Leaders Talk リーダーズトーク No.107 高齢販売員の持ち味をフルに活用 笑顔を生み出し愛される企業を目ざして 株式会社村瀬(むらせ)鞄行(かばんこう)代表取締役社長 林州代さん はやし・くによ 株式会社村瀬鞄行代表取締役社長。一般社団法人日本鞄協会ランドセル工業会会長。大学卒業後、中学教師4年を経て1985年、実家である株式会社村瀬鞄行に入社。2011(平成23)年に代表取締役社長に就任。日本および世界に日本製ランドセルのPRに努めている。  株式会社村瀬鞄行は、1957(昭和32)年に創業した名古屋の老舗ランドセルメーカー。社員の約半数が販売員ですが、そのほとんどが60歳以上の女性で、70歳の販売員も活躍しています。今回は、中小企業における高齢者活用の視点から、同社代表取締役社長の林州代さんに、販売員未経験の高齢者を戦力化するためのポイントや、社員が活き活きと働く秘訣についてうかがいました。 お客さまの心に寄り添いながら元教員の女性販売員たちが活躍 ―貴社ではランドセルの製造・販売を手がけられていますが、あらためて事業内容や業界の現状について教えてください。 林 当社は父が名古屋で創業し、今年で67年になります。当初はランドセル以外の一般のカバンもつくっていたのですが、さまざまな変遷があり、いまはランドセルの製造に特化しています。売上げの80%が一般のランドセル、18%が幼稚園、小学校、高校などの学校特別注文のランドセル、残りの2%が大人用のビジネスカバンです。ランドセルの製造は要所を手縫いで行い、6年間使えるように頑丈であること、背負い心地を考慮しかつ軽く感じるものに仕上げるのが当社の特徴です。  私はランドセル工業会の会長もしていますが、この工業会の会員企業は全国に33社というニッチな産業であり、なかでも名古屋市周辺に12社が集中しています。名古屋には名古屋鞄協会もあり、昔はランドセルを含むカバンメーカーが90社ほどありました。しかし、カバンづくりのノウハウを含めて中国での製造に変わってから安い商品が大量につくられるようになり、日本製は価格で負けてしまうので徐々に廃業する会社が増えました。いまでは名古屋のなかでもなんとか残っているのはランドセルのメーカーがほとんどというのが、現状です。 ―ランドセル事業ではどんな工夫をしていますか。また社員はどんな仕事と役割をになっているのでしょうか。 林 以前は、売上げの大きな割合を委託販売が占めていましたが、それをやめて直接販売に重点を置くことにしました。販売員だけではなく、職人も店頭に立ち、お客さまの生の声を参考に、商品企画から製造、販売までを行う経営モデルに切り替えました。  現在、社員は35人ですが、職人の製造部門が7人、そのほかに商品企画などを担当する営業企画や経理が14人、そして東京の渋谷店、名古屋本店、大阪の心斎橋店の直売店で働く販売員が14人います。パート社員は17人いますが、うち15人が60歳以上です。販売員のほとんどが60歳以上の女性で、うち65歳以上が9人、最高齢は70歳で2人います。  じつは、業界の職人さんは高齢者が多いのですが、当社は意外と若いのです。きっかけは80歳の一流の職人さんが「辞めたい」といい出したことです。「なんとか若手に技術を教えてほしい」と頼みこんで、一番若い当時25歳の社員が3年間弟子入りし、技術を学びました。その後、その若手社員が当社の工場で2人の先輩に教え、その先輩がさらに4人に教える形で技能を伝承しました。最初に技術を学んだ若手社員がいま33歳で工場長をしていますが、ほかの社員も30〜40代で一番年上が44歳です。 ―パートの販売員は高齢者も多いということですが、貴社の高齢者雇用制度と働く人たちの活躍ぶりについて教えてください。 林 当社の定年年齢は65歳ですが、パート社員は70歳で、70歳以降は1年ごとに有期雇用契約を更新します。パート社員の勤務時間は9時半から休憩を1時間挟んで17時半までです。週4日勤務の人もいますが、週2〜3日勤務の人がほとんどです。長く勤められている人も多く、長い人は7年、短い人でも2年です。  じつは、直接販売に切り替えたとき、販売員を募集してもなかなか人が集まりませんでした。そこで私が昔、教師をやっていたこともあり、リタイアした教員仲間に声をかけたところ手伝ってくれることになり、その後も仲間が別の元教員を誘ってくれ、いまは名古屋の販売員のほとんどが元教員です。元教員ですからランドセルを買いにくる子どもや父母との接し方は上手ですし、意欲も高く、本当に助かっています。また彼女たちも「仕事が楽しい」といってくれます。  ランドセルを買うのは、新たに始まる6年間の節目のおめでたいイベントでもあります。