【表紙2】 65歳超雇用推進助成金のご案内 高年齢者の雇用の安定に資する措置を講じる事業主の方に、国の予算の範囲において、以下の助成金を支給しています。 65歳超継続雇用促進コース  就業規則等により65歳以上への定年の引上げ、定年の定めの廃止または希望者全員を対象とする66歳以上までの継続雇用制度の導入のいずれかの措置を実施したこと、当該就業規則の改定等に専門家等に就業規則の改正を委託し経費を支出したことなど一定の要件に当てはまる事業主に、対象被保険者数および定年等を引き上げる年数に応じて、以下の額を支給します。 実施した制度 65歳への定年引上げ 66歳以上への定年引上げ 定年の廃止 66〜69歳の継続雇用への引上げ 70歳以上の継続雇用への引上げ 引上げた年齢 対象被保険者数 5歳未満 5歳 5歳未満 5歳以上 4歳未満 4歳 5歳未満 5歳以上 1〜2人 10万円 15万円 15万円 20万円 20万円 5万円 10万円 10万円 15万円 3〜9人 25万円 100万円 30万円 120万円 120万円 15万円 60万円 20万円 80万円 10人以上 30万円 150万円 35万円 160万円 160万円 20万円 80万円 25万円 100万円 ※ 1事業主(企業単位)1回かぎりとします。 ※ 定年引上げと継続雇用制度の導入をあわせて実施した場合の支給額はいずれか高い額のみとなります。 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース  認定された雇用管理整備計画に基づき高年齢者雇用管理整備措置を実施した場合の、当該措置の実施に必要な専門家への委託費等および当該措置の実施にともない必要となる機器、システムおよびソフトウエア等の導入に要した経費を支給対象経費(注)とし、支給対象経費に60%(中小企業事業主以外は45%)を乗じた額を支給します。  なお、生産性要件を満たす事業主の場合は、支給対象経費の75%(中小企業事業主以外は60%)を乗じた額となります。 高年齢者雇用管理整備措置の種類 イ 高年齢者に係る賃金・人事処遇制度の導入・改善 ロ 労働時間制度の導入・改善 ハ 在宅勤務制度の導入・改善 ニ 研修制度の導入・改善 ホ 専門職制度の導入・改善 ヘ 健康管理制度の導入 ト その他の雇用管理制度の導入・改善 支給対象経費 ◎高年齢者の雇用管理制度の導入等(労働協約または就業規則の作成・変更)に必要な専門家等に対する委託費、コンサルタントとの相談に要した経費 ◎上記の経費のほか、左欄の措置の実施にともない必要となる機器、システムおよびソフトウエア等の導入に要した経費 (計画実施期間内の6カ月分を上限とする賃借料またはリース 料を含む) (注)その経費が50万円を超える場合は50万円。なお、企業単位で1回にかぎり、経費の額にかかわらず、当該措置の実施に50万円の費用を要したものとみなします。 高年齢者無期雇用転換コース  認定された無期雇用転換計画に基づき50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換させた事業主に対して、対象労働者1人につき48万円(中小企業事業主以外は38万円)を支給します。  なお、生産性要件を満たす場合は対象労働者1人につき60万円(中小企業事業主以外は48万円)となります。  また、対象労働者は1支給年度(4月〜翌年3月まで)1適用事業所あたり10人までとなります。 ※ 助成金の受給のためには、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(昭和46年法律第68号)第8条および第9条第1項の規定と異なる定めをしていないことなど、一定の要件を満たす必要があります。 詳細な要件につきましては各助成金の「支給申請の手引き」をご確認くださいますようお願いします。 ■お問合せや申請は、都道府県支部高齢・障害者業務課(東京、大阪は高齢・障害者窓口サービス課)までお願いします(65頁参照)。  そのほかに必要な条件、要件等もございますので、詳しくはホームページ(http://www.jeed.or.jp)をご覧ください。 【P1-4】 Leaders Talk リーダーズトーク No.61 グループ社員の定年を60歳から70歳に延長「人材価値」を軸に一貫した処遇制度を実現 株式会社 USEN―NEXT HOLDINGS 執行役員 コーポレート統括部長 住谷 猛さん すみたに・たけし 大学卒業後より人事系の職種でキャリアを重ね、1999(平成11)年に大阪有線放送社(現・株式会社USEN―NEXT HOLDINGS)の人事部長に就任。人事・総務部門担当役員などを経て、2017年、株式会社USEN―NEXT HOLDINGS発足時より現職を務める。  通信事業やコンテンツ配信事業など、多岐にわたる事業を行うUSEN―NEXT HOLDINGSでは、2019(令和元)年9月、グループ社員の定年を70歳に引き上げると同時に、全社員の人事・賃金制度を改定し、年齢にかかわらず活躍を評価する新制度を導入しました。そこでその新制度のねらいについて、同社執行役員・コーポレート統括部長の住谷猛さんに、うかがいました。 モチベーションに課題があった再雇用制度定年延長でいま≠フ「人材価値」を評価 ―貴社では2019(令和元)年9月から従来の定年後再雇用制度を見直し、グループ全社を対象にした70歳定年制度を導入しました。65歳定年ではなく、一気に70歳に延長し理由を教えてください。 住谷 会社に貢献してもらえる人材を確保したいというのが率直な目的です。当社の社員数はグループ全体で約5000人、平均年齢は約42歳です。毎年約40人が60歳を迎えていますが、若年層の人口が減少するなかで優秀な人材を確保していくことは、どの企業にも共通する課題です。私たちも新卒採用や中途採用に積極的に取り組んでいますが、解決する方策の一つが70歳への定年延長です。「シニア層はITリテラシーが低い」といわれた時代もありましたが、いまの60歳は、35歳ごろには職場にパソコンが登場しており、十分に使いこなせます。年齢というフィルターで判断するのではなく、その人の持つスキルや働く意欲を評価し、能力を発揮してもらいたいと考えました。 ―それは、従来の定年後再雇用制度ではむずかしかったということなのでしょうか。 住谷 当社の再雇用制度は、ほかの企業と同じように60歳以降は1年契約の有期雇用となり、定年前より減額された一律の報酬で65歳まで働く仕組みでした。以前、再雇用になる人と話した際、「あなたには今後も長く働いていただきたいと思っていますが、いまの正直な気持ちを教えてほしい」とたずねたことがあります。すると「率直に申し上げて、かなりモチベーションが下がります。今日から契約社員です≠ニいわれるのも寂しい気分です」と返ってきました。その現実を受けとめ、2018(平成30)年初頭のころから、モチベーションが下がらない仕組みについて真剣に考え始めました。ちょうど政府内でも70歳雇用の法的検討の動きが出ていました。当社としてもモチベーションを維持しつつ能力を発揮してもらうにはどうするかを検討した結論が、70歳への定年延長だったのです。 ―定年延長だと基本的に処遇体系は60歳前と同じということになりますが、具体的にはどのような仕組みでしょうか。 住谷 実は70歳定年延長制度の導入と同時に、すべての社員の人事・賃金制度を改定し、年俸制に一新しました。従来の人事制度は等級ごとに給与テーブルがあり、毎年の評価結果で昇給する、日本企業で主流の職能等級制度でした。それをすべて廃止し、本人のになう役割の純粋な現在価値、われわれは「人材価値」と呼んでいますが、それを毎年評価して年俸が決まる仕組みに変えました。したがって年功的要素はまったくありません。給与テーブルや評価指標がないので、管理職はきちんと成果を評価し、公平な分配をすることが求められます。