技を支える vol.353 ていねいな仕事から生まれる美しさを保つ「ふすま」 表具師 井上(いのうえ)和夫(かずお)さん(77歳) 「ていねいに仕上げてお客さまに喜んでもらうことが一番。新品のうちはわかりませんが、年数が経過するにつれて、仕上がりの差が出てきます」 50年以上の経験を有し「現代の名工」に選出  紙や布などをのりで貼り合わせ、ふすまやびょうぶ、掛け軸などを仕立てる表具師。洋室の住居が増えた近年は、クロス張りなどの内装工事もになうなど、仕事の領域は幅広い。  令和6(2024)年度「卓越 した技能者(現代の名工)」の表彰では、全国で3人の表具師が選出された。その1人が、「有限会社井上表具店」(埼玉県さいたま市)の井上和夫さんだ。  山形県出身の井上さんは、上京してしばらく問屋で働いていたが、21歳のとき、表具師だった義理の兄に誘われ、この道に進んだ。  「職人の世界を知らなかったので、最初はずいぶん戸惑いました。でも、ものづくりが好きだったこともあり、親方である義理の兄について見よう見まねでやっているうちに、だんだん仕事がおもしろくなっていきました」  当時の住宅は和室が一般的だった時代。親方の腕がよかったこともあり、ゆっくり寝る暇もないほどの忙しさだったという。それでも、「つくることが好きなので、つらいと感じたことはなかった」と笑う。  親方のもとで13年間働いた後、独立。以来約40年にわたり表具店を経営し、息子を含めて3人の弟子を育てあげた。4年前に代表の座を息子に引き継いだが、現在も現役でふすまの張り替えなどを手がけている。 一つひとつの工程に神経を使う  表具師の技能は多岐にわたるが、なかでも井上さんが「現代の名工」として評価されているのが、ふすま製作で「柱の特性に合致するように正確かつ迅速に削り付けを行うことに卓越している」点である。柱は木製のため、曲がりやねじれなどのクセがある。また、柱と鴨居(かもい)や敷居(しきい)が必ずしも直角に組まれているわけではない。そこで、実際にふすまをはめてみて、柱に当たる部分をかんなで削って調整することで、隙間がなく開閉しやすいふすまになる。  この削り付けを正確かつ迅速に行うには、もちろん経験が必要だが、前提としてかんなを使いこなせることが欠かせない。  「かんなはむずかしい道具です。使っているうちに変化しますし、天候によって台に反りが出ることもありますので、台を削って調整することも必要です。これだけでも3年くらいの経験が必要です」  本格的なふすまは、木でできた骨組みに下張りの和紙を何層も貼って仕立てる。井上さんが手がける高級なふすまでは、下張りを7回もするそうだ。  和紙を貼る際はでんぷんのりを水に溶いて使うが、使う和紙によって、また工程によっても濃さを変える必要がある。  「のりが濃すぎても薄すぎてもきれいに仕上がりません。のりの濃さの調整は数をこなさないと。2〜3年経験したくらいではなかなか覚えられません」  経験を積んだ職人がていねいにつくったふすまは、何十年たってもきれいな状態を長く保てる。逆に手抜きをしたふすまは、最初はきれいでも、しばらくすると表面にしみやたるみなどが出てくるという。  「表具の仕事は、お客さまから預かったものを、いかにきれいに仕上げて納めて、お客さまに喜んでいただけるかがすべて。ですから、一つひとつの工程に神経を使います」 職業訓練指導を通じて若手職人の育成に努める  井上さんは、埼玉県表具内装組合連合会の会長を約10年間務め、伝統技能の継承に努めてきた。会長職は2024年に退いたが、現在も続けているのが若手職人の育成だ。表装技能士の検定委員を務めるほか、職業訓練校で指導を行っている。さらに、少年刑務所での職業訓練の指導も15年以上続けている。これまでの指導で、2級合格率は100%だという。  「要請があれば、喜んで指導します。一人でも多くの人に、技術を身につけて一人前になってもらいたいと願い、取り組んでいます」 有限会社井上表具店 TEL:048(794)7295 FAX:048(794)3410 (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション ふすまは、木の骨組みの上に、下張りの和紙を何枚も重ねて仕上げていく。ていねいにつくられたふすまは、年月が経過してもきれいな状態を保つことができる 下張りに用いる手漉き和紙。機械漉きの和紙もあるが、手漉きのほうが繊維の絡みが強く丈夫とのこと のりづけや和紙を貼るのに用いるはけ。用途によって、毛の種類や量・長さの異なるさまざまなはけを使い分ける。なかにはクマ、ヤギ、タヌキなどの毛のはけも 和紙を貼るのりにはでんぷんのりを用いる。紙の種類や工程に応じて、水を加えて濃度を調整する。のりの調整は経験が求められる技能のひとつ 下張りの和紙にのりづけをしているところ。周囲だけにのりをつけて貼る「袋張り」をすることで、ふすまの表面に貼る表張りのしわを防ぐ かんなは天候などによって変化しやすいため、使うたびに調整が必要になる。写真はかんなの台を削るかんなで、台を平らに削っているところ 表具の仕事に用いるかんななどの刃物類。かんなは、ふすまの建てつけをよくするために、骨組みの周囲を削るのに使う