高齢者の職場探訪 北から、南から 第157回 福井県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 高齢従業員の働きやすさを支えるコミュニケーションと環境整備 企業プロフィール 株式会社まちづくり小浜(おばま)(福井県小浜市) ▲設立 2012(平成24)年 ▲業種 観光施設運営(宿泊・飲食・小売) ▲従業員数 77人 (60歳以上男女内訳)男性(5人)、女性(15人) (年齢内訳)60〜64歳 8人(10.4%) 65〜69歳 7人(9.1%) 70〜74歳 4人(5.2%) 75歳以上 1人(1.3%) ▲定年・継続雇用制度 定年60歳。希望者全員をパートまたは契約社員として65歳まで継続雇用。最高年齢者は調理を担当する78歳  福井県は本州の日本海側に位置し、越前(えちぜん)から若狭(わかさ)まで南北に広がる変化に富んだ地形が特徴です。北部には越前海岸や白山(はくさん)山系(さんけい)の山並みが連なり、南部は若狭湾の穏やかな海と里山に囲まれた自然豊かな環境が広がります。  歴史的には越前松平家による城下町文化や、京へ海産物を献上した若狭の食文化など、多彩な地域性を育んできました。越前和紙、若狭塗、越前打刃物(うちはもの)といった伝統工芸がいまも息づいています。  JEED福井支部高齢・障害者業務課の斎藤(さいとう)朋子(ともこ)課長は、福井県の産業と支部の活動について、次にように話します。  「県内のおもな産業としては、繊維産業、眼鏡産業、機械産業、そして原子力発電所によるエネルギー供給があげられます。特に、眼鏡枠の生産は全国シェアの9割を占め、繊維産業は総合産地を形成しています。また、原子力発電所は関西経済圏へのエネルギー供給基地としての役割をになっています。  当支部は労働局やハローワークと連携して、より多くの企業に対して制度改善提案ができるように力を注いでいます。プランナーを中心とした制度改善提案が、実際の制度改善にすぐにつながらなかったとしても、企業内で検討するきっかけとしていただくために取り組んでいます」  同支部で活躍するプランナーの一人、國久(くにひさ)弘敏(ひろとし)さんは、高年齢者雇用アドバイザー・プランナー歴7年。社会保険労務士として活躍し、多様な事業所に対して状況に応じた労働時間制度および賃金制度に関する助言を行っています。気さくな語り口ながら、専門知識に基づいた説得力ある提案、助言で多くの経営者、企業の担当者から信頼を得ています。  今回は、國久プランナーの案内で「株式会社まちづくり小浜」を訪れました。 「食のまちづくり」を推進する観光複合企業  日本版DMO※登録法人の株式会社まちづくり小浜は、2012(平成24)年に道の駅「若狭おばま」の運営会社として誕生しました。当初は4〜5人で運営を行っていたそうですが、いまでは77人にまで拡大。道の駅のほか、町家を再生した宿泊施設「小浜町家(おばままちや)ステイ」、コロナ禍で閉業した旅館を買い取りリノベーションした「若狭佳日(わかさかじつ)」、地元食材を活かしたレストラン「濱(はま)の四季」の四つのブランドを運営しています。  雇用形態は非正規従業員が7割、うち60歳以上が20人で、レストラン部門では60〜70代が9割を占め、最高年齢者は78歳の調理担当者という「高齢者が主役」の職場です。  「小浜は古代から御食国(みけつくに)として京の都に海産物を献上してきた食の都です。穏やかな湾と山並みが育む米どころで、若狭牛、梅、牡蠣、ふぐ、わかめなど豊かな味覚がそろっています。福井県唯一の国宝建造物である明通寺(みょうつうじ)本堂や国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に指定された西組(にしぐみ)の町並みが点在し、海水浴や釣りが楽しめ、自然と文化に恵まれています。私たちは『小浜を一流の観光地にする』というビジョンのもと、食の町づくりに取り組んでいます」と話すのは、同社の経営企画室副室長経理課長(CFO)、小浜町家ステイ管掌商品開発部の藤本(ふじもと)隼人(はやと)さんです。  施設運営のほか、地域活性化の取組みとして「まち歩きマルシェ」を2021(令和3)年からスタートしました。歴史的町家が連なる西組地区のおよそ2kmの通り全体を市場に見立て、空き家や既存の店舗の軒先、建物の一部を活用し、地元はもちろん県内外から集まった出店者が雑貨や食べ物、工芸品などを販売するイベントです。