昨年9月から制度をスタートし、今年8月の決算後の9〜10月に最初の評価が行われることになります。  定年延長の対象者も、同様の仕組みで評価されます。ただし、区切りとして60歳を一度目の定年と位置づけ、本人が希望すれば正社員として再雇用し、70歳で二度目の定年を迎えるという制度になっています。報酬は60歳時点の役職・業務内容・評価を加味し、一人ひとりの人材価値を査定して決定します。そうした理由は、60歳の人を中途採用するのと同じように、次の10年に向けて新たな気持ちでがんばってほしいという意識づけがねらいです。その後は、ほかの社員と同じように現在価値で毎年評価され、年俸が決まります。 ―定年延長に躊躇(ちゅうちょ)している企業のなかには、若手の活躍機会が奪われ新陳代謝が進まない、人件費が増加するという懸念を持っているところもあります。 住谷 新しい仕組みでは、例えば「だれを課長にするか」という基準に年齢要素はまったく入っていません。年齢ではなく、その人が課長の役割ができるから任せているのです。マネジメントに求められる資質やスキルも大きく変わってきますし、自分のチームを活性化できなければ降りてもらいます。実際に私が担当する人事・総務・広報には九つの課がありますが、2017年12月時点で課長だった人で現在も同じ職務に就いている人は一人もいません。みな役割を変更して働いていますし、元上司や先輩が部下になることもあります。これはシニアも同じです。60歳以降も正社員として同じ業務を担当しますが、役職者にふさわしい人であれば抜擢(ばってき)します。  報酬についても、先ほどいったように成果や貢献度という人材価値を評価して支払います。60歳以上のシニアも30歳の人も、当社の戦力の一人です。全体の人員計画と人件費の予算をきちんとコントロールできれば、定年が70歳になっても人件費が増えることはありません。 年齢要素を除外した評価・処遇制度を導入社員個々の自律的なキャリア意識を醸成 ―若手から70歳まで、「人材価値」を軸に一貫した仕組みを構築したわけですね。社員に期待しているものは何ですか。 住谷 前提として当社の企業ビジョンがあります。そのビジョンを実現するために必要な仕組みであり、組織に健全な緊張感を与えるものと考えています。社員に期待するのは、自律的なキャリアの形成です。当社にかぎらず、これまで日本企業で働く人たちは、会社が敷いたレールを歩めば昇格・昇給することができたので、自律的に何かを考え、努力して成果を出していくというキャリア形成をしてこなかったと思います。  しかし、今後減衰していくかもしれない国の経済状況において、シニア層にかぎらず、社員一人ひとりがキャリアを意識し、自律的に個々の能力・スキルを磨くことが企業総体の力になる。それがなければ対外的な競争にも勝てないという強い思いがあります。 ―70歳定年制を、社員はどう受けとめていますか。 住谷 シニアの方々はまだまだ元気なので、「現役で働けるのでよかった」と喜んでいます。一方、若い社員たちも70歳まで働く環境が整備されたことで、一定の安心感が得られているのではないでしょうか。実際に70歳定年と記載して中途採用社員を募集したところ、応募者が増えました。定年を延長したことで、社員を大切にする会社だと評価してもらえているのだと思います。ただし、70歳定年の考え方や仕組みをいくら発信しても、社員が本当の意味で制度を評価するのは、シニア人材が仕事の成果を出し報酬が上がった、あるいは役職に就いた、といった実例が出てからでしょう。その結果が出るのは今年の10月ですが、それを見てこの制度のよさを、さらに理解してくれるのではと考えています。 性善説≠ノ基づきワークスタイルを変革問われる管理職のマネジメント力 ―貴社ではスーパーフレックスタイム制度やテレワーク勤務制度の導入など、ワークスタイルの変革にも積極的です。目ざしている働き方とはどういうものでしょうか。 住谷 2018年6月から「Work Style Innovation(ワーク スタイル イノベーション)」という人事プロジェクトを推進しています。核となるのはコアタイムのないフレックスタイムと、利用制限のないテレワークを使い、働くスタイルを自由に設計してもらうことです。ノートパソコンとスマートフォンを全社員に貸与し、自宅でオフィスと同じ環境で仕事ができるようにしています。例えば午前中に家事をしてから出社し、午後の早い時間に退社後、自宅で仕事をすることもできるし、自身の裁量次第で週休3日勤務も可能です。社員にも「会社に来なくていいですよ」というメッセージを発信しています。  目ざしているのは性善説※のマネジメントです。日本のマネジメントスタイルは社員が同じ時間に出社し、管理職が仕事ぶりを監視し、それを評価するという、いわば性悪説に基づいた管理≠ェ主流です。それでは組織の成長につながりません。大切なことは仕事の成果を正しく評価することであり、社員が自律的に働くために時間と場所から解放することが制度の考え方の根底にあります。  この場合に問われるのは、管理職のマネジメント力です。私自身も当初はどうやって部下とコミュニケーションを取ればよいのかすごく悩みましたが、役職者一人ひとりが自分のマネジメントスタイルを真剣に考えるようになっています。いまではうまく回っていますし、総労働時間も1割程度減り、業績も上向いています。 ―柔軟な働き方は高齢者のニーズにも叶(かな)います。今後の方向性としてはどのような展望を描いていますか。 住谷 一言でいえば「自律する個人の集合体」。そこで実現されるのが人材の多様性です。性別や年齢に関係なく、多様な働き方を通じて自律的にキャリアを形成し、その結果、さまざまなスキルセットを持った人たちが集まって仕事をする組織にしていきたい。そのためにも自律的な働き方ができる環境を、今後もつくっていきたいと考えています。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ※ 性善説……人間の本性は善であるとする倫理学説 【もくじ】 エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 2020 June ●表紙のオブジェ イラストレーター 柳田ワタル(やなぎだ・わたる) 1947年 大阪府堺市生まれ。1970年 多摩美術大学卒業。アニメーション制作会社勤務ののち、1974年よりフリーのイラストレーターとなる。1977年よりオブジェ、立体クラフトなどの制作を開始。90年代からは写真撮影も始める。 特集 6 定年退職後の多様なキャリアを考える 〜高齢者雇用は次のステージへ〜 7 特別インタビュー 職業寿命は企業寿命より長い会社を離れても活きるキャリアを 一般社団法人シニアセカンドキャリア推進協会 理事長 平ゆかり氏 12 事例@ 優秀な人材にグループ外に出向いただき「win-win-win」の関係を築く 大日本住友製薬株式会社 16 事例A 「シニアが東京を元気にする」65歳以上の就業支援プロジェクト 東京都産業労働局雇用就業部就業推進課/株式会社MAP 21 事例B やりがいを感じる仕事を見出し自分のペースで働ける「ゆる起業」を支援 銀座セカンドライフ株式会社/IPOテクノ株式会社 25 事例C シニアがつちかったスキルや経験を活かし社会貢献に参画できる環境づくり 認定NPO法人プラチナ・ギルドの会 1 リーダーズトーク No.61 株式会社USEN-NEXT HOLDINGS 執行役員 コーポレート統括部長 住谷 猛さん グループ社員の定年を60歳から70歳に延長 「人材価値」を軸に一貫した処遇制度を実現 29 日本史にみる長寿食 vol.320 アスパラガスは長寿野菜 永山久夫 30 マンガで見る高齢者雇用 短期連載 《第2回》 「希望者全員、70歳までの雇用」に向けて、具体的には何をすればいいの? 