特集 多様で柔軟な勤務制度を整備し、生涯現役で働ける職場づくり  2021(令和3)年の改正高年齢者雇用安定法の施行により、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となって4年が経過し、多くの企業で高齢者雇用の取組みが進んでいます。70歳就業時代を迎えるなか、高齢者が70歳、さらに70歳を超えて働くことのできる環境を整えていくために、本人の体力や健康問題、家庭の事情など、加齢とともにさまざまな事情が増えていく高齢者が、自身の希望や都合に合わせて働ける、多様で柔軟な勤務制度の整備が重要となります。  そこで今回は、高齢社員の多様で柔軟な勤務制度に焦点をあて、制度を設計・運用していくうえでの留意点などについて、企業事例を交えて紹介します。 総論 高齢者雇用における多様で柔軟な勤務制度の重要性 独立行政法人労働政策研究・研修機構 多様な人材部門 副主任研究員 森山(もりやま)智彦(ともひこ) 1 多様で柔軟な勤務制度が求められる背景  高齢者が活躍できる場をよりいっそう広げるために、多様で柔軟な勤務制度が求められているとよくいわれます。「多様」ということは、フルタイムの正規雇用労働を典型的とすれば、それ以外の非典型的な働き方のニーズがいくつもあることを意味しています。どのようなニーズがあるのでしょうか。  ニーズは、高齢者本人に起因するものと家族に起因するものに分けられます。前者でまずあげられるのは健康です。体力や精神力は年齢によって変わりますし、個人差もありますので、「高齢者」と一括りにすることはできません。内閣府の2026(令和4)年度「高齢者の健康に関する調査結果」によると、60代後半で健康状態が「あまり良くない」と認識しているのは2割に満たず、4人に1人は通院・往診を利用していません(8ページ図表1)。加齢とともに主観的健康は悪化し、病気症状の出現率も高くなりますが、いつどのような症状があらわれるかは、本人でさえも当然予測が困難です。したがって、働き続けるためには、この予測できないリスクに対応した働き方が必要になります。  働くことに対する志向も、高年齢期には個人差が大きくなります。それまでは、生活のため、家族のために、より安定的に働けることや家事・育児とのバランスを重視して働いている人が多いのではないでしょうか。他方、高年齢期の就労理由として、60代前半は男性の8割、女性の6割が「収入」をあげていますが、年齢が上がるにつれて理由も多様化します(9ページ図表2)。特に「体によいから」働いている人の割合が増えています。働く理由は、資産や世帯全体の収入に依存すると考えられますが、すぐに収入が必要な人以外にも、老後の予測できない支出に対応したいと考えている人や健康維持のため、あるいは仕事を生きがいや社会との接点と考えている人もいるでしょう。若いころにできなかった仕事や地域貢献、社会的活動に従事している人もいると思います。  多様なニーズの背景にある家族要因としては、まず介護があげられます。厚生労働省の「令和4年国民生活基礎調査」によると、60代の18.2%、70代の14.1%、80歳以上の8.6%が介護のにない手となっています。要介護者は、60代の8割は親・義理の親ですが、70代以上は大半が配偶者となり、ほぼ全員が老老介護の状況下にあります(9ページ図表3)。  もう一つは育児です。晩婚化が進んでいるため、高年齢期に至っても子どもの教育費がかかる家庭も増えているかもしれませんが、おもには孫の世話です。国立社会保障・人口問題研究所の「第16回出生動向基本調査」によると、最初の孫が3歳になるまでの間に何らかの手助けを行った祖父母の割合は年々増加し、直近(2015〈平成27〉〜2018年生まれの孫)では、祖母の57.8%、祖父の31.5%がサポート経験ありと答えています。なかには、少数ですが、介護と育児の両方を抱えている人もいます。ある国際学会では、これを「サンドイッチ現象」と呼び、問題視していました。  このような多様なニーズは若い年代にもありますが、健康や介護の問題に現実的に直面しやすくなるという点は、高年齢期特有といえるでしょう。また、役職定年や雇用形態の変化をともないながらキャリアを着地させていくなかで、どのような働き方を志向し選択するかにも個人差があります。これらに対して、企業などの需要サイドは、どのような制度を設けているのでしょうか。 2 雇用管理制度の多様性  人手不足を背景に、多くの企業が高齢従業員のための多様な制度を設けています。ニーズに合う選択肢を設けて、高いモチベーションを維持しながら働き続けてもらいたいからです。ただし、正規雇用労働者のみならず、パートタイマーや契約社員として働く人も、それらの制度の対象としているかどうかは、企業によってまちまちです。  正規雇用労働者にとって、定年制度が働き方の大きな分岐点になっていることはいうまでもありません。現在も60歳を定年年齢として定めている企業が最多を占めていますが、最近では65歳定年の会社も増えています。60歳までは、多くの会社が統一的な制度によって人事管理を行い、評価や処遇を決定しています。しかし60歳以降の雇用管理の仕方は、企業によってさまざまです。  厚生労働省の令和6年「高年齢者雇用状況等報告」によると、常用労働者数21人以上の全企業のなかで、定年年齢を64歳以下に定めている企業は67.3%を占めます。これらの企業は、従業員が希望すれば65歳まで継続雇用(再雇用)していると考えられます。また、25.2%の企業は定年年齢を65歳としています。65歳以降は、全体の31.9%の企業が70歳までの就業確保措置を実施しており、その多くを継続雇用制度(25.6%)が占めています。なお、全体の3.9%の企業は、定年制度自体を廃止しています。  さらには、定年年齢を引き上げた際に、再雇用制度も同時に設けておくことで、高齢者に複数の働き方の選択肢を提供している企業もあります。筆者がインタビューを行ったある企業では、再雇用制度を選択したほうが定年延長よりも柔軟な働き方が可能になる代わりに、60歳前後で賃金が大幅に低下していました。このように、根幹的な雇用管理制度において、高年齢期はそれ以前よりも多様な選択肢が設けられているといえます。  ところで、年齢を基準とする企業の制度が働き方やキャリアを強く規定することは日本では常識ですが、国際的に見ると、これは非常にユニークな制度です。