【表紙1】 令和7年7月1日発行(毎月1回1日発行)第47巻第7号通巻548号 Monthly Elder 2025 7 高齢者雇用の総合誌 特集 新任人事担当者のための高齢者雇用入門 リーダーズトーク 未来に向けた「健康経営の進化」を提言 高齢化の「進化」で生涯現役社会を構築 特定非営利活動法人健康経営研究会 理事長 岡田邦夫 読者アンケートにご協力をお願いします! 【表紙2】 助成金のご案内 65歳超雇用推進助成金のご案内 高齢者助成金の説明動画はこちら 65歳超継続雇用促進コース 65歳以上への定年の引上げ、定年の定めの廃止、希望者全員を対象とする66歳以上への継続雇用制度の導入、他社による継続雇用制度の導入のいずれかの措置を実施した事業主の皆様を助成しま 主な支給要件 @労働協約または就業規則で定めている定年年齢等を、過去最高を上回る年齢に引上げること A定年の引上げ等の実施に対して、専門家へ委託費等の経費の支出があること。また、改正前後の就業規則を労働基準監督署へ届け出ること B1年以上継続して雇用されている60歳以上の雇用保険被保険者が1人以上いること C高年齢者雇用等推進者の選任及び高年齢者雇用管理に関する措置(※)の実施 支給額 ●定年の引上げ等の措置の内容、60歳以上の対象被保険者数、定年の引上げ年数に応じて160万円まで支給。 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース 高年齢者の雇用管理制度を整備するための措置(賃金制度、健康管理制度等)を実施した事業主の皆様を助成します。 支給対象となる主な措置(注1)の内容 @高年齢者の能力開発、能力評価、賃金体系、労働時間等の雇用管理制度の見直しもしくは導入 A法定の健康診断以外の健康管理制度(人間ドックまたは生活習慣病予防検診)の導入 (注1)措置は、55歳以上の高年齢者を対象として労働協約または就業規則に規定し、1人以上の支給対象被保険者に実施・適用することが必要。 支給額 ●支給対象経費(注2)の60%(中小企業事業主以外は45%) (注2)措置の実施に必要な専門家への委託費、コンサルタントとの相談経費、措置の実施に伴い必要となる機器、システム及びソフトウェア等の導入に要した経費(経費の額に関わらず、初回の申請に限り50万円の費用を要したものとみなします。) 高年齢者無期雇用転換コース 50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換した事業主の皆様を助成します。 主な支給要件 @高年齢者雇用等推進者の選任及び高年齢者雇用管理に関する措置(※)を1つ以上実施し、無期雇用転換制度を就業規則等に規定していること A無期雇用転換計画に基づき、無期雇用労働者に転換していること B無期雇用に転換した労働者に転換後6カ月分(勤務した日数が11日未満の場合は除く)の賃金を支給していること C雇用保険被保険者を事業主都合で離職させていないこと 支給額 ●対象労働者1人につき30万円 (中小企業事業主以外は23万円) 高年齢者雇用管理に関する措置(※)とは、55歳以上の高齢者を対象とした、次のいずれかに該当するもの(a)職業能力の開発及び向上のための教育訓練の実施等、(b)作業施設・方法の改善、(c)健康管理、安全衛生の配慮、(d)職域の拡大、(e)知識、経験等を活用できる配置、処遇の推進、(f)賃金体系の見直し、(g)勤務時間制度の弾力化 障害者雇用納付金関係助成金 障害者雇用納付金関係助成金の説明動画はこちら 障害者作業施設設置等助成金  雇入れ、雇用の継続に必要な障害特性による就労上の課題(加齢に伴う課題を含む)を克服し、作業を容易にするために配慮された施設等の設置・整備を行う場合に支給します。 助成対象となる措置 @障害者用トイレや手すりを設置または整備 A拡大読書器を購入 等 助成額 支給対象費用の2/3 障害者雇用相談援助助成金 対象障害者の雇入れ及び雇用継続を図るための一連の雇用管理に関する援助の事業(障害者雇用相談援助事業)を実施する事業者(※)に支給します。※事前に労働局の認定が必要です。 助成対象となる措置 @利用事業主に障害者雇用相談援助事業を行った場合 A@を行った後に利用事業主が対象障害者を雇い入れ、かつ6か月以上の雇用継続をした場合 助成額 @60万円ほかA1人7万5千円 ほか 障害者介助等助成金 適切な雇用管理のために必要な介助等の措置や、加齢に伴う課題の解消のために必要な介助等の各種措置を行う場合に支給します。 助成対象となる措置 @職場復帰支援 A中途障害者等や中高年齢等障害者の技能習得支援 B職場介助者の配置または委嘱 (継続措置および中高年齢等措置あり) C手話通訳・要約筆記等担当者の配置または委嘱 (継続措置および中高年齢等措置あり) D職場支援員の配置または委嘱(中高年齢等措置あり) E健康相談医の委嘱 F職業生活相談支援専門員の配置または委嘱 G職業能力開発向上支援専門員の配置または委嘱 H介助者等の資質向上措置 I重度障害者の業務遂行のために必要な支援を重度 訪問介護等サービス事業者に委託 助成額 @月4万5千円 ほか ABCEFGH支給対象費用の3/4ほか D月3万円 ほか I支給対象費用の4/5ほか 重度障害者等通勤対策助成金 障害の特性に応じた通勤を容易にするための措置を行う場合に支給します。 助成対象となる措置 @住宅の賃借 A住宅手当の支払い B駐車場の賃借 C通勤用自動車の購入 D重度障害者の通勤援助のために必要な支援を重度訪問介護等サービス事業者に委託 (ほかにも対象となる措置がありますのでHPでご確認ください) 助成額 @〜C支給対象費用の3/4 D支給対象費用の4/5ほか 職場適応援助者助成金 職場への適応を容易にするために職場適応援助者による支援を行う場合に支給します。 助成対象となる措置 @訪問型職場適応援助者による支援 A企業在籍型職場適応援助者による支援 (@Aとも中高年齢等措置あり) 助成額 @1日3万6千円まで ほか A月9万円 ほか ほかにも助成金がありますので、ホームページでご確認ください e-Gov電子申請を利用して申請できるようになりました 24時間365日いつでも手続きできます! ※お問合せや申請は、当機構(JEED)の都道府県支部高齢・障害者業務課(65ページ、東京・大阪支部は高齢・障害者窓口サービス課)までお願いします。 【P1-4】 Leaders Talk No.122 未来に向けた「健康経営の進化」を提言 高齢化の「進化」で生涯現役社会を構築 特定非営利活動法人健康経営研究会 理事長 岡田邦夫さん おかだ・くにお 大阪ガス株式会社産業医、健康開発センター管理医長を経て統括産業医に就任。2006(平成18)年にNPO法人健康経営研究会を設立し理事長に就任。現在、経済産業省健康経営推進検討会委員。厚生労働省と文部科学省のメンタルヘルス関係の委員などを歴任。  いまや企業経営には欠かせないキーワードとなった「健康経営○R」(★)。この言葉を生み出したNPO法人健康経営研究会では、2025(令和7)年3月に、「『健康経営の進化』―2040年の日本の未来に向けて―」という提言を、健康長寿産業連合会、健康経営会議実行委員会との連名で発表しました。今回は、NPO法人健康経営研究会理事長の岡田邦夫さんに、同提言のねらいと、今後の健康経営のあり方についてお話をうかがいました。 アメリカの「ヘルシーカンパニー」の発想をもとに日本独自の「健康経営」を提言 ―働く人の健康を含む人的資本への関心が高まるなか、「健康経営」があらためて注目されています。日本で初めて健康経営を提唱したNPO法人健康経営研究会の設立の経緯と活動について教えてください。 岡田 私たちは健康経営を「企業が従業員の健康を経営的視点でとらえ、戦略的に実践することで、経営面でも大きな成果を期待できる」と定義しています。  健康経営の考え方はアメリカの「ヘルシーカンパニー」に由来します。米国の経営心理学者のロバート・ローゼンが1980年代に「健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくる」というヘルシーカンパニーという考え方を掲げ、経営的視点から体系化しました。ローゼンは、健康な従業員はパフォーマンスも高いと主張し、不健康だと従業員の能力が発揮されないことから健康管理の重要性を指摘しています。その一方で、アメリカでは健康を害し、仕事ができない人を解雇できる法律があります。企業は従業員の健康づくりの支援はしますが、健康状態が悪い人は取締役や管理職になれません。なぜなら管理職になったとたん心筋梗塞などで亡くなってしまうと、それまでの投資が無駄になるからです。  しかし日本では解雇権濫用法理があり、合理的理由なく辞めさせることはできませんし、入社してから退職まで雇用し、健康保険組合が疾病などを中心に健康をサポートしています。一方で、健康診断など莫大な健康管理費用を費やしているにもかかわらず、健康診断の有所見率は増加傾向にあり、「やりっぱなし・ほったらかしの健診」といわれることもあるように、投資に対してリターンを求めていないというおかしな状況でした。そこにメスを入れて健康の持つ事業性を経営者がしっかりと認識し「投資をしている以上リターンを求めるべきだ」というのが健康経営の最初の発想でした。そこで有識者が集まり、健診のあり方を含めた検討会を設置し、それを機に2006(平成18)年に健康経営研究会を設立しました。同年に「健康経営」という言葉の商標登録を行いNPO法人としての活動がスタートしました。活動当初は理事が活動費を出しあって、無償で健康経営のセミナーなどの普及啓発活動に取り組んできました。 ―当初はなかなか浸透しなかったということですが、いまでは経済産業省の「健康経営優良法人」の認定など、健康経営に対する企業の関心も高まっています。 岡田 1995年に高齢社会対策基本法が制定され、「高齢化の進展の速度に比べて国民の意識や社会のシステムの対応は遅れている。早急に対応すべき課題は多岐にわたるが、残されている時間は極めて少ない」と危機感が表明されました。生産年齢人口が減少する一方で、高齢労働者は増加し、健康や体力に関する経営課題が顕在化することも予測されていました。労働者の健康が企業経営に及ぼす影響はますます深刻になるとの危惧から、当時の厚生省、労働省、通商産業省で議論が始まり、私も委員として議論に参加しました。  ですが、私たちの啓発活動でセミナーを開催すると、中小企業からは「従業員も不足していないし、人手不足の心配はない」といわれるなど、なかなか浸透しませんでした。潮目が変わったのは政府が“国策”として推進の旗を掲げたことです。2014年の安倍晋三内閣で閣議決定された「『日本再興戦略改定2014』ー未来への挑戦」で「健康経営」の推進が掲げられ、経営者に対するインセンティブとして「健康経営銘柄」の設定を打ち出しました。さらに2016年度からは「健康経営優良法人認定制度」も始まりました。私たちの活動にも関心が高まり、NPOの会員も現在では100法人を超え、多くの方に賛同をいただいています。営利目的ではなく啓発活動が中心ですが、会員が集まったことで以前の手弁当から、講師に交通費や講演料も出せるようになりました。 経営的視点でとらえる1.0、深化を図る2.0を経て 健康経営は「高齢化の進化」をうながす3.0へ ―健康経営研究会では、2021(令和3)年に「未来を築く、健康経営の深化」と題する政策提言を行い、2025年3月には、健康長寿産業連合会、健康経営会議実行委員会とともに「健康経営の進化―2040年の未来に向けて―」を発表されました。提言のねらいについて教えてください。 岡田 2006年(健康経営研究会設立時)に提唱した健康経営の考え方を1.0、2021年の提言を2.0、今回の提言を3.0と位置づけています。1.0では経営者が健康管理を単なる福利厚生の一環とせず、経営戦略として推進することを提起し、2.0では従業員をコストではなく「資本」としてとらえ、経営者を含む組織全体が倫理観に基づき健康経営を実践することの必要性について提言を行いました。2.0で「深化」という言葉を使ったのは、健康経営を深めることによって組織を活性化することがねらいでした。  健康経営3.0の核心は、「人的資本の変革」を通じた「高齢化の進化」への新しいアプローチです。少子高齢化がきわめて大きな課題となるなか、2025年に団塊世代すべてが後期高齢者となり、2040年には団塊ジュニア世代が65歳に入ります。この間にしっかりと対策を打たなければ健康な働き手がいなくなるという問題意識があります。「人生100年時代」といわれ、100歳の長寿の人が増えることは日本人にとって幸せなのか不幸なのか。現役時代に一生懸命働き老後資金を貯めた人、また、定年後も元気に働いて給与をもらえる人は長寿でも幸せでしょうし、そうでない人にとっては不幸かもしれません。老後のケアも含めて退職後も豊かなセカンドライフが送れるようにしていくことが、企業の社会的ミッションとして求められる時代になります。  今回の提言では、そういう時代に経営者が考えていく課題として、@人的資本の変革、A高齢化の進化―生涯現役社会の構築―、B共創社会の実現――の三つを掲げています。@では企業と人との新たな関係構築の必要性を提言しています。従来の終身雇用から、いつでも離職・転職するなど雇用の流動化が進み、働き方もテレワークや兼業・副業の進行など柔軟化がいっそう進んでいく時代になります。人材マネジメントが大きく変わるなかで、経営者は健康管理はもちろんのこと、リスキリングやリカレント投資をどのように行っていくかも重要になります。 ―Aの「高齢化の進化」とはどういうものでしょうか。 岡田 暦年齢通りの高齢化は自然現象です。私たちが問題にしているのは「老化」という現象であり、これをいかに予防していくかが「進化」につながります。日本の企業は中高年従業員には1回あたり5万円以上の健康診断費用を費やしているのに健康は悪化しています。さらに、いまは70歳まで働く人も珍しくありませんが、プレゼンティズム※に陥っている人も多くいます。このままでは生産性が上がらないうえに、医療費の負担もかさんでいくことになります。2025年から2040年の間に「老化」を予防し、70歳まで元気に働ける人をつくることが、日本にとって最後のチャンスだと考えています。  ただし最終的な「老化」は会社では管理できません。今後は健康経営の一つの考え方として、労働者自身が主体的に健康経営を推進していくことを提唱しています。70歳まで、あるいはさらにその先も働こうと思えば、高齢者が自らの健康を主体的に管理し、予防的な取組みを積極的に進めていく必要があります。また、1社のみが健康経営を営んでも、他社が健康問題を抱えるようになるとB2Bのビジネスが成立しなくなるので、多くの企業が健康経営を営みお互いに成長しなければ社会が発展しません。Bの共創社会の実現とは、お互いに健康経営を営むことを意味しています。 従業員一人ひとりのヘルスリテラシーを高めだれ一人取り残さない健康経営の推進を ―最後にこれから健康経営に取り組む企業の担当者にアドバイスをお願いします。 岡田 まず自社にどんな課題があるかを把握することです。企業や業種によって課題は異なります。何が最も重要な課題なのかを評価しなければ効果が期待できません。自社の課題を発見するためには、例えば、協会けんぽから送られてくる特定健診のデータを利用するのも一つの方法です。課題を発見したら改善するためにはどうすればよいかを考えて具体策を実践し、さらに結果を検証するという流れが健康経営には不可欠です。  また、個人のヘルスリテラシー意識を高めるには、経営者自身から「わが社の未来にとって一人ひとりの健康が非常に大切だ」と従業員に伝えることです。特に中小企業の場合は一人ひとりの従業員がそれぞれの職場で大切な役割をになっていますし、今後は高齢従業員を含めて一人でも欠けることは経営にとっても厳しくなります。従業員をだれ一人として取り残さない健康経営に取り組んでいただくことを期待しています。 (インタビュー/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 ※ プレゼンティズム……出社しているにもかかわらず、心身の問題が作用してパフォーマンスが上がらない状態 【もくじ】 エルダー エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、” 年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 ●表紙の写真:PEANUTS MINERALS/アフロ 2025 July No.548 特集 6 新任人事担当者のための高齢者雇用入門 7 総論 高齢者雇用の現状と課題 高千穂大学 経営学部 教授 田口和雄 12 解説 1.定年廃止・定年延長と継続雇用制度 2.高齢社員の評価・処遇制度 3.高齢社員とエンゲージメント 4.高齢社員とキャリア自律 5.高齢社員の柔軟な勤務制度 高千穂大学 経営学部 教授 田口和雄 6.高齢社員と職場環境改善 7.高齢社員の健康づくり 福岡教育大学 教育学部 准教授 樋口善之 26 65歳超雇用推進助成金について 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 高齢者助成部 高齢者雇用促進等のためのその他の助成金 編集部 1 リーダーズトーク No.122 特定非営利活動法人健康経営研究会 理事長 岡田邦夫さん 未来に向けた「健康経営の進化」を提言 高齢化の「進化」で生涯現役社会を構築 29 読者アンケートのお願い/デジタルブックのご案内 30 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 教えてエルダ先生! Season3 65歳超雇用推進助成金活用のススメ 【第1回】 65歳超雇用推進助成金って何? 36 偉人たちのセカンドキャリア 第8回 教育者に転進した“日本騎兵の父” 秋山好古 歴史作家 河合敦 38 高齢者の職場探訪 北から、南から 第155回 新潟県 株式会社ナビック 42 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第106回 公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団 シニアアドバイザー 森義博さん(66歳) 44 新連載 がんと就労 −治療と仕事の両立支援制度のポイント− 【第1回】 がんの治療と就労の現状 永田昌子 48 知っておきたい労働法Q&A 《第85回》 合併後の再雇用拒絶、総合職のみに限定した 社宅制度の適法性 家永勲/木勝瑛 52 “学び直し”を科学する 【第2回】 50・60 代の記憶力の使い方 加藤俊徳 54 いまさら聞けない人事用語辞典 第59回 「組織」 吉岡利之 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.353 ていねいな仕事から生まれる 美しさを保つ「ふすま」 表具師 井上和夫さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第97回] 一文字探し 篠原菊紀 ※連載「日本史にみる長寿食」は休載します 【P6】 特集 新任人事担当者のための高齢者雇用入門  今回は、「新任人事担当者のための高齢者雇用入門」と題し、高齢者雇用の現状や課題、取組みを推進するうえでのポイントなどについて、マンガを交えて、新任人事担当者の方にもわかりやすく解説します。  70歳就業時代を迎え、働く高齢者は増えてきましたが、高齢者が持っている能力を発揮し、活き活き働ける環境・社会に向けて課題はまだまだ盛りだくさんです。新任人事担当者の方はもちろん、ベテラン担当者や経営者のみなさまにも本企画をご一読いただき、高齢者雇用の推進にお役立てください。 【P7-11】 総論 高齢者雇用の現状と課題 田口(たぐち)和雄(かずお) 高千穂大学 経営学部 教授 ★株式会社JEEDホームセンターは従業員約200人。定年65歳、希望者全員70歳・基準該当者を75歳までの継続雇用制度を導入している。 ※このマンガに登場する会社・人物はすべて架空のものです 1 はじめに〜日常の光景となっているシニアの就業  高齢者が職場で活躍している光景を日常生活のあちこちで見かけるようになりました。これは平成期に政府が進めた高年齢者雇用安定法(以下、「高齢法」)の改正、そのなかでも2004(平成16)年改正(2006年4月施行)の高齢法が企業に義務づけた「65歳までの雇用確保措置」を受けて、希望すれば65歳まで働くことができる就労環境が整備されたことに加え、令和期に入った2020(令和2)年改正(2021年4月施行)の高齢法により、「70歳までの就業確保」の努力義務化が企業に課せられたことによるものです。高齢者雇用は70歳就業時代に向かうことになりました。  