36 江戸から東京へ 第91回 豪商の経営法 紀伊国屋文左衛門 作家 童門冬二 38 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第73回 株式会社ソラスト グループホーム上井草あやめ ケアマネジャー 吉田信幸さん(67歳) 40 高齢者の職場探訪 北から、南から 第96回 青森県 社会福祉法人 水鏡会 44 AI・ICTで働き方が変わる ―高齢者から始まる働き方改革― 最終回 檜山 敦 48 知っておきたい労働法Q&A 《第25回》 中途採用の留意点、管理監督者の要件 家永 勲 52 新連載いまさら聞けない人事用語辞典 「人事制度」 吉岡利之 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.312 江戸の伝統模様を表現する「版木押し」の熟練技 唐紙師 小泉幸雄さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第36回]数字の識別問題 篠原菊紀 【P6】 特集 定年退職後の多様なキャリアを考える 〜高齢者雇用は次のステージへ〜  改正高年齢者雇用安定法が成立し、“70歳までの就業機会確保”に向けて、定年廃止や定年延長、継続雇用のほか、他企業への再就職やフリーランス契約への資金提供、起業支援、社会貢献活動参加への資金提供などの選択肢が示されました。これからは、自社での雇用延長だけではなく、定年退職後のキャリアの多様化を、企業が支えていく時代といえるでしょう。  そこで本特集では、高齢者のセカンドキャリアを支える企業や自治体の事例を通して、定年退職後の多様なキャリアのあり方について解説します。 【P7-11】 特別インタビュー 職業寿命は企業寿命より長い会社を離れても活きるキャリアを 一般社団法人シニアセカンドキャリア推進協会 理事長 平ゆかり氏  「70歳までの就業機会確保」に向けた法改正の議論が進み、高年齢者雇用安定法の改正法が通常国会で成立しました。これにより、高齢者雇用は新たなステージを迎えようとしています。そこで今回は、高齢者の就労・能力開発に精通し、一般社団法人シニアセカンドキャリア推進協会 理事長として、高齢者のセカンドキャリアの構築を支援するための各種取組みを行っている平ゆかりさんに、「70歳就業時代におけるセカンドキャリアのあり方」についてうかがいました。 一般社団法人 シニアセカンドキャリア推進協会 理事長 平ゆかり (たかひら・ゆかり) 1986(昭和61)年、株式会社エム・シー・メイツ(現株式会社リクルートスタッフィング)に入社。1995(平成7)年より高齢者派遣や再就職支援事業等に従事。2011年8月、株式会社マイスター60へ転進。定年世代の就労支援事業や職域開発事業に従事し、同社常務取締役を経て2017年に独立し現職。産業能率大学大学院経営情報学修士。 「70歳までの就業機会確保」に向け検討すべき課題は何か ―一般社団法人シニアセカンドキャリア推進協会(以下、「SSC」)では、どのような事業を行っていますか。 平 SSCは商社系人材派遣会社などが中心となって、2007(平成19)年に任意団体として設立され、2019(令和元)年の生涯現役の日(10月1日)※1に一般社団法人となりました。設立当初から社会貢献活動として、生涯現役社会の実現に関するシンポジウムの開催や調査・研究・提言などを行ってきましたが、法人となった現在は、従来の事業に加え、シニアの就労支援事業、中高年・定年世代に向けた各種研修の受託・請負・主催、意識改革を目的としたワークショップやキャリア相談会の実施、高齢者を活用した人材サービスに関するコンサルティングなどの有償事業にも取り組んでいます。 ―政府が掲げる「70歳までの就業機会確保」に向けた方針では、自社での定年延長・再雇用などを含む、多様な選択肢が示されました。こうした政府方針へのご意見をお聞かせください。 平 課題は多いものの、70歳まで就労できる道筋ができたことは前進です。 ―どのような点が課題ですか。 平 定年廃止、定年延長、継続雇用制度という従来の雇用確保措置に加え、「他社への再就職の実現」、「フリーランス契約への資金提供」、「起業支援」、「社会貢献活動への資金提供」という新たな四つの選択肢が示されました。雇われない働き方を視野に入れているのが注目点で、評価したいところですが、これを具体的に運用するとなると、企業には、これまでとは異なる対応が求められることになります。  例えば、フリーランスとして活動する場合、65歳からいきなりフリーランスになるというのは現実的ではなく、そのためには現役時代から専門性を磨きつつ、個人事業主となる準備を緩(ゆる)やかに進めていかなければなりません。これまでの企業における人材育成や人材配置政策に大きな変革を迫るものであり、たやすいことではないでしょう。  また、現行の65歳までの雇用確保措置の延長線上に70歳というゴールを置き直すことになるわけですが、あくまでも雇用確保措置の対象は正規雇用で定年を迎えた人の就業機会の確保です。労働市場で仕事を探している高齢の求職者の就労を促進するためにも、プラスアルファの取組みが必要になるのではないかと思います。  70歳までの雇用確保が努力義務になると、特に大企業では早期退職が促進される懸念もあります。従来の雇用・処遇制度を維持したまま70歳までの雇用を実現するのは困難で、労働市場をもっと開かれたものとするなかで、高齢者の就業機会の確保を考える必要があります。賃金制度のあり方を含め、いわゆる日本的雇用システムからの変革を同時に進めていかなければならないと思います。そして、雇用にかぎらず、エイジレスな社会気運を高める必要もあるのではないでしょうか。 65歳を過ぎても働きたいシニアは多いが身近な活躍事例の情報が少ない ―平さんは「東京セカンドキャリア塾」の講師などを務め、65歳以上のシニアと直接向き合ってこられました。シニアの就業意識について教えてください。 平 「東京セカンドキャリア塾」(詳細は16〜20頁参照)は、都内在住の65歳以上のシニア約120人を塾生として、6カ月間にわたり多彩なプログラムで学び、実際に就労支援も受けることができる東京都の高齢者向け就労支援事業です。2018年度からスタートし、現在は2期目が終了したところです。最高齢では、78歳の人が受講しています。  塾生の就業意欲は総じて高く、女性より男性の方が高い傾向にあります。また70代でも、通塾後に就労意識が前向きに変わる例が少なくありません。  65歳で再雇用の終了後、厳しい就職活動を経験するなかで、年齢の壁という現実と、自己認識との間に大きなギャップを痛感したという声を耳にします。特に大企業で活躍した男性に見られる特徴で、その点、どちらかといえば昇進機会に恵まれなかった女性は切り替えが早く、新しい環境下でも、自分の居場所や役割を見つけて、柔軟に適応できる人が多いという印象を持ちます。  そして、共通しているのは、事例を知りたいという欲求が強いことです。70歳やそれ以上の年齢まで働いている先輩が少ないので、参考にできるモデルが身近にいないのです。65歳を超えて働き続けている人のリアルな情報を得たいのですね。 ―シニアの方々の人材としての魅力は、どんなところにあると思われますか。 平 まずいえることは、見た目も気持ちも、実年齢より若いですね。パワーもあって、現役で活躍することは十分可能です。ご自身も、自分が高齢者だとは思っていません。  また、長く働いてきた経験により裏打ちされた高い専門性や幅広い知識・技能を持つ人がたくさんいます。現役時代に身を置いていた業界や環境の違いによる個人差もありますが、パソコンスキル、ITリテラシーが非常に高い人がいるのも、今日のご時世ならではの特徴といえます。そして、高い給料や処遇よりも、意味のある役割や生きがいを求める意識が強く、それが人材としての魅力でもあります。 職業寿命が企業寿命より長い時代社外で通用する専門性が問われる ―定年延長や再雇用に代表される自社での雇用延長以外の、多様な選択肢を活用した高齢者の就業機会を用意するため、企業に今後求められる対応や準備とは、どのようなものでしょうか。 