特集 高齢者雇用と賃金の基礎知識  高齢者雇用に取り組むうえで、検討が欠かせないテーマである「賃金」。在職老齢年金や高年齢雇用継続給付との関係はもちろん、適切な評価制度の有無は、高齢社員のモチベーションに大きな影響を及ぼす可能性があり、定年後再雇用社員における同一労働同一賃金の適切な運用なども求められます。  そこで今回は、高齢者雇用にまつわる「賃金」について、さまざまな角度から解説します。ぜひお役立てください。 総論 高齢者雇用における適切な賃金・評価制度の重要性 ―戦力としてのシニア活用に向けた人事戦略― 千葉経済大学 経済学部 教授 藤波(ふじなみ)美帆(みほ) 1 はじめに―高齢社員を活かす人事制度設計とは  少子高齢化と生産年齢人口の減少が進行するなか、高齢社員の活用は企業にとって、人事戦略上の重要課題となっています。特に、再雇用時の処遇面、とりわけ賃金の引下げや、評価のあり方への配慮不足が、高齢社員の働きがいやモチベーションの低下を招き、結果として組織全体の生産性にも悪影響を及ぼす懸念が指摘されています。  こうした課題の背景には、多くの日本企業で採用されている「一国二制度型」と呼ばれる制度構造があります。これは60歳を境に正社員としての雇用契約が終了し、新たな枠組みで再雇用する仕組みです。年功賃金の累積を一度リセットすることで人件費の抑制を図りつつ、雇用を継続できる点で一定の合理性を持っていますが、この仕組みを全社員に一律に適用した場合、現場では制度と職務実態の間に乖離が生じやすくなります。例えば、定年前とほぼ同じ職務を継続してになっているにもかかわらず、大幅に処遇が下がる、あるいは期待役割や評価基準が曖昧なまま配置され、報酬も決まり、納得感が得られないといったケースです。制度と職務実態との間にこうした乖離が生じる現状は、人事管理のなかで、高齢社員の位置づけそのものを、あらためて問い直す契機となっています。  このような現状をふまえると、現在多くの日本企業が直面している高齢社員の戦力化や雇用の継続には、評価や処遇といった人事要素を個別に見直すだけでは不十分であり、採用(再雇用)、配置、教育、評価、報酬、そして退職といった人事管理全体のサイクルのなかに、高齢社員を戦略的に組み込む視点が必要になります(7ページ図表1)。高齢社員の多様性を活かすことを前提とした人材マネジメントと、組織の持続的成長を両立させる制度の再構築が、これからの人的資源管理において欠かせません。 2 高齢社員をどう活かすか―制度の設計思想とマネジメントタイプの整合  高齢社員の活用を考えるうえで、まず注目すべきは、人事制度の根幹をなす「設計思想」です。多くの企業が「一国二制度型」を採用している現在、高齢社員をどのように位置づけ活用するのかは、もはや制度設計における枝葉の問題ではなく、企業の人材戦略の中核に位置づけられるべき重要な課題となっています。  こうした課題に対応するには、人事制度全体に通底する設計思想、すなわち「だれを、どこで、どのタイミングで、どの程度活用するか」という視点を明確にすることが求められます。高齢社員の人事制度の設計思想では、「どこで」は「引き続き自社内で」、「どのタイミングで」は「定年(60歳)以降に」という点が前提として共有されているため、@対象者の範囲「選抜型か/全員型か」、A活用度合い「正社員と同様か/限定的か」という2軸で整理でき(図表2)、四つの制度類型─選抜型・本格活用(A型)、選抜型・限定活用(B型)、全員型・本格活用(C型)、全員型・限定活用(D型)─に分類されます。  高年齢者雇用安定法の改正により「高年齢者雇用確保措置」が講じられる2000年代以前には、定年(60歳)以降も雇用されるのはかぎられた社員のみであり、選抜型・本格活用(A型)が主流でした。その後、希望者全員の雇用確保が段階的に義務化されるにつれ、多くの企業は法対応と人件費管理の両立を図るため、制度上の要件を満たしやすい全員型・限定活用(D型)を選択しました。  しかし、D型は雇用確保には効果がある一方で、活用面における限界が顕在化し、60歳以降の社員数の増加にともない、より実質的な活用を目ざして全員型・本格活用(C型)へ移行する企業も増えつつあります。  ただし、人事制度の設計思想と実際の運用実態は必ずしも一致するとはかぎりません。例えば、人事制度上は本格活用を前提とするC型を採用していても、現場では補助的な役割しかになわせていない場合や、D型のもとで正社員時代と同じ働き方や成果を暗黙的に期待されている例も見受けられます。こうした乖離を可視化し、是正していくためには、制度類型とは別に「マネジメントタイプ」に着目することも必要です。代表的なタイプは以下の四つがあります。 @消極活用型:雇用継続そのものを目的とし、成果や責任を求めない Aサポート活用型:周辺的な業務や役割を期待し、若手支援や限定的な業務をになわせる B積極活用型:正社員に準じた責任や成果を期待し、評価や処遇を行う C統合活用型:年齢にかかわらず期待役割を設定し、同一の人事制度を適用する(一国一制度型)  人事制度の設計思想(A〜D型)とマネジメントタイプ(@〜C)は必ずしも一致しません。例えば、D型の人事制度であっても、現場で「正社員時代と同じ」期待を求められていれば、両者のギャップがフラストレーションの要因となります。こうしたギャップを防ぐには、企業が自社の人材活用戦略に整合する人事制度を選択し、設計思想と運用方針を一体として構築・運用することが求められます。また、これらが部門や上司によって、考え方や運用がバラバラにならないことも大切です。  人事管理の目的はビジネスの成功と組織の持続的な成長です。人事制度はあくまでも手段であり、目的ではありません。場あたり的な制度整備では、これからの高齢社員の多様性と戦力化の可能性に十分には対応できません。 3 賃金制度と評価制度の再設計―役割・成果に応じた処遇の構築 (1)高齢社員の活用を支える賃金制度  高齢社員を戦力として活用するには、処遇と実際の職務との整合性を確保することが不可欠であるという認識は、多くの企業に広がっています。それにもかかわらず、定年を境に賃金が一律に引き下げられる一方で、職務や責任の内容が大きくは変わらないといった状況が依然として見受けられます。  こうした制度と運用実態の乖離が生じる背景には、報酬設計の前提となる考え方が曖昧であること、昇降給のルールが明確に定められていないこと、評価と連動した再格付けの仕組みが整備されていないことなどがあげられます。  定年を境に雇用契約が一度終了し、その後再契約を結ぶという制度設計上の前提に立てば、賃金水準も見直すのが自然な流れです。高齢社員に対しては、過去の地位や功績ではなく、現在の役割や成果に基づいて処遇を設計することが合理的です。「貢献が正当に評価され、処遇に反映される」という制度的な信頼が確保されていることは、本人のモチベーション維持に資するだけでなく、組織文化の形成にも寄与します。こうした考え方は、本来、高齢社員にかぎらずすべての社員に共通のものです。  また、役割や成果に応じて賃金が変動する(昇降給)仕組みをあらかじめ制度内に組み込むことは、公平性や透明性を高めるうえでも重要です。例えば、定年前と同様の職務をになっているにもかかわらず、定型的に賃金を下げる運用では、その合理性が問われる場面も増えています。特に「同一労働同一賃金」の観点からも、実質的な仕事内容や責任の程度と報酬との整合性が求められます。  さらに、高齢社員がスキルや知識を深めたり、職域を広げたりして貢献度を高めた場合には、その努力と成果が評価され、処遇に反映される仕組みも必要です。多くの企業では、高齢社員の賃金が固定的であることが、挑戦や学び直しへの意欲を妨げる一因となっていることから、定期昇給のような年功的運用ではなく、役割や成果、貢献度の変化に応じて柔軟に見直せる報酬設計が求められます。例えば、半年ごとの面談と連動した報酬改定、新たな職責による見直し、後進指導への手当支給など、貢献と処遇をつなぐ仕組みの導入が有効です。あわせて、貢献が限定的になった場合などに備え「降給」や「再格付け」の仕組みも整えておくことで、制度運用の安定性と組織全体の公平性が高まります。 (2)評価制度の設計と運用  高齢社員の処遇を役割や成果に応じて設計するには、「何をどう評価するか」という視点が欠かせません。しかし実際には、期待される役割が十分に明示されないまま評価が行われたり、フィードバックが不十分であるといった課題もみられます。評価制度を機能させるには、業務目標の明確化と、達成状況を定期的に確認する仕組みが必要です。評価項目には、成果に加え、業務遂行上の姿勢やチームへの貢献といった行動面も含めた多面的な評価を導入することで、公平性と実効性を高めるだけでなく、モチベーション向上にもつながります。  