Leaders Talk No.123 定年を68歳、雇用上限を78歳に延長 元気で安心して長く働ける環境を提供 トラスコ中山株式会社 経営管理本部 人事部 部長 大谷正人さん おおたに・まさと 1991(平成3)年に同社に入社。千葉支店支店長、人事課課長兼ヘルスケア課課長、ファクトリー営業部近畿圏部長、物流部中部・近畿部長などを経て、2022(令和4)年物流部東日本部長、2024年より現職。  2015(平成27)年に65歳定年制、雇用形態を変えながら最長75歳まで働ける継続雇用制度を導入するなど、高齢者雇用先進企業として知られるトラスコ中山株式会社。同社では、2025(令和7)年4月より、高齢者雇用制度を改定し、最長78歳まで勤務可能となりました。今回は、同社人事部部長の大谷正人さんに制度改定のねらいなどとともに、同社における高齢者雇用の取組みについて、お話をうかがいました。 “気づいたら定年まで勤めていた”と社員が思える会社を目ざして ―貴社では、2015(平成27)年に定年を65歳に延長し、定年後も最長で75歳まで働ける制度を導入するなど、高齢者雇用に積極的に取り組まれています。その背景や高齢社員に期待するものとは何でしょうか。 大谷 当社は生産現場で必要とされる作業工具、測定工具、切削工具をはじめとする工場用副資材を扱う機械工具の専門商社です。仕入れ先のメーカーは3663社を数え、国内外96カ所の拠点から機械工具商などのお客さまを通じて、自動車メーカーさまなどの大手製造業をはじめとした多くのユーザーさまに商品を供給しています。企業メッセージとして「がんばれ!!日本のモノづくり」を掲げ、「人や社会のお役に立ててこそ事業であり、企業である」をモットーにしています。部署は経営管理本部以外に営業本部、デジタル戦略本部のほか、全国28カ所の物流拠点から、自前の配送網で商品をお届けする物流本部などがあり、パートタイマーを含めて3000人超の従業員が働いています。  高齢者雇用については、2012年に定年を60歳から63歳に延長し、2015年に65歳定年制と70歳までの雇用延長制度、70歳以降は75歳までパートタイム社員として働ける「トラスコライフ延長制度」を導入しました。当社に長く勤務し、業界に精通した社員が継続して働いてくれることは、会社にとってもプラスですし、長く安心して働いてほしいという思いがあります。“気づいたら定年まで勤めていた”、“居心地がよかった”と思えるような会社でありたいと考えています。  経験豊富な高齢社員には、若手社員の指導・育成や、お客さまとの良好な関係の継続といった面での活躍を期待しています。また、間接的な効果として、意欲的に働く高齢社員がいることで若手社員が「この会社で長く働き続けられる」という安心感や将来像が描けるようになれば、という思いもあります。 ―2025(令和7)年4月からは、定年年齢を68歳、雇用延長制度の上限を72歳、トラスコライフ延長制度の上限を78歳に引き上げました。定年年齢の68歳や雇用上限の78歳というのはほかに類を見ません。 大谷 まず大前提として、人手不足や採用難だからという理由で延長をしたわけではありません。いま働いている社員が安心して長く働けるためにはどうすればよいのか、という考え方がベースにあります。2012年に定年を63歳に延長したときは年金支給年齢も考慮し、また60歳を超えても子育て中の社員もいるから、という事情もありました。その時点で65歳まで延長しようという話も出ていましたし、社長の中山(なかやま)哲也(てつや)の「もっと長く働ける仕組みをつくったほうが社員も安心する」という思いもあり、2015年に65歳定年制を導入しました。今回の68歳への定年延長や雇用延長、トラスコライフ延長制度の上限を78歳としたのも、「働く意欲があればいつまでも働く場所を用意しよう」という発想からです。 ―定年延長をすれば、それにともなって人件費がどれだけ増えるのかを気にする会社も少なくありません。 大谷 おつきあいのある会社が一番驚かれるのは、当社の場合、68歳まで処遇がほとんど変わらないことです。ただし管理職は62歳が役職定年となり、手当はなくなります。じつは、あまり費用の計算ありきでは考えていません。もちろん昇給や賞与支給の際には計算しますが、今回も社長から68歳への定年延長の指示があり、仕組みを提案したときも費用の話は出ませんでした。だれもがよいと思うことをやるのだから、何かあったらみんなで乗り越えたらいいじゃないかという考え方です。 ―雇用上限が78歳というのはほぼエイジレスに近いですね。 大谷 いずれ定年も68歳から70歳まで延びるのではと予想しています。もちろん「体が動かなくなってきたのでそろそろ引退します」という人も出てくると思いますし、本人自ら引退する時期を決めることになります。