多様な人材を活かす 心理的安全性の高い職場づくり  高齢者をはじめとする多様な人材の活躍をうながすうえで大切な「心理的安全性」について、株式会社ZENTechの原田将嗣さん、石井遼介さんに解説していただきます。  最終回となる今回は、株式会社ポーラで2021(令和3)年に定年を迎え、その後再雇用として「ワクワクセカンドキャリアづくり」を実践している“ワクワクまーくん”こと佐野真功さんの事例を紹介するとともに、心理的安全性の高い職場と、一人ひとりのやりがいの関係性についてお伝えします。 株式会社ZENTech(ゼンテク) シニアコンサルタント 原田(はらだ)将嗣(まさし)(著) 代表取締役 石井(いしい)遼介(りょうすけ)(監修) 最終回 事例で見る、やりがいのある職場をつくるリーダーシップ 1 営業マネジャーからシニアのワクワクをつくる仕事へ  今回は、「再雇用で楽しく活き活きと働いている高齢社員がいる」という情報をもとに、直接お話を聞く機会をいただきました。お話を聞くなかで、「シニアも含めた多様な人々が輝く、これからの職場づくり」のヒントがありました。特に「シニアとしての働き方」と、「会社・職場のシニアとのかかわり方」の二つの点で実践的な知見をいただきました。  株式会社ポーラの佐野(さの)真功(まさのり)さんは、2021(令和3)年に60歳で定年を迎えるまで25年以上、営業マネジャーとしてキャリアを積んできました。定年前は関越エリアゼネラルマネジャー(部門長)として、群馬・長野・新潟の3地区を担当し、化粧品販売でトップクラスの業績を残してきました。定年後は役職を離れ、また営業も離れ、現在は人事戦略部ヒューマンバリューチームで、後述の「ミドルシニアワクワク支援」―ポーラのなかで従業員のキャリアデザインを支援する仕事―を「自分自身の使命」と考え、精力的に取り組んでいらっしゃいます。役職定年や役割の大きな変化、ときに過去の部下や後輩が組織図上は上司となるなど、一般的には「落ちこんでしまう」ことも多い再雇用で、佐野さんはどのようにキャリアを考え、またポーラはそれをどのようにフォローしてきたのでしょうか。まずは、佐野さんがセカンドキャリアについて考えを深め始めたきっかけをうかがいました。 2 喪失感からキャリアデザインへ  営業の第一線で働いていた佐野さんが、セカンドキャリアについて考え始めたのは50代半ばを過ぎたころでした。それまで営業マネジャーとして業績を上げることで感じていた、大きな達成感ややりがいが感じられなくなってきたといいます。そのように感じていたタイミングの2020年、コロナ禍が押し寄せ、対人接客を主とする佐野さんの仕事にも大きな影響がありました。もともと人と会うことが好きで、営業の仕事をしていた佐野さんにとって、リアルで会える時間がとれないことの喪失感は決して少なくありませんでした。  そんな折に、佐野さんは自分から一歩前に進んでトライしてみました。転機になったのは二つ。一つは、ポーラが社内で開催したキャリア研修に参加したことでした。あらためて「自分とは何か」、「自分にできることは何か」を考えたといいます。役職定年後、マネジメントの任を解かれたとき、いちプレイヤーとして自分に何ができるのかを考え始めたのだそうです。そしてもう一つ、新規事業提案制度に手をあげて参加したことでした。自分より10歳も20歳も年の離れたメンバーとともにプロジェクトを進めるなかで、「若手から学べることがある」、また「自分の得意なことを教えることもできる」と体感し、年代に関係なく学び合うことの大切さを感じました。新規事業として提案した「セカンドキャリア制度」について、そのときは残念ながらプロジェクト化にはなりませんでしたが、この提案が定年後、人事部の仕事を会社から提案されるきっかけになったのでした。 3 自分が一番のペルソナと考えて学び、考え、体感したものを広げる  自らを「ワクワクまーくん」と呼ぶ佐野さんは、インタビューの冒頭から柔らかい表情と穏やかな口調で、話しやすい場をつくってくださいました。  