高齢社員の場合、現場対応力や後進育成、組織への安定的な貢献といった定量化しにくい要素も適切にとらえる必要があります。これらは数値化がむずかしいものの、定性的な評価基準や面談を活用し、期待される役割を本人に明確に伝えることが重要です。評価の観点を制度として明示しておくことで、自分に何が期待されているのかが理解しやすくなり、納得感も高まります。特に定性的な評価は、基準や手順が曖昧だと形骸化しやすいため、顧客対応や後進指導、周囲への働きかけなどの期待される行動を事前に明文化しておくことで、評価精度が高まります。こうした定性項目は、定期面談と組み合わせたフィードバックにより、成長意欲とも結びつけることが可能です。評価は処遇の根拠であると同時に、配置やキャリア支援を通じて、組織全体の人材活用戦略を実現する起点となります。  さらに、評価制度は単なる処遇決定の手段にとどまらず、上司と部下の間で期待役割や目標を擦り合わせる対話の枠組みとしても位置づけられ、高齢社員が安心して働き続けるための土台にもなります。 4 おわりに  高齢社員の活用に向けた制度設計では、評価・処遇・支援といった人事制度を一体的にとらえ、再構築する視点が欠かせません。特に支援のあり方については、役割の見直しや働き方の選択肢を拡充し継続的な活躍を後押しする仕組みの整備が求められます。評価結果に基づいて次の役割を提示し、働き方や貢献度に応じた選択肢を整えることで、高齢社員の納得感と組織の安定性も高まります。  こうした仕組みは、現在の高齢社員だけでなく、いずれ高齢社員となる中堅層にも適用できるよう、制度設計の構想に含めておくことが重要です。制度は「雇用維持のための対策」ではなく、多様な人材が活躍できる組織づくりを支える基盤として設計・運用する視点が求められます。例えば、50代以降の社員に対し、中長期的なキャリアや希望する役割を話し合う仕組みを導入すれば、本人の主体的な準備がうながされるとともに、組織の戦略的人材配置にもつながります。こうした積み重ねが、60歳以降の多様な貢献スタイルに対応できる制度的基盤を形成します。さらに、柔軟な働き方や健康支援、知識やスキルの継承などの取組みも含め、キャリア支援は組織の人的資源管理における中核施策と位置づけるべき段階にきています。  また、報酬や評価制度の再構築にあたっては、企業が自社の人材活用戦略に即して制度の設計思想・方針を明確にし、評価・処遇・支援の各制度を統合的に構築・運用する必要があります。既存制度との整合性をふまえながら段階的に導入し、組織内にていねいに浸透させていくことが重要です。特に処遇面では、実際の貢献に応じた公正で納得感のある運用が不可欠です。  制度を通じて高齢社員の経験や能力を戦略的に活かし、年齢にかかわらずだれもが力を発揮できる職場環境を整えることは、人的資源を持続的に活用するための基盤となります。こうした制度整備を通じて、多様な人材が世代を超えて活躍する組織づくりへとつなげていく視点が、いま企業に強く求められています。 図表1 人事管理のサイクル 学生など求職活動中の人 (就職活動) 採用 仕事に配属 仕事に必要な教育実施 働く条件の整備 働きぶりの評価 報酬・昇進決定 退職 定年後も働くシニア (再雇用) 出典:塗茂克也,仁平晶文,藤波美帆,他(2025)『初めての経営学 社会人にも役立つマネジメントの基本』ビジネス実用社,第6章「人材マネジメント」 図表2 高齢社員の人事制度の設計思想 高齢社員の活用範囲 選抜型(選抜基準がある) 全員型(選抜基準がない/希望者全員) 高齢社員の活用の程度 正社員と同様の活用(本格活用)を求める ○A 選抜型/本格活用 ○C 全員型/本格活用 正社員とは異なる活用(限定活用)を求める ○B 選抜型/限定活用 ○D 全員型/限定活用 出典:藤波美帆(2024)「高齢社員の戦略的活用を促す人事」日本経済団体連合会『月刊経団連』、著者が一部改変 【P11-13】 解説1 各種調査から見る高齢社員の賃金の実態 社会保険労務士川嶋事務所 所長 社会保険労務士 川嶋(かわしま)英明(ひであき) 1 はじめに  会社が社員の賃金を決める際、ほかの会社がどうしているのか、というのは気になる部分です。特に高齢社員の賃金は、法令の改正などによりその働き方を見直す会社も増えていることから、気になる会社は多いことでしょう。そこで、本稿では、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」や国税庁「民間給与実態統計調査」などをもとに、60歳以上の高齢社員を中心にその賃金の推移や現状について見ていきます。 2 賃金構造基本統計調査から見る高齢社員の賃金  まず、全体との比較で高年齢労働者の賃金を見ていくと、2024(令和6)年の「賃金構造基本統計調査」では、全体の賃金の増減率は3.8%(賃金の平均は33.04万円)となっており、前年の2.1%(平均賃金31.83万円)や、マイナス1.0%から1.5%で推移していた2000年代以降と比較しても非常に高い上がり幅となっています。  では、こうした上がり幅と比較して、高年齢労働者の賃金はどうかというと、2024年の60〜64歳の増減率は前年から3.9%増(平均賃金は31.77万円)と、全体の増減率とほとんど変わりません。しかし、過去10年の60〜64歳の平均賃金と上がり幅の推移を見ると、基本的に、60〜64歳の賃金の上がり幅は全体の上がり幅より大きくなっており、全体の賃金の上昇よりも早いペースで賃金が上がってきたのがわかります。一方、65〜69歳については、増減の振れ幅が大きく、傾向をつかむことがむずかしいですが、トータルで見ると、徐々に上がっているのは間違いありません(12ページ図表1)。  さて、60歳以上の労働者、特に60歳到達まで正社員として働いていた労働者に関しては、60歳で定年後再雇用され、その際に、賃金が大きく引き下げられるのが一般的です。そのため、60歳到達前と60歳以降の賃金の比較についても見ていくと、まず2024年にかぎっていえば、55〜59歳の賃金の増減率は4.1%と60〜64歳よりも上がっています。ただ、過去10年で見た場合、55〜59歳の賃金の増減率は、全体の増減率を下回ることが多く、結果、この10年で55〜59歳の賃金と60〜64歳の賃金の差は縮小してきました。  次に、高年齢労働者の男女の賃金差について見ていくと、全体の男女の賃金差自体は年々縮小傾向にあるものの、いまでも、女性の賃金は男性の75%前後に留まります。これは2024年の統計でも同様で、全体の平均賃金が男性は36.31万円、女性が27.53万円で、割合にすると女性は男性の約75.8%となります。  また、男女の賃金差は各年代によっても開きがあり(13ページ図表2)、20代までは男女でそれほど差がない一方、30代以降はどんどん差が拡大し、その差がもっとも拡大するのが55〜59歳のときで、このとき、女性の賃金は男性の66.2%にまで落ち込みます。ただ、60歳以降になると、両者の格差は大幅に縮小し、その割合は75.4%となりますが、これは前述した、定年後再雇用によって賃金が大きく下がる人が男性に多いからでしょう。  定年後再雇用の影響は 60 歳以降の非正規労働 者の賃金にも影響を与えています。というのも、 男女ともに 55 〜 59 歳の非正規労働者の賃金より も、 60 〜 64 歳の非正規労働者の賃金の方が高い どころか、男女ともに非正規全体で見ても賃金 のピークとなっているからです。このことから、 もともと非正規で働いていた労働者よりも、定 年後再雇用で非正規になった労働者の賃金の方 が高いことがうかがえます。  企業規模別の賃金の傾向についても見ていくと、大企業ほど賃金が高いことはみなさんも想像がつくところだと思いますが、一方で、60歳到達前に対する60歳以降の賃金の割合は、企業の規模が大きくなるほど広がり、2024年の結果では、小企業で91.5%、中企業では82.3%のところ、大企業では73.5%という結果になっています。  これは大企業ほど、60歳で定年後再雇用し、その際に賃金を大きく引き下げる雇用慣行を行う一方、中小企業では定年延長や定年後再雇用をともなわない継続雇用などにより、60歳以降も60歳到達前の賃金のまま働くケースが多いためと見られます。 3 民間給与実態統計調査から見る高齢社員の賃金  最後に、国税庁「民間給与実態統計調査」をもとに、産業別の賃金を見ると、60歳到達前(55〜59歳)と60歳以降(60〜64歳)で賃金に大きく差が出る産業とそうでない産業があるのがわかります(13ページ図表3)。  60歳以降で賃金が大きく下がる典型的な産業は、電気・ガス・熱供給・水道業で、60歳到達前の53.6%、郵便局や協同組合などが含まれる複合サービス事業も下がり幅が大きく51.4%となっています。