いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第46回 「ウェルビーイング」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回はウェルビーイングについて取り上げます。 ウェルビーイングは二つの単語の組み合わせ  ウェルビーイングという用語は、Well(よい)とbeing(状態)の組み合わせで成り立っています。WHO憲章※1に「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあることをいいます」という記載があり、ここからこの用語は広まったといわれています。厚生労働省の雇用政策研究会報告書のなかでも、「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念」と記載されています。概念≠ニあるように人や機関によって考え方や重視する指標(物事を判断・評価するための目印)がさまざまなのが実態ですが、少なくともよい状態≠フ対象が身体のみならず精神、社会と幅広くとらえられているのは共通しているところです。 ウェルビーイングに関する調査は多い  それでは、ウェルビーイングの具体的な取組みにはどのようなものがあるかについて見ていきたいと思います。ウェルビーイングの取組みを調べると最も多く取り上げられるのは調査です。数多くの調査がありますが、ここでは代表的な調査について見ていきたいと思います。 @国を横断した調査 ・よりよい暮らし指標(BLI)・・・OECD※2による調査。住宅、所得、雇用、社会的つながり、教育、環境、市民参画、健康、主観的幸福、安全、ワークライフバランスの11項目で構成されている。 ・世界幸福度ランキング・・・SDSN※3が「World Happiness Report(世界幸福度報告書)」のなかで毎年発表しているランキング。一人あたりGDP、健康寿命、社会的関係性、自己決定感、寛容性、信頼感の6項目で構成されている。 A日本国内の調査 ・満足度・生活の質に関する調査報告・・・内閣府が日本の経済社会の構造を人々の満足度の観点から多面的に把握し、政策運営に活かしていくことを目的に調査。図表に記載のある多岐にわたる項目で毎年調査している。 ・地域幸福度(Well-being)指標・・・魅力溢れる新たな地域づくり(デジタル田園都市国家構想)の実現に向けて、市民の「暮らしやすさ」と「幸福感(Well-being)」を指標で数値化・可視化したもの。一般社団法人スマートシティ・インスティテュートが公表。  ウェルビーイングの調査で重要なのは、「客観指標」と「主観指標」の組み合わせといわれています(図表)。客観指標とは、同一項目の設問であればだれが見ても同じ結果となる数値基準です。主観指標とは、同一項目の設問であっても人によって感じ方が違うものです。ウェルビーイングでは個人がどの程度のよい状態≠ニ感じているかが重要なので、主観指標がより重視されます。例えば、世界幸福度ランキングでは、客観指標は、一人あたりGDPと健康寿命の2項目に対して、残り4項目は主観指標で構成されています。内閣府の調査でも図表の通り、主観満足度が上位の階層に位置づけられています。 調査実施以外には課題が多い  ウェルビーイングが広まるもととなったWHO憲章の効力発生は1948(昭和23)年ですが、少なくとも日本ではそれほど注目されていませんでした。しかし、2015(平成27)年に国連で採択されたSDGs※4の目標3にすべての人に健康と福祉を(GOOD HEALTH AND WELL-BEING)と掲げられたことから注目度が上がります。企業の社会的責任としてSDGsへの貢献をあげる企業が多いなかで、事業活動を通じたウェルビーイングの実現を経営目標に掲げる企業や、ウェルビーイングの一環として社員の健康維持管理のために健康経営※5や労働時間の短縮・休日増加など働き方改革を推進する企業、従業員満足度調査を実施し人事施策に活かすなど、具体的な実行に移している企業は多くあります。  一方で、社会全体ではどうかというと、まずウェルビーイングの認知度の低さが課題としてあげられます。内閣府が2023(令和5)年に行った調査※6によると、新たな価値観に関する調査として、SDGsとウェルビーイングへの関心に関する年代別回答があります。「知らなかった」という回答のうち「SDGsへの関心」が7.2%〜12.2%に対して、「ウェルビーイングへの関心」が34.8%〜44.8%とSDGsと比べてウェルビーイングはまだまだ知られていない状態です。  また、世界幸福度ランキングが公表されるたびに日本の順位(2024年は143カ国中51位。前年は137カ国中47位)から日本人の幸福度の低さが報道等で指摘されています。2023年に発表された成長戦略実行計画でも、新たな日常に向けた成長戦略の一環として、「国民がWell-being を実感できる社会の実現」が掲げられていますが、どのように対応してウェルビーイングの意識を上げていくかの対応は明確になっていない状況です。調査結果を活かした具体策の策定も今後の重要な課題といえます。 * * * *  次回は「出向・転籍」について解説します。 ※1 WHO憲章……すべての人々の健康を増進し保護するため互いにほかの国々と協力する目的で設立された機関(WHO〈世界保健機関(World Health Organization)〉)の基本的な原則・目的を記したもの ※2 OECD……経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development)は、よりよい暮らしのためのよりよい政策の構築に取り組む国際機関 ※3 SDSN……国際的な研究組織である持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(Sustainable Development Solutions Network) ※4 SDGs……持続可能な開発目標。「誰一人取り残さない」という理念のもと、「持続可能な世界を実現する」ことを目ざした、2030年を達成期限とする17のゴール、169のターゲット、および、その進展を評価するための指針を持つ包括的な目標 ※5 本連載第13回(2021年6月号)「健康経営」をご参照ください。https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202106/html5.html#page=55 ※6 「第6回 新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」2023年4月19日公表 図表 満足度・生活の質を表す指標群 〈第1層〉 全体的な生活満足度(総合主観満足度) 〈第2層〉分野別主観満足度 家計と資産 雇用と賃金 住宅 仕事と生活(ワークライフバランス) 健康状態 〈第3層〉客観指標群 可処分所得金額 金融資産残高 生産賃金 正規雇用数・不本意非正規雇用数 完全失業率・有効求人倍率 所得内給与額・最低賃金 延床面積 家賃地代 住宅保有率 実労働時間 長時間労働者割合(週49時間以上) 年次有給休暇取得率 平均寿命・健康寿命 糖尿病が強く疑われる者の割合・生活習慣病による死亡者数 運動習慣がある者の割合 ※このほかの分野別主観満足度の項目として、「あなた自身の教育水準・教育環境」、「交友関係やコミュニティなど社会とのつながり」、「生活を取り巻く空気や水などの自然環境」、「身の回りの安全」、「子育てのしやすさ」、「介護のしやすさ・されやすさ」がある。 出典:内閣府「満足度・生活の質に関する調査報告書2023年〜我が国のWell-being の動向」(2023年7月)