平 そう簡単ではありませんが、やはりメンバーシップ型と呼ばれる日本的な雇用システムを変え、ジョブ型に移行する必要があります※2。メンバーシップ型にもよいところがあるので、残すべきところは残して、少なくともシニアはジョブ型で考えていくべきです。現役世代の若手は企業の中核人材としてメンバーシップ型で育成し、中高年以降はジョブ型で個々人の職業能力や専門性を高める意味で、ハイブリッド型の人的資源管理を目ざすのがよいと思います。  シニアの賃金は仕事の内容と、その仕事に発揮された実力で決める。シニアの賃金を一律に下げるといった対応は、いまの時代にふさわしくありません。かつてシニア派遣の業界に身を置いていた私から見れば、本来派遣労働者の報酬はまさに仕事の内容と実力で決まるジョブ型です。どのような仕事で、どのような能力を発揮して派遣先に貢献するかが問われます。メンバーシップ型は、仕事で貢献するというよりも、組織内の人間関係をうまく調整できる人が高く評価され、昇進していくといった面があります。雇用の仕組みを、制度設計だけでなく、マインドから変えていくことが必要ではないでしょうか。 ―生涯現役ということで、働く期間が長くなると、転職や独立といった形で転身する機会も増えてくると思います。そうした乗り換えができるような人材育成をすることも企業の責任になってくるのではないでしょうか。 平 その通りです。これからは、20代から70歳まで働くとして、人の職業寿命はおよそ50年という時代を迎えます。他方、企業の寿命は40年といわれていますから、職業寿命はそれより長いのです。1社だけを勤め上げて職業人生を終えることはむずかしくなる時代ですから、企業の社員に対する教育なども、狭い会社のなかだけで通用するような人材ではなく、将来は社外でも活躍できるような人材を育成することに力を入れるべきです。  例えば、最近関心が寄せられている副業解禁も一つの方法ですし、社外での学びの体験や資格取得支援など、社員の新たな能力開発の機会を用意する。また、プロボノ(職業上持っている知識やスキルを無償提供して社会貢献するボランティア活動)など社会貢献活動を支援して、社員が現役時代から社会とのつながりを強めていけるような取組みも効果的です。  研修の見直しも必要でしょう。いわゆる定年準備型のライフプラン研修(「たそがれ研修」などと呼ばれることもあります)から、定年再起動型のキャリア研修に舵を切ることが望ましいです。そして、外的キャリア(地位、資格、年収など外から見たキャリア)ではなく、内的キャリア(働きがいや生きがいなどの価値観)の充実をうながす人材育成のしかけづくりを考えることが大事です。  そしてこれらの取組みの前提として、何よりも重要なのは、健康経営をしっかりと推進することです。仕事で疲れ果てたシニアを量産するような企業は、生涯現役社会の実現を阻害する存在でしかありません。 働く人に必要なのはキャリアに対する当事者意識 ―働く人自身は、生涯現役社会の到来に向けて、どのような姿勢が必要でしょうか。 平 一番大切なキーワードは「キャリアオーナーシップ」です。受け身の姿勢で、会社から与えられるキャリアを自分のキャリアだと勘違いしていると、会社から離れたときに自分を見失ってしまいます。生涯現役時代は、定年で会社から離れた後も職業寿命が続きますから、「自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、どうあるべきなのか」という当事者意識を持つことが大事です。これが「キャリアオーナーシップ」です。オーナーシップは持ち主、所有権という意味で、自分のキャリアは自分のものであることを自覚するということです。  そうした自覚を持ってキャリアの選択肢を広げるために、学び直しを継続していく姿勢が求められます。自分から会社を取り除いたら何も残らないというような、会社にぶらさがった現役時代を過ごしていると、とても人生100年時代を持ちこたえられません。  それから、異動や転勤、出向などの環境変化にともなうストレスを、レジリエンス(外的な刺激に対する柔軟性・復元力)を鍛える機会として、前向きにとらえる心構えも大事です。そのような環境変化がなくても、いつでもそのような事態がわが身に降りかかることを想定して、どうするかを考える習慣を身につけておくことを推奨したいと思います。  これらを意識し、実践しながら、いま勤めている企業に限定されない専門性や基礎能力を磨き、不確実な将来や時代の変化に対応できる自走力を確かなものにしていく努力が求められます。ごくわずかな人にしか開けていない、社内トップへの昇進をひたすら目ざす(外的キャリア)ことより、自己の職業能力を高め、充実させることを目ざす(内的キャリア)ことのほうが、職業寿命を延ばすには効果があります。 これまでの雇用のあり方を制度・マインド両面で見直す ―「70歳までの就業機会確保」を実現するために、どのようなことが課題になるでしょうか。 平 65歳以降も社員を何らかの形で雇用し続けることは、すでに一部では始まっています。特に中小企業では、人材確保の必要性から、年齢にかかわらず貢献が期待できるシニアを引き留めざるを得ない事情があります。  他方で大企業では、すでに50代半ばでの役職離脱など処遇や職務内容の変更、役割や職位の返上などで、働き手のモチベーションが大きく減退する問題が指摘されています。このような境遇に身を置くと、その時点を事実上の定年ととらえてしまいがちで、そこから70歳まで雇用し続けることや、社外に活躍の場を移して70歳まで就業機会を求めることは、とてもむずかしくなります。  潜在能力は十分あるはずなのに、その力を発揮できない、あるいは不活性化している「もったいない人材」が、再雇用した社員を中心に、企業内に滞留したままという困った事態が生まれています。もちろん、業界や職種の違い、あるいは労働組合の有無などによって各社で状況が異なり、また社員の就労に関する意向も、65歳以上になればさらに個人差が大きくなることから、一律に物事をとらえるわけにはいきませんが、このような課題は、首都圏の大企業の社員に多く見られる傾向があります。  メンバーシップ型雇用や年功賃金制度といった日本型雇用システムは、こうした大企業に、より強く見られる特徴です。しかし、高齢になっても活性化した状態で仕事を続けるには、市場で評価される専門性を持つ人材であることが必要です。また、その人材を活用する企業は、専門性を正しく評価し、貢献に対してきちんと報(むく)いる制度やマインドを持っていなければならないとすれば、やはりこれまで日本の大企業が長く続けてきた雇用・賃金制度の改革を進めなければならないわけです。それをいかに進めるかということが、最大の課題になると思います(図表)。 ―生涯現役社会の実現に向け、社会や地域で取り組むべきテーマとして、どのようなことがあるとお考えですか。 平 地域の取組みとしては、現在のシルバー人材センターをもう少し高度な形で活用できないだろうかと考えます。短時間の軽作業を紹介する機能にとどまらず、より広く地域のコミュニティづくりのプラットフォームとしての役割を果たすような場ですね。現役世代や学生、孫世代ともコラボレートしてイベントや仕事起こしに取り組むといった活動の拠点になるというイメージです。すでに、地域社会の支え手となるような取組みを始めているシルバー人材センターも出てきています。  一人暮らしの高齢者の生活をサポートするハブ(中核)として機能させることも考えられます。いまのシルバー人材センターの活動状況を見ると、そのようなことができるポテンシャルは十分あると思います。企業に雇われるだけが就業ではありません。シニアが、地域で必要とされる公共の仕事のにない手として働くことも、生涯現役社会の重要な側面ではないでしょうか。 ※1 生涯現役の日……「日本は“大人になった個人が人生100年時代になっても最後まで自立していける生涯現役社会”の入り口に立っている」という意味合いの「記念日」として、“生涯現役の日”制定・普及推進委員会が制定したもの ※2 メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用…… 人を採用して仕事を割り振る「メンバーシップ型雇用」に対し、仕事に対して人を割り当てる「ジョブ型雇用」がある 図表 人生100年時代のキャリア戦略 自発的かつ自律的なキャリア観が未来を変える 長寿化により60歳以降まだ30〜40年の時間→職業生活のあり方を見直す機会を持つ(キャリアの時間軸が長くなる→専門性強化やキャリアチェンジも可能) 18〜22歳 30歳 40歳 50歳 55歳 60歳 65歳 70歳 75歳 80歳 90歳 100歳 専門性強化型 パラレルキャリア型 定年・再雇用 継続雇用終了後も雇用にかぎらず専門性を活かした働き方ができる状態へ 写真のキャプション 平氏が講師を務めるセミナーの様子 【P12-15】 事例1 大日本住友製薬株式会社 (本社 大阪府大阪市) 優秀な人材にグループ外に出向いただき「win‐win‐win」の関係を築く 中高年社員の活躍をうながすためグループ外の出向先を開拓  「大日本住友製薬株式会社」は、1897(明治30)年に設立。「人々の健康で豊かな生活のために、研究開発を基盤とした新たな価値の創造により、広く社会に貢献する」を企業理念に掲げ、優れた医薬品を継続的に生み出してきた。  従業員数は約6500人(連結)。中高年層は、50歳前後までの各年齢にそれぞれ100人近い人数がおり、当面、60歳定年を迎える社員が増えると予想される。そのため、50代以上のシニア層にどう活躍してもらうかは、人事面の課題の一つといえる。また、役職定年制を設けており、課長職は55歳、部長職は57歳で役職を外れる。  中高年社員の活躍をうながす人事施策としては、@自社での再雇用制度(1年ごとの契約更新で最長65歳まで)、A新しい生活設計、転職などを支援する「セカンドライフ支援制度」(45歳以上・勤続15年以上が対象で、資金的な支援あり)、B出向支援施策の三つがある。  なかでも特徴的なのが、「出向支援施策」だ。同社は、2008(平成20)年、人材開発支援室(現人事部キャリア開発担当)を設置。グループ外への出向(社外出向)を組織的に行っていくことにした。背景には、中高年層の増加が見込まれていたことがある。同社は、同業他社ほどグループ会社が多くなく、資本関係のない企業にも活躍の場を広げる必要があった。現在、約300人が出向しているが、半数はグループ外の企業で働いている(出向先に転籍した社員は除く)。  なお、出向者数のピークは2015年で、近年は大分落ち着いてきている。2015年には1年間で約80人が新たにグループ外に出向したが、近年は年に50人前後となっている。 会社を代表できる人に出向いただき 「win−win−win」の関係を築く  同社の社外出向の一番の特徴は、「会社を代表できるような優秀な人材」に出向いただくこと。山崎浩二人事部長は、「他社で活躍できそうにない人を紹介することがないようにしている」と説明する。  人事部キャリア開発担当の東條伸一郎オフィサーも、「出向というと、ローパフォーマーに社外に転出していただくというイメージもあるようですが、当社は、経営トップの考えが明確で、当社を代表し活躍できる社員に行っていただきます。本人がその出向を希望していることを大前提とし、そのうえで、先方の会社と当社が、その出向者を通じてよりよい関係を築いていきます。何より、出向する本人が、新しい職場で活躍し、60歳以降の生活の見通しや生きがいが持てることが大事です」と話す。社員、出向先、自社の三者すべてにとってプラスとなる「win−win−winの関係」を目ざしている。  また、社外出向を活性化するのは、単にシニア層の活躍先を探すという意味にとどまらず、会社全体として健全な人材の流動性を確保するためでもある。若い社員が活躍したり、新たに必要な人材を採用するには、人材がうまく社外に流れていく形を定常的につくるべきと考えた。 主に役職経験者が対象貢献した社員に報いる意味合いも  社外出向の対象は、50代の幹部社員。現在は、基本的に役職経験者(役職定年者または現役の役職者)を対象としている。以前は、@60歳以降の就業を希望している、A原則50歳以上(要請によっては40代も)、Bパフォーマンスが標準以上という条件だったが、現在は、「会社に貢献してくれた人に報いる」という考えから、より対象を絞って運用している。  出向後は、60歳までは、大日本住友製薬の社員扱いであり、処遇は自社と同水準。60歳の定年退職以降は出向先に転籍となるが、65歳まで働くことができ、かつ、自社で再雇用する場合の処遇を上回る出向先を紹介する。 50歳時にキャリア研修を実施面談などで本人の希望をしっかり確認  では、出向までの流れを見ていこう(次頁図表)。まず、50歳で、「CD(キャリアデザイン)50」というキャリア研修を実施する。キーワードは「エンプロイアビリティ」。これから10年間、あるいはその先も含め、どういう人生を歩むかを考えるきっかけにしてもらう。自分の市場価値を自己分析するとともに、職務経歴や資格・スキルを棚卸しし、5年後、10年後の未来予想のなかで職業人としての自分をイメージし、参加者同士で語り合う。再雇用を選んでも、出向を選択するにしても、いまのまま60歳まで何もしなければ知識やスキルが陳腐化していくことに気づかせるための厳しい内容だ。  そのうえで、将来の計画を「キャリアプランシート」にまとめて人事部に提出してもらう。そこでは、60歳以降、自社での再雇用を希望するか、社外でよい活躍機会があれば希望するか、将来どの地域に生活拠点を構えるか、活かしたいスキル・資格などを表明する。  そして、人事部のキャリア開発担当(全員が国家資格であるキャリアコンサルタント)が分担して、一人ひとりと「キャリア面談」をする。例えば「薬剤師の資格を持っているが、MR(営業担当)なので、いまは活かせていない。将来、地元に戻って薬剤師の仕事をしたい」といった本人の思いがあれば、「この人が先々、出向の候補になったら、こういう求人とマッチングできそう」と心づもりをしておく。ただ単に働く場を提供するのではなく、一人ひとりが生きがいを持ってモチベーション高く働けるよう、その人に合った出向先を紹介する方針なので、社員の思いや価値観をくみ取るところには手間をかけている。そのことが出向に対する安心感と納得感につながっている。  本人に出向の打診をするのは、役職定年のタイミングが多い。役職定年を迎える1年ほど前には、社外で活躍していただきたい人材かどうか、検討される。それを受けて、キャリア開発担当が本人に会い、あらためて本人の希望を確認し、出向先を探す。  本人が出向を希望していない場合もあるが、話し合うなかで折り合いがつくことが多い。「社員は、現状の延長線にある一つの可能性くらいしか考えていないことが多く、『こんな道もあるのでは?』と話すと、関心を持ってくれます。また、その方のよく知っている先輩社員の出向事例を紹介すると、より心に響くようです」と東條オフィサーはいう。  出向先は製薬業界にかぎらない。最近求人が多いのは、ジェネリックの医薬品メーカーだが、薬の卸おろしの会社からの求人も増えている。研究職は、大学や公的研究機関で、産官学連携の橋渡し役として活躍している例もある。  なお、近年は、出向候補者の人数が落ち着いてきているので、すでに関係ができている会社に出向することも多い。常時出向者を受け入れてもらっている会社が50〜60社あり、全体の3分の2くらいは、そうした会社に、先輩の後任や増員として出向する。  出向候補者が既存の出向先とマッチしない場合は、新たな出向先を開拓する。キャリア開発担当がさまざまな企業を訪問し、自社の取組みを説明するところから始めることもある。