特集 新任人事担当者のための高齢者雇用入門  今回は、「新任人事担当者のための高齢者雇用入門」と題し、高齢者雇用の現状や課題、取組みを推進するうえでのポイントなどについて、マンガを交えて、新任人事担当者の方にもわかりやすく解説します。  70歳就業時代を迎え、働く高齢者は増えてきましたが、高齢者が持っている能力を発揮し、活き活き働ける環境・社会に向けて課題はまだまだ盛りだくさんです。新任人事担当者の方はもちろん、ベテラン担当者や経営者のみなさまにも本企画をご一読いただき、高齢者雇用の推進にお役立てください。 総論 高齢者雇用の現状と課題 田口(たぐち)和雄(かずお) 高千穂大学 経営学部 教授 ★株式会社JEEDホームセンターは従業員約200人。定年65歳、希望者全員70歳・基準該当者を75歳までの継続雇用制度を導入している。 ※このマンガに登場する会社・人物はすべて架空のものです 1 はじめに〜日常の光景となっているシニアの就業  高齢者が職場で活躍している光景を日常生活のあちこちで見かけるようになりました。これは平成期に政府が進めた高年齢者雇用安定法(以下、「高齢法」)の改正、そのなかでも2004(平成16)年改正(2006年4月施行)の高齢法が企業に義務づけた「65歳までの雇用確保措置」を受けて、希望すれば65歳まで働くことができる就労環境が整備されたことに加え、令和期に入った2020(令和2)年改正(2021年4月施行)の高齢法により、「70歳までの就業確保」の努力義務化が企業に課せられたことによるものです。高齢者雇用は70歳就業時代に向かうことになりました。  前ページのマンガに出てくる、この春に人事部に異動した若木さんのように読者(新任の人事担当者を念頭に置いています)のみなさんは現在の高齢法により高齢者雇用がどのような状況にあるのかを理解するのがたいへんかと思います。そこで、総論では2020年改正・2021年4月に施行された高齢法の概要をふり返るとともに、政府統計をもとに現在の高齢者雇用における現状を確認し、70歳就業時代となった令和期の高齢者雇用の課題を考えていきたいと思います。 2 高年齢者雇用安定法の概要  まず高齢法が改正にいたった背景から確認します。わが国は少子高齢化が急速に進み、2008年の1億2808万人をピークに人口は減少に転じました。こうした人口減少時代において、経済の活力を維持するには、働き手を増やすことがわが国の重要な政策課題の一つになっています。  さらに、個々の労働者の特性やニーズが多様化しているなか、将来も安心して暮らすために長く働きたいと考える労働者も増えており、高齢期になっても能力や経験を活かして活躍できる環境の整備がいっそう求められています。こうした背景のもと、高齢法は2020年に改正されました。  2020年に改正された高齢法(以下、「新高齢法」)のポイントは、事業主(以下、「企業」)が高齢者の多様な特性やニーズをふまえ、70歳まで就業機会を確保(「高年齢者就業確保措置」)できるよう、現行の高齢法(以下、「旧高齢法」)の規定(「高年齢者雇用確保措置」)に加え、企業に多様な選択肢を制度として整える努力義務が設けられている点です(図表1)※1。  旧高齢法の規定は次の通りです。第一に企業が定年を定める場合は60歳以上としなければならないこと、第二にそのうえで65歳までの雇用機会を確保するために企業は、図表2の上段に示す三つの制度のいずれかを「高年齢者雇用確保措置」(以下、「雇用確保措置」)として設けることが義務づけられていることです。つまり、65歳まで自社あるいは自社のグループ企業で「雇用」する場を設けることが企業に求められています。  新高齢法では、上記の雇用確保措置に加えて70歳までの就業機会を確保するため、企業に対して図表2の下段に示す五つの制度のいずれかを「高年齢者就業確保措置」(以下、「就業確保措置」)として講じる努力義務が新たに設けられました。  旧高齢法と比べた新高齢法のおもな特徴は次の2点です。第一は、「自社グループ外での継続雇用が可能になった」ことです。Bの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入について、雇用確保措置では60歳以上65歳未満の雇用は自社と特殊関係事業主(自社の子法人等、親法人等、親法人等の子法人等、関連法人等、親法人等の関連法人等)のみでしたが、就業確保措置では65歳以上70歳未満の高齢者に対してそれらに加えて、「他の事業主」が追加されました。すなわち、自社の高齢者が継続雇用制度で働く場が自社や自社グループにとどまらず他社や他社グループ企業に拡大された点です。  第二は「雇用によらない働き方」が可能になったことです。就業確保措置の@〜Bの制度はこれまでの自社あるいは他社で「雇用される働き方」(以下、「雇用措置」)であるのに対し、CとDの制度は「雇用によらない働き方」で「創業支援等措置」と呼ばれます。Cは会社から独立して起業した者やフリーランスになった者と業務委託契約を結んで仕事に従事してもらう方法、Dは企業が行う社会貢献活動に自社の高齢者を従事させる方法です。働く人たちの多様なニーズに応えた働き方が誕生していますが、高齢者でも同様のニーズが高まることも考えられ、2020年の改正で創業支援等措置が設けられました。この創業支援等措置を導入する場合、企業は過半数労働組合等※2の同意を得て導入することが求められます。  このように65歳以降は自社(自社グループ)での「雇用」に限定せず、他社での雇用やフリーランスとしての業務委託などの働く場の選択肢が示されていることから「就業」と呼ばれています。 3 高齢者雇用の現状 〜雇用と就業の状況  高齢者雇用の現状を政府統計から確認します。図表3は2000年以降の高齢法の改正にあわせた2006年(2004年改正の「高年齢者雇用確保措置義務化」の施行年)、2013年(2012年改正の「継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止」の施行年)、2023年(2020年改正の「高年齢者就業確保措置の努力義務化」の施行)の3時点の高年齢者の雇用と就業の状況を整理したものです。  まず企業の雇用状況を確認すると、高年齢者雇用確保措置を実施している企業(高年齢者雇用確保措置実施企業)の推移は2006年(84.0%)、2013年(92.8%)、2023年(99.9%)と右肩上がりの増加傾向にあります。