ほかの先進諸国では、年金の支給開始年齢がキャリアや引退時期を強く規定しており、定年制度などの企業の制度はそこまで影響力を持っていません。日本の企業自らが高齢者のために積極的に多様な勤務制度を築いているのは、この独自性があるためです。 3 多様な勤務制度の種類  次に、多様な働き方を可能とする具体的な勤務制度について見ていきましょう。短日・短時間勤務制度、フレックスタイム制度、テレワーク、介護休暇制度などがこれに該当します。ただしこれらの制度は、一般的には高齢者のみに適用されているわけではなく、年齢にかかわらず利用可能な制度として設置されています。既存の制度の活用で高齢者のニーズが満たされるのであれば、それで問題ありません。実際に、介護と就労の両立に関して働き手が求めるニーズの多くは、一般的な有給休暇や短時間勤務制度で賄(まかな)えることが指摘されています(池田2023)。  短日・短時間勤務制度は、フルタイム・週5日の勤務から、1日の勤務時間と週の勤務日数のいずれか、または両方を短くして働くことができる勤務制度です。(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)の「高齢期の人事戦略と人事管理の実態調査」※によると、58%の企業が65歳以降の社員を対象とした短日・短時間勤務制度を導入しています。そのなかには、勤務日数・勤務時間の上限や下限を定めている企業や、会社が勤務の仕方を複数設定している企業などがあります。ほとんどの企業は、勤務日・時間を高齢者と企業が調整して決定しています。  また、再雇用制度を採用している多くの企業では、短日・短時間勤務制度と組み合わせることで、従業員に柔軟な働き方を提供しています。体調面の変化や介護に対応するために、契約期間を1年単位にするなど短くし、臨機応変に短日・短時間勤務へとシフトできる仕組みを整えています。  ほかの制度に関しては、管見のかぎり、高齢者に限定して導入状況を調べている調査はありません。年齢を限定しなければ、全企業の7.2%がフレックスタイム制(厚生労働省「令和6年就労条件総合調査」)を、47.3%がテレワーク(総務省「令和6年通信利用動向調査」)を導入しています。実際の活用状況は仕事内容などに依存しますので、その点は留意しなければいけませんが、これらを導入している企業では、高齢者もその適用対象となっていることが予想されます。実際に定年後、職務内容や賃金などの労働条件を変更すると同時に、テレワークで働くことを条件に勤務先からの継続雇用の打診を受諾したという記者職の事例もあります。  そのほかにも、高齢者の希望と受け入れる部署のニーズに応じて、自社内やグループ企業で人材の再配置を可能にする制度や、専門知識と経験を備えた人材を紹介・派遣する人材サービスの活用も、高齢者のキャリアや働き方の選択肢を広げることにつながるでしょう。 4 まとめ  年齢が進むにつれて、健康状態の悪化や介護などの予測困難な事態に直面するリスクは高まります。同時に、働き方や生き方に対する志向の個別性が顕著になります。これらに起因する高齢者の多様なニーズに対応するために、日本では、企業自らが積極的に“日本型”の柔軟な雇用管理制度、勤務制度の構築を模索してきました。高齢化が進むなかで、年齢を問わず意欲と能力に応じて働き続けられる社会を実現した国は世界でも例がありませんので、試行錯誤はこれからも続くと考えられます。一つひとつの企業の試みが先進事例となり、それらの蓄積が、高齢者の多様で柔軟な働き方の実現には欠かせません。 【参考文献】 * 池田心豪 2023『介護離職の構造:育児・介護休業法と両立支援ニーズ』(独)労働政策研究・研修機構 ※ 同調査結果は、以下の冊子でご覧いただけます。  『JEED 資料シリーズ6 高齢期の人事戦略と人事管理の実態−60歳代後半層の雇用状況と法改正への対応−』(2023年)  https://www.jeed.go.jp/elderly/research/report/document/copy_of_seriese6.html 図表1 高齢者の主観的健康状態、通院・往診頻度、病気症状 (%) N 主観的健康 通院・往診頻度 良い、まあ良い 普通 あまり良くない、良くない 不明・無回答 週に1回以上 月に1〜3回 年に数回 利用していない 不明・無回答 65〜69歳 515 37.3 46.0 14.8 1.9 4.5 43.1 23.1 25.6 3.7 70〜74歳 718 32.6 43.9 21.3 2.2 4.9 47.4 23.1 21.4 3.1 75歳以上 1,181 27.2 38.5 31.0 3.3 10.8 53.7 13.5 18.1 3.9 N 病気症状 循環器系(高血圧症等) 筋骨格系(痛風、腰痛症等) 目の病気 内分泌・代謝障害(糖尿病等) 呼吸器系(鼻炎、ぜんそく等) 消化器系(胃、肝臓の病気等) 特に病気や症状はない 65〜69歳 515 38.4 18.4 19.8 25.6 13.0 9.9 14.6 70〜74歳 718 45.1 23.3 21.6 23.3 11.0 9.3 9.6 75歳以上 1,181 48.0 26.6 26.6 19.0 9.7 11.5 7.1 注:病気症状に関しては、65歳以上の平均割合が10%を超えているもののみを抜粋している 出典:内閣府「令和4年度 高齢者の健康に関する調査結果」をもとに筆者集計 図表2 収入を伴う仕事をしている主な理由(性・年代別) (%) N 収入のため 仕事が面白いから 自分の知識・能力を生かせるから 仕事を通じて友人や仲間を得ることができるから 働くのは体によいから、老化を防ぐから 不明・無回答 男性 60〜64歳 172 80.8 3.5 8.1 0.6 4.7 2.3 65〜69歳 133 57.1 3.8 15.8 0.8 18.8 3.8 70〜74歳 111 46.8 6.3 14.4 0.9 27.9 3.6 75歳以上 119 43.7 1.7 16.0 5.0 30.3 3.4 女性 60〜64歳 121 62.8 4.1 14.9 5.0 8.3 5.0 65〜69歳 120 45.8 4.2 15.8 3.3 25.8 5.0 70〜74歳 85 40.0 