第93回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  丸山猛さん(67歳)は電子部品のメーカーひとすじに定年まで勤めあげた。現在は、高齢者の雇用を創出する会社で生涯現役を目ざすシニアと向きあう日々を過ごす。多岐にわたる部門で研けんさん鑽を重ねた丸山さんが、経験を力に働き続ける喜びを語る。 株式会社マイスター60 シニアビジネス事業部 丸山(まるやま)猛(たける)さん 三つの部門の経験が宝物  私は千葉県船橋(ふなばし)市で生まれました。地元の高校を卒業後、東京都内の大学の工学部電気工学科に進みました。子どものころから電気の世界に興味があったのは父が電電公社(日本電信電話公社・現「NTT」)の社員であったことが影響しています。当時は安定した職場として人気が高く、兄も父と同じ道を選びましたが、残念ながら私は入社が叶わず、電子部品のメーカーに就職しました。  入社してすぐ郡山(こおりやま)工場の立上げにかかわることになり、福島で生産管理の仕事に10年ほど従事しました。その後、技術部門に異動になり、技術スタッフとして18年勤務しました。大学で学んだことが活かせる職場はやりがいがありました。最後は管理部門に異動になり、約10年、人事・総務の仕事にたずさわりました。  生産管理、技術部門、管理部門という三つの部門の経験は、定年後の第二の人生を切り拓く力となりました。とりわけ最後の10年に人事や採用の仕事でいろいろな立場の人に出会えたことは大きな財産です。転職を考えたことは一度もなく、60歳で定年退職後、2年ほどは、知人の紹介で中途採用のプロジェクトの仕事に従事し、その後、縁あって高齢者雇用を創出する「株式会社マイスター60」で第二の人生のスタートを切りました。  新卒から定年まで一つの会社で仕事をまっとうした丸山さんは「お聞かせするような話があまりなくて」と謙遜する。笑顔で語る丸山さんの38年の日々は、転職の情報があふれているいまの時代に、かえって新鮮な感じを受けた。 人と人をつなぐ喜びに支えられ  「縁あって」とお話ししましたが、人の縁というものは本当に大切だと思います。定年後に採用の仕事に従事できたのもかつての仲間の後押しがあったからです。ただ、2年の契約でしたからすぐに次の仕事を探すことになりました。体調もよく意欲もあったので働き続けたい思いは強く、ハローワークを訪ねましたが、62歳の私には思い通りの仕事が見つかりませんでした。あきらめかけていたときに株式会社マイスター60で営業の仕事をしていたかつての同僚から、自分の職場で働いてみないかと声がかかりました。最初はどういう会社かよくわかっていなかったのですが、声をかけてもらってからいろいろ調べてみると、高齢者に雇用の場を創出することで社会に貢献する、とてもユニークな会社だと知りました。会長の著書を読み進めるなかで共感することがたくさんあり、ここでもう一度自分の力を試してみたいと思うようになりました。さっそく面接を受け、契約社員として採用されました。  入社して5年が経ちますが、いま、一番楽しい時間を過ごしているような気がします。私の仕事は当社に登録された求職者の方と連絡を取りあい、最終的には面談をして、その人のスキルを参考にしながらマッチしそうな求人があればご紹介するというものです。面談後に話が進めばお客さまとの顔あわせや現場の確認に出かけることもあります。求職者の方とお客さまがうまくマッチングできたときは本当にうれしく、人と人をつなぐ仕事に出会えたことに感謝しています。  株式会社マイスター60は、「中小企業投資育成株式会社法」設立投資第一号として1990(平成2)年に設立された。以来、「年齢は背番号 人生に定年なし」を経営の基軸として高齢者雇用に邁進してきた。 求職者の心に寄り添う  当社のシニア人材派遣は、創業以来、ビル設備管理や建築施工管理などのエンジニアが主体ですが、最近は事務系の方も登録されるようになりました。求職者の方との面談では、一方的にアドバイスするような話し方はしないように気をつけています。みなさん、それぞれスキルを身につけ、それぞれの場所で活躍してきた方が多いので、こちらからお話を聞かせていただくという謙虚な気持ちを忘れないようにしています。私も求職者と近い年齢ですから気楽に話していただけると思っています。また、前職で10年近く人事や採用の管理部門で経験したことが、いま大いに役立っています。定年後に2年間エンジニアの中途採用にたずさわったこともいまの仕事に活かされており、人生に無駄な経験はないようです。ただ一つ後悔しているのは、資格の取得に挑戦してこなかったことです。面談をしていて資格をたくさん持っている方はそれが強みになりますから、若い人たちには、現職の時代にさまざまな資格取得にチャレンジしてほしいと伝えたいと思います。  シニアが働き続けるためにはいくつかハードルがありますが、そのハードルは工夫次第で飛び越えることができます。私も年を重ねるとともに忘れっぽくなってきましたから、毎朝ToDoリストを作成してマーキングで一つひとつ消すようにしています。自分の年齢を自覚してていねいに対処していくことが長く働き続けるヒントかもしれません。 生涯現役を目ざして  面談などで得た情報はデータベースで管理しているのですが、だれが見ても理解できる情報の提供を心がけています。私は「一枚岩」という言葉が好きなのですが、情報の共有や会社のルールを徹底して守ることで一枚岩の企業風土が生まれると思います。  入社以来、一番うれしいのはマッチングが整い、採用が決まった人からお礼の報告をもらうときです。たとえうまくいかなかった場合でも、電話の向こうで「丸山さん、またお世話になります」という声を聞くと、これからも一緒にがんばっていこうと、私の方が励まされています。  せっかく出会えた職場でこれからも長く働き続けていくためにも健康には気をつけており、年に一度、人間ドックを受診しています。健康維持のために歩くことは大切だと、週末には自宅近くの川沿いのサイクリングロードを妻と散策しています。いまもフルタイムで働く私を見て妻は「本当に仕事が好きなのね」といいながら支えてくれています。しっかり働く日常があるから、非日常の楽しみがあるのだと私は思います。  趣味というのは特になく、月1回、前職の仲間たちとゴルフを楽しむぐらいでしょうか。定年でリタイアした人が多く、仲間たちは、生涯現役を目ざしている私にエールを送ってくれます。定年を迎えても働く意欲があり、体が健康ならば、人は仕事をした方がよいと思っているのかもしれません。  会社の合言葉でもある「人生に定年なし」を目標に「気の持ちよう」をモットーにして明るく前を向いて歩いていきたい。始まったばかりの生涯現役の道のゴールはまだまだ先にあるようです。