営業マネジャーとして第一線で働いていた佐野さんが、定年を迎えるにあたって直面した疑問がありました。それは、定年を迎えて本部に戻った際、「いちプレイヤーとして何ができるのか?」、「自らの居場所をどうしたらよいのか?」という問いです。これまで営業マネジャーとして結果責任を負い、リーダーやメンバーの育成をにない、判断や決裁をしてきました。当時、60歳を過ぎて再雇用となった先輩方が元気がなくなっていく姿に「なぜだろう?」と思っていましたが、いざ自分がその立場になったとき、「役割が変わる不安」、「収入減による経済的不安」、「家族との関係性が変わることへの不安(佐野さんの場合は、15年の単身赴任から自宅生活に戻る)」など、さまざまな不安が生まれ、自分自身にあらためて向き合う必要があったのです。  会社が実施したキャリア研修を受講してから、社外のキャリアに関するセミナーやカウンセリング、コーチングを受けたり、ファイナンシャルプランナーの資格を取ったり、自ら積極的に学びを進めるなかで、ある考え方が生まれました。  それは、「再雇用で仮に70歳まで働くとしたら、生活のためだけに働くのはつらい」ということでした。多くの企業では再雇用のシニアに、役職も収入も大きく下がる代わりに、任せる仕事や責任も軽いものに調整することが多いでしょう。しかし、じつはシニアは、少なくとも佐野さんのような意志あるシニアは、責任やタスクを単に減らされたいのではなく、期待されたり、なにか自分から仕掛けていきたいのです。  実際、佐野さんは「10年あったら何か新しいことができるのではないか」と、考えたそうです。未来について好きなことや得意なこと、新しいことを考えたとき、少しずつワクワクした気持ちになってきたのです。そして、多くの定年を迎える人も同じように不安を抱いているなら、自分と同じようにワクワクした気持ちでセカンドキャリアを始めてもらいたい、との想いが大きくなったといいます。そこから、いま取り組んでいる「ミドルシニアワクワク支援」が誕生しました。  いまは、自らをミドルシニアのペルソナ※として、ポーラ社内にある「幸せ研究所」でミドルシニアの幸せについて研究・実践をくり返しながら、立ち上げた社内コミュニティ「ライフシフトカフェ」の月1回の企画運営を通して、シニアと職場がWin−Winになる関係づくりに挑戦しています。 4 これからのシニアがやっていく「二つの言語化」 @自分の経験を社外で通じるスキルへ言語化する  これまでの経験のなかでつちかってきたことのうち、社外・市場でも価値を発揮するものは、どのようなものがあるか、棚卸しし、言語化してみてください。例えば「プレゼンテーションが上手い」のであれば「わかりやすく話す」というスキルがあります。自分のやってきたことを「論点を整理する」や「まとめる」、「文書にする」、「ファシリテーションする」、「教える」など、社外に発信してもわかりやすいスキルにいいかえてみましょう。 A自分の好きなこと、ワクワクすることを言語化する  あらためて、「自分の好きなことってなんだろう?」、「楽しいと感じるときはどんなときだろう?」、「だれの笑顔を見るとうれしく感じるだろう?」、「これから『こうなったらいいなぁ』と思う理想の未来像ってどんな未来だろう?」、「幸せに感じることってなんだろう?」などを言語化してみましょう。仕事人生をふり返り、最も自身が輝いていた瞬間を思い出してみてもよいでしょう。もちろん、仕事とまったく関係のないことでもよいと思います。「ワクワクの言語化」がセカンドキャリアの原動力になります。 5 これからの職場・リーダーは「期待の対話」をしよう  佐野さんは「再雇用の方には、補助的な仕事を設定しがちです。そこには『いままでのように責任ある仕事を任せてはいけないのでは』という思いこみがあるように感じます。でも、補助的な仕事で定年後10年間、モチベーションを保って働くことはできるでしょうか。本人のワクワクを大事にし、やりたいことにチャレンジできる環境をつくることが大事だと思います」といいます。  