これらの業種は行っている業務がインフラかそれに近いこともあって、安定的に業務があったり、もともとの賃金額も大きかったりすることから、定年を機に賃金を大きく下げたいという会社側の思惑が反映されていると見ることができるでしょう。これらほどではありませんが、金融業・保険業や情報通信業もそれぞれ68.0%、74.7%と下がり幅の大きい業種となっています。  一方で、学術研究や医療福祉などはそれぞれ90.1%と92.0%と、その差は比較的緩やかとなっています。こうした業種は業務が属人的であったり、代替が利かなかったりすることから、賃金を下げにくいという事情があるのかもしれません。また、建設業や農林水産・鉱業も60歳到達前と60歳以降の差が小さい産業となっており、こちらについては人手不足などにより下げたくても下げられないという事情がありそうです。 図表1 過去5年間の高年齢労働者等の賃金の推移 令和2年 令和3年 令和4年 令和5年 令和6年 全年代(平均賃金) 全年代(前年比) 55〜59歳(平均賃金) 55〜59歳(前年比) 60〜64歳(平均賃金) 60〜64歳(前年比) 65〜69歳(平均賃金) 65〜69歳(前年比) ※厚生労働省「賃金構造基本統計調査」をもとに筆者作成 図表2 雇用形態、性、年齢階級別賃金 男 55〜59歳 正社員・正職員 459.1千円 60〜64歳 正社員・正職員以外 298.7千円 女 55〜59歳 正社員・正職員 327.2千円 60〜64歳 正社員・正職員以外 217.0千円 出典:厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査 概況」 図表3 業種別および年齢階層別の給与額(年収) 55〜59歳 60〜64歳 割合 建設業 657万3000円 598万2000円 91.0% 製造業 640万3000円 511万3000円 79.9% 卸売業・小売業 433万1000円 363万8000円 84.0% 宿泊業・飲食サービス業 340万円 282万3000円 83.0% 金融業・保険業 772万6000円 525万4000円 68.0% 不動産業・物品賃貸業 588万3000円 507万4000円 86.2% 運輸業・郵便業 523万2000円 429万2000円 82.0% 電気・ガス・熱供給・水道業 993万3000円 532万8000円 53.6% 情報通信業 838万円 625万6000円 74.7% 学術研究、専門・技術サービス業、教育、学習支援業 651万9000円 587万1000円 90.1% 医療、福祉 456万2000円 419万6000円 92.0% 複合サービス事業 701万3000円 360万8000円 51.4% サービス業 421万2000円 361万3000円 85.8% 農林水産・鉱業 340万9000円 318万9000円 93.5% 出典:国税庁「民間給与実態統計調査」(令和5年分調査) 解説2 賃金の法的位置づけと同一労働同一賃金 社会保険労務士川嶋事務所 所長 社会保険労務士 川嶋英明 1 労働基準法における賃金  労働基準法における賃金とは「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何(いかん)を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と定義されています。つまり、賃金の名称が何であれ、それが労働の対償として支払われるかぎり、労働基準法においてそれは賃金となるわけです。  では、賃金の支払方法や決定方法はどうかというと、支払方法に関しては、労働基準法では「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない」と定められている一方で、決定方法については特に定めはありません。もちろん、支払う賃金額は最低賃金を下回ってはいけませんし、時間外労働や深夜労働などがあった場合には、法定の金額以上の手当を支払う必要はありますが、最終的に支払う金額がそれらを下回らないかぎり、賃金の決定方法は基本的に会社と労働者の取決め次第となるわけです。  とはいえ、それは会社の都合によって労働者の賃金を自由に変更することができることを意味しません。賃金をはじめとする労働条件は、会社と労働者の合意によって決まるものですし、両者の合意によって決定した労働条件を、会社が労働者にとって不利益な形で変更(労働条件の不利益変更)する場合、原則として、個々の労働者の合意が必要となるからです。実際、過去の裁判例を見ても、会社の都合で賃金を引き下げたり、手当を削減したりといった対応には、厳しい判断が散見されます。  つまり、賃金には下方硬直性があり、簡単には下げられないわけですが、日本の雇用慣行では、まだまだ年功序列的な賃金形態であることが多く、賃金は年齢とともに徐々に上がっていき、役職定年などを除けば、下がることはないのが一般的です。一方、定年後再雇用では、従来の賃金体系を見直し、新たな雇用条件を設定する契機となることが多く、また、その際、賃金水準が現役時代よりも低くなるケースが少なからず見られ定年後再雇用社員のモチベーションの低下といった課題が生じています。 2 定年後再雇用と同一労働同一賃金  労働者が定年退職を迎え、その後再雇用される場合、いままでの労働契約は終了し、新たな労働契約を結び直すことになりますが、あくまで新しい労働契約であるため、定年前の契約よりも賃金が下がったとしても(労働者側が新たな労働契約内容に十分に納得したうえで同意していることが前提)、それ自体が労働条件の不利益変更にあたるというわけではありません。  一方で、定年後再雇用者については、再雇用時の契約が有期雇用であったり、定年前よりも労働時間が短縮されたりするなど、非正規労働者となるケースは少なくありません。有期雇用労働者や短時間労働者などの非正規労働者は同一労働同一賃金の対象であり、もともと正社員で、定年後再雇用を機に有期雇用労働者や短時間労働者となった者も例外ではありません。そのため、定年前の労働条件や待遇と、定年後再雇用となった際の労働条件や待遇との間に、不合理と認められるような格差がある場合、それは「正規と非正規の格差是正」の対象であり、いわゆる「同一労働同一賃金」のための適切な対応が必要となります。 3 同一労働同一賃金の概要  日本の同一労働同一賃金では、正規と非正規の格差を是正することを目的としていますが、正規と非正規との間に基本給や手当などに待遇差を設けることを禁止しているわけではありません。そもそも正規と非正規では所定労働時間や所定労働日数のほか、職務内容や職責などの就労条件等の相違があることが一般的で、またそうした違いに応じて待遇に差を設けることはある意味当然といえるからです。そのため、正規と非正規の働き方の違いなどに応じて、待遇に差を設けること自体に問題はありません。  同一労働同一賃金において重要なのは、労働条件等の相違とその待遇差が「釣り合って」いることです。この釣り合いを考えるうえで重要となるのが「均等待遇」と「均衡待遇」です。  均等待遇とは、正規と非正規の前提条件が同一の場合、同一の取扱いをすることをいいます。例えば、「役職に就く」ことを前提に役職手当を支払うなら、役職に就いている者に対しては、正規・非正規の雇用形態に関係なく役職手当を支払う必要があります。役職に就くことが前提条件となっているわけですから、その前提条件と関係のない、正規・非正規といった雇用形態などを理由に差を設けることはできません。  一方、均衡待遇とは、正規と非正規で前提条件に異なる部分がある場合、その違いに応じた取扱いをすることをいいます。例えば、基本給について、正規と非正規で職務内容や職責、人材活用の仕組みといった、基本給を決定するうえで前提となり得る部分に相違があるのが普通ですが、そうした相違に応じて待遇差を設けることは問題ないわけです。また、所定労働時間や所定労働日数に相違がある場合に、所定労働時間に比例して手当の額を比例させたり、所定労働日数に応じて通勤手当の支払方法を実費とするか定期代支給とするかを変えたりといった対応も、均衡待遇に含まれます。  以上のように、均等待遇が必要か、均衡待遇が必要かは「前提条件」が同じかどうかで変わってきます。ここでいう前提条件とは、賃金項目や手当ごとの「支給目的」と、職務内容や人材活用の仕組みなどの「就労条件等の相違」がこれにあたります。 4 同一労働同一賃金に基づく賃金の見直し  この二つのうち、特に注意が必要なのは支給目的の方です。というのも、日本の雇用慣行では、手当の支給目的を深く考えず、正規だから支給する、非正規だから支給しない、という扱いをしている会社が少なくないからです。しかし、諸手当の支給目的を明確に定義してみると、正規と非正規で差を設けるに足る理由がないことがあります。