技を支える vol.355 ミクロン単位の調整で新製品の開発を支える 金型(かながた)製造工 及川(おいかわ)光宏(みつひろ)さん(70歳) 「成果物がうまくできたときの喜びを、若い世代にも知ってもらいたい。その感覚が身につけば、仕事への関心が深まり、技能も上達できます」 金型製造の最終的な調整と組込みをになう  樹脂金型の成形や金属加工などの高度な技術で、自動車や電子・通信、医療など、多岐にわたる製品の試作から量産までを一貫して支援する株式会社クライム・ワークス。同社の製造部金型部門で樹脂成形用金型の組立てや調整を担当しているのが及川光宏さんだ。  上の写真の棚に並ぶ四角い金属は、樹脂の射出成形(しゃしゅつせいけい)に用いられる金型の外側のベースにあたる部分。その内側に、樹脂を成形するための凹凸のある「駒」と呼ばれる金型部品を調整して組み込むのが及川さんの役割だ。  及川さんが特に評価されているのは、電気自動車の部品に用いるバスバー※電極端子生産用のインサート成形の金型の製造技能。インサート成形とは、金属部品と樹脂を一体成形する方法のことだ。  金型の駒は、NC(数値)制御の工作機械で形をつくったあと、及川さんが手作業で細かい調整を行い、数十種類の駒を金型に組み込む。その際に求められるのが、ミクロン単位での調整だ。  「最新の機械を駆使してつくっても、最後は手作業で調整しないと、金型として組み込めません」  例えば、インサート用バスバーを製作する工程で金属を曲げると、その部分にわずかな膨らみが生じる。その膨らみが原因で成形のときにそのまま金型をセットすることはできないため、顕微鏡越しにヤスリなどで金型を削って調整する。この精度が、できあがる部品の品質を左右する。  「これくらいでいけたかな、と思ったところで測ってみると、だいたい合っています。機械で調整すると、手作業よりも時間がかかってしまいます。ですから、機械化が進んだ現在でも、最終的には人の手をかけないといけないのではないかと思っています」 手作業で身につけた匠たくみの技と感覚  及川さんは中学校を卒業後、職業訓練校の機械科で学んだ後、大手企業に就職。しかし体調を崩し、入院先で知り合った人の紹介で金属加工の会社に入社した。そこで、樹脂金型の仕事に出合う。  「溶かした樹脂を流し込んで形ができる射出成形におもしろさを感じました」  当時の町工場には高価なNC制御の機械はなかったため、一から手作業で金型をつくっていた。技能は先輩の作業を見つつ、自分でやりながら覚えていった。  「いまとは違い、徹夜もあたり前でしたが、ものができあがると、ほんとうにうれしかったですね」  いくつかの会社に勤め、株式会社クライム・ワークスに入社したのは67歳のとき。長年にわたる経験でつちかった技能が高く評価された。 ものづくりの喜びを若い世代に伝えたい  同社における後進の育成、技能の継承も及川さんの大切な役割だ。  「私が覚えたことは惜しみなく教えます。昔は『盗んで覚えろ』といわれましたが、それはいまの若者には合わないでしょうから」  マンツーマンで指導しながらくり返し伝えているのは、手を抜かないことの大切さだ。  「面倒くさがって簡単にやってしまうと、そのまま仕事を覚えられなくなってしまいます」  若い世代に感じるのは、技術面よりも仕事に興味を持ってもらうことのむずかしさだという。  「この仕事のやりがいは、うまくできたときの喜びです。若い人たちにも、その喜びを感じてもらいたい。そうすれば、仕事にもっと興味を持てるようになるはずです」  成果物への関心が薄い若い世代との感覚の違いを感じながらも、ものづくりの本質的な喜びを伝えようと努めている。  「人生は仕事と切り離せません。体が動くかぎり、好きな仕事を続けたいと思っています」  70代になっても現場で働き続け、次世代への継承に取り組む姿勢は、日本のものづくりを支えてきた職人の心意気そのものである。 株式会社クライム・ワークス TEL:03(3742)0691 https://www.climbworks.co.jp (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) ※バスバー……大容量の電流を流すための導体 写真のキャプション 機械加工でできあがった金型の駒を調整する。顕微鏡をのぞきながら、サンドペーパーを当てて竹べらでこすりながら削り、ミクロン単位の調整を行う 熟練の技能を持つ及川さんにとって、後進の育成も役割の一つ。現物を見ながら、マンツーマンでていねいに教える 金型を製造するために金属を切断、加工する機械が並ぶ。ここで加工したものを磨き、0.01〜0.02ミリ単位で調整するのが及川さんの仕事だ 及川さんが得意とするインサート成形用の金型は、EV(電気自動車)、FCV(燃料電池自動車)などのパワートレインやモーター関連の部品開発にも不可欠な技能だ(写真提供:株式会社クライム・ワークス) 同じ職場で働く若手技能者のみなさんと。ベテランでありながら謙虚な及川さんは、後輩たちからとても慕われている 金型をミクロン単位で調整するために使用するヤスリや竹べらなどの道具。竹べらはサンドペーパーで細部を削りやすいように手づくりしたもの(写真提供:株式会社クライム・ワークス) 金属の周囲に樹脂を流し込んで一体化させるインサート成形は、さまざまな部品製作に用いられている(写真提供:株式会社クライム・ワークス)