Leaders Talk No.124 “人”が主体となる企業カルチャーの変革へ 役割・実績重視の人事制度へ刷新 本田技研工業株式会社 コーポレート管理本部 人事統括部長 安田啓一さん やすだ・けいいち 1990(平成2)年、本田技研工業株式会社に入社。管理本部人事部グローバル人材開発センター所長、Asian Honda Motor Co., Ltd.(タイ)アジア・大洋州地域本部HR 責任者、Boon Siew Honda Sdn.Bhd(マレーシア)社長、P.T. Astra Honda Motor(インドネシア)社長などを務め、2023(令和5)年より現職。  世界的な自動車・二輪車メーカー、本田技研工業株式会社(以下、「ホンダ」)は、2017(平成29)年に65歳までの選択定年制を導入した、高齢者雇用先進企業。2025(令和7)年6月には評価・処遇制度の見直しを含む新人事制度の導入にあわせ、一部社員を対象とする年齢上限を撤廃した継続雇用制度を開始しました。今回は同社コーポレート管理本部人事統括部長の安田啓一さんに同社の人事制度改革についてうかがいました。 役職者の評価・処遇制度を見直し「脱年功」の人材活用、「脱一律」の処遇に ―貴社では、2025(令和7)年6月に、新たな人事制度を導入されたとうかがいました。人事制度改定のねらいについて教えてください。 安田 大きな背景として、自動車業界は未曾有の競争環境にあることです。電気自動車など、さまざまな事業・製品の「電動化」とともに、「搭載されたソフトウェアが車の価値を決める」といわれるほど「知能化」が進んでいます。さらには電気と関連する周辺の充電ネットワークづくりに至るまで、これまで経験したことがない領域をも視野に入れざるを得ないほど、事業環境の変化が起こっています。  こうした時代にホンダが新しい価値を提供できる存在になるためには、ホンダのカルチャーを含めて変革していく必要があると考えています。当然、その主体となるのは「人」です。社員一人ひとりの内発的動機の喚起や目標に向かって主体的に専門性を高める挑戦を支援する環境を整えることを会社の重要な役割と位置づけ、そのなかの取組みのひとつとして人事制度の刷新を行いました。  人材の活用・処遇においては、さらなる変革やイノベーションの創出に向け、適材適所、実力主義をいままで以上に徹底していきます。具体的には「脱年功」、「脱一律」です。もちろん、これまでのホンダが年功的・一律的だったというわけではなく、一人ひとりの意欲や実力を尊重する仕組みを整えていましたが、経験の積上げで役職に就くために、どうしても一定の年数を要することになっていました。そこで新制度では、役割・実績を重視した脱年功・脱一律の制度へと見直しを行いました。 ―具体的にはどのような見直しを行ったのでしょうか。 安田 役職者の評価・処遇制度を大きく見直しました。開発などの研究領域の役職者は「イノベーション職」(IN級)、それ以外の管理部門や営業、事業開発、生産部門は「トランスフォーメーション職」(TR級)とする二つの給与・評価体系を導入し、IN級は3段階、TR級は8段階に分かれています。  TR級は役割と報酬がダイレクトに連動し、年齢や人ではなく、就いている役割で報酬が決まる脱年功・脱一律の仕組みです。当然ながらその役割を果たせない場合などは役割の変更によって処遇の見直しも発生します。スタートしたばかりの制度ではありますが、すでにそういったケースも生じています。  IN級は研究開発など成果が測りにくい業務が中心であり、役割よりも能力や専門性を重視した評価・処遇制度になっています。  意識の変革という観点から、まずは役職者のみに適用している制度となりますが、今後非管理職層についても、検討していくことにしています。 ―2017(平成29 )年に65歳までの選択定年制を導入するなど、早くから高齢社員の活躍推進に取り組まれています。貴社における高齢者雇用の取組みについてお聞かせください。 安田 当社では、2010年に60歳定年後、希望者全員65歳まで再雇用する仕組みを整え、2017年に65歳までの選択定年制を導入しました。当社の選択定年制は、全員が60歳になる前に定年年齢を本人の希望で選択し、60歳以降も毎年1回、定年時期を変更することができるという仕組みです。個々人の価値観やライフスタイルが異なることをふまえ、定年時期を自分で選べるようにしています。  60歳以降の処遇については、当初は再雇用社員の報酬は60歳定年前の半分程度、昇給もなく、おもな諸手当も適用除外となっていましたが、その後見直しを行い、報酬は60歳前の約8割まで引き上げるとともに、評価に応じた昇給や賞与の支給もあり、諸手当も支給する仕組みとしています。  