つまり、同一労働同一賃金において、不合理な格差が生じてしまっている会社も少なからずあるということです。  一方、就労条件等の相違については、そもそも同一労働同一賃金における「就労条件等」とは何かを見る必要があるでしょう。こちらはパートタイム・有期雇用労働法第8条にて、「@職務内容(業務内容・責任の程度)」、「A職務内容・配置の変更範囲(いわゆる「人材活用の仕組み」)」、「Bその他の事情」の三つがあげられています。  つまり、正規と非正規の間に賃金などの待遇差があったとしても、上記の三つの項目にあてはまる何らかの就労条件等の相違があり、かつその待遇差が相違に応じた範囲であれば、それは均衡の取れた待遇となるわけです。逆に、そうした相違がない場合は、均等待遇の考えから待遇差を設けることはできません。そのため、仮に正規と非正規の間に相応の相違がないにもかかわらず待遇差だけがあるという場合、その待遇差は不合理と判断される可能性が高くなります。  なお、三つの項目のうちBその他の事情、については、正規と非正規の待遇差を決定するうえでの労使間での交渉や、非正規から正規への登用制度があるかどうかなどが、過去の裁判例で、その判断要素としてあげられています。また、高齢者、特に定年後に再雇用された者に関しては、定年という制度の特性や現役時代とのライフスタイルの違いなどの観点から、定年後再雇用者であること自体が、「Bその他の事情」になると裁判で判断されたケースもあります。 5 同一労働同一賃金をふまえた高齢労働者の賃金の見直し  では、定年後再雇用者の賃金決定の実務においては、これらをどう考えていけばよいのでしょうか。  まず、すでに述べたように、高齢労働者のうち定年後再雇用される者については、再雇用を機に、無期雇用から有期雇用に転換したうえで、賃金を下げる方向で見直されることが少なくありません。そして、この賃金の引下げにおいては、定年前に支払われていた諸手当の多くを不支給としたうえで、業務内容やその他の就労条件等をあまり考慮せず賃金を定年前の一定の割合、多くの場合は6割前後とするケースが多く見られます。  しかしながら、こうした従来の一律的な賃金の引下げは、同一労働同一賃金の観点から見ると、放置すれば違法となる場合もあるため、見直しが必要です。  これを具体的に見るため、ここではとある架空の会社「A社」を例に見ていきます。  このA社では、定年前の労働者には基本給、通勤手当、役職手当、精皆勤手当、家族手当が支給されていた一方、定年後再雇用では、基本給については一律に減額、諸手当については、通勤手当以外は不支給とする取扱いをしています。  見直しにあたって、まずふまえておく必要があるのが、同一労働同一賃金に違反しているかどうかをどう見ていけばいいのかという点ですが、これは賃金項目ごとに見ていきます。つまり、正規と非正規の基本給を比較して同一労働同一賃金に違反していないか、あるいは正規と非正規の諸手当の一つひとつが同一労働同一賃金に違反していないかどうかを確認していくわけです。 6 定年後再雇用と諸手当  特に、諸手当については、同一労働同一賃金の解説でも見たように、その支給目的によっては正規か非正規かどうかが、その支給不支給に直接かかわってこないものが少なくありません。そのため、基本給と比較しても同一労働同一賃金に違反しやすい項目となっています。  まず役職手当については、定年前か後かにかかわらず、その支給目的から、条件を満たすかぎり支給が必要な手当となります。つまり、役職に就くかぎりは支給が必要と考えられるわけですが、逆にいうと、定年後再雇用や役職定年制度などにより役職から外れたことを理由に不支給とすることには相応の妥当性があるといえます。  次に、精皆勤手当ですが、こちらは過去の最高裁判所の判例(長澤運輸事件・最高裁平成30年6月1日判決)にて、定年前と後で、出勤をうながすという支給目的やその必要性が変わらないかぎり、基本的には支給が必要な手当との判断が出ています。そのため、定年後再雇用を理由に不支給としている会社があるとすれば、見直しを急ぐべき手当となります。  最後に家族手当についてですが、こちらは最高裁判所における判決にて、現役世代を対象とする事案と定年後再雇用者を対象とする事案で異なる考えが示されている手当となっています。  現役世代の判断となった判例(日本郵便事件・最高裁令和2年10月15日判決)から見ていくと、こちらでは正規か非正規かといった雇用形態にかかわらず、契約社員であっても「相応に継続的な勤務が見込まれる」のであれば、扶養手当を支払う必要があるとしました。  一方、定年後再雇用者に関する判例(長澤運輸事件)においては、老齢厚生年金がもらえることや、現役世代と高齢者のライフスタイルの違いなどを理由に、不支給とすることを不合理とは認めないとする判断が出ています。つまり、高齢労働者に関しては「その他の事情」として、高齢労働者特有の事情が考慮され、不支給でも不合理ではないという判断につながったわけです。理由の一つである老齢厚生年金については、最高裁の判断が出た当時よりも支給開始年齢が遅くなっているなど、当時とは状況が変化しており、そのほかの条件によっても判断が異なる可能性はありますが、少なくとも、定年後再雇用者だからと、短絡的に支給不支給を決定するのではなく、個々の会社の家族手当の支給目的に立ち戻って支給不支給の検討をする必要があるでしょう。 7 定年後再雇用と基本給  では、基本給についてはどうでしょうか。  現役世代と高齢者、特に定年前と定年後の基本給に関しては、定年制度が持つ性格から、両者に支払われる基本給は、同じ名称であったとしてもその性質や支給目的が変わってくるとされています(名古屋自動車学校事件・最高裁令和5年7月20日判決)。そのため、定年前と後で職務内容等に相違がない場合であっても、基本給に差があること自体はある程度許容されると考えられますが、とはいえ、基本給の性質や支給目的と待遇差に関して、どういった違いがあればどこまで差を設けてよいか、という点に明確な基準は現状ありません。  なお、定年後再雇用を機に、職務内容や職責などの見直しにより、これまでよりも軽易な業務に変わったり、職責が軽くなったりする場合は、その変更に応じた範囲で賃金を見直すことは、同一労働同一賃金に沿った変更であると考えられます。  以上のことから、定年後再雇用社員の基本給については、職務内容や職責などの変更についての検討とあわせて、賃金を含む労働条件の見直しを行っていく必要があるといえるでしょう。賞与や昇給に関しても、基本的な考え方は基本給と同じです。 8 おわりに  先に述べた通り、定年後再雇用社員の賃金の引下げは、当該労働者のモチベーションを低下させ、それは仕事のパフォーマンスにも影響します。人手不足など会社が置かれている状況にもよりますが、場合によっては、同一労働同一賃金に基づいた賃金の見直しではなく、定年後再雇用による賃金引下げの雇用慣行自体の廃止も検討すべきでしょう。  いずれにしてもここまで見たように、賃金項目の支給目的や高齢者の業務内容を精査していくことが、法的にも、労働者側の納得性という意味でも重要といえます。 解説3 等級制度の基礎知識 株式会社パーソネル・ブレイン 代表取締役 社会保険労務士 二宮(にのみや)孝(たかし) 1 等級制度とは何か  「等級制度」とは、従業員の職務遂行能力や職務の大きさ、役割などに応じて序列化のうえで格付けし、それに応じた処遇(賃金や昇格など)を決定する枠組みです。  日本企業では長く終身的雇用を前提とした一社固有の「職能資格制度」が主流でした。しかしながら、年功的、勤続功労的な運用に流されていたというところが否めなかった部分があります。特に中小企業では体系的な制度として整備されていなかったり、形骸化して属人的な運用になっていたりすることも見受けられます。  現在、急速な少子高齢化や経営環境の変化により、成果や役割に応じた公平な処遇への転換が求められてきています。  等級制度は、単に「賃金のランク区分」に留まるものではなく、個々の従業員の成長や活用していくための基盤として、組織力の強化にも結びつく重要な制度です。あわせて、近年は人材としての投資や競合他社との競争力強化、さらには若年層の定着化と賃金水準アップなどへの対応が求められ、等級制度の戦略的な見直しが急務となっています。 2 「職能資格制度」、「職務等級制度」、「役割等級制度」の違い  等級制度には大きく以下のタイプがあげられます。 (1)職能資格制度  従業員が現在持っている「能力(スキル)」に基づいて該当する等級に格付ける制度であり、これまで日本の企業で最も一般的に用いられてきたものです。能力開発を基盤においた長期育成型ともいえますが、反面、昇格や昇進は年功や経験と結びつきやすく、実際の担当職務や成果との連動が曖昧になりがちで、職能とはいいながら、能力主義とは乖離した年功的処遇の温床になりやすいという問題を含んでいたといえます。 (2)職務等級制度  欧米型企業に多く見られる制度で、いわゆるジョブ型人事として注目されてきており、従業員個人の年齢や勤続年数ではなく、職務の内容に沿って担当と責任の範囲を明確にし、その付加価値に基づいて等級を設定するものです。  組織の透明性は高まり、これから目ざすべき職務基準型の人事制度として注目されています。導入にあたっては、職務分析を行い、業務ごとの職務記述書(ジョブディスクリプション)を策定することが求められます。特徴としては以下の通りです。 ・業務責任を明確にし、従業員の役割意識を向上させることが期待できる。 ・賃金決定の基準の明確化のもとに公開されるものであり、従業員にとって公平性、納得性が期待できる。 ・職務に沿った人材の配置や採用を可能にさせる。  一方で注意すべき点もあります。 ・これまでの日本の人事制度で重視されてきた「計画的異動配置( ジョブローテーション)」や、長期間をかけての「多能化」にはそぐわないところがある。 ・職務記述書の定期的な見直しが求められ、運用がむずかしく煩雑になる。 ■職務記述書の策定  先述のように、職務等級制度では職務記述書の策定が前提となります。具体的には、職務ごとに、その成果は何か、具体的にどのような業務を行っていくのか、さらに必要なスキルや資格要件などを明確にしていくものです(図表1)。 (3)役割等級制度  近年日本企業で広まってきている制度です。職務内容そのものというよりも「になっている役割の大きさと期待度」に応じて該当する等級を定めるものであり、職務等級制度と比較してあいまいな余地は残るものの、変化の激しい現場に柔軟に対応できるのがメリットであるともいえます。職能資格制度と理念に陥りがちな職務等級制度との中間に位置し、日本の多くの企業でなじみやすい制度といえます。 3 「職能給」、「職務給」、「役割給」、「業績給」の違いとは  では等級制度に関連づけられる賃金をどうとらえるのか、要素ごとに見てみましょう。  図表2を見てわかるように、能力の高さ、および伸びた長さ(伸長度)を反映した「職能給」、担当する仕事の大きさ・職責など職務価値を反映した「職務給・役割給」、個々の責任に応じて反映される「業績給」(いわゆる成果給としての考え方)とに分けてとらえることができます。  等級に連動する賃金制度も三つのタイプに分かれます。 (1)職能給  職能資格制度に基づき、従業員のスキルや知識、能力水準に応じて賃金を設定するものです。年功・勤続功労的に陥りやすく、担当職務の大きさや職責と乖離する可能性を含んでいます。そういう意味では、若年層を中心に処遇の納得感を得にくいともいえます。いい換えると、新卒を中心とした一括採用を念頭に、結果というよりも成長プロセスを重視する日本ならではの企業風土になじんできたともいえます。  特に最初の段階は右肩上がりでアップしていくことになりますが、中堅の指導・監督職クラスになれば能力主義のもと、格差が拡大していきます。ただし職能給の設計と運用には年功的な要素を含んだ穏やかなものから、かなりメリハリをつけた実力強化型まで非常に幅広く、企業の実態に応じて独自のものとなります。  なお、図表2の左に位置する年功給(「本人給」などともいわれている)などの属人給(個々の従業員の属性に対して支給する賃金)は、以前は基本給に正式に組み込んでいた企業もありましたが、最近ではあまり見なくなってきました。これは、職能給のなかには、もともと年功的な要素も含まれているため、年齢給と職能給をダブルの年功で設定する必要がないとの考え方から見直した企業が多かったためと思われます。 (2)職務給  職務等級制度と連動し、従業員が担当する職務の付加価値に応じて賃金を決定する制度です。グローバル企業や外資系企業に多く、公的資格の裏づけがあるなどかぎられた専門職や定型職務が多い業態では有効ですが、職務評価をはじめとして運用がむずかしい面があります。  また、職務給は仕事の価値が上がればその時点から昇給、ダウンすればその時点から降給、変わらなければ維持というきわめて合理的で明瞭な賃金であるといえます。ただし、降給の場合には不利益変更の問題が出てくるので注意が必要です。 (3)役割給  役割給は職務給と同じ範疇に位置づけることができますが、異なる点としては、役割等級制度に対応し、職位など従業員に期待される役割責任の度合いや期待される成果に対応して賃金を決定するものです。大企業をはじめとして、日本の多くの企業が移行してきている方式で、設計、導入にあたっては職務給以上に柔軟性があり、経営環境に応じて変動しやすい人件費管理を含む人事マネジメントが運用しやすいのが特徴です。  また、職務給ほど精緻なものではなく、役職位に連動することも特徴としてあげられることから、管理職や専門職にも多く採り入れられています。ただし、配置や異動は会社が発令するものであることから、従業員への納得性とモラール維持の面での配慮が欠かせません。 (4)業績給  業績給は、全社もしくは対象となるグループ組織の業績(結果としての成果)について分析評価し、その業績のなかから対象者に支給すべき原資を決定し、貢献度(寄与度)に応じた一定の配分ルールのもとに分配される賃金です。このことからメリハリがつきやすく、また会社としては実際にあげた業績の一部を従業員に還元するという合理的な賃金であり、都度キャンセルされる(毎期毎期が不連続)ということが特徴です。役割給は担当する役割(仕事の価値)を評価して決定されるのに対し、業績給はその結果(アウトプット)を評価して決定されます。業績給は、年俸制を採る場合や賞与制度で採り入れられています。 4 「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の考え方  現在、人事制度の再構築において注目されているのが、「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」です。  ジョブ型雇用は、個々の職務内容を明確に定めるとともに、職位ごとに必要な人材を配置・採用・評価する方式です。欧米をはじめとして、グローバル企業では一般的であり、成果主義のもと職務重視の文化に適しているといえます。これに対し、メンバーシップ型雇用は、日本の従来型雇用慣行であり、「人:ヒト」に対して雇用契約を締結し、配置転換や育成を前提とする柔軟な制度です。OJT(On the Job Trai-ning)重視の社内専門職育成、中長期的な雇用安定、企業文化を醸成していくもので、ジョブ型と比較して、職務と賃金との連動性については薄いといえます。  現在、「ジョブ型」への関心は高まってきていますが、日本型雇用との乖離や法規上、実務上の課題を受けて、「役割型」など、折衷型の人事を模索する企業が多いといえます。 5 高齢従業員にも対応可能な等級制度  超高齢社会の進展にともない、定年延長や再雇用者の戦力化が大きな課題となっています。等級制度の運用においても、高齢従業員に対して「役割の明確化」と「処遇の納得性」を両立させる必要が出てきています。  特に再雇用者に関しては、次のような視点が重要となります。 @年功的賃金のリセット  職能資格制度をそのまま適用すると、再雇用後も「過去の評価」の延長での処遇に陥りがちなため、あらためて職務・役割基準で再格付けを行うことが求められます。 A多様な選択肢の用意  高齢従業員が自身の健康・生活状況に応じて、短時間勤務や限定業務などの選択可能な勤務制度に対応した、柔軟な制度設計が求められてきています。 B評価制度とリンクしたうえでの密なコミュニケーション  再雇用者などへの等級・処遇変更にあたっては、具体的な職務基準および評価基準を明示するとともに、納得がいくようなていねいな説明が不可欠であるといえます。 6 まとめ  等級制度の見直しは、人事制度改革の中核となり、従業員の成長、納得感、組織の生産性向上に直結するものです。特に中小企業では、経営層による方針の明確化のもとに、「できるところから段階的に進めていく」ことを念頭に、足元をしっかりと見すえた導入しやすい制度の設計が不可欠であるといえます。 