10.6 7.1 8.2 28.2 5.9 75歳以上 73 41.1 8.2 4.1 2.7 31.5 12.3 出典:内閣府「令和6年度高齢社会対策総合調査(高齢者の経済生活に関する調査)」 図表3 要介護者の続柄、年齢(介護者の年齢別) (%) N 介護者からみた続柄 要介護者の年齢 配偶者 父母または義理の父母 その他 40〜64歳 65〜69歳 70〜74歳 75〜79歳 80歳以上 60〜69歳 18,189 18.0 80.2 1.8 2.6 6.8 6.9 2.2 81.5 70〜79歳 14,148 75.5 20.5 4.1 0.6 4.1 13.8 32.9 48.6 80歳以上 8,584 95.4 0.9 3.7 0.2 0.3 0.5 10.4 88.6 出典:厚生労働省「令和4年国民生活基礎調査」をもとに筆者集計 解説1 短日・短時間勤務制度、フレックスタイム制度の設計・運用と留意点 坂本直紀社会保険労務士法人 特定社会保険労務士 坂本(さかもと)直紀(なおき) 1 はじめに  2021(令和3)年施行の改正高年齢者雇用安定法により、70歳以降も働ける環境づくりが求められています。高齢者の健康や家庭事情などに配慮し、希望に応じた多様で柔軟な勤務制度の導入が重要です。  そこで、本稿では多様で柔軟な勤務制度として、短日・短時間勤務制度、フレックスタイム制度について解説します。 2 短日・短時間勤務制度について (1)基本的な内容  短日勤務制度とは、週あたりの所定労働日数を減らす勤務のことです(例:週3日勤務、など)  そして、短時間勤務制度とは、1日の所定労働時間を短くすることです(例:1日6時間勤務、など)。  この二つの制度を柔軟に組み合わせ、社員が「働く日数」、「働く時間帯」の両方を調整する場合もあります(例:週3日勤務かつ1日6時間勤務、など)。 (2)制度設計・運用上の留意点 @社会保険  定年後再雇用で有期契約の嘱託社員として勤務するなどの際、社員が短日・短時間勤務制度を選択することにより、社会保険の適用から外れることがあります。現在、従業員数51人以上の企業等で働く場合の社会保険適用基準は次の通りです。 ・週の所定労働時間が20時間以上であること ・所定内賃金が月額8.8万円以上であること ・2カ月を超える雇用見込みがあること ・学生でないこと  そして、従業員数50人以下の場合は、次のいずれにも該当する場合は、被保険者になります。 ・1週の所定労働時間が一般社員の4分の3以上 ・1月の所定労働日数が一般社員の4分の3以上  こうしたことから、勤務時間の長さなどで、社会保険加入資格が得られなくなる可能性があることに留意しておく必要があります。 A雇用保険  雇用保険の適用事業所に雇用され、次の労働条件のいずれにも該当する労働者は、原則として被保険者となります。 ・1週間の所定労働時間が20時間以上であること ・31日以上の雇用見込みがあること  したがって、短日・短時間勤務制度により、週の所定労働時間が20時間未満となれば、雇用保険の被保険者から外れることについても注意が必要です。 B労働基準法 ・年次有給休暇  週30時間以上勤務、または週5日以上勤務する場合は、通常労働者扱いとなり、短時間勤務制度を利用している場合も、通常の社員と同様に年次有給休暇を取得することになります。  一方で、週所定労働日数が4日以下、または年間所定労働日数が216日以下、かつ週所定労働時間が30時間未満の場合は、比例付与により、年次有給休暇の付与日数が少なくなります。したがって、短日・短時間勤務制度により、適用した後の基準日において年次有給休暇の付与日数が少なくなることもあります。 ・休憩時間  労働時間が6時間を超え8時間以下の場合は、少なくとも45分、8時間を超える場合は、少なくとも1時間の休憩を付与することとされています。したがって、短時間勤務により所定労働時間が少なくなれば、休憩時間の減少または付与しない取扱いが出てくる場合も生じます。 C同一労働同一賃金  同一労働同一賃金とは、同一企業におけるいわゆる正社員(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者など)との間の不合理な待遇差の解消を図るものです。  したがって、短日・短時間勤務制度を適用する社員についても、同一労働同一賃金があてはまりますので、注意が必要です。 (3)短日・短時間勤務制度に関する規程例  高齢者を対象とした短日・短時間勤務制度の規程例を紹介します。 (目的) 第1条 本規程は、満60歳以上の嘱託社員(以下「嘱託社員」という)が、健康状態や生活設計に応じて勤務日数・勤務時間を柔軟に選択できる「短日・短時間勤務制度」の運用に関し、必要な事項を定めることを目的とする。 (適用範囲) 第2条 本規程は、次のいずれかに該当し、会社と雇用契約を締結した者に適用する。 (1)定年到達後に再雇用された者 (2)60歳以上で新たに嘱託社員として採用された者 (勤務形態の選択) 第3条 嘱託社員は、次の勤務形態から一つを選択できる。 (1)短日勤務:週3日(原則:月・水・金)、1日8時間 (2)短時間勤務:週5日、1日6時間(9:00〜16:00、休憩1時間) (3)組合せ勤務:週4日、1日5時間(10:00〜16:00、休憩1時間) 2 前項の週の所定労働日数、1日の所定労働時間数、曜日、時間帯は、嘱託社員と所属長と協議のうえ、会社が必要と認めた場合は変更することができる。 (申請・承認および変更制限) 第4条 勤務形態の選択は、「短日・短時間勤務申請書」を原則として、就業開始希望日の30日前までに人事部へ提出するものとする。 2 原則として、前項により決定した勤務形態は、次回の嘱託契約更新時まで変更できない。ただし、本人の病気治療・家族の介護その他やむを得ない事情が生じた場合で、本人が変更を申請し、所属長が認めた場合は、変更することができる。 (年次有給休暇) 第5条 週30時間以上勤務、または週5日以上勤務する嘱託社員には、正社員と同様に年次有給休暇を付与する。週所定労働日数が4日以下または年間所定労働日数が216日以下かつ週所定労働時間が30時間未満の場合は、次表の通り、勤続年数に応じた日数の年次有給休暇を付与する。 