知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第87回 就業確保措置とフリーランス新法、経歴詐称と内定取消し 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲/弁護士 木勝瑛 Q1 70歳までの就業確保措置において、高齢社員に業務委託として就労を続けてもらう際の留意点について知りたい  人材不足が続いており、65歳の定年後も継続雇用をするほか、人材確保のため就業機会確保措置として業務委託契約に基づき就業してもらうことも検討しています。  雇用から業務委託に変更する場合の留意点について教えてください。 A  65歳を超えてから業務委託へ変更する場合にも、フリーランス保護法の適用があること、労働者ではないのであれば、依頼や業務の諾否(だくひ)の自由を確保するようにしておくことは、特に留意しておく必要があります。 1 高年齢者雇用安定法と就業機会の確保  現行の高年齢者雇用安定法においては、70歳までの就業機会の確保が努力義務とされています。また、2022(令和4)年時点の健康寿命も、男性は72歳、女性は75歳を越えており、65歳を迎えても健康的に働くことができる方が増えているというデータもあります。  そのため、65歳を超えてからについては、継続雇用のみではなく、就業確保措置として業務委託などのフリーランスとしての業務を委託することも可能となることから、業務委託契約への切り替えという方法が取られることが増えていくのではないかと思われます。  これらについては、2021年の改正高年齢者雇用安定法の施行時に、厚生労働省から改正の概要に関するパンフレットやQ&Aが公表されており、これらを参考に取り組むことが重要となっています。  当時のパンフレットが作成された時点では、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(以下、「フリーランス保護法」)が制定される前でした。しかしながら、同法においては、雇用契約からの切り替えであるとしても、適用対象外とするような定めは置かれていませんので、業務委託へ切り替えた場合には、同法が定める内容についても遵守しなければならないということには、あらためて留意しておく必要があります。 2 フリーランス保護法のおもな内容  フリーランス保護法において保護対象とされているのは、従業員を使用していない事業者を意味しています。65歳の定年後に業務委託契約に変更するような場合には、ほとんどの場合該当するはずです。  また、適用対象となる委託業務の内容についても、役務の提供が含まれているため、65歳を迎えて退職する以前と類似または同種の業務を委託するような場合には、通常、該当することになります。  フリーランス保護法の適用対象となる場合には、@業務委託の給付内容、報酬の額、役務の提供場所、報酬の支払い期日などの法定事項を記載した書面または電磁的方法による提供、A60日以内の報酬支払期限、B受領拒否、報酬の(一方的な)減額、買いたたき、不当な経済上の利益の提供要請、不当な給付内容の変更・やり直しなどの禁止、C育児・介護等と業務の両立に対する配慮義務、Dハラスメントに係る体制の整備義務などが定められています。  通常、@の書面等による明示事項については、業務委託契約書を作成すれば、含まれるべき内容であり、A報酬支払期限についても、従前の賃金と同じような支給を想定すれば1カ月を超える期間にわたって報酬の支払いが留保されることはないはずです。  また、CおよびDの育児介護への配慮、ハラスメントに係る体制については、労働者と同等の扱いを継続することによって実現することは可能となるはずです。  問題はBの禁止行為の適用対象になるという意識をもって取り組む必要があるという点になるでしょう。下請法類似の規制が業務委託となった高齢者との間で適用される関係となりますので、特に、労働者との間のやり取りであれば業務理解や指導の範疇として許容され得るようなやり取りであっても、不当な給付内容の変更・やり直しに該当してしまうと、禁止行為となり、ハラスメント通報の端緒にもなるような事象となるでしょう。 3 労働者性との関係  フリーランス保護法との関係では、業務委託契約書の法定記載事項を押さえておくことで遵守することができそうですが、他方で、雇用から業務委託への移行に関しては、不利益変更や偽装請負などの観点から労働者性が大きな問題となります。  この点については、厚生労働省が改正法施行時に公表していたパンフレットなどが参考になります。  まず、雇用以外の方法での就業機会の確保については、労使間で合意した創業支援等措置の実施に関する計画を定める必要があります。そのなかには、支払う金銭に関する事項、契約締結頻度、契約変更に関する事項、安全衛生に関する事項などを定めるものとされています。  また、個別に締結する業務委託契約においては、労働者との相違が明確になるようにしておく必要があります。要素として、@依頼や業務の諾否の自由の有無、A指揮監督の有無、B時間的・場所的な拘束性の有無、C代替性の有無などが主要な要素としてあげられています。しかしながら、Cについては、従業員のいない個人への委託であれば代替性は認められにくいはずであり、B時間的・場所的な拘束性も、雇用していたときの業務経験などを活かしてもらうことを想定すると、ある程度の拘束性があることが多くなってしまいがちです。また、A指揮監督の有無というのは、契約上は直接の指揮監督はしないことを明示することになりますが、個人への委託であれば、発注とそれに付随する情報提供と指揮命令の区別は、客観的には必ずしも明確ともいいがたいこともあります。  そうすると、@諾否の自由の有無が決め手になりやすいところになりそうです。業務委託契約の内容については、フリーランス保護法を遵守する内容としつつ、諾否の自由を確保しておくという点が、65歳以降の就業機会確保措置におけるおもな留意事項になるでしょう。 