技を支える vol.339 石材を扱う総合力で墓石から記念碑まで施工 石工 秋山(あきやま)十三男(とみお)さん(77歳) 「この仕事のやりがいは、自分たちの手がけたものが末永く残ることです。それだけに、いい加減な仕事はできません」 揮毫(きごう)・彫刻技術を有する希少な存在  令和5年度「現代の名工」には、石材業界から二人が選ばれた。その一人、神奈川県厚木市の「秋山石材有限会社」会長、秋山十三男さんは、二つの特徴的な技を持っている。  一つは、石材に彫刻する文字を自ら揮毫し、手彫りする技術。墓石などに彫刻される文字は、現在はコンピューターの書体を用い、彫刻はサンドブラスト※で行うのが一般的だ。そのようななかで秋山さんは、文字を筆と墨で紙に書き、それを石材に転写してノミで手彫りすることができる、希少な存在だ。  「手書きで手彫りした文字には、機械にはない手作業ならではの味があります。いまだに納得のいく字はなかなか書けませんが、それでは仕事が進まないので、石材に写した文字をカットする際に修正を施します」  現在は、手彫りの仕事はほとんどないが、以前はその評判を聞きつけて、県外から依頼が来ることもあったそうだ。 全国各地でモニュメントの施工も手がける  そして、もう一つはモニュメントの施工である。彫刻家などから依頼を受け、全国各地で石材を使った造形品の製作を手がけてきた。  「作家が構想した立体造形を、その手足となって実現させるのが私の仕事です」  秋山さんは全国の石材の産地を熟知しており、作家が求める石材の調達・加工をになう。また、依頼時点で使用する素材や寸法などは決まっているものの、実際の構造などは施工業者に託される。耐震性など安全性を考慮した施工を行うのも秋山さんの役割だ。  そうした技術の基盤となったのが、墓石の耐震施工である。秋山さんは、強い地震でも倒れない施工法を70年代から追求してきた。  「従来は墓石をセメントで接着する工法が一般的でしたが、硬いもの同士だと上の石が踊り出して落ちてしまいます。そこで、ビルの免震にも用いられるゴムに着目しました。ただ、普通のゴムでは重さに耐えられないため、滑りにくいゴムを開発して挟むようにしたところ、震度6強程度まで耐えられるようになりました」  業界では分業が進むなか、石材の手配から加工、揮毫・彫刻、そして施工まで、総合力で対応できるのが秋山さんの強みといえる。 持ち前の探究心で技術や芸術への造詣を深める  秋山さんは、神奈川県伊勢原市の石材店で6人兄弟の末子として生まれた。父親が早くに脳卒中で倒れ、16歳で家業を手伝い始める。  「当時は磨き、石張り、字彫りなど、各分野で腕のいい職人さんたちがいて、その仕事ぶりに触れながら育ちました。まだ手作業が主力だったころに仕事を覚えられたことは、いま思えばよかったです」  若いころは仕事のかたわら、アマチュアの自動車レースにも熱中。24歳のときにレースから手を引き、石工の仕事に専念するようになる。1975(昭和50)年、26歳のときに独立して隣の厚木市に移り、石材店を開業した。  「独立すると、いろいろなことに挑戦しなければなりません。その過程で寺院の住職や彫刻家などさまざまな人と出会い、育ててもらってここまで来ました」  秋山さんの探究心の強さがうかがえる。レース以外にも、陶芸にはまり窯までつくったり、仏教美術に対する造詣を深めようと、玄奘(げんじょう)三蔵(さんぞう)がたどった長安からガンダーラまでの道のりをバスで3週間かけてたどったことも。これらが、秋山さんにしか持ち得ない「総合力」につながっているのだろう。  昨年、社長の座を長男に譲り、 会長に退いた。2代目には「秋山石材のカラーをうまく継承してもらえればありがたい」と期待する。  「石に彫った字は、ずっと残るので怖いんです。中国に行くと、2000年前くらいの碑が平気で残っていますからね。いまも時間さえあれば、何か字を書いています。これからも、一生懸命努力を重ねていくしかないですね」  喜寿を迎えますます意気軒昂(けんこう)だ。 秋山石材有限会社 TEL:046(241)6670 https://atg-akiyamasekizai.jimdofree.com (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 研磨機で磨いた黒御影石(くろみかげいし)は、鏡面のような美しさ。面が平らになっているかどうかを定規を当てて確認する。黒御影石をきれいに磨けたら一流だという 1975年設立の秋山石材。秋山さんが製作したモニュメントが目印 ノミを使い手彫りで原石から製作した「棗(なつめ)型つくばい」(高さ約70p) 竹の筆で揮毫した「祈」。このような字は手作業でなければ彫れない(写真提供:秋山十三男氏) 揮毫した字を墓石に写し、サンドブラストで彫る部分のゴムをカットしながら、文字の形を調整する。ここまでは人に任せられないという 施工した東京・御成門緑地のモニュメント(設計監修:眞板(まいた)雅文(まさふみ)氏) 便器と扉を除き石で試作したトイレ。壁の石板の象ぞう嵌がんもきれいに仕上がっている いまも時間があれば、書の研究や練習に充てている。写真は愛用の竹筆と、見本にしている竹筆で書かれた書。独特のカスレ具合が特徴だ