前ページのマンガに出てくる、この春に人事部に異動した若木さんのように読者(新任の人事担当者を念頭に置いています)のみなさんは現在の高齢法により高齢者雇用がどのような状況にあるのかを理解するのがたいへんかと思います。そこで、総論では2020年改正・2021年4月に施行された高齢法の概要をふり返るとともに、政府統計をもとに現在の高齢者雇用における現状を確認し、70歳就業時代となった令和期の高齢者雇用の課題を考えていきたいと思います。 2 高年齢者雇用安定法の概要  まず高齢法が改正にいたった背景から確認します。わが国は少子高齢化が急速に進み、2008年の1億2808万人をピークに人口は減少に転じました。こうした人口減少時代において、経済の活力を維持するには、働き手を増やすことがわが国の重要な政策課題の一つになっています。  さらに、個々の労働者の特性やニーズが多様化しているなか、将来も安心して暮らすために長く働きたいと考える労働者も増えており、高齢期になっても能力や経験を活かして活躍できる環境の整備がいっそう求められています。こうした背景のもと、高齢法は2020年に改正されました。  2020年に改正された高齢法(以下、「新高齢法」)のポイントは、事業主(以下、「企業」)が高齢者の多様な特性やニーズをふまえ、70歳まで就業機会を確保(「高年齢者就業確保措置」)できるよう、現行の高齢法(以下、「旧高齢法」)の規定(「高年齢者雇用確保措置」)に加え、企業に多様な選択肢を制度として整える努力義務が設けられている点です(図表1)※1。  旧高齢法の規定は次の通りです。第一に企業が定年を定める場合は60歳以上としなければならないこと、第二にそのうえで65歳までの雇用機会を確保するために企業は、図表2の上段に示す三つの制度のいずれかを「高年齢者雇用確保措置」(以下、「雇用確保措置」)として設けることが義務づけられていることです。つまり、65歳まで自社あるいは自社のグループ企業で「雇用」する場を設けることが企業に求められています。  新高齢法では、上記の雇用確保措置に加えて70歳までの就業機会を確保するため、企業に対して図表2の下段に示す五つの制度のいずれかを「高年齢者就業確保措置」(以下、「就業確保措置」)として講じる努力義務が新たに設けられました。  旧高齢法と比べた新高齢法のおもな特徴は次の2点です。第一は、「自社グループ外での継続雇用が可能になった」ことです。Bの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入について、雇用確保措置では60歳以上65歳未満の雇用は自社と特殊関係事業主(自社の子法人等、親法人等、親法人等の子法人等、関連法人等、親法人等の関連法人等)のみでしたが、就業確保措置では65歳以上70歳未満の高齢者に対してそれらに加えて、「他の事業主」が追加されました。すなわち、自社の高齢者が継続雇用制度で働く場が自社や自社グループにとどまらず他社や他社グループ企業に拡大された点です。  第二は「雇用によらない働き方」が可能になったことです。就業確保措置の@〜Bの制度はこれまでの自社あるいは他社で「雇用される働き方」(以下、「雇用措置」)であるのに対し、CとDの制度は「雇用によらない働き方」で「創業支援等措置」と呼ばれます。Cは会社から独立して起業した者やフリーランスになった者と業務委託契約を結んで仕事に従事してもらう方法、Dは企業が行う社会貢献活動に自社の高齢者を従事させる方法です。働く人たちの多様なニーズに応えた働き方が誕生していますが、高齢者でも同様のニーズが高まることも考えられ、2020年の改正で創業支援等措置が設けられました。この創業支援等措置を導入する場合、企業は過半数労働組合等※2の同意を得て導入することが求められます。  このように65歳以降は自社(自社グループ)での「雇用」に限定せず、他社での雇用やフリーランスとしての業務委託などの働く場の選択肢が示されていることから「就業」と呼ばれています。 3 高齢者雇用の現状 〜雇用と就業の状況  高齢者雇用の現状を政府統計から確認します。図表3は2000年以降の高齢法の改正にあわせた2006年(2004年改正の「高年齢者雇用確保措置義務化」の施行年)、2013年(2012年改正の「継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止」の施行年)、2023年(2020年改正の「高年齢者就業確保措置の努力義務化」の施行)の3時点の高年齢者の雇用と就業の状況を整理したものです。  まず企業の雇用状況を確認すると、高年齢者雇用確保措置を実施している企業(高年齢者雇用確保措置実施企業)の推移は2006年(84.0%)、2013年(92.8%)、2023年(99.9%)と右肩上がりの増加傾向にあります。そのなかでも2012年改正の「継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止」は実質65歳定年制に向けた転機となり、現在、ほとんどの企業で65歳まで働くことのできる環境が整備されている状況にあります。  こうした動きにあわせて希望者全員が65歳以上まで働ける企業の割合(2006年:34.0%、2013年:62.4%、2023年:81.8%)も右肩上がりの拡大傾向にあり、2023年では8割を超える高い水準にあります。なお、今回のテーマである70歳以上まで働ける企業の割合は希望者全員が65歳以上まで働ける企業の割合に比べ低い水準(2006年:11.6%、2013年:16.7%、2023年:40.9%)にあるものの、70歳就業時代に向けて着実にその割合は増えており、2023年では約4割に達しています。  次に高年齢者の状況を確認します。図表3をみると、60歳から64歳までの「60歳台前半層」の就業状況の推移は2006年(52.6%)、2013年(58.9%)、2023年(74.0%)と右肩上がりの増加傾向にあり、そのなかでも2013年から2023年までの10年間の上がり方(58.9%→74.0%:15.1ポイントの増加)は、2006年から2013年の上がり方(52.6%→58.9%:6.3ポイントの増加)と比べ2倍以上で、65歳定年への定年年齢の引上げが多くの企業で進められているなかで、65歳まで働くことが一般的なキャリアになりつつあることがわかります。  実質65歳定年を迎えた後の60歳台後半層(65〜69歳)の3時点の就業状況の推移についても、60歳台前半層と同じ傾向(@右肩上がり増加傾向、A2006年から2013年の上がり方に比べた2013年から2023年までの上がり方が大きいこと)が確認されます。60歳台前半層の就業状況が増えているのは年金受給開始年齢の引上げがかかわっていますが、それだけではなくライフスタイルの変化もかかわっており、60歳台後半層の就業状況の推移――水準は60歳台前半層が低いものの、増加傾向にあること――がそれを物語っています。2023年現在、65歳以上の約4人に1人(25.2%)が、70歳以上は約5.4人に1人(18.4%)が働いている状況にあります。  このように高齢者雇用は70歳就業時代に向けた対応が求められています。 4 おわりに〜人口減少時代の高齢者雇用を考える  人口減少時代となった日本の労働力人口(15歳以上人口のうち、就業者と完全失業者を合わせた人口)は1990年の6394万人から2022年の6902万人へと増えていますが、2030年には6556万人、2040年に6002万人に減少すると見込まれます※3。総労働力人口における60歳以上の労働力人口の比率は1990年の11.5%から2022年21.5%へと拡大しており※4、現在50代の団塊ジュニア世代が2030年代には60代になるので、60歳以上の労働力人口は今後とも拡大することが予想されます。人口減少時代のなかで高齢社員の戦略的活用(経営成果に貢献する戦力としての活用)が不可欠となり、70歳までの就業環境の整備が企業に求められます。そこで、最後に今後の高齢者雇用の課題として大きく2点を取り上げます。  一つは、多様化する働き方に対応した雇用施策(制度や環境)の整備・拡充です。年金の受給開始年齢は原則として65歳ですので、65歳まではフルタイムの働き方を高齢社員は希望しますが、65歳以降の働き方は、引き続きフルタイム勤務を希望したり、働くペースを緩やかにした短日・短時間勤務を希望したりと多様化します。人口減少時代のなか人手不足により人材獲得競争はますます厳しくなります。長年の職業生活で蓄積してきたスキルや経験を持つ高齢社員は企業にとって貴重な戦力であり、おおいに頼りになります。高齢社員の戦略的活用を今後とも進めていくには、多様化する働き方に寄りそった高齢者雇用の個別施策の整備・拡充を進めることが求められます(具体的な施策については解説1〜5を参照ください)。  二つめは職場管理者の職場マネジメント能力の向上と支援です。高齢者雇用において避けては通れない課題の一つに高齢社員の健康管理があります。加齢にともなう身体機能の低下により、これまで問題なく遂行していた作業(例えば、身体的負担をともなう作業など)がむずかしくなったり、危険度が高まったりします。そのため、その作業を担当から外す、あるいは引き続き担当させる場合には職場・作業改善などの対応が会社や仕事を指示する職場管理者に求められます。しかも、こうした身体機能の低下や健康状態は個々人によって差がありますので、特に担当してもらう役割や仕事や日々の仕事の指示などでは高齢社員一人ひとりへの配慮が必要になります。  高齢社員の戦略的活用を今後とも進めていく際には、働き方が多様化する高齢社員の健康状態に配慮した職場管理がいっそう求められること、そして、その際には高齢社員の健康状態は個人情報ですので、その保護もあわせて求められます。職場管理で重要な役割をになうのは職場管理者ですので、彼らの職場のマネジメント能力の向上が求められるとともに、職場管理者への会社のさらなる支援が不可欠です。今後とも職場で活躍する高齢社員が増えることが予想されるなか、職場管理者の職場マネジメント能力の向上と支援が高齢者雇用における新たな課題として考えられます。 ※1 なお、2012年度までに労使協定により継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めていた事業主は、経過措置として2025年3月31日まで老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢以上の年齢の者について、継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めることが認められていたが、2025年4月1日以降は高年齢者雇用確保措置として、定年制の廃止、65歳までの定年の引上げ、希望者全員の65歳までの継続雇用制度の導入のいずれかの措置を講じる必要がある ※2 過半数労働組合等……労働者の過半数を代表する労働組合がある場合には労働組合を、労働者の過半数を代表する労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者をそれぞれさす ※3 独立行政法人労働政策研究・研修機構の推計(労働政策研究・研修機構〔2024〕「2023年度版労働力需給の推計」)。この数値は一人当たりゼロ成長に近い経済状況のもと、労働参加が2022年と同水準で推移した場合(一人当たりゼロ成長・労働参加現状シナリオ)の値。なお、経済・雇用政策を講じ、成長分野の市場拡大が進み、女性および高齢者等の労働市場への参加が進展する場合(成長実現・労働参加進展シナリオ)は、2030年に6,940万人と増加した後、2040年に6,791万人と減少すると推定している ※4 総務省「労働力調査」 図表1 新高齢法と旧高齢法の比較 旧高齢法 新高齢法(2020年改正、2021年4月施行) 高年齢者雇用確保措置(65歳までの雇用確保措置) ○(義務) ○(義務) 高年齢者就業確保措置(70歳までの就業確保措置) − ○(努力義務) 図表2 新高齢法の概要 制度 内容 高年齢者雇用確保措置 (雇用確保措置) 〔義務〕 @65歳までの定年引上げ A定年制の廃止 B65歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入 (特殊関係事業主〔子会社・関連会社等〕によるものを含む) 高年齢者就業確保措置 (就業確保措置) 〔努力義務〕 @70歳までの定年引上げ A定年制の廃止 B70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入 (特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む) 雇用措置 (雇用される働き方) C70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 D70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入  a.事業主が自ら実施する社会貢献事業  b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業 創業支援等措置 (雇用によらない働き方) (注)「特殊関係事業主」とは自社の子法人等、親法人等、親法人等の子法人等、関連法人等、親法人等の関連法人等を示す 出典:厚生労働省「高年齢者雇用安定法の概要」(https://www.mhlw.go.jp/content/11700000/001245647.pdf)をもとに筆者作成 図表3 高年齢者の雇用状況と就業状況 (単位:%) 2006年(平成18年) 2013年(平成25年) 2023年(令和5年) 高齢法改正の主な内容 2004年改正の「高年齢者雇用確保措置義務化」の施行 2012年改正の「継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止」の施行 2020年改正の「高年齢者就業確保措置の努力義務化」の施行) 雇用状況 高年齢者雇用確保措置実施企業(注) 84.0 92.8(92.3) (99.9) 希望者全員が65歳以上まで働ける企業 34.0 62.4(66.5) (81.8) 70歳以上まで働ける企業 11.6 16.7(18.2) (40.9) 就業状況 60〜64歳 52.6 58.9 74.0 65〜69歳 34.6 38.7 52.0 65歳以上 19.4 20.1 25.2 70歳以上 13.3 13.1 18.4 (注)「雇用状況」は51人以上規模企業。(  )は31人以上規模企業、2023年は「51人以上の規模企業」の集計は行われていない 出典:厚生労働省「高年齢者雇用状況等報告」、総務省統計局「労働力調査」をもとに筆者作成 【P12-13】 解説1 定年廃止・定年延長と継続雇用制度 田口和雄 高千穂大学 経営学部 教授 1 なぜ高齢者雇用制度を設けるのか?  解説1では高齢者雇用の中核をになう高齢者雇用制度を紹介します。正社員は 「雇用期間の定めのない、直接企業に雇用される」雇用形態で、マンガに登場する若木(わかぎ)さん、大島桜(おおしまざくら)部長、柏(かしわ)主任がこの形態です。会社で雇用されると本人が退職を申し出るまで正社員として働くことができるのですが、ほとんどの企業は定年年齢を定め、その多くが60歳としています。さらに、総論で述べたように、高年齢者雇用安定法(以下、「高齢法」)で、65歳までの高年齢者雇用確保措置の義務化と、70歳までの高年齢者就業確保措置の努力義務化が企業に課せられているため、高齢者雇用制度を設けることが求められているのです。 2 高齢者雇用制度の概要  高齢法で定められている高齢者雇用制度のなかで代表的な制度は「定年廃止」、「定年延長」、「継続雇用制度」の3制度です。  まず定年廃止は、定年年齢を定めている定年制を廃止する制度で、高齢社員(労働者)の退職の申し出、あるいは高齢社員と会社との合意により労働契約を終了させるまで、高齢社員は働き続けることができます。定年廃止のメリットは、会社として長く働いてほしい高齢社員を雇用し続けることができること、すべての高齢社員に対して安定した雇用を保障することで本人の安心感を高められることなどです。一方、デメリットは、高齢社員の退職時期が不定となるため、人員計画が立てにくくなること、雇用契約終了時のルールなどで問題が起こることなどです。  次に定年延長は、現在企業が定めている定年年齢を引き上げて、これまでと同じ雇用形態のまま雇用を継続する制度です。定年廃止との大きな違いは、これまで定められた定年年齢を廃止するか、引き上げるかの違いで、雇用形態はそのまま継続されます。定年延長のメリットは、定年廃止と同じで、デメリットは、労働条件の変更がむずかしいこと、定年延長を望まない高齢社員もいることなどです。  最後の継続雇用制度は、定年に達した正社員を本人が希望すれば引き続き雇用する制度です。多くの企業で導入している代表的な継続雇用制度の再雇用制度を例にすると、雇用形態を継続する定年廃止と定年延長とは異なり、再雇用制度は定年に達した者(正社員)をいったん退職させて、契約社員、嘱託社員などの雇用形態により再び雇用する点です。継続雇用制度のメリットは、定年前後で労働条件の変更が比較的やりやすいこと、定年というラインを引くことで、一人ひとりに緊張感を持たせ、意識転換を図ることができることなどです。一方、デメリットは定年前後で労働条件を大きく引き下げると高齢社員の意欲低下につながるおそれがあること、長く勤めてほしい高齢社員であっても継続雇用の労働条件が折り合わず、定年時点で退職するおそれがあることなどです。 3 高齢社員活用の基本方針と高齢者雇用制度  では、自身の会社にどのような高齢者雇用制度を整備・拡充すればよいのでしょうか。マンガの(株)JEEDホームセンターが導入している高齢者雇用制度と同じ制度(65歳定年制、希望者全員70歳まで継続雇用、基準該当者を75歳まで継続雇用)をそのまま導入する必要はありません。解説2であらためて詳しく述べますが、高齢者雇用の個別施策は、企業の経営戦略・方針のもと展開される、高齢社員活用の基本方針に沿って展開されているからです。ですので、高齢者雇用制度についても、それ単独で考えるのではなく高齢社員活用の基本方針のもと、高齢社員の就労ニーズをふまえて考えることが求められます。 【P14-15】 解説2 高齢社員の評価・処遇制度 田口和雄 高千穂大学 経営学部 教授 1 評価・処遇制度にかかわる問題 〜継続雇用後の高齢社員のモチベーション低下  企業の労務構成で高齢社員が大きな集団となっている今日、「高齢社員の戦略的活用」は高齢社員活用の基本方針の標準となっています。定年を迎えた高齢社員は継続雇用に切り替わっても、職場で正社員といっしょに活き活きと活躍している姿が多くの企業でみられます。  しかし、その一方で定年前は活き活きと仕事に取り組んでいた社員が、継続雇用に切り替わると仕事への取組み意識が下がってしまう「高齢社員のモチベーション低下の問題」に悩まされている企業がみられます。継続雇用後の仕事内容は定年前とほぼ同じにもかかわらず、賃金などが大きく変わることへの不満がその背景にあります。さらに、継続雇用時の賃金・評価制度も正社員のそれとは異なり、高齢社員全員が同じ賃金で、評価が行われない対応がとられていることが考えられます。  マンガの(株)JEEDホームセンターも以前はこのような制度だったため、高齢社員のモチベーション低下の問題に悩まされていました。  そこで、解説2では賃金・評価制度の視点からこの問題を考えてみたいと思います。 2 人事管理の基本原則と賃金・評価制度  賃金・評価制度を考えるには、その基盤となる人事管理の基本原則を理解することが必要です。賃金・評価制度を含め企業の人事管理の個別施策(仕組み)はそれ単独で設計されているのではなく、経営方針・戦略に基づいた人材活用の基本方針に沿って整備されます。さらに、人事管理はこの基本原則に加えて労働法制を遵守することが求められます。  高齢社員の賃金・評価制度についてもこの人事管理の基本原則をあてはめて考えることが必要になり、なかでも労働法制では高年齢者雇用安定法(以下、「高齢法」)を遵守しつつ、経営方針・戦略に基づいた高齢社員活用の基本方針に沿って高齢社員の賃金・評価制度を整備していくことが求められます。 3 戦略的活用の進化と賃金・評価制度  総論で述べたように、2021(令和3)年に施行された改正高齢法は70歳までの就業機会を確保する措置を講じる努力義務を企業に課しました。このなかでは、従来の自社内での雇用確保に加えて65歳以降の就業について他社での雇用の確保などが新たに設けられました。その結果、特に65歳以降の働き方の選択肢が拡がるとともに60歳の定年後も継続雇用で10年近く働くことができるようになりました。  高齢社員のモチベーションの低下問題は単に彼らだけの問題ではなく、彼らと一緒に職場で働いている正社員にもマイナスの影響を与えてしまうことになります。  