特集 心と体の休養を考える  近年は、企業の経営に社員の健康の視点を取り入れることが求められています。社員一人ひとりが、活き活きと健康的に働くことは、本人のパフォーマンス、そして企業の生産性向上につながります。そのような視点をふまえると、社員の健康増進や体力向上などの取組みだけでなく、高いパフォーマンスをうながしていくうえでは「休養」も重要な要素です。  身体的な疲労だけではなく、仕事やプライベートにおける悩みや不安、ストレスは“心の疲労”としてあらわれることもあり、特に職場における立場や役割が変化する中高年期においては、心も体も疲労を抱えやすく、いかに疲労回復を図っていくかが重要となります。  そこで今回は、「心」と「体」、二つの視点から、疲労回復のための「休養」についてアプローチしていきます。 【P7-10】 総論 現代の働く人たちと“休養”の関係 一般社団法人日本リカバリー協会代表理事、一般社団法人日本未病総合研究所公認講師、株式会社ベネクス執行役員、一般財団法人博慈会老人病研究所研究員、博士(医学) 片野(かたの)秀樹(ひでき) 1 労働環境の変化  第一次農業革命と第一次産業革命において、人力でなされてきた作業を家畜や蒸気機関が取って代わることで肉体的負担の軽減がもたらされました。  その後、第二次産業革命におけるガソリンエンジンの発明、動力源の小型化により作業現場での機械駆動が実現し、重工業の現場における肉体労働の負担軽減がより進みました。さらにガソリンエンジンを用いた自動車や特殊車両、飛行機が発達し、それまでになかった運輸産業の発展により運転業務が生まれ、また、電動モーターで駆動する製品の組立てラインでは勤労者が機械のペースで働くといったくり返しの単純労働をもたらしました。工場では電灯が灯りラインが止まることなく稼働するため、長時間労働や昼夜連続操業なども始まりました。  第三次産業革命では、コンピュータの小型化・高性能化が進み、操作する知識と技術が必要となりました。多分野にコンピュータが導入され、計算・書類作成・作図などの事務作業や頭脳労働が代替され、ソフトウェアのプログラム開発など新たな頭脳労働が生じ、勤労者の精神・頭脳への負担が増えました。  そして、IT化の波を後押しした要因として、「人口動態」という社会的要因があります。企業では、生産年齢人口の低下や高齢化が進み、労働力が減少していくなかで、既存の従業員によって増加する需要を処理する必要に迫られてきました。そこで、自動化やデジタル化により生産効率を高めれば、高齢化社会の進行による労働力低下という変化を理論的には十分補うことができると考え、高齢化する従業員たちに文書化、電子メール、プレゼンテーション、ソーシャルメディアなどのデジタル化分野の作業に適応するように求めてきました。しかし、このことはデジタル機器などのIT化に対応できるという前提なくしては、生産性向上が期待できないことを意味しています。  こうしてデジタルテクノロジーを避けて通ることができない文明の発達過程で、科学技術のもたらす新たな負担を私たちは解消できずにストレス要因として受け止めてきました。第四次産業革命は現在進行中であり、より大きな社会変革が起こりつつあります。社会の変容にともなった勤労者へのストレスの増加への対策として、休養回復(リカバリー)を取り入れた働き方と休み方の好循環づくりが求められています。 2 勤務間インターバル  「勤務間インターバル制度」についてご存じの方もいると思います。この制度は、1日の勤務終了後から翌日の出勤までに一定時間以上を設けることで、労働者の生活時間や睡眠時間を確保する制度です。1993(平成5)年、EUにおいて、11時間以上の勤務間インターバルが義務化されました。例えば夜の12時まで残業した場合は、翌朝は11時以降の出社となります。  勤務間インターバル内では、夕食・朝食・入浴・団らん・余暇・睡眠などにより、活力向上の最適化モデルを自分自身で設計管理することが求められます。生活環境と生活様式が多様化した現代を生きる人々は、本来の生体リズムや自然環境の明暗リズムから逸脱した状況での生活を余儀なくされています。このような状況下で、勤務間インターバルをいかに自分自身で最適化し、最良の活力を得て、翌日の勤務へとつなげられているかが重要になります。特に高齢者においては、自身の生活に合った勤務間インターバルを優先的に確保し、そのうえで勤務時間の設計について検討することも必要になります。  神奈川県横浜市が行った調査では、健康上の課題として長時間労働と回答する比率が高かったことが報告されています※1。原則として時間外労働時間の上限は月45時間・年360時間が法律で規定されています。仮に9時〜18時勤務で1日2時間の残業を行った場合(休憩1時間を含む)でも、13時間の平日勤務間インターバルを確保できることになります。長時間労働を課題と感じている人は、自身の生活のなかで、勤務間インターバルに対する量的・時間的最適化について、まずは考える必要性がありそうです。そのうえで、まだ課題を感じるようであれば勤務時間の短縮も選択肢として検討する必要があります。  ここで、日本、韓国、ドイツの3カ国で「自由な時間ができたら何をしたいですか」というアンケート調査の結果をご紹介します(図表1)。韓国では、回答の1位が「運動・スポーツ」でした。ドイツでは、「休息・睡眠」と「友人・恋人などと過ごす」が同率1位でした。日本は、「休息・睡眠」という回答が突出して1位でした。ここから「休養=睡眠」が日本では深く浸透していることが見て取れます。他方、韓国では、運動・スポーツが身体のリフレッシュと考えられ、ドイツでは家族や友人との親睦が休養につながるリフレッシュと考えられているということになります。われわれ日本人も、勤務間インターバル内の行動をあまり睡眠にこだわらずに一人ひとりに合った最適なリフレッシュ法について考える必要があります。 3 「疲労」と「疲労感」  生体防御の三大アラームには、「痛み」、「発熱」、そして「疲労」があります。