“学び直し”を科学する  ミドル・シニア世代の“学び直し”について、科学的な見地から解説する連載の3回目。今回のテーマは「やる気」です。「自分でやりたいと望むことなのに行動に移せない」、「モチベーションが続かない」と悩む50・60代に向け、実行力を上げる方法や「脳の基礎体力」の養い方など、やる気を維持して学びを継続させるためのポイントを、1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生にお話しいただきました。 第3回 「やる気」を維持する学び方 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 「やる気」が出ないのは「脳」に原因も  40代、50代、60代と年齢を重ねてくると、「何かを始めようとしても行動に移せない」、「目標やゴールを決めて勉強を始めても三日坊主になってしまう」という人が増えていきます。こうした実行力の衰えを、体力や気力のせいだと言い訳をする人も少なくないですが、じつは、行動するように指令しているのは「脳」なのです。  脳は、初めてのことに挑戦するとき、大量のエネルギーを消費するので、脳のコンディションが整っていないと、最初の一歩をふみ出すのがむずかしくなります。やる気が出ない、やる気が続かないというのは、脳の状態に原因があることがほとんどなのです。運動の前に準備体操をするように、脳を働かせる前には脳の準備運動が必要です。脳科学的な準備運動で、脳の基礎体力を底上げすることを心がけましょう。 「40代の行動範囲」を維持することが大事  社会人になると多くの人が同じような日々をくり返すことになり、脳の中では仕事に関連する部分ばかりが使われることになります。そこで、脳の基礎体力を底上げするためにも、脳の各部分の働きについての理解を深め、ふだんあまり動かしていない部分を意識的に動かすことが大切です。  また、50・60代の人は気づかない間に、運動の行動範囲も狭くなりやすく、さらに「自分は年を取ったんだ」という気持ちによって、脳が無意識に悪い方に向きがちになります。しかし私は、脳的に45歳から75歳ぐらいまでは、同じカテゴリーになるべきだと思っています。40代は社会の中枢で重責をになうようになる年代ですが、その40代の脳を30年間維持することは可能だからです。  40代の脳を75歳まで維持できないと、人生100年時代を生き抜くための認知能力と体力、すなわち「脳貯金」が足りなくなります。40代の行動半径を落とさないことが、50・60代の「やる気」にとっても非常に重要です。 「夜型から朝型」、「自分へのご褒美」でやる気を維持  脳は、新しいチャレンジ、抜本的なチャレンジを続けていないと、「億劫」な状態になってしまいます。私がすすめたいのは、30分でも睡眠時間を延ばすチャレンジで、それによって継続的に生活パターンを変えていくことです。一番よいのは、夜型を朝型に変えることです。夜30分早く寝て、朝の30分を増やす、あるいは夜30分早く寝て、朝起きる時間を変えなければ睡眠時間を30分増やすことができます。  やる気というのは、意識覚醒に非常に関係しています。だから朝起きて、できれば午前9時ぐらいまでに、やる気が出るような生活がよいのです。私の場合は、毎日8時間半以上寝て、太陽の光を浴びるためにも朝1時間ぐらい散歩してから、仕事をします。そこに朝の体操を取り入れ、体の動かし方も自分で考えます。  日々前向きに過ごすことも大切です。だれかに褒められることを期待するのではなく、自分で自分を褒めてみたり、または美味しいものを食べたりして、自分へのご褒美が、やる気を上げます。「何をご褒美にしたら自分のやる気が出るのか」を知り、日常にそれを取り入れることが必要なのです。 「座っている時間」を減らす  がんばっているのに、やる気が落ちているときは、座りすぎや運動不足を疑ってみましょう。世界保健機関(WHO)の「身体活動および座位行動に関するガイドライン」にも、座りすぎは不健康になると記載されています。座りすぎによって、やる気は失せるのです。  同ガイドラインには、「身体活動を増やし、座位行動を減らすことにより、すべての人が健康効果を得られる」と明記されています。動けば動くほど、学習能力や思考力が高まります。“立って動く”ということは、その都度、脳の動きをチェンジさせることにつながり、運動は脳全体を活性化させるトリガーになります。  なお、週1回のジム通いなどだけだと、なかなか運動不足は解消できません。日ごろから小まめに立ち上がり歩くなどして活動量を増やすようにしましょう。日々の生活で、座っている時間を減らすほうが効果的です。座りっぱなしでいると、お尻や太ももなどの大きな筋肉の動きが減って血液循環も悪くなるので、机に向かってまさに学習中であっても、20分に1回は立ち上がるなどの工夫をしましょう。 「生きる価値」、「持続可能な目標」を持つ  脳も栄養不足になれば、やる気がなくなります。脳にとっての栄養不足とは、睡眠不足に運動不足、そして「好奇心の不足」です。好奇心が不足すると、慢性的な「マンネリ脳」になり、やる気が落ちるのですが、そこに多くの人たちが気づいていません。  好奇心に関連していえば、50・60代だからこそできることの一つが、「いろいろな見方を楽しむこと」でしょう。私は、若い人たちの意見や行動を、おもしろいと思って見ています。自分の世代ではない人たちを観察するのはとても楽しいことです。そしてまた、いろいろな見方を受け入れることで、自分の見方や考え方を客観化することも重要だと思います。  もう一つ、やる気を持続する方法として実践しているのが、「生きる価値」について絶えず自分にいい聞かせることです。私の場合は、自分を大切にしてくれた祖父母のことを考えます。彼らが生きた証をいまの世に示せるのは自分だけだと思うと、とてもやる気が出るのです。  人には、最低限どんな状態になっても、失われない気力が必要で、それが生きる価値だと考えています。そしてさらに、生きていくうえで、持続可能な目標を持つことも大切です。人間の細胞は老化しますが、目標は老いません。老いないものを持つことが、やる気の維持にもつながっていくのです。 (取材・文 沼野容子)