年次有給休暇比例付与表(略) 週所定労働日数 年間所定労働日数 雇入れの日から起算した継続勤務期間に応ずる日数 6カ月 1年6カ月 2年6カ月 3年6カ月 4年6カ月 5年6カ月 6年6カ月 4日 169〜216日 7日 8日 9日 10日 12日 13日 15日 3日 121〜168日 5日 6日 6日 8日 9日 10日 11日 2日 73〜120日 3日 4日 4日 5日 6日 6日 7日 1日 48〜72日 1日 2日 2日 2日 3日 3日 3日 (基本給) 第6条 嘱託社員の基本給は月給制とし、次に定める方法で基本給を決定する。 (1)基準月額:週5日・1日8時間勤務を前提とした「賃金表」に定める金額である。当該基準月額に基づき、次号以降における短日・短時間勤務者の基本給を定める。 (2)短日勤務者の基本給:基準月額×(週所定勤務日数÷5) (3)短時間勤務者の基本給:基準月額×(1日の所定労働時間÷8) (4)組合せ勤務者の基本給:基準月額×(週所定勤務日数÷5)×(1日の所定労働時間÷8) (通勤手当) 第7条 通勤手当は、原則として、定期券購入費に相当する金額を毎月支給する。ただし、通勤交通費を計算した結果、通勤交通費にかかる実費が定期券購入費を下回る場合は、原則として実費を支給するものとする。 (附則)  本規程は、〇年〇月〇日から施行する。 3 フレックスタイム制度について (1)基本的な内容  図表1の通り、通常の労働時間制度では、労働者はあらかじめ定められた始業・終業時刻に基づき、勤務することが求められています。  一方、フレックスタイム制度では、あらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、労働者が自ら、日々の始業・終業時刻および労働時間を決められることを特徴としています。  また、いつでも出社または退社してもよい時間帯をフレキシブルタイム、必ず勤務しなければならない時間帯をコアタイムとして定めることができます。 (2)制度設計・運用上の留意点 @労使協定  フレックスタイム制度を導入するには、労使協定で次の事項を定めることが必要です。 (a)対象となる労働者の範囲  「全従業員」、「〇〇部に所属する社員」のように対象となる労働者の範囲を定めます。 (b)清算期間  フレックスタイム制度において、労働者が労働すべき時間を定める期間のことを意味します。清算期間を定める際は、清算期間の起算日(例:毎月1日)を決めておく必要があります。 (c)清算期間における総労働時間  清算期間における総労働時間とは、労働者の勤務が義務づけられている所定労働時間です。  そして、月単位を清算期間とした際の、清算期間における総労働時間を定めるにあたっては、図表2に示す通り、法定労働時間の総枠の範囲内とする必要があります。また、総労働時間を、「1日の所定労働時間に清算期間における所定労働日数を乗じて得られた時間数」のような定め方をする場合もあります。 (d)コアタイム(任意)  コアタイムは、労働者が1日のうちで必ず働くことが義務づけられている時間帯です。コアタイムを設ける場合は、その時間帯の開始・終了の時刻を労使協定で定める必要があります。 (e)フレキシブルタイム(任意)  フレキシブルタイムは、労働者が自らの選択によって労働時間を決定できる時間帯です。フレキシブルタイムを設ける場合においても、その時間帯の開始・終了の時刻を労使協定で定める必要があります。 Aそのほかの留意点 ・フレキシブルタイム時間帯の会議  フレキシブルタイムの時間帯に、例えば、「〇時に出社しなさい」といった命令はできません。  したがって、例えば、朝9時から10時まで会議を開催する場合、フレキシブルタイムの時間帯であれば、原則として、会議の出席を強要できません。会議という事情を説明して、会議の時間帯に出社を依頼して同意を得る対応になります。 ・年次有給休暇の取扱い  フレックスタイム制の対象労働者が、年次有給休暇を1日取得した場合、その日については、標準となる1日の労働時間を労働したものとして取り扱うことになります。 (3)フレックスタイム制に関する規程例 (目的) 第1条 本規程は、〇〇株式会社(以下「会社」という)の就業規則に基づき、フレックスタイム制で業務に従事する従業員(以下「フレックス勤務者」という)について必要な事項を定めることを目的とする。 (適用対象者) 第2条 フレックス勤務者は、管理監督者及びアルバイト社員以外の全社員を対象とする。 2 フレックス勤務者の始業及び終業の時刻については、フレックス勤務者の自主的決定に委ねるものとする。 (清算期間) 第3条 清算期間は1か月間とし、毎月1日を起算日とし、当月末日までとする。 (所定就業日) 第4条 フレックス勤務者の所定就業日は、就業規則に定めるところによるものとする。 2 会社は業務の都合上、必要がある場合は、休日を所定就業日に振り替えることがある。 3 休日を振り替える場合は、前日までに振り替える休日を指定し、フレックス勤務者に通知する。 (総労働時間) 第5条 一清算期間における総労働時間は、1日の所定労働時間に、清算期間における所定労働日数を乗じて得られた時間とする。 (標準となる1日の労働時間) 第6条 標準となる1日の労働時間は、8時間とし、年次有給休暇、積立年次有給休暇など有給で付与する休暇については1日につき8時間の労働があったものとして取り扱い、通常の賃金を支払うこととする。 (コアタイム) 第7条 コアタイム(フレックス勤務者が必ず就業しなければならない時間帯)は、10時から15時までとする。 (フレキシブルタイム) 第8条 フレキシブルタイム(業務計画に合わせて就業時間、始業・終業の時刻を自主的に選択できる時間帯)は、次の通りとする。 (1)始業時間帯=7時から10時までの間 (2)終業時間帯=15時から20時までの間 (休憩) 第9条 休憩時間は、12時から13時までとする。 (労働時間の清算) 第10条 清算期間における労働時間数が第5条に定める総所定労働時間を超過した場合は、当該超過労働時間に対して時間外勤務手当を支給する。 2 第5条の総労働時間に不足する時間については、基本給、手当のうちその満たない時間に相当する部分の額は支給しないものとする。 (フレックスタイム制の一時解除) 第11条 突発的業務、緊急事態の発生その他の都合により会社が必要と認める場合には、フレックスタイム制の適用を解除する場合がある。 (労働時間の管理) 第12条 フレックスタイム制の労働時間の管理は、次の通りとする。 (1)フレックス勤務者は、各日の労働時間を会社所定の方法で記録しなければならない。 (2)フレックス勤務者は、月間総労働時間に著しい過不足が生じないようにしなければならない。 (健康管理) 第13条 フレックス勤務者は、健康管理、ワークライフバランスの観点から、休日労働、深夜労働は、なるべく行わないように努めるものとする。 (適用解除) 第14条 会社は、合理的理由がないにもかかわらず、月間総所定労働時間に著しい過不足を発生させる勤務不良者についてはフレックスタイム制の適用を解除し、通常勤務に変更することがある。 (附則) 第15条 本規程は、〇年〇月〇日から施行する。 図表1 フレックスタイム制度と勤務時間 <通常の労働時間制度> 勤務時間 休憩 勤務時間 始業時刻 勤務が義務づけられている時間帯 終業時刻 <フレックスタイム制度> フレキシブルタイム コアタイム 休憩 コアタイム フレキシブルタイム 出社自由な時間帯 勤務が義務づけられている時間帯 退社自由な時間帯 ※厚生労働省「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」P.3の図を筆者が一部修正・加筆 図表2 清算期間の暦日数と法定労働時間の総枠 1カ月の法定労働時間の総枠 清算期間の暦日数 31日 177.1時間 30日 171.4時間 29日 165.7時間 28日 160.0時間 ※筆者作成 解説2 在宅勤務制度の設計・運用と留意点 株式会社田代コンサルティング 田代(たしろ)英治(えいじ) 1 はじめに  昨今の人手不足の状況下、シニアに対する多様で柔軟な勤務制度の整備は、重要な雇用施策となっています。なかでも、加齢による体力の低下に対応でき、多様で柔軟な働き方を可能とする在宅勤務制度は、有望な選択肢の一つです。  ここでは、在宅勤務制度の概要やメリット・デメリット、制度設計・運用していくうえでの留意点および就業規則の規程例についても解説します。 2 テレワーク(在宅勤務)の定義と形態  在宅勤務はテレワークの一種です。このテレワークは、英語の「tele =離れた所」と「work=働く」をあわせた造語で、自宅など、会社以外の場所で情報通信機器を活用して働くことをいいます。  テレワークは、ICTを利用し、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方であり、子育て世代やシニア世代、病気治療中や障害のある方も含め、一人ひとりのライフステージや生活スタイルに合った多様な働き方を実現するものです。  テレワークは、「雇用型」と「非雇用型(自営型)」に分類されます。  このうち、企業に雇用されている状態でのテレワーク(雇用型)は、業務を行う場所によって「在宅勤務」、「モバイルワーク」、「施設利用型勤務」の三つに分けられます。 @在宅勤務  在宅勤務とは、「自宅を就業場所として業務にたずさわるスタイル」のテレワークです。在宅勤務の場合、子育てや家族の介護、急な病気やけがなどでオフィスに行くことが困難な人でも仕事を続けられるため、柔軟な働き方を促進する制度として注目されています。  企業によって、すべての労働日を在宅勤務にあてる場合もあれば、週に数日だけテレワークを利用できるといったルールを設けている場合もあります。 Aモバイルワーク  モバイルワークとは「施設に依存せず、いつでも、どこでも仕事が可能な働き方」のことです。モバイルワークの例としては、カフェでの仕事や新幹線で移動中に仕事をすることなどがあげられます。 B施設利用型勤務  施設利用型勤務とは「サテライトオフィス、テレワークセンター、スポットオフィスなどを就業場所とする働き方」のことです。 3 在宅勤務制度のメリット・デメリット  高齢者雇用において、今後活用が期待できる在宅勤務制度について、メリット・デメリットとして、次のようなことが考えられます。 (1)在宅勤務制度導入のメリット・デメリット  会社側からみた場合には、ワーク・ライフ・バランスが最適化されることによる生産性の向上や、優秀な人材の確保を期待できることがメリットとなります。  社員側からみた在宅勤務のメリットは、通勤時間が発生しないことです。通勤ラッシュによる負担やストレスもありません。また、育児や介護をしながら仕事ができることも大きなポイントです。  一方、デメリットとして、家庭内雑務に気をとられたり、ワークスペースが狭かったりといった条件が重なって、円滑な業務遂行への影響が考えられます。また、作業時の電気代をはじめとする業務上のコストと生活費とを切り分けづらいため、社員がコストを自己負担するケースもあります。 (2)高齢者雇用における在宅勤務制度  経験豊かな高齢者は企業にとって貴重な存在ですが、体力や身体機能の低下は避けては通れません。この点、在宅勤務制度の導入は、業務に熟練した優秀な人材をつなぎ止め、仕事と介護などとの両立を容易にするメリットがあります。  高齢者の勤務形態の柔軟さや働き方の工夫は、全社員にとって働きやすい環境となり、若者や女性の人材確保にも大いに役立つでしょう。  このように、在宅勤務制度は高齢者雇用にとってメリットをもたらす一方、懸念されるのが在宅勤務に欠かせない高齢者のITのリテラシーです。  企業としても、在宅勤務制度の円滑な運用のために、デジタルスキル(ITを使いこなす知識・能力)向上に向けたシニア層の支援が求められます。 4 在宅勤務制度を設計・運用していくうえでの留意点  会社が在宅勤務制度を円滑に運用していくためには、以下の点に留意し、在宅勤務のルールを就業規則(「在宅勤務規程」など別規程として)に定め、周知することが必要です。 (1)在宅勤務の対象者  在宅勤務を適切に導入・実施するにあたっては、本人の意思を尊重することが重要ですので、本人の希望も対象者の要件とします。  円滑な運用とするためには、会社の許可がある場合にかぎって利用できるような制度の枠組み(許可制)としたうえで、事前の許可の期限とだれの許可が必要か(例えば、1週間前までに所属長の許可を要するなど)を決めておく必要があります。  