現行の制度では73歳で雇用延長満了を迎える前に、年齢に応じてお祝い金を支給しています。68歳で退職する場合は50万円、以後10万円ずつ加算し、73歳満了時には100万円を支給します。 定年後の継続雇用・パートタイム社員も含めすべての社員に年2回の人事考課を実施 ―雇用延長する場合の基準はあるのでしょうか。 大谷 雇用延長制度は1年更新の契約社員になります。基本ルールとして健康であることが絶対条件になります。といっても持病があったとしても、仕事ができる健康状態を維持していれば問題はありません。また、当社は年2回の人事考課を実施し、考課結果はA・B・Cをそれぞれ3段階に分けた9段階で示されますが、直近2回の結果が標準のBを下回る「B−(マイナス)」以下でないことが条件です。B−(マイナス)以下になると部門長と人事のチェックが入りますが、期待する仕事ができていない、周りから支持されていないという人については契約を更新しないケースもあり、だれでも無条件に雇用延長できるというわけではありません。 ―メリハリの利いた仕組みですね。評価・処遇制度はどうなっていますか。 大谷 正社員、雇用延長者、パートタイマー、いずれも年2回の人事考課で処遇を決めています。評価項目は業績、姿勢、能力、目標達成度の四つがあり、それぞれのウエイトは違いますが、先ほどお話ししたように半期に1回、9段階で評価し、その結果が昇給・賞与に反映されます。ただし雇用延長者については、標準考課の「B」が基準給となり、半期ごとの考課結果によって月例給が変動します。具体的には、例えば基準給が30万円(100%)の場合、最高のA+(プラス)は148%に増額され、最低のC−(マイナス)になると68%に減額されます。減額されても半年間だけですので、再びBに戻れば30万円になります。それ以外に賞与は年2回支給し、それぞれ月例給の1カ月分を支給しています。もちろん通勤手当、昼食補助手当、残業手当などの各種手当は正社員と同様に支給しています。 70歳を超えて働くうえでは社員の「健康」が何よりも重要に ―定年後の継続雇用では、仕事の内容や働き方は変わるのでしょうか。 大谷 勤務場所は基本的に定年前と同じ部署になります。定年前は主力の一員として働いていますが、雇用延長後は後輩の育成やスキルの継承を中心に仕事をしてもらいます。働き方についてはもともと週5日のフルタイム勤務でしたが、週4日で働きたい、短時間で働きたいといったニーズをふまえ、徐々に選択肢を増やしてきました。いまでは本人の希望に応じて、@フルタイム週5日勤務(9時〜17時30分)、Aフルタイム週4日勤務(9時〜19時)、B短日数勤務週4日勤務(9時〜17時30分)、C短時間勤務週5日勤務(9時〜16時または10時30分〜17時30分)――の四つから選択できます。短日数・短時間で働く場合は、基準給も下がることになります。 ―トラスコライフ延長制度のパートタマーの働き方はどうなっているのでしょうか。 大谷 トラスコライフ延長制度は、73歳に到達した社員が健康などの一定基準を満たした場合に78歳まで継続雇用する制度です。時給制となりますが、業務内容が大きく変わることはありません。雇用延長後の人だけではなく、実際にパートタイマーとして物流センターや各支店で働いている人は1400人以上いますし、働き方はその人の事情に応じて柔軟に対応しています。 ―高齢社員が増えると健康管理や労働災害対策も重要になります。どのような取組みをされていますか。 大谷 人事部のなかにヘルスケア課があり、保健師が2人います。健康診断の定期健診受診率は100%ですが、2次検査受診率が83.8%です。これを100%に高めていくとともに、健康状態を理由に退職せざるを得ない人をなくしていきたいと思っています。  労働災害は物流センターで発生することが比較的多いのですが、2年前に物流本部に物流安全推進課を設置し、毎月の安全ミーティングや注意事項をまとめた事例集を作成し、センターごとに安全教育も実施しています。具体的には脚立からの転落事故防止のために「脚立の上から2段目より下で作業する」ことを徹底していますが、できれば脚立を使わないような工夫もしていきたいと考えています。 ―これまでの高齢者雇用の経験を通じてのアドバイスをお願いします。 大谷 やはり健康が一番です。いまの70歳は以前に比べて元気な人がとても多く、十分に働けます。当社としても、社員が70歳になっても健康で元気に働けるよう、社員一人ひとりが自身の健康について自覚し、健康に関するリテラシーを高められるようにうながしています。自覚した社員ほど元気で働いていますし、会社としても長く活躍してもらう場を提供していきたいと考えています。 (インタビュー/溝上憲文 撮影/中岡泰博)