知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第86回 長期にわたる有期雇用労働者と退職金支給、録音禁止の業務命令の有効性 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲/弁護士 木勝瑛 Q1 長期間働いている有期雇用労働者には、正社員と同じように退職金を支払わないといけないのでしょうか  当社では、退職金について、一時金と退職年金の2種を用意しています。いずれも正社員を対象とした制度として想定しています。ところが、当社で長期間継続雇用している契約社員から、同一労働同一賃金の観点から退職金の支給を認めるよう要求されています。これに応じなければならないのでしょうか。 A  業務の内容と責任の程度、それらの変更範囲その他の事情をふまえて合理的な範囲であれば、差異が生じていることは許容され得ますが、退職金規程の定め方によっては、支給を認めなければならない場合もあります。 1 同一労働同一賃金について  同一労働同一賃金については、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」の第8条が定めています。比較されるのは、期間の定めがない労働者と期間の定めがある労働者の間で「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ」を対象としており、退職金も待遇の一種として対象に入ります。  そして、@業務の内容および責任の程度(以下、「職務の内容」)、A職務および配置の変更の範囲、Bその他の事情(待遇の性質や目的に照らして適切と認められるもの)を考慮して、「不合理と認められる相違」を設けてはならないとされています(いわゆる「均衡待遇」の規定)。  他方で、「職務内容が通常の労働者と同一の場合」については、同法第9条が「雇用関係が終了するまでの全期間」において、@職務の内容および配置、A職務および配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれる者については、「短時間・有期雇用労働者であること」を理由として、「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ」について、差別的取扱いをしてはならないとされています(いわゆる「均等待遇」の規定)(図表)。  基本的には、業務の内容と責任の程度、それらの変更範囲に相違があるかぎりは、これらの要素およびその他の事情をふまえて、不合理でなければ許容されますので、退職金についても同様の判断に従うことになります。  他方で、雇用中の全期間について業務の内容と責任の程度、それらの変更範囲が期間の定めのない労働者と同一の場合は、差別的取扱いが禁止され、均等待遇が必要となります。  過去に退職金支給差異に関する最高裁判例として、メトロコマース事件(最高裁令和2年10月13日判決)があります。下級審の判決では、退職金が賃金の後払的性格と長年の勤務に対する功労報償の性格を合わせて有していることをふまえて、功労報償に相当する部分にかかる退職金の不支給が不合理と判断されていました。  ところが最高裁では、「退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき」ことを前提として、「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたもの」として、職務の内容および変更の範囲に一定の相違があったこと、退職金支給対象となる正社員への登用制度が用意されていたことなどをふまえて、「10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない」と判断しています。  したがって、長期間勤続しているとしても、退職金の支給の相違が不合理と認められる可能性は低いものと考えられています。 2 裁判例の紹介  近年、契約社員(期間の定めのある労働者)と正社員(期間の定めのない労働者)との間で、退職一時金の支給、退職年金の支給について、それぞれ契約社員にも支給されるべきとして紛争となった事案があります(日本サーファクタント工業事件(東京高裁令和6年2月28日、東京地裁令和6年1月12日判決))。  退職一時金の支給に関しては、メトロコマース事件と同様の基準をふまえつつ、「様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたもの」、「業務内容に違いはないものの、…雇用契約書において業務内容が定められ、配置転換、出向の有無や昇格、昇給、専任職の制度の適用がないなどの点で異なる」、専任職である契約社員について「定年退職時まで相応の年俸制による給与が支払われる」として、「正社員と同様の見地からの配慮は要しないものとして、…退職一時金を支給しないものとすることが必ずしも不合理であるとまではいえない」と判断されています。  退職年金も退職一時金と同趣旨の支給理由であるとすれば、同じ結論に至りそうですが、そうはならず、退職年金については契約社員である原告を支給対象にすべきと判断されました。その理由は、同一労働同一賃金の観点からの判断ではなく、「退職年金規定の文言上、契約社員がその支給対象に含まれ得る」として、契約社員に対して退職年金を支給することがこれまでの実態と異なるものであるとしても、退職年金の支給対象と解釈することが相当であると判断されました。  就業規則において、「従業員」の定義に契約社員が含まれている一方で、退職年金規定の適用除外となる従業員として、日雇い労働者や臨時に期間を決めて雇い入れられる者などが明記されているにとどまっていました。問題となった契約社員は臨時の雇い入れといえるような短期間が想定されていたものではなかったことから、適用除外対象と認められませんでした。  したがって、就業規則や退職金規程における対象となる従業員・労働者の定義について確認をしておくことは重要です。 図表 均衡待遇と均等待遇 対象となる待遇 前提条件 考慮要素 許容されない差異 均衡待遇 基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ 短時間・有期雇用労働者であること 職務の内容 職務および配置の変更の範囲 その他の事情 不合理と認められる相違 均等待遇 基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ 短時間・有期雇用労働者であることを理由としていること 職務の内容 職務および配置の変更の範囲 差別的取扱い ※筆者作成 Q2  社内における会話を録音している従業員に、録音の禁止を命じることは可能でしょうか  当社では、社内の会議や業務時間中の上司からの指示・指導や従業員間の会話などを録音する従業員がいます。