そのなかでも2012年改正の「継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止」は実質65歳定年制に向けた転機となり、現在、ほとんどの企業で65歳まで働くことのできる環境が整備されている状況にあります。  こうした動きにあわせて希望者全員が65歳以上まで働ける企業の割合(2006年:34.0%、2013年:62.4%、2023年:81.8%)も右肩上がりの拡大傾向にあり、2023年では8割を超える高い水準にあります。なお、今回のテーマである70歳以上まで働ける企業の割合は希望者全員が65歳以上まで働ける企業の割合に比べ低い水準(2006年:11.6%、2013年:16.7%、2023年:40.9%)にあるものの、70歳就業時代に向けて着実にその割合は増えており、2023年では約4割に達しています。  次に高年齢者の状況を確認します。図表3をみると、60歳から64歳までの「60歳台前半層」の就業状況の推移は2006年(52.6%)、2013年(58.9%)、2023年(74.0%)と右肩上がりの増加傾向にあり、そのなかでも2013年から2023年までの10年間の上がり方(58.9%→74.0%:15.1ポイントの増加)は、2006年から2013年の上がり方(52.6%→58.9%:6.3ポイントの増加)と比べ2倍以上で、65歳定年への定年年齢の引上げが多くの企業で進められているなかで、65歳まで働くことが一般的なキャリアになりつつあることがわかります。  実質65歳定年を迎えた後の60歳台後半層(65〜69歳)の3時点の就業状況の推移についても、60歳台前半層と同じ傾向(@右肩上がり増加傾向、A2006年から2013年の上がり方に比べた2013年から2023年までの上がり方が大きいこと)が確認されます。60歳台前半層の就業状況が増えているのは年金受給開始年齢の引上げがかかわっていますが、それだけではなくライフスタイルの変化もかかわっており、60歳台後半層の就業状況の推移――水準は60歳台前半層が低いものの、増加傾向にあること――がそれを物語っています。2023年現在、65歳以上の約4人に1人(25.2%)が、70歳以上は約5.4人に1人(18.4%)が働いている状況にあります。  このように高齢者雇用は70歳就業時代に向けた対応が求められています。 4 おわりに〜人口減少時代の高齢者雇用を考える  人口減少時代となった日本の労働力人口(15歳以上人口のうち、就業者と完全失業者を合わせた人口)は1990年の6394万人から2022年の6902万人へと増えていますが、2030年には6556万人、2040年に6002万人に減少すると見込まれます※3。総労働力人口における60歳以上の労働力人口の比率は1990年の11.5%から2022年21.5%へと拡大しており※4、現在50代の団塊ジュニア世代が2030年代には60代になるので、60歳以上の労働力人口は今後とも拡大することが予想されます。人口減少時代のなかで高齢社員の戦略的活用(経営成果に貢献する戦力としての活用)が不可欠となり、70歳までの就業環境の整備が企業に求められます。そこで、最後に今後の高齢者雇用の課題として大きく2点を取り上げます。  一つは、多様化する働き方に対応した雇用施策(制度や環境)の整備・拡充です。年金の受給開始年齢は原則として65歳ですので、65歳まではフルタイムの働き方を高齢社員は希望しますが、65歳以降の働き方は、引き続きフルタイム勤務を希望したり、働くペースを緩やかにした短日・短時間勤務を希望したりと多様化します。人口減少時代のなか人手不足により人材獲得競争はますます厳しくなります。長年の職業生活で蓄積してきたスキルや経験を持つ高齢社員は企業にとって貴重な戦力であり、おおいに頼りになります。高齢社員の戦略的活用を今後とも進めていくには、多様化する働き方に寄りそった高齢者雇用の個別施策の整備・拡充を進めることが求められます(具体的な施策については解説1〜5を参照ください)。  二つめは職場管理者の職場マネジメント能力の向上と支援です。高齢者雇用において避けては通れない課題の一つに高齢社員の健康管理があります。加齢にともなう身体機能の低下により、これまで問題なく遂行していた作業(例えば、身体的負担をともなう作業など)がむずかしくなったり、危険度が高まったりします。そのため、その作業を担当から外す、あるいは引き続き担当させる場合には職場・作業改善などの対応が会社や仕事を指示する職場管理者に求められます。しかも、こうした身体機能の低下や健康状態は個々人によって差がありますので、特に担当してもらう役割や仕事や日々の仕事の指示などでは高齢社員一人ひとりへの配慮が必要になります。  高齢社員の戦略的活用を今後とも進めていく際には、働き方が多様化する高齢社員の健康状態に配慮した職場管理がいっそう求められること、そして、その際には高齢社員の健康状態は個人情報ですので、その保護もあわせて求められます。職場管理で重要な役割をになうのは職場管理者ですので、彼らの職場のマネジメント能力の向上が求められるとともに、職場管理者への会社のさらなる支援が不可欠です。今後とも職場で活躍する高齢社員が増えることが予想されるなか、職場管理者の職場マネジメント能力の向上と支援が高齢者雇用における新たな課題として考えられます。 ※1 なお、2012年度までに労使協定により継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めていた事業主は、経過措置として2025年3月31日まで老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢以上の年齢の者について、継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めることが認められていたが、2025年4月1日以降は高年齢者雇用確保措置として、定年制の廃止、65歳までの定年の引上げ、希望者全員の65歳までの継続雇用制度の導入のいずれかの措置を講じる必要がある ※2 過半数労働組合等……労働者の過半数を代表する労働組合がある場合には労働組合を、労働者の過半数を代表する労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者をそれぞれさす ※3 独立行政法人労働政策研究・研修機構の推計(労働政策研究・研修機構〔2024〕「2023年度版労働力需給の推計」)。