高齢者の職場探訪 北から、南から 第156回 石川県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 「バス一筋」のベテランが集結生きがいを育む地域密着型バス会社 企業プロフィール 滋賀交通グループ ののいちバス株式会社(石川県野々市(ののいち)市) ▲創業 2003(平成15)年 ▲事業概要 一般旅客自動車運送事業 (コミュニティバス・スクールバスの運行)、一般貸切バス ▲社員数 37人(うち正社員15人) (60歳以上男女内訳) 男性(29人)、女性(0人) (年齢内訳) 60〜64歳 3人(8.1%) 65〜69歳 8人(21.6%) 70歳以上 18人(48.6%) ▲定年・継続雇用制度 定年65歳。希望者全員70歳まで継続雇用。70歳以降は年齢制限なく1年ごとに再雇用  石川県は日本列島のほぼ中央、日本海に面し、能登半島と加賀平野から成り立つ自然豊かな地形が特徴です。県内には、輪島塗(わじまぬり)、山中漆器(やまなかしっき)、加賀友禅(かがゆうぜん)、九谷焼(くたにやき)など36品目の伝統的工芸品があり、古くから伝わる伝統工芸の技を活かし、最近では新しいライフスタイルに合ったモノづくりに力を入れています。  おもな産業としては、機械・繊維・食料品製造が盛んで、全体の約8割を占めています。ブルドーザーなどの建設機械をはじめ、液晶、電子計算機部品、菓子や清酒などのほか、漆器や金箔、陶磁器など、全国的にも有名な産業がたくさんあります。また、製造業においては、経験豊富で高い技術を持つ高齢の職人が多く活躍しています。  JEED石川支部高齢・障害者業務課の芦澤(あしざわ)真(まこと)課長は同支部の取組みについて、「当支部は、労働局や県庁などが近隣に所在していることもあり、各関係機関と連携を図りながら高齢者雇用支援業務を行っています」と話します。  同支部で活動する西川(にしかわ)達也(たつや)プランナーは、食品メーカーでの営業職を経て社会保険労務士に転身。2012(平成24)年からJEEDの相談・助言活動に携わっており、企業の課題に寄り添い、具体策の提案や実現支援を行っています。健康・体力・安全の相関関係を重視し、「エイジアクション100※」や事例集などを用いて改善提案に取り組んでいます。今回は西川プランナーの案内で「ののいちバス株式会社」を訪問しました。 無理なく働き続けられる高齢者にやさしい職場環境  ののいちバス株式会社は、2003年に設立。同年に野々市市のコミュニティバス「のっティ」の運行を開始するとともに、シャトルバス「のんキー」や小学校のスクールバスの運行を通じて、地域に根ざした公共交通をになっています。  従業員数37人のうち、60歳以上の高齢社員が29人を占めており(2025〈令和7〉年7月1日現在)、平均年齢は67歳と、高齢社員が屋台骨を支えている会社です。特にスクールバス運行においては70代のドライバーが、事業の主力として活躍しています。  同社取締役支配人の的場(まとば)哲之(てつゆき)さんは、「小学校のスクールバスの運行は、朝と夕方の通学時間に合わせて行われ、6時〜6時30分ころに出勤し、8時前には学校に到着、子どもたちを降ろして一度退社します。午後から下校対応のために再び出勤し、遅くとも16時〜16時30分ころには業務を終え退社します」と説明します。  これを受けて西川プランナーは、「この勤務形態は、高齢者の『朝に強い』という特性に合致しています。身体的な負担が少ないことも高齢者が活躍している大きな特徴だと思います」と納得していました。  同社の定年は65歳となっており、希望者全員を70歳まで継続雇用する制度を、2023年に導入しました。  「それ以前より、健康であれば年齢に関係なく働き続けている実態があり、定年後も元気に働く高齢社員が活躍していたため、より安心して働けるよう制度化しました。70歳以降は、1年ごとの更新となりますが、よほどのことがないかぎり会社から退職を求めることはありません」(的場支配人)  世間一般では、ドライバーの離職率が高い傾向にあるといわれるなかで、同社の離職率は非常に低いそうです。