ぜひ、会社や管理職、人事として、シニア本人が、どのような責任を果たしたいのか、どのようなチャレンジがしたいのか、どのように期待してもらいたいのか、そんなテーマで未来志向の対話をしてみるのはいかがでしょうか。  もちろん、やりたいことはどんなことでもチャレンジしないといけないのか、というと決してそのようなことはありません。大切なことは、自分のやりたい〈利己〉と、仕事仲間・チーム・会社のため、顧客・社会のためという〈利他〉の両方を同時に満たしている接点を見出していくための対話です。  佐野さんは、「自分のためだけだと『自分勝手』となって共感を得られませんし、相手のためだけでは『自己犠牲』となり継続が困難になります。シニアが主体的に取り組むためにこそ、じつは〈利他〉だけではなく〈利己〉も大切なのです。そのような考えをリーダー・メンバーが共有し、信頼関係ができている職場が『心理的安全性が高い職場』といえると思います。私の職場は◎です! 感謝しています」と笑顔で話してくださいました。  佐野さんのいう「『いままでのように責任ある仕事を任せてはいけないのでは』という思いこみ」を、お互いに外して、敬意は持てども遠慮はせず、ぜひ心理的安全な対話をしてみましょう。 6 シニアの働きがいと職場の心理的安全性  心理的安全性とは「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことをいい合える状態」をいいます。「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子を高めることでチームに心理的安全性を醸成することができます。  佐野さんに、いまのチームで高いと思う心理的安全性の因子を聞いたところ、「話しやすさ」、「助け合い」が高いとおっしゃっていました。シニアはチームにおいて「必要とされているかどうかに不安を感じていることが多い」ので、リーダーやメンバーから声をかけてもらうと居場所を実感できて、心理的安全性を感じられます。いきなり「対話」はむずかしいと感じる方も、まずは挨拶や「いつも◯◯してくださって、ありがとうございます」とお礼を伝えるところから、コミュニケーションを始めてみてはいかがでしょうか。  最後に佐野さんから、多様な年代のチームで心理的安全性の高いチームをつくる秘訣をうかがいました。「心理的安全性は、リーダー・メンバーとの信頼関係を実感できるかどうかが重要と考えます。その信頼関係はコミュニケーション濃度(互いに相手を知る)と、一人ひとりの失敗許容度に影響されるかもしれません。シニアと若手、年代の異なるメンバーがそれぞれの得意なことでお互いに協力・フォローし合えるチームは、心理的安全性が高いチームなのだと思います。思いやりですね」(佐野さん)  実際、弊社ZENTechの調査でも、心理的安全性は、信頼関係やエンゲージメント(働く人のやりがい)が、ポジティブに関連することが分かっています。その一歩目は、じつは遠慮して「責任ある仕事を任せない、補助的な仕事のみを任せる」ことではなく、むしろ遠慮なくお互いにリクエストする、困っていたら助けを求める、新しいアイデアや情報を共有することなのです。  世代を超えて、心理的安全性の高い組織・チームをつくるため、あなたから「ぜひ、◯◯さんに、これをお願いしたいのですが…」と、リクエストしてみるところからスタートしてみてはいかがでしょうか。〈おわり〉 ★本連載の第1回から最終回まで、当機構(JEED)ホームページでまとめてお読みいただけます https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.html ※ ペルソナ……モデルとなる人物像のこと 写真のキャプション 佐野真功さん(写真提供:株式会社ポーラ) ライフシフトカフェで「ミドルシニアワクワク支援」に取り組む佐野さん(写真提供:株式会社ポーラ) 佐野さんと上司(部長)の岸本裕さん(右)(写真提供:株式会社ポーラ)