この数値は一人当たりゼロ成長に近い経済状況のもと、労働参加が2022年と同水準で推移した場合(一人当たりゼロ成長・労働参加現状シナリオ)の値。なお、経済・雇用政策を講じ、成長分野の市場拡大が進み、女性および高齢者等の労働市場への参加が進展する場合(成長実現・労働参加進展シナリオ)は、2030年に6,940万人と増加した後、2040年に6,791万人と減少すると推定している ※4 総務省「労働力調査」 図表1 新高齢法と旧高齢法の比較 旧高齢法 新高齢法(2020年改正、2021年4月施行) 高年齢者雇用確保措置(65歳までの雇用確保措置) ○(義務) ○(義務) 高年齢者就業確保措置(70歳までの就業確保措置) − ○(努力義務) 図表2 新高齢法の概要 制度 内容 高年齢者雇用確保措置 (雇用確保措置) 〔義務〕 @65歳までの定年引上げ A定年制の廃止 B65歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入 (特殊関係事業主〔子会社・関連会社等〕によるものを含む) 高年齢者就業確保措置 (就業確保措置) 〔努力義務〕 @70歳までの定年引上げ A定年制の廃止 B70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入 (特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む) 雇用措置 (雇用される働き方) C70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 D70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入  a.事業主が自ら実施する社会貢献事業  b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業 創業支援等措置 (雇用によらない働き方) (注)「特殊関係事業主」とは自社の子法人等、親法人等、親法人等の子法人等、関連法人等、親法人等の関連法人等を示す 出典:厚生労働省「高年齢者雇用安定法の概要」(https://www.mhlw.go.jp/content/11700000/001245647.pdf)をもとに筆者作成 図表3 高年齢者の雇用状況と就業状況 (単位:%) 2006年(平成18年) 2013年(平成25年) 2023年(令和5年) 高齢法改正の主な内容 2004年改正の「高年齢者雇用確保措置義務化」の施行 2012年改正の「継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止」の施行 2020年改正の「高年齢者就業確保措置の努力義務化」の施行) 雇用状況 高年齢者雇用確保措置実施企業(注) 84.0 92.8(92.3) (99.9) 希望者全員が65歳以上まで働ける企業 34.0 62.4(66.5) (81.8) 70歳以上まで働ける企業 11.6 16.7(18.2) (40.9) 就業状況 60〜64歳 52.6 58.9 74.0 65〜69歳 34.6 38.7 52.0 65歳以上 19.4 20.1 25.2 70歳以上 13.3 13.1 18.4 (注)「雇用状況」は51人以上規模企業。(  )は31人以上規模企業、2023年は「51人以上の規模企業」の集計は行われていない 出典:厚生労働省「高年齢者雇用状況等報告」、総務省統計局「労働力調査」をもとに筆者作成 解説1 定年廃止・定年延長と継続雇用制度 田口和雄 高千穂大学 経営学部 教授 1 なぜ高齢者雇用制度を設けるのか?  解説1では高齢者雇用の中核をになう高齢者雇用制度を紹介します。正社員は 「雇用期間の定めのない、直接企業に雇用される」雇用形態で、マンガに登場する若木(わかぎ)さん、大島桜(おおしまざくら)部長、柏(かしわ)主任がこの形態です。会社で雇用されると本人が退職を申し出るまで正社員として働くことができるのですが、ほとんどの企業は定年年齢を定め、その多くが60歳としています。さらに、総論で述べたように、高年齢者雇用安定法(以下、「高齢法」)で、65歳までの高年齢者雇用確保措置の義務化と、70歳までの高年齢者就業確保措置の努力義務化が企業に課せられているため、高齢者雇用制度を設けることが求められているのです。 2 高齢者雇用制度の概要  高齢法で定められている高齢者雇用制度のなかで代表的な制度は「定年廃止」、「定年延長」、「継続雇用制度」の3制度です。  まず定年廃止は、定年年齢を定めている定年制を廃止する制度で、高齢社員(労働者)の退職の申し出、あるいは高齢社員と会社との合意により労働契約を終了させるまで、高齢社員は働き続けることができます。定年廃止のメリットは、会社として長く働いてほしい高齢社員を雇用し続けることができること、すべての高齢社員に対して安定した雇用を保障することで本人の安心感を高められることなどです。一方、デメリットは、高齢社員の退職時期が不定となるため、人員計画が立てにくくなること、雇用契約終了時のルールなどで問題が起こることなどです。  次に定年延長は、現在企業が定めている定年年齢を引き上げて、これまでと同じ雇用形態のまま雇用を継続する制度です。定年廃止との大きな違いは、これまで定められた定年年齢を廃止するか、引き上げるかの違いで、雇用形態はそのまま継続されます。定年延長のメリットは、定年廃止と同じで、デメリットは、労働条件の変更がむずかしいこと、定年延長を望まない高齢社員もいることなどです。  最後の継続雇用制度は、定年に達した正社員を本人が希望すれば引き続き雇用する制度です。多くの企業で導入している代表的な継続雇用制度の再雇用制度を例にすると、雇用形態を継続する定年廃止と定年延長とは異なり、再雇用制度は定年に達した者(正社員)をいったん退職させて、契約社員、嘱託社員などの雇用形態により再び雇用する点です。