技を支える vol.338 独自の「変換継ぎ手」で雨どいのトラブルを解決 建築板金工(けんちくばんきんこう) 橋本(はしもと)健次(けんじ)さん(61歳) 「普段から職業訓練校で教えていると、やり方が頭に入っているので、部材の設計・製作も半日程度の短時間ですませることができます」 壊れた部材が廃番品でも技術力を活かして安価に改修  「建物内に雨が漏れないようにする『雨仕舞(あまじま)い』が、建築板金工の仕事です」と話すのは、令和5年度「現代の名工」を受賞した橋本健次さん。代表取締役を務める埼玉県三み郷さと市の「有限会社橋本板金工業所」で、住宅・店舗・ビルなどの屋根・外壁・雨どいの改修工事をおもに手がけている。上の写真で、ステンレスの板をタイル状に施した破風板(はふいた)は、橋本さんの手によるものだ。  「当社が引き受ける仕事は、価格よりも、仕事をきちんとやってくれることを重視するお客さまからのリピートが多いのが特徴です」  橋本さんが特に得意とするのが、古くなって壊れた雨どいの修理。壊れた部材がすでに廃番品で、ほかの業者に頼むと全取替えとなり高額になってしまうような場合に、橋本さんは新たに設計したり既製品を改造して「変換継ぎ手」をつくり、壊れた部材と交換することで、コストを数分の一に抑えることができる。  「つくる手間はかかりますが、お客さまからお金に代えられない信用を得られ、その後の仕事のリピートにつながっています」 自分で責任を持って仕事をし顧客の信頼を獲得  橋本板金工業所は1969(昭和44)年に橋本さんの父親が設立した。橋本さんは工業高校を卒業後、同社にすぐ入社せず、東京の自動車部品メーカーに就職した。  「一度東京でスーツを着て働いてみたい、というのが動機でした(笑)。ただ、いまではその会社で生産技術や品質管理、会社の組織などを勉強できて、よかったと思います。4年後に父から『戻れ』といわれ、父のもとで働き始めました」  当初は板金のことを何も知らなかったため、職業訓練校に通って技術を一から学んだ。  「父は自分でもやればできるのに、仕事を受けたらほかの職人に外注するのが基本でした。そのため、私はそういう職人さんたちの仕事を見よう見まねで自然に覚えていった感じです。もともと模型飛行機づくりが好きで、自動車部品の会社にも勤めていたので、技術の習得には苦労しませんでした」  バブルが弾けた後は仕事が減少し、一時は月に1〜2件しかない時期もあった。そんな時期に父親から経営を引き継いだ。「手先は器用だが、営業が下手」という橋本さんは、塗装業や防水業などの仕事仲間の紹介で頼まれた仕事を堅実にこなすことで信用を築き、その信用によって仕事を徐々に増やして苦境を乗り越えた。  「自分で責任を持って仕事をしてきたから、いまがある」と話す橋本さん。現在は、既存顧客への対応だけで忙しい状況だという。 技術の研鑽(けんさん)と後進の指導が部材の設計・製作に役立つ  橋本さんの技術力は折り紙つきだ。埼玉県技能競技大会では1位の知事賞を3度獲得した。その後、さらなる技術向上を目ざし、東京都銅板加工技術研究会に入会。平らな銅板を叩いて丸く加工する「絞り」や、銅板溶接などの技術を磨いた。銅板を自由自在に加工する技術は、雨どいの変換継ぎ手の製作にも活かされている。  また、埼玉県建築板金技能士会で国家試験の準備講習会の講師を約10年務め、2011(平成23)年からは蕨戸田(わらびとだ)建設高等職業訓練校の指導員(現在は副校長)として、後進の育成にも努めている。  「雨どいの継ぎ手のようなものが半日程度でつくれるのも、日ごろから職業訓練校で展開図の作成や板金での製作を教えているからだと思います。国家試験の前に勉強しただけでは、いざやろうとしてもなかなかできないでしょう」  また、職業訓練校で教えてきたことで生徒たちから信頼を得られ、業界内での輪が広がったという。社員の田村隆幸さんも教え子の一人。橋本さんの技術や教え方に魅力を感じ、「なかば拝み倒して入社しました(笑)」と話す。そんな田村さんに橋本さんは「仕事を覚えて、どこででも通用する職人になってほしい」と期待を込める。 有限会社橋本板金工業所 TEL:048(955)5416 (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 折り台に板を載せ、拍子木(ひょうしぎ)で叩いて折り曲げる、板金の基本作業。社員の田村(たむら)隆幸(たかゆき)さん(右)は「一から十までだけでなくプラスαまで教えてくれます」と話す 埼玉県三郷市で、父親の代から50年以上にわたり営業している橋本板金工業所 雨どいの変換継ぎ手を銅板で製作。取り替えコストの削減に貢献した 工場の壁にきれいに整頓された工具類。几帳面な性格は母親譲りとのこと。さまざまな工具を使いこなす建築板金は「やろうと思えばいろいろなことができる、つぶしの利く仕事」と話す 銅板を叩いて丸く加工する「絞り」。均等に叩かないと厚みにムラが出てしまう。右は銅板で製作した洋風鬼瓦 2011年から蕨戸田建設高等職業訓練校の指導員として、後進の育成に努めている。生徒に合わせたわかりやすい教え方に定評がある(写真提供:有限会社橋本板金工業所) 「絞り」の技術を磨くために製作した一輪挿しとやかん。それぞれ銅板溶接を施しているが、その部分をさらに絞ることによって、溶接の跡はほとんどわからなくなっている