過去10年間のこうした努力の積み重ねにより、出向先に困らない状況ができてきた。 気持ちの切り替えをうながして送り出し出向後もていねいにフォロー  出向者を送り出す際に特に気をつけているのは、気持ちの切り替えをしてもらうこと。「前の会社(大日本住友製薬)ではこうだった」というような話の仕方は絶対にしないように伝えている。  多くの出向者がうまく気持ちを切り替えられるようになったのは、経営の努力によるところが大きい。「『出向』という言葉には、一般的には、本人の意思に関係なく、社命で行くことが決められ、一方通行で帰ってこられないというネガティブなイメージがありました。この10年間そのイメージを払しょくすることに苦労しました。当時の社長(現・多田(ただ)正世(まさよ)会長)が、『60歳までの雇用は必ず守る。ただ、全員の活躍の機会を自社のなかで保障するのはむずかしいので、会社が支援して社外での活躍の場を提供する』という道筋を示してくれました。いまでは、役職定年を控えた社員から、『いつ紹介してもらえますか』と聞かれるくらい社外出向を前向きにとらえている社員もいる」と東條オフィサーは話す。  出向後も、会社と縁が切れるわけではない。社内誌に「出向者だより」というコーナーを設け、出向者に近況報告をしてもらっている。そこには、後に続く社員に、「先輩はこういうところでがんばっているんだな」と知ってもらうねらいもある。出向先で活き活きと働く先輩の存在が、ロールモデルとなっているようだ。  また、年に1度、本社で「出向者懇談会」を開催。100人弱が参加し、近況報告をするほか、経営トップや元上司(本部長や執行役員)と語り合う懇談会の場では、社長から「みなさんは、当社が自信を持って送り出した方々です」とメッセージを贈り、会社との一体感や出向者の意欲を高めている。別々の会社に出向している人同士が横のつながりをつくる機会にもなっている。  このほか、人事部では頻繁に出向者と連絡を取り、必要なフォローをするが、適度な距離感を保ちつつ、本人の不安や悩みを取り除くようにしている。出向先の人事とも密に連携を取り、うまくいっていない場合は早めに対処する。 「win−win−winの関係」を基本に取組みを継続・進化させていく  出向者に実施したアンケートによると、同社にいたときと業種・職種とも同じという人は4分の1未満で、半数以上が業種も職種も変わっている。しかし、満足度は非常に高い。本人が役立っていると感じるスキルは、「コミュニケーョン能力」。仕事をするうえでは、知識やスキルも大事だが、人柄や周囲とよい関係を築こうという気持ちがより重要なのだろう。  出向先からの評判もよく、先方の人事から、「60歳になる前に転籍して、うちの社員になってほしい」、「またいい人がいたら紹介してほしい」といった話を受けることも多い。  出向施策に関して課題は特にないが、時代の変化に合わせた対応は必要ととらえている。具体的には、近年は、以前ほど出向候補者が多くないので、候補者を絞って、より適正な出向先で活躍いただきたいと考えている。また、10年前は大半の出向者が56歳以上だったが、長く活躍してほしいと考える出向先が増え、いまでは半数近くが55歳以下で出向している。複数の候補者がいた場合、若い人が採用される傾向があるので、同社としては、よいタイミングで年齢の高い人からうまく紹介していきたいという考えもある。  また、これまでは、自社での再雇用よりも社外出向を優先するケースが多かったが、今後は、60歳以降も自社で活躍する道をいままで以上につくっていくことも必要となる。そのため、再雇用の処遇条件の見直しを進めており、定年延長も視野に入れていく考えだ。  山崎人事部長は、「いずれにしても、シニア層のエンプロイアビリティを上げていくことが重要です。出向であっても再雇用であっても、65歳、さらには70歳までしっかり働く能力を磨いてほしいと考えています」と語る。そのために、50歳時のキャリア研修に加え、40歳時でのキャリア研修も始めた。  また、出向施策を検討する企業の人事担当者へのアドバイスとして東條オフィサーは、「大事な点は二つあり、一つは、まず会社のなかで『出向』という言葉のネガティブなイメージを払しょくすること。当社の場合、当時の社長が社員にメッセージを出してくれました。もう一つは、周りから見てロールモデルとなる成功事例をつくること。『会社ではそんなに目立たなかったが、外に出てあんなに活躍している』というのが社員にも見えてくると、キャリア開発担当が一生懸命いわなくても社内に伝わるところが多いのです」と話す。  最後に山崎人事部長は、「出向の制度やこれまでの実績は、社員が『この会社に勤めていてよかった』と感じる一因になっています。愛社精神、帰属意識、会社への貢献意欲を高めていくためにも、長く続けていきたい」と、今後に向けた思いを語ってくれた。人を大切にし、一人ひとりを活かすことに注力してきた同社の取組みは、これからも進化していくだろう。 図表 シニア社員の社外出向への流れ 50歳 キャリア研修(CD50) 55歳 役職定年(課長) 57歳 役職定年(部長) 60歳 定年退職 再雇用 65歳 キャリアプランシート提出 ⇒ キャリア面談 ⇒ マッチング 社外出向 60歳以後、転籍 写真のキャプション 東條伸一郎人事部キャリア開発担当オフィサー(左)と山崎浩二人事部長(右) 【P16-20】 事例2 東京都産業労働局雇用就業部就業推進課 (東京都新宿区) 「シニアが東京を元気にする」65歳以上の就業支援プロジェクト 高齢者が活き活きと活躍できる社会の実現をめざすプロジェクト  2018(平成30)年からスタートした、東京都の「シニア就業応援プロジェクト」は、高齢者が「生涯現役」として活き活きと活躍できる社会の実現を目ざして立ち上げた三つの事業からなるプロジェクトだ。「東京キャリア・トライアル65」は、高齢者の就業機会の拡大を図るための派遣事業、「東京セカンドキャリア塾」は、高齢者が新たな分野で活躍するための学び直しの場、「シニアしごとEXPO」は、高齢者就業の気運を醸成するためのイベントである。  東京都産業労働局雇用就業部就業推進課長の西川誠明(まさあき)氏は「高齢者が活き活きと活躍できる社会を実現するためには、高齢者の就業の推進が不可欠です。そのためには、行政が高齢者と企業の双方に働きかけ、それぞれのマインドチェンジを図ることが重要だと考えています。東京都では人手不足の状況下にあっても、高齢者の健康面の不安から、ともすれば外国人や、依然として若年者を希望する中小企業が多くあります。そうした企業に対して、高齢者の活用に目を向けてもらうべく、職場の開拓やマッチングを進めています」と都がシニアの就業支援を推進する経緯を説明する。同プロジェクトは2020年度も継続して実施予定だ。 実質負担ゼロで実績ある高齢者を派遣「東京キャリア・トライアル65」  「東京キャリア・トライアル65」は、都内で就業を希望し、経験・ノウハウを活かして働きたいと考えている65歳以上の高齢者を、高齢者の活用で経営課題を解決したいと考えている中小企業に派遣するプロジェクトだ。就業を希望する高齢者と、受入れを希望する企業をそれぞれ公募し、高齢者の希望や能力、あるいは企業のニーズに応じたマッチングを行っている。  当派遣事業の特徴の一つ目は、東京都が派遣にかかる費用を全額負担するため、受入れ企業に費用負担が一切かからないという点だ。派遣就業をしている期間中に要する費用や、直接雇用に至った際のマッチング費用はすべて都が負担している。企業の費用負担を肩代わりすることで、高齢者を雇用するハードルを下げ、事業を試用しやすくしている。  二つ目の特徴は、職種を事務職、営業職、IT技術職の3業種に限定したことである(図表)。西川課長は「現在の求人市場を見ると、65歳を超えて働こうと思っても、求人は清掃業や警備業が多くなっており、事務や営業など前職の経験を活かした仕事を希望するホワイトカラーの実務経験者とのミスマッチが起こっています。