知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第85回 合併後の再雇用拒絶、総合職のみに限定した社宅制度の適法性 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲/弁護士 木勝瑛 Q 1 会社が吸収合併されることになった場合、継続雇用の条件が変更になることは不利益変更にあたるのではないか  継続雇用されていた会社が、吸収合併により消滅してしまい、合併後の会社で雇用が維持されることになりました。合併時の説明によれば、2社の間で継続雇用の条件が異なることから、次回の継続雇用の満了時に条件変更があるようですが、従来の契約とは大きな差があり納得がいきません。提示される条件にしたがわなければならないのでしょうか。 A  合併による労働条件の統一については、変更の合理性が認められやすい傾向にあります。継続雇用に関する労働条件の提示についても、合理的な範囲であれば許容されるものと考えられ、これに応じなかったことによる更新拒絶は有効になることがあります。 1 合併と労働契約の関係  会社の合併によって、二つ以上の会社が一つの会社に統一されることがあります。このとき、二つの会社における労働条件が、まったく同一であるとはかぎりません。  他方で、合併により、吸収する存続会社の労働条件にすべて自動的に統一されるような法制度も存在していません。そのため、労働条件の統一については、労働基準法、労働契約法などの規定に従って、順次進めていかなければなりません。  労働条件は、労働契約、就業規則、労働協約その他労使慣行となっている内容などがあるところ、これらにより定められた内容を変更するにあたっては、労働条件の不利益変更となることが多く、労働者の同意または変更の合理性が求められることになります。  労働条件には、賃金や退職金など重要な労働条件を含むことも多く、そのような場合には、合併による労働条件の統一の必要性が認められるとしても、労働者の自由な意思による同意を得ておくことが重要と考えられています。  自由な意思による同意については、その判断をするにあたって、十分な情報提供または説明がなされていたか否かが重視されています。 2 定年後の労働条件について  定年後の継続雇用制度においては、退職金が支給ずみであり、各種公的給付を受給可能な地位を持つこと、賃金について正社員と同様の性質が維持されるとはかぎらないことなどから、一定程度の減額が行われることがあります。  他方で、人材確保および雇用維持の観点から条件を大きく変更せずに継続雇用を実施する場合もあります。  このように、各社ごとに継続雇用の考え方が異なることから合併する2社において、継続雇用における労働条件が異なることはよくあることです。  それでは、継続雇用の期間満了時の更新において、合併後の会社の基準に照らした継続雇用の条件(従前の労働条件を不利益に変更する内容を含む)を提示することは許されるのでしょうか。  継続雇用の提示において、合理的な裁量の範囲内であれば、正社員と異なる労働条件の提示が許容されていますが、合併後の更新時にも同様の基準があてはまるのでしょうか。 3 裁判例の紹介  経営悪化にともなう吸収合併により、消滅した会社に所属していた労働者を承継したところ、継続雇用の条件について、消滅した会社の労働条件が維持されるべきと主張され、会社が労働契約の更新を拒絶したという事案があります(東京高裁令和6年10月17日判決)。  吸収合併にあたって半年以上前から、労働条件を吸収する会社の内容に合致させる旨を周知しており、吸収合併後に労働条件を統一することは賃金総額を減額することを目的としたものではなく、提示した労働条件が拒絶された以上、更新拒絶は有効であると主張する使用者に対して、労働者は4人という少数であり会社への影響が小さく、継続雇用制度の終了とともに解消されるものであることから労働条件の不統一による不利益はきわめて小さく、統一することの合理性が認められないとして反論していました。  『エルダー』2025年1月号の本連載(第79回)で、第一審である東京地裁令和6年4月25日判決を紹介しましたが、その控訴審判決になります。