知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第72回 定年後の雇用継続、残業命令とパワハラ該当性 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 定年間近の懲戒解雇が認められなかった場合、継続雇用はどうなりますか  定年が近い従業員について、在籍中の問題行動などを理由に懲戒解雇により労働契約を終了させることにしました。懲戒解雇が有効と認められなかった場合には、定年を迎えた後の雇用を継続する必要がありますか。 A  定年後再雇用時には、退職事由または解雇事由に相当する理由がなければ、定年後再雇用を拒否することはできません。これらの事由が認められない場合に雇用の継続を義務付けた裁判例もあります。 1 定年後再雇用について  高齢者については、高年齢者雇用安定法により65歳までの継続雇用が義務づけられており@定年の延長、A継続雇用、B定年制の廃止のいずれかの措置を取る必要があります。  これらのうち、継続雇用制度に関しては、心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないことなど、就業規則に定める解雇事由または退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する場合には、継続雇用しないことができるとされています。ただし、解雇事由に該当すると評価されるためには、客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が求められることは、通常の解雇や雇止めと同様です。  逆にいえば、解雇事由または退職事由に該当する程度の事情がないかぎりは、65歳までは継続雇用しなければならないともいえます。このことは、高年齢者雇用安定法の制度によって、雇用に対する期待が高められていることを示しています。  定年をもって、労働契約を終了したことを前提に、定年後の有期労働契約を締結していない場合に、どのような取り扱いになるのでしょうか。 2 継続雇用の拒否が認められなかった裁判例  定年が近かった従業員について、在籍中に行ったSNS上での信用棄損行為やそのほかの事情を考慮して、懲戒解雇を行った事案において、当該従業員が懲戒解雇の無効および継続雇用されるべきであると主張して争った裁判例があります(学校法人札幌国際大学事件。札幌地裁令和5年2月16日判決。以下、「本件裁判例」)。  懲戒解雇の効力と合わせて、定年後の継続雇用が問題になったのは、懲戒解雇は定年を迎える前に行われていますが、その後、その効力を争っている期間中に、定年を迎える時期も超えたことから、使用者が、懲戒解雇が有効であると主張することと合わせて、仮に、懲戒解雇が無効であったとしても定年を迎えたことにより労働契約が終了すると主張したといった事情があるからです。  これまでの裁判例では、定年後再雇用をすることなく労働契約を終了させた場合において、それが解雇事由などのない不適切な判断であった場合であっても、必ずしも定年後の継続雇用が維持されるという結論にはなっていませんでした。例えば、東京高裁平成29年9月28日判決(学校法人尚美学園〈大学専任教員B・再雇用拒否〉事件)においては、定年後の再雇用拒否に対して、労働契約が継続している旨の主張をした労働者に対して、「労契法19条は、『従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす』と規定しているのに対して、本件における従前の契約は期間の定めのない労働契約であるから、新たに成立するものとみなされる有期労働契約の労働条件の特定は不可能であるところ、この点をその後に締結される可能性のある別の契約に係る本件規程の定めを利用することで補うことは、説明がつかないというべきである」として、定年後の有期労働契約が不特定であることを理由に、その成立を否定していました。  本件裁判例においては、懲戒事由が懲戒解雇に相当するものであるとは認めなかったため、解雇が無効であった場合に迎えた定年の効力が問題となりました。使用者において、「本件就業規則10条1項本文は、大学教員は満63歳に達した日の属する年度の終わりをもって定年とする旨を定め、同項ただし書は、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者については、本件特任就業規程により、退職日の翌日から1年ごとの雇用契約を更新することにより満65歳まで継続雇用する旨を定めている」ことをふまえて、「原告に解雇事由があるとは認められず、その他退職事由もうかがわれないから、上記再雇用の要件を満たすものと認められる」と判断しています。  そして、最高裁平成24年11月29日判決(津田電気計器事件)を引用して、「原告において、定年による雇用契約の終了後も満65歳まで雇用が継続されるものと期待することに合理的な理由があると認められ、原告の人事考課の内容等を踏まえれば、原告を再雇用しないことにつきやむを得ない特段の事情もうかがわれないから、再雇用をすることなく定年により原告の雇用が終了したものとすることは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認めることはできない」として、労働契約上の地位を認める判断をしました。  この点、学校法人尚美学園事件においては、継続しているとみなす労働契約が特定できないことを理由に、労働契約の成立を認めなかったところ、本件裁判例では、「労働条件は、本件就業規則、本件特任就業規程及び本件特任給与内規の定めに従うことになる」としたうえで、月額の賃金については、「月額24万円、25万円、26万円の3区分である(本件特任給与内規3条1項)ところ、原告は少なくとも月額24万円の限度で支払を受ける権利を有すると認められる」、賞与に相当する期末手当については、給与内規の定めに従い「6月分は給料月額の1.0か月分、12月分はその1.8か月分である(本件特任給与内規6条)から、原告は、6月に24万円、12月に43万2000円の支払を受ける権利を有する」として、継続雇用後の労働条件を特定することで、継続雇用後の労働契約存続を認めるという結論に至っています。  