改正高齢法で示されているように高齢社員の就業形態には多様な選択肢がありますが、現在70歳就業を進めている先進企業の多くが実施している、自社で雇用するケースを中心に令和期における高齢社員の賃金・評価制度を考えてみると、平成期を通して多くの企業は高齢社員の活用を経営成果に貢献する戦力としての戦略的活用への転換を進めてきました。令和期における高齢社員の活用は引き続き戦略的活用を推進していくことになりますが、今後は戦略的活用の進化が求められます。つまり、正社員と同じように経営成果に貢献する役割を高齢社員にも求めることを意味します。  彼らのモチベーションを維持・向上させるためにも、企業は人事管理の公平性の観点から、高齢社員にも正社員と同じように、働きぶりに応じた賃金・評価制度を整備することが必要となります※。 ※ 具体的な手順などについてはJEEDの「70歳雇用推進マニュアル」(2021年)をご参照ください。  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/q2k4vk000000tf3f-att/q2k4vk000003om56.pdf 【P16-17】 解説3 高齢社員とエンゲージメント 田口和雄 高千穂大学 経営学部 教授 1 はじめに  定年前の正社員時代と同じように高齢社員に活き活きと働いてもらうためには、彼らの仕事への働きぶりを正社員と同じように評価して賃金に反映させる仕組みに見直すこと以外にも、仕事にやりがいを持ってもらうことも不可欠です。この必要性は、いまに始まったものではなく、企業は試行錯誤しながら日常的に取り組んでいます。  しかし、どのような視点で行うかは時代によって異なり、近年注目されているのが「エンゲージメント」です。解説3では、エンゲージメントの視点から高齢者雇用を考えてみたいと思います。 2 エンゲージメントとは?  エンゲージメント(engagement)は「約束」、「契約」などの意味を表しますが、ビジネス分野では「従業員が企業に持つ愛着や帰属意識」を意味します。  このエンゲージメントには、従業員個人と仕事との関係に注目した「ワークエンゲージメント」と、従業員個人と組織との関係に着目した「従業員エンゲージメント」の二つの種類があり、「仕事への満足度」がこれらに共通します。企業と従業員は仕事を通して結びついているので、仕事への満足度を高めることが、エンゲージメントを高めることにつながります。エンゲージメントの高い従業員は仕事への関心が高く、自発的に企業に貢献するよう行動します。  マンガに登場する高齢社員の桐野(きりの)さんは、これまでの豊富な経験や知識・ノウハウを活かし、仕事にやりがいを持って職場で活き活きと働いており、エンゲージメントの高い人にあてはまります。  こうしたエンゲージメントが日本で注目されたおもな背景は、人手不足を背景にした人材の流動化です。人材確保や離職の防止には、賃金の引上げなどの労働条件の改善は有効な対策です。しかし、この対策はほかの企業も容易に模倣することができるので、資金力のない企業は不利になります。また、資金力のある企業でも、人手不足のもとでは人件費増加は続くので、経営業績の悪化につながります。その点、エンゲージメントの場合、一度それを高めると、従業員と企業の結びつきは高い状態で持続するので、離職防止につながります。こうした社会情勢のなかで、エンゲージメントは注目されるようになりました。 3 エンゲージメントから高齢者雇用を考える  高齢社員が仕事にやりがいを持って、活き活きと働いてもらうためには、先に述べたようにエンゲージメントのポイントとなる(高齢社員の)仕事の満足度を高めることが重要になります。例えば、高齢社員の桐野さんのように高齢社員が持つ豊富な経験や知識・ノウハウを活かせる仕事や役割(後進育成など)、解説4で登場する新設部署に異動し新しい仕事に挑戦している高齢社員の木蓮(もくれん)さんのように、新たな役割や仕事を高齢社員に担当してもらうことです。その際には、総論で述べているように高齢社員の戦略的活用のもとで、高齢社員に担当してもらう仕事や役割を明確にすることが必要です。高齢社員の役割を明確にすることは、高齢社員への企業の期待を意味しますので、自身の役割が明確化された高齢社員は仕事への満足度が高まり、活き活きと働けるのです。  役割の明確化は定年前の正社員にもあてはまり、社員のエンゲージメントを高めている企業では行われています。読者の企業で役割の明確化を定年前の正社員に行っているのであれば高齢社員にも行うこと、行っていない場合は高齢社員だけではなく、社員全員に行うことが求められます。 【P18-19】 解説4 高齢社員とキャリア自律 田口和雄 高千穂大学 経営学部 教授 1 求められる自律したキャリア形成  解説2と3では、高齢社員に活き活きと活躍してもらうための課題を評価・賃金制度と最近注目のワークエンゲージメントから考えてみました。高齢社員に活き活きと活躍してもらうには企業がその環境を整備・拡充するだけでは十分ではありません。マンガに登場する、デジタルの知識・スキルを猛勉強して習得し、自分の経験を活かしていた部署から新設の部署に異動して新しい仕事に挑戦している高齢社員の木蓮(もくれん)さんのように、高齢社員は継続雇用後も引き続き活躍する意識(キャリア自律)を持ち、業務に必要な知識・スキルや技術を習得してもらうことが必要になります。そこで、解説4では、キャリア自律を考えてみたいと思います。 2 キャリア自律が求められる背景 〜変わるキャリア形成のあり方と戦略的活用  高齢者雇用を取り巻く環境が変化し、高齢社員活用の基本方針を戦略的活用に転換することが不可欠であることを総論で述べました。平成期の実質65歳定年制(60歳定年+希望者全員の65歳までの継続雇用)では管理職を目ざした「のぼるキャリア」のもと、継続雇用の5年間をこれまでつちかってきた経験やスキルを活かす「いまある能力をいま活用する(現有能力の活用)」ことが企業にとっても高齢社員にとっても合理的でした。  しかし、少子高齢化にともなう組織運営上の観点から大企業を中心に役職定年制が導入されるようになり、キャリア形成のあり方が定年前に役職を離れる「くだりのあるキャリア」へと変わり、役職定年後に一般社員などとしての就業期間が10年(役職定年を55歳とした場合)に延びました。「10年」の期間には社会をはじめ市場や技術は変化・進化しますので、現有能力の活用では継続困難となります。役職定年制を実施している企業は、高齢社員の戦略的活用を修正し、現有能力の更新に向けたキャリア教育や教育訓練体系の整備などのキャリア支援体制の拡充を進め、高齢社員にはキャリアの自律を求めました。  2020年の高齢法改正により、今後は就業期間の延伸が進むことが考えられ、「のぼるキャリア」は継続困難となります。役職定年制の導入が多くの企業で広がるとともに、それにともなうキャリア形成のあり方も「くだりのあるキャリア」への転換が予想されます。役職定年後の就業期間を「15年」とすると、現有能力は更新ではなく進化が必要となり、企業にはそれに対応するキャリア支援体制のさらなる拡充が、高齢社員には経営成果に貢献する戦力としてのキャリアの自律がいっそう求められるようになったのです。 3 高齢社員のキャリア自律に向けて 〜経営成果に貢献する戦力として  高齢社員が企業の経営成果に貢献する戦力として活き活きと活躍し続けるためには、管理職(正社員)のときから準備しておくことが必要になります。例えば、役職定年や定年後のキャリアのあり方をベテラン社員になる前の早い段階から考えるキャリア研修をはじめ、役職定年後も一般社員などで活躍するために必要な業務スキルや知識の習得・向上です。さらに、継続雇用後も高齢社員の木蓮さんのように職場で活躍するには、業務スキルや知識を磨いておくことが必要になります。そのため、管理職や高齢社員が業務スキルや知識の習得・向上を図るための研修を受講できる教育訓練体系の見直しや拡充を進めること、高齢社員だけではなくすべての社員が自らキャリア自律をうながし、「学び直し」や「リスキリング」などの新しい知識やスキルを身につけるための自己啓発支援の拡充や、キャリアサポートの整備・拡充が企業に求められます。 【P20-21】 解説5 高齢社員の柔軟な勤務制度 田口和雄 高千穂大学 経営学部 教授 1 働き方の多様化と柔軟な勤務制度  正社員の勤務制度は「1日8時間、週休2日制」による「フルタイム勤務」が読者の一般的な認識ではないでしょうか。これは労働基準法(第32、35条)に基づいたもので、昭和期を通して標準的な勤務制度となりました※1。しかし、平成期に入ると、ライフスタイルの変化や就労意識・ニーズの多様化を背景に、政府は働く人が個々の事情に応じて多様で柔軟な働き方を自ら選べるようになるための働き方改革を推進しました。それを受けて企業はフルタイム勤務の勤務制度に加えて、柔軟な勤務制度の整備に取り組むようになりました。そこで、解説5では柔軟な勤務制度を取り上げていきたいと思います。 2 柔軟な勤務制度ー三つのタイプ  柔軟な勤務制度は大きく三つの種類に分かれています。  一つめは柔軟な「勤務形態」で、フルタイム勤務に比べ勤務日数や勤務時間を短くした「短日・短時間勤務」が代表的な勤務形態です。マンガの(株)JEEDホームセンターでも導入されています。  二つめは柔軟な「労働時間制度」です。読者の多くは会社から定められた始業時間と終業時間のもとで仕事をしていますが、この始業時間、終業時間を仕事の進捗状況や、例えば、マンガに登場する銀杏(いちょう)さんのような家族の介護、育児中の社員の場合は子どもの送り迎え、社員自身の病気治療のための通院など、個人的な事情によって社員が柔軟に決める勤務制度で、「フレックスタイム制」が代表的な制度です※2。  三つめは、「働く場所」の柔軟化です。外回りの営業や建設現場などの会社外で仕事に従事する職種もありますが、通常、従業員は仕事をするために会社に出勤しています(出社勤務)。デジタル化が進展するなか、新たな働き方として在宅勤務(テレワーク)が情報サービス業や裁量労働制が適用されている社員を中心に拡がりましたが、社会全体からみると限定的でした。しかし、令和期の新型コロナウイルス感染症対策として産業全体に拡がり、収束後は育児や介護などのライフスタイルの多様化に対応する働き方として位置づけられるようになりました。 3 高齢社員の柔軟な勤務制度を考える  このように柔軟な勤務制度を導入することは、自身の病気治療や家族の介護などライフスタイルが多様化する高齢社員にとっても、会社にとってもよい動き(変化)です。マンガでは、家族の介護で早退や欠勤をくり返している銀杏さんが、安心して働くことができるように、短日・短時間勤務制度や在宅勤務制度について説明し、利用をすすめました。柔軟な働き方を取り入れることで、高齢社員にとっては家庭の事情で退職せずに働き続けることができますし、人手不足に悩まされている会社にとっても経験やスキルを持つ戦力(高齢社員)を失わずにすみます。  高齢社員の就労ニーズにあわせて選択できる多様で柔軟な働き方の実現に向けて、マンガの(株)JEEDホームセンターのように短日・短時間勤務や在宅勤務などの柔軟な勤務制度を設けることが求められます。また、こうした多様で柔軟な働き方を求めるニーズは高齢社員だけではありません。フルタイム勤務をしている定年前の正社員にも育児や親の介護、自身の病気治療の健康問題など、さまざまな事情を抱えている人がいます。  マンガの(株)JEEDホームセンターのように柔軟な勤務制度は、高齢社員だけに限定せずにすべての社員に広く適用することが求められます。 ※1 勤務制度の基本原則の詳しい解説は、本誌2024年7月号特集「【解説2】多様で柔軟な働き方の実現に向けて」をご参照ください。  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202407/index.html#page=18 ※2 このほかにも変形労働時間制、裁量労働制等がある 【P22-23】 解説6 高齢社員と職場環境改善 樋口(ひぐち)善之(よしゆき) 福岡教育大学 教育学部 准教授 1 加齢と労働災害  一般的に、年齢を重ねると筋力や平衡機能の低下が起こり、筋肉や関節の痛みを感じやすくなったり、何もないところでつまずいてしまったりすることなどが多くなります。  高齢労働者(60歳以上)の労働災害発生率は30代と比較して男性で2倍、女性で4倍となっており、年齢が上がるにつれて休業期間も長期化する傾向があります。 2 職場の環境改善 ―腰痛予防の視点から―  高齢労働者に多い労働災害のひとつが腰痛です。腰痛は、重い荷物などを運ぶときだけではなく、マンガのようにデスクワーク主体の職場でも発生します。そのメカニズムは次の通りです。  @座位姿勢は立位姿勢よりも腰にかかる圧力が高く、A座位姿勢を長く続けると、筋肉が持続的に緊張し、血流も悪くなり、B加えて、反り腰や猫背などの姿勢不良があると、腰にかかる負担や筋肉の緊張がさらに高まり、腰痛の発症につながります。  対策としては、適切ないすを配置・導入するほかに、パソコンの作業環境の見直し(モニターの高さは目線のやや下になるように、キーボードやマウスは肘が90度になる範囲に設置するなど)や、デスクワーク時間内でのマイクロレスト(45分から1時間に1回程度は立ち上がって軽いストレッチを行うなど)の取組みが有効です。  近年では、昇降式のオフィスデスクやスタンディングでの打ち合わせスペースなど、デスクワークに適した職場改善も増えています。なお、デスクワークにおける腰痛は、自覚症状としての訴えは多いのですが、労働災害申請・認定に至るケースが少ないため、その実態が過小評価されている可能性があることに留意しましょう。 3 職場の環境改善 ―転倒防止の視点から―  次に、転倒防止対策について考えてみましょう。デスクワークが中心のオフィス環境は一見安全に見えますが、段差や滑りやすい床、照度不足、配線の露出など転倒の原因となりうる要因が潜んでいます。  具体的な対策としては、まずは段差を可能なかぎり解消し、その次に階段や段差部分には手すりを設置することが基本となります。また、作業エリアや通路の照度を十分に確保することで、足元の視認性を高め、つまずきや転倒のリスクを軽減することができます。加えて、床面に配線や凹凸が露出しないよう、コード類はケーブルカバーで固定するなど、つまずきの原因となる障害物の排除に努めましょう。 4 ハード・ソフト両面からの改善を  前記のような物的対策(ハード面の対策)に加えて、転倒災害を含めた安全確保のためには社員一人ひとりの意識が何よりも重要になるので、年齢や職務に応じた安全教育を実施しましょう(ソフト面の対策)。高齢社員に対しては、歩行や姿勢に配慮した指導や体力保持をうながす取組みも効果的です。  これらの対策を講じていても、腰痛の訴えや職場内での転倒事故が発生することがあるかもしれません。その場合は、ヒヤリハット報告やインシデントレポートの活用がきわめて重要です。これらは実際の重大事故には至らなかったが、危うく事故が起きそうになった事例を含めて、記録・共有する仕組みであり、職場内の潜在的な危険を早期に発見し、対策を講じることを可能にする重要な対策です。些細なできごとを含めて報告や検討の機会を設けることで、風通しのよい報告文化を醸成し、労働災害を未然に防ぐ職場改善へとつながっていきます。 【P24-25】 解説7 高齢社員の健康づくり 樋口善之 福岡教育大学 教育学部 准教授 1 社員の健康づくり支援が企業価値の向上に  高齢社員の健康・体力の維持増進は、個々人の働きやすさを確保するための源泉であるとともに、企業の生産性や組織活力の維持に直結する重要な取組みです。企業や個々の職場において、積極的に社員の健康づくりを支援することは、「健康経営」※の実践としての意義を持ち、企業価値の向上にもつながります。  まず、企業が取り組むべき基本的な取組みとして「身体活動につながる機会の創出」、「適切な健康情報の発信」、「生活習慣改善の働きかけ」の3点があげられます。なかでも「身体活動につながる機会の創出」は、加齢にともなう筋力や柔軟性の低下、生活習慣病のリスク上昇を抑えるうえで不可欠であり、高齢社員のみならず、全社員に対して取り組むべき課題です。 2 健康意識の高まりがウェルビーイングを向上  具体的な取組みとして、職場・事業所レベルにおいては、就業時間中に短時間のストレッチや軽い運動を取り入れる「職場体操」などの導入、始業前や昼休みに実施可能な身体活動(ウォーキングや軽スポーツなど)の支援があげられます。企業レベルでは社内外のフィットネス施設との連携など、日常のなかに取り入れられる仕組みづくりが効果的です。  さらに、個々人の身体活動に対するモチベーションを高めるためには、それぞれの体力水準に合わせた適切な運動プログラムを提供することが肝要です。その方策として、健康診断などと組み合わせて、体力測定や運動機能チェックを実施し、その結果をもとにパーソナライズされたアドバイスの提供、現状の身体活動量(歩数や心拍数など)を知るための計測機器(万歩計やスマートフォン・アプリ、専用のウェアラブル・デバイスなど)を提供する取組みも有効です。  「適切な健康情報の発信」も重要です。社員が自らの健康課題に気づき、主体的に行動を起こすためには、信頼できる情報を継続的に受け取ることができる環境が大切です。例えば、社内ポータルサイトや掲示スペースを活用し、生活習慣病予防、転倒防止、睡眠の質向上、栄養バランスなどのテーマで定期的に情報を発信し、多くの社員へ届ける取組みがあげられます。また、健康相談に関する窓口の設置や産業医・保健師との面談機会の拡充なども気軽に健康について相談できる環境づくりとして有効です。  こうした取組みは、「生活習慣改善の働きかけづくり」につながり、社員の健康・体力の維持増進、さらに企業の生産性や組織活力の維持に寄与します。すなわち、職場における健康づくりは、単なる福利厚生の一環にとどまらず、「健康経営」の実践と位置づけることができます。健康経営とは、社員の健康を企業の重要な経営資源ととらえ、戦略的に健康づくりに取り組むことで企業の生産性向上や持続的成長につなげていこうとする経営手法です。特に少子高齢化が進行するわが国にとって、中高齢期の社員の健康維持は、職場の生産性や組織活力の維持のための欠かせない条件であり、企業としてその支援を行うことは、労働力の安定的な確保や経験知の継承にもつながります。加えて、職場における健康意識の向上は、若年層社員にも大きな波及効果をもたらし、組織全体のウェルビーイング向上にも寄与します。  総じて、企業が高齢社員に対して身体活動の機会や適切な健康情報の提供を積極的・効果的に行うことは、個人の健康保持だけでなく、組織の活力維持と持続的発展に資する戦略的な取組みです。今後ますます進む高齢化社会において、健康経営を実践し、年齢にかかわらずすべての社員が活き活きと働ける職場づくりが求められています。小さな取組みからでも構いませんので、健康経営としての健康づくりを推進していってください。 ※今号の「リーダーズトーク」(P.1〜)で、「健康経営」を提唱するNPO法人健康経営研究会理事長の岡田邦夫さんをご紹介しています。あわせてご覧ください 【P26-27】 65歳超雇用推進助成金について 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 高齢者助成部  「65歳超雇用推進助成金」は、65歳以上への定年引上げ等を行う事業主、高年齢者の雇用管理制度の整備を行う事業主、高年齢の有期契約労働者を無期雇用に転換する事業主に対して、国の予算の範囲内で助成するものであり、「生涯現役社会」の構築に向けて、高年齢者の就労機会の確保および雇用の安定を図ることを目的としています。  共通の要件は、雇用保険適用事業所の事業主であること、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律第8条、第9条第1項の規定と異なる定めをしていないこととなります。  この助成金は次のT〜Vのコースがあります。 T 65歳超継続雇用促進コース  このコースは、支給要件を満たす事業主が、次の@〜Cのいずれかを就業規則等に規定し、実施した場合に受給することができます。 @65歳以上への定年の引上げ A定年の定めの廃止 B希望者全員を対象とする66歳以上への継続雇用制度の導入 C他社による継続雇用制度の導入 ◆支給額  実施した制度、引き上げた年数、対象被保険者数に応じて図表1・2の額を支給します。 U 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース  このコースは、支給要件を満たす事業主が、高年齢者の雇用の推進を図るために雇用管理制度(賃金制度、健康管理制度等)の整備にかかる措置を実施した場合に、措置に要した費用の一部を助成します(図表3)。  なお、あらかじめ雇用管理整備計画書を提出し、認定されていることが必要です。 ◆支給額  支給対象経費(上限50万円)に60%(中小企業以外は45%)を乗じた額を支給します。初回の支給対象経費については、当該措置の実施に50万円の費用を要したものとみなします(2回目以降は50万円を上限とする実費)。 V 高年齢者無期雇用転換コース  このコースは、支給要件を満たす事業主が、50歳以上で定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用転換制度に基づき、無期雇用労働者に転換させた場合に、対象者数に応じて一定額を助成します。  なお、あらかじめ無期雇用転換計画書を提出し、認定されていることが必要です。 ◆支給額  対象労働者1人につき30万円(中小企業以外は23万円)を支給します。 助成金の詳細について  この助成金の支給要件等の詳細は、JEEDホームページをご確認ください。  また、JEEDホームページから、各コースの申請様式や支給申請の手引きをダウンロードできます。そのほか、制度説明の動画も掲載しています。  この助成金に関するお問合せや申請は、JEEDの各都道府県支部高齢・障害者業務課(東京・大阪は高齢・障害者窓口サービス課、連絡先は本誌65ページ)までお願いします。  また、今号より始まった連載マンガ「教えてエルダ先生!Season3」(30ページ)でも助成金について紹介しています。ぜひご覧ください。 https://www.jeed.go.jp JEED 高齢助成金 検索 助成金の説明動画はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=RJzobThcBV4 図表1 65歳超継続雇用促進コース 定年の引上げまたは定年の廃止、希望者全員を対象とする継続雇用制度の導入 措置内容対象 被保険者数 65歳への定年の引上げ 66〜69歳への定年の引上げ 5歳未満 5歳以上 70歳以上への定年の引上げ(注) 定年の定めの廃止(注) 66〜69歳への継続雇用の引上げ 70歳以上への継続雇用の引上げ(注) 1〜3人 15万円 20万円 30万円 30万円 40万円 15万円 30万円 4〜6人 20万円 25万円 50万円 50万円 80万円 25万円 50万円 7〜9人 25万円 30万円 85万円 85万円 120万円 40万円 80万円 10人以上 30万円 35万円 105万円 105万円 160万円 60万円 100万円 (注)旧定年年齢、継続雇用年齢が70歳未満の場合に支給します。 図表2 65歳超継続雇用促進コース 他社による継続雇用制度の導入 措置内容 66〜69歳への継続雇用の引上げ 70歳以上への継続雇用の引上げ(注) 支給上限額 10万円 15万円 ※ 申請事業主が他社の就業規則等の改正に要した経費の2分の1の額と表中の支給上限額いずれか低い方の額が助成されます。対象経費については申請事業主が全額負担していることが要件となります。 (注)ほかの事業主における継続雇用年齢が70歳未満の場合に支給します。 図表3 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース 高年齢者雇用管理整備措置の種類 賃金・人事処遇制度の導入・改善 労働時間制度の導入・改善 在宅勤務制度の導入・改善 研修制度の導入・改善 専門職制度の導入・改善 健康管理制度の導入 その他の雇用管理制度の導入・改善 支給対象経費 ●高年齢者の雇用管理制度の導入等(労働協約または就業規則の作成・変更)に必要な専門家等に対する委託費、コンサルタントとの相談に要した経費 ●上記の経費のほか、左欄の措置の実施にともない必要となる機器、システムおよびソフトウェア等の導入に要した経費(計画実施期間内の6カ月分を上限とする賃借料またはリース料を含む) 【P28】 高齢者雇用促進等のためのその他の助成金 編集部  当機構(JEED)の「65歳超雇用推進助成金」のほかにも、「特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)、(成長分野等人材確保・育成コース)、(中高年層安定雇用支援コース)」など、中高年齢者を雇用した場合に支給される助成金があります。いずれも都道府県労働局やハローワークが支給窓口となります。 特定求職者雇用開発助成金 (特定就職困難者コース)  高齢者や障害者などの就職困難者をハローワークなどの紹介により、継続して雇用する労働者として雇い入れる事業主に支給されます。この助成金の対象となる高齢者は、60歳以上の方です。  高齢者を雇い入れた場合の助成対象期間は1年間で、支給対象期(6カ月間)ごとに支給されます。支給額は「短時間労働者以外」(1週間の所定労働時間が30時間以上)と「短時間労働者」(1週間の所定労働時間が20時間以上30時間未満の者)で異なり、中小企業が短時間労働者以外を雇用する場合、60万円を2期に分けて30万円ずつ(中小企業以外は50万円を2期に分け25万円ずつ)支給されます。  中小企業が短時間労働者を雇用する場合は、40万円を2期に分け20万円ずつ(中小企業以外は30万円を2期に分けて15万円ずつ)支給されます。 特定求職者雇用開発助成金 (成長分野等人材確保・育成コース)  【成長分野メニュー】 と 【人材育成メニュー】の二つのメニューがあり、いずれも、ハローワークなどの紹介により、就職困難者を業務経験のない職種で雇い入れた場合が対象となります。【成長分野メニュー】は、GX、DXの成長分野の業務※に従事する労働者として雇い入れ、雇用管理改善や能力開発を行った場合、【人材育成メニュー】は人材開発支援助成金による人材育成を行い、賃上げを行った場合に支給されます。  いずれも特定求職者雇用開発助成金のほかのコースの1・5倍の助成金が支給されます。 特定求職者雇用開発助成金 (中高年層安定雇用支援コース)  2025(令和7)年4月に新設されたコースです。いわゆる就職氷河期世代を含む35歳〜60歳未満の中高年層のうち、就職の機会を逃したなどにより十分なキャリア形成がなされなかったために、正規雇用労働者としての就職が困難な方を、ハローワークなどの紹介により正規雇用労働者として雇い入れる事業主に支給されます。  対象となる労働者は、雇入れの日の前日から起算して過去5年間に正規雇用労働者として雇用された通算期間が1年以下で、過去1年間に正規雇用労働者として雇用されたことがない方となります。  支給額は、中小企業の場合は60万円を2期に分けて30万円ずつ(中小企業以外は50万円を2期に分けて25万円ずつ)となります。  それぞれの詳細については、最寄りの労働局またはハローワークへお問い合わせください。 ※次のアとイが該当します ア 「情報処理・通信技術者」、「その他の技術の職業(データサイエンティストに限る)」または「デザイナー(ウェブデザイナー、グラフィックデザイナーに限る)」に該当する業務 イ 「研究・技術の職業」に該当する業務(脱炭素・低炭素化などに関するものに限る 【P29】 読者アンケートにご協力をお願いします! いつも本誌をご愛読いただき、ありがとうございます。『エルダー』では、よりよい誌面をつくるため、読者アンケートを実施しています。 みなさまの声をお待ちしています! 回答方法 今号に同封した「読者アンケート」用紙にご記入のうえ、Faxにてお寄せください。 Fax番号はこちら → 043-213-6556 Webでの回答も可能です。 コードはこちら → ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://krs.bz/jeed/m/elder_enqueteであることをご確認のうえアクセスしてください 本誌はデジタルブックで読むことができます! スマートフォンやパソコンでいつでも無料でお読みいただけます。ぜひ、ご利用ください! ★最新号は毎月5日ごろJEEDホームページにアップされます。 自由に拡大できて便利! 読みたいページにすぐ飛べる! ★高齢者雇用のさまざまな課題などをテーマに現状と対応策などを紹介 ★高齢者雇用に取り組む経営者、人事労務担当者、いきいきと働く高齢者本人の声を紹介 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/index.html JEED エルダー 検索 〈お問合せ先〉企画部 情報公開広報課 TEL:043-213-6200 【P30-35】 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 Season3 教えてエルダ先生! 65歳超雇用推進助成金活用のススメ 第1回 65歳超雇用推進助成金って何? 対象となる事業主 @雇用保険適用事業所の事業主(支給申請日および支給決定日の時点で雇用保険被保険者が存在する事業所の事業主であること) A助成金の審査に必要な書類等を整備、保管している事業主 B助成金の審査に必要な書類等を提出または提示する、実地調査に協力するなど、審査に協力する事業主 C「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」の第8 条または第9 条第1項の規定と異なる定めをしていない事業主 第8条 60歳以上の定年を定めていること 第9条第1項 65歳以上の定年、希望者全員を対象とした65歳までの継続雇用制度など、65歳までの安定した雇用を確保するための措置を定めていること ※そのほかにも、コースごとに必要な要件があります 申請から支給までの流れ <計画申請★> 申請書等の提出 点検・審査 計画認定等 計画に基づく取組み <支給申請> 申請書等の提出 点検・審査 支給決定等 助成金の支給 ★高年齢者評価制度等雇用管理改善コースおよび高年齢者無期雇用転換コースに必要な過程です。 ★このマンガに登場する人物、会社等はすべて架空のものです ※1 本誌2023年7月号「マンガで学ぶ高齢者雇用」をご参照ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202307/index.html#page=30 ※2 JEED各都道府県支部の連絡先については65ページをご覧ください。東京・大阪支部は、高齢・障害者窓口サービス課が窓口となります ※3 https://www.jeed.go.jp/elderly/subsidy/index.html 次号につづく 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 解説 教えてエルダ先生! Season3 65歳超雇用推進助成金活用のススメ 第1回 65歳超雇用推進助成金って何?  高齢者雇用を推進していくうえでは、就業規則の見直しおよび賃金制度や労働条件の見直し、安全・健康管理をはじめとした職場環境の改善等の検討は欠かせません。  特に就業規則の改正には、企業の実情に即した制度設計やコンプライアンスの観点から社会保険労務士などの専門的な支援が不可欠ですが、そのための経費も発生します。決して小さくはないその負担を軽減できるのが、「65歳超雇用推進助成金」です。今回の「教えてエルダ先生! Season3」では、65歳超雇用推進助成金の活用方法について連載でご紹介します。 Check1 65歳超雇用推進助成金とは  高年齢者が意欲と能力のあるかぎり、年齢にかかわりなく働くことができる生涯現役社会を実現するため、65歳以上への定年引上げや高年齢者の雇用管理制度の整備、高年齢の有期契約労働者の無期雇用への転換などを行う事業主を支援するための助成金です。 Check2 取組みに応じた三つのコース 【65歳超継続雇用促進コース】……65歳以上への定年引上げ、定年の定めの廃止、希望者全員を対象とする66 歳以上への継続雇用制度の導入などを行った事業主に対して助成します。 【高年齢者評価制度等雇用管理改善コース】……高年齢者向けの雇用管理制度の整備等にかかる措置を実施した事業主に対して助成します。 【高年齢者無期雇用転換コース】……50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用転換制度に基づき無期雇用労働者に転換させた事業主に対して助成します。 Check3 2025年4月より「e-Gov(イーガブ)」による電子申請がスタート  2025年4月より、デジタル庁が運営する行政サービスの総合窓口「e-Gov」(https://shinsei.e-gov.go.jp/)から、65歳超雇用推進助成金の申請ができるようになりました。ぜひご活用ください。 お問合せ JEED各都道府県支部高齢・障害者業務課(東京・大阪は高齢・障害者窓口サービス課) ※各支部の問合せ先は65ページをご参照ください。 【P36-37】 偉人たちのセカンドキャリア 歴史作家 河合(かわい)(敦あつし) 第8回 教育者に転進した 日本騎兵の父 秋山(あきやま)好古(よしふる) 軍人から教育者へキャリアチェンジ  秋山好古は、日本海海戦の作戦を立案・指揮した真之(さねゆき)の実兄です。伊予松山出身で陸軍士官学校に入ると騎兵科を選び、フランスに留学して最新の騎兵学を学びました。1894(明治27)年の日清戦争では1000の騎兵で2万の敵を食い止める活躍をみせました。戦後は陸軍乗馬学校(後の騎兵学校)の校長として後進の指導にあたりますが、1904年の日露戦争で再び騎兵第1旅団(約8000人。秋山支隊とも呼ばれる)を率いて出征。敵地へ潜行して情報を集めたり、道路や橋などを破壊し後方を攪乱したりする挺進騎馬隊を組織します。翌年1月、秋山支隊はロシア軍10万の猛攻に耐え抜き、戦後、好古は「日本騎兵の父」、「最後の古武士」と讃えられました。  1909年に陸軍中将、1916(大正5)年に陸軍大将に昇任し、63歳の1923年に予備役に編入されました。定年となったのです。しかし、「人は一生働き続けるものだ」というのが好古の信念で、第二の人生として教職を選び、翌年、故郷松山の私立北ほく予よ 中学校の校長に就きました。学校理事の井上(いのうえ)要(かなめ)が上京して好古に校長就任を依願したからです。  日露戦争で活躍した乃木(のぎ)希典(まれすけ)も大将から校長(院長)になりましたが、その学校は皇族や華族を教育する学習院です。対して好古は、故郷の中学校校長。ですから北予中学校の理事会は「田舎の中学校校長を打診するのは非礼だし、承諾してもらえないだろう」と考えていたようです。ところが井上が直接談判したところ、好古は「俺は中学の事は何も知らんが、外に人がいなければ校長の名前は出してもよい。日本人は少しく地位を得て退職すれば遊んで恩給で食ふことを考へる。それはいかん。俺でも役に立てば何でも奉公するよ」(『秋山好古』秋山好古大将伝記刊行会 昭和11年)と快諾してくれたのです。  井上は大いに歓び、「当分でも校長の名をお貸し下さい。そうして時々学校へ来て生徒と遊んで下さい」(『前掲書』)と伝えましたが、なんと、好古は伊予松山に単身赴任し、毎日出勤したのです。じつは若いころ、好古は小学校の教師をしていたのです。けれど体格がよかったので、盛んに知人たちに軍人になることをすすめられ、陸軍士官学校に入ったという経緯がありました。 好古の人柄に触れ校風が変わる  驚くべきことに、 校長を務めていた6年間、好古は無遅刻無欠勤でした。いつも始業の20分前に学校へ出勤するので、学校沿いの人々は好古の姿を見て時計の針を直すほどだったといいます。不良少年のたまり場といわれた北予中学校は、好古が着任したことで大きく変わりました。教員も生徒もみな勉強家となり、欠勤や欠席するものが著しく減ったのです。とくに教員が欠勤すると、好古が自ら授業をするので、安易に休めなくなったようです。といっても好古が高圧的に職員や生徒に接することはありませんでした。  「将軍は恐ろしい顔をしてゐたが、併し将軍の怒つた顔を見た者はなかつた。又叱られた生徒も一人もなかつた。毎日々々変りなき慈眼温容で、終始ニコニコと笑みを浮べながら、校の内外を見廻り、時々経歴実話を交へた温い訓話をした」(『前掲書』) 軍服も一切身に付けず、背広姿に鳥打ち帽をかぶって馬で出勤しました。校長室は狭くて夏はきわめて暑い部屋でしたが、好古は一度も暑いと嘆かず、上着を脱ぐこともせず、洋服のボタンも上まできちんと閉めていたそうです。校長室の整理整頓のみならず、ゴミも自分で始末しました。  粗暴な生徒のせいで、校内の破損や壊れた物品がかなりあったのですが、好古は夏休みの間にすべて修理し、二学期のはじめに全校生徒を集め、「物が壊れては、お互いに困るから気をつけいよ」(『前掲書』)とたった一言注意したそうです。以後、校舎の破損はほとんどなくなったといいます。 教育に捧げた第二の人生  1928(昭和3)年の夏休み、数人の生徒が乱暴を働いて警察の尋問を受けました。これを知った好古は、その責任を感じて理事の井上要に宛てて退職届を書いたのです。じつはこのころ、足の神経痛がひどくなり、歩行に困難を来すようになっていたことも、退職理由の一つでした。しかし井上や理事たちが平身低頭して留任を願ったので、仕方なく好古は退職届を取り下げました。しかし翌年正月の新年会で「自分はもう七十歳なので、校長を辞めたい」と述べたことが地元の新聞に載ってしまいました。すると同年三月の卒業式で井上理事は、演壇から「諸君は秋山校長先生が罷められると云ふて、大に心配してゐるそうであるが、校長先生は非常に責任を重んずる人である。先生に代わるべき立派な後任のない以上、断じて諸君を見捨てることはない。諸君安心せよ」(『前掲書』)と断言したのです。これを聞いた好古は「君があんな演説をすると、当分罷められないじゃないか」と笑ったといいます。しかし足に激痛を感じるようになり、これ以上の勤務はむずかしいと判断。翌年4月、ついに6年以上務めた校長の椅子をおりたのです。そして、それからわずか半年後、好古はこの世を去りました。  足痛は神経痛ではなく、糖尿病悪化による血管の閉塞から来る痛みだったのです。伊予から東京に戻った好古でしたが、痛みのために睡眠すらままならなくなり、ついに壊疽がはじまり、左足の先端部が腐りはじめました。医師は左足の切断をすすめました。好古も「この痛みさえ去れば、足の一本はなくてもいい」と納得し、手術が行われました。麻酔から目ざめた好古は「これですっきりした」と笑顔を見せましたが、翌日から傷口が静脈炎を起こして高熱を発し、腹部にも炎症が広がっていきました。それから三日間、好古は現実と夢の間を行き来したようです。ときおり口から出る言葉は、「騎兵」、「奉天」といった日露戦争に関するものばかりで、夢のなかでロシア軍と戦っているようでした。  死は免れないと思った親族は、紅茶にコニャックをまぜて好古の口に含ませてあげました。ちょうど陸軍士官学校で同期だった本郷(ほんごう)房太郎(ふさたろう)がお見舞いに来て「俺がわかるか」と尋ねると、好古は「本郷か、ちょっと起こしてくれ」と頼みました。そこで身体を起こしてやると、しばらくして息を引き取ったそうです。  日本陸軍の騎兵をつくり上げ、大将にまで昇り詰めた軍人・秋山好古は、無休主義をかかげ、中学校の校長という第二の人生を見事に全うして昇天したのです。71歳でした。 【P38-41】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第155回 新潟県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 70歳雇用推進プランナーに相談し70歳までの継続雇用制度などを整備 企業プロフィール 株式会社ナビック(新潟県新潟市) 創業 1929(昭和4)年 業種 精密機械器具製造業、卸売業・小売業など 社員数 65人(うち正社員数51人) (60歳以上男女内訳) 男性(13人)、女性(1人) (年齢内訳) 60〜64歳7人(10.8%) 65〜69歳4人(6.2%) 70歳以上3人(4.6%) 定年・継続雇用制度 定年60歳。希望者全員を65歳まで、基準該当者を70歳まで継続雇用。運用により70歳超の勤務も可能。現在の最高年齢者は74歳  新潟県は日本海に面して細長い地形をしており、変化に富んだ海岸線や夕日スポット、海の幸に恵まれています。内陸側は山脈に沿っていることから積雪量が多く、ウィンタースポーツが楽しめる施設が多数あります。佐渡島(さどがしま)や粟島(あわしま)などの離島もあり県面積は約1万2580km2と広大で、全国第5位の広さです。産業は米などの農業を中心に、食料品や化学工業などの製造業、建設業も盛んです。  JEED新潟支部高齢・障害者業務課の須田(すだ)美佐江(みさえ)課長は、高齢者雇用に関する企業からの相談などについて、「制度を変更する場合の処遇面に関することや、同業他社の動向について知りたいといった内容が多くなっています」と近況を明かし、注力している取組みについて次のように話します。「企業にとって人材確保は近年の大きな課題であり、定年延長や継続雇用年齢の延長は対応策の一つとして有用です。