継続雇用制度のメリットは、定年前後で労働条件の変更が比較的やりやすいこと、定年というラインを引くことで、一人ひとりに緊張感を持たせ、意識転換を図ることができることなどです。一方、デメリットは定年前後で労働条件を大きく引き下げると高齢社員の意欲低下につながるおそれがあること、長く勤めてほしい高齢社員であっても継続雇用の労働条件が折り合わず、定年時点で退職するおそれがあることなどです。 3 高齢社員活用の基本方針と高齢者雇用制度  では、自身の会社にどのような高齢者雇用制度を整備・拡充すればよいのでしょうか。マンガの(株)JEEDホームセンターが導入している高齢者雇用制度と同じ制度(65歳定年制、希望者全員70歳まで継続雇用、基準該当者を75歳まで継続雇用)をそのまま導入する必要はありません。解説2であらためて詳しく述べますが、高齢者雇用の個別施策は、企業の経営戦略・方針のもと展開される、高齢社員活用の基本方針に沿って展開されているからです。ですので、高齢者雇用制度についても、それ単独で考えるのではなく高齢社員活用の基本方針のもと、高齢社員の就労ニーズをふまえて考えることが求められます。 解説2 高齢社員の評価・処遇制度 田口和雄 高千穂大学 経営学部 教授 1 評価・処遇制度にかかわる問題 〜継続雇用後の高齢社員のモチベーション低下  企業の労務構成で高齢社員が大きな集団となっている今日、「高齢社員の戦略的活用」は高齢社員活用の基本方針の標準となっています。定年を迎えた高齢社員は継続雇用に切り替わっても、職場で正社員といっしょに活き活きと活躍している姿が多くの企業でみられます。  しかし、その一方で定年前は活き活きと仕事に取り組んでいた社員が、継続雇用に切り替わると仕事への取組み意識が下がってしまう「高齢社員のモチベーション低下の問題」に悩まされている企業がみられます。継続雇用後の仕事内容は定年前とほぼ同じにもかかわらず、賃金などが大きく変わることへの不満がその背景にあります。さらに、継続雇用時の賃金・評価制度も正社員のそれとは異なり、高齢社員全員が同じ賃金で、評価が行われない対応がとられていることが考えられます。  マンガの(株)JEEDホームセンターも以前はこのような制度だったため、高齢社員のモチベーション低下の問題に悩まされていました。  そこで、解説2では賃金・評価制度の視点からこの問題を考えてみたいと思います。 2 人事管理の基本原則と賃金・評価制度  賃金・評価制度を考えるには、その基盤となる人事管理の基本原則を理解することが必要です。賃金・評価制度を含め企業の人事管理の個別施策(仕組み)はそれ単独で設計されているのではなく、経営方針・戦略に基づいた人材活用の基本方針に沿って整備されます。さらに、人事管理はこの基本原則に加えて労働法制を遵守することが求められます。  高齢社員の賃金・評価制度についてもこの人事管理の基本原則をあてはめて考えることが必要になり、なかでも労働法制では高年齢者雇用安定法(以下、「高齢法」)を遵守しつつ、経営方針・戦略に基づいた高齢社員活用の基本方針に沿って高齢社員の賃金・評価制度を整備していくことが求められます。 3 戦略的活用の進化と賃金・評価制度  総論で述べたように、2021(令和3)年に施行された改正高齢法は70歳までの就業機会を確保する措置を講じる努力義務を企業に課しました。このなかでは、従来の自社内での雇用確保に加えて65歳以降の就業について他社での雇用の確保などが新たに設けられました。その結果、特に65歳以降の働き方の選択肢が拡がるとともに60歳の定年後も継続雇用で10年近く働くことができるようになりました。  高齢社員のモチベーションの低下問題は単に彼らだけの問題ではなく、彼らと一緒に職場で働いている正社員にもマイナスの影響を与えてしまうことになります。  改正高齢法で示されているように高齢社員の就業形態には多様な選択肢がありますが、現在70歳就業を進めている先進企業の多くが実施している、自社で雇用するケースを中心に令和期における高齢社員の賃金・評価制度を考えてみると、平成期を通して多くの企業は高齢社員の活用を経営成果に貢献する戦力としての戦略的活用への転換を進めてきました。令和期における高齢社員の活用は引き続き戦略的活用を推進していくことになりますが、今後は戦略的活用の進化が求められます。つまり、正社員と同じように経営成果に貢献する役割を高齢社員にも求めることを意味します。  彼らのモチベーションを維持・向上させるためにも、企業は人事管理の公平性の観点から、高齢社員にも正社員と同じように、働きぶりに応じた賃金・評価制度を整備することが必要となります※。 ※ 具体的な手順などについてはJEEDの「70歳雇用推進マニュアル」(2021年)をご参照ください。  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/q2k4vk000000tf3f-att/q2k4vk000003om56.pdf 解説3 高齢社員とエンゲージメント 田口和雄 高千穂大学 経営学部 教授 1 はじめに  定年前の正社員時代と同じように高齢社員に活き活きと働いてもらうためには、彼らの仕事への働きぶりを正社員と同じように評価して賃金に反映させる仕組みに見直すこと以外にも、仕事にやりがいを持ってもらうことも不可欠です。この必要性は、いまに始まったものではなく、企業は試行錯誤しながら日常的に取り組んでいます。  しかし、どのような視点で行うかは時代によって異なり、近年注目されているのが「エンゲージメント」です。解説3では、エンゲージメントの視点から高齢者雇用を考えてみたいと思います。 2 エンゲージメントとは?  エンゲージメント(engagement)は「約束」、「契約」などの意味を表しますが、ビジネス分野では「従業員が企業に持つ愛着や帰属意識」を意味します。  このエンゲージメントには、従業員個人と仕事との関係に注目した「ワークエンゲージメント」と、従業員個人と組織との関係に着目した「従業員エンゲージメント」の二つの種類があり、「仕事への満足度」がこれらに共通します。企業と従業員は仕事を通して結びついているので、仕事への満足度を高めることが、エンゲージメントを高めることにつながります。エンゲージメントの高い従業員は仕事への関心が高く、自発的に企業に貢献するよう行動します。  