々に、安全かつ活き活きと、長く働いてもらうことが人材確保の近道です。そこで、重要になるのが職場環境の改善や健康経営です。サッポロホールディングスのグループ全体でも健康経営に取り組もうという機運があり、一丸となって推進している課題でもあります。今回、SAFEアワードで表彰された取組みをはじめとした当社独自の取組みを展開し、外食産業の習わしとして根ざしている『厳しい環境も気合いや根性で乗り切る』という風潮、また年齢を問わず体力勝負の部分の見直しを進めています」  また、人事総務部の担当リーダーである武川(むかわ)知恵(ともえ)さんは、取組みのきっかけを次のように話す。  「定期的に開催している衛生委員会では、労働組合と人事部門、産業医、保健師らが参加し、労働災害の発生状況などについて共有をするのですが、あるとき、『60歳以上の社員の労働災害が多くなってきた』ということが話題にあがりました。発生した労働災害のおよそ半分が60歳以上の高齢社員だったのです。当社における労働災害は、油を使った調理の際の火傷、包丁を使った切創がほとんどで、従来であれば入社間もない若年層に多くみられたものです。それが高齢社員で増えていたことから、産業医より『60歳以上を対象に年に一回、健康チェックを実施したらどうか』という助言があり、具体的な取組みがスタートしました」  より長く、多くの高齢社員が活躍するようになったことで、加齢による注意力の低下、筋力や敏捷性などの運動能力、視力や聴力といった感覚器官の機能低下などを要因とした労働災害の発生が目立つようになり、高齢社員の活躍を支えるための対策として、2022年度から「シニアの健康チェック」が始まった。 転倒リスクを測る動作のチェックシニア層に多い労働災害の対策  「シニアの健康チェック」は、60歳以上の再雇用者を対象としており、対象者は年間150人ほどにのぼる。社員の誕生月に健康相談室にて、保健師が対面あるいはリモートの面談を実施。勤務時間中に行うため、面談時間は15分に設定しており、ポイントを絞って簡潔なヒアリングを行う。「シニアの健康チェック」の詳細は以下の通り。 1 健康診断結果、病気の治療状況の確認  健康診断結果をもとに、再受診が必要な人に受診勧奨を行っている。面談を担当する保健師の山下(やました)眞理子(まりこ)さんは、「60歳以上の方々は治療に対する意識が高く、血圧の治療などはすでに始めている人がほとんどです。薬を飲んでいる方が多いので、服用状況なども確認します」と話す。  山下さんいわく、シニア層より40〜50代の社員の方が数値は悪い傾向にあるという。まだ健康に自信があり、生活習慣病の自覚症状もないため、肝機能が悪かったり、脂質が高い人が目立つそうだ。なお、特に疾病リスクが高い社員に対しては、当人に重大性をしっかり伝えており、再受診率は100%に至っている。 2 自覚症状や業務上困っている点をヒアリング  体調の自覚症状について聞き取りを行っている。  「腕が痛い、肩が痛い、関節が痛いと訴える方は少なくありません。受診が必要なものと判断すれば受診勧奨を行います。特に、業務に支障があるような場合、例えば、調理担当の方が『腕が上がらない』など、具体的に困っているような事象がある場合は、人事担当とも面談をしてもらい、配置換えなどの対応も行います」(山下さん) 3 開眼片足立ちテストと5回立ち上がりテスト  開眼片足立ちテストは、立って目を開けた状態で片足を前方に5センチほど上げ、何秒キープできるかを計測する。5回立ち上がりテストは、いすに座り、胸の前で両手を交差させた状態で立ち上がる動作を5回くり返し、動作にかかった時間を測る。  「転倒リスクがなく働けるかどうかがテストの目的です。動作が簡単なことに加え、リモート面談でも測定できること、狭いスペースでも動作可能ということで、この二つのテストに絞りました。テストした人のなかには、体幹のバランスが悪く、片足立ちができない人もいます。