一方で、就業期間の延長にともなう雇用制度、賃金制度の構築などはハードルが高く感じる項目です。当支部では現状のヒアリングをしっかり行い、雇用制度や賃金制度などの改正といった、70歳までの就業確保措置実施の課題となる項目の解決の糸口を提案することや、従業員の就業意識への働きかけを目的としたJEEDの就業意識向上研修※1の提案に力を入れています」  同支部で活動するプランナーの一人、田代(たしろ)武夫(たけお)さんは、特定社会保険労務士、中小企業診断士などの資格を有しており、専門的知見と豊富な経験を活かした提案や助言は、訪問先事業所の経営者や人事担当者らから信頼を得て、JEED新潟支部のリードオフマンとして活躍しています。  今回は、田代プランナーの案内で、「株式会社ナビック」を訪れました。 配電盤のスペシャリストとして社会に貢献  株式会社ナビックは、1929(昭和4)年に株式会社中野組として設立され、1992(平成4)年に現在の社名となりました。メーカーと商社の二つの顔を持ち、現在では「制御盤など各種配電盤の設計・製作・販売」、「ポンプ設備やゲート等施設機械の販売・施工や上下水道施設の監視制御システムの設計・施工・メンテナンス」を行う二つのエンジニアリング部門と、「施設園芸資材や農薬の販売」を行う卸売部門の大きく3部門で事業を展開。配電盤(制御盤・計装盤・監視操作盤・高低圧配電盤)のスペシャリストとしてさまざまな工場や官公庁などから依頼を受けて実績を積み重ねています。また、安全性の高い農薬の適正使用の指導・販売などにより、農業の発展にも寄与しています。経営理念にもある「共に伸び共に栄える」のもと、取引先の役に立ち、社会に貢献し、社員とその家族の幸せの実現を追求しています。  同社代表取締役社長の山ア(やまざき)篤(あつし)さんは、同社の人材育成に関する方針について、「少人数ながら先進の技術と知識を兼ね備えた人材を育成し、専門性を高めています」と話します。その一環として社員の資格取得について、かかる費用や取得時の祝金、資格手当などを会社がバックアップしており、多くの社員に活用されています。  同社では、意欲があれば年齢を重ねても続けられる業務が多く、常務執行役員・電装事業部長の後藤(ごとう)勇司(ゆうじ)さんは、「電装事業の設計をになうベテラン社員は、『この人が描いた図面なら間違いない』と周囲から信頼され、若手社員の相談にものってくれています。その力を財産として、維持し続けることが現在の課題の一つです」とベテラン社員の力を語ります。  同社は2023(令和5)年8月、それまでの60歳定年、希望者全員65歳までの継続雇用制度を見直し、新たに基準該当者を70歳まで雇用する継続雇用制度を導入。また、制度化はしていませんが、70歳を超えても働ける仕組みづくりも始めています。これらの見直しや取組みは、田代プランナーに相談しながら進めていったといいます。 70歳までの継続雇用制度を導入  田代プランナーは、2023年に同社を訪問し、社員構成、継続雇用社員の活用状況、賃金水準などをヒアリングしました。  「訪問当時は、60歳以上の社員が全体の約14%、50歳以上の社員が約38%を占めていました。継続雇用者は今後増加が予想されたので、高齢社員がその豊富な経験と知識を活かして活き活きと働ける仕組みを助言し、65歳までの定年延長および希望者全員70歳までの継続雇用を提案しました」(田代プランナー)  同社常務取締役・管理本部長の川端(かわばた)一裕(かずひろ)さんは、「田代プランナーは、まず当社の状況をよく聞いたうえで助言と提案をしてくださいました。そこから検討を重ねて、定年はそのままですが、基準該当者を70 歳まで継続雇用する制度にあらためました。継続雇用後は嘱託社員となり基本的に役職は外れ、一プレイヤーとなりますが、後進の指導役としても期待しています」と制度改定の経緯と内容などを話します。  「実際には70歳を過ぎて戦力として活躍している社員もおり、そのうちの1人から家庭の事情のため退職の申し出があったことを機に、2024年に短時間勤務などの柔軟な働き方について、あらためて田代プランナーに相談し、アドバイスをいただきました」(川端管理本部長)  そこから70歳超の社員の働き方についても検討を重ね、2024年10月、同社で初めてフレックスタイム制度を導入(在宅勤務も可能)しました。今回は、この制度を活用して勤務を続けている新保(しんぼ)康文(やすふみ)さん(74歳)と、遠藤(えんどう)幸一(こういち)さん(62歳)、お2人の上司である三山(みやま)正人(まさと)さんにお話を聞きました。 在宅勤務で仕事の継続が可能に  新保康文さんは勤続51年。手描きで図面を作成していた時代から配電盤や制御盤の設計を担当し、管理職も務めました。長年の経験を活かして、現在も電装事業部設計開発グループで設計業務と後進の育成をになっています。  フルタイム勤務を続けてきましたが、2024年10月からはフレックスタイム制度を活用し、設計業務は在宅で行い、ミーティングがある水曜日のみ出勤しています。「家庭の事情もあり70歳を過ぎたころから退職を意識していましたが、フレックスタイム制度と在宅勤務の活用を会社から提案してもらい、仕事を続けることにしました。水曜日は出勤ですが、みんなに会えることがよいモチベーションになっています」と新保さんは笑顔をみせます。  設計開発グループ部長兼品質管理グループ部長の三山(みやま)正人(まさと)さんは、「当社には新保さんの力が必要ですので、新保さんから話を聞いて、在宅勤務がよいのではないかと会社に提案して、それがかないました」と満面の笑みで話します。  新保さんは、周囲からの「続けてほしい」という言葉と仕事への情熱が原動力となっており、「設計の仕事は一つひとつ異なるので、その都度新鮮な気持ちで向き合えます。安全なものをつくること、クレームのない仕事をすることを心がけて、大好きな仕事を今後も続けられるよう、健康に気をつけたいと思います」と話してくれました。 柔軟性と能力向上のため資格取得に挑戦  遠藤幸一さんも電装事業部設計開発グループに所属して、配電盤や制御盤の設計と後進の育成をになっています。勤続44年、この道一筋の職業人生です。入社してから1級電気製図技能士、2級電気工事施工管理技士、アナログ第3種工事担任者などの資格を取得。設計開発グループ部長を務め定年を迎えたあと、嘱託社員としてフルタイムで勤務をしています。  「定年前と比べて管理の仕事はなくなりましたが、設計業務に関しては以前と変わりはありません。また、管理業務がなくなった分、後輩たちの相談にのりながらサポートを行っています」と遠藤さんは話します。  上司の三山さんは「遠藤さんはかつては私の上司でした。いまも支えてくれますし、若手にとっては聞きやすく何でも答えてくれる存在です」と社内で頼りにされている遠藤さんについて語ります。  遠藤さんは仕事への思いについて、「当社の製品は地味ながらも重要な役目をになうものですし、設置された装置は数十年にわたって稼働し続けることがやりがいになっています」と明かします。また、「年を取ると頭が固くなるので、少しでもやわらかくするため、資格取得に挑戦しています」と最近もデジタル工事担任者の試験を受けて合格発表を待っているところだと教えてくれました。 ともに歩んでいきたい  最後に今後の目標について、社長の山アさんにうかがうと、「現在、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)※2や生成AIの活用で業務効率化、自動化、省力化に取り組んでいますが、高齢社員の高度な知識と技能は欠かせません。元気に活躍いただけるかぎり、その力を弊社の仕事に活かして、ともに歩んでいきたい。会社と社員、その家族が幸せになることを目ざしてこれからも邁進します」と話してくれました。  田代プランナーは、定年後も後進の育成に努めながら設計の仕事に打ち込んでいる新保さん、遠藤さんの働きぶりと、同社が70歳を超えて働ける環境づくりに取り組んでいることを高く評価し、「継続雇用や70歳超の働き方について課題があれば今後もサポートしていきます」と語りました。 (取材・増山美智子) ※1 「就業意識向上研修」の詳細は、JEEDホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/employer/startwork_services.html ※2 RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)……パソコンなどで行っている事務作業を自動化できる技術 田代武夫 プランナー アドバイザー・プランナー歴:26年 [田代プランナーから] 「企業の持続可能な成長を支援するために、課題解決のコンサルタントの役割を果たしたいと思っています。シニア社員がその能力を活かして働けるような環境の整備の提案とともに、最近の労務管理に関する法令の改正情報の提供も心がけています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆新潟支部高齢・障害者業務課の須田課長は田代プランナーについて、「1999年より当支部の高年齢者雇用アドバイザー、プランナーとして活動し、26年目を迎えた大ベテランです。80歳を超えてなお精力的に事業所を訪問し、これまでの経験を活かした的確な助言を行っています。事業主への提案のみならず就業意識向上研修など従業員向けの活動も実施し、受講満足度も高い結果となっています」と話します。 ◆新潟支部高齢・障害者業務課は、JR新潟駅からバスで10分ほどの距離にあります。事務所が入居しているのは江戸時代の奉行所跡に建つビルで、新潟市内でも形が特徴的な建物です。 ◆同県では、10人のプランナーが、面積が広い県のため担当地域ごとに活動しています。2024(令和6)年度は475件の相談・助言を実施し、そのうち215件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●新潟支部高齢・障害者業務課 住所:新潟県新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 電話:025-226-6011 写真のキャプション 新潟県新潟市 株式会社ナビック 東港工場 山ア篤代表取締役社長(中央)、後藤勇司常務執行役員・電装事業部長(左)、川端一裕常務取締役・管理本部長(右) 出勤日の水曜日、社内で設計業務を行う新保康文さん 三山正人設計開発グループ部長兼品質管理グループ部長 設計業務にあたる遠藤幸一さん。いまも仕事のための資格取得に挑戦している 【P42-43】 第106回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  森義博さん(66歳)は現在、高齢社会の研究に取り組む民間シンクタンクで、仕事と介護の両立支援などのテーマに日々取り組んでいる。生命保険会社が設けた研究所で重ねた経験を活かし、高齢者がより暮らしやすい社会の実現を目ざして奮闘する森さんが、生涯現役で働くためのヒントを語る。 公益財団法人 ダイヤ高齢社会研究財団 シニアアドバイザー 森(もり)義博(よしひろ)さん 研究の喜びに支えられ  私は神奈川県横浜市の生まれです。地元の小学校を卒業後、鎌倉(かまくら)市にある中学校と高校に通いました。その後一橋(ひとつばし)大学へ進んで経済地理学を専攻、子どものころから鉄道や地理が好きだったので自然な流れであったように思います。大学卒業後、明治(めいじ)生命(せいめい)保険相互会社(現・明治安田(めいじやすだ)生命(せいめい)保険相互会社)に入社しました。当時は景気が回復し始めたころで、就職は順調に決まり、神奈川県平塚(ひらつか)市の湘南(しょうなん)支社に配属されました。まずは2年間、現場の事務を担当しました。そのころは3年から4年で異動することが慣例でしたから、私も企画や企業年金、営業職員の人事制度など、さまざまな業務を担当しました。30代半ばに3年間愛知県の営業所に勤務した以外は、本社で業務経験を積みました。  42歳のとき、グループ会社の株式会社明治生命フィナンシュアランス研究所(現・株式会社明治安田総合研究所)に異動になりました。じつはその少し前に、病気で1カ月ほど入院生活を送りました。入院中に将来のことを考えると不安になりましたが、幸い研究所が声をかけてくれました。研究所では少子高齢化問題や年金、介護保険制度の研究に従事し、時代の課題と向き合う実感があり、やりがいもあって楽しかったです。研究所で学んだことはその後の仕事に活かされていますので、病気もよい転機になるのだから人生とはおもしろいものです。  「気がつけば14年が過ぎていました」  56歳のとき、縁あって森さんは公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団に異動。同財団は1993(平成5)年に設立され、高齢社会における健康、経済、生きがいなどに関するさまざまな調査・研究に取り組んでいる。ここから森さんの活躍の場がさらに広がった。 高齢社会のさまざまな課題に対峙して  研究所の先輩が一足先に財団に異動していたこともあり、私も新たな職場での仕事はスムーズにスタートできました。研究所では少子高齢化の観点から研究を進めていましたが、財団は高齢社会に関する諸問題を検討するので、目的がいっそう明確です。前向きな気持ちで仕事ができる土壌があり、いつの間にか10年が過ぎました。20人ほどの仲間と楽しく仕事をしています。私は60歳のときに定年を迎えましたので、その後は毎年、雇用契約を更新しています。かつては企画調査の部署でしたが、いまは「シニアアドバイザ―」として広範囲に仕事をしています。  財団に資金や人材を出しているのは三菱(みつびし)グループです。私のいまのおもな仕事は、三菱グループの社員を対象に「仕事と介護の両立」のアンケート調査を行うことです。一昨年から始めたプロジェクトで、三菱グループの18社に協力をしてもらい、2万7000人を超える社員から回答が集まりました。ようやく調査の結果がまとまってきましたので報告するために各社を回っています。この調査は、研究部員と協力しながらさらに分析しまとめていくのでもう少し時間がかかります。回答者が多いので、結果に一定の方向性は出ると思いますが、「仕事と介護の両立」というテーマだけに、多くの企業に役立てていただけるよう、回答者の年齢構成をにらみながらデータの偏りをなくしていく作業が控えています。  森さんは活舌(かつぜつ)がよく、話の内容もわかりやすい。なによりも笑顔を絶やさず仕事に対する意気込みを語る人柄が魅力的である。高齢社会の研究者自身が「生涯現役」を語るのだから説得力にあふれている。 働く人の切実な声に耳を傾けたい  アンケートに寄せられるのは「仕事と介護の両立を支援する社内の制度が整備されていても、なかなか上司の理解が得られない」とか「最近、リモートワークがやりにくくなってきた」など、どちらかといえば人間関係にまつわる悩みが目立ちます。一方、介護の経験がある人が人事部にいる会社からはまた違った回答が寄せられますから、アンケートの結果は、私も勉強になります。さらにダイバーシティ推進室がある会社で、担当者が介護経験者の場合、社員も本音で話しやすい面もあるようです。  一つ驚いたのは、介護の対象は自分の親が一般的ですが、単身の叔父や叔母を介護しているという回答もありました。介護の問題は幅が広いと感じさせられました。  10年の間、財団でさまざまな角度から高齢社会の問題を考えてきましたが、この仕事は自分に向いていると思っています。ただ、前職の研究所では少子化の観点から、結婚、出産などの調査も進めてきたので、本音をいえばそういう調査もやってみたいという願いもあります。じつは2年前に結婚に関する調査を行ったことがあります。財団の方針をふまえて、40歳から69歳までの男女に「結婚等に対する調査」を実施しました。結果だけ記しますと、単身者に比べて40歳以降に結婚した人の「想定寿命」(人生設計として想定する〔希望ではない〕自身の寿命)の平均は長いという傾向が見られました。配偶者を得たことによる生活の充実と責任感が反映されたのだと思います。  また、現在の若い人の結婚観にも興味があるのですが、いまは「結婚」の2文字を口に出せば、「ハラスメント」といわれてしまいそうで気軽に聞けません。私にも未婚の子どもがいますから、まず家庭内でヒアリングをしてみようと思っています。 だれもが活き活き働ける社会の実現を  公益財団法人なので、広く世の中の役に立つ成果を発信していく役割があります。そこで今回「仕事と介護の両立」をテーマとしたプロジェクトを展開したわけです。結果をもっと深掘りして、高齢者だけではなく、若い人にも提言できるような調査にしたいと考えています。財団には研究部があり、そこは老年学などの博士号を取得した研究者ばかりなので、論文として発表するなどして世の中を鼓舞していければと思います。  趣味といえるかわかりませんが、毎日の出勤前にピアノの練習をしています。じつは小学1年生の時から就職するまでピアノを習っていました。59歳から、それこそ「60の手習い」で教室通いを再開しました。いま流行(はや)りの街角ピアノで弾いてみたいものです。  生涯現役で働くにはやはり健康が大切ですから、出勤時には一つ手前の駅で降りて、職場まで遠回りして歩くようにしています。また、自宅付近は自然が残っているので休日にはゆっくり散策しています。  もしかしたら人生とはさまざまなことを両立しながら努力していくものなのかもしれません。若い人のモデルケースになれるようにもう少しがんばってみようと思います。 【P44-47】 新連載 がんと就労 −治療と仕事の両立支援制度のポイント− 産業医科大学 医学部 両立支援科学 准教授 永田(ながた)昌子(まさこ)  二人に一人が罹患するといわれる病気「がん」。医療技術の進歩や治療方法の多様化により、がんに罹患したあとも働きながら治療を続けている人は増えています。その一方で、企業には、がんなどの病気に罹患した社員が、治療をしながら働き続けることのできる環境や制度を整えていくことが求められています。本企画では、特に「がん」に焦点をあて、その治療と仕事の両立支援に向け、企業が取り組むべきポイントを整理して解説します。 第1回 がんの治療と就労の現状 1 はじめに  今回は、がんの罹患者数の増加、5年生存率の向上、そして治療法の多様化といった現状について解説します。がんは発生部位や悪性度によって予後が大きく異なり、依然として厳しい予後を示すがん種もある一方で、「不治の病」から「つき合う病気」へと変化しつつあるがん種も増えています。  本連載では就労支援の観点から、特に治療と就労の両立が可能ながん種を中心にご紹介します。高齢労働者におけるがん罹患率の高さをふまえ、がん治療の基本的な理解を深めていただければと思います。 2 高齢者のがんの罹患率  高齢者の方が病気になりやすいことは、読者のみなさまもご承知の通りです。具体的な数字で確認しましょう。新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響でがん検診の受診率が落ちた影響もあると考えられていますが、この5年間は、年齢ごとのがんの罹患率に大きな変化は読み取れません。罹患率を50代前半と比較すると60代後半は、男性は約4倍、女性は約2倍です。高齢者に多いがんは、がん検診の対象となっていますので、高齢労働者のがん検診の受診の必要性も強調したいところです(図表1・2)。 3 生存率の向上  罹患率の変化は目立ちませんが、がん治療の進歩は目覚ましいものがあるようです。がんの5年相対生存率は、1993(平成5)〜1996年登録の値(男性48.9%、女性59.0%)から2009〜2011年登録の値(男性62.0%、女性66.9%)に上昇しています。手術はより低侵襲に、薬物療法は細胞傷害薬に加えて、ホルモン療法や抗体療法、分子標的薬など副作用が少ないものが登場し、また副作用をマネジメントする方策も進化しています。  特に分子標的治療薬の登場などにより、治療の発展が目覚ましい肺がんを取り上げると、肺がんのStage4と診断された方の生存期間の平均値は、確実に長くなっているようです。最近公表された論文によると、肺がん(非小細胞がん)Stage4と診断された時期が1995〜1999年の生存期間の平均値は、8・9カ月でした。徐々に、生存期間が延び、2015〜2019年に診断された方は、25.2カ月と約3倍に延びていること、2020(令和2)年以降に診断された方は、さらに延びていることが報告されました(文献3)。 4 がん治療の進歩と就労  このような医療の進歩により、がんの平均在院日数(35〜64歳)は、1996年の31.0日から2020年の13.3日と半減しました。同じくがんの外来患者数は2005年に入院患者数を上回りました(図表3/文献3)。  治療の変化により働ける状態の患者が増えており、がん治療をしながら就労継続を希望する割合も増えています。特に薬物療法をしながら、働く人が増えています。  