また、いったん許可を与えた場合でも、(不適切な利用をしている者などに)いつでも取消しなどができる旨の規定を設けておくほうがよいでしょう。 (2)在宅勤務時の服務規律  就業規則本文などに定められている遵守事項以外で、情報通信機器や情報そのものの取扱いに関する事項など、在宅勤務に必要な服務規律を定めます。  ただし、職務専念義務(「勤務中は職務に専念すること」など)については、就業規則本文に定めがあっても、あえて在宅勤務規程にも職務専念義務について定めることで、注意喚起する効果を期待することができます。 (3)在宅勤務時の労働時間  通常の労働時間制度(毎日9時から18時までという定まった時間帯に業務を行う形)を在宅勤務に適用する場合には、在宅勤務者も通常のオフィスで業務を行うときと同じように勤務しなければなりません。つまり、始業および終業の時刻、休憩時間は、オフィスで勤務するときと同じ扱いとなります。  当然のことながら、在宅勤務中でも勤怠管理(始業および終業の時刻の把握)は必要であり、一般的には、始業および終業の際に上司に電話や電子メールで連絡を入れるという方法がとられています。  いわゆる中抜け時間についても、取扱いを定めることが望ましいです。在宅勤務では、一定程度業務から離れる時間が生じることが考えられ、このような中抜け時間については、労働基準法上、会社は把握することとしても、把握せずに始業および終業の時刻のみを把握することとしても、いずれでもよいとされています。中抜け時間を把握する場合、その方法として、例えば一日の終業時に、従業員から報告させることが考えられます。  一方で、柔軟な勤務制度が有効とされるシニアに対しては、みなし労働時間制の適用を可能としておくことも考えられます。ただし、みなし労働時間制は情報通信機器が常時通信可能な状態におかれていないこと、業務が会社の随時具体的な指示に基づいて行われない場合にかぎって適用可能である点に留意する必要があります。 (4)在宅勤務における費用負担  在宅勤務にかかわる通信費や情報通信機器などの費用については、労使どちらが負担するか、また会社が負担する場合における限度額、さらに従業員が請求する場合の請求方法などについては、あらかじめ労使で話し合い、規程などに定めておくことが望ましいです。  なお、在宅勤務者による水道光熱費や通信費用の自己負担などにかえて、一定額の手当(在宅勤務手当)で補う場合には、当該手当は割増賃金の算定基礎に算入しなければなりませんので、割増賃金の算定基礎の規定もあわせて変更する必要がある点に留意が必要です。 5 在宅勤務制度を導入する場合の就業規則(在宅勤務規程)の規程例  最後に、在宅勤務制度を導入する場合に必要となる就業規則(在宅勤務規程)の規程例を上記4で指摘した留意点に沿って、示していきます。 (1)在宅勤務の対象者と承認プロセス 第〇条(在宅勤務の対象者)  在宅勤務の対象者は、就業規則第△条に規定する従業員であって次の各号の条件を全て満たした者とする。 (1)在宅勤務を希望する者 (2)自宅の執務環境及びセキュリティ環境が適正と認められる者 2 在宅勤務を希望する者は、所定の許可申請書に必要事項を記入の上、1週間前までに所属長から許可を受けなければならない。 3 会社は、業務上その他の事由により、前項による在宅勤務の許可を取り消すことがある。 4 第2項により在宅勤務の許可を受けた者が在宅勤務を行う場合は、前日までに所属長へ実施を届け出ること。 (2)服務規律条項 第〇条(在宅勤務時の服務規律)  在宅勤務に従事する者は、就業規則第△条及びセキュリティガイドラインに定めるものの他、次に定める事項を遵守しなければならない。 (1)在宅勤務中は職務に専念すること (2)許可申請書に記載された就業場所以外での業務を行わないこと (3)会社から貸与されたPC及び情報通信機器を用いて業務を遂行すること (4)会社から所定の手続を経て持ち出した情報、及び在宅勤務における作業の経過及び成果について、第三者(家族を含む)が閲覧・コピーしないように最大限の注意を払うこと(ディスプレイ表示をしたままの離席やセキュリティガイドラインに反する複写・複製は行わないこと) (5)会社から所定の手続を経て持ち出した情報、及び在宅勤務における作業の経過及び成果については、紛失、棄損しないように丁寧に取り扱い、セキュリティガイドラインに則って保管・管理すること (3)在宅勤務時の労働時間 第〇条(労働時間)  在宅勤務時の労働時問については、原則、就業規則第△条の定めるところによる。 2 前項にかかわらず、会社の承認を受けて始業時刻、終業時刻及び休憩時間の変更をすることができる。 (*)事業場外みなし労働時間制を適用する場合の規定例 3 第1項にかかわらず、在宅勤務を行う者が次の各号に該当する場合であって会社が必要と認めた場合は、就業規則第△条に定める所定労働時間の労働をしたものとみなす。この場合、労働条件通知書等の書面により明示する。 (1)従業員の自宅で業務に従事していること (2)会社と在宅勤務者間の情報通信機器の接続は在宅勤務者に任せていること (3)在宅勤務者の業務が常に所属長から随時指示命令を受けなければ遂行できない業務でないこと 第〇条(休憩時間)  在宅勤務者の休憩時間については、就業規則第△条の定めるところによる。 第〇条(所定休日)  在宅勤務者の休日については、就業規則第△条の定めるところによる。 第〇条(時間外及び休日労働等)  在宅勤務者が時間外労働、休日労働及び深夜労働をする場合は所定の手続を経て所属長の許可を受けなければならない。 2 時間外労働、休日労働及び深夜労働について必要な事項は就業規則第△条の定めるところによる。 3 時間外労働、休日労働及び深夜労働については、給与規程に基づき、時間外勤務手当、休日勤務手当及び深夜勤務手当を支給する。 第〇条(中抜け時間)  在宅勤務者は、勤務時間中に所定休憩時間以外に労働から離れる場合は、その中抜け時間について、終業時にメールで所属長に報告を行うこと。 2 中抜け時間については、休憩時間として取扱い、その時間分終業時刻を繰り下げること。 (4)費用負担 第〇条(費用の負担)  会社が貸与する情報通信機器を利用する場合の通信費は会社負担とする。 2 在宅勤務に伴って発生する水道光熱費は在宅勤務者の負担とする。 3 業務に必要な郵送費、事務用品費、消耗品費その他会社が認めた費用は会社負担とする。 