第一審においては、合理的な期待を有していたことにより労働契約法第19条により保護されるのは「同一」の労働条件での更新が期待されているという限定的な解釈をすることで、雇止めを適法と判断していましたが、一般的な解釈とは異なる内容でした。  控訴審では、従前の労働条件から変更された内容であっても更新されることを期待する合理的な理由がある場合には、解雇と同様に「客観的かつ合理的な理由」および「社会通念上の相当性」が雇止めに必要とされるとして、第一審のような限定的な解釈をすることなく、継続雇用であり65歳まで労働者が更新されることを期待する合理的な理由があると判断しました。  更新手続きの経緯は、合併後の会社から従前の労働条件を下回る内容で提示をしたところ、これについては労働者が拒絶をしていたという状況でした。このような状況において、裁判所は会社からの提案が合理性を有していたか否かを含めて、雇止めに「客観的かつ合理的な理由」および「社会通念上の相当性」が認められるかを判断することとしました。  そのため、会社が提案した内容の合理性が問題となりましたが、会社からは、4種類の内容で更新後の労働条件を提示しており、これらのなかから労働者が選択可能な状況にしており、会社からの各提案の合理性についても、消滅前の会社でも継続雇用中に条件が下がった前例があったこと、赤字経営が続いており債務超過状態にあったことから吸収合併に至ったものであり、その手続きにおいて従業員向けの説明会が実施されていたこと、説明会では吸収した会社における継続雇用制度の内容についてイントラネットに掲載する方法で周知していたという事情がありました。そのため、吸収合併されるのであれば労働条件が不利益に変更される提案がされる可能性が認識されていたものと判断され、期間満了の1カ月前には具体的な労働条件が提示されていたことから、労働契約が同一内容で更新されると期待する合理的な理由はないとされています。  また、吸収した会社の定年後再雇用者と同一の労働条件とする必要性は高いと認め、会社による提案の合理性が肯定されることを理由として、雇止めに必要な客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が認められると判断し、第一審と同様の結論を維持しました。  合併手続きを経て、労働条件を統一することについては、二つの会社の労働者の不公平感が課題となることが多いですが、控訴審では「移籍する同種労働者の賃金水準は当然に関心事となる」ことを前提に「従前から雇用する労働者に秘匿しておくことは困難であり、かつ不誠実でもあって、相当とはいえない」と述べ、合併した企業の課題として認めています。  合併後の更新においては、従前と同一の労働条件ではない提案を受けている場合でも、提案された内容が合理的である場合にこれに応じないと雇用が維持されないこともありえますので、注意が必要です。 Q2 総合職のみを社宅制度の対象とすることに問題はあるでしょうか  このたび、従業員への福利厚生の一環として、総合職の従業員を対象に社宅制度を新設しようと考えています。何か注意すべき点はありますか。 A  男女雇用機会均等法の趣旨に反しないか注意が必要です。例えば、対象となる総合職の従業員のほとんどが男性であり、女性従業員のほとんどは対象外となるといった場合には、合理的な理由がないかぎり、男女雇用機会均等法の趣旨に反するとして違法と判断される可能性があります。 1 男女雇用機会均等法  男女雇用機会均等法(以下、「均等法」)は、性別を直接の理由とした差別的な取扱いを禁止しており(均等法第5条・6条、同施行規則第1条4号、直接差別の禁止)、また、性別を直接の理由とするものでなくとも、「……男性及び女性の比率その他の事情を勘案して実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置……については、……合理的な理由がある場合でなければ、これを講じてはならない」として、間接的な差別も禁止しています(均等法第7条、同施行規則第2条2号、間接差別の禁止)。  AGCグリーンテック事件は、総合職のみを対象とした社宅制度について、間接差別にあたるとして違法と判断していますので、以下紹介します。 