これによって社内の自由な発言が妨げられており、社内のコミュニケーションや業務に支障が生じています。秘密情報の漏洩の心配もあります。社内での録音を禁止することは可能なのでしょうか。 A  会社は、従業員に対して、労働契約上の指揮命令権・施設管理権に基づき、職場での録音を禁止することができると考えられています。社内での無断録音の禁止について、就業規則に規定しておくことがよいでしょう。 1 甲社事件(東京地裁平成30年3月28日判決) (1) 事案の概要  原告は、2014(平成26)年3月24日、被告に期間の定めなく正社員として雇用されたものの、業務時間中の居眠り、業務スキル不足、復職に関する手続きの不履践、録音禁止の業務命令違反等を理由に、2016年6月27日付で、被告から普通解雇されました。  これに対して原告は、解雇は無効であると 主張し、原告が労働契約上の権利を有する地 位にあることの確認を求める訴訟を提起しま した。 (2) 判旨 ア 原告の言動について  裁判所は、原告の言動について、「原告は、……原告が常にボイスレコーダーを所持しているなどの報告や苦情に基づき、繰り返し、ボイスレコーダー所持の有無を確認されたり、録音禁止の指示を受けたりしたものの、答える必要はない、自分の身を守るために録音を止めることはできないなどという主張を繰り返していた。そして、原告に対して懲戒手続が取られることとなり、2度にわたり弁明の機会が設けられた際も、原告は、自分の身を守るために録音は自分のタイミングで行うと主張し続け、譴責の懲戒処分を受けて始末書の提出を命じられたにもかかわらず、何ら反省の意思を示すことなく、それが不当な処分であるとして、『会社から自分の身を守るために録音機を使います』などと明記したその趣旨に沿わない始末書……を提出している」と認定しました。 イ 録音禁止の業務命令権の有無  会社が録音禁止の業務命令権を有するかという点について、裁判所は、「雇用者であり、かつ、本社及び東京工場の管理運営者である被告は、労働契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づき、被用者である原告に対し、職場の施設内での録音を禁止する権限があるというべきである。このことは、就業規則にこれに関する明文があるか否かによって左右されるものではない」として、@被告が雇用者であること、A被告が施設の管理運営者であることの2点を理由に、労働契約上の指揮命令権および施設管理権を根拠として、録音禁止の業務命令権を肯定しています。 ウ 録音禁止命令の正当性  録音禁止命令の趣旨については、「被用者が無断で職場での録音を行っているような状況であれば、他の従業員がそれを嫌忌して自由な発言ができなくなって職場環境が悪化したり、営業上の秘密が漏洩する危険が大きくなったりするのであって、職場での無断録音が実害を有することは明らかであるから、原告に対する録音禁止の指示は、十分に必要性の認められる正当なものであったというべきである」として、@職場で自由な発言ができなくなることによる職場環境の悪化の危険、A営業上の秘密の漏洩の危険の2点をあげています。  なお、A営業上の秘密の漏洩の危険という点については、「被告が秘密情報の持ち出しを放任しておらず、その漏洩を禁じていたことは明らかであり……原告が主張するような一般的な措置を取っているか否かは、情報漏洩等を防ぐために個別に録音の禁止を命じることの妨げになるものではないし、そもそも録音禁止の業務命令は、……秘密漏洩の防止のみならず、職場環境の悪化を防ぎ職場の秩序を維持するためにも必要であったと認められる……」として、厳格な秘密管理措置がなされていないことをもって録音禁止命令の有効性が否定されるものではないとしています。 エ 原告の録音禁止命令違反等への評価  裁判所は、「原告は、被告の労働契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づき、上司らから録音禁止の正当な命令が繰り返されたのに、これに従うことなく、懲戒手続が取られるまでに至ったにもかかわらず、懲戒手続においても自らの主張に固執し、譴責(けんせき)の懲戒処分を受けても何ら反省の意思を示さないばかりか、処分対象となった行為を以後も行う旨明言したものであって、会社の正当な指示を受け入れない姿勢が顕著で、将来の改善も見込めなかったといわざるを得ない。このことは、原告が本人尋問において、仮に復職が認められても、原告から見て身の危険があれば、録音機の使用を行うと表明していること……からも顕著である」として、原告の録音禁止命令違反およびその後の反抗的な態度について厳しい評価をしています。 オ 結論  裁判所は、このほか、従前から存在していた居眠りや業務スキルの不足、復職手続きの不履践なども認定したうえで、「もともと正当性のない居眠りの頻発や業務スキル不足などが指摘され、日常の業務においても、従業員としてなすべき基本的な義務を怠り、適切な労務提供を期待できず、私傷病休職からの復職手続においても、目標管理シート等の提出においても、録音禁止命令への違反においても、自己の主張に固執し、これを一方的に述べ続けるのみで、会社の規則に従わず、会社の指示も注意・指導も受け入れない姿勢が顕著で、他の従業員との関係も悪く、将来の改善も見込めない状態であったというべきである」として、解雇を有効と判断し、原告の請求を棄却しました。 2 本裁判例をふまえて  本裁判例では、@被告が雇用者であること、A被告が施設の管理運営者であることの2点を理由に、労働契約上の指揮命令権および施設管理権を根拠として、録音禁止の業務命令権を肯定しています。一般的に、会社は上記@Aを満たしている場合がほとんどと思われますので、本裁判例の論理によれば、ほとんどの場合、会社の録音禁止命令権は認められることになるでしょう。  なお、本裁判例では、録音禁止命令に就業規則の規定は必ずしも必要ないとされていますが、無断で録音されてしまっては、録音禁止命令を行うタイミングがありません。また、従業員の納得感からしても、実務上の対応としては、社内での無断録音の禁止について、就業規則に規定しておくことがよいでしょう。