4 その他の費用については在宅勤務者の負担とする。 (*)在宅勤務手当を支給する場合の規定例 第〇条 在宅勤務者が負担する自宅の水道光熱費及び通信費用のうち、業務負担分として毎月月額○○○○○円を支給する。 事例 株式会社NJS(東京都港区) 70歳定年を支える柔軟な働き方と健康経営○R(★) 新たなビジネスモデル構築に挑む上下水道の建設コンサルタント  株式会社NJSは1951(昭和26)年に設立された上下水道分野に特化した建設コンサルタント企業。「健全な水と環境を次世代に引き継ぐ」というパーパスを掲げ、上下水道などのインフラに関するコンサルティング、調査、設計、施工管理、経営コンサルティングなど、多岐にわたる事業を展開している。  同社の執行役員管理本部人事総務部長の細谷(ほそや)守生(もりお)さんは、事業の現状・展望について次のように話す。  「従来、当社は上下水道の設計や計画を手がけ、自治体のアドバイザーとしての立場で受託業務を中心に事業を展開してきました。近年は、政府主導でウォーターPPP※が推進されており、全国の事業体で導入可能性調査や導入検討が始まっています。この変化を受けて、当社も従来のアドバイザーの立場に加え、事業運営をになう民間プレイヤー側にも積極的に参画し、事業領域の拡大を図っています。キャッチフレーズとして掲げている『水と環境のオペレーションカンパニー』を目ざし、設計・計画業務に加え、DXの活用による施設運営管理の効率化、低コスト化を実現する提案を行うなど、新たなビジネスモデルを構築しています」 2019年に70歳定年制と年齢上限のない再雇用制度を導入  同社では、2019(平成31)年4月、従来の60歳定年・65歳までの再雇用制度を改定し、70歳定年制を導入。70歳定年後は、1年更新の契約社員となり、本人の健康状態や能力、会社の業務状況によっては、年齢上限なく働くことも可能となっている。  経営トップの「会社の競争力は“人”である」という強い意志のもと、2018年に高齢人材活用の検討がスタート。改革のコンセプトとして「ワーク・ライフ・イノベーション(仕事と人生の充実)」を掲げ、「働き方改革による70歳定年の実現」、「創造性と生産性の向上」、「人材育成の基盤強化」の3本柱で検討を重ねた。当初は65歳定年、70歳までの再雇用制度も検討されていたが、「ダイバーシティ推進のため、女性や障害者、外国人と同じように、高齢人材の活用を積極的に行いたい。そのためにも70歳定年制を実現したい」という経営トップの意向により、70歳定年制を前提とした抜本的な人事制度改革に方針を転換した。  こうした背景には、建設コンサルタント業界全体が抱える慢性的な人材不足がある。上下水道の設計には技術士をはじめとして国家資格が不可欠であり、シニア人材を含むこれらの資格者数が企業の競争力を左右する。また、「シニア社員」が長年の経験でつちかった技術的知見やノウハウは、会社にとって貴重な財産であり、その継承が重要な経営課題となっていたという。  定年を60歳から70歳へ延長したことで、「シニア社員」の知見をより長く組織内に留めることが可能となり、技術継承を着実に進める体制が整った。社員は70歳まで安定した収入を得られるようになり、将来の生活設計が立てやすくなるという安心感を得て働くことができるだけでなく、70歳以降も実力と健康状態次第で契約社員として継続して勤務ができることがやりがいにつながっている。  同社管理本部人事総務部課長の中塚(なかつか)理子(さとこ)さんは、制度改定後の高齢者雇用の状況について、次のように話す。  「2025(令和7)年3月に70歳定年制の導入以降、初めて4人の方が定年を迎えました。全員が契約社員として継続雇用され、それぞれの方がご自身の技術力を活かして、変わらずご活躍されています。2019年の制度改定以来、自治体OBの技術職や、民間企業での定年・再雇用を経て当社に入社していただく方も増えています。『まだまだ自身の能力や経験を活かして貢献したい』、『長く働ける点が魅力』という声が届いています」 希望や都合に合わせて働ける多様な勤務制度を整備  同社では、社員の生涯現役を実現する重要な要素として、自由度の高い働き方を掲げ、本人の希望や都合に合わせて働ける制度の整備に取り組んでいる。  「フレックスタイム制度」は、コアタイムを10時〜15時30分と定め、社員が自身の都合に合わせて勤務時間を調整することができる。毎日利用可能で、通院時間の確保や体調変化に合わせて早めに帰宅できるなど、自身の体調管理や家族の介護に活用できるほか、朝の通勤ラッシュを避けたオフピーク出勤や孫の保育園の送り迎えなど、個人の事情に柔軟に対応できる制度として活用されている。  「在宅勤務制度」は、週2回を上限として導入している。設計業務は、おもにパソコン上で行うため在宅勤務にも適していることから、シニア社員の多くが在宅勤務制度を活用しており、「通勤の体力的な負担を軽減しつつ、集中して業務に取り組める」と好評だ。家族の育児や介護を行っている社員については、在宅勤務制度が週2日から3日へ拡充される。  また、例えばがんの治療などを行っている社員については、個別に治療と仕事の両立支援プランを立て、完全在宅勤務や通院時間確保のための中抜けをプランに組み込むなど、個々の状況に合わせて柔軟な対応を行っているそうだ。  また、本人の申し出により契約社員に切り替えることも可能となっている。契約社員に変更すると、個別の労使間協議により完全在宅勤務のほか、短日・短時間勤務など、正社員よりもさらに柔軟で自由度の高い働き方が可能となる。契約社員への切り替えは、年2回実施する上長との面談で相談することができ、ライフプランに合わせた自由な働き方として、60代前半の社員が移行したケースもあるそうだ。 柔軟な処遇制度とポストオフ制度の導入  シニア社員を戦力として活用している同社では、柔軟で多様に働ける仕組みだけではなく、評価・処遇制度においても、柔軟に対応する仕組みの整備に取り組んでいる。  管理職である「マネジメント(M職)」、専門職をさす「エキスパート(E職)」、プレイヤーをになう「プロフェッショナル(C職)」、一般職の「アソシエイト(A職)」の4職群による複線型キャリアパスを整備。