マンガに登場する高齢社員の桐野(きりの)さんは、これまでの豊富な経験や知識・ノウハウを活かし、仕事にやりがいを持って職場で活き活きと働いており、エンゲージメントの高い人にあてはまります。  こうしたエンゲージメントが日本で注目されたおもな背景は、人手不足を背景にした人材の流動化です。人材確保や離職の防止には、賃金の引上げなどの労働条件の改善は有効な対策です。しかし、この対策はほかの企業も容易に模倣することができるので、資金力のない企業は不利になります。また、資金力のある企業でも、人手不足のもとでは人件費増加は続くので、経営業績の悪化につながります。その点、エンゲージメントの場合、一度それを高めると、従業員と企業の結びつきは高い状態で持続するので、離職防止につながります。こうした社会情勢のなかで、エンゲージメントは注目されるようになりました。 3 エンゲージメントから高齢者雇用を考える  高齢社員が仕事にやりがいを持って、活き活きと働いてもらうためには、先に述べたようにエンゲージメントのポイントとなる(高齢社員の)仕事の満足度を高めることが重要になります。例えば、高齢社員の桐野さんのように高齢社員が持つ豊富な経験や知識・ノウハウを活かせる仕事や役割(後進育成など)、解説4で登場する新設部署に異動し新しい仕事に挑戦している高齢社員の木蓮(もくれん)さんのように、新たな役割や仕事を高齢社員に担当してもらうことです。その際には、総論で述べているように高齢社員の戦略的活用のもとで、高齢社員に担当してもらう仕事や役割を明確にすることが必要です。高齢社員の役割を明確にすることは、高齢社員への企業の期待を意味しますので、自身の役割が明確化された高齢社員は仕事への満足度が高まり、活き活きと働けるのです。  役割の明確化は定年前の正社員にもあてはまり、社員のエンゲージメントを高めている企業では行われています。読者の企業で役割の明確化を定年前の正社員に行っているのであれば高齢社員にも行うこと、行っていない場合は高齢社員だけではなく、社員全員に行うことが求められます。 解説4 高齢社員とキャリア自律 田口和雄 高千穂大学 経営学部 教授 1 求められる自律したキャリア形成  解説2と3では、高齢社員に活き活きと活躍してもらうための課題を評価・賃金制度と最近注目のワークエンゲージメントから考えてみました。高齢社員に活き活きと活躍してもらうには企業がその環境を整備・拡充するだけでは十分ではありません。マンガに登場する、デジタルの知識・スキルを猛勉強して習得し、自分の経験を活かしていた部署から新設の部署に異動して新しい仕事に挑戦している高齢社員の木蓮(もくれん)さんのように、高齢社員は継続雇用後も引き続き活躍する意識(キャリア自律)を持ち、業務に必要な知識・スキルや技術を習得してもらうことが必要になります。そこで、解説4では、キャリア自律を考えてみたいと思います。 2 キャリア自律が求められる背景 〜変わるキャリア形成のあり方と戦略的活用  高齢者雇用を取り巻く環境が変化し、高齢社員活用の基本方針を戦略的活用に転換することが不可欠であることを総論で述べました。平成期の実質65歳定年制(60歳定年+希望者全員の65歳までの継続雇用)では管理職を目ざした「のぼるキャリア」のもと、継続雇用の5年間をこれまでつちかってきた経験やスキルを活かす「いまある能力をいま活用する(現有能力の活用)」ことが企業にとっても高齢社員にとっても合理的でした。  しかし、少子高齢化にともなう組織運営上の観点から大企業を中心に役職定年制が導入されるようになり、キャリア形成のあり方が定年前に役職を離れる「くだりのあるキャリア」へと変わり、役職定年後に一般社員などとしての就業期間が10年(役職定年を55歳とした場合)に延びました。「10年」の期間には社会をはじめ市場や技術は変化・進化しますので、現有能力の活用では継続困難となります。役職定年制を実施している企業は、高齢社員の戦略的活用を修正し、現有能力の更新に向けたキャリア教育や教育訓練体系の整備などのキャリア支援体制の拡充を進め、高齢社員にはキャリアの自律を求めました。  2020年の高齢法改正により、今後は就業期間の延伸が進むことが考えられ、「のぼるキャリア」は継続困難となります。役職定年制の導入が多くの企業で広がるとともに、それにともなうキャリア形成のあり方も「くだりのあるキャリア」への転換が予想されます。役職定年後の就業期間を「15年」とすると、現有能力は更新ではなく進化が必要となり、企業にはそれに対応するキャリア支援体制のさらなる拡充が、高齢社員には経営成果に貢献する戦力としてのキャリアの自律がいっそう求められるようになったのです。 3 高齢社員のキャリア自律に向けて 〜経営成果に貢献する戦力として  高齢社員が企業の経営成果に貢献する戦力として活き活きと活躍し続けるためには、管理職(正社員)のときから準備しておくことが必要になります。例えば、役職定年や定年後のキャリアのあり方をベテラン社員になる前の早い段階から考えるキャリア研修をはじめ、役職定年後も一般社員などで活躍するために必要な業務スキルや知識の習得・向上です。さらに、継続雇用後も高齢社員の木蓮さんのように職場で活躍するには、業務スキルや知識を磨いておくことが必要になります。そのため、管理職や高齢社員が業務スキルや知識の習得・向上を図るための研修を受講できる教育訓練体系の見直しや拡充を進めること、高齢社員だけではなくすべての社員が自らキャリア自律をうながし、「学び直し」や「リスキリング」などの新しい知識やスキルを身につけるための自己啓発支援の拡充や、キャリアサポートの整備・拡充が企業に求められます。 解説5 高齢社員の柔軟な勤務制度 田口和雄 高千穂大学 経営学部 教授 1 働き方の多様化と柔軟な勤務制度  正社員の勤務制度は「1日8時間、週休2日制」による「フルタイム勤務」が読者の一般的な認識ではないでしょうか。これは労働基準法(第32、35条)に基づいたもので、昭和期を通して標準的な勤務制度となりました※1。しかし、平成期に入ると、ライフスタイルの変化や就労意識・ニーズの多様化を背景に、政府は働く人が個々の事情に応じて多様で柔軟な働き方を自ら選べるようになるための働き方改革を推進しました。それを受けて企業はフルタイム勤務の勤務制度に加えて、柔軟な勤務制度の整備に取り組むようになりました。そこで、解説5では柔軟な勤務制度を取り上げていきたいと思います。 