そういう人には下半身の筋肉を鍛えるスクワットをすすめたり、1日に必要な歩数の目安などのアドバイスを行います。バランスが悪いと階段の昇降の際とても不安定になり、転倒リスクが高まります。特に店舗の階段は狭く危険なので、注意が必要だと説明しています」(山下さん) 4 現場の第三者に聞き取りを行い、客観的な意見を面談に活かす  「60歳を超えてから何か変化はないか」、「動作が遅くなっていないか」など、気になるところを、人事担当者が現場の従業員から聞き取りを行い「シニアの健康チェック」につなげている。  「『いままで通り変わりはない』という声がほとんどですが、『最近腰が痛そう』、『動作が少し遅くなった気がする』という声をもらうこともあります」(武川さん)  面談のポイントについて山下さんは次のように話す。  「生活習慣の積重ねが、健康診断の数値などに表れていると思われますが、強制的な指導は行っていません。その方に合わせて『できるところから始めましょう』と話をしています」  個人に合わせた保健指導が面談者の安心につながり、健康意識の向上に導いている。 月一回のペースで現場の声を拾い環境改善と労働災害の対策を練る  蓮見副部長は取組みの成果について次のように話す。  「現在のように、細かな取組みをしてなかったころは、年間70〜80件の労働災害がありました。コロナ禍という企業として未曾有の危機において、完全に店舗の営業を休止した際、高齢社員の健康チェックから、社員教育なども含め、既存のシステムの抜本的な見直しを行いました。コロナ禍の自粛期間を経て業績は復調していますが、コロナ禍以前と比較すると労働災害の発生件数は1/3に減少しており、取組みの効果を実感しています」  労働災害の防止に向けた、現場の作業環境の改善については、各店舗の現状にあわせて、店舗ごとにルールを変えて運用を行っている。例えば、調理場の油にまみれた床から、更衣室のロッカーに向かう動線は、油でべとべとになり滑りやすくなる。そこで、その動線にマットを敷くなど、実態に合わせた運用を行っているという。  「店舗ではみんな、動きながら仕事をしており、各店舗によって労働災害が起こる場所は異なります。衛生委員会で報告のあった労働災害については、一つひとつ見直しを行います。改善点はそこからしか見出せません」(蓮見副部長)  そのほかにも、10リットルのビールの空樽を5段まで積上げ可能としていた社内ルールを見直し4段までとしたり、割れたグラスで手を切らないよう、調理用の手袋と軍手を併用するなど、けが防止のルールを策定し、徹底することを呼びかけている。 上層部から一般社員まで健康経営の認知を高める教育環境を整備  2023年からは、社員の健康意識を高めるための社員教育を積極的に行っている。年に10回実施している人事研修では、プログラムの終盤に30分ほど時間を設けて健康関連の動画を視聴するほか、活動の旗振り役として「健康アンバサダー」が発足。各拠点で任命された衛生委員会のメンバーが3カ月に1回、グループ全体の勉強会に参加して知見を深め、勉強会で得た若手から高齢社員までの健康づくりに役立つ情報を、社員に伝える役割をになっている。  また、取締役会、経営会議にて四半期ごとに健康経営について活動報告を行い、上層部に認知してもらうほか、毎年実施している全国拠点の管理職が招集される会議では、健康経営をテーマにした講義を行っている。これまで利益追求型の教育一辺倒だったが、社員の健康管理を経営的な視点でとらえ、社員の健康を保つことが、最終的には会社としての利益につながる健康経営の考え方と、その実践の重要性を上層部・管理職に対しても教育する環境が整いつつある。  今後は、リモートで実施することもあった「シニアの健康チェック」を、できるだけ対面の面談に切り替えていく方針だ。  「直接対面して話をすることで、さまざまなコミュニケーションが生まれると思いますし、健康に対しても、労働災害防止についても、社員全体のリテラシー向上のために、人事が店舗を巡回しながら面談をしていきたいと思っています」(武川さん)  労働災害防止対策については、引き続きヒアリングの数、機会を増やしていく方針だ。  