図表1 職務記述書の項目例 項目 内容 職務 営業部長、製造課長、経理係長、技術主任など 所属部署 部門名・部署名(営業部、経理課、開発部など) 職位・等級 組織上の職位、職務等級、グループリーダークラスなど 職務の役割使命 職務の目的や意義 主な職務内容 職務の中心業務について、重要度や頻度など 副次および補助業務 必要なサポート業務など 権限と職責の範囲 意思決定や予算・人事管理などの範囲と基準 上司および部下 上司の役職位、部下の人数や構成など 社内外の関係者との連携 関係部署・顧客・仕入先など 業績指標 担当職務の成果を測定するにあたっての基準 職務で求められる知識・技能・資格・経験など 業務遂行に必要な学歴・知識・公的資格・業務経験など 職務上の行動特性 職務上求められる能力、特性(問題解決力、対人折衝力など) 労働条件の特記事項 勤務地、勤務時間、時間外、休日、出張(国内外)、危険業務の有無など 更新履歴・作成日・作成者 作成、更新日、作成の部署・責任者など ※筆者作成 図表2 賃金の要素 賃金から見ると… 川上から川下へのシフト 年功給 (年齢給・勤続給) 〈属人的要因〉 年齢や勤続が高く、長くなったことに対して支払う 職能給 職務給・役割給 業績給 〈仕事をする人〉→〈仕事の過程〉→〈仕事の結果〉 能力が高くなったことに対して支払う 担当する仕事の価値に対して支払う 期間ごとの成果に対して支払う ※筆者作成 コラム 職能と職務の違いは何か  職能資格制度でいう“職能(職務遂行能力)”と職務等級制度でいう“職務”の違いとはいったい何なのでしょうか?スーパーの鮮魚コーナーを例に考えてみましょう。  図表を見てもわかるように、突き詰めると、両者の違いは必ずしも明確なものではないともいえます。“職務”の運用にあたっては、例えば、見習い段階として補助的業務に就いている場合や、人手不足のために担当させざるを得ない場合はどうとらえるべきかなどの問題がでてきます。すなわち、純粋に“職務”だけを見ても不十分であり、「〜のような支援が求められる」など、“職能”を含めて実態をとらえることが必要になってくるといえるでしょう。  これらのことから、職能基準ではあまり問題にならなかったことが、職務基準については、動機づけの面からも納得できるように客観的で合理的な基準(職務記述書)の策定が求められるといえるのです。 図表 職能と職務の違い (スーパーの鮮魚コーナーの例) 切り口 職能 職務 基本基準 魚を3枚におろすことができる 魚を3枚におろす業務を現在になっている 着眼点 どのくらいできるレベルにあるのか(抽象的であいまいになりがち) どのくらいの職務価値があるのか(個別具体的で比較可能なように客観性まで求められる) 基本賃金 職能給 職務給 課題 職務の実態から外れることもあって、年功(勤続功労)に流される傾向にある 「〜ができるのに、現在担当させていない(いわば宝のもちぐされ現象)」ことや「〜がまだ十分できないのに担当させる」こともある ※筆者作成 解説4 代表的な評価制度 株式会社パーソネル・ブレイン 代表取締役 社会保険労務士 二宮孝 1 これからの人事評価制度  日本の企業における評価制度は、長年にわたり年功序列型の集団管理的な人事制度を基盤においたものでした。  しかしながら、ここにきて「働き方の多様化」にも対応した職務基準に則った客観性と組織貢献度を重視する評価への移行が進みつつあるといえます。  また、高齢者の積極的な雇用を進めていくにあたり、トータル人事制度のなかでも評価制度がこれまで以上に重要になってきています。あわせてこれからの評価は、人材の定着化を推し進め、個々の従業員にとっては自らの成長が実感できる評価が求められてきているともいえます。 2 評価制度の設計 (1)設計の基本  評価制度の設計にあたっては、経営の見える化のもとに、人材ビジョンを明確にすることから始める必要があります。次に評価の枠組みを、例えば成績と職務行動および能力の切り口から区分したうえで設計します。成績は担当職務からみて期待される成果そのものをとらえるものです。  これに対して職務行動はプロセスの評価であり、成果に至るまでの途中の経過を、期待される人材からの行動特性などから追ってとらえます。また、成績と職務行動は一定の評価期間からとらえるのに対し、能力はその時点での能力の開発レベルを評価するもの、すなわち定点観測といってよいでしょう。 (2)評価要素の構成  評価制度でいう評価要素については、以下に分かれます。 @成績・業績  “成績”は、評価期間中の担当職務の遂行度を評価するものです。シンプルにみれば、量的な見地×質的な見地でとらえるという方法が考えられます。また、成績のなかでも直接成果として付加価値の大きさまでとらえたのが“業績”となります。  なお、管理職など上位職については、成績のウエイトを高く設定しています。 A職務行動−業務プロセス  成績を補足的にとらえる項目で、業務の進展の度合いをみるものですが、職掌(渉外営業や技術開発など、職種を大括(おおぐく)りにした人事管理上の区分)ごとに整理したうえで具体的にとらえます。  B職務行動−勤務態度(姿勢)  文字通り、仕事に取り組む態度、姿勢を評価するものです。日常的な職務行動を観察したうえで評価を行います。  例えば、組織内であらかじめ定められたルールを守ったかどうかの「規律性」がありますが、昨今では「コンプライアンス」の観点から重視されるなど、職務の変化とあわせてその時代に何が求められているかによっても変化してきています。ほかにも、リスキリングが重視される時代において、マンネリに陥らずつねに高い目標課題に取り組む「向上心(改善意欲)」や、これまで経験した業務の習熟のみに限定されることなく、自らスキルアップに励む「自己啓発意欲」などが注目されています。また、高齢社員に対しては、唯我独尊に陥らず、組織運営が円滑に行われるための「チームワーク」がいっそう期待されてきています。 (3)能力  ほかの評価要素が比較的短期でとらえるのに対して、中長期的な広い視野に立って、本質的な実力がどの程度のレベルかを測るのが能力評価です。管理職や専門職などの上位職については、適性をとらえ、昇格・昇進への活用を中心に運用されています。一方で、社会人経験が浅い従業員については、能力開発と動機づけの面から実施されています。いずれにしても、職掌・等級別の期待基準からの絶対評価が求められるところです。 3 業績評価と目標管理  “目標管理”(management by objective;MBO)は、P・F・ドラッカーが著書『現代の経営』のなかで提唱したのが始まりといわれています。従業員が自己の担当する職務について具体的な目標を設定し、その成果を評価するもので、従業員の自己評価が重要とされ、達成に向けて動機づけを図る制度とされています。  目標管理における“目標”とは、従業員自らも目標設定の段階から参画し、理解し納得したうえで設定した科学的な手法で導かれた目標値でなくてはなりません。  一方で、従来の目標管理は、「数値目標中心」、「一方的な上意下達」、「評価のためだけの制度」に陥りがちになってきていることも否めないところがあります。これらのことをふまえ、これからの目標管理制度は、次の観点からの見直しが求められています。 @組織貢献度について注目すること  個々の業務目標は、部門や全社の方針と整合し、相互に補完するものでなければなりません。 A定性的成果も採り入れること  単に数値目標に終始するだけではなく、より広く定性的な成果としてもとらえます。 Bコミュニケーションを重視すること  面接制度のもと、期末時点の評価だけでなく、目標設定面接→中間進捗状況面接→達成度評価面接などの段階を設け、上司や部下との対話をより重視していく必要があります。  なお、特に高齢社員に対しては、個々の業績に留まることなく、メンター的役割や若手の支援、育成など、チーム貢献を重視した目標設定が望まれているといえます(24ページ図表1、図表2)。 4 職務行動評価とコンピテンシー (1)職務行動評価  職務行動評価のための基準策定にあたっては、「コンピテンシー(行動特性)」が中心になってきました。これはアメリカにおける行動心理学から発生したもので、成果に導くための「行動」そのものに焦点をあてた評価手法です。すなわち、平均者よりも実際に高い成果をあげている優秀者の行動をものさしとすることで、人というよりも、成果からみた代表的な行動に注目し、これにともない、「〜する・〜している」という具体的な行動基準レベルで目に見える形でとらえるとともに、階層や職種ごとに必要な特性を選択のうえ限定化したものです。  コンピテンシー評価の導入・再設計にあたっては、以下の視点が重要となります。 @階層別・職種別に定義された行動モデルの明確化  例えば管理職などには「意思決定力」や「部下育成力」、一般職には「顧客対応力」や「協働姿勢」といったように、求められる行動を職責に応じて明らかにします。 A評価の精度向上  役割に応じた行動の実現度合いを公平、公正に評価し、評価者による主観のばらつきを抑えるためには、評価者研修と、一次評価者より上位の二次、三次評価など複数評価者による相互のチェックが欠かせません。  なお、行動評価は、成績評価とあわせて運用することで、双方の関係からとらえることにより納得性が高まるとされています(図表3)。 