毎年、紅葉が映える秋ごろに開催しており、参加者は古い町並みをそぞろ歩きしながら、ショッピングや旬のグルメ、交流を楽しみます。町全体を活用するこのイベントは、新たな店舗の出店につながっており、マルシェ出店をきっかけに常設のカフェや飲食店が誕生した事例もあり、観光と暮らしを結ぶ地域づくりの実践例として注目されています。 2カ月に1回アンケートを実施し体調と業務負担感を把握  同社の定年は60歳、希望者全員65歳までパートタイマーや契約社員として働くことが可能です。その後も運用で積極的に継続雇用する方針で、新規採用も行っています。  「高齢従業員が特に活躍するレストランは、市が運営していたころから在籍している方や他施設からの引継ぎで、60歳以上のスタッフが自然と増えてきました。ベテランの方々は本当に作業の手が速くて驚きます。元気な方にはぜひ働き続けてほしいと思っています」(藤本さん)  高齢者の新規採用では、面接時に一人ひとりの希望、体力、得意分野をしっかりヒアリングし、適した部署、体力負担の少ない業務、勤務時間を考慮しているそうです。ただ、このように適正なマッチングを心がけても、次第に担当業務が負担になり退職を願い出る人がいます。そうした際は早々に面談のうえ、別施設の異業種に配置転換することで、いまも継続して勤務している人もいるそうです。  ほかにも、レストランのメニューを変更してから、業務量が増え、従業員からさまざまな声が届くようになった時期がありました。  「疲労が要因と考えられるミスの増加もあり、勤務シフトや体制を見直しました。人員を増やして、週4日勤務から週3日勤務に減らし、連続勤務を避け疲労を軽減する対策をとったところ、従業員の健康状態が改善され、ミスがなくなりました」と藤本さんは話します。  これらの経験をふまえ、同社では2カ月に1回従業員にアンケートを実施しています。従業員の健康状態、仕事量に無理がないかを把握するためのもので、スマートフォンを使って数分で回答できる簡易なアンケートです。スマートフォンを使えない従業員には、直接対話で状況を確認しています。回答率は80%以上と高く、結果がよくない人には個別で声かけをするなどきめ細やかに対応し、必要に応じて仕事量を調整しています。  設備面でも高齢従業員に負担がないよう、客席に返却口を設けてセルフスタイルに改善を図ったほか、手元ライトや明るいLEDで視認性を確保し、高齢従業員が働きやすい環境整備に取り組んでいます。さらに、現場の意見を吸い上げるため、月1回のミーティングを実施し、できるだけ要望に応えるよう努めています。  当面の課題は、夏季の草刈りの体力作業。暑さによる負担が大きいため、業者への外部委託を検討中とのことです。  國久プランナーは、同社のこうした取組みについて、「すでに高齢従業員が働きやすい工夫を随所に取り入れています。多様な施設を運営している分、適材適所の配置が可能だと思います」と評します。  今回は、高齢従業員が活躍するレストランで店長を務めている方に、お話をうかがいました。 名物店長が築く“食と観光一体”の店づくり  レストラン「濱(はま)の四季(しき)」の店長を務める西本(にしもと)一郎(いちろう)さん(71歳)は、大学卒業後、敦賀(つるが)市にある水産物加工メーカーから誘いを受けて就職し、35年にわたって勤めました。その後、ドライブインでの勤務を経て、2018年にまちづくり小浜に入社。同時に、現職に抜擢されました。  食品と観光に一貫してたずさわり、食品メーカー時代には工場見学やちくわ・かまぼこづくりの体験コーナーを設けて観光客誘致に成功するなどの実績もあります。「味わうことは、まちを旅すること」、そんな感覚で西本さんは“食”を“観光”と一体化させてきました。「食品と観光は自分のなかでは一つです。この分野の知識と経験、あとは口だけで生きてきました。これが私のすべて」と笑う西本さん。場を一瞬で和ませる名物店長です。  西本さんは人間味あふれるマネジメントでもスタッフの信頼を得ています。「人間関係というのは、組織の一つの大きなコミュニケーションになるわけです。気分よく働いてもらうのが第一」と語る通り、スタッフそれぞれの個性や状況を把握し、特に深入りはせずに相手を尊重する距離感を大切にしています。  毎年、地元高校の食物科からインターンシップを受け入れており、過去にはインターン生がそのままアルバイトとして定着したこともあるそうです。