その要因について的場支配人は、「高齢社員の退職理由は、年齢による体調不良が多い傾向にあります。当社では長距離運転や夜間勤務がほぼなく、スクールバスや地域密着型のコミュニティバスがメイン業務ですので、高齢のドライバーでも無理なく働くことが可能です」と語ります。  さらに、業務の内容自体が人とのつながりを生み出し、それが働きがいにもつながっているといいます。同社では、担当車両や運行コースを固定しているため、運転手は子どもたちの名前を自然と覚え、小学校6年間にわたって成長を見守り、中学校の部活動送迎で再会することもあるそうです。コミュニティバスでは常連客も多く、ドライバーと地域住民の間には温かな関係が育まれています。  このような地域に根ざした仕事は、高齢社員にとっての「生きがい」にもなっており、子どもたちの元気な顔を見ることが働くモチベーションにつながっています。  ちなみに、同社の新たな人材の採用は、現役ドライバーからの紹介が約9割を占めているそうです。他社で定年を迎えたベテランドライバーも多く、以前の会社の同僚として紹介されると、会社側も安心して採用することができ、また社員が「居心地のよい会社」と感じているからこそ、知人を安心して紹介できる好循環が生まれています。  今回はバス業界で長く働き、豊富な経験を持つ3人にお話をうかがいました。 ベテランドライバーのプロ意識と会社愛  柿ア(かきざき)勝義(かつよし)さん(82歳)は、同社の最高齢社員。74歳で入社し、今年からは運行管理補佐として勤務しています。週に3〜4日、6時から13時30分までのパートタイム勤務です。  かつては他社で観光バスの運転を経験し、同社入社後は、スクールバスの運転手として活躍していました。走行中に座っていられない児童たちの安全確認や忘れ物に特に気を配っていたといいます。  「子どもははしゃぐし、家の鍵や水筒など、座席に忘れ物をすることも多いので、乗車・降車の確認や忘れ物のチェックを徹底していました」と、柿アさん。  子どもたちが降車する際には、必ず「ありがとうございました」と伝えてきたそうで、お客さまへの感謝の気持ちを大切にしてきた柿アさんの仕事への姿勢がうかがえます。  現在は、車両点検やタイヤ交換、車検のための車両運搬などを担当し、「自分から仕事を探し、車庫内の掃除や整理整頓を心がけること」を大切にして、少しでもドライバーの負担が減るよう心を配っています。  森下(もりした)幸二(こうじ)さん(74歳)は、ほかのバス会社を定年退職後、同社に68歳で入社し、週5日、スクールバスや貸切バスを運転する現役ドライバーです。国鉄バスで働いていた父親の影響から、バスへの憧れを持ってこの道に進みました。「子どものころからの憧れをかなえたことが何よりもやりがいになっています。私はバス一筋でやってきました」と誇りを持って語ります。森下さんはドライバーだけではなく、管理部門の輸送課や営業課、営業所長など多様な業務経験があります。運行管理や運転手への指導を行い、公共交通で社会的に大きな事故が起きた際には、所属する会社の風評被害やトラブル防止に努めました。その知識と経験をいまの職場で活かして働いています。  森下さんは、「安全運転と防衛運転を最重要視しています。事故を起こさない・起こさせない・巻き込まれない。安全運転を徹底し、会社が必要とするかぎり働きたいです」と語ってくれました。  川原(かわはら)一男(かずお)さん(70歳)は、森下さんの紹介で68歳のときに入社し、いまも週5日フルタイムで勤務する現役ドライバーです。20年以上無事故を続け、以前の職場では表彰も受けました。にこやかで明るい笑顔が印象的な川原さんですが、その安全運転へのこだわりは徹底しており、「いま事故を起こさないことが、1秒先、2秒先の安全にもつながります」と強い信念を持って話します。  「20代のころに経験した大きな事故が、この強い安全運転への意識につながっています。