2 AGCグリーンテック事件(東京地裁令和6年5月13日判決) (1) 事案の概要被告である会社は、総合職に対しては、転居をともなう転勤命令の有無にかかわらず通勤圏に自宅を有しない場合に借り上げ社宅制度の利用を認めながら、一般職には社宅制度の利用を認めず、住宅手当の支払いにとどめていました。そこで、そのような措置が、男女の性別を理由とする直接差別または間接差別にあたり違法であるとして、提訴されました。 (2) 直接差別に該当するか  裁判所は、直接差別に該当するかという点について、以下の通り判示し、結論として直接差別については否定しています。  「社宅制度の適用を受けてきたのがGを除き全て男性であったのは、……女性からの応募の少ない職種であることが原因である」こと、「制度設計の背景に、男女の別によって待遇の格差を生じさせる趣旨があったことを推認するに足りる事情は認められない」こと、実際に女性社員(G)が社宅制度を利用した実績もあることなどの事情からすれば、「社宅制度に関する待遇の格差が男女の性別を直接の理由とするものと認めることはできない」 (3) 間接差別に該当するか ア 判断枠組み  裁判所は、間接差別に該当するかという点について、以下の通り判断の枠組みを示しました。  「均等法7条を受けた同法施行規則2条2号には、……住宅の貸与(均等法6条2号、同法施行規則1条4号)が挙げられていないものの、@性別以外の事由を要件とする措置であって、A他の性の構成員と比較して、一方の性の構成員に相当程度の不利益を与えるものを、B合理的な理由がないときに講ずること(以下「間接差別」という。)は、均等法施行規則に規定するもの以外にも存在し得るのであって、均等法7条には抵触しないとしても、民法等の一般法理に照らし違法とされるべき場合は想定される……」  「そうすると、……均等法の趣旨に照らし、同法7条の施行(平成19年4月1日)後、住宅の貸与であって、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするものについても、間接差別に該当する場合には、民法90条違反や不法行為の成否の問題が生じる」  具体的には、「措置の要件を満たす男性及び女性の比率、当該措置の具体的な内容、業務遂行上の必要性、雇用管理上の必要性その他一切の事情を考慮し、男性従業員と比較して女性従業員に相当程度の不利益を与えるものであるか否か、そのような措置をとることにつき合理的な理由が認められるか否かの観点から、被告の社宅制度に係る措置が間接差別に該当するか否かを均等法の趣旨に照らして検討し、間接差別に該当する場合には、社宅管理規程の民法90条違反の有無や被告の措置に関する不法行為の成否等を検討すべき」としています。 イ 事案の検討  裁判所は、上記の判断基準をもとに、以下の通り判示し、結論として間接差別に該当する違法な措置であると認定しました。  「社宅制度の実際の運用は、総合職でありさえすれば、転勤の有無や現実的可能性のいかんを問わず、通勤圏内に自宅を所有しない限り希望すれば適用されるというのが実態であり、その恩恵を受けたのは、Gを除き全て男性であった」  「社宅制度という福利厚生の措置の適用を受ける……比率という観点からは、男性の割合が圧倒的に高く、女性の割合が極めて低い……享受する経済的恩恵の格差はかなり大きい……。他方で、転勤の事実やその現実的可能性の有無を問わず社宅制度の適用を認めている運用等に照らすと……社宅制度の利用を総合職に限定する必要性や合理性を根拠づけることは困難である」  「そうすると、……社宅制度の利用を……総合職に限って認め、一般職に対して認めていないことにより、事実上男性従業員のみに適用される福利厚生の措置として社宅制度の運用を続け、女性従業員に相当程度の不利益を与えていることについて、合理的理由は認められない。……被告が……社宅制度の運用を続けていることは、……均等法の趣旨に照らし、間接差別に該当する」 3 所感  本判決は、均等法施行規則第2条2号の列挙事由にあたらない措置を間接差別に該当すると判断した初めての裁判例です。  本判決は、総合職でありさえすれば、転勤の有無や現実的可能性のいかんを問わず、通勤圏内に自宅を所有しないかぎり希望すれば適用されるという運用実態から合理性を否定し、間接差別を肯定していますので、制度設計の際には、この点をふまえ、不当な男女差別となっていないか注意を払うべきでしょう。