最高裁判例である津田電気計器事件と同様の考え方をしているため、目新しくはないともいえますが、定年後再雇用の拒否に対して、労働契約の継続を認めるという裁判例は珍しい事例です。ポイントとしては、定年後の再雇用に対する労働条件が就業規則や給与内規において、一定のパターンのみとなっており、個別具体的に決定するような内容となっていなかったことがあげられるでしょう。そのため、賃金については最も低い水準であるとはいえ、労働条件を特定することができ、労働契約の継続を認めるという結論につながったものと思われます。  解雇紛争中に定年を迎えたという特殊な事案ではあるものの、定年後再雇用を拒否したときに共通する争点に対する判断として参考になると思われます。 Q2 残業命令はパワハラに該当するのでしょうか  部長が、部下に対して、他部署の営業社員よりかなり高い営業ノルマを課し、業務量を多くこなすよう指示しています。営業成績はよい結果が出ているものの、所属の社員から「部長から頻繁に残業命令が出るので、疲労が蓄積している。ここまでくるとパワハラではないか」との相談を受けました。こうした業務命令はパワハラに当たるのでしょうか。 A  一部の特定の社員に対して不当な動機や目的をもって行われていないかぎり、部長の指示がパワハラに該当するとは考えがたいといえます。しかしながら、パワハラに該当しないとしても、過重労働は会社の損害賠償責任を生じさせるおそれがあるため、ノルマの緩和または時間外労働の抑制のいずれかを適切に行う必要があります。 1 パワーハラスメントの定義  パワーハラスメントは、「パワハラ」と省略されるように、一般的にも浸透した言葉となっています。しかしながら、パワハラという言葉については、人によってとらえ方が異なっているように思われます。  労働施策総合推進法第30条の2においては、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」と定義されています。  この定義においては、業務上「必要」かつ「相当」な範囲を超えていることがパワハラに該当するためには必要とされています。個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、これが業務上必要かつ相当な範囲で行われているかぎりで、パワーハラスメントにはあたらないものと考えることができます。  ここでいう業務上の必要性とは、残業にわたる業務指示においていえば、残業して行うことの必要性であり、業務上の相当性とは、その命令の伝え方などの方法が適切に行われているか否かという点に着目するとわかりやすいでしょう。 2 パワハラの類型  パワハラの行為類型としては、@身体的な攻撃、A精神的な攻撃、B人間関係からの切り離し、C過大な要求(例えば、業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)、D過小な要求(例えば、業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事や仕事を与えないこと)、E個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)といった六つの行為類型があげられます。  質問をふまえてみた場合、かなり高い営業ノルマを課し、業務量を多くこなすよう指示していることや、頻繁に残業命令を行っているといった行為が、C過大な要求に該当する可能性があると考えられます。  しかしながら、パワーハラスメントの行為類型については、一定の区別が可能であり、@からBまでの行為類型については、原則として業務遂行上の発生しうる事象とは考えられないため、業務上の必要性が肯定されにくいと考えられます。他方で、CからEまでについては、必要な業務上の命令や指導との線引きが必ずしも容易でない場合があります。  参考になるのは、労働災害の認定に関して参照される「心理的負荷による精神障害の認定基準」において、パワーハラスメントについて「弱」、「中」、「強」の区別がなされており、これらのうち過大な要求について「強」に該当するのは、「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求」が反復・継続するなどし、そのような過大な要求を執拗に受けた場合があげられています。  質問であげられている行為は、分類としてはC過大な要求に該当する可能性がありますが、これらの行為の結果として、部門の営業成績はよいということであれば、業務上の必要性は肯定されうるものと考えられ、命令や指示の方法が精神的攻撃として不適切な方法になっておらず、反復・継続して執拗な程度にまで至っていないかぎりは、パワーハラスメントに該当するとまではいえないと考えられます。 3 時間外労働への配慮  残業を含む業務命令が、単独ではパワーハラスメントに該当しないとしても、使用者は、労働者に対する安全配慮義務を負っており、労働者が職場環境の悪化などによって、身体または精神的な損害を生じないように配慮しなければならず、これに違反した場合は、会社としては損害賠償責任を負担するおそれがあります。安全配慮義務を尽くせていない環境においては、業務に起因する労働災害も発生しやすくなるでしょう。  パワーハラスメントも労働災害の要因としてあげられていますが、そのほかにも多種多様な要因が心理的負荷による精神障害の認定基準には掲げられています。例えば、達成困難なノルマが課されたことや、1カ月に80時間以上の時間外労働を行ったことなどが、心理的負荷を与えるものとして考慮されています。  パワーハラスメントに該当しないとしても、例えば、ノルマの内容が「達成は容易ではないものの客観的にみて努力すれば達成可能であるノルマが課され、この達成に向けた努力に向けた業務を行ったこと」は、「中」程度の心理的負荷とされており、さらに、時間外労働が月80時間を超えた場合も、「中」程度の心理的負荷があるものとされています。これら二つの心理的負荷が同時期に行われていた場合で、近接した時期に精神障害が生じた場合は、労働災害として認定される可能性があると考えられます。  したがって、たとえ、パワーハラスメントが行われていない場合であっても、達成が容易でないノルマの負荷と80時間以上の時間外労働が同時期に行われている場合には、ノルマの内容を変更するか、もしくは、時間外労働を減少させるように配慮しておくことが必要になると考えられます。