疲労は、私たちに休息の必要性を知らしめ、過剰な活動による疲弊を防御するための重要な生体警報(アラーム)です。  日本疲労学会では、疲労を「過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退状態である」と定義しています。つまり疲労は、心身の活動によるエネルギーや栄養素の減少、代謝にともなう老廃物の蓄積、神経・内分泌系の生体維持機能の衰弱などにより、生体恒常性が乱れ活動能力が減退した状態と考えられています。労働現場では、普段の生活に比べ負荷が大きいことから疲労をより生じてしまいます。そのうえ、再び労働が行える状態に体調が戻る前に労働を再開していることも多く、これは生体防御のアラームを無視した行動を日常的にくり返していることになります。  日本リカバリー協会による10万人の大規模調査の結果から、成人男女の約8割は、日常的に疲労感を抱えていることが明らかとなっています※2。労働現場では勤労者へのさまざまな疲労軽減の取組みがなされてきましたが、疲労感は過去25年で6割から8割へと増加しています※3。われわれは労働から生ずる疲労の軽減と合わせて、勤務間インターバル内の休養回復(リカバリー)による持続可能な好循環の維持が重要となります。  ところで「疲労」と「疲労感」の違いをご存じですか。「疲労」は心身への過負荷により生じた活動能力の低下をさし、「疲労感」は疲労が存在することを自覚する感覚をさします。「疲労」の状態においては、それを自覚する「疲労感」がつねに一緒に存在することから普段は同義にとらえられています。  そして疲労には、肉体的活動能力の低下をともなう「肉体疲労」と、精神的活動能力の低下をともなう「精神疲労」があります。肉体疲労では、身体の動きの鈍化という活動能力が低下した状態(疲労)と疲労の感覚(疲労感)が一致しやすく、自覚したときには休憩などによりこれに対処しています。  一方、精神疲労による脳・神経系の活動能力の低下した状態(疲労)は自覚しづらく、さらにアラームである疲労の感覚(疲労感)を、責任感・使命感・高揚感などにより覆い隠して活動を継続しがちになります。このとき、本来一致しているはずの「疲労」と「疲労感」の乖離(かいり)が発生します。この乖離が慢性化すると、生体恒常性の乱れの慢性化へと進行してしまいます。特に日本人の勤勉さや勤労に対する根強い義務感、社会的圧力などが慢性化を冗長させる要因にもなっています。さらに、疲労に対する教育の不足から、セルフコントロールやセルフケアのためのリテラシー不足も、課題解決を困難かつ複雑にしています。 4 休養サイクルと休養モデル  先述の大規模調査によると、約8割の成人男女は、疲労解消できず負債として溜めこんでいます。@活動→A疲労→B休養というわれわれの日常サイクルのくり返しでは、疲労を解消できないということになります。そこで私は、@活動→A疲労→B休養↓C活力という四つをくり返す「休養(リジェネレーション)サイクル」を意識的に実践することを提唱しています(図表2)。活動に入る前の活力に意識を向けることで、結果的には生産性向上や欠勤・休業の防止につながるという考え方です。  そこで活動能力の増進のためには、休養から活力への経路についての検討が必要になります。この経路では、「休養モデル(杉田・片野モデル)」の七つのタイプ(方法)を用いることができます(図表3)。休養モデルは、〈1〉「生理的休養」、〈2〉「心理的休養」、〈3〉「社会的休養」の三つに分類され、その先で合わせて七つのタイプに分類されます。  まず〈1〉「生理的休養」には、[1]運動タイプ(激しい運動ではなく、疲労をともなわない軽いジョギングやウォーキング、体操などで血液循環をうながし身体の老廃物除去や細胞への酸素の輸送による回復を目的とするもの)、[2]休息タイプ(身体の動きを止め安静にすることをさします。睡眠はその代表です。一般的に私たちが抱く休養のイメージそのもの)、[3]栄養タイプ(消化器系からのアプローチで休養回復をうながします。腹八分目や断食による消化器の休息、日内リズムを意識した食事のタイミング、腸内環境や代謝酵素を意識した食事など)の三つのタイプがあります。  〈2〉「心理的休養」には、[4]娯楽タイプ(余暇に好きなことで楽しむ。ゲームや各種鑑賞など。ただし、依存しすぎないように注意が必要)、[5]親交タイプ(家族や友人など人との交流、ペットなどの動物や自然とのふれあいなど。これにより癒され安らぎが生まれる)、[6]造形・想像タイプ(日曜大工や絵を描く、料理をする、空想・瞑想するなど。これはストレスを一時的にでも忘れ、何かに没頭することで新たな活力を産み出す)の三つがあります。  そして〈3〉「社会的休養」には、[7]転換タイプ(外部環境の変化がない日常では、慣れや飽きから退屈さが生まれ徐々に活力が失われます。そのような際には転換が必要。旅行による転換は、すぐに思い浮かびますが、それ以外に、身の回りの整理整頓や部屋の模様替え、また衣替えも身近な転換)があります。  私たちの生活環境は過去と比較して大きく変化し、さらに今後もこの変化はより加速し、それにともなったストレスも増大することが容易に想像されます。いままで経験したことのないストレスに対して、これまで通りの方法では早晩対処しきれなくなります。ここでご紹介した休養モデルをヒントに、一人ひとりが勤務間インターバルの最適化モデルを検討し、パフォーマンスの向上を目ざしてみてください。 ※1 横浜市経済局「横浜市景況・経営動向調査第99回(特別調査)」(2016) ※2 一般社団法人日本リカバリー協会「休養・抗疲労白書2023」 ※3 日本疲労学会「抗疲労臨床評価ガイドライン」(2011) 図表1 プライベート時間の行動比較 日本 韓国 ドイツ 休息・睡眠 家族と過ごす 家での娯楽 運動・スポーツ 外での娯楽 副業 友人・恋人などと過ごす 勉強・スキルアップ 家事 ショッピング 日常の買い物 社会活動 出典:マクロミル・翔泳社による共同調査(2019) 図表2 休養(リジェネレーション)サイクル リセット 活力 活動能力の増進 休養 活動 活動能力の減退 疲労 ※筆者作成 図表3 休養モデル(杉田・片野モデル) 休養 生理的休養 心理的休養 社会的休養 運動タイプ 休息タイプ 栄養タイプ 娯楽タイプ 親交タイプ 造形・想像タイプ 転換タイプ ※筆者作成 【P11-14】 解説1 働く高齢者の心の休養≠考える 特定非営利活動法人メンタルレスキュー協会理事長 下園(しもぞの)壮太(そうた) 1 心だって「疲れる」  私たちはどこかで「体は疲れるけれど心は疲れるものではない」と思っていないでしょうか。  特にこれまでの人生をがむしゃらに、あるいは心地よく走り抜けてきた人の場合、エルダー世代(50代以降とします)になったいまでも「心は疲れない」、違ういい方をすると、「気持ちでなんとかなる」と考えている人が多いと思います。  私はカウンセラーとして多くの世代の方々を支援してきました。結論からいうと心も疲れるのです。また、心の疲れについてよく知らない人が多く、その対処を誤る人も少なくありません。本稿では心の疲れの本質とその対応方法を解説していきたいと思います。 ■エルダー世代になるほど心の疲れに注意  心の疲れとは「うつ状態」のことだと思ってください。心は疲れないと思っている人は、自分以外の人がうつ状態になることは知っていても、「自分はうつにはならない」と思っていることが多いのです。  「自分は嫌なことがあっても、上手に気分を切り替えて生きてきた」、あるいは、「自分は複雑で困難な問題があっても逃げることなく真正面から立ち向かい、論理的に考察し、きちんと問題を解決してきた」と思っているでしょう。  歳をとって問題解決能力はさらに向上したし、悩まない考え方も身につけた、だから自分は今後もうつっぽくならない、つまり心が疲れることはない、という考えです。  たしかに、問題解決能力や柔軟な考え方を身につければ、心は疲れにくくなるでしょう。  ところが現実には、そのような人でもエルダー世代でうつになることがあるのです。 ■心も疲れる(疲労の3段階)  心が疲れるといっても、いまの自分がどれほど疲れているかを評価しにくい部分があります。そこで私は「蓄積疲労(うつ)の3段階モデル」を紹介しています(図表1)。  疲労の第1段階は通常の疲労状態です。一晩寝れば元に戻るぐらいの疲れ感だと思ってください。  疲労の第2段階を、私は「2倍モード」と呼んでいます。同じ出来事がいつもよりも2倍しんどく、2倍ショックに感じるような状態だと思ってください。まだ日常生活はにこにこと笑いながらこなせるのですが、いつもなら喜んで行く仕事にも、職場まで移動し、人に気を遣い仕事をこなすことの「負担」の方を強く(2倍)感じるようになります。ただそれでも多くの人は責任感や使命感で仕事をがんばってこなそうとします。  疲労の第3段階は、いわゆるうつ状態です。この状態ではもう思考も回らず体調も崩れてしまうので、なかなか仕事などの日常生活が送れなくなります。  第2・3段階に移行するにつれ、心には、次のような変化が起こります。  まず、疲れ果てているので気力全般がなくなります。楽しいという感覚が薄くなり、何をするにしても非常に大きな負担(いつもより2〜3倍の負担感)を感じてしまいます。  次に、弱っている自分を守ろうとしてやたらに被害妄想的な受けとり方をしたり、将来に対して過剰に不安なイメージを持つようになります。  さらに、自分に対するダメ出しが多くなってきます。自分を責め、自信を失ってしまう状態です。こうなると人様の前に出ることが、とてもしんどく、それを避けるようになってきます。これがいわゆる「心が疲れた状態」だと思ってください。  こうした状態では、充実したエルダー世代を過ごすことができなくなってしまいます。  それを避けるには、心が疲れ切る第3段階の一歩手前、第2段階で、自分の心が疲れていることに気づき、適切な対応、つまり休養をとって、第1段階に戻すことがとても重要になってきます。 ■疲労はエネルギーの消耗と補給のバランス  近年、疲労はたいへん注目されるようになってきましたが、その実態はまだ医学的には解明しきれていません。ただ、いえるのは、疲労は「感じにくい」ということです。まさに気持ちなどで疲労を一時的に感じなくすることができてしまうのです。だからこそ第2段階になっていてもまだ日常生活を続けられることが多いのです。  そこで、疲労は消耗したエネルギーとその後補給されるエネルギーのバランスで決まると考えてみてください。消耗した分をしっかりと睡眠や食事で補給できない状態が続くと、どんどん疲労がたまってしまうのです。  そしてこれは仕方のないことですが、歳をとると、同じことをしても使用するエネルギーが大きくなり、またエネルギーの補給力(回復力)も弱くなってしまうのです。  ですからどうしても若い人と比べると、早く疲れるし、疲れが長引くようになってくるのです。先の3段階モデルでいえば、元気なときでも、第2段階の状態にいると考えてもよいでしょう。  ですから歳をとればとるほど疲労のコントロールは重要になってきます。 ■大きなトラブルより「変化」への対応で疲れる  蓄積疲労が悪化していくのには、まずは集中的な過重労働や、災害にあった場合などが考えられます。ただこれらの場合は、同時に体の方も疲れてくるので、自然に休養をとるケースが多いのです。  実際に疲労の第2・3段階に悪化している人に多いのは、むしろこれといって大きな出来事はないが、小さな環境の変化が続いてしまっている、という方です。  図表2は、ライフイベント、つまり日常的な出来事がどれぐらいエネルギーを使うかを、イメージ的に点数化した研究です。これらのライフイベントは、一つひとつがそれほど大きな出来事ではないのですが、それらが例えば一年の間に集中してしまうと、次の年に体調不良を起こすことが多くなることが知られています(ホームズらの研究、1967)。  