“学び直し”を科学する  “学び直し”を効果的に行う方法を、ミドル・シニアの方々に伝授する本連載。2回目は「大人脳」ならではの記憶力にスポットをあてていきます。1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生に、50・60代の脳の扱い方、記憶力や理解力がアップする勉強法、学びの効果を高めるポイントなどについてお話しいただきました。 第2回 50・60代の記憶力の使い方 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 加齢で記憶力の仕組みが変わる  50・60代になって、「記憶力が落ちてきた」、「物覚えが悪くなった」と感じている人もいると思いますが、年を重ねるだけでは記憶力が衰えることはありません。変わったのは記憶力そのものではなく、記憶するための脳の仕組みです。  10代の「学生脳」では、聞いたものをそのまま吸収する「無意味記憶」が中心で、勉強も暗記が主体になります。一方で50・60代の「大人脳」の場合、「意味記憶」が優勢になり、意味を理解して初めて記憶するように脳の仕組みが変わっているのです。そのため、学生時代と同じ方法で暗記するのはむずかしくなっています。何かを記憶したいときは、「覚えよう」と思うより「理解しよう」と頭を働かせるのが正解です。記憶力の質の変化に気づき、大人脳の仕組みに合った勉強法に切り替えていくことができれば、勉強の効率も上がり、学生時代より記憶力を高めることも可能です。 海馬に「重要だ!」と思わせる  脳には膨大な記憶容量があるといわれていますが、耳や目から入ってきた情報をすべて記憶として貯めこんでいたら、すぐに容量オーバーになってしまいます。そのため脳は、入ってきた情報のうち、重要と判断したもの以外をどんどん消去し、忘れていきます。  私たちが耳や目から集めた情報はまず、脳の中の聴覚系や視覚系などに伝えられます。記憶をつかさどる「海馬(かいば)」がそのとき、同時に働くか否かで、短期記憶のなかから「消去する情報」と「残す情報」を選別する役割もになっています。  記憶は大きく「短期記憶」と「長期記憶」に分けられます。海馬が担当するのは短期記憶。海馬が、情報の入力と同時に働いて、海馬が「残す」と判断した情報が、長期記憶になっていきます。すなわち見聞きした情報を、海馬にしっかり「重要だ!」と思わせ、長期記憶に送り込むことができれば、記憶力は上がるということです。この仕組みを利用することが、50・60代の暗記法のカギになります。 「覚える」より「理解しよう」  海馬に「重要だ」と思わせるためには、海馬に強く長く活動してもらう必要があります。その方法の一つが「理解すること」です。物事を理解するためには、脳内に蓄積されていた情報を引っ張り出し、新しい情報と結びつけることなどが必要になります。すると脳の中では、海馬とともに、理解に関係する部分が働き、脳内が持続的に活性化することで、海馬が「重要だ」と記録し、長期記憶へのルートを開くのです。大人脳では、「覚える」より、「理解しよう」とすることが大切になります。  さらに、海馬に「重要だ」と強く印象づけるには、「情報をくり返し入れる」という方法もあります。つまり復習です。何かの学習を始めたら、毎日の復習によりコツコツとその情報を送り続け、海馬に「重要だ」と判断させることで、しっかり記憶に定着させることができます。 ポジティブな「感情」で記憶力を高める  短期記憶の目安は長くても1〜2週間とされています。例えば、昨日の食事のメニューは思い出せますが、数週間前に何を食べたのかは、なかなか思い出すことはできませんね。一方で、特別な出来事があったときの食事など、何カ月経っても覚えている場合もあります。それは、脳の中で感情や記憶処理にかかわる「扁桃体(へんとうたい)」が海馬の隣にあることと関係しています。感情が大きく動く出来事があると、感情や記憶をつなぐ脳内のルートが刺激され、海馬がそれを重要な情報と判断するのです。何かストーリー性のある出来事には「楽しい」、「嬉しい」、「悲しい」などの感情がともないますが、こうした出来事の記憶は「エピソード記憶」として、長期記憶に無条件に送られるのです。  勉強にポジティブな感情がともなうようになると、記憶力アップが期待できます。特に海馬は、ワクワクとしたポジティブな感情を浴びると、「シータ波」と呼ばれる脳波を出して活発に働くようになり、入ってきた情報を「重要だ」と判断します。シータ波が出ているときは、学習速度も上がるとされます。  勉強そのものを好きになれなくても、ハッピーな気持ちで勉強に取り組むことができるように工夫する、あるいは、ご褒美を設定するなどして、脳が働きやすい環境をつくることが、効率的な学びにつながります。 ミドル・シニアには「長期記憶」の図書館がある  50・60代の人が学ぶうえでの大きな利点は、すでに長期記憶をたくさん持っていることです。ミドル・シニアの脳内には、まるで図書館のように、さまざまな記憶が蓄積されています。  その長期記憶も、使い方を間違えれば「老害」 になってしまいますが、有効活用できれば、さまざまな学びの窓口になります。まずは、自分の中の図書館の本を整理してみることが必要です。そして、足りない本を探しましょう。若いころ、図書館に入れようとしていて、入れられなかったものがあれば、それをやってみるのもよいかもしれません。  昔はできなかったことでも、50・60代までにほかの脳の分野を育ててきたことによって、できることは意外に少なくありません。50・60代になってあらためて取り組んでみると、おもしろさ、楽しさが違うということもあります。長期記憶があるからこそ、いままでやってきたことに対して興味を持ちやすいし、逆にいままでやっていなかったということが興味につながることもあります。  脳の中に図書館を持ち、学びの引き出しが多いのがミドル・シニアです。いろいろなことを理解するための窓口をいっぱい持っていて、学ぶチャンスもいっぱいあるのですが、そのことにまだ、気づいていない人も多いようです。 (取材・文 沼野容子)