知っておきたい 労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第71回 定年後の同一労働同一賃金、能力不足を理由とする賃金減額 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 正社員に付与している休暇について、定年後再雇用者に付与しないことに問題はありますか  定年後の再雇用者について、正社員であったころと業務内容は大きく変わらないのですが、正社員には夏季休暇、年末年始休暇を与えている一方で、定年後再雇用者については、夏季休暇、年末年始休暇を設定していません。定年後再雇用者が、休みを求めてきた場合には、有給休暇を使ってもらっていますが、問題あるでしょうか。 A  同一労働同一賃金には、休日や休暇などに関する労働条件も含まれています。夏季休暇、年末年始休暇を与えないことに合理的な理由が説明できない場合には、たとえ有給休暇を与えている場合でも、違法なものとして賠償責任を負うことがあります。 1 同一労働同一賃金について  同一労働同一賃金に関して、かつては労働契約法第20条(現在は削除)に定められていましたが、現在は、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(以下、「パート有期労働法」)の第8条に定められています。その内容は、「短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ」を対象として、通常の労働者との比較において、@業務の内容および責任の程度(以下、「職務の内容」)、A職務の内容および配置の変更の範囲、Bその他の事情(待遇の性質や目的に照らして適切と認められるもの)を考慮して、「不合理と認められる相違」を設けてはならないとされています(いわゆる「均衡待遇」の規定)。  他方で、「職務の内容が通常の労働者と同一の場合」については、同法第9条が「雇用関係が終了するまでの全期間」において、@職務の内容および配置、A職務の内容および配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれる者については、「短時間・有期雇用労働者であること」を理由として、「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ」について、差別的取扱いをしてはならないとされています(いわゆる「均等待遇」の規定)。  法文の記載が若干異なりますので、整理すると図表1の通りになります。 図表1 「均衡待遇」と「均等待遇」 対象となる待遇 前提条件 考慮要素 許容されない差異 均衡待遇 基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ 短時間・有期雇用労働者であること @職務の内容 A職務の内容および配置の変更の範囲 Bその他の事情 不合理と認められる相違 均等待遇 基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ 短時間・有期雇用労働者であることを理由としていること @職務の内容 A職務の内容および配置の変更の範囲 差別的取扱い ※筆者作成 2 定年後再雇用について判断した裁判例  定年後再雇用の嘱託社員が、@賞与に相当する期末・勤勉手当の支給がないこと、A夏季および年末年始休暇がないこと(有給休暇として扱われたこと)、B扶養手当の支給がないことは不合理であるとして事業者を訴えた裁判例(社会福祉法人紫雲会(しうんかい)事件。宇都宮地裁令和5年2月8日判決、東京高裁令和5年10月11日判決)があります。  この判決の意義としては、支給されていなかった時期が労働契約法旧第20条適用時期とその後のパート有期労働法が改正および施行された時期にまたがっていたことから、一つの事件において、労働契約法旧第20条に基づく均衡待遇に関する判断だけではなく、パート有期労働法第8条に基づく均衡待遇や第9条に基づく均等待遇に関する判断もなされている点です。適用時期との関係で、パート有期労働法に基づく判断は、まだ多いとはいえず、同法第9条に基づく均等待遇の適用要件について判断した事例はほとんどありません。  まず、均等待遇の適用に関しては、パート有期労働法第9条には「短時間・有期雇用労働者であることを理由として」との要件が明記されている点をとらえて、「処遇の相違が期間の定めに関連して生じたものであるというだけでは足りず、処遇の相違が有期労働契約であることを理由としたものであることを要するものというべき」と判断しています。処遇の相違が期間の定めに関連していれば、均衡待遇に関する規定が適用されるという判断は最高裁の判例でも確立していますが、均等待遇に関して要件が加重されることを明確にしています。そして、この裁判例においては、処遇の相違が、単に有期雇用労働者であることを理由としたものではなく、退職金の支給を受けたなど、定年後再雇用の事情が考慮されていることをふまえて、嘱託社員とその他の有期雇用労働者(臨時職員)においても異なる処遇になることから、均等待遇の規定は適用されないと判断されました。  労働契約法旧第20条およびパート有期労働法第8条に基づく均衡待遇の規定については、適用があることを前提として、@職務の内容、A職務の内容および配置の変更の範囲、Bその他の事情を考慮して判断されました。  手当ごとの判断をまとめると図表2の通りです。  なお、基本給部分は、正社員の約80%程度(期末・勤勉手当が支給されないことによる年収を比較しても約62%程度)であり、退職金として2100万円程度を受給し、嘱託社員は労働組合との団体交渉を経て、賞与の支給がないことを明記した内容の嘱託社員労働契約書が締結されていたといった事情もありました。  夏期および年末年始休暇の趣旨について判断を示した点も特徴であり、「所定休日や年次有給休暇とは別に、労働から離れる機会を与えることにより、労働者が心身の回復を図る目的」や「年越し行事や祖先を祀るお盆の行事等に合わせて帰省するなどの国民的な習慣や意識などを背景に、多くの労働者が休日として過ごす時期であることを考慮して付与されるもの」という整理がされています。  