がん治療の主要な方法は、手術、放射線療法、薬物療法です。ここでは、就労と継続することが多い薬物療法と放射線療法を特に取り上げます。  薬物療法は、おもに内服と点滴に2分され、化学療法、ホルモン療法、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などを組み合わせて行われています。点滴投与では、太い静脈にカテーテルを挿入し、皮膚の下にポートを埋め込んで、継続して化学療法を受けられるようにすることが多くなります。近年は長時間投与や多剤併用をする療法が増え、中心静脈ポートを留置するケースが増えています。頻度が多い薬物療法をご紹介すると、2〜3週に1度、外来で数時間かけて点滴治療を行い帰宅します。外来での点滴を終了後も薬剤を持続注入できるポンプ(たばこの箱より少し大きめのケース)を約2日間装着する治療です。通常の生活や入浴を制限する必要もありません。副作用がなければ、薬剤を持続注入している状態で、仕事に従事している人もいます。点滴をしながら仕事をすることに驚かれる患者さんや職場の方もいらっしゃいますが、就労することで治療の効果を下げることはありません。就労に支障が出る副作用がなければ、問題なく就労することができます。また、副作用が出るタイミングと通院の日のみ休んで、そのほかの日に働いている方もいます。  これらの薬物療法により、就労現場で遭遇することが多い副作用とその対応についてまとめたものが図表4です。副作用は個人差が大きいため個別対応(本人のケアと職場での理解・配慮の組合せ)が必要です。みなさまの職場でこのような症状がある方が就労するとき、どんな支援が可能でしょうか。イメージしていただき、環境整備やルールづくりなど、必要な方策を職場で検討いただくとよいかもしれません。  最後に、放射線療法についても触れておきます。放射線療法は連日短時間の照射を行うのが一般的で、毎日の通院が必要となります。しかし、朝一番や夕方最後の時間帯に照射スケジュールを調整することで、就労との両立を図ることが可能です。副作用が軽微な場合には、治療を継続しながら半日勤務などの働き方を選択される患者さんも多くいらっしゃいます。 5 支援の視点  ここまでご紹介したように、がん治療をしながら働く人の支援は、治療法も多様であり、症状の個人差も大きいため個別対応が必要です。本人が行うセルフケアと職場での理解・配慮を組み合わせ、定期的な症状モニタリングと治療状況の確認が重要となります。治療のスケジュールや治療によって生じる副作用、日常生活の留意点を本人を通じて医療機関に確認してください。医療機関、職場、本人の三者連携により、治療と就労の両立を模索することが求められています。  また、これらの医療の進歩、先ほどご紹介した新しい治療薬を利用する場合など、薬剤費が高額となっている印象があります。本人の収入に合わせて、高額療養費制度などの制度が設けられ、自己負担割合が異なるため、「この治療費であれば医療費の自己負担金額は○万円」とは、いえません。医療費は薬剤費だけでなく、血液検査や画像検査、遺伝子パネルの検査の費用などもかかります。月額の医療費を外来でたずねると、月4〜8万円程度の医療機関や薬局での支払いをされている方は珍しくありません。継続してかかる費用ですので、負担を感じる方が多いです。治療費を負担なく支払うためにも就労を希望する方もいらっしゃいます。  さて、連載第1回目として、がんの罹患率やがん治療の多様化、副作用について触れました。第2回目に仕事の両立しやすさの現状や具体的に企業に求められる取組み、第3回目に実際に両立支援者が出た場合の進め方等とそのポイントをご紹介いたします。 【参考文献】 〈文献1〉 国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録生存率集計」https://hbcr-survival.ganjoho.jp/ 〈文献2〉 がん診療連携拠点病院等院内がん登録2015年3年生存率集計報告書https://ganjoho.jp/public/qa_links/report/hosp_c/hosp_c_reg_surv/pdf/hosp_c_reg_surv_4_2015.pdf 〈文献3〉 Yoshida, K., Watanabe, K., Nishimura, T., Ikushima, H., Ohara, S.,Takeshima, H., ... & Usui, K. (2025). Improvement in Survival in Patients With Advanced Non-small Cell Lung Cancer. Anticancer Research, 45(1), 295-305. 図表1 50代〜70代のがん罹患数の順位 男性 50〜54歳 60〜64歳 70〜74歳 1位 大腸がん 大腸がん 肺がん 2位 肺がん 肺がん 大腸がん 3位 胃がん 胃がん 胃がん 女性 50〜54歳 60〜64歳 70〜74歳 1位 乳がん 乳がん 乳がん 2位 子宮がん 大腸がん 大腸がん 3位 大腸がん 肺がん 肺がん 出典:国立がん研究センター がん情報サービス「院内がん登録生存率集計」をもとに筆者作成 図表2-1 がんの罹患率(男性) 40〜44歳 45〜49歳 50〜54歳 55〜59歳 60〜64歳 65〜69歳 70〜74歳 75〜79歳 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年 出典:国立がん研究センター がん情報サービス「院内がん登録生存率集計」をもとに筆者作成 図表2-2 がんの罹患率(女性) 40〜44歳 45〜49歳 50〜54歳 55〜59歳 60〜64歳 65〜69歳 70〜74歳 75〜79歳 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年 出典:国立がん研究センター がん情報サービス「院内がん登録生存率集計」をもとに筆者作成 図表3 がんの推計入院外来患者数の推移(35〜64歳) 外来 入院 1999 2002 2005 2008 2011 2014 2017 2020 2023 ※厚生労働省令和5(2023)年「患者調査」より筆者作成 図表4 就労現場で遭遇することが多い薬物療法の副作用とその対応 具体的な症状 本人のケア/職場の対応 疲労・体力低下 疲れやすさ がん患者が最も経験する症状で、活動量と休息のバランス調整が重要である。 職場では就労時間短縮、段階的復帰、休憩環境の整備が有効である。 認知機能の低下 短期記憶の低下 集中力の低下 口頭からメールや文書で作業指示をする。 メモを活用するなどの自己対応が必要である。 末梢神経障害 手足のしびれ 感覚障害 冷所や冷温のものを取り扱うと症状が強くなることがある。パソコン作業や細かい動作に支障をきたす。保温や指先運動で症状が和らぐことがある。 消化器症状 悪心・嘔吐、下痢・便秘 頻度が高い副作用である。予防的な服薬管理と食事環境の配慮が重要。 見た目の変化 頭髪、眉毛の脱毛 爪や皮膚の変化 ウィッグや帽子の準備、職場でのプライバシー配慮が就労継続に重要である。 皮膚障害 発疹、色調の変化など 保湿剤の塗布。 直射日光にて悪化することがある。 排尿障害 尿漏れなど 排尿障害では、デオドラント効果のある尿取りパッドの使用、自己導尿といった自己対応が必要である。トイレに行きやすい環境の整備があると就労継続しやすい。 ※筆者作成 【P48-51】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第85回 合併後の再雇用拒絶、総合職のみに限定した社宅制度の適法性 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲/弁護士 木勝瑛 Q 1 会社が吸収合併されることになった場合、継続雇用の条件が変更になることは不利益変更にあたるのではないか  継続雇用されていた会社が、吸収合併により消滅してしまい、合併後の会社で雇用が維持されることになりました。合併時の説明によれば、2社の間で継続雇用の条件が異なることから、次回の継続雇用の満了時に条件変更があるようですが、従来の契約とは大きな差があり納得がいきません。提示される条件にしたがわなければならないのでしょうか。 A  合併による労働条件の統一については、変更の合理性が認められやすい傾向にあります。継続雇用に関する労働条件の提示についても、合理的な範囲であれば許容されるものと考えられ、これに応じなかったことによる更新拒絶は有効になることがあります。 1 合併と労働契約の関係  会社の合併によって、二つ以上の会社が一つの会社に統一されることがあります。このとき、二つの会社における労働条件が、まったく同一であるとはかぎりません。  他方で、合併により、吸収する存続会社の労働条件にすべて自動的に統一されるような法制度も存在していません。そのため、労働条件の統一については、労働基準法、労働契約法などの規定に従って、順次進めていかなければなりません。  労働条件は、労働契約、就業規則、労働協約その他労使慣行となっている内容などがあるところ、これらにより定められた内容を変更するにあたっては、労働条件の不利益変更となることが多く、労働者の同意または変更の合理性が求められることになります。  労働条件には、賃金や退職金など重要な労働条件を含むことも多く、そのような場合には、合併による労働条件の統一の必要性が認められるとしても、労働者の自由な意思による同意を得ておくことが重要と考えられています。  自由な意思による同意については、その判断をするにあたって、十分な情報提供または説明がなされていたか否かが重視されています。 2 定年後の労働条件について  定年後の継続雇用制度においては、退職金が支給ずみであり、各種公的給付を受給可能な地位を持つこと、賃金について正社員と同様の性質が維持されるとはかぎらないことなどから、一定程度の減額が行われることがあります。  他方で、人材確保および雇用維持の観点から条件を大きく変更せずに継続雇用を実施する場合もあります。  このように、各社ごとに継続雇用の考え方が異なることから合併する2社において、継続雇用における労働条件が異なることはよくあることです。  それでは、継続雇用の期間満了時の更新において、合併後の会社の基準に照らした継続雇用の条件(従前の労働条件を不利益に変更する内容を含む)を提示することは許されるのでしょうか。  継続雇用の提示において、合理的な裁量の範囲内であれば、正社員と異なる労働条件の提示が許容されていますが、合併後の更新時にも同様の基準があてはまるのでしょうか。 3 裁判例の紹介  経営悪化にともなう吸収合併により、消滅した会社に所属していた労働者を承継したところ、継続雇用の条件について、消滅した会社の労働条件が維持されるべきと主張され、会社が労働契約の更新を拒絶したという事案があります(東京高裁令和6年10月17日判決)。  吸収合併にあたって半年以上前から、労働条件を吸収する会社の内容に合致させる旨を周知しており、吸収合併後に労働条件を統一することは賃金総額を減額することを目的としたものではなく、提示した労働条件が拒絶された以上、更新拒絶は有効であると主張する使用者に対して、労働者は4人という少数であり会社への影響が小さく、継続雇用制度の終了とともに解消されるものであることから労働条件の不統一による不利益はきわめて小さく、統一することの合理性が認められないとして反論していました。  『エルダー』2025年1月号の本連載(第79回)で、第一審である東京地裁令和6年4月25日判決を紹介しましたが、その控訴審判決になります。第一審においては、合理的な期待を有していたことにより労働契約法第19条により保護されるのは「同一」の労働条件での更新が期待されているという限定的な解釈をすることで、雇止めを適法と判断していましたが、一般的な解釈とは異なる内容でした。  控訴審では、従前の労働条件から変更された内容であっても更新されることを期待する合理的な理由がある場合には、解雇と同様に「客観的かつ合理的な理由」および「社会通念上の相当性」が雇止めに必要とされるとして、第一審のような限定的な解釈をすることなく、継続雇用であり65歳まで労働者が更新されることを期待する合理的な理由があると判断しました。  更新手続きの経緯は、合併後の会社から従前の労働条件を下回る内容で提示をしたところ、これについては労働者が拒絶をしていたという状況でした。このような状況において、裁判所は会社からの提案が合理性を有していたか否かを含めて、雇止めに「客観的かつ合理的な理由」および「社会通念上の相当性」が認められるかを判断することとしました。  そのため、会社が提案した内容の合理性が問題となりましたが、会社からは、4種類の内容で更新後の労働条件を提示しており、これらのなかから労働者が選択可能な状況にしており、会社からの各提案の合理性についても、消滅前の会社でも継続雇用中に条件が下がった前例があったこと、赤字経営が続いており債務超過状態にあったことから吸収合併に至ったものであり、その手続きにおいて従業員向けの説明会が実施されていたこと、説明会では吸収した会社における継続雇用制度の内容についてイントラネットに掲載する方法で周知していたという事情がありました。そのため、吸収合併されるのであれば労働条件が不利益に変更される提案がされる可能性が認識されていたものと判断され、期間満了の1カ月前には具体的な労働条件が提示されていたことから、労働契約が同一内容で更新されると期待する合理的な理由はないとされています。  また、吸収した会社の定年後再雇用者と同一の労働条件とする必要性は高いと認め、会社による提案の合理性が肯定されることを理由として、雇止めに必要な客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が認められると判断し、第一審と同様の結論を維持しました。  合併手続きを経て、労働条件を統一することについては、二つの会社の労働者の不公平感が課題となることが多いですが、控訴審では「移籍する同種労働者の賃金水準は当然に関心事となる」ことを前提に「従前から雇用する労働者に秘匿しておくことは困難であり、かつ不誠実でもあって、相当とはいえない」と述べ、合併した企業の課題として認めています。  合併後の更新においては、従前と同一の労働条件ではない提案を受けている場合でも、提案された内容が合理的である場合にこれに応じないと雇用が維持されないこともありえますので、注意が必要です。 Q2 総合職のみを社宅制度の対象とすることに問題はあるでしょうか  このたび、従業員への福利厚生の一環として、総合職の従業員を対象に社宅制度を新設しようと考えています。何か注意すべき点はありますか。 A  男女雇用機会均等法の趣旨に反しないか注意が必要です。例えば、対象となる総合職の従業員のほとんどが男性であり、女性従業員のほとんどは対象外となるといった場合には、合理的な理由がないかぎり、男女雇用機会均等法の趣旨に反するとして違法と判断される可能性があります。 1 男女雇用機会均等法  男女雇用機会均等法(以下、「均等法」)は、性別を直接の理由とした差別的な取扱いを禁止しており(均等法第5条・6条、同施行規則第1条4号、直接差別の禁止)、また、性別を直接の理由とするものでなくとも、「……男性及び女性の比率その他の事情を勘案して実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置……については、……合理的な理由がある場合でなければ、これを講じてはならない」として、間接的な差別も禁止しています(均等法第7条、同施行規則第2条2号、間接差別の禁止)。  AGCグリーンテック事件は、総合職のみを対象とした社宅制度について、間接差別にあたるとして違法と判断していますので、以下紹介します。 2 AGCグリーンテック事件(東京地裁令和6年5月13日判決) (1) 事案の概要被告である会社は、総合職に対しては、転居をともなう転勤命令の有無にかかわらず通勤圏に自宅を有しない場合に借り上げ社宅制度の利用を認めながら、一般職には社宅制度の利用を認めず、住宅手当の支払いにとどめていました。そこで、そのような措置が、男女の性別を理由とする直接差別または間接差別にあたり違法であるとして、提訴されました。 (2) 直接差別に該当するか  裁判所は、直接差別に該当するかという点について、以下の通り判示し、結論として直接差別については否定しています。  「社宅制度の適用を受けてきたのがGを除き全て男性であったのは、……女性からの応募の少ない職種であることが原因である」こと、「制度設計の背景に、男女の別によって待遇の格差を生じさせる趣旨があったことを推認するに足りる事情は認められない」こと、実際に女性社員(G)が社宅制度を利用した実績もあることなどの事情からすれば、「社宅制度に関する待遇の格差が男女の性別を直接の理由とするものと認めることはできない」 (3) 間接差別に該当するか ア 判断枠組み  裁判所は、間接差別に該当するかという点について、以下の通り判断の枠組みを示しました。  「均等法7条を受けた同法施行規則2条2号には、……住宅の貸与(均等法6条2号、同法施行規則1条4号)が挙げられていないものの、@性別以外の事由を要件とする措置であって、A他の性の構成員と比較して、一方の性の構成員に相当程度の不利益を与えるものを、B合理的な理由がないときに講ずること(以下「間接差別」という。)は、均等法施行規則に規定するもの以外にも存在し得るのであって、均等法7条には抵触しないとしても、民法等の一般法理に照らし違法とされるべき場合は想定される……」  「そうすると、……均等法の趣旨に照らし、同法7条の施行(平成19年4月1日)後、住宅の貸与であって、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするものについても、間接差別に該当する場合には、民法90条違反や不法行為の成否の問題が生じる」  具体的には、「措置の要件を満たす男性及び女性の比率、当該措置の具体的な内容、業務遂行上の必要性、雇用管理上の必要性その他一切の事情を考慮し、男性従業員と比較して女性従業員に相当程度の不利益を与えるものであるか否か、そのような措置をとることにつき合理的な理由が認められるか否かの観点から、被告の社宅制度に係る措置が間接差別に該当するか否かを均等法の趣旨に照らして検討し、間接差別に該当する場合には、社宅管理規程の民法90条違反の有無や被告の措置に関する不法行為の成否等を検討すべき」としています。 イ 事案の検討  裁判所は、上記の判断基準をもとに、以下の通り判示し、結論として間接差別に該当する違法な措置であると認定しました。  「社宅制度の実際の運用は、総合職でありさえすれば、転勤の有無や現実的可能性のいかんを問わず、通勤圏内に自宅を所有しない限り希望すれば適用されるというのが実態であり、その恩恵を受けたのは、Gを除き全て男性であった」  「社宅制度という福利厚生の措置の適用を受ける……比率という観点からは、男性の割合が圧倒的に高く、女性の割合が極めて低い……享受する経済的恩恵の格差はかなり大きい……。他方で、転勤の事実やその現実的可能性の有無を問わず社宅制度の適用を認めている運用等に照らすと……社宅制度の利用を総合職に限定する必要性や合理性を根拠づけることは困難である」  「そうすると、……社宅制度の利用を……総合職に限って認め、一般職に対して認めていないことにより、事実上男性従業員のみに適用される福利厚生の措置として社宅制度の運用を続け、女性従業員に相当程度の不利益を与えていることについて、合理的理由は認められない。……被告が……社宅制度の運用を続けていることは、……均等法の趣旨に照らし、間接差別に該当する」 3 所感  本判決は、均等法施行規則第2条2号の列挙事由にあたらない措置を間接差別に該当すると判断した初めての裁判例です。  本判決は、総合職でありさえすれば、転勤の有無や現実的可能性のいかんを問わず、通勤圏内に自宅を所有しないかぎり希望すれば適用されるという運用実態から合理性を否定し、間接差別を肯定していますので、制度設計の際には、この点をふまえ、不当な男女差別となっていないか注意を払うべきでしょう。 【P52-53】 “学び直し”を科学する  “学び直し”を効果的に行う方法を、ミドル・シニアの方々に伝授する本連載。2回目は「大人脳」ならではの記憶力にスポットをあてていきます。1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生に、50・60代の脳の扱い方、記憶力や理解力がアップする勉強法、学びの効果を高めるポイントなどについてお話しいただきました。 