例えば、総合職で入社する技術者の場合は、C職から始まり、人事評価や会社指定の資格取得の有無などでC1→C2→C3に昇進し、条件を満たしたところでエキスパート(E職)とマネジメント(M職)に分かれる。エキスパートとマネジメントは役割の違いであり上下の差はない。  60歳以降は「シニア職」に位置づけられ、「シニア等級」に再格付けが行われる。例えば、60歳到達時点でE3に相当すると判断されれば、「S−E3」という等級に格付けされる。2019年4月の人事制度改定から5年が経過し、さまざまな課題が見えてきたため、2024年4月にシニア職の処遇制度については見直しを行った。  まず、60歳到達時に一律の比率で決定していた年収を個々の貢献度に合わせて変動するように変更した。  「60歳以上のシニア社員は原則として賞与はありませんが、年収ベースで処遇が決定されるため、賞与分が月給に上乗せされることで、月々の給与が上がるケースもあります」(中塚課長)  評価制度については、自治体を顧客とする入札型受注が事業の基本であるため、一般的な個人別売上げ目標による定量評価の適用が困難であったことから、現場ヒアリングを実施し、技術者に求められる具体的な行動を職種別に明示した「役割行動評価」を導入している。今回、この人事評価に基づくシニア職の昇格についてもルールを見直した。  「60歳以降も条件を満たせば昇格が可能で、実際に昇格したシニア社員もいます。これは、従来なかったがんばりを評価する仕組みとした成果だと考えています」(細谷部長)  また、65歳到達時に一律で職責を軽くしていた制度も見直した。  「従来の制度では、65歳到達時に面談・仕事内容の見直しと再格付けを行い、原則として1等級ダウンと業務負荷の軽減をルールにしていました。しかし、モチベーション、体力、スキルなど個人差が大きく、一律の対応では適切な処遇ができないと判断し、本人の希望、貢献度、上長の推薦に基づき、同等の職責を継続できるようにしました。新制度では、役職や責務の重さも考慮しながら、直近の人事評価結果を活用して処遇を決定します。会社への貢献度が大きい方については、年収が変わらずに維持するケースもあります」(中塚課長)  また、組織の持続的発展と人材育成を目的として、同時に「ポストオフ制度」を導入した。従来は60歳以降もマネジメント職(M職)継続が可能であったが、後進育成と計画的な世代交代を推進するため、60歳となりシニア職に移行する際は、原則として役職から離れ、専門職(E職)に移行し、経験と知識を活かす仕組みに変更した。  ポストオフ(役職定年)というと、モチベーションの低下も懸念されるところであるが、同社では複線型キャリアパス制度を採用しており、マネジメント職コースと専門職コースの処遇(給与・地位・評価等)に大きな差を設けない設計としていることから、役職定年を迎えた管理職が専門職へ移行した場合でも、処遇水準を維持することができるため、モチベーション低下を抑制できているという。 シニア人材の活躍と健康管理の取組み  長年の経験と専門知識を持つシニア社員は、設計の最終チェックを行う「レビューアー」として品質管理業務において非常に重要な役割をになっている。土木、建築、機械、電気の知識と、経験からくる「勘どころ」と呼ばれる直感的な判断力を活かし、設計の間違いや不具合防止に貢献するほか、新人や現役社員のサポート役として、つちかってきた技術を継承しつつ、後進育成に努めているシニア社員も多い。  各分野で活躍するシニア社員が、長く安心して働き続けられる環境を整備するため、同社では健康管理にも力を入れている。2018年に健康宣言を発表して、社員の健康づくり強化に取り組み、2021年から2024年まで、健康経営優良法人(大規模法人部門)に毎年認定されている。  具体的には、産業医、社内保健師による面談、社外のカウンセリング窓口の設置などを実施している。  「健康管理に対する意識が低い傾向にある社員層の場合、健康診断の数値が悪化するケースが多く見られ、将来的な健康リスクを懸念しています。特に疾患の予備軍に対するアプローチが重要だと認識しており、健康保険組合と連携したコラボヘルスに取り組んでいます。例えば、健康診断後に二次受診が必要とされた社員の受診率を上げるために、積極的に受診勧奨を行ったり、健康診断結果をもとに、特定保健指導を健康保険組合の協力のもと手厚く行い、生活習慣病が原因となる疾病を未然に防ぐことを意識しています」(中塚課長)  長く働くことで、その間に疾病にかかるリスクも上がることから、2025年3月からは、がんなどの三大疾病に備える団体生命保険を新たに導入している。また、病気の治療中の社員に対しては、保健師や上長が協力して「治療と仕事の両立プラン」を作成し、通院や服薬の時間を確保しながら仕事を続けられるようサポートしている。  細谷部長は、シニア社員の活用・戦力化と、健康や働き方の問題について次のように話す。  「シニア社員の専門知識と経験は、当社における重要な財産です。特に設計・計画分野での暗黙知を形式知化し、新たな事業領域に活用することが求められる現在においては、若手社員の新分野への挑戦に、ベテランの知見を組み合わせることで、競争優位性を確保していきたいと考えています。  一方で、シニア社員が持続的に活躍するためには、健康面への配慮や、無理なく働ける仕組みづくりが不可欠です。健康経営を重要な経営戦略と位置づけ継続するとともに、シニア社員の体力やライフスタイルに応じた柔軟な働き方を引き続き推進して、シニア社員が専門性を発揮できる環境を整備し、組織全体のパフォーマンス向上を図っていきます」  フレックスタイム制度、在宅勤務制度、契約社員への転換による短日・短時間勤務等の活用などの取組みにより、多様で柔軟な勤務制度を充実させ、シニア社員が個人の体調や家庭事情、ライフプランに応じて選択できる環境を整備した株式会社NJS。評価・処遇制度を含め制度の見直し・改定に取り組みながら、包括的に生涯現役にアプローチしている取組みは、多くの企業にとって大いに参考になるだろう。 ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 ※ウォーターPPP……上下水道など、水インフラの整備・運営に民間資金や技術を取り込み、官民連携を促進する国の政策 写真のキャプション 執行役員管理本部人事総務部細谷守生部長(左)、管理本部人事総務部中塚理子課長(右)