エルダー世代になると、仕事などの過重労働からは解放されることは多いと思いますが、介護や家計問題、子どもや孫の世話、自分や家族の健康上の変化、親や友人、ペットの死などに遭遇することが多くなります。また、定年後に転職、起業、転居などがある人も多いでしょう。  一つひとつはそれほどたいへんなことではないかもしれませんが、これらの「変化」が集中し、知らない間に蓄積疲労が進んでいくのがエルダー世代の「心の疲れ」の典型だと思ってください。 2 心の休養のとり方を知ろう(第2段階を感じたら)  心の疲れをためないために、一番重要なのは、第2段階にさしかかったときに適切な休養をとることです。  第2段階では「疲れ」としてはなかなか自覚できなくても、うっすらとした不調を感じる人は多いものです。「なんとなく何をやってもおもしろくない」、「気力が低下している」、「ワクワクしない」、「嫌々やっている」。あるいは「イライラしている」、「被害妄想的に感じている」、「何事も悲観的に考えてしまう」、「自分に対する自信がなくなってきている」などです。  また、体調不良の方が前面に感じる人も少なくないようです。頭痛・関節痛などの痛みが強くなる人もいれば、不眠があらわれる人も少なくありません。病院に行ってもなかなか改善しないのがうつ状態からの体調不良の特徴です。 ■癒し系ストレス解消法  さてこのようなときに、これまでは何か楽しいことをしてこのうっすらとした不快感を一掃してきました。「スポーツをする」、「旅行をする」、「友人や恋人と楽しい時間を過ごす」などの方法です。このようなストレス解消法を私は「ハシャギ系」と呼んでいます。  ハシャギ系は、強い快感でうっすらとした不快をぬぐい去る対処法ですが、じつはその対処法自体にエネルギーを使ってしまうという欠点があります。  エルダー世代がライフイベントで知らず知らずのうちに疲労をためてしまった場合、従来からのハシャギ系ストレス解消法をやってしまうと、そのときは一瞬楽しくても、それによって消耗して、結果として蓄積疲労を深めてしまうという悪循環に陥りがちなのです。  エルダー世代の心の疲れに有効なのは、私が「癒し系」と呼んでいるストレス解消法です。  癒し系のストレス解消法とは、昔から年配の方々が好んできた盆栽、俳句、散策、体操、ゲートボールなど、激しくないスポーツ、写真、映画、絵画、料理などです。  ポイントは、それをやるのにあまりエネルギーを使わないこと。そしてある程度の快感もあり、それをやっているときだけは嫌なことを忘れることができること。また、例えばお金を使いすぎたり人間関係を悪くするなど、自信の低下や自責の念、不安をいたずらに刺激するものでないこと。この三つの条件を満たすものであれば何でもよいのです。  どれが自分にしっくりくるかはやってみなければわかりません。いろいろ試してみてください。また、エルダー世代の心身や環境はどんどん変化していくので、5年前に有効であった癒し系のアイテムが、いまも有効であるかどうかはわからないのです。つねにいまの自分に合ったものを探す必要があると考えてください。 ■気合いを入れるのではなく、まず休養  第2段階の不調を抱えたとき、ハシャギ系で気分を変えるだけでなく、自ら厳しい環境に飛び込んで自分に気合いを入れ直したり、修行や自己改革などを始める人もいます。若いときから親しんできた「克服体験、成長体験」で、自信を取り戻そうとしてしまうのです。  ところが若いときならともかく、エルダー世代が第2段階の状態で、さらに自分を追いこむのは、あまり有効な対策とはいえません。さらに自信を失うだけです。  これまで説明した通り、さまざまな不調は心の疲れであると認識してみることからスタートしてください。「疲れている」と認識できれば、あえて厳しい課題を自分に与えるなどということはせず、休む方向で対処できます。  このとき、栄養などに意識が向かうかもしれませんが、効果があらわれるまでかなりの期間がかかります。刺激に対して2倍強く反応する第2段階で一番手っ取り早く状況を改善するのは、「刺激から離れる」ことです。いま「嫌だな」、「負担だな」、「避けたいな」と感じている仕事や人間関係や環境から、しばらく距離を置いてください。それだけでも十分大きな休養効果があらわれます。  そして、できるだけ睡眠をとることを意識してみてください。第2段階になっていると睡眠の質はどうしても崩れてきているので、「ぐっすり眠る」ことをイメージしすぎると、いつまでも不十分な感じがして、上手に休養できていない気がして余計に不安になってしまいます。そこで現実的には、睡眠の質にこだわらず、とにかくいつもよりも1時間でも2時間でも長い時間の睡眠をとることを意識するとよいでしょう。  嫌な刺激や人間関係から距離をとって、睡眠を十分にとって、残りの時間は癒し系のストレス解消法をやって時間を過ごす、というのが、第2段階を感じたときの基本的対処法なのです。  若い人なら、3日で休養の効果を感じられますが、エルダー世代になると、回復まで時間がかかります。まず2週間ほどそのような休養生活をしてみてください。もしそれで回復しない場合は、いよいよ第3段階になっているか、あるいはほかの病気になっているのかもしれません。専門家に相談するタイミングだと思ってください。 