「気合や根性で乗り切れる風潮があった時代のように『そんなの我慢だよ』ではなく、きちんと検証すること。これを毎月行う衛生委員会で拾い上げ、スピード感を持って行うことが、成果につながっていると考えています。まだ始まったばかりの取組みですが、継続して取り組んでいきます」(蓮見副部長)  今回の「SAFEアワード」の受賞をきっかけに、あらためて社内で取組みが認知され、高齢社員をはじめ、社員に対する期待や思いが届き始めている。社外で得た評価が、働く社員たちに認知され広まることで、よりいっそうの取組みが展開されることを期待したい。 写真のキャプション 左から山下眞理子保健師、蓮見敦史人事総務部副部長、武川知恵人事総務部担当リーダー 5回立ち上がりテスト。転倒防止リスクを測る 軍手の上に調理用の手袋を重ねて切創を予防 【P23-26】 事例3 50歳以上の職員にエイジフレンドリー測定を実施オリジナル職場体操も習慣に 公益財団法人福岡労働衛生研究所(福岡県福岡市) 「健康経営宣言」を行い多職種で連携して取組みを推進  「公益財団法人福岡労働衛生研究所」は、1961(昭和36)年に福岡県労働安全衛生協会福岡支部(現・福岡中央労働基準協会)の付属機関として設立され、労働安全衛生法に定める定期健康診断や特殊健康診断を、中小企業においても受診可能な健康診断専門機関として事業を開始した。1975年に法人化し、2012(平成24)年には内閣府認定の公益財団法人となっている。  基本理念に「私たちは労働衛生機関として、人々のこころ≠ニからだ≠フ健康を守ります」をかかげ、健康診断により労働者や住民の健康管理をサポートするほか、巡回健診、職場や地域での健康づくりを支援する健康イベントなどに取り組み、トータルヘルスケアを提供している。  福岡市に立地する労衛研健診センターをはじめ、2014年に延岡健診センター(宮崎県延岡市)、2015年に宇部センター(山口県宇部市)、2017年に天神健診センター(福岡県福岡市)を開設するなど、西日本有数の総合労働衛生機関へと成長。もっとも新しい天神健診センターは、女性にやさしい健診センターを目ざして、オール女性スタッフで運営を行うなど、全国的にも先駆的な施設となっている。  同研究所の前川(まえかわ)道驕iみちたか)代表理事会長は2021(令和3)年7月、今後も多様な人々の健康づくりに日々取り組むためには、まずは職員が「健康づくり」を行える環境づくりが必要であるとして、「健康経営宣言」を発信した。そして、「生きがいをもって元気に働き続けることができる」ことを目標として7つの重点項目を掲げ、職員の健康維持のサポートをはじめた。  健康経営R(★)に関する取組みの中核をになう総務部の佐藤(さとう)征雄(まさお)部長は、「健康経営宣言と同時に、健康経営プロジェクト体制を構築し、チームを立ち上げました。総務部と健康管理室などで構成する事務局が施策立案や調整役をになっています。具体的な対策や健康増進策は、健康経営推進責任者(専務理事)、健康経営推進チーム(各ワーキングの実行委員、安全衛生委員会など)と一体となり、産業医、健康保険組合と連携を深めながら推進しています」と話す。  このプロジェクトの一環として取り組んでいるのが、50代以上の職員の健康増進対策だ。 50代以上の職員が全体の28.0%生涯現役で働くための健康づくり  同研究所の常勤職員数(役員を含む)は304人(2024年2月現在)。女性が174人と多く、57.2%を占めている。年齢構成は、30代が最も多く28.3%、次いで40代が27.6%、50代が19.1%、20代が16.1%、60代以上が8.9%の順となっている。50代以上でくくると28.0%を占めている。  なお、同研究所の定年は60歳。