このミスマッチを解消したいと考え、対象職種を限定することにしました。実際の登録状況を見ても、大企業に定年まで勤めるなど、実績も能力もある高齢者が、数多くエントリーしています」と説明する。  三つ目の特徴は、最短1週間、最長2カ月のトライアル派遣ということ。実際は1〜2カ月のトライアル期間を設定する企業が多く、この期間でじっくりと高齢者を雇用するノウハウを取得し、高齢者の活躍する場を整えることができる。一方、高齢者は、派遣就業中に専任のキャリアカウンセラーがつき、業務や働き方の相談に乗ってもらえるので安心だ。就業後、派遣先に就職しなかった場合にも、カウンセリングやマッチングイベントなどでさらなる就業支援を行っている。  「東京キャリア・トライアル65」の受入れ企業はIT企業と小売が多く、職種は男性が一般事務48人、営業33人、テレフォンアポイントメントが23人、女性はテレフォンアポイントメントが35人、一般事務31人、総務事務13人となっている。現役時代と同じ職種を希望する人もいれば、「新しいことがしたい」と異なる職種を望む人もおり、さまざまだ。2018年度はエントリーが916人、そのうち305人が122社の企業に派遣され、104人が直接雇用に至った。  西川課長は、「高齢者の持つ知識や経験に対するニーズがあったことを実感しています。次年度からはさらに多くの人が直接雇用につながるよう、受入れ企業のコンサルティングに力を入れ、高齢者とのつき合い方、あるいは受入れ環境の整え方などの解決策を提示していきたい」と方針を述べた。 65歳超のキャリアを考える学び直し「東京セカンドキャリア塾」  「東京セカンドキャリア塾」は、65歳以上が対象の「楽しく学ぶ!」をテーマとした高齢者の学び直しの場である。就業やボランティアへの従事などを見すえ、「これからの生き方」を考えてもらうために開設したもので、新しいことにチャレンジしたいと考える意欲的なシニアが、セカンドキャリアについて楽しみながら学んでいるという。  校舎は高齢者が自宅から通いやすいように、2カ所に開設。全54講座の多彩なセミナーは、概要や理論を中心に学ぶ基本講座と、実践的な内容の選択講座に分かれ、それぞれ「時代を知る」、「自分を知る」、「心と体を作る」という高齢者に役立つ三つのテーマに分けて構成している。さまざまな経験・知見を持った高齢者が集っていることから、塾生主導のサークル活動や、塾生同士の交流会を目的としたイベントもあり、学ぶだけではなく楽しみながらネットワークを広げることができる。  「東京セカンドキャリア塾に入塾する人は、いますぐ働きたいというよりも、これから就職を含めた多様な選択肢を考えていきたいという人たちです。社会に再び出る前の学び直しであったり、新しい仲間探しといった目的を持って入塾しています」(西川課長)  少数ではあるが、就業しながら通塾している高齢者もいるそうだ。  2018年度の第一期生には322人の応募があり、そのうち115人が受講。高齢者が社会で継続的に活躍するために必要な知識や、セカンドキャリアに役立つマネープランニングなどを学び、105人が修了した。修了生のその後の動向を見ると、23人が新たに就職し、14人はボランティアに参加しているほか、塾生同士7人で集まりNPOを立ち上げた人たちもいる。  2019年度の第二期生は310人の応募があり、119人が受講。2020年3月24日に修了を迎えた。今後、どのようなセカンドキャリアを歩んでいくのか、気になるところだ。 合同就職面接会でシニアの就業を支援「シニアしごとEXPO」  「シニアしごとEXPO」は、高齢者がこれからの働き方を考え、一歩ふみ出すためのイベントである。昨年度は2019年10月に新宿区と立川市で開催された。  会場内では、「シニア就職面接会」が行われ、シニア世代の採用に積極的な中小企業が両会場合わせて50社ほど参加。営業部長候補から一般事務、ビル内清掃、マンション管理人まで幅広い職種の求人があり、多くの企業と面接ができる機会を求めて、就業意欲のある高齢者が参加した。  また、新宿会場では「東京セカンドキャリア塾」の開校式を合わせて実施し、小池百合子東京都知事が開講のあいさつを行った。塾の初回講座としてオープンセミナーを開き、チャレンジ精神旺盛なシニアの代表として、プロスキーヤー・冒険家の三浦雄一郎氏を講師に招いて行われた。 事業活用企業 株式会社MAP(東京都渋谷区) 東京キャリア・トライアル65を活用しシニア人材を採用  株式会社MAPは東京都の「東京キャリア・トライアル65」の受入れ企業として同事業に参画し、トライアル期間を経てシニア人材を直接雇用した。同事業活用の経緯や採用のポイントとは―。 20〜30代を対象とした人材紹介事業で大きく成長  2007(平成19)年に設立された「株式会社MAP」は、20代から30代の若い世代を中心とした転職支援を行い、業績を伸ばしてきた人材紹介会社である。年間1万人を超える転職希望者が登録されており、主に営業・販売職の転職支援を行ってきた。人材紹介事業のほかにも、システム開発、マーケティングサポート、メディア運営など「人と仕事をつなぐ」事業を幅広く手がけている。  同社は2019年1月に新たに人材開発事業をスタートさせた。アルバイトの経験しかない、就業経験がない、就業ブランクがある若者を、自社で社員として雇用し育成する、長期的転職支援事業「WORX(ワークス)」である。  WORXは、職業経験のない若者をMAPで一時的に採用し、ビジネス研修を受けながら同社で実務経験を積み重ねるというもの。研修と実務を並行した包括的な就業支援を通じて資格取得に導き、2〜3年後には転職できるように「ファーストキャリア構築」を図っている。飯田健太郎代表取締役社長は「若者の就職についてはこれまでにないほど高い水準で求人倍率が推移していますが、20代半ばまで引きこもりやフリーターを続けてきた若者は、企業から選ばれにくいのが実情です。WORXは、こうした職業経験のない層にスポットを当てた人材開発事業です」と説明する。ほかにはない新しい人材育成サービスに注目が集まり、テレビやラジオのほか、女性ファッション誌など多数のマスコミに取り上げられている。  現在は、企業から業務の一部を請け負うBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業を立ち上げるための準備を進めている。BPOは一般的に、総務、経理、人事・採用、コールセンターなどの間接部門業務で受託するケースが多い。ここにきてなぜ、BPO事業を立ち上げるのか。WORXではIT業界で活躍するエンジニアを育成しているが、なかにはITの素養がない若者もいるという。こうした人材の受け皿として、BPOのシステムを構築することにした。  しかし、社内にはBPO事業にかかわった社員がほとんどおらず、知見や経験を持つ人材を迎えたいと考えていた折、人材派遣会社の紹介を経て「東京キャリア・トライアル65」にたどり着いた。飯田社長は「一概に若い人材の生産性が高いとは思っていませんし、高齢者の雇用に、もともと抵抗はありませんでした。それは、定年後も精力的に趣味などに打ち込む私の親族の姿を見ているからだと思います。その親族には、『仕事をしていないのはもったいないので、会社を手伝ってほしい』と声をかけましたが、首を縦に振ってはくれませんでした」と笑う。  さっそく、「東京キャリア・トライアル65」に申し込んでみると、BPO事業の立ち上げから運用までを経験している、探していた条件にぴったりと合致する人物を紹介された。「経験は申し分なく、あとは人柄がよければぜひという気持ちでした。『東京キャリア・トライアル65』はミスマッチを防ぐトライアル期間があったこともよかったと思います。人柄を含め、お互いをより深く知ることができたので、納得のうえで入社してもらうことができました」とトライアルの利点について述べた。 