図表1 蓄積疲労の3段階(1倍〜3倍モード) あるショック S S S 集中・楽しめる 緊張・対応 回避・記憶化 不眠、食欲不振など体の不調が出始める いつものことが負担に・傷つきやすい・イライラ(表面は飾れる) うつ状態・自責・不安・無力・負担 1段階疲労 (通常疲労) 1倍モード 2段階疲労 2倍モード 3段階疲労 3倍モード ※筆者作成 図表2 ライフイベントのストレス 100 配偶者の死 73 離婚 65 別居 63 懲役 63 近親者の死 53 けがや病気 50 結婚 47 失業 45 離婚調停 44 家族のけがや病気 40 妊娠 39 性的困難 39 家族の増加 39 新しい仕事 38 家計の悪化 37 友人の死 36 転職 35 夫婦喧嘩の増加 31 百万円以上の借金 30 預金等の消滅 29 仕事の責任変化 29 子どもの独立 29 親戚とトラブル 28 個人的成功 26 妻の就職・退職 26 入学・卒業 25 生活リズムの変化 24 習慣の変更 23 上司とトラブル 20 労働環境変化 20 転居 20 天候 19 趣味の変化 19 宗教の変化 18 社会活動変化 17 百万円以下の借金 16 睡眠リズムの変化 15 同居人の変化 15 食習慣の変化 13 長期休暇 12 クリスマス 11 軽微な法律違反 出典:Holmes,T.H.,Rahe,R.H.:The Social readjustment rating scale.J Psychosom.Res,11;213-218,1967 【P15-18】 解説2 働く高齢者の体の休養≠考える 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所睡眠・覚醒障害研究部部長 栗山(くりやま)健一(けんいち) 1 休養としての睡眠の重要性  睡眠は、健康を維持するうえで重要な休養行動です。われわれは毎日の生活を送るなかで、日中の目覚めている間に食事の摂取などの生命維持に必要な行動とともに、家庭・社会生活を維持するため、家事や育児、労働などさまざまな肉体的・頭脳的行動を日々とっています。これらは、疲労と呼ばれる身体組織の微小損傷をともない、ときによって疾病と呼ばれる大損傷を引き起こします。睡眠中にはこうしたさまざまなレベルの身体損傷を回復するための機能が働くことがわかっています。このため、睡眠は生命維持に不可欠で重要な休養行動なのです。十分な休養に値する睡眠がとれているかどうかは、睡眠の量(睡眠時間)と質(睡眠休養感)を目安に測ることができます。 2 睡眠時間・床上時間と健康リスクの関係 (1)睡眠時間と健康リスク  1950年代以降、睡眠時間と健康リスクの関連について、数多くの調査が行われており、高血圧、冠動脈性心疾患、脳卒中、2型糖尿病、うつ病などの疾患の発症リスクや総死亡イベント発生リスクとの関連が検討されていますが、いずれもほぼ一様に、睡眠時間は1日7時間前後より長くても短くてもこれらのリスクを上げる関係が示されています(図表1)。  これは、おおよそ7時間程度が健康を維持するうえで確保すべき睡眠時間であることを示しています。しかし、短時間睡眠が健康を害することは、必要な休養量が担保されないことから理解できますが、長時間の睡眠時間がなぜ健康を害する原因となるのかは説明がつきません。 (2)床上時間と健康リスク  自身が眠ったと感じる長さは、しばしば実際に眠っていた時間の長さとはズレが生じ、特に高齢者においては実際の睡眠時間より自覚的な睡眠時間のほうが長く評価され、このズレが大きくなること自体が将来の死亡リスクを高めることが報告されています。  われわれが近年行った研究では、中年成人(40〜64歳)は実際に寝ていた時間が短いこと(睡眠不足)が将来の死亡リスクを高めるのに対し、高齢者(65歳以上)では、実際に寝ていた時間の長短は死亡リスクと関係はなく、床上時間が長いことが死亡リスクを高めることがわかりました(図表2)。  おそらく、先に述べた長時間の睡眠が健康リスクに及ぼす影響は、正確な睡眠時間を自覚するむずかしさから、必要以上に床上で過ごすことにより睡眠の質が低下し、日中の活動時間が相対的に減少することによって生じると考えられます。  これらから、中年成人では最低6時間以上の睡眠時間を確保し睡眠不足を極力避けること、高齢者では8時間を超えて長く床の上で過ごさないことが推奨されます。 3 睡眠の質と健康リスクの関連  そもそも質という概念は、量だけでは評価しがたい、主観的な感覚に基づく評価といえます。また、睡眠時間が十分であったとしても、睡眠の質の低さを感じる経験はだれもがあると思います。  厚生労働省が毎年実施している国民健康・栄養調査では、2007(平成19)年度より、「睡眠で休養がとれていますか」という質問項目を採用し、国民の睡眠充足度を計っています。この「睡眠で休養がとれている感覚」は、さまざまな睡眠障害で低下することが知られていますが、近年、睡眠障害の有無だけではない全般的な睡眠の健康度を反映した、睡眠の質の指標であることがわかってきました。  先に紹介したわれわれの調査研究でも、「睡眠休養感」の有無を含めて解析すると、中年成人では睡眠休養感のない短時間睡眠(5.5時間未満)が死亡リスクを高め(相対危険度1.54倍)、高齢者では睡眠休養感のない長い床上時間(8時間超)が死亡リスクを高める(相対危険度1.57倍)ことがわかりました(図表3)。 4 睡眠休養感を高めるためには  睡眠休養感を高めるために、まず睡眠時間を適正化することが重要です。睡眠不足は睡眠休養感低下の要因となりますが、高齢者の場合、むしろ長く床に留まること(過剰な床上時間)の方が睡眠休養感を低下させ、健康リスクとなります。加齢にともない必要な睡眠量が減少することから、知らず知らずのうちに床上時間過剰に陥っている可能性があります。  また高齢者の多くは、体内時計の加齢性変化によって睡眠と覚醒のメリハリが低下し、夜は眠りが深まりづらく些細な刺激で目覚めやすくなる一方で、昼間に眠気を感じる時間が増えます。対処法としては、日中の活動量をできるだけ増やし、床の上で過ごす時間を8時間未満を目安に減らすこと、日中の仮眠も極力減らし、どうしても眠気が強いときのみ短時間(1日30分未満を目安)の仮眠にとどめることです。 5 睡眠休養感を低下させるそのほかの要素 (1)日中の生活習慣  日中はできるだけ活動的に過ごし、身体活動量を増加させることが重要です。運動の種類は問わず、あらゆる運動が中途覚醒を減らし、睡眠を深めるなど、睡眠の安定化につながります。