買ってもらう子どももうれしいですし、親御さまやおじいさま、おばあさまもみな笑顔になります。特に祖父母にとっては一生に一つの孫への大事な贈り物ですから、よいものを買ってあげたいと値段に関係なく、「このなかで一番よいものはどれでしょう」と聞いてきます。そんな祖父母の気持ちも同世代の販売員たちはよくわかりますし、寄り添って販売できるので、楽しいといって、意欲的に働いてもらっています。 年1回の全社員対象研修を通じデジタル技術や新しいスキルを習得 ―そのほか、高齢スタッフに意欲的に働いてもらうために、働く環境やスキルの向上などで工夫している点は何かありますか。 林 販売ではパソコンに触ってもらう必要があります。以前は小さなタブレット端末を使っていましたが、いまは画面の大きい端末を店頭に並べて注文を受けつけています。いまの学校の先生はパソコンの操作には長けていますが、その前の世代はワープロ専用機ですから新しくパソコンの操作方法を覚えてもらう必要があります。そのために毎年2月に東京・大阪の販売員を含めて全社員が名古屋に集まり、1日研修を実施しています。  研修は、パソコンの操作方法や新商品のランドセルの知識の習得のほか、決済方法の学習も行います。いまは現金やクレジットカード以外に、スマートフォンをかざすだけでできるなどさまざまな決済方法があります。それからSNSなどへの投稿のためのお客さまの写真の撮り方など、今年の販売戦略について営業企画が作成した販売マニュアルの習得も必要になりますし、全部覚えるのもなかなかたいへんです。 ―デジタル技術や新しいスキルの習得など、まさにリスキリング(学び直し)ですね。 林 みなさん熱心にメモを取りながら学んでいます。わからないところがあればくり返し教えていますし、「認知症予防になる」といってくれる人もいます(笑)。また、年1回の集合研修にかぎらず、電話やオンライン会議を通して学んでもらっています。やはりペーパーレス化も含めて業務を効率化していくためにも新しいことを取り入れていかないといけません。エクセルを使って集計したほうが便利ですし、高齢者にも習得してもらうようにしています。 ―しかし、年を重ねるにつれ物が見えにくくなるなど、身体的な衰えもあるかと思います。注意していることは何かありますか。 林 じつはお客さまが少ない時期はパート社員にも工房でランドセルの製作を手伝ってもらっています。完成までの工程はいくつかに分かれ、型起こしやミシンの操作などは職人でないとできませんが、肩のベルト部分だけつくるとか、糊で貼る仕事など補助的な作業をパート社員にしてもらいます。その際、例えば黒のランドセルに黒い糸を通すような作業は老眼になると見えにくくなります。そのために手元を照らす照明器具を入れようかと考えているところです。  また、本来は立ち作業が効率的なのですが、体への負担を減らすためどうしても座っての作業になります。もっと椅子を高くして作業ができるようにしたいと考えています。 職人の補助的な作業にパート社員を活用より効率的で安全な作業環境を視野に入れる ―貴社の職人さんは比較的若いですが、ランドセル業界は高齢化が進んでいるのでしょうか。 林 そうですね。経営者を含めて高齢化が進んでおり、後継者がいないといった問題もありますが、職人の高齢化も深刻です。70〜80代の職人も多く、60歳なら若いほうです。名古屋市周辺にある12社のなかには、数年先に廃業する会社も出てくるかもしれません。  一方で、少子化で子どもの数も減っていきます。当社も年間の生産量は維持したいと考えていますが、減る分については海外での販売も視野に入れています。  日本のランドセルは、子ども向け人気アニメのなかでも描かれているので、海外でもよく知られており「おしゃれだ」とか、「かっこいい」といわれ、インバウンドで買いに来るお客さまもいるほどです。そこで中国、ベトナム、アメリカをはじめ海外市場向けの展示会を開催するなどしてアプローチしています。 ―最後に、高齢社員を含めて、社員が活き活きと働くための秘訣を教えてください。 林 やはり「笑顔」でしょうか。当社の企業理念は「笑顔を生み出し愛される企業を目ざして」です。不思議な話ですが、うちに来られるお客さまはみなさん「ありがとう」といって買ってくれるのです。「こちらこそ購入していただきありがとうございます」という気持ちですが、「いろいろ説明してくれてありがとう」といって帰られます。  感謝されることで仕事のやりがいにもつながっています。人に感謝され、喜ばれる仕事であり続けたい、と私はつねに社員のみなさんに伝えています。 (インタビュー/溝上憲文、撮影/上木■矢)