いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第60回 「リーダーシップ」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「リーダーシップ」について取り上げます。前回取り上げた「組織※1」と同様に、日常的に使っている言葉ですが、あらためていわれると何か説明しにくい用語かと思います。 リーダーシップの定義は一定ではない  リーダーシップの定義は、『日本大百科全書』(小学館)で調べると「分有された目標・目的に向けて、フォーマルに組織化されたり、インフォーマルに結集した人々の集合的努力を動員する地位を獲得し、その役割を積極的に遂行する行動・過程をいう」とあります。具体的な定義ではありますが、少々わかりにくいので、『日本国語大辞典』(小学館)を見ると、リーダーは「先頭に立ってみんなを引っぱっていく人」であり、リーダーシップは「リーダーの地位・職責。力量・統率力」とあります。最近、話題のAI※2に試しに聞いてみると、「リーダーシップの定義はさまざまですが、一般的には組織やチームを目標に導く能力とされています。」と答えが返ってきました。  複数の定義を並べてみましたが、ここでご理解いただきたいのは、リーダーシップの定義は決して一定ではないということです。先ほど定義の線を引きましたが、この部分だけでも、能力(力量・統率力)、プロセス(行動・過程)、責任(地位・職責)と、リーダーシップに必要な要素にいくつもの見方があることがわかります。この点はリーダーシップの議論でじつに議題にのぼる部分で、代表的なものとしては、リーダーシップは生まれながらに有している資質とする特性理論や、優れたリーダーシップを発揮する人の行動パターンで判断される行動理論、リーダーシップは状況や条件に影響を受けるとする状況適用理論などがあります。これらの理論は提唱された時系列で並べていますが、当初は資質なので後天的に習得するのはむずかしいとされていたものが、時代を経て、習得でき場合によって変化するものととらえられている点は変遷として押さえておくとよいと思います。  なお、リーダーシップの反対語はフォロワーシップといい、主体的にリーダーを支え、組織に貢献することをさしている点も押さえておくとよいでしょう。 理想的なリーダーシップとは何か  ところで、しばしば「上司に求められるリーダーシップとは」といったような“あるべきリーダーシップ論”が取り上げられることがありますが、じつは何が理想的なリーダーシップかも絶対的な解はありません。特性理論のなかでは、中国の孔子は『論語』※3のなかで資質として“人徳”が重要と述べている一方で、イタリアのマキャベリは『君主論』※3で“冷徹で、目的のためには手段を選ばない姿勢”が重要と、異なることを述べています。  行動理論でみていくと、代表的なものにPM(ピーエム)理論※4というものがあります。これはリーダーシップに必要な行動を「P:目標達成」(目標を掲げ計画を立て達成に導く)と「M:集団維持」(組織の人間関係を良好にし、チームワークを強化する)の二つの軸で分け、PとMのうち、強く行動として発揮できている状態を大文字、弱い方を小文字で表現(PM型・Pm型・pM型・pm型)で類型化します。二つの軸が強く発揮できている状態をPM型とし、理想的なリーダーシップとしました。一方、状況適用理論の代表的なものにSL(エスエル:Situational Leadership)理論※5があります。ここでは、リーダーシップのスタイルを具体的な指示命令を与える「指示型」、相手の理解をうながし納得させる「説得(コーチ)型」、相手を支援し協力しながら意思決定する「参加型」、相手に権限委譲し主体的に行動させる「委任型」に分かれるとしています。これはどれが正しいというわけではなく、相手や組織の状況に応じてスタイルを変えるのが望ましいとしています。  いままで述べたのは、どちらかというと上司から部下へどのようなリーダーシップを取っていくかの視点に立っていますが、異なる視点のものにサーバントリーダーシップ理論※6というものがあります。ここでは、リーダーはサーバント(奉仕者)としての役割を果たすことで、相手を導くことができるとするものです。ここではリーダーが指示をしたり強い姿勢で相手を導くよりも、相手の話を傾聴・共感し信頼関係を築いたうえで、リーダーは相手にとって必要なサポートを行い、主体的な行動と成長をうながすのが望ましいとしています。この理論自体は新しいものではありませんが、個人が自律的に行動する組織のほうが昨今の激しい環境変化に対応しやすいため、近年再注目されています。 シニア社員こそリーダーシップの発揮を  企業に属していると、役職定年や定年退職により、一定年齢でマネジメントの役割から解かれることが多くみられ、それを機にシニア社員は人を導く立場から退き、後方支援へと意識が変わりがちです。一般社団法人日本経済団体連合会の「高齢社員のさらなる活躍推進に向けて」調査(2024年)によると、企業が高齢者雇用において課題と感じている項目(複数回答)の上位1・2位は「高齢社員のエンゲージメントやパフォーマンス(87.9%)」、「技能伝承と貢献者育成(77.2%)」といった状況で、リーダーシップの発揮には至っていなさそうです。しかし、マネジメントとリーダーシップはしばしば混同されますが、マネジメントは組織の目標達成のために人に指示し、経営資源を管理・運営する“役割”をさすため、個人の“資質”や“能力”、“行動”などに依拠するリーダーシップとは本質的に異なるものです。マネジメントの役割を終えても、例えば、現場での若手社員の育成支援、人脈と経験を活かした組織の調整役、自身の得意分野での業務推進、困難な案件支援などさまざまな場面でリーダーシップの発揮の場があり、年齢に関係なく発揮できます。「後進に譲る」という考え方よりも、「後進が成長するようにリーダーシップを発揮する」という視点を持つことで、シニア社員のモチベーションは大きく変わります。企業がシニア社員のリーダーシップ発揮を積極的にうながすことは、組織の活性化や持続的成長にもつながる重要な取組みといえるでしょう。 ***  次回は、「障害者雇用」について取り上げます。 ※1 本連載第59 回(2025 年7 月号)「組織」をご参照ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202507/index.html#page=56 → ※2 ここではMicrosoft 社のCopilot を使用。コンサルティングでも調査や資料作成で使用する機会が増えてきた ※3 『論語』は紀元前5世紀ごろ、『君主論』は16 世紀に書かれているといわれている ※4 日本の社会心理学者である三隅(みすみ)二不二(じゅうじ)により1960年代に提唱 ※5 アメリカの行動科学者ポール・ハーシーと組織心理学者のケネス・ブランチャードによって1970年代に提唱 ※6 アメリカのロバート・K・グリーンリーフによって1970年代に提唱