運動は1日40分程度を目標とし、可能なかぎり毎日行うことが理想です。体力や健康状態に合わせて可能な頻度・強度で導入し、徐々に増やして習慣化させましょう。運動を行う際には、一人で行うより複数名で行うことで、より効果が高まるとともに習慣化の助けにもなります。運動は戸外で行うことで、日光による体内時計調整効果も得られます。  ストレスをためない生活習慣を心がけることも重要です。日中にたまったストレスは、スムーズな寝つきを妨げ、眠りを不安定にします。昼間のストレスは早めに解消するよう、特に夕方以降はリラックスできる環境を整えましょう。就寝前早めの時間帯に、ぬるめのお湯にゆったり浸かる入浴法はおすすめです。このような入浴によりリラクゼーションがうながされ、自律神経が安定します。また、体温が一時的に高まることで、入浴後の体温低下がうながされスムーズな入眠につながります。さらに、アロマやスローミュージックなど、心地よいと感じる環境を整えることも入眠をうながす役に立つでしょう。 (2)寝室環境  日中の光は昼夜のメリハリを高めるために有効ですが、夜間の光は睡眠を妨害する刺激となります。このため、入床前にテレビやパソコン、スマートフォンなどの画面を見続けることは避け、夜間は寝室をできるだけ暗くする必要があります。夜中にお手洗いに行く際に、足元が暗いと心配な場合、足元のみを照らす間接照明を用い、ベッドの上はできるだけ暗くする工夫をしましょう。  寝室は一晩を通して快適な環境にすることが原則です。特に夏場はエアコンを使用し、一晩中快適な温度を保つようにしましょう。冬場は、寝具を利用し床内温度を適正化することで眠りを安定させることが可能です。その場合、一枚の掛け布団で適温を目ざすよりも、薄めの寝具を複数枚使用し、就寝中に調節可能にする方がよりよいでしょう。  寝室の騒音は眠りを妨げますので、できるかぎり静かな環境に保つことをおすすめします。テレビやラジオをつけっぱなしで寝るのは、気づかぬうちに眠りを不安定にする原因となります。 (3)嗜好品の摂り方  飲酒は寝つきを改善する効果がありますが、アルコールは体内で代謝されアセトアルデヒドという物質に変化します。この物質はアルコールと反対に覚醒作用を示すため、むしろ眠りを不安定にし、途中で目覚める原因となります。このため、飲酒は適量にとどめ、できるかぎり早めの時間に済ませる必要があります。日本人はアルコールの代謝酵素の働きが弱い人が多く、この場合、アルコール代謝により長い時間を要するため、睡眠への影響はより深刻です。寝酒習慣はかえって睡眠を悪化させ、健康への悪影響も大きいことがわかっています。  日常よく口にするお茶やコーヒーにはカフェインが含まれています。カフェインは覚醒作用があることから、夕方以降のカフェイン摂取は眠りを不安定にすることがわかっています。加齢によりカフェインの代謝能が低下してくると、これまでと同量の摂取であっても、眠りへの影響は強くなっています。カフェイン摂取量が多い場合、たとえ午前中の摂取であっても眠りに影響する場合があります。  たばこに含まれるニコチンも覚醒作用を示す物質です。ニコチンも眠りを不安定にしますが、習慣的に喫煙しているとむしろ寝る前に一服しないとよく眠れないと感じる方が多いでしょう。これは、ニコチンの離脱症状(禁断症状)により興奮が高まっているせいであり、ニコチンを補充することで一時的に離脱症状を治めることができるためです。喫煙習慣をやめることで、長期的に眠りを安定化させるのに役立ちます。 6 睡眠障害も睡眠時間・睡眠休養感の確保を妨げる  上記のような眠りを不安定化させる生活習慣、寝室環境、嗜好品の摂り方を改善してもなお、睡眠休養感が著しく低く、日中の眠気がひどい場合には、何らかの睡眠障害が隠れている場合があります。  なかでも、閉塞性睡眠時無呼吸は中年期以降、高齢者で好発する疾患であり、夜間にくり返すいびき、日中の眠気や居眠り、睡眠休養感の低下などがおもな症状としてあらわれます。閉塞性睡眠時無呼吸では、加齢による上気道の筋力低下や肥満を一因として、睡眠中に気道が狭窄することで呼吸が一時停止し、血中の酸素が不足します。酸素不足になると覚醒反応が生じて呼吸は再開しますが、再び眠りにつくとまた呼吸が停止し、これを一晩の間に何度もくり返します。慢性的な酸素不足は、高血圧や脳卒中、心筋梗塞、心不全、糖尿病などさまざまな疾患を引き起こし、健康寿命を短くする原因ともなります。  不眠症も加齢にともない発症率が高くなる睡眠障害です。不眠症では、なかなか寝つけない、夜間に何度も目覚める、朝早く目覚めるなどの症状により、日常生活に支障(倦怠感や集中力の低下、日中の眠気、仕事の効率や学業成績の低下など)を生じます。高齢者の不眠は、先に述べた、睡眠の必要性が低下するにもかかわらず床の上で過剰に眠ろうとすることに加え、不適切な生活習慣・寝室環境・嗜好品の摂り方などが重なって発症することが多いことから、病態が悪化する前に、前述の習慣を改めることが有効です。 ※ Yoshiike T, Utsumi T, Matsui K, Nagao K, Saitoh K, Otsuki R, Aritake-Okada S, Suzuki M, Kuriyama K. Mortality associated with nonrestorative short sleep or nonrestorative long time-in-bed in middle-aged and older adults. Sci Rep. 2022 Jan 7;12 (1):189. doi: 10.1038/s41598-021-03997-z. PMID: 34997027; PMCID: PMC8741976. 