あのとき事故を経験しなかったら、いまの自分はありません」と過去と現在をかみしめるようにして語りました。現在、小学校低学年のスクールバスを担当し、車内で動き回る子どもたちへの注意を怠らず、「運転手兼子守り」のような役割も果たしています。「会社に必要とされ、活かしてもらえることがやりがいです」と笑顔で締めくくりました。  同社の女性ドライバーの一人、粟村(あわむら)英美(えみ)さんは、「健康とやる気があれば年齢に関係なく働き続けられる会社だと、みなさんを見ていて実感しています。同じようにこの先長く働きたいので、最近は健康に気を使うようになりました」と話し、3人の働く姿に刺激を受けて将来に向けた取組みを行っているそうです。 よい現状を守り、次につなげる  今後の方針について、的場支配人は「現状を維持し、従業員の雇用を守って、“地域の足”としての役割をになっていくことを最重要課題として考えています。市との連携を密にし、地域からの要望に応えつつ、無理なく持続可能なサービスを提供していく方針です」と、いまのよい流れと社内外の関係性に誇りをにじませていました。  西川プランナーは、「ののいちバスには大きな課題もなく、理想的な経営状況です。特に社員と経営陣の強い信頼関係が印象的でした。ベテラン社員は他社でつちかった経験を活かし、会社愛を持って働いています。各々が経験を共有し、会社をよくしようとする意識が感じられました」と評価。今後は、同じ業務をこなせる高齢社員を複数配置することで、急な欠勤にも対応できる“弾力性”を高めることが危機管理強化にもつながると提案していました。  同社では「健康であるかぎり、働き続けることができる」という考えと風土が定着しています。高齢社員が安心して活躍できる風土が、ののいちバスの持続力と地域貢献を支えています。 (取材・西村玲) ※エイジアクション100……高年齢労働者の安全と健康確保のための100の取組み(エイジアクション)を盛り込んだチェックリストを活用して、職場の課題を洗い出し、改善に向けての取組みを進めるための「職場改善ツール」。中央労働災害防止協会が開発した 西川達也 プランナー アドバイザー・プランナー歴:13年 [西川プランナーから] 「企業訪問では、率直に困りごとを聞いています。具体的な問題がないようでも、事業所が自覚していない潜在的な課題を引き出すよう努め、浮き彫りになった課題は他社の事例やJEEDの資料を活用して具体的な解決策を提示しています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆石川支部高齢・障害者業務課の芦澤課長は、西川プランナーについて、「特定社会保険労務士として専門的な知識を有しており、特に賃金・退職金管理や健康・安全衛生管理を得意分野とし、13年間にわたり当支部で活躍しています。明るく親しみやすい人柄とフットワークの軽い行動力で精力的に業務に取り組んでおり、とても頼りになる存在です」と話します。 ◆石川支部高齢・障害者業務課は、金沢駅から日本海側に向かって約5kmのところにある石川職業能力開発促進センター内にあります。同支部から3km圏内にある金沢港にはクルーズターミナルがあり、日本のみならず、さまざまな国のクルーズ船が寄港し、高い利便性を誇っています。 ◆同県では、6人のプランナーが活動しており、多様な専門性や豊富な経験を活かし、県内事業所のニーズに応じた相談・助言活動を展開しています。2024年度は352件の相談・助言活動を行い、78件の制度改善提案を実施しました。 ◆相談・助言を実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●石川支部高齢・障害者業務課 住所:石川県金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 電話:076-267-6001 写真のキャプション 石川県野々市市 ののいちバス株式会社本社 的場哲之取締役支配人 左から柿ア勝義さん、粟村英美さん、森下幸二さん、川原一男さん