選択定年制を導入してからは、正社員のまま働けることをポジティブに受けとめる人が多く、対象者の8割以上が60歳以降も働くことを選択しています。 今夏より一部社員を対象に選択定年後の年齢上限を撤廃した継続雇用制度をスタート ―役職定年と役職定年後の役割についてはいかがでしょうか。 安田 原則として60歳で役職定年を迎え、役職定年後はそれまでつちかった経験を活かし、各部署で引き続きご活躍いただいています。そのなかには、次世代育成の役割をになっている方もいます。  例えば、二輪・パワープロダクツ事業本部では、新入社員の育成を強化するために「3Joysカレッジ」と呼ぶ研修を含む新入社員の教育プログラムを整備しています。二輪・パワープロダクツ事業本部に配属後、研究開発業務や工場実習による生産業務、販売業務などについて学習する数カ月間のプログラムですが、プログラム開発のプロジェクトで中心的な役割をになったのが元役職者である3人の高齢社員です。いずれも開発、生産、販売の要職を経験したその道のプロです。3年前に開発に着手し、2年前にプログラムがスタートしましたが、現在もプログラムの充実に尽力しています。 ―2025年6月には、新人事制度の導入にあわせて、一部の社員を対象に、選択定年後に、年齢上限を撤廃した継続雇用制度を導入したとうかがいました。 安田 先ほど、原則60 歳で役職定年と申し上げましたが、じつは現在のポジションと役割を継続できる「特別任用制度」を2017年より導入・運用しています。例えば、進行中のプロジェクトがあるなど、“いま抜けられては困る”といった会社側のニーズがある場合に経営会議の承認を経て役職を継続できる仕組みです。  経営陣の間では、もともと「定年を一定の年齢で区切るのはいかがなものか」という議論もありましたし、引退は基本的には本人の働く意欲や実力、組織への貢献度合いによって決まるべきであり、年齢は関係ないという考え方がベースにあります。  とはいえ世の中の一般的な定年60歳、法律が求める65歳までの雇用確保という流れを見据えつつバランスを取りながら制度を改革してきました。そしていまでは65歳までの雇用があたり前になるなかで、もはや年齢ではなく実力・貢献度を重視すべきという議論をふまえ、一部ではありますが65歳を超えて働ける仕組みを設けました。  年齢上限を撤廃した継続雇用制度は、部署からの推薦をもとに会社が認めた場合に適用され、対象者は特別任用制度の役職者に限定しています。したがって現時点ではそれほど多くはありません。退職金などの関係でいったん退職という形をとりますが、65歳以降の役割や処遇はそれ以前と変更はありません。 短日・短時間勤務制度、キャリア研修などにより高齢社員が意欲的に働ける環境を整備 ―高齢労働者の個々の事情に応じた働き方の多様性や柔軟化の動きも出てきています。その点に留意した施策などがあれば教えてください。 安田 2024年10月から、60歳以降の社員を対象とした短日勤務・短時間勤務制度を導入しています。短日勤務は週3日または週4日のフルタイム勤務から選択できます。また当社の1日あたりの所定労働時間は8時間ですが、短時間勤務の場合は、週5日勤務者については1日あたり7時間、6時間、5時間の短縮勤務を選択することができます。  いずれも育児・介護などの事情に関係なく自由に選択することができます。60歳以降は退職後も含めて自分の第二の人生についていろいろと考える時期でもあります。第二の人生に向けて準備する時間を取ったり、あるいは単純にフルタイム勤務は負担が大きかったり、気力・体力を100%保つのがむずかしいという人もいるでしょう。そうした人たちに働く時間の選択肢を与える目的で制度化しました。 ―自分のキャリアを自ら描く「キャリア自律」が叫ばれています。65歳まで意欲的に働くためのキャリア開発支援などの取組みについてはいかがでしょうか。 安田 対話を通じて自らのキャリアについて考える「キャリア相談窓口」を社内に設置しています。キャリアカウンセラーの資格を持った人が対応し、予約すればいつでもキャリア面談を受けることができます。  また、年代ごとに全員参加のキャリア研修を2018年から実施しています。中高齢層については、以前は55歳時のキャリアプランセミナーしか実施していませんでしたが、現在は29歳、39歳、49歳、59歳と10歳ごとの節目の時期にもキャリア研修を実施しています。特に中年以降はこれまでの自分のキャリアをふり返り、今後のキャリアについてしっかりと考え、今後どうしていくか、自分のキャリアを描く機会になっています。 (インタビュー・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博)