定年後は、65歳までの再雇用制度があり、65歳以降も、本人の希望があり同研究所が認める場合は、最長68歳まで働くことが可能となっている。今後は、高齢職員の増加も見込まれており、現在、定年年齢や再雇用制度について年齢を引上げる方向で改定を検討している。  健康経営プロジェクト体制の立上げメンバーで、健康増進部健康増進課の酒井(さかい)三枝子(みえこ)課長(保健師)は、エイジフレンドリー対策に取り組む背景について次のように話す。  「職員に健康で長く働いてもらううえで課題となることを探り、そこであがってきた一つが、50代以上の職員が全体の28.6%(2021年8月当時)を占めていることでした。今後は、労働力人口が減少するなかで雇用期間が延長され、さらに高齢職員が増えていくことが見込まれます。その際、労働災害を未然に防ぎ、かつ、生涯現役を目ざすための健康づくりが必要となります。そこで、健康経営の七つの重点項目(@疾病予防対策、A健康増進対策、B労働時間の適正化・ワークライフバランス・生活時間の確保、Cメンタルヘルス対策、D治療と仕事の両立支援、E感染症予防対策、F健康経営の啓発活動)のうち、A健康増進対策の取組みの一貫として、エイジフレンドリー対策を盛り込み、実践しています」 健康・運動指導とセットで行うエイジフレンドリー体力測定  具体的には、生涯現役を目ざした50歳以上の職員の体力維持を図る取組みとして、「エイジフレンドリー体力測定」を、2021年から、まず事務職を対象として実施し継続している。また、体力の維持・増進対策としては、オリジナル職場体操(愛称「労衛研体操」)※を作成し、職場で毎日実施することを推進している。  エイジフレンドリー体力測定は、2020年3月に厚生労働省より公表された高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン「エイジフレンドリーガイドライン」を土台にして測定項目を決定した。 ■エイジフレンドリー体力測定の測定項目  歩行能力や筋力をみる「2ステップテスト」、敏捷性をみる「座位ステッピングテスト」、バランス力をみる「片足立ち」などの運動機能の測定のほか、太ももの筋力・転倒やつまずき予防に重要な筋力を測定する「片足筋力測定」、体を構成する水分量・脂肪量・筋肉量を把握する「体成分測定」、ロコモ度を把握するための日常生活や心身機能に関する25の問診調査を行っている。  いずれも、ロコモ度や転倒のリスクを知って早期に対策するため、また、運動習慣の定着を図り、継続するためのモチベーション維持につながりやすいと考えて項目を決定したという。 ■周知と測定の方法、対象者の反応  測定と結果説明の所要時間の目安は約40分。1週間ほどの測定期間を設け、就業時間内に受けてもらう。周知は、総務部が中心となり社内ネットワークのインフォメーションで「50歳以上の方は測定をお願いします」と呼びかけたり、当初は直接声をかけたりして普及に努めた。2021年から50歳以上の事務職を対象として実施しており、現在では対象者のほぼ全員が受けている。  測定対象者の反応は、総じて楽しんで受けている様子だという。最初は面倒そうに受けていた職員もいたが、測定後は、若いころとは筋力などが変化している自分に気づくことができたり、同僚と結果を楽しそうに比べたりする様子がみられたりと、全体的に「受けてよかった」と好意的に受けとめられている、とプロジェクトチームは感じているという。 ■結果説明と改善対策  測定当日に、各テストの測定結果と、結果に対応した一人ひとりの改善対策を健康運動指導士が中心となって説明・指導を行っている。  具体的には、「A3用紙を二つ折りにして、左半分に測定結果、右半分に測定項目に関連する運動機能の評価が示され、測定結果については経年変化が確認できるように表示しています。運動機能が上がったところ、落ちたところ、強化が必要なポイントを明らかにして、一人ひとりの運動課題とそれに応じた簡単な運動メニューを裏面に表示し、運動の仕方を写真つきで紹介しています」と健康運動指導士の児玉(こだま)有希子(ゆきこ)係長は話す。  