5 360度評価 (1)360度評価とは  360度評価は、上司、同僚、部下、顧客など複数の視点からの多面的評価を行うもので、従来の偏りがちな評価を補完し、スキルや行動傾向を広く把握することが目的です。また、従業員自身と他者の認識のギャップを明らかにし、PDCAサイクルからの自己成長を促進することが期待でき、リーダーシップやマネジメント能力を評価することにより、人材育成計画や後継者選抜にも活用することができます。  実際に360度評価に関心をもつ企業は多いですが、一方で、導入において配慮すべき点も少なからずあります。 @バイアス発生のリスク  個人的な好き嫌い、なれ合いからの相互の高い評価など、正当でないバイアスが発生することを前提におく必要があります。 A負担と運営コストのリスク  説明会から実施、集計、フィードバックなど人事部門と当事者の負担が大きくなります。 B心理的ストレスのリスク  批判的な意見が匿名で発せられることになり、不安と疑念が生じやすくなります。 C実態と乖離のリスク  評価者が対象者と接触の少ない場合や、評価者の評価能力や偏りなどもあらかじめ考慮する必要があります。 (2)360度評価導入の留意点  リスクが大きいために以下に留意する必要があります。 @目的と対象の明確化  何のために360度評価を行うのかを明らかにし、目的に応じた項目を設定することが求められます。 A評価者の選定  評価者による偏った評価を避けるための選定および説明会の実施とあわせて匿名性の担保を確保することが求められます。 B運用設計の工夫  回答者選定の基準設定を始め、集計・分析のシステム化が求められます。 Cフィードバックとフォロー  結果報告を受けて、適正な解釈のもとに面談を通じての支援や行動計画の策定から、実効性をもたせるものです。  一方で、昇給や賞与などへ直接反映すること(賃金査定)は、導入当初の段階では避けることが肝要です。また、再雇用者を含む高齢社員にも適用する際には、後輩からの評価が中心になることもあり、双方の理解が得られ、円滑に進めていくために評価範囲やフィードバックにあたってさらなる工夫が求められるところです。 6 まとめ  評価制度は、導入して終わりでは決してなく、「運用」を重ねたうえでの柔軟な「見直し」が重視されます。このために、以下の点に留意する必要があります。 @組織文化と整合させること  制度だけが先行すると形骸化します。現場の管理職や従業員が制度の趣旨を理解、納得し、日々の職務行動に活かす仕組みと、このためのマニュアルなどの整備が欠かせません。 A評価者研修の定期的実施  評価者には、行動を逐次観察する能力をはじめ、部下とのコミュニケーションスキル、フィードバック技術などが広く求められてきます。定期的な研修やケーススタディを通じて評価能力を高めていくことが重要です。 B高齢社員を含む多様な人材への対応  役割・等級の明確化に加え、多様な働き方(短時間勤務、副業・兼務、在宅勤務など)にも配慮した評価基準の策定が求められます。 C評価のPDCAサイクル  制度導入後も必要な見直しをいとわず、制度の運用状況や社員の納得度、業績との関連性におけるフォローが欠かせません。「戦略的な人事」を進めるためには、評価制度の見直しを継続し、評価制度の効果を高める姿勢が重要となります。  以上、人事評価制度は企業の持続的な成長と働く人々の活躍を支える戦略そのものであるという認識をもつ必要があります。これからは、多様な人材がそれぞれの能力を最大限に発揮し、組織に貢献できるような効果的な評価制度となるよう目ざすとともに、これを的確に運用していくことが、これからの人事制度のキーファクタ―になってくるといえるでしょう。 図表1 目標設定例 目標 達成すべき水準 達成方法など 営業部門 担当売上高の達成 受注額/△千万円 ○○;△△千万円 ○○;△△千万円 ○○;△△千万円 省略 新規訪問件数の達成 訪問件数/50件 うち見積もり提出まで15件とする キャンペーンの達成 ○○/200件 ○○/150件、その他/△△件 間接部門 ○○業務におけるミスを発生させないこと 通常、一般的に起こりうる軽微な業務ミスを◇%削減するとともに、重大なミスを発生させないこと ○○業務における期限を順守すること 期限の半月の余裕をもってすべて完了させること ○○調査に関する分析、報告 ○月中旬までプロジェクト委員会に諮り、了解を得ること ※筆者作成 図表2 目標管理を形骸化させない取組み例 (リーダークラス以上への通知から) ※以下について「必須課題」とし、必ず目標のなかに1題以上設定してください。 @業績に直結するもの(特に営業職)。 A新技術の開発や新規開拓に関するもの。 B改良、改善、業務の効率化に関するもの。  …技法・手続き・実行手順を見直したうえで、新たなとらえ方で業務を進める場合。 C顧客満足度の向上に結びつくもの  …管理部門や間接部門では、社内の各部門を顧客としてとらえてみてください。 ※筆者作成 図表3 コンピテンシー評価例(指導、助言) レベル 視点 行動例 レベル1 チームの一員としての助言 新人やアルバイトなどに対して、自ら得た知識と経験から日常定型業務の一部について助言を行っている〜 レベル2 チームの先輩格としての助言 後進に対し、必要に応じた助言、指導を行っている〜 レベル3 グループのリーダーとしての助言、指導 指導職として日常的な業務指導を行っている〜 レベル4 マネジメント的視点からの指導、育成 これまでの豊富な経験を広く活かせる指導役として後進の指導、育成にあたっている〜 レベル5 部門横断的視点からの包括的、専門的な指導、育成 部下の業務指導はもとより、スキルアップやキャリア形成の任にあたっている〜 ※筆者作成 解説5 在職老齢年金・高年齢雇用継続給付と賃金の調整 社会保険労務士法人かわごえ事務所 代表社員 川越(かわごえ)雄一(ゆういち) 1 はじめに  60歳以上の高齢社員の継続雇用を考えた場合、まず思い浮かぶのが公的給付としての「在職老齢年金」と「高年齢雇用継続給付」制度です。この二つの制度は受ける賃金額や制度間での支給調整が行われます。  本稿では二つの制度についての仕組み、受給のための手続きなどについて解説します。 2 在職老齢年金  在職老齢年金は、勤務先で厚生年金保険に加入しながら(在職中)、老齢厚生(退職共済)年金を受給している方について、賃金(報酬)と年金の合計額が一定額を超えると、年金の一部または全部が支給停止される制度です。 ●賃金と年金額で調整される(図表1)  賃金と年金額の合計額が51万円(2025〈令和7〉年度)を超えると、超えた額の2分の1の年金が支給停止されます。51万円以下であれば年金は全額支給されます。ここでいう賃金とは、毎月の賃金(標準報酬月額)に、その月以前1年間に受けた賞与(標準賞与額)を12で割った額を足した額で、「総報酬月額相当額」といいます。  また、年金額とは、老齢厚生年金(年額)を12で割った額(加給年金は除く)で、「基本月額」といいます。年金支給停止額を計算式にすると「(総報酬月額相当額+基本月額−51万円)×2分の1」になります。例えば、「総報酬月額相当額」が45万円、「基本月額」が8万円であれば、1カ月あたり1万円の年金が支給停止になります※。 ●在職老齢年金額の変更  在職老齢年金における支給停止額は「総報酬月額相当額」と「基本月額」により決まりますから、これら二つが変わると支給停止額が変更になります。  「総報酬月額相当額」のうち、毎月の賃金をもとにした標準報酬月額は毎年4・5・6月に受けた賃金額の平均、および昇給などがあった月以降3カ月間に受けた賃金額の平均により改定されます。  また、65歳以後も在職中の場合、年に一度9月1日を基準日として、直近1年間の被保険者期間を反映して年金額が再計算され、毎年10月分から改定されます。これを「在職定時改定」といいます。なお、在職中に70歳に達して厚生年金保険に加入しなくなった場合は、9月1日を待たずに年金額が改定されます。 ●在職老齢年金の対象者  老齢厚生年金を受給しながら厚生年金保険に加入している人が対象です。老齢厚生年金の支給開始年齢は段階的に引き上げられており、男性は1961(昭和36)年4月2日以降、女性は1966年4月2日以降に生まれた人は原則として65歳からの支給になります。そのため、今後は原則として65歳以上の人が対象になります。また、2007年4月1日以降は、厚生年金保険の加入要件を満たしながら働く70歳以上の人も、年金には加入しませんが、在職老齢年金の仕組みが適用になっています。 3 高年齢雇用継続給付  高年齢雇用継続給付は、賃金が60歳到達時等に比べて一定以上低下した雇用保険被保険者に対して支給される給付金です。自社で定年後に再雇用された人向けが「高年齢雇用継続基本給付金」、失業給付等を受給後に再就職した人向けが「高年齢再就職給付金」です。 ●制度の仕組み(図表2)  高年齢雇用継続給付は、雇用保険の被保険者期間が5年以上ある60歳以上65歳未満の雇用保険の被保険者に対して支払われる賃金額が、60歳到達時等の75%未満となった場合に支給されます。支給額は、60歳以降に受けた賃金額の最高10%に相当する額です。ただし、2025年3月31日までに高年齢雇用継続給付の受給資格要件を満たす人の支給率は最高15%です。  60歳到達時等の賃金月額とは、原則として、60歳に到達する前6カ月間の総支給額(賞与は除く)を180で割った賃金日額の30日分の額です。ただし、上限額、下限額があります。  60歳以降の賃金とは、支給対象月に支払われた賃金(賞与を除く)です。支給対象月は、原則として60歳から65歳までの期間内にある各暦月(初日から末日まで被保険者であることが必要)です。 ●受給対象と受給手続き  受給対象は次の要件をすべて満たす場合です。@60歳以上65歳未満の一般被保険者であること、A被保険者であった期間が5年以上あること、B原則として60歳到達時等と比較して、60歳以降の賃金が60歳到達時等の75%未満となっていること、です。高年齢再就職給付金については、加えて、再就職の前日における基本手当の支給残日数が100日以上あることなどです。  受給手続きは、原則として事業主が2カ月に一度、管轄のハローワークから指定された月に支給申請書を提出します。 ●在職老齢年金と高年齢雇用継続給付の調整  65歳未満で在職老齢年金の支給を受けながら、同時に高年齢雇用継続給付の支給を受けている期間については、高年齢雇用継続給付の給付額に応じ年金の一部が支給停止される場合があります。停止率は、「標準報酬月額÷60歳到達時等の賃金月額」の低下率が64%以下の場合に標準報酬月額の最高4%(2025年3月31日以前に高年齢雇用継続給付の受給資格要件を満たす人は6%)です。そして、低下率が大きくなるにつれ停止率は徐々に少なくなり、75%以上になると支給停止はなくなります。 ※ここで取り上げている調整額は2025年度のものです。法改正により、2026年4月よりこの調整額は引き上げられる予定です 図表1 在職老齢年金の年金支給停止の仕組み 超過額の1/2停止 年金支給停止額 51万円 総報酬月額相当額 老齢厚生年金 (基本月額) 支給停止対象外 加給年金(*) 老齢基礎年金 対象となる賃金・年金の範囲 *老齢厚生年金が支給(一部支給)される場合、加給年金額は全額支給されるが、全額支給停止される場合、全額支給停止となる。 ※筆者作成 図表2 高年齢雇用継続給付金の基本的な支給イメージ 60歳 65歳 60歳到達時等の賃金月額 75%未満に低下 60歳以降に支払われる賃金 給付金=賃金低下率に応じた支給率を掛けた額 ※筆者作成 解説6 退職金の基礎知識 社会保険労務士法人かわごえ事務所 代表社員 川越雄一 1 はじめに  退職金制度は高齢者等の退職者を対象にしますが、若年者にとってもいずれは訪れることであり他人事ではありません。ですから、退職金制度を整備しておくことは、若年者にも安心感を与え、そのことが定着率を高めることにもつながります。  本稿では、高齢者雇用を見すえた退職金制度見直しのポイント、退職金制度の種類と用語などについて解説します。 2 退職金制度見直しの考え方  退職金制度は法律上の義務ではありませんが多くの企業で導入されています。おもに退職一時金と退職年金ですが、一般には前者が多いと思います。 ●退職金(退職給付)制度の現状  厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、退職給付(一時金・年金)制度のある企業割合は74.9%となっています。企業規模別にみると、「1000人以上」が90.1%、「300〜999人」が88.8%、「100〜299人」が84.7%、「30〜99人」が70.1%となっています。また、退職給付制度がある企業について、制度の形態別の企業割合をみると「退職一時金制度のみ」が69.0%、「退職年金制度のみ」が9・6%、「両制度併用」が21.4%となっています。 ●70歳まで働く時代の退職金制度  多くの企業の退職金規程は60歳定年を想定したものになっているのではないでしょうか。しかし、いまは高年齢者雇用安定法において65歳までの雇用機会の確保(義務)、70歳までの就業機会の確保(努力義務)が課されていることもあり65歳くらいまでは普通に働いている時代です。人手のない中小企業では70歳超のバリバリ働く従業員もめずらしくありません。そのような人たちに、「やればやっただけのことはある」と感じていただく工夫も必要です。 ●高齢者雇用を見すえた退職金制度見直し  退職金制度は定年年齢と連動させておくことが重要です。定年年齢は引き上げられているのに、退職金制度では引き上げられた期間の部分が曖昧だったりするとトラブルになりかねません。定年年齢は従来のままでも、いまのように70歳までなんらかの形で継続雇用となる時代はなおさらです。  具体的には、退職金支給は定年時なのか、それとも継続雇用を経て実際の退職時なのか、定年後の継続雇用期間は退職金に反映させるか、というようなことが明確でない場合は見直しが必要になります。仮に、見直し前より条件が悪化する場合は、見直し時点での既得権保証、経過措置期間などを設け、基本的には各人ごとに同意を得て行います。 3 退職金制度の種類、制度間の違い、活用の仕方  退職金制度は、支給の仕組みに加え、その支給原資・形態をどうするかが重要です。確定給付や確定拠出など、ニュースではよく見聞きしますが、実際にはどういうものなのか、それぞれの違いなどを簡単に解説します。 ●退職一時金と企業年金の違い  退職一時金とは、従業員が退職する際に一時金の形で支給される一般的な退職金制度です。多くの場合は勤続年数ごとに基本給等の何倍というように支給率を定めたり、金額そのものを定める方式があります。  一方、企業年金(3階部分)とは、企業が従業員の退職後の生活のために設ける年金制度のことをいいます。公的年金制度である国民年金(1階部分)・厚生年金保険(2階部分)に上乗せして実施します(図表)。 ●企業年金等はおもに3種類  法律で定められている企業年金等には、おもに@確定給付企業年金、A確定拠出年金、B中小企業退職金共済があります。また、確定給付企業年金の一種として厚生年金基金がありますが、2014(平成26)年4月以後、基金の新設は行われませんからここでは解説を省略します。  @確定給付企業年金(DB)は、厚生労働省が管轄する企業年金制度で、あらかじめ受け取る給付額が約束されているということから、確定給付と呼ばれています。なお、実施形態から大きくは「規約型」と「基金型」の二つがあります。  A確定拠出年金(DC)は、拠出された掛金とその運用益との合計額をもとに、将来の給付額が決定する年金制度です。事業主が掛金を拠出する「企業型」と、個人で加入し掛金を拠出する「個人型(iDeCo)」の二つがあります。  B中小企業退職金共済(中退共)は、中小企業のために設けられた退職金制度(給付は原則一時金)です。厚生労働省が所管する「独立行政法人勤労者退職金共済機構 中小企業退職金共済事業本部」が運営を行っています。 ●中小企業退職金共済制度の活用  中小企業退職金共済制度は、いわゆる確定拠出型の退職金制度です。企業型確定拠出年金制度に比べて管理が簡単、国が掛金の一部を助成、ほかの企業年金と違い給付に年齢制限がないなどメリットも多く、中小企業の退職金制度として導入率も高くなっています。  反面、企業が導入をためらう理由として、退職金が従業員に直接支払われる、掛金納付が11カ月以下だと退職金が支給されず掛金も返戻(へんれい)されない、掛金減額のハードルが高い、といった制約もあります。しかし、このような制約があればこそ、公正な退職金制度が維持できるのだと思いますし、そのようなことが従業員の会社に対する信頼を高めることになります。 図表 おもな企業年金制度 3階部分 企業年金(私的年金)等 タイプ 確定給付型 確定拠出型 仕組み 受け取る給付額が確定 拠出額(掛金)が確定 年金の種類 確定給付企業年金(DB) 確定拠出年金(DC) 中小企業退職金共済 規約型 基金型 企業型 個人型(iDeCo) 加入対象 会社のルール(厚生年金の被保険者) 基金のルール(厚生年金の被保険者) 70歳未満の厚生年金保険被保険者 70歳未満の国民年金被保険者 原則として全従業員(公的年金の加入要件なし) 掛金負担 会社のルール 基金のルール 原則事業主 加入者本人 事業主 給付金の受け取り 原則60歳以降 原則60歳以降 原則60歳以降 原則60歳以降 年齢関係なし 2階部分 公的年金 厚生年金保険 1階部分 国民年金(基礎年金) ※筆者作成