第2回 50・60代の記憶力の使い方 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 加齢で記憶力の仕組みが変わる  50・60代になって、「記憶力が落ちてきた」、「物覚えが悪くなった」と感じている人もいると思いますが、年を重ねるだけでは記憶力が衰えることはありません。変わったのは記憶力そのものではなく、記憶するための脳の仕組みです。  10代の「学生脳」では、聞いたものをそのまま吸収する「無意味記憶」が中心で、勉強も暗記が主体になります。一方で50・60代の「大人脳」の場合、「意味記憶」が優勢になり、意味を理解して初めて記憶するように脳の仕組みが変わっているのです。そのため、学生時代と同じ方法で暗記するのはむずかしくなっています。何かを記憶したいときは、「覚えよう」と思うより「理解しよう」と頭を働かせるのが正解です。記憶力の質の変化に気づき、大人脳の仕組みに合った勉強法に切り替えていくことができれば、勉強の効率も上がり、学生時代より記憶力を高めることも可能です。 海馬に「重要だ!」と思わせる  脳には膨大な記憶容量があるといわれていますが、耳や目から入ってきた情報をすべて記憶として貯めこんでいたら、すぐに容量オーバーになってしまいます。そのため脳は、入ってきた情報のうち、重要と判断したもの以外をどんどん消去し、忘れていきます。  私たちが耳や目から集めた情報はまず、脳の中の聴覚系や視覚系などに伝えられます。記憶をつかさどる「海馬(かいば)」がそのとき、同時に働くか否かで、短期記憶のなかから「消去する情報」と「残す情報」を選別する役割もになっています。  記憶は大きく「短期記憶」と「長期記憶」に分けられます。海馬が担当するのは短期記憶。海馬が、情報の入力と同時に働いて、海馬が「残す」と判断した情報が、長期記憶になっていきます。すなわち見聞きした情報を、海馬にしっかり「重要だ!」と思わせ、長期記憶に送り込むことができれば、記憶力は上がるということです。この仕組みを利用することが、50・60代の暗記法のカギになります。 「覚える」より「理解しよう」  海馬に「重要だ」と思わせるためには、海馬に強く長く活動してもらう必要があります。その方法の一つが「理解すること」です。物事を理解するためには、脳内に蓄積されていた情報を引っ張り出し、新しい情報と結びつけることなどが必要になります。すると脳の中では、海馬とともに、理解に関係する部分が働き、脳内が持続的に活性化することで、海馬が「重要だ」と記録し、長期記憶へのルートを開くのです。大人脳では、「覚える」より、「理解しよう」とすることが大切になります。  さらに、海馬に「重要だ」と強く印象づけるには、「情報をくり返し入れる」という方法もあります。つまり復習です。何かの学習を始めたら、毎日の復習によりコツコツとその情報を送り続け、海馬に「重要だ」と判断させることで、しっかり記憶に定着させることができます。 ポジティブな「感情」で記憶力を高める  短期記憶の目安は長くても1〜2週間とされています。例えば、昨日の食事のメニューは思い出せますが、数週間前に何を食べたのかは、なかなか思い出すことはできませんね。一方で、特別な出来事があったときの食事など、何カ月経っても覚えている場合もあります。それは、脳の中で感情や記憶処理にかかわる「扁桃体(へんとうたい)」が海馬の隣にあることと関係しています。感情が大きく動く出来事があると、感情や記憶をつなぐ脳内のルートが刺激され、海馬がそれを重要な情報と判断するのです。何かストーリー性のある出来事には「楽しい」、「嬉しい」、「悲しい」などの感情がともないますが、こうした出来事の記憶は「エピソード記憶」として、長期記憶に無条件に送られるのです。  勉強にポジティブな感情がともなうようになると、記憶力アップが期待できます。特に海馬は、ワクワクとしたポジティブな感情を浴びると、「シータ波」と呼ばれる脳波を出して活発に働くようになり、入ってきた情報を「重要だ」と判断します。シータ波が出ているときは、学習速度も上がるとされます。  勉強そのものを好きになれなくても、ハッピーな気持ちで勉強に取り組むことができるように工夫する、あるいは、ご褒美を設定するなどして、脳が働きやすい環境をつくることが、効率的な学びにつながります。 ミドル・シニアには「長期記憶」の図書館がある  50・60代の人が学ぶうえでの大きな利点は、すでに長期記憶をたくさん持っていることです。ミドル・シニアの脳内には、まるで図書館のように、さまざまな記憶が蓄積されています。  その長期記憶も、使い方を間違えれば「老害」 になってしまいますが、有効活用できれば、さまざまな学びの窓口になります。まずは、自分の中の図書館の本を整理してみることが必要です。そして、足りない本を探しましょう。若いころ、図書館に入れようとしていて、入れられなかったものがあれば、それをやってみるのもよいかもしれません。  昔はできなかったことでも、50・60代までにほかの脳の分野を育ててきたことによって、できることは意外に少なくありません。50・60代になってあらためて取り組んでみると、おもしろさ、楽しさが違うということもあります。長期記憶があるからこそ、いままでやってきたことに対して興味を持ちやすいし、逆にいままでやっていなかったということが興味につながることもあります。  脳の中に図書館を持ち、学びの引き出しが多いのがミドル・シニアです。いろいろなことを理解するための窓口をいっぱい持っていて、学ぶチャンスもいっぱいあるのですが、そのことにまだ、気づいていない人も多いようです。 (取材・文 沼野容子) 【P54-55】 いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第59回 「組織」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「組織」について取り上げます。日常的に使っているが、あらためていわれると何か説明しにくい用語の最たるものかと思います。 組織には成立要件がある  組織というと複数人数の集まり(集団)であることがイメージしやすいですが、例えば、仲のよい友人たちがいつも集まって遊んでいても、それを組織と思う人は少ないと思います。これが、事業やイベントの成功に向けて複数の人が集まり、各々に役割が付与され、指揮・監督する人がいる状態になると組織と思う人は増えてくるのではないでしょうか。  この点からもいえるように、組織とは単なる集団ではなく、成立するためにはいくつかの条件があります。例えば、組織についてデジタル大辞泉(小学館)で調べると、「一定の共通目標を達成するために、成員間の役割や機能が分化・統合されている集団。また、それを組み立てること」とあります。また、アメリカの経営学者であるチェスター・バーナードは、著書『経営者の役割』のなかで、組織が成立するためには三つの条件が必要だと述べています。その三つとは、共通目的があること、組織への貢献意欲があること、円滑な情報共有・意思伝達(コミュニケーション)の手段があることだとし、一つでも欠けると組織が健全に機能しなくなると説明しています。 組織は設計するもの  これらの要素をもった組織が自然発生的に形成されるのはむずかしいため、デジタル大辞泉の説明にあるように、組織を組み立てる(設計)行為が必要となります。その際、次の組織設計の5原則に則ると効果的な組織として機能するといわれています。 ・専門家の原則…組織の活動が、専門的に特化した役割分担されている状態のこと。分業により、効率的かつノウハウ蓄積がしやすい。 ・権限責任一致の原則…組織メンバーに与えられた権限の大きさが、担当する職務に相応していること。 ・統制範囲の原則…一人の人間が管理できる人数には限界があり、それをふまえた管理体制を構築すること。 ・命令統一性の原則…組織秩序を維持するため、組織のメンバーは特定の一人からのみ指示・命令を受けること。 ・例外の原則…経営者は、日常的な業務を一般社員に権限委譲し、例外的な業務(意思決定や重要課題の対応)などに専念すること。  なお、組織の設計や運営を進めていくうえで、よく話題になるのは、スパン・オブ・コントロールについてです。これは統制範囲の原則に関係することで、一人の人間が直接管理することができる人数のことをさします。一般論では、適正なのは5〜8名、最大10名程度といわれていますが、明確な根拠は見あたりません。しかし、令和6年賃金構造基本統計調査(厚生労働省)の役職者別労働者数から計算※すると、労働者に占める部長・課長比率は11.8%(部長級4.1%・課長級7.7%)で、これらの比率以外を部下(管理対象)数と置き換えると8名程度となり、係長級(6.7%)も管理を分担していると仮定すると部下数は5名程度となるため、一般論の数値は現実的といえます。 基本的な組織構造の種類  組織設計の5原則をふまえて組織をつくり仕組み化したものを組織構造といいます。いくつかの種類がありますが、ここでは企業経営するうえでの代表的なものを取り上げます。 ・機能別組織…研究開発・営業・人事など機能(全体を構成する個々の部分が果たしている固有の役割)別に分けて組織を編成したもの。業務の効率性を高めることができる一方で、組織ごとに独立して業務を行うため、組織間連携や横断的業務には向かないといわれている(図表1)。 ・事業部別組織…経営者のもとに事業(商品・サービス・顧客など)別に分けて組織を編成したもの。この組織である事業部のもとに機能別組織を配置することがある。市場や顧客のニーズに合わせた意思決定や、収益や責任の所在が明確になる一方、事業部間の競争が激化したり、事業部間の機能別組織に重複が発生し非効率になることもある。 ・カンパニー制組織…事業部制組織よりもさらに事業に権限委譲し、独立性を高めた疑似会社(カンパニー)で組織を編成したもの。カンパニーが独立して意思決定し、収益責任をもつため、迅速な意思決定と戦略実行が図れ、次世代の経営者育成がやりやすくなる一方で、カンパニーが別会社のような立ち位置になるため、交流がしにくくなり、会社としての一体感を保ちにくいともいわれている。 ・マトリクス型組織…機能と事業の二軸を縦と横で組み合わせて網の目のように構成された組織。機能と事業の二つの指揮命令を受けることになる。機能・事業間の情報共有、課題への柔軟対応ができ人的・技術的交流がしやすくなる一方で、指揮命令系統が複雑になることで現場が混乱し、責任の所在が曖昧になり意思決定の調整に時間がかかることもある(図表2)。  ここまでみた通り、どの組織にもメリット・デメリットがあります。このため、ときには機能別組織から事業部別組織にしたものの、機能別組織にまた戻すといった大きな再編成を行う会社もあります。アメリカの経営史学者であるアルフレッド・チャンドラーは「組織は戦略に従う」と提唱しましたが、完璧な組織はなく、環境変化や事業の目的などによって流動的に見直され、形を変えていくものでもあります。  次回は、「リーダーシップ」について取り上げます。 ※ 全産業の企業規模(10人以上)計・男女計・学歴計の労働者数から筆者が計算 図表1 機能別組織 経営者 研究開発本部 製造本部 営業本部 管理本部 基礎研究部 製造開発部 製造設計部 A工場 B工場 品質管理部 営業企画部 営業推進部 営業部 総務課 法務課 情報システム部 出典:筆者作成 図表2 マトリクス型組織 事業 A部門 B部門 C部門 機能 研究開発 製造 営業 スタッフ 出典:筆者作成 【P56-57】 Books 定年後再雇用の雇用契約締結から雇用終了まで、トラブル対応が事例でわかる! 実際の相談事例でわかる! 高年齢者雇用のトラブル対応実務 小林(こばやし)包美(かねよし) 著/第一法規/2970円  65歳以上の就業者数が2023(令和5)年時点で20年連続して増加を続けているなか、高齢者雇用に関するトラブルも発生している。  本書は、高齢者雇用をめぐるトラブルとどう向き合い、どのように解決していくかについて、特定社会保険労務士で、東京簡易裁判所民事調停委員などを歴任し多くの事案の解決にたずさわってきた著者の経験をもとに、有効な対策とその進め方を提示する一冊。  本文は3章構成で、第1章「高年齢者雇用の現状」では、70歳までの高年齢者就業確保措置の実施状況や、企業における定年制の状況などを分析。第2章「高年齢者雇用の人事・労務管理の留意事項」では、実務的見地から、労働条件の明確化や無期転換ルールとその特例、労働・社会保険の適用など、特に留意したい点についてていねいに説く。第3章「高年齢者雇用のトラブルと対策」では、定年後再雇用の雇用契約締結から雇用終了までのトラブル防止などについて、対策、解決方法、予防措置などの実務ポイントを事例に即して解説している。  簡明な文章なので、企業の人事労務担当者の実務に役立つとともに、高齢者雇用に関する基礎知識を身につけたい人にも手に取りやすい。 弁護士が監修、企業のリスクマネジメントに役立つ一冊 事業者必携 知っておきたい! 最新 法務リスクとトラブル予防の法律知識 木島(きじま)康雄(やすお) 監修/三修社/2420円  企業にとって、トラブル発生とその後の対応は将来を左右しかねない一大事といえる。長年築いてきた信頼も崩れるときは一瞬で、取引先や消費者の信頼を取り戻すには多くの時間を要することが珍しくない。  本書は、企業活動を行ううえで事業者が知っておきたい法務リスクとトラブル予防の法律知識について、弁護士監修のもとにまとめられた。  残業代不払い、ハラスメント、解雇、秘密保持契約などの労務関連の問題をはじめ、個人情報や企業の営業秘密の漏えいなどの情報管理の問題、製造物責任法や独占禁止法、下請法、景品表示法などの法令違反の問題、知的財産権侵害など、企業活動で生じるさまざまな法律問題と対策を幅広く取り上げている。「社会保険料逃れにならないようにするための手続きについて知っておこう」、「パワハラ対策としてどんなことをすればいいのか」など平易な言葉と図表、Q&Aが織り交ぜられており読みやすいことも特徴だ。カスタマーハラスメント、内部告発など法改正や最近問題になっているテーマについても取り上げていて、最新のポイントがわかる。  企業のリスクマネジメントに関心を持つ人たちにとって、必要な知識が身につく一冊である。 失業者の心理と求職行動の分析をふまえた、再就職支援のための16の提言 研究双書 失業の心理学 ―失業から再就職への橋渡し―榧野(かやの)潤(じゅん) 著、西垣(にしがき)英恵(はなえ) 著/独立行政法人労働政策研究・研修機構/3850円  本書は、労働市場の構造的問題に注目し、1930年代にはじまった失業の心理学研究の蓄積と、著者が積み重ねてきた実証的研究成果をもとに、失業者の心理と求職行動を科学的に分析。それらをふまえ、効果的な支援を実現するための新しい研究アプローチを提示するとともに、「心理的・社会的困難への支援」など再就職支援の実務に資する16の提言を行っている。  著者の榧野氏は、(独)労働政策研究・研修機構の労働大学校でハローワーク(公共職業安定所)職員向けの研修を担当し、研修を通じてハローワーク職員が直面する課題や、年齢、スキル不足、育児や介護の責任、病気などさまざまな困難を抱える失業者の事例に触れた。同時に、職員の親身な支えと本人の努力によって再就職を果たした人々の感動的な事例を学び、困難な状況に直面した人が、「再就職」という新たな希望を見出していく過程の心理を理解し、効果的な再就職支援の方法を研究している。  16の提言は、再就職支援にたずさわる人々や、失業問題に取り組む研究者、政策立案者に向けたものだが、労働者が望む労働や職場環境、良好な雇用関係の構築を目ざす事業主にとっても、新たな示唆を得る手がかりとなるだろう。 いますぐできる9つの習慣で、脳が喜び認知症を予防! 脳が喜ぶ9つの習慣 老化を予防し若返る! 篠原(しのはら)菊紀(きくのり) 監修/ナツメ社/1430円  高齢化が進む日本では、認知症になる人が増えていくことが予想されている。一方で、生活習慣などの改善によって、その発症リスクを抑えられることが最近わかってきた。  本書は、そうした報告や世界保健機関(WHO)が推奨する認知症予防のための生活習慣を前提として、老化をくい止め、病気予防にもつなげていく「9つの習慣」を説いている。  9つの習慣は、「脳トレ」、「運動」、「睡眠」、「食事」、「余暇活動」、「全身の健康管理」、「人との交流」、「ストレスのコントロール」、「脳にいい言葉」。それぞれについて、効果的な習慣や効果の根拠となるデータなどをオールカラーの紙面で簡潔に説明し、日常生活で実践しやすい運動や食習慣、脳にいい言葉を口にする習慣づくりなどを紹介。例えば、複数の作業を並行して進める家事は、最高の脳トレになるという。ただ、慣れたことをするときに脳は活性化しないため、いつもと「順番を変える」、「スピードを上げる」などの工夫を加えるとよいそうだ。本書の監修は、本誌(64ページ)で「脳力アップトレーニング!」を連載している篠原菊紀氏が務めている。それだけに脳の老化予防に関心がある人には、一読の価値があるだろう。 健康情報の真偽を解説。科学リテラシーを高めたい人にもおすすめ よく聞く健康知識、どうなってるの? 坪井(つぼい)貴司(たかし) 著、寺田(てらだ)新(しん) 著/東京大学出版会/2750円  生涯現役を実現するには、元気に動ける体づくりが大切だ。そう思い健康情報を集めてみると、なかには「これって本当?」、「売るために誇張している?」と疑問を抱くものも……。  本書は、世の中に広く流布している「よく聞く健康知識」を取り上げて、科学的な根拠や理論を紹介しながら、その真偽をわかりやすく解説していく。  著者の2人は東京大学大学院教授で、それぞれ生命科学、スポーツ栄養学を専門としている。本書では「食と栄養」、「運動と体」に関する情報を取り上げて、「糖質制限食って優れたダイエット法なの?」、「有酸素性運動で脂肪を使わないと痩せないの?」など20の疑問について詳解している。また本書は、さまざまなメディアから発信される情報をうのみにせず、自分の頭で考えて判断できるよう一般の人たちの科学リテラシーを高めることにも役立つ内容にしたい、という著者の思いも込められてまとめられた。  ところどころむずかしい内容もあるが、わかりやすい文章で書かれている。気にせずに読み進めていけば、読み通したころにはよりよく生きるための科学リテラシーが身についている、そんなことも期待できる良書だ。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)改訂版を掲載  厚生労働省は、2025(令和7)年3月31日付けで改訂した「高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)」(同年4月1日適用)をホームページに掲載している。  Q&Aの改訂は、段階的に措置してきた高年齢者雇用安定法の経過措置が2025年3月31日で終了し、同年4月1日以降は、希望者全員の65歳までの雇用確保が中小企業を含むすべての企業に義務化されたことにともなって行われた。  具体的には、65歳までの雇用確保の義務化にともなう所要の見直しを行うとともに、超高齢社会において、高齢者の活躍に対する期待が高まりをみせているなか、高齢者の雇用の安定を確保するため、継続雇用時の賃金や労働条件の決定等に関するQ&Aについて見直しが行われた。 ◆高年齢者雇用安定法Q&A  https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/newpage_55003.html  また、「70歳までの就業機会の確保」のために事業主が講ずるべき措置(努力義務)等についても、新たなパンフレット等を掲載している。 ◆高年齢者雇用安定法の改正〜70歳までの就業機会確保〜  https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/tp120903-1_00001.html 厚生労働省 労働者協同組合の設立状況を公表  厚生労働省は、労働者協同組合の設立状況を公表した。2025(令和7)年4月1日時点で、1都1道2府31県で144法人が設立された。新規設立が109法人、企業組合からの組織変更が25法人、NPO法人からの組織変更が10法人となっている(厚生労働省が把握しているものにかぎる)。  労働者協同組合では、高齢者や障害者の支援、子育て支援、荒廃山林を整備したキャンプ場の経営、葬祭業、成年後見支援などさまざまな事業が行われており、新しい働き方を実現している。  労働者協同組合は、労働者協同組合法に基づいて設立された法人で、労働者が組合員として出資し、その意見を反映して組合の事業が行われ、組合員自らが事業に従事することを基本原理とする組織。厚生労働省は労働者協同組合を通じ、多様な働き方を実現しつつ、地域課題の解決のために活動する人々の選択肢が広がるよう、特設サイト(※)を活用した周知広報を実施。また、2024年8月からは国がモデル地域として選定した神奈川県、福井県、長野県、三重県、徳島県の5県に設置された協議会における労働者協同組合の活用を通じ、多様な働き方が可能となる環境整備や、働きづらさを抱える人々や女性、中高年齢者などの多様な雇用機会の創出を行う地域の取組みを支援し、全国展開を図るモデル事業を実施している。