Q2 中途採用として内定を出した人材が経歴を詐称していた場合の対応について知りたい  採用手続きにおける求職者の経歴詐称に対し、どのような対応策が考えられますか。内定を取り消すなどの対応が可能なのでしょうか。 A  詐称された経歴の重要性、詐称の動機、詐称の態様などを考慮して内定取消しが客観的に合理的であり、社会通念上相当であると認められる場合には、内定の取消しが有効と判断される可能性があります。経歴詐称による内定取消しを有効とした裁判例としてアクセンチュア事件があります。 1 採用内定の法的性質  日本の採用活動においては、採用手続きの過程のなかで、「採用内定」という手続きが取られることがあります。この採用内定を、法的にどのようなものと理解すべきでしょうか。  この点について最高裁は、「具体的事案につき、採用内定の法的性質を判断するにあたつては、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してこれを検討する必要がある」と判示しています(最高裁昭和54年7月20日判決、大日本印刷事件)。つまり、個別の事案によってその法的な性質を決定するものとされているのです。本判例では、具体的事案を検討して、始期付解約権留保付労働契約と評価されました。 2 始期付解約権留保付労働契約  「解約権留保付」というのは、使用者側において、解約権が留保されているとの意味合いになります(その意味で、「留保解約権」と呼ばれることもあります)。使用者としては、採用面接や採用時の資料など、限られた情報から採否を決定しなければならないことから、採用内定後に判明した事実をもって解約する権利を留保していると理解してよいでしょう。  判例も「試用契約における解約権の留保は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他いわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集(しゅうしゅう)することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるもの」と述べています。 3 留保解約権行使の要件  始期付解約権留保付労働契約においては、使用者側に解約権が留保されていると説明しましたが、では、この解約権は無制限に行使することが可能なのでしょうか。答えは否です。留保解約権の趣旨から一定の制限を受けています。  上記判例によれば、留保解約権の行使について、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解する」とされています。  つまり、内定時に会社が知り得た事情や、知り得ない事情であっても、その事情を理由に解約権を行使することが不適切な場合には、解約権行使の有効性は否定されることになります。 4 経歴詐称の問題  採用活動において、求職者の経歴は非常に重要視されています。特に、中途採用においては、自社の業務内容や風土とマッチするかどうかを判断するために重要と考えられています。  他方で、使用者としては、基本的に、求職者から提供される情報を基にして採否の判断を行うことにならざるを得ません。経歴についても、履歴書や職務経歴書を提出してもらうことで、採否の判断の一要素とすることが一般的です。つまり、使用者側としては、求職者の提出した資料が正しいことを前提に、内定の判断をせざるを得ない、ということになります。  経歴は、前述の通り採用活動において重視されている一方で、労働者側の申告に依存せざるを得ないため、これが詐称されてしまうと、採用活動そのものが不安定になってしまうことが懸念されます。  また、求職者の経歴は、採否の判断の決め手になることもあるため、経歴詐称が判明した場合には、採用内定の判断が覆る可能性があります。さらに、経歴に関する詐称が判明した場合には、信頼関係に傷が入ることが考えられますので、そのような観点からも採否の判断が覆ることがあり得るでしょう。 5 経歴詐称による内定取消し  中途採用者の経歴詐称に関し、内定取消しを認めた裁判例として、アクセンチュア事件(東京高裁令和6年12月17日判決)があります。本裁判例は、中途採用者として採用内定を受けていた原告が、その後の経歴調査により虚偽の経歴の申告が判明したなどとして内定を取り消されたため、会社に対して、労働者たる地位の確認を求めた事案です。  本裁判例では、上述の一般的な留保解約権の行使に関する基準にとどまらず、中途採用における経歴詐称の事案にプロパーの下位基準として「単に、履歴書等の書類に虚偽の事実を記載し或いは事実を秘匿した事実が判明したのみならず、その結果、@労働力の資質、能力を客観的合理的に見て誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるものとされたとき、又は、A企業の運営に当たり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内にとどめおくことができないほどの不正義性が認められる場合に限り、上記解約権の行使として有効なものと解すべき」(数字は筆者追記)と判示している点が注目されます。  本判決では、会社が中途採用者の経歴やコミュニケーション能力を重視していたこと、虚偽の記載がない旨の確認を書面にて受領していたこと、原告が前職での紛争を隠すために経歴詐称に及んだこと、面接の場においても経歴詐称が判明しないよう誤解を招くような受答えに終始していたことなどの事情を重視して、「企業内にとどめおくことができないほどの不正義性」を肯定し、留保解約権の行使を有効と認めました。  本判決の基準によれば、単に経歴詐称があったのみでは内定取消しは有効とはならず、詐称された経歴の重要性、経歴詐称の動機、経歴詐称の態様などを考慮して、事案ごとに有効性が判断されることになります。会社としては、内定者のリファレンスチェックを行うとともに、採用手続きの過程では、求職者からの書面に虚偽の記載がないことの確認を書面にて取得しておく、経歴に不信な点があれば面接時に具体的な質問を行うなどの対応が考えられるでしょう。