いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第59回 「組織」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「組織」について取り上げます。日常的に使っているが、あらためていわれると何か説明しにくい用語の最たるものかと思います。 組織には成立要件がある  組織というと複数人数の集まり(集団)であることがイメージしやすいですが、例えば、仲のよい友人たちがいつも集まって遊んでいても、それを組織と思う人は少ないと思います。これが、事業やイベントの成功に向けて複数の人が集まり、各々に役割が付与され、指揮・監督する人がいる状態になると組織と思う人は増えてくるのではないでしょうか。  この点からもいえるように、組織とは単なる集団ではなく、成立するためにはいくつかの条件があります。例えば、組織についてデジタル大辞泉(小学館)で調べると、「一定の共通目標を達成するために、成員間の役割や機能が分化・統合されている集団。また、それを組み立てること」とあります。また、アメリカの経営学者であるチェスター・バーナードは、著書『経営者の役割』のなかで、組織が成立するためには三つの条件が必要だと述べています。その三つとは、共通目的があること、組織への貢献意欲があること、円滑な情報共有・意思伝達(コミュニケーション)の手段があることだとし、一つでも欠けると組織が健全に機能しなくなると説明しています。 組織は設計するもの  これらの要素をもった組織が自然発生的に形成されるのはむずかしいため、デジタル大辞泉の説明にあるように、組織を組み立てる(設計)行為が必要となります。その際、次の組織設計の5原則に則ると効果的な組織として機能するといわれています。 ・専門家の原則…組織の活動が、専門的に特化した役割分担されている状態のこと。分業により、効率的かつノウハウ蓄積がしやすい。 ・権限責任一致の原則…組織メンバーに与えられた権限の大きさが、担当する職務に相応していること。 ・統制範囲の原則…一人の人間が管理できる人数には限界があり、それをふまえた管理体制を構築すること。 ・命令統一性の原則…組織秩序を維持するため、組織のメンバーは特定の一人からのみ指示・命令を受けること。 ・例外の原則…経営者は、日常的な業務を一般社員に権限委譲し、例外的な業務(意思決定や重要課題の対応)などに専念すること。  なお、組織の設計や運営を進めていくうえで、よく話題になるのは、スパン・オブ・コントロールについてです。これは統制範囲の原則に関係することで、一人の人間が直接管理することができる人数のことをさします。一般論では、適正なのは5〜8名、最大10名程度といわれていますが、明確な根拠は見あたりません。しかし、令和6年賃金構造基本統計調査(厚生労働省)の役職者別労働者数から計算※すると、労働者に占める部長・課長比率は11.8%(部長級4.1%・課長級7.7%)で、これらの比率以外を部下(管理対象)数と置き換えると8名程度となり、係長級(6.7%)も管理を分担していると仮定すると部下数は5名程度となるため、一般論の数値は現実的といえます。 基本的な組織構造の種類  組織設計の5原則をふまえて組織をつくり仕組み化したものを組織構造といいます。いくつかの種類がありますが、ここでは企業経営するうえでの代表的なものを取り上げます。 ・機能別組織…研究開発・営業・人事など機能(全体を構成する個々の部分が果たしている固有の役割)別に分けて組織を編成したもの。業務の効率性を高めることができる一方で、組織ごとに独立して業務を行うため、組織間連携や横断的業務には向かないといわれている(図表1)。 ・事業部別組織…経営者のもとに事業(商品・サービス・顧客など)別に分けて組織を編成したもの。この組織である事業部のもとに機能別組織を配置することがある。市場や顧客のニーズに合わせた意思決定や、収益や責任の所在が明確になる一方、事業部間の競争が激化したり、事業部間の機能別組織に重複が発生し非効率になることもある。 ・カンパニー制組織…事業部制組織よりもさらに事業に権限委譲し、独立性を高めた疑似会社(カンパニー)で組織を編成したもの。カンパニーが独立して意思決定し、収益責任をもつため、迅速な意思決定と戦略実行が図れ、次世代の経営者育成がやりやすくなる一方で、カンパニーが別会社のような立ち位置になるため、交流がしにくくなり、会社としての一体感を保ちにくいともいわれている。 ・マトリクス型組織…機能と事業の二軸を縦と横で組み合わせて網の目のように構成された組織。機能と事業の二つの指揮命令を受けることになる。機能・事業間の情報共有、課題への柔軟対応ができ人的・技術的交流がしやすくなる一方で、指揮命令系統が複雑になることで現場が混乱し、責任の所在が曖昧になり意思決定の調整に時間がかかることもある(図表2)。  ここまでみた通り、どの組織にもメリット・デメリットがあります。このため、ときには機能別組織から事業部別組織にしたものの、機能別組織にまた戻すといった大きな再編成を行う会社もあります。アメリカの経営史学者であるアルフレッド・チャンドラーは「組織は戦略に従う」と提唱しましたが、完璧な組織はなく、環境変化や事業の目的などによって流動的に見直され、形を変えていくものでもあります。  次回は、「リーダーシップ」について取り上げます。 ※ 全産業の企業規模(10人以上)計・男女計・学歴計の労働者数から筆者が計算 図表1 機能別組織 経営者 研究開発本部 製造本部 営業本部 管理本部 基礎研究部 製造開発部 製造設計部 A工場 B工場 品質管理部 営業企画部 営業推進部 営業部 総務課 法務課 情報システム部 出典:筆者作成 図表2 マトリクス型組織 事業 A部門 B部門 C部門 機能 研究開発 製造 営業 スタッフ 出典:筆者作成