“学び直し”を科学する  ミドル・シニアだからこそできる「大人の学び直し」を、科学的な見地からひも解く本連載。4回目のテーマは“「脳番地」を活かした学び方”です。1万人の脳を診断した脳内科医・医学博士の加藤俊徳先生に、脳のメカニズムを利用した効果的な“学び直し”の方法について、お話しいただきました。 第4回 「脳番地」を活かした学び方 株式会社脳の学校 代表/加藤プラチナクリニック 院長 加藤(かとう)俊徳(としのり) 八つの「脳番地」を理解する  脳には1000億個以上の神経細胞があり、それぞれの細胞は機能ごとに集団を形成し、脳内に拠点をつくっています。例えていうなら、脳の中には会社組織を構成する部署のようなもので、私はこれを「脳番地」と呼んでいます。  脳番地は右脳と左脳に各60ずつ、計120ほど形成されていますが、そのなかでぜひ知っておいていただきたいのが、次の八つの脳番地です。 @思考系脳番地…意思決定をになう「脳の総司令塔」。何かを考えるときに働く。 A理解系脳番地…脳に入ってきた情報を統合する役割をになう。わからないことを理解しようとするときなどに働く。 B記憶系脳番地…情報を整理し、必要に応じて引き出す機能を持つ。ものを覚えたり、思い出したりするときに働く。 C感情系脳番地…喜怒哀楽などあらゆる感情を生み出し、それを管理する領域。生涯にわたって成長を続ける。 D伝達系脳番地…コミュニケーションや情報発信をになう「脳の広報」。ほかの脳番地と密接に連携する。 E運動系脳番地…体の動きをコントロールする役割をになう。すべての脳番地のエネルギー源。脳全体を活性化するための起点にもなる。 F聴覚系脳番地…耳から入ってきた音声情報を処理する領域。言葉や音を解析し、情報をほかの脳番地に伝える役割もになう。 G視覚系脳番地…目から入ってきた情報を処理して脳に伝える機能を持つ。目で見た映像や画像、読んだ文章を脳に集積させる。 脳番地を使いこなし、成長を続ける  八つの脳番地の特性を理解し、使いこなすことができれば、学ぶ力は成長します。ただ脳番地は単独では効率的に働かないため、違う系統の脳番地との間の連携強化が重要になります。  例えば、記憶力を高めるためには、記憶系脳番地を鍛えればよいと思いがちですが、記憶系は単独ではなかなか動きません。記憶系と強くかかわる思考系や感情系と積極的にリンクさせることで、記憶を定着させたり、引き出したりすることがスムーズになります。脳番地は、会社組織などと同じで、それぞれがうまく連携ができれば、より大きな成果が期待できるのです。  ミドル・シニア世代の場合、長く同じ仕事をしていたり、生活がパターン化したりして、偏った脳番地ばかりを使っているケースが少なくないので、ふだん使っていない脳番地を意識し、働かせていくことが重要です。脳番地をまんべんなく使う生活によって、脳全体が活性化します。 「強い脳番地」から学びをスタート  ミドル・シニアの学び直しでは、仕事などで使い慣れた脳番地を利用し、学習を始めるのがおすすめです。例えば営業職の場合は伝達系、研究職なら理解系、秘書であれば記憶系というように、職業により、よく使う脳番地は違います。よく使う脳番地のネットワークは、慣れた経路なのでストレスが少なく快適です。そのため処理スピードも速いので、勉強にも活用できれば、短時間で効率的に学べるということです。  さらに人によって得意な脳番地も違います。なかでも顕著なのが「視覚系」と「聴覚系」です。視覚系が強い人の特徴は「スポーツやゲームが得意」、「文字や数字を映像で覚える」などで、聴覚系が強い人は「人の話を聞くのが好き。聞くのも苦にならない」、「言葉や数字は、口ずさんで覚えることが多い」などです。  ただし、視覚系は「疲労しやすい」といった特徴もあり、特定の脳番地ばかり使い続けることにはデメリットもあります。 学び直しで脳が成長 頭がよくなる  八つの脳番地の特徴を知っておくと、生活のなかで「いまここを使っているな」と意識することができます。脳番地を意識することで脳は成長するため、それはとても大切なことです。  勉強しながら脳番地を意識することも重要です。「今日はこの脳番地を使ったから、明日はあっちの脳番地を使おう」と考えながら勉強をするなど、脳番地をまんべんなく使おうとすることは、学習のマンネリ化を防ぐことにもなります。  以前、高校生から「本当はなぜ、勉強しなきゃならないのかよくわからない。でも勉強したら、自分の頭がよくなるというのならやってみようかな」といわれたことがあります。つまり彼は、勉強は嫌いだけれど、頭がよくなりたいと思っているのですが、これは重要な視点ではないでしょうか。  勉強をしたいと思わなくても、学ぶことで脳が成長し頭がよくなる――。それが学び直しの意義にもなるでしょう。 独自に学ぶ「独学」「学びのスタイルの確立」が重要  ミドル・シニアの学び直しでは、楽に学ぶのではなく、実感を持った学びにすることが必要だと考えています。要するに「独学」ということです。「独学」とは、「独りで学ぶ」ということではなく、「独自に学ぶ」こと。そしてその「独自」とは何かというと、「自分だったらこう学ぶ」という独自の学びのスタイルを確立することです。  10・20代での学びは、学業課題がはっきりしていて、出てくる問題もある程度想定できます。しかし大人の場合はそうではないので、学ぶ課題のつくり方、そして学びの手順も、自分独自に考えなければなりません。自分独自の学び方を確立することと、脳番地を活かすことは一体だということも、ぜひ理解していただきたいと思っています。  人はそれぞれ、「体験してみたらできる」、「本を読んだらわかる」など、得意な学び方は異なります。脳番地を意識し、「自分だったらこれが頭に入りやすい」という勉強法を考えること自体が大切なのです。こうしたプロセスが、ミドル・シニアの学び直しの醍醐味ともいえるでしょう。(取材・文 沼野容子)