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_56100.html (※)特設サイト「知りたい!労働者協同組合法」 https://www.roukyouhou.mhlw.go.jp 総務省 人口推計(令和6年10月1日現在)を公表  総務省は、2024(令和6)年10月1日現在の人口推計を公表した。15〜64歳人口は前年と比べ22万4000人減少の7372万8000人。総人口は1億2380万2000人。前年と比べ55万人減少し、14年連続で減少している。  総人口に占める年齢別人口の割合をみると、15歳未満は11.2%、15〜64歳は59.6%、65歳以上は29.3%、65歳以上のうち75歳以上は16.8%。前年に比べると、15歳未満は0.2ポイント低下。65歳以上人口と75歳以上人口がそれぞれ0.2ポイント、0.7ポイント上昇した。  また、総人口に占める年齢別人口割合の推移をみると、15歳未満人口は、1975年(24.3%)以降一貫して低下を続け、2024年(11.2%)は過去最低。15〜64歳は、1982年(67.5%)以降上昇していたが、1992年(69.8%)にピークとなり、その後は低下を続け、2021年および2022年(59.4%)に過去最低となったものの、2024年は59.6%となっている。一方、65歳以上人口は、1950年(4.9%)以降一貫して上昇し、2024年は過去最高となった。75歳以上人口も1950年(1.3%)以降一貫して上昇し、2024年は過去最高となった。  15歳未満人口の割合は、前年に比べすべての都道府県で低下し、15歳未満人口の割合が75歳以上人口の割合を上回っているのは沖縄県のみとなっている。 https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2024np/index.html 東京都健康長寿医療センター研究所 高齢者の健康づくりを高齢者の仕事に! 事業モデルの普及可能性を確認  地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所は、2018(平成30)年より埼玉県シルバー人材センター連合本部(いきいき埼玉)と協働して、「シルバー人材センターの会員が仕事として対価を得ながらフレイル予防教室の運営を担う」という事業モデルの普及活動を行ってきた。  フレイル予防教室の事業化をうながすため、埼玉県内全58シルバー人材センター(以下、「センター」)に対し、@運動・栄養・社会面に働きかける教室プログラム・教材の提供、A(教室の担い手を養成するための)フレイル予防サポーター養成研修(全3回/年)、B事業に関する情報交換会(1回)、C事業実施に関する相談支援を実施。その結果、59%のセンターが事業を実施し、40%のセンターがAの養成研修を受けてフレイル予防サポーターとなったセンターの会員へ対価が支払われるかたちで教室事業を実施。実施したセンターのうち、75%のセンターが2年以上事業を継続した。  これらの実績から同研究所は、「広がりや継続性という面で、『非専門家であるシルバー人材センターの会員が仕事として教室運営を担う』という同モデルの普及可能性が示された」と評価。そのうえで、この事業モデルは「地域におけるフレイル予防の担い手が増える、高齢者にとって魅力のある就業機会の創出につながる等の波及効果が期待できるモデル」であるとして、今後は他地域へのさらなる普及を目ざしていくとしている。 https://www.tmghig.jp/research/release/2025/0418.html 調査・研究 日本経済団体連合会 「女性と健康」に関する調査結果  一般社団法人日本経済団体連合会(以下、「経団連」)は、「女性と健康に関する調査結果」を公表した。  調査は、経団連ダイバーシティ推進委員会・同企画部に所属する計96社を対象に、2024(令和6)年12月に実施したもの。女性特有の健康上の課題やライフイベントなどを迎えながらキャリアを進めていく女性と健康に関する企業の取組みや課題について調査した。  調査結果から、企業がサポート可能と考える女性の健康課題は、「月経にまつわる不調」(83.3%)が最も多く、「女性特有のがん」(59.4%)、「更年期関連の不調」(53.1%)が続いている。これらのサポートを実施し、女性のQOL向上が企業にもたらすメリットとしては、「女性社員の生産性向上」(52.1%)が最も多く、「女性社員の定着率の向上」(22.9%)が続いている。  女性への健康支援に関する取組み状況は、95.8%の企業が「実施している」と回答。一方で、女性への健康支援に関する取組みの進捗レベルをたずねたところ、62.5%が「一般的である」と回答し、「進歩的である」と回答した企業は25.0%にとどまっていた。また、女性への健康支援の利用状況についてみると、多くの企業が「利用率10%未満」または「導入していない、利用実態を確認したことがない・分からない」と回答した。 https://www.keidanren.or.jp/policy/2025/023.pdf 東京商工会議所 「2025年度 新入社員意識調査」集計結果を公表  東京商工会議所は、「2025年度 新入社員意識調査」の集計結果を公表した。  調査は、同所が実施した新入社員研修の受講者を対象に、2025(令和7)年4月に実施したもの。857人が回答した(回答率:92.2%)。  調査結果から、就職先の会社でいつまで働きたいかについてみると、「定年まで」は24.4%で、前年の2024年度調査(21.1%)に比べ3.3ポイント増加しているが、10年前の2015年度調査(36.3%)に比べると11.9ポイント減少している。また、「チャンスがあれば転職」は25.7%で、前年調査(26.4%)に比べ0.7ポイント減少しているが、2015年度調査の11.6%と比べると14.1ポイント増加している。  就職先の会社を決める際に重視したことについては、「社風、職場の雰囲気」(58.8%)、「処遇面」(52.7%)、「福利厚生」(44.9%)が上位となっている。2024年度調査では、「処遇面」(56.0%)、「社風、職場の雰囲気」(54.3%)、「福利厚生」(45.4%)」の順で、「処遇面」、「社風、職場の雰囲気」の順位が逆転した。  入社時点までに身につけたスキル・知識については、80.9%の新入社員が入社時点までに何らかのスキル・知識を身につけていて、内容は多い順に「パソコンスキル」(35.4%)、「ビジネスマナー」(33.1%)、「就職先の会社の業種や業界に関する知識」(25.7%)となっている。 https://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=1205796 【P60】 次号予告 8月号 特集 高齢者雇用と賃金の基礎知識 リーダーズトーク 大谷正人さん(株式会社トラスコ中山 人事部長) JEEDメールマガジン 好評配信中! 詳しくは JEED メルマガ 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 公式X(旧Twitter)はこちら! 最新号発行のお知らせやコーナー紹介などをお届けします。 @JEED_elder 読者アンケートにご協力をお願いします! よりよい誌面づくりのため、みなさまの声をお聞かせください。 回答はこちらから 編集アドバイザー(五十音順) 池田誠一……日本放送協会解説委員室解説委員 猪熊律子……読売新聞編集委員 上野隆幸……松本大学人間健康学部教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所 コーポレート本部総務部門 金沢春康……一般社団法人 100年ライフデザイン・ラボ代表理事 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長 丸山美幸……社会保険労務士 森田喜子……TIS株式会社人事本部人事部 山ア京子……立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授、日本人材マネジメント協会理事長 編集後記 ●今号の特集は「新任人事担当者のための高齢者雇用入門」をお届けしました。高齢者雇用を推進するうえでは、雇用の年齢上限を定める定年制度・継続雇用制度の整備だけではなく、賃金・評価制度や柔軟な勤務制度、労働災害防止対策、健康対策など、さまざまな取組みが求められます。本企画では、高齢者雇用にまつわるさまざまなテーマについて取り上げていますので、新任人事担当者のみなさんはもちろん、ベテラン担当者、経営者のみなさんにもご一読いただき、高齢者雇用の取組み推進の一助としていただければ幸いです。 ●本号から、「マンガで学ぶ高齢者雇用 教えてエルダ先生! Season 3」、「がんと就労―治療と仕事の両立支援制度のポイント」の連載がスタートしました。  前者の連載では、「65歳超雇用推進助成金」をテーマに、同助成金のポイントや支給額、申請方法などについて、マンガでわかりやすく解説します。  後者の連載は、「二人に一人が罹患する」といわれる「がん」に焦点をあて、その治療と仕事の両立支援のポイントについて解説します。  いずれも、読者のみなさんの実務に役立つポイントが満載ですので、今後の内容にもぜひご期待ください! 月刊エルダー7月号 No.548 ●発行日−−令和7年7月1日(第47巻 第7号 通巻548号) ●発行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 鈴井秀彦 編集人−−企画部次長 綱川香代子 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6200 (企画部情報公開広報課) FAX 043(213)6556 ホームページURL https://www.jeed.go.jp メールアドレス elder@jeed.go.jp ●編集委託 株式会社労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918 )8618 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 【P61-63】 技を支える vol.353 ていねいな仕事から生まれる美しさを保つ「ふすま」 表具師 井上(いのうえ)和夫(かずお)さん(77歳) 「ていねいに仕上げてお客さまに喜んでもらうことが一番。新品のうちはわかりませんが、年数が経過するにつれて、仕上がりの差が出てきます」 50年以上の経験を有し「現代の名工」に選出  紙や布などをのりで貼り合わせ、ふすまやびょうぶ、掛け軸などを仕立てる表具師。洋室の住居が増えた近年は、クロス張りなどの内装工事もになうなど、仕事の領域は幅広い。  令和6(2024)年度「卓越 した技能者(現代の名工)」の表彰では、全国で3人の表具師が選出された。その1人が、「有限会社井上表具店」(埼玉県さいたま市)の井上和夫さんだ。  山形県出身の井上さんは、上京してしばらく問屋で働いていたが、21歳のとき、表具師だった義理の兄に誘われ、この道に進んだ。  「職人の世界を知らなかったので、最初はずいぶん戸惑いました。でも、ものづくりが好きだったこともあり、親方である義理の兄について見よう見まねでやっているうちに、だんだん仕事がおもしろくなっていきました」  当時の住宅は和室が一般的だった時代。親方の腕がよかったこともあり、ゆっくり寝る暇もないほどの忙しさだったという。それでも、「つくることが好きなので、つらいと感じたことはなかった」と笑う。  親方のもとで13年間働いた後、独立。以来約40年にわたり表具店を経営し、息子を含めて3人の弟子を育てあげた。4年前に代表の座を息子に引き継いだが、現在も現役でふすまの張り替えなどを手がけている。 一つひとつの工程に神経を使う  表具師の技能は多岐にわたるが、なかでも井上さんが「現代の名工」として評価されているのが、ふすま製作で「柱の特性に合致するように正確かつ迅速に削り付けを行うことに卓越している」点である。柱は木製のため、曲がりやねじれなどのクセがある。また、柱と鴨居(かもい)や敷居(しきい)が必ずしも直角に組まれているわけではない。そこで、実際にふすまをはめてみて、柱に当たる部分をかんなで削って調整することで、隙間がなく開閉しやすいふすまになる。  この削り付けを正確かつ迅速に行うには、もちろん経験が必要だが、前提としてかんなを使いこなせることが欠かせない。  「かんなはむずかしい道具です。使っているうちに変化しますし、天候によって台に反りが出ることもありますので、台を削って調整することも必要です。これだけでも3年くらいの経験が必要です」  本格的なふすまは、木でできた骨組みに下張りの和紙を何層も貼って仕立てる。井上さんが手がける高級なふすまでは、下張りを7回もするそうだ。  和紙を貼る際はでんぷんのりを水に溶いて使うが、使う和紙によって、また工程によっても濃さを変える必要がある。  「のりが濃すぎても薄すぎてもきれいに仕上がりません。のりの濃さの調整は数をこなさないと。2〜3年経験したくらいではなかなか覚えられません」  経験を積んだ職人がていねいにつくったふすまは、何十年たってもきれいな状態を長く保てる。逆に手抜きをしたふすまは、最初はきれいでも、しばらくすると表面にしみやたるみなどが出てくるという。  「表具の仕事は、お客さまから預かったものを、いかにきれいに仕上げて納めて、お客さまに喜んでいただけるかがすべて。ですから、一つひとつの工程に神経を使います」 職業訓練指導を通じて若手職人の育成に努める  井上さんは、埼玉県表具内装組合連合会の会長を約10年間務め、伝統技能の継承に努めてきた。会長職は2024年に退いたが、現在も続けているのが若手職人の育成だ。表装技能士の検定委員を務めるほか、職業訓練校で指導を行っている。さらに、少年刑務所での職業訓練の指導も15年以上続けている。これまでの指導で、2級合格率は100%だという。  「要請があれば、喜んで指導します。一人でも多くの人に、技術を身につけて一人前になってもらいたいと願い、取り組んでいます」 有限会社井上表具店 TEL:048(794)7295 FAX:048(794)3410 (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション ふすまは、木の骨組みの上に、下張りの和紙を何枚も重ねて仕上げていく。ていねいにつくられたふすまは、年月が経過してもきれいな状態を保つことができる 下張りに用いる手漉き和紙。機械漉きの和紙もあるが、手漉きのほうが繊維の絡みが強く丈夫とのこと のりづけや和紙を貼るのに用いるはけ。用途によって、毛の種類や量・長さの異なるさまざまなはけを使い分ける。なかにはクマ、ヤギ、タヌキなどの毛のはけも 和紙を貼るのりにはでんぷんのりを用いる。紙の種類や工程に応じて、水を加えて濃度を調整する。のりの調整は経験が求められる技能のひとつ 下張りの和紙にのりづけをしているところ。周囲だけにのりをつけて貼る「袋張り」をすることで、ふすまの表面に貼る表張りのしわを防ぐ かんなは天候などによって変化しやすいため、使うたびに調整が必要になる。写真はかんなの台を削るかんなで、台を平らに削っているところ 表具の仕事に用いるかんななどの刃物類。かんなは、ふすまの建てつけをよくするために、骨組みの周囲を削るのに使う 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  今回は集中力のトレーニングです。集中力は、「選択的集中」、「分散的集中」、「集中の持続」に分けることができます。選択的集中は部分部分をしっかり見ていくこと、分散的集中は全体を見て違和感を感じ取ること、集中の持続は根気よく続けること。歳をとると特に集中の持続がむずかしくなっていきます。このトレーニングでしっかり鍛えましょう。 第97回 一文字探し 【問題の答え】 数種類の漢字がたくさん並んでいます。 この中から、一文字しかない漢字を見つけてください。 目標 2分 @ 部部部径語語語語係係 結径径語語語係係係係 係係結結結結結部部部 部部径径径語語語語語 係係係接結結結径径径 径結結結部部部径径語 答え A 可付付付付仕仕方方方 公公公公可可仕守仕方 付付可可公公付付仕仕 方方方方可可可付付仕 仕仕仕可公付付方方方 可付付可方公公公方付 答え B 鳥鳥鳥鳥長長長春春春 急急急意鳥鳥鳥長長急 急急鳥長長意意意長長 長春長長長意意意意急 長長長急急急急黒鳥長 長長春春春春意意鳥鳥 答え C 茶実実茶実前前前前害 芸害害害実実実茶茶実 前前芸芸害害前実茶茶 茶茶害害軍前前前前前 前前芸芸前茶茶茶茶茶 実実実実害害前実茶茶 答え 集中力と脳の働き  今回の脳トレでは「集中力」が鍛えられます。人が集中しているとき、脳では前頭前野や前頭葉、頭頂葉などが活性化し、思考や注意のコントロールが行われます。さらに、目の動きをつかさどる前頭眼野も働くことから、集中とは「しっかり対象を見ること」といえます。  集中できないときは、意識的に眼球を動かしたり、自分を客観的に眺めるイメージを持つと効果的です。また、集中しすぎて固執状態になってしまうと、視野が狭まり判断力が鈍りますが、「引いた目線」で全体を見ることで、気持ちが落ち着き、冷静に物事を見ることができます。  集中しているとき、脳はいまやっていることに必要な回路を活発に働かせ、関係ないことを考える回路の働きを抑えます。さらに、集中の維持を助ける脳内物質(ドーパミンなど)も分泌されます。  つまり、集中とは、必要な情報にだけ意識を向け、脳の力を効率よく使っている状態なのです。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。人システム研究所所長、公立諏訪東京理科大学特任教授。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【問題の答え】 @ 部部部径語語語語係係 結径径語語語係係係係 係係結結結結結部部部 部部径径径語語語語語 係係係接結結結径径径 径結結結部部部径径語 A 可付付付付仕仕方方方 公公公公可可仕守仕方 付付可可公公付付仕仕 方方方方可可可付付仕 仕仕仕可公付付方方方 可付付可方公公公方付 B 鳥鳥鳥鳥長長長春春春 急急急意鳥鳥鳥長長急 急急鳥長長意意意長長 長春長長長意意意意急 長長長急急急急黒鳥長 長長春春春春意意鳥鳥 C 茶実実茶実前前前前害 芸害害害実実実茶茶実 前前芸芸害害前実茶茶 茶茶害害軍前前前前前 前前芸芸前茶茶茶茶茶 実実実実害害前実茶茶 解答 @接 A守 B黒 C軍 【P65】 ホームページはこちら (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  JEEDでは、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2025年7月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒263-0004 千葉市稲毛区六方町274 千葉職業能力開発促進センター内 043-304-7730 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 『70歳雇用推進事例集2025』のご案内  2021(令和3)年4月1日から、改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業を確保する措置を講ずることが事業主の努力義務となりました。  本事例集では、70歳以上の定年引上げ、70歳以上の継続雇用制度の導入、定年制の廃止を実施した事例を掲載しています。  各事例では、高齢社員の戦力化や賃金制度、安全衛生などについて詳しく紹介しています。 インタビュー形式で掲載 制度改定の経緯や苦労話をインタビュー形式で紹介しています。 検索ガイドを掲載 企業規模や業種を超えた共通の課題に対応した事例を検索することができます。 『70歳雇用推進事例集2025』はJEEDホームページから無料でダウンロードできます https://www.jeed.go.jp/elderly/data/manual.html 70歳雇用推進事例集 検索 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 高齢者雇用推進・研究部 2025 7 令和7年7月1日発行(毎月1回1日発行)第47巻第7号通巻548号 〈発行〉独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 〈編集委託〉株式会社労働調査会