図表1 睡眠時間と死亡リスク 高 相対危険度 低 1.5 1.4 1.3 1.2 1.1 1 0.9 睡眠時間 2時間 3時間 4時間 5時間 6時間 7時間 8時間 9時間 10時間 11時間 ※筆者作成 図表2 睡眠時間・床上時間と死亡リスク 中年成人 (40−64歳) 死亡イベント発生率(%) 追跡期間(年) 睡眠時間で3群に分類 短時間 (約5.5時間未満) 中間(基準) (約5.5−7時間) 長時間 (約7時間超) 高齢者 (65歳以上) 追跡期間(年) 床上時間で3群に分類 長時間 (約8時間超) 中間(基準) (約6.5−8時間) 短時間 (約6.5時間未満) 出典:Yoshiikeら(2022)※より作成・転載 図表3 睡眠休養感と睡眠時間・床上時間が全死亡リスクに与える影響 中年成人 (40−64歳) 危険 安全 高 相対危険度 低 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.1 睡眠時間 短時間 (約5.5時間未満) 中間(基準) (約5.5−7時間) 長時間 (約7時間超) 高齢者 (65歳以上) 危険 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.1 床上時間 短時間 (約6.5時間未満) 中間(基準) (約6.5−8時間) 長時間 (約8時間超) 睡眠休養感なし 睡眠休養感あり 95%信頼区間 出典:Yoshiikeら(2022)※より作成・転載 【P19-22】 解説3 フレイル・サルコペニア予防に向けて ―休養の視点を交えて― 鹿児島大学医学部保健学科理学療法学専攻教授 牧迫(まきざこ)飛雄馬(ひゅうま) 1 フレイルとは  「フレイル」は、「か弱さ」や「もろさ」を意味するfrailty≠ェ語源となっており、加齢によって心身が老い衰えた状態をさします。かつては「虚弱」や「老衰」などの表現がなされていましたが、これらに代わって「フレイル」を使用することが提唱されました(日本老年医学会、2014〈平成26〉年)。「虚弱」や「老衰」という表現では、加齢によって老い衰えてしまって改善がむずかしいという印象を与えることが懸念されるため、しかるべき対策によってfrailty≠ヘ健常な状態に戻ることができるという意図が含まれています。  一方で、フレイルの状態が放置されると要介護状態を招いてしまう危険が高くなります※1。また、フレイルは足腰の衰えといった身体的な問題だけではなく、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、独居や経済的困窮などの社会的問題も含まれます(図表1)。 2 サルコペニアとは  サルコペニアとは、加齢による筋肉量の減少および筋力の低下のことを意味しており、ギリシャ語で筋肉を意味する「サルコ(sarx/sarco)」と喪失を意味する「ペニア(penia)」を合わせた造語です。サルコペニアを発症すると近い将来に介護が必要になる危険が高くなり、2016年には国際疾病分類に登録されており、疾患と位置づけられています。  サルコペニアを発症するメカニズムには、加齢にともなう神経の変性やホルモンの変化、ミトコンドリア(筋肉の活動や発達、維持においても不可欠な細胞小器官)の機能不全などのほか、不活動や疾患(臓器不全、炎症性疾患、悪性腫瘍など)、栄養状態の悪化が原因となる場合もあると考えられています。 3 フレイル・サルコペニア予防のための休養および食生活  フレイルに関連する要因として、疾患や加齢による活動の減少、筋肉量の減少、口の機能低下、低栄養などがあげられます。これらの要因が悪循環を形成するとフレイルの発生や悪化を加速させてしまいます。このことをフレイルサイクルと呼び、フレイルの予防・改善のためには、この負のサイクルを断ち切ることが重要となります(図表2)。そのためには、習慣的な運動や食生活の改善、積極的な外出による活動性の向上、適度な休養などといった生活習慣に気をつける必要があります。  フレイルの予防のために良質な睡眠は大事な生活習慣のひとつとなります。適切な睡眠時間、ぐっすりと眠れたと感じる睡眠の質、夜間の中途覚醒の抑制、日中の眠気の防止などに注意することが大切です。睡眠の時間は短くても長くても、身体的フレイルの予防のためにはよくないとされており、1日6〜8時間が適切な睡眠時間の目安とされます。「よく眠れた」と感じられる睡眠の質が悪化することもフレイルの要因にもなるとされています。睡眠時間のみに気をとられずに、睡眠の質を高めるためにも、日中の活動時間の確保など、1日の生活全体を考えて、規則正しい習慣が大切となります。日中の積極的な身体活動の促進は、これらの睡眠の状態を良好にすることにもつながります。  フレイルやサルコペニアの予防においては食生活も重要となります。食事で気をつけたいことのひとつは、バランスのよい食事を心がけることです。肉類、魚介類、卵類、大豆・大豆製品、牛乳、緑黄色野菜類、海藻類、いも類、果物、油脂類の10食品群を、できるだけ毎日摂取することが推奨されます※2、3(図表3)。また、筋肉量を維持・向上させるには、肉や魚、大豆、卵などの筋肉の生成に効果のあるタンパク質が豊富な食材がおすすめです。タンパク質の働きを助けるビタミンB6が豊富な食材(マグロ赤身・レバー・鶏ささみ・キウイ・バナナなど)や筋肉を動かすエネルギー源となる炭水化物(米・パン・麺類)などをバランスよく摂取することも大切です。過度な飲酒は筋肉がつくられるのを妨げる物質(ミオスタチン)を増加させるとされていますので、飲酒は適度にすることが必要です。 4 フレイル・サルコペニア予防に向けた健康指導  フレイルやサルコペニアは、高齢期における健康問題のひとつですが、予防のためには中年期からの対策も大切となります。例えば、40〜50代での習慣的な運動は、虚血性心疾患、高血圧、糖尿病、肥満、骨粗しょう症、結腸がんなど、多くの疾患の罹患リスクを低下させることにつながり、これらの疾患は高齢期に生じるフレイルのリスクにもなります。  フレイルの予防のために、習慣的な運動は非常に重要です。