そして、このことをふまえたとき、この要請は嘱託社員にも等しくあてはまることを理由に、不合理な差異で違法であり、出勤日数に応じた賃金相当額の損害賠償の支払いを命じるという結論につながりました。  本判決によって、定年後再雇用者と通常の有期雇用労働者の処遇について、相違なく同様の取扱いをしている場合には、均等待遇の規定が適用される可能性があることが明確にされたと考えられますので、留意が必要です。 図表2 当該裁判における均衝待遇に関する判断 労働条件の種類 不合理か否か 主な理由 期末・勤勉手当(賞与) 不合理ではない 定年後再雇用は長期雇用を前提としていない 夏季・年末年始休暇 不合理で、違法となる 心身を回復する目的や国民的な習慣や意識により付与されるもの 扶養手当 不合理ではない 扶養手当は継続的雇用を確保する目的である ※筆者作成 Q2 業務を遂行するうえでの能力が不足している社員の賃金は減額してもよいのでしょうか  採用するときに期待していただけの能力を有しておらず、能力不足と感じている社員がいます。ほかの社員としても、同等の賃金を得ていることに不服を感じているようなので、実際の労務提供の成果をふまえて賃金を減額したいのですが、可能でしょうか。 A  就業規則に、減額の事由、その方法および程度などについて具体的かつ明確な基準が定められていることが必要とされることもあるため、自社の就業規則の規定を確認したうえで、慎重に行う必要があります。根拠規定がない場合は、本人を説得のうえ、自由な意思による同意を得る必要があります。 1 賃金の減額について  労働基準法第11条には「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と定め、「賃金」に該当する場合には、通貨払いの原則、直接払いの原則、全額払いの原則などによるさまざまな保護を受けることになり、労働者にとって賃金を受領することは重要な権利と位置づけられます。  そして、賃金は、労働条件のなかでも特に重要なものとして位置づけられており、その減額を合意により行う場合には、自由な意思による合意が必要と考えられています(山梨県民信用組合事件、最高裁平成28年2月19日判決)。  なお、合意以外の方法での減額が一切許容されていないわけではありません。例えば、就業規則の不利益変更により、個別の従業員ではなく全体の賃金を下げるような場合については、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に、その変更の効力が生ずると考えられています(大曲市農業協同組合事件、最高裁昭和63年2月16日判決)。  このように、賃金に関する不利益変更については、労働契約法で労働条件の変更として許容されている合意や就業規則の変更による場合でも、かなり慎重な判断がなされています。それでは、労働契約法に根拠がない、使用者による一方的な減額は可能なのでしょうか。 2 一方的な賃金減額方法に関する裁判例  ご紹介する裁判例は、業務成果などの不良を理由として賃金の減額を一方的に行ったところ、その有効性が争いになった事件です(システムディほか事件。東京地裁平成30年7月10日判決)。  使用者からは、「就業規則である賃金規程中には、基準給は本人の経験、年齢、技能、職務遂行能力等を考慮して各人別に決定する(10条1号)、裁量労働手当は裁量労働時間制で勤務する者に対し従事する職務の種類及び担当する業務の質及び量の負荷等を勘案して基準給の25%を基準として各人別に月額で決定支給する(12条)、技能手当は従業員の技能に対応して決定、支給する(13条)との定めがある」ことを理由として、期待する十分な業務成果を上げることができず技能が著しく不足していたことから、賃金を減額することを決定したと主張されています。  一見すると、能力に応じて賃金を決定することができることから、減額の根拠もあると解釈することも可能であるように思われます。  しかしながら、裁判所は、「特に賃金は労働契約の中で最も重要な労働条件であるから、使用者が労働者に対してその業務成果の不良等を理由として労働者の承諾なく賃金を減額する場合、その法的根拠が就業規則にあるというためには、就業規則においてあらかじめ減額の事由、その方法及び程度等につき具体的かつ明確な基準が定められていることが必要と解するのが相当である」という基準を示しました。そして、使用者が定める規定について、「各賃金が減額される要件(従前支給されていた手当が支給されなくなる場合を含む)や、減じられる金額の算定基準、減額の判断をする時期及び方法等、減額に係る具体的な基準等はすべて不明であって、被告会社の賃金規程において、賃金の減額につき具体的かつ明確な基準が定められているものとはいえない」うえ、「昇給に係る規定はあるが、降給については何らの規定もないことが認められ、被告会社の賃金規程は、そもそも降給、すなわち労働者の賃金をその承諾なく減額することを予定していない」とも指摘され、このことは「原告の配置や業務が変更されたことによっても左右されない」として、賃金の減額が一切認められませんでした。 3 賃金減額における留意事項  賃金については、能力に応じて支給される職能給と職務に応じて支給する職務給という考え方があり、後者の場合であれば、配置や業務が変更された場合には賃金が変更されるという考え方と親和性があります。  しかしながら、賃金の性質については、職能給であるのか職務給であるのか、それともこれらがミックスされたものであるのか、一部の手当については職務給的要素が強いのかなど、さまざまなバリエーションが存在しており、その決定方法については、基本的に自社の就業規則および賃金規程の内容によって定まることになります。裁判例が降給(労働者の承諾なく賃金を減額すること)を予定していないと指摘している点もその表れであり、降給の規定がないことから、職能給的性質が強いと評価されるということにつながります。  賃金の性質決定については、近年では同一労働同一賃金の差異に、正社員と定年後再雇用者においてその性質に差異があるのかといった点にも影響しているところであり(名古屋自動車学校事件。最高裁令和5年7月20日判決においても、基本給の性質や目的を十分にふまえて行うことが求められています)、自社の賃金の性質が説明可能となるように、就業規則および賃金規程の整備を進めることが必要といえるでしょう。