技を支える vol.354 40年以上つちかった技術が結実したヒット商品 精密板金加工 利根(とね)通(とおる)さん(63歳) 「どんなに機械が進化しても、最終的には『人の手と目』が大事。品質管理を重視し、お客さまに満足いただけるものづくりを心がけています」 町工場の社長が開発したアイデア商品が話題に  生卵をかき混ぜても、白身と黄身を完全に混ぜ合わせることはむずかしい。それを解決するのが「ときここち」という商品(写真)。町工場から生まれたアイデア商品として話題になり、発売から6年で販売累計約4万7000本のヒット商品となっている。  この商品を開発したのが、株式会社トネ製作所(東京都荒川区)代表取締役社長の利根通さんだ。同社は、利根さんの父が1961(昭和36)年に創業。精密板金加工を専門とし、駅のホームドア、銀行のATM、新幹線や建物の自動ドアなどの精密部品を製造している。同社の強みは、最新のNC加工機と昔ながらのプレス加工機を使い分け、多様なニーズに応えられる柔軟性にある。利根さんが特に重視しているのが品質管理だ。  「金型の状態が悪ければバリ(余分な部分)が出ます。それを見て金型の減りに気づけるのは人です。どんなに機械が進化しても、最終的には人の手と目が大事です」  品質を保つことで築いた顧客からの信頼は同社の財産でもある。自動ドアの部品を納める顧客とは、50年近く取引きが続いている。 1本1本手作業で仕上げ安全で触り心地のよい商品に  利根さんが社長に就任したのは2002(平成14)年、40歳のとき。その後、ある製品の部品の特需で売上げが急拡大したものの、数年で終わり、従業員を解雇するという苦い経験をした。受注依存のリスクを痛感し、その後安定した収益が得られる自社製品の開発に着手。  「そんななか、妻が白身が大の苦手だということをヒントに、卵を混ぜる専用器具(ときここち)を開発することにしたのです」  端材から始めて試作を重ね、0.1mm単位の調整をくり返し、約1年半かけて完成させた。先端の3本の0.7mm幅の線で、白身を細かく砕く。1枚の板でできているため、壊れにくいのも特長だ。  「ときここち」はさまざまなメディアに取り上げられ大ヒット。現在も注文に生産が追いつかない状況にある。その理由は、すべての製品を利根さんが1本1本手作業で仕上げているためだ。特殊ステンレス板をレーザー加工機でカットして形を抜くが、切り始めの部分に小さなバリが残る。また、端面は尖っているため、丸く削る必要がある。そのバリ取りや端面削りを、すべて利根さんが手がけている。部分によって力加減を変えながら削る工程は、機械にはできない熟練ならではの技だ。ほかの社員でもできないことはないが、効率の面で及ばないという。  また、使いやすいように少し曲げが加えられているが、この加工法も試行錯誤のうえに編み出されたもので、企業秘密になっている。  こうしてできた「ときここち」は、利根さんが40年以上にわたりつちかった技術の結晶といえる。それが評価され、2024(令和6)年度の「荒川マイスター」に認定された。 40年以上の経験でつちかった技術を次世代へつなぐ  「プレス機の音を子守歌代わりに育った」という利根さんは、子どものころから物の仕組みを知りたがる性格で、いろいろな物を分解するのが好きだったという。  家業に就いたのは1980年、18歳のとき。それまでの大量生産から少量多品種生産に対応するため、先代社長が当時最先端のNC(数値制御)加工機を導入。担当として、高校でプログラミングを習った利根さんに白羽の矢が立った。  「『見て覚えろ』タイプの父から直接教わることはなく、ほとんどのことは自分で手を動かしながら覚えました。私が持っている技術は社員に出し惜しみせず教え、小規模でもさまざまなニーズに対応できる多能工化を進めています」  現在は「ときここち」の新たな商品展開にも取り組んでいる。すでにプロ用の大型サイズを製品化ずみだが、家庭のキッチンで使う中間サイズの開発を検討中だ。技術を後進に着実に引き継ぎながら、新たな挑戦を続けている。 株式会社トネ製作所 TEL:03(3895)7791 https://tone-ss.co.jp (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション 「ときここち」は、触り心地のよさを目ざし、利根さんが1本1本手作業で製造している。写真は、尖った端面を丸く滑らかに仕上げる「削り」の工程 「ときここち」の開発では、金属の端材から始まり、“ユーザー代表”である利根さんの妻の率直な意見を聞きながら、さまざまな試作を重ねて完成形にたどり着いた 「ときここち」は特殊ステンレス板を加工してつくられる。写真はレーザー加工機で「ときここち」の形に抜いた状態の板 特殊ステンレス板を「ときここち」の形に抜く工程で使用されるレーザー加工機。0.1mm単位の高精度加工が可能 トネ製作所の工場には、プレス加工機、レーザー加工機、曲げ加工をするNCベンダーなど、金属を加工するためのさまざまな設備がそろう 令和6年度「荒川マイスター」を受賞。「ときここち」が「精密板金の匠が繰り出す卓越した技術のフルコース」と評価された レーザーで切り抜いたままでは無機質な金属の板(下)が、利根さんの手による加工を経ることで、温もりの感じられる道具(上)へと変化する