第106回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  森義博さん(66歳)は現在、高齢社会の研究に取り組む民間シンクタンクで、仕事と介護の両立支援などのテーマに日々取り組んでいる。生命保険会社が設けた研究所で重ねた経験を活かし、高齢者がより暮らしやすい社会の実現を目ざして奮闘する森さんが、生涯現役で働くためのヒントを語る。 公益財団法人 ダイヤ高齢社会研究財団 シニアアドバイザー 森(もり)義博(よしひろ)さん 研究の喜びに支えられ  私は神奈川県横浜市の生まれです。地元の小学校を卒業後、鎌倉(かまくら)市にある中学校と高校に通いました。その後一橋(ひとつばし)大学へ進んで経済地理学を専攻、子どものころから鉄道や地理が好きだったので自然な流れであったように思います。大学卒業後、明治(めいじ)生命(せいめい)保険相互会社(現・明治安田(めいじやすだ)生命(せいめい)保険相互会社)に入社しました。当時は景気が回復し始めたころで、就職は順調に決まり、神奈川県平塚(ひらつか)市の湘南(しょうなん)支社に配属されました。まずは2年間、現場の事務を担当しました。そのころは3年から4年で異動することが慣例でしたから、私も企画や企業年金、営業職員の人事制度など、さまざまな業務を担当しました。30代半ばに3年間愛知県の営業所に勤務した以外は、本社で業務経験を積みました。  42歳のとき、グループ会社の株式会社明治生命フィナンシュアランス研究所(現・株式会社明治安田総合研究所)に異動になりました。じつはその少し前に、病気で1カ月ほど入院生活を送りました。入院中に将来のことを考えると不安になりましたが、幸い研究所が声をかけてくれました。研究所では少子高齢化問題や年金、介護保険制度の研究に従事し、時代の課題と向き合う実感があり、やりがいもあって楽しかったです。研究所で学んだことはその後の仕事に活かされていますので、病気もよい転機になるのだから人生とはおもしろいものです。  「気がつけば14年が過ぎていました」  56歳のとき、縁あって森さんは公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団に異動。同財団は1993(平成5)年に設立され、高齢社会における健康、経済、生きがいなどに関するさまざまな調査・研究に取り組んでいる。ここから森さんの活躍の場がさらに広がった。 高齢社会のさまざまな課題に対峙して  研究所の先輩が一足先に財団に異動していたこともあり、私も新たな職場での仕事はスムーズにスタートできました。研究所では少子高齢化の観点から研究を進めていましたが、財団は高齢社会に関する諸問題を検討するので、目的がいっそう明確です。前向きな気持ちで仕事ができる土壌があり、いつの間にか10年が過ぎました。20人ほどの仲間と楽しく仕事をしています。私は60歳のときに定年を迎えましたので、その後は毎年、雇用契約を更新しています。かつては企画調査の部署でしたが、いまは「シニアアドバイザ―」として広範囲に仕事をしています。  財団に資金や人材を出しているのは三菱(みつびし)グループです。私のいまのおもな仕事は、三菱グループの社員を対象に「仕事と介護の両立」のアンケート調査を行うことです。一昨年から始めたプロジェクトで、三菱グループの18社に協力をしてもらい、2万7000人を超える社員から回答が集まりました。ようやく調査の結果がまとまってきましたので報告するために各社を回っています。この調査は、研究部員と協力しながらさらに分析しまとめていくのでもう少し時間がかかります。回答者が多いので、結果に一定の方向性は出ると思いますが、「仕事と介護の両立」というテーマだけに、多くの企業に役立てていただけるよう、回答者の年齢構成をにらみながらデータの偏りをなくしていく作業が控えています。  森さんは活舌(かつぜつ)がよく、話の内容もわかりやすい。なによりも笑顔を絶やさず仕事に対する意気込みを語る人柄が魅力的である。高齢社会の研究者自身が「生涯現役」を語るのだから説得力にあふれている。 働く人の切実な声に耳を傾けたい  アンケートに寄せられるのは「仕事と介護の両立を支援する社内の制度が整備されていても、なかなか上司の理解が得られない」とか「最近、リモートワークがやりにくくなってきた」など、どちらかといえば人間関係にまつわる悩みが目立ちます。一方、介護の経験がある人が人事部にいる会社からはまた違った回答が寄せられますから、アンケートの結果は、私も勉強になります。さらにダイバーシティ推進室がある会社で、担当者が介護経験者の場合、社員も本音で話しやすい面もあるようです。  一つ驚いたのは、介護の対象は自分の親が一般的ですが、単身の叔父や叔母を介護しているという回答もありました。介護の問題は幅が広いと感じさせられました。  10年の間、財団でさまざまな角度から高齢社会の問題を考えてきましたが、この仕事は自分に向いていると思っています。ただ、前職の研究所では少子化の観点から、結婚、出産などの調査も進めてきたので、本音をいえばそういう調査もやってみたいという願いもあります。じつは2年前に結婚に関する調査を行ったことがあります。財団の方針をふまえて、40歳から69歳までの男女に「結婚等に対する調査」を実施しました。結果だけ記しますと、単身者に比べて40歳以降に結婚した人の「想定寿命」(人生設計として想定する〔希望ではない〕自身の寿命)の平均は長いという傾向が見られました。配偶者を得たことによる生活の充実と責任感が反映されたのだと思います。  また、現在の若い人の結婚観にも興味があるのですが、いまは「結婚」の2文字を口に出せば、「ハラスメント」といわれてしまいそうで気軽に聞けません。私にも未婚の子どもがいますから、まず家庭内でヒアリングをしてみようと思っています。 だれもが活き活き働ける社会の実現を  公益財団法人なので、広く世の中の役に立つ成果を発信していく役割があります。そこで今回「仕事と介護の両立」をテーマとしたプロジェクトを展開したわけです。結果をもっと深掘りして、高齢者だけではなく、若い人にも提言できるような調査にしたいと考えています。財団には研究部があり、そこは老年学などの博士号を取得した研究者ばかりなので、論文として発表するなどして世の中を鼓舞していければと思います。  趣味といえるかわかりませんが、毎日の出勤前にピアノの練習をしています。じつは小学1年生の時から就職するまでピアノを習っていました。59歳から、それこそ「60の手習い」で教室通いを再開しました。いま流行(はや)りの街角ピアノで弾いてみたいものです。  生涯現役で働くにはやはり健康が大切ですから、出勤時には一つ手前の駅で降りて、職場まで遠回りして歩くようにしています。また、自宅付近は自然が残っているので休日にはゆっくり散策しています。  もしかしたら人生とはさまざまなことを両立しながら努力していくものなのかもしれません。若い人のモデルケースになれるようにもう少しがんばってみようと思います。