若いスタッフの育成にも意欲的です。  藤本さんは、特に西本さんと調理長との絶妙なコンビネーションが店づくりに活きていると話します。  「西本さんと調理長は20歳近く年が離れていますが、同じ高校の先輩と後輩という間柄もあってか息がぴったりです。ホールを店長が、調理場を調理長がまとめ、互いの持ち場を尊重して、意見を出し合いながら協力しています。夏場の繁忙期は、ホールと厨房の連携が特に重要になりますが、事前に打合せを念入りにし、注文が一気に集中する時間帯でも互いの動きに呼応する“阿吽(あうん)の呼吸”で乗り切っています」(藤本さん)  「厨房とホール、どちらかが詰まると店全体が止まってしまいます。だから調理長とはよく話します。ちょっとでもお客さんをお待たせしたくないですから」(西本さん)  来客アンケートでは「接客が印象的だった」との声も多く、おいしい食事はもとより、名物店長率いるホールスタッフの接客が満足度につながり、リピーターの獲得および売上げ増に寄与しています。  「売上げ、来客数は伸びています。ですが、絶好調時が一番危ないと思っています。守りに入らず攻めの姿勢を維持して、若手へ現場を託す準備を進めていきたいです」と西本さんはふと厳しい表情で方針を語りました。  まちづくり小浜は、2024年に敦賀まで延伸した北陸新幹線を追い風に冬の閑散期をなくすことを次なるテーマに据えています。藤本さんは、「高齢の方々には観光客や若手社員に、小浜の魅力や歴史、食文化を伝えてほしいです」と、小浜を一流の観光地にするため、高齢従業員が果たす役割に大きな期待を寄せていました。  取材後、國久プランナーは、以前から提案している定年年齢を65歳、ならびに継続雇用の年齢を70歳へ引き上げることについてふれ、「いまは全従業員の約7割が非正規雇用であり、定年到達者が少ないため、定年制度の実感は薄いかもしれませんが、定年や継続雇用制度の見直しを含め、より長く安心して働ける環境づくりを今後とも支援していきたいです」と語りました。  観光客の通年化が実現すれば雇用もより安定し、定年年齢を65歳に、70歳までの継続雇用の本格検討も現実味を帯びるかもしれません。ベテランの地域知を観光客の食文化体験に転換し、若手へ技術と文化を継承する挑戦はこれからが本番といえそうです。(取材・西村玲) ※DMO(ディーエムオー)……Destination Management/Marketing Organizationの略称。「観光地域づくり法人」と訳される。地域の官・民・事業者を束ね、科学的なデータとマーケティング手法を用いて観光地全体をマネジメントする役割をになう 國久弘敏 プランナー アドバイザー・プランナー歴:7年 [國久プランナーから] 「初対面のケースが多いため、できるだけ懇切丁寧に説明し、情報は惜しみなく提供しています。相手の立場に立って考えることを心がけています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆福井支部高齢・障害者業務課の斎藤課長は國久プランナーについて「明朗・明解、元気な語り口や親身な姿勢は、訪問先の企業やほかのプランナーなどから厚い信頼を得ています。プランナーなどのミーティングでは、効果的・円滑な事業所訪問につながるよう積極的に課題の提起・解決に向けた発言に努めています」と話します。 ◆福井支部高齢・障害者業務課は、越前市の福井職業能力開発促進センター(ポリテクセンター福井)内にあり、ハピラインふくい(元JR北陸本線)王子保(おうしお)駅から徒歩18分程度です。越前市は、関西・中京圏などの主要都市や福井市・敦賀市など周辺都市との交通の要衝となっており、北陸新幹線の延伸により、関東圏とのアクセスも便利になりました。 ◆同県では5人のプランナー・高年齢者雇用アドバイザーが、精力的に活動を行っています。2024年度は175件の相談・助言、50件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●福井支部高齢・障害者業務課 住所:福井県越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 電話:0778-23-1021 写真のキャプション 福井県小浜市 道の駅「若狭おばま」 藤本隼人経営企画室副室長経理課長 接客をするレストラン「濱の四季」店長の西本一郎さん