ロコモ度が進んでいたり、転倒リスクが高いという結果が出たりしても、適した運動により改善することができるため、「テレビをみながら『スクワット』」、「仕事の合間に『もも裏伸ばし』」、「信号待ちで『足踏み』」など、気軽にできる運動を習慣化してもらえるように、結果説明や改善指導を工夫している。 運動実施率の向上を目ざしオリジナル職場体操を実施  エイジフレンドリー体力測定の集計データから、体の反応の早さをみる「敏捷性」は、実際の動きと本人の認識との間でのずれが大きい(本人が思っているより、動きが遅い)ことが50代・60代に共通してみられた。片足立ち(バランス)についても低めの結果が出ており、転倒を未然に防ぐためには、体のバランスが取れる筋力の向上が必要であることなどが把握された。  こうした集計結果をふまえて、内臓脂肪の改善に効果的な有酸素性運動、筋肉量増加につながる筋力トレーニング、腰痛や肩こりの改善・予防につながるストレッチ体操を取り入れたオリジナル職場体操を、健康運動指導士らが考案した。職員に体験してもらい、感想や意見を聞いて、運動強度などを修正しながら完成させたという。  この体操にかかる時間は約3分間。立位と座位の体操があり、立位はおもに転倒予防を、座位はおもにデスクワーク作業による肩こり、腰痛予防を目的としている。2022年9月からは社内ネットワークで配信し、安全衛生委員を中心に習慣化を推進し、事務職の各部門で、朝や昼前など1日1回以上は実施するようになっている。  プロジェクトメンバーで総務部の岩ア(いわさき)理恵(りえ)課長代理は、「朝9時に体操の音楽が流れてきて、みんなで行っています。2年間続けてきて、肩こりが楽になりました」と職場体操の感想を話してくれた。ほかにも、「体を動かすのですっきりする」、「筋肉が目覚める感じがする」など職場体操に好意的な感想が聞かれているそうだ。 運動実施率の向上を目ざす取組み活動量を現在よりプラス10分  全職員を対象とした健康増進対策として、自分の一日の歩数を把握し、活動量を現在よりプラス10分(約1000歩)増やすことを目ざす取組みを展開している。毎日の歩数を簡単に入力・管理できるシステムを導入し、記録を習慣化して楽しくチャレンジしてもらい、参加賞の商品がもらえるといった特典もある。  年間のチャレンジ期間は9週間で、3週間を1クールとし、クールごとに結果を判定する。クールごとに専門家からのアドバイスがあり、参加者のモチベーション維持を図っている。  2021年11月〜2022年1月に実施した際は、全職員のうち34.9%が参加。参加者のうち、22.6%の職員が1000歩アップを達成した。参加者からは、「ふだんいかに歩いていなかったかを自覚した」という感想や、これを機に「以前に行っていたスポーツを再開した」、「ジムに通い始めた」、「ウォーキングを始めた」などの声があがっている。また、50代以上の職員も積極的に参加しており、エイジフレンドリー対策の効果が感じられる結果となっている。 労働衛生機関として所内の取組み成果を広めていきたい  プロジェクトチームでこれらの取組みを率いている見城(けんじょう)美智子(みちこ)課長代理(保健師)は、「50代以上の職員の体力測定や職場体操を開始して2年7カ月が経ちました。目標値まではまだ達成できていませんが、続けていくことが大事ですので、工夫を凝らしながら継続に努めます。今後は仕事で外へ出ていることが多い職員へのエイジフレンドリー対策を検討し、実施していきたいですね」と課題と今後への決意を語った。  酒井課長も「健康経営の目標である『生きがいを持って働き続けることができる』に向かって、特に50代以降の職員が元気に働き続けられるよう、取組みを進めていきたい」と話す。  