2 柔軟な勤務制度ー三つのタイプ  柔軟な勤務制度は大きく三つの種類に分かれています。  一つめは柔軟な「勤務形態」で、フルタイム勤務に比べ勤務日数や勤務時間を短くした「短日・短時間勤務」が代表的な勤務形態です。マンガの(株)JEEDホームセンターでも導入されています。  二つめは柔軟な「労働時間制度」です。読者の多くは会社から定められた始業時間と終業時間のもとで仕事をしていますが、この始業時間、終業時間を仕事の進捗状況や、例えば、マンガに登場する銀杏(いちょう)さんのような家族の介護、育児中の社員の場合は子どもの送り迎え、社員自身の病気治療のための通院など、個人的な事情によって社員が柔軟に決める勤務制度で、「フレックスタイム制」が代表的な制度です※2。  三つめは、「働く場所」の柔軟化です。外回りの営業や建設現場などの会社外で仕事に従事する職種もありますが、通常、従業員は仕事をするために会社に出勤しています(出社勤務)。デジタル化が進展するなか、新たな働き方として在宅勤務(テレワーク)が情報サービス業や裁量労働制が適用されている社員を中心に拡がりましたが、社会全体からみると限定的でした。しかし、令和期の新型コロナウイルス感染症対策として産業全体に拡がり、収束後は育児や介護などのライフスタイルの多様化に対応する働き方として位置づけられるようになりました。 3 高齢社員の柔軟な勤務制度を考える  このように柔軟な勤務制度を導入することは、自身の病気治療や家族の介護などライフスタイルが多様化する高齢社員にとっても、会社にとってもよい動き(変化)です。マンガでは、家族の介護で早退や欠勤をくり返している銀杏さんが、安心して働くことができるように、短日・短時間勤務制度や在宅勤務制度について説明し、利用をすすめました。柔軟な働き方を取り入れることで、高齢社員にとっては家庭の事情で退職せずに働き続けることができますし、人手不足に悩まされている会社にとっても経験やスキルを持つ戦力(高齢社員)を失わずにすみます。  高齢社員の就労ニーズにあわせて選択できる多様で柔軟な働き方の実現に向けて、マンガの(株)JEEDホームセンターのように短日・短時間勤務や在宅勤務などの柔軟な勤務制度を設けることが求められます。また、こうした多様で柔軟な働き方を求めるニーズは高齢社員だけではありません。フルタイム勤務をしている定年前の正社員にも育児や親の介護、自身の病気治療の健康問題など、さまざまな事情を抱えている人がいます。  マンガの(株)JEEDホームセンターのように柔軟な勤務制度は、高齢社員だけに限定せずにすべての社員に広く適用することが求められます。 ※1 勤務制度の基本原則の詳しい解説は、本誌2024年7月号特集「【解説2】多様で柔軟な働き方の実現に向けて」をご参照ください。  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202407/index.html#page=18 ※2 このほかにも変形労働時間制、裁量労働制等がある 解説6 高齢社員と職場環境改善 樋口(ひぐち)善之(よしゆき) 福岡教育大学 教育学部 准教授 1 加齢と労働災害  一般的に、年齢を重ねると筋力や平衡機能の低下が起こり、筋肉や関節の痛みを感じやすくなったり、何もないところでつまずいてしまったりすることなどが多くなります。  高齢労働者(60歳以上)の労働災害発生率は30代と比較して男性で2倍、女性で4倍となっており、年齢が上がるにつれて休業期間も長期化する傾向があります。 2 職場の環境改善 ―腰痛予防の視点から―  高齢労働者に多い労働災害のひとつが腰痛です。腰痛は、重い荷物などを運ぶときだけではなく、マンガのようにデスクワーク主体の職場でも発生します。そのメカニズムは次の通りです。  @座位姿勢は立位姿勢よりも腰にかかる圧力が高く、A座位姿勢を長く続けると、筋肉が持続的に緊張し、血流も悪くなり、B加えて、反り腰や猫背などの姿勢不良があると、腰にかかる負担や筋肉の緊張がさらに高まり、腰痛の発症につながります。  対策としては、適切ないすを配置・導入するほかに、パソコンの作業環境の見直し(モニターの高さは目線のやや下になるように、キーボードやマウスは肘が90度になる範囲に設置するなど)や、デスクワーク時間内でのマイクロレスト(45分から1時間に1回程度は立ち上がって軽いストレッチを行うなど)の取組みが有効です。  近年では、昇降式のオフィスデスクやスタンディングでの打ち合わせスペースなど、デスクワークに適した職場改善も増えています。なお、デスクワークにおける腰痛は、自覚症状としての訴えは多いのですが、労働災害申請・認定に至るケースが少ないため、その実態が過小評価されている可能性があることに留意しましょう。 3 職場の環境改善 ―転倒防止の視点から―  次に、転倒防止対策について考えてみましょう。デスクワークが中心のオフィス環境は一見安全に見えますが、段差や滑りやすい床、照度不足、配線の露出など転倒の原因となりうる要因が潜んでいます。  具体的な対策としては、まずは段差を可能なかぎり解消し、その次に階段や段差部分には手すりを設置することが基本となります。また、作業エリアや通路の照度を十分に確保することで、足元の視認性を高め、つまずきや転倒のリスクを軽減することができます。加えて、床面に配線や凹凸が露出しないよう、コード類はケーブルカバーで固定するなど、つまずきの原因となる障害物の排除に努めましょう。 4 ハード・ソフト両面からの改善を  前記のような物的対策(ハード面の対策)に加えて、転倒災害を含めた安全確保のためには社員一人ひとりの意識が何よりも重要になるので、年齢や職務に応じた安全教育を実施しましょう(ソフト面の対策)。高齢社員に対しては、歩行や姿勢に配慮した指導や体力保持をうながす取組みも効果的です。  これらの対策を講じていても、腰痛の訴えや職場内での転倒事故が発生することがあるかもしれません。その場合は、ヒヤリハット報告やインシデントレポートの活用がきわめて重要です。これらは実際の重大事故には至らなかったが、危うく事故が起きそうになった事例を含めて、記録・共有する仕組みであり、職場内の潜在的な危険を早期に発見し、対策を講じることを可能にする重要な対策です。些細なできごとを含めて報告や検討の機会を設けることで、風通しのよい報告文化を醸成し、労働災害を未然に防ぐ職場改善へとつながっていきます。 