目安として、週150〜300分の有酸素運動(ウォーキングなど)、週2〜3回の筋力トレーニングを習慣化することがおすすめです。ジョギングや筋力を鍛えるトレーニングといったいわゆる激しい運動だけでなく、普段の生活における身体を動かす活動(身体活動)も重要となります。また、運動の原理の一つに可逆性があります。つまり、身体的な活動が促進されると効果が期待されますが、中止してしまうと効果は持続しないため、いかに継続できるかがポイントとなります。個人で目標を設定したり、楽しみながら取り組めるような習慣的な運動を継続するための工夫も必要となります。  サルコペニアの予防・改善のためには、筋肉量を増やすことと筋力を強化することが必要となります。そのためには、運動に加えて栄養が重要となります。運動ではある程度の負荷をかけて筋力が発揮されることが推奨されます。特に、抗重力筋と呼ばれる体幹や脚の大きな筋肉を重点的に鍛えることが必要です。  栄養に関しては、バランスのよい食事と筋肉をつくることを促進するためにはタンパク質の摂取が必要となります。筋肉量の維持には体重1.0kgあたり1日1.0gのタンパク質の摂取が必要とされ、サルコペニアの予防や改善のためには体重1.0kgあたり1日1.2〜1.5gのタンパク質の摂取が推奨されます。例えば、体重50kgであればサルコペニアの予防や改善のために筋肉量の増大を図るうえでは1日あたり60〜75gのタンパク質の摂取が望まれます。1食あたりタンパク質20gの摂取を目安として、肉や魚の場合は、重量約100gに含まれるタンパク質は約20gとなります(図表4)。ただし、腎機能障害などでタンパク質の摂取に制限が必要となる場合もありますので、かかりつけ医に相談のうえで取り組みましょう。  前述の通り、良質な睡眠はフレイルの予防には有益となりますので、リラックスした気分で寝床に入ることも重要です。副交感神経が働き、血圧や脈拍数が下がって呼吸が穏やかな状態になると眠りに入りやすくなるといわれていますので、ぬるめの湯で入浴(10分間程度)したり、読書をしたりして、ゆったり気分で寝床に入ることも有効です。休日に長めに眠りたいときは、平日との差を2時間以内にとどめて日による差を少なくすることも適切な睡眠時間を得ることにつながります。そのほか、光を浴びて適度に活動したり、しっかり睡眠をとって休息をしたりといった生活のリズムも大切となります。  また、フレイルには多面性という特徴があり、身体的な問題だけでなく、認知・心理・精神的な問題や社会的な問題も含まれます。そのため、身体を鍛えるための対策だけでなく、認知・心理・精神的な要素や社会的な要素への対策も考慮することが望ましいと考えられます。例えば、知的な刺激のある活動(読書やカードゲームなど)や社会的な活動(ボランティアや地域行事への参加など)に積極的に取り組むこともフレイル予防にとって重要とされます。  楽しめる趣味を持ったり、好奇心を持って新しいことにチャレンジしたり、こころの豊かさを意識することもフレイル対策の一つとして推奨されます。 ※1 Makizako H, Shimada H, Doi T, Tsutsumimoto K, Suzuki T. Impact of physical frailty on disability in community-dwelling older adults: a prospective cohort study. BMJ Open. 2015;5(9):e008462. ※2 熊谷修,渡辺修一郎,柴田博,天野秀紀,藤原佳典,新開省二,et al. 地域在宅高齢者における食品摂取の多様性と高次生活機能低下の関連.日本公衆衛生雑誌. 2003; 50 (12):1117-24. ※3 Kiuchi Y, Makizako H, Nakai Y, Tomioka K, Taniguchi Y, Kimura M, et al. The Association between Dietary Variety and Physical Frailty in Community-Dwelling Older Adults. Healthcare (Basel). 2021;9(1). 図表1 フレイルの相対的な位置づけと特徴 ■身体的 ・サルコペニア(筋量減少・筋力低下) ・ロコモティブシンドローム(運動器症候群) ■認知・心理・精神的 ・記憶力低下 ・不安・気分の落込み ■社会的 ・支援者の不在 ・一人暮らし ●健常と要介護(機能障害)の中間の時期 ●多面的である ●可逆性を有する 健常 プレフレイル(予備軍) フレイル 機能障害 出典:公益財団法人長寿科学振興財団『令和2年度業績集』 図表2 フレイルの悪循環 口腔機能↓ 慢性的低栄養 加齢・疾病など 対人交流・会話↓ 総エネルギー消費量↓ 骨格筋量↓(サルコペニア) 基礎代謝率↓ 閉じこもり↑ 社会交流↓ 痛み 活動量↓ 筋力↓ 知的刺激↓ うつ↑ 認知機能↓ 要介護 機能障害 歩行↓ 身体的 認知・心理・精神的 社会的 口腔(オーラル) ※筆者作成 図表3 食品摂取多様性 食品摂取頻度:それぞれ10食品群の1週間の食品摂取頻度を評価 ほぼ毎日食べる…3点 2日に1回食べる…2点 週に1・2日食べる…1点 ほとんど食べない…0点 →30点満点 フレイルリスクのカットオフ(境界)値 16点以下 @肉類 点 A魚介類 点 B卵類 点 C大豆・大豆製品 点 D牛乳 点 E緑黄色野菜類 点 F海藻類 点 Gいも類 点 H果物 点 I油脂類 点 あなたの点数は?→  点 ※筆者作成 図表4 筋肉量維持・増大に必要なタンパク質の摂取量の目安 必要なタンパク質の量(1日・体重1kgあたり) 筋肉量の維持 1g 筋肉量の増大 1.2〜1.5g 肉類 (100g前後) 16〜20g 魚介類 (100g前後) 16〜20g 豆腐1/3丁 (約100g) 6〜7g 牛乳コップ1杯 (約200ml) 6〜7g 卵1個 約7g 納豆1パック (約50g) 約8g ※筆者作成