また、プロジェクトチームのメンバーであり、健康増進部の上村(かみむら)景子(けいこ)部長(保健師)は、「日ごろの健康づくりのサポートとして、自社でエイジフレンドリー測定に取り組みたいという企業からの要望があれば対応していくので、ぜひ問い合わせてほしい」と、労働衛生機関として、所内での取組みを多くの事業所に普及し活かしていきたいという思いを話してくれた。  同研究所では健康経営の取組みが結実し、2023年3月、「健康経営優良法人2023(大規模法人)」の認定を受けた。  佐藤総務部長は、「健康経営の目標達成に向けて取組みを推進し、業績アップにつなげていきたい」と意気込みを語る。取組みにいっそう力を入れ、健康経営優良法人認定制度において、大規模法人部門の上位500社が認定される「健康経営ホワイト500」の冠を目ざしていくという。 ★「健康経営○R」はNPO法人健康経営研究会の登録商標です ※ http://www.rek.or.jp/members/free 写真のキャプション エイジフレンドリー対策を推進する健康経営プロジェクトメンバーのみなさん。左から、上村景子さん、酒井三枝子さん、佐藤征雄さん、岩ア理恵さん、児玉有希子さん、見城美智子さん エイジフレンドリー体力測定の結果表(裏面)に掲載している、気軽にできる運動メニューの一例。測定結果に合わせて一人ひとりに適したメニューをすすめる 【P27】 コラム 働く男性と更年期 花王株式会社コンシューマーインテリジェンス室 女性だけでなく、男性にもある更年期  「更年期」の不調は女性特有と思われがちですが、男性にもあります。原因は加齢による男性ホルモン(テストステロン)の急激な減少で、加齢以外にも過度なストレスや運動不足、大量飲酒などの影響を受けやすく、40代以降はだれにでも起こりうる可能性があります。女性は閉経前後の一定の時期が過ぎれば落ち着きますが、男性は適切な対処をしないと長引く場合もあります。男性更年期の症状は多様で「筋力の低下や痛み」、「不眠」、「疲労感」、「気力の減退」、「イライラや憂鬱な気分」など、体と心の両面にあらわれます。加齢変化と思いがちな症状も多く、自分では更年期を疑いにくいことや、受診先が泌尿器科であることも、あまり知られていません。 働く男性と更年期不調  更年期症状の自覚のある有職男性の半数は、「仕事に影響があった」と回答しています(図表)。「仕事の能率が目に見えて低下した」、「仕事を辞めることを考えた」、「仕事を続ける自信がなくなった」など、更年期不調の仕事への影響は深刻な様子がうかがえます。  男性更年期については、まだ知識や理解も人それぞれでまったく知らない人もいるうえに、男性の「人に弱みを見せたくない」意識も加わり、だれかに気軽に相談しにくい状況ともいえます。そのため、更年期不調を抱える男性は、周囲に不調への理解や協力を望むものの、相談相手は圧倒的に配偶者・パートナーに集中していました。 更年期は、人生後半への準備期間  長寿化や働き方の変化で、60歳以降の暮らし方や働き方の選択肢が増えました。人生100年時代の折り返しの時期に訪れる更年期は、体と心の変化に向き合いつつ、仕事や趣味、家族とどう過ごすかなど、この先の人生に向けて準備するよい機会です。そのためにも、まず男性自身が男性更年期について正しく知ること。そして、男女問わず更年期世代を支えられるように、社会全体の理解が進むことも必要と考えます。 図表 更年期の不調と仕事への影響 更年期症状の自覚のある有職男性359人 仕事に影響があった 50% 仕事に影響がなかった 50% 「仕事に影響があった」と回答した人のうち 仕事の能率が目に見えて低下した 40% 仕事を辞めることを考えた 32% 仕事を続ける自信がなくなった 26% 時々仕事を休むことがあった 24% 昇格をあきらめた 22% 仕事上の人間関係が悪くなった 18% 働く時間や残業量が減った 18% (更年期不調が仕事に影響があった男性179人) 更年期症状の自覚のある45〜64歳有職男性359人 出典:2021年12月 花王コンシューマーインテリジェンス室調べ