解説7 高齢社員の健康づくり 樋口善之 福岡教育大学 教育学部 准教授 1 社員の健康づくり支援が企業価値の向上に  高齢社員の健康・体力の維持増進は、個々人の働きやすさを確保するための源泉であるとともに、企業の生産性や組織活力の維持に直結する重要な取組みです。企業や個々の職場において、積極的に社員の健康づくりを支援することは、「健康経営」※の実践としての意義を持ち、企業価値の向上にもつながります。  まず、企業が取り組むべき基本的な取組みとして「身体活動につながる機会の創出」、「適切な健康情報の発信」、「生活習慣改善の働きかけ」の3点があげられます。なかでも「身体活動につながる機会の創出」は、加齢にともなう筋力や柔軟性の低下、生活習慣病のリスク上昇を抑えるうえで不可欠であり、高齢社員のみならず、全社員に対して取り組むべき課題です。 2 健康意識の高まりがウェルビーイングを向上  具体的な取組みとして、職場・事業所レベルにおいては、就業時間中に短時間のストレッチや軽い運動を取り入れる「職場体操」などの導入、始業前や昼休みに実施可能な身体活動(ウォーキングや軽スポーツなど)の支援があげられます。企業レベルでは社内外のフィットネス施設との連携など、日常のなかに取り入れられる仕組みづくりが効果的です。  さらに、個々人の身体活動に対するモチベーションを高めるためには、それぞれの体力水準に合わせた適切な運動プログラムを提供することが肝要です。その方策として、健康診断などと組み合わせて、体力測定や運動機能チェックを実施し、その結果をもとにパーソナライズされたアドバイスの提供、現状の身体活動量(歩数や心拍数など)を知るための計測機器(万歩計やスマートフォン・アプリ、専用のウェアラブル・デバイスなど)を提供する取組みも有効です。  「適切な健康情報の発信」も重要です。社員が自らの健康課題に気づき、主体的に行動を起こすためには、信頼できる情報を継続的に受け取ることができる環境が大切です。例えば、社内ポータルサイトや掲示スペースを活用し、生活習慣病予防、転倒防止、睡眠の質向上、栄養バランスなどのテーマで定期的に情報を発信し、多くの社員へ届ける取組みがあげられます。また、健康相談に関する窓口の設置や産業医・保健師との面談機会の拡充なども気軽に健康について相談できる環境づくりとして有効です。  こうした取組みは、「生活習慣改善の働きかけづくり」につながり、社員の健康・体力の維持増進、さらに企業の生産性や組織活力の維持に寄与します。すなわち、職場における健康づくりは、単なる福利厚生の一環にとどまらず、「健康経営」の実践と位置づけることができます。健康経営とは、社員の健康を企業の重要な経営資源ととらえ、戦略的に健康づくりに取り組むことで企業の生産性向上や持続的成長につなげていこうとする経営手法です。特に少子高齢化が進行するわが国にとって、中高齢期の社員の健康維持は、職場の生産性や組織活力の維持のための欠かせない条件であり、企業としてその支援を行うことは、労働力の安定的な確保や経験知の継承にもつながります。加えて、職場における健康意識の向上は、若年層社員にも大きな波及効果をもたらし、組織全体のウェルビーイング向上にも寄与します。  総じて、企業が高齢社員に対して身体活動の機会や適切な健康情報の提供を積極的・効果的に行うことは、個人の健康保持だけでなく、組織の活力維持と持続的発展に資する戦略的な取組みです。今後ますます進む高齢化社会において、健康経営を実践し、年齢にかかわらずすべての社員が活き活きと働ける職場づくりが求められています。小さな取組みからでも構いませんので、健康経営としての健康づくりを推進していってください。 ※今号の「リーダーズトーク」(P.1〜)で、「健康経営」を提唱するNPO法人健康経営研究会理事長の岡田邦夫さんをご紹介しています。あわせてご覧ください 65歳超雇用推進助成金について 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 高齢者助成部  「65歳超雇用推進助成金」は、65歳以上への定年引上げ等を行う事業主、高年齢者の雇用管理制度の整備を行う事業主、高年齢の有期契約労働者を無期雇用に転換する事業主に対して、国の予算の範囲内で助成するものであり、「生涯現役社会」の構築に向けて、高年齢者の就労機会の確保および雇用の安定を図ることを目的としています。  共通の要件は、雇用保険適用事業所の事業主であること、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律第8条、第9条第1項の規定と異なる定めをしていないこととなります。  この助成金は次のT〜Vのコースがあります。 T 65歳超継続雇用促進コース  このコースは、支給要件を満たす事業主が、次の@〜Cのいずれかを就業規則等に規定し、実施した場合に受給することができます。 @65歳以上への定年の引上げ A定年の定めの廃止 B希望者全員を対象とする66歳以上への継続雇用制度の導入 C他社による継続雇用制度の導入 ◆支給額  実施した制度、引き上げた年数、対象被保険者数に応じて図表1・2の額を支給します。 U 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース  このコースは、支給要件を満たす事業主が、高年齢者の雇用の推進を図るために雇用管理制度(賃金制度、健康管理制度等)の整備にかかる措置を実施した場合に、措置に要した費用の一部を助成します(図表3)。  なお、あらかじめ雇用管理整備計画書を提出し、認定されていることが必要です。 ◆支給額  支給対象経費(上限50万円)に60%(中小企業以外は45%)を乗じた額を支給します。初回の支給対象経費については、当該措置の実施に50万円の費用を要したものとみなします(2回目以降は50万円を上限とする実費)。 V 高年齢者無期雇用転換コース  このコースは、支給要件を満たす事業主が、50歳以上で定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用転換制度に基づき、無期雇用労働者に転換させた場合に、対象者数に応じて一定額を助成します。  なお、あらかじめ無期雇用転換計画書を提出し、認定されていることが必要です。 ◆支給額  対象労働者1人につき30万円(中小企業以外は23万円)を支給します。 助成金の詳細について  この助成金の支給要件等の詳細は、JEEDホームページをご確認ください。  また、JEEDホームページから、各コースの申請様式や支給申請の手引きをダウンロードできます。そのほか、制度説明の動画も掲載しています。  この助成金に関するお問合せや申請は、JEEDの各都道府県支部高齢・障害者業務課(東京・大阪は高齢・障害者窓口サービス課、連絡先は本誌65ページ)までお願いします。  また、今号より始まった連載マンガ「教えてエルダ先生!Season3」(30ページ)でも助成金について紹介しています。ぜひご覧ください。 https://www.jeed.go.jp JEED 高齢助成金 検索 助成金の説明動画はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=RJzobThcBV4 図表1 65歳超継続雇用促進コース 定年の引上げまたは定年の廃止、希望者全員を対象とする継続雇用制度の導入 措置内容対象 被保険者数 65歳への定年の引上げ 66〜69歳への定年の引上げ 5歳未満 5歳以上 70歳以上への定年の引上げ(注) 定年の定めの廃止(注) 66〜69歳への継続雇用の引上げ 70歳以上への継続雇用の引上げ(注) 1〜3人 15万円 20万円 30万円 30万円 40万円 15万円 30万円 4〜6人 20万円 25万円 50万円 50万円 80万円 25万円 50万円 7〜9人 25万円 30万円 85万円 85万円 120万円 40万円 80万円 10人以上 30万円 35万円 105万円 105万円 160万円 60万円 100万円 (注)旧定年年齢、継続雇用年齢が70歳未満の場合に支給します。 図表2 65歳超継続雇用促進コース 他社による継続雇用制度の導入 措置内容 66〜69歳への継続雇用の引上げ 70歳以上への継続雇用の引上げ(注) 支給上限額 10万円 15万円 ※ 申請事業主が他社の就業規則等の改正に要した経費の2分の1の額と表中の支給上限額いずれか低い方の額が助成されます。対象経費については申請事業主が全額負担していることが要件となります。 (注)ほかの事業主における継続雇用年齢が70歳未満の場合に支給します。 図表3 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース 高年齢者雇用管理整備措置の種類 賃金・人事処遇制度の導入・改善 労働時間制度の導入・改善 在宅勤務制度の導入・改善 研修制度の導入・改善 専門職制度の導入・改善 健康管理制度の導入 その他の雇用管理制度の導入・改善 支給対象経費 ●高年齢者の雇用管理制度の導入等(労働協約または就業規則の作成・変更)に必要な専門家等に対する委託費、コンサルタントとの相談に要した経費 ●上記の経費のほか、左欄の措置の実施にともない必要となる機器、システムおよびソフトウェア等の導入に要した経費(計画実施期間内の6カ月分を上限とする賃借料またはリース料を含む) 高齢者雇用促進等のためのその他の助成金 編集部  当機構(JEED)の「65歳超雇用推進助成金」のほかにも、「特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)、(成長分野等人材確保・育成コース)、(中高年層安定雇用支援コース)」など、中高年齢者を雇用した場合に支給される助成金があります。いずれも都道府県労働局やハローワークが支給窓口となります。 特定求職者雇用開発助成金 (特定就職困難者コース)  高齢者や障害者などの就職困難者をハローワークなどの紹介により、継続して雇用する労働者として雇い入れる事業主に支給されます。この助成金の対象となる高齢者は、60歳以上の方です。  高齢者を雇い入れた場合の助成対象期間は1年間で、支給対象期(6カ月間)ごとに支給されます。支給額は「短時間労働者以外」(1週間の所定労働時間が30時間以上)と「短時間労働者」(1週間の所定労働時間が20時間以上30時間未満の者)で異なり、中小企業が短時間労働者以外を雇用する場合、60万円を2期に分けて30万円ずつ(中小企業以外は50万円を2期に分け25万円ずつ)支給されます。  中小企業が短時間労働者を雇用する場合は、40万円を2期に分け20万円ずつ(中小企業以外は30万円を2期に分けて15万円ずつ)支給されます。 特定求職者雇用開発助成金 (成長分野等人材確保・育成コース)  【成長分野メニュー】 と 【人材育成メニュー】の二つのメニューがあり、いずれも、ハローワークなどの紹介により、就職困難者を業務経験のない職種で雇い入れた場合が対象となります。【成長分野メニュー】は、GX、DXの成長分野の業務※に従事する労働者として雇い入れ、雇用管理改善や能力開発を行った場合、【人材育成メニュー】は人材開発支援助成金による人材育成を行い、賃上げを行った場合に支給されます。  いずれも特定求職者雇用開発助成金のほかのコースの1・5倍の助成金が支給されます。 特定求職者雇用開発助成金 (中高年層安定雇用支援コース)  2025(令和7)年4月に新設されたコースです。いわゆる就職氷河期世代を含む35歳〜60歳未満の中高年層のうち、就職の機会を逃したなどにより十分なキャリア形成がなされなかったために、正規雇用労働者としての就職が困難な方を、ハローワークなどの紹介により正規雇用労働者として雇い入れる事業主に支給されます。  対象となる労働者は、雇入れの日の前日から起算して過去5年間に正規雇用労働者として雇用された通算期間が1年以下で、過去1年間に正規雇用労働者として雇用されたことがない方となります。  支給額は、中小企業の場合は60万円を2期に分けて30万円ずつ(中小企業以外は50万円を2期に分けて25万円ずつ)となります。  それぞれの詳細については、最寄りの労働局またはハローワークへお問い合わせください。 ※次のアとイが該当します ア 「情報処理・通信技術者」、「その他の技術の職業(データサイエンティストに限る)」または「デザイナー(ウェブデザイナー、グラフィックデザイナーに限る)」に該当する業務 イ 「研究・技術の職業」に該当する業務(脱炭素・低炭素化などに関するものに限る