いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第45回 「春闘」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は春闘(しゅんとう)について取り上げます。毎年、春になると報道などで聞く機会が増え、労働者・経営者にとっても関心の高い事柄ではないでしょうか。 春の交渉で年間の処遇が決定される  春闘とは何かについては、労働組合(労組)※1の全国中央組織(ナショナル・センター)である連合(日本労働組合総連合会)の説明が分かりやすいので引用すると「労働組合が労働条件について要求し、使用者(経営者)と交渉し決定することをいいます。大手企業を中心に、労働組合(略称:労組)が企業に要求を提出するのが2月、企業からの回答が3月頃であることから、『春闘』と呼ばれているのです」とあります。要は賃上げや福利厚生などの労働条件に関する話合いと決定を春にまとめて行う行為ですが、時期が春なのは、3月末決算・4月新事業年度開始というタイミングに合わせ、賃上げ※2や、人事関連の制度運用開始などを4月に実施する企業が多いことに起因しています。日本以外の企業は決算期が12月の会社が多く、4月を起点に労働条件の見直しを図ることが一般的ではないことから、春闘は日本独自の慣行ともいわれています。秋にも同様の労使交渉がある場合は秋闘(しゅうとう)と呼んだりしますが、多くの企業は春に1年間の処遇を決定する傾向にあります。 スケジュールは横並び  春闘の流れをもう少し詳しく見ていきます。連合の場合、前年の8月ごろから検討開始、12月上旬に春闘の全体方針を発表、その方針に基づき1月下旬から2月中旬にかけて産業別組合(産別)が具体的な要求を決定します。一方、経営者側は、1月中旬に経団連(日本経済団体連合会)が交渉指針を出し、1月下旬には、連合と経団連が賃上げなどお互いの方針を説明する労使フォーラムが開かれ、事実上春闘が開始となります。この後、企業ごとの組合(単組)は産別の要求に基づき要求書をまとめ、2月中旬をめどに企業へ提出します。企業側は経営層や人事・総務部門が中心となり、要求に対する会社の考え方と、どの程度要求に応じるのかを検討し、労組側に3月中旬をめどに回答します。要求と回答にギャップがある場合には、経営側・組合側の代表者を中心に労使交渉を重ね、おおよそ3月末までに妥結していきます。  なお、これらの要求・交渉・妥結は、主要大手企業の場合は横並びのスケジュールで実施されます。横並びで実施するのは、労組側は単独で交渉するより有利な回答を引き出すため組合同士で連携する、経営者側は他社の交渉動向を参考にしながら回答するという双方の事情に基づいています。特に、大手企業の回答が出揃う日を集中回答日と呼んでいます(2024〈令和6〉年は3月13日)が、この回答内容をふまえ、大手企業は妥結に向けて動き、中小企業は交渉を本格化させます。労組がない企業でも、特に賃上げについては大手企業の回答を参考にして検討するケースが多く、春闘のおよぼす影響は大きいといえます。毎年の賃上げ率や額が産業別・企業規模別にある程度一定水準なのは、この春闘の進め方が大きく影響しているともいえます。 春闘のあり方は時代とともに変化する  春闘の前提は、労働者側と経営者側の立場や意見が異なる点にあります。労働者側(連合)は春闘の正式名称を「春季生活闘争」としていますが、経営者側(経団連)は「春季労使交渉」と呼んでいる違いにも表れていると思います。労働者側の呼び方は、労働条件を力で勝ちとるニュアンスが比較的強く出ていますが、春闘の始まりはまさにこのような状況でした。  春闘は、1955(昭和30)年に私鉄総連(日本私鉄労働組合総連合会)や合化労連(合成化学産業労働組合連合)・電機労連(全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会)などの8つの産業別組合(8単産)※3が、解雇反対や低賃金打破などを目ざし共闘したことが始まりといわれています。朝鮮戦争休戦による不況で人員整理が実施されたことに対し、企業別の組合だけでは解雇に反対しても成功することが少なく限界があるため、共闘して企業や社会に対する影響力を大きくする必要があったことが背景にあります。  この後、日本経済は高度経済成長・オイル ショック・バブル経済と崩壊・リーマンショックと好況・不況をくり返してきましたが、いずれの時期も春闘の主要なテーマは賃上げで、労組側の要求の大きさに対して経営側の回答は小さく、お互いが同意・妥協できるラインで妥結するというのが基本パターンでした。春闘は労働三権のうち、労働者が使用者と交渉する権利である団体交渉権の行使にあたるため企業としては交渉に応じなければならないのですが、主張をぶつけ合うなかで紛糾し、会社側からの交渉打ち切りや、それに対抗するために労働者が要求実現のために団体で行動する権利である団体行動権を行使し、ストライキにまで発展するといったケースも見られました。  しかし、近年では闘争よりも話合いのニュアンスが強くなっているように変化しています。2008(平成20)年のリーマンショック後の景気低迷を背景に、多くの企業ではベースアップ未実施、定期昇給も低水準が続き、労使ともにそれを打破する大きな動きはありませんでした。しかし、2014年に政府が景気浮揚・成長戦略の一環としてベースアップを中心とした賃上げを企業に要請していきます。政府が春闘に介入することを官製春闘と呼んだりしますが、毎年春闘前になると賃上げを政府から企業に要請し、一定の大手企業が応じていくことが恒例化していきます。特に、2023年は、近年例を見ない物価上昇や、人手不足による人材獲得競争、日本企業の国際競争力の低下などの課題感とこれらに対応するために賃上げの重要性が労使で共有され、労組の要求通りに受け入れる満額回答やそれを上回る回答、これまで賃上げに慎重だった企業も一気に賃金を引き上げるなど、これまでに見られなかった展開を見せました。2024年もこの流れは継続しており、経団連・連合の会長同士の会談でも例年以上の賃上げが必要との見解で一致し、労使協調の傾向が強まっています。  次回は、「ウェルビーイング」について取り上げます。 ※1 本連載第28回(2022年9月号)「労働組合」をご参照ください。https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202209/#page=50 → ※2 賃上げ……賃金を引き上げること。賃金表にのっとって個人別に毎年賃金を引き上げる定期昇給や、賃金表と対象者を一律に引き上げるベースアップなどが含まれる ※3 8単産…… 合成化学産業労働組合連合、日本炭鉱労働同組合、日本私鉄労働組合総連合会、日本電気産業労働組合、日本紙パルプ紙加工産業労働組合連合会、全国金属労働組合、全国化学一般労働組合同盟、全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会の8つの単産をさす