事務系職種の求人がなく難航した再就職活動  平田昌望(まさもち)さん(66歳)は、情報処理会社や派遣会社でBPO事業の立ち上げから運用・確立までの一連の業務に従事した経験を持つ。  豊富な経験を持つ平田さんだが、2017年に63歳で家庭の都合で退社し、仕事から離れた。しかし状況が落ち着くと、「まだ働きたい」という思いが強くなり就職活動を始めた。「ハローワークで仕事を探しましたが、高齢者の求人は警備や清掃の仕事ばかりで、これまでの経験を活かした仕事を探してもなかなか見つかりませんでした」と、ふり返る。思うように就職活動が進まない折、知人から企業の顧問のような形で働いているシニアもいると聞いた。そこで今度はWebでいろいろと検索してみたところ、「東京キャリア・トライアル65」のサイトに行き着いたという。「東京キャリア・トライアル65」では、これまでの経験が活かせる事務職、営業職を募集しており、短期間のトライアル就業があるのも安心だった。申込み後は、就業相談に参加し、スキルチェックを行い、その後MAPを紹介された。職場見学のあと、トライアル期間2週間ほどを経て2019年11月に正式に採用されたという。 経験や知識・ノウハウを活かし活き活きと働ける職場に  現在MAPのWORX事業部でシニアディレクターとして働く平田さんは、週1回、8時間ほどの勤務で、出社する日は主に会議に参加し、プロジェクトの立ち上げ方、運用の仕方、リスクの分析などを伝えている。平田さんは「経験が活かせるなら週に1日でも構わないと思いました」と、出勤日は少ないながらも、仕事の内容に満足している様子だ。  また、飯田社長は「先日の打合せも議論が白熱し、有意義なものになりました。平田さんも同じ目標に向かって進む同志で、年齢はまったく関係ないと感じます。経験者ならではの知見はとても心強いです」と話す。  平田さんは、謙遜しながら「開発をしているわけではないので、決してむずかしいことを教えているわけではありません。例えるなら、カレーのつくり方を教えているようなもの。必要な具材を揃えて、切って、炒めて、煮込むというように、業務への取り組み方、順番を教えています。失敗しないためのリスク分析を教えることも大切ですね」と説明する。  飯田社長は「経験がない私たちにどういったリスクがあるのかを伝えてくれます。こうしたノウハウや、利益の出し方、それを継続するためのスキームを伝授してくれるのはありがたい」と述べ、感謝していた。  平田さんは社内で、ビジネスチャットを使って仕事のやりとりを行うこともあるが、いままで使ったことのない新しいツールにも順応しているという。「若い会社なので、自分にとって働きやすい環境を求めるよりも、自分が合わせた方がよいと思っています」と協調性の高さが垣間見える。  今後、BPO事業が本格的に立ち上がってくれば、平田さんの勤務日も増える見込みだ。平田さんも「今後は事業を軌道に乗せて出社日を増やしていきたいですね。東京キャリア・トライアル65については、トライアル期間でどのような環境か、会社と相性がよいかなどが見られてよかった」と話す。飯田社長も「当社の枠にとらわれず、グループ会社も含めて持っているノウハウを伝えてほしい」と大きな期待を寄せていた。 図表 「東京キャリア・トライアル65」対象職種 事務職 業務例:  一般事務  営業事務  経理事務  貿易事務  特許事務  英文事務 など 営業職 業務例:  新規開拓  ラウンダー  営業研修  指導   テレフォン アポイントメント など IT技術職 業務例:  SE  プログラマー  ヘルプデスク など 写真のキャプション 東京都産業労働局雇用就業部就業推進課長の西川誠明氏 飯田健太郎代表取締役社長 WORX事業部シニアディレクターの平田昌望さん 【P21-24】 事例3 銀座セカンドライフ株式会社 (東京都中央区) やりがいを感じる仕事を見出し自分のペースで働ける「ゆる起業」を支援 定年前後の世代の起業を具体的な形にしてサポート  50代、60代の定年前後の世代を対象に起業を支援する、「銀座セカンドライフ株式会社」。起業にあたっての相談から、セミナーや交流会の開催、レンタルオフィスの提供など、多様なメニューにより、「起業前から起業後までワンストップでサポート」を掲げて実践している。  代表取締役の片桐実央(みお)氏は、「起業の相談に来られたみなさんに『やりがいのある仕事を形にして実現しましょう』とお伝えします。定年後のやりがいは人それぞれですが、起業は再就職や再雇用に比べてやりがいを重視できることがメリットです」とシニアの起業支援を語る。  同社は、シニアの起業がいまほど注目されていなかった2008(平成20)年7月に設立された。創業のきっかけは、創業者である片桐氏の祖母を思う気持ちだ。片桐氏の祖母は小料理屋を営んでいたが、共働きの両親のもとに生まれた片桐氏の面倒をみるために店を畳んだ。片桐氏は大学卒業後、化学メーカーの法務部に勤めたが、入社して1年後に祖母が認知症を発症。そのとき、祖母が元気なうちに恩返しができなかったことや、「もし小料理屋を続けていたらもっと元気に過ごせていたかもしれない」と悔やみ、この経験から、シニアがセカンドライフを充実して過ごせるような支援がしたいと考え、銀座セカンドライフを創業した。  シニアの起業支援を行う会社の先駆けとして片桐氏が一人で立ち上げた同社は、現在は従業員数23人、売上げは毎年前年比1・2倍〜2倍の伸びで成長している。起業相談の利用者数は約10年で7千人を超え、レンタルオフィスに登録する会社は5千社に上る。片桐氏は講演活動やメディアの取材対応に多忙を極めるなかで、多数の著書を出版。本誌でも「リーダーズトーク」※1にご登場いただいたほか、連載もご執筆※2いただいた。 再雇用で働きながら副業的に起業する人も増える傾向に  同社を訪れる起業の相談者は、「以前は定年後2、3年してから、という方が多かったのですが、最近は定年前から起業を検討し、準備をして数年がかりで起業される方が増えています。50代後半の方が最も多いのですが、40代半ばから60代半ばまで幅広く相談に来られます」と片桐氏。男女比では男性が約7割を占める。  起業の相談内容にも変化が見られるという。片桐氏は、「定年退職後の起業のほか、再雇用で勤め続けながら副業的に起業する、会社勤めと起業の両立を考える方が増えています。会社は週2、3日の勤務にしてそれ以外の日を起業にあてたいといったニーズもあります。再雇用で働き続けることができたとしても、65歳で終わるということに不安を感じて、その前に起業を実現しようと考える方も目立ちます」と話す。  少子高齢化が進展し、国は社会の活力を維持することなどを目的に、70歳までの雇用や就業の実現を目ざしており、起業も選択肢の一つとして注目されている。こうした動きについて片桐氏は、「選択肢が増えることはよいことだと思います。2013年に国の成長戦略の一つとして起業支援の強化が掲げられてから行政の起業支援が始まるなど起業しやすい環境が整い、以前より起業を選択しやすくなっているとも思います」という。 少ない費用で始められ、自分のペースで働ける小ビジネスを提唱  シニアが起業する場合、成否を分けるポイントにはどのようなものがあるのか。  片桐氏は、「現役時代より収入が少なくても、やりがいを持ってできるということを成功と考えるならば、私が提唱しているのは、少ない費用で始められ、自分のペースで働ける『ゆる起業』という小ビジネスです。小ビジネスでも人と会う機会が増えて刺激がもらえる、感謝されて嬉しいなどの声があり、仕事に対するやりがいが感じられます。そういったことが大切ではないかと思っています。大きく投資すると回収に時間がかかるので、少なく投資して早めに黒字にして安定した事業運営をすることがポイントになると思います」と語る。早めに黒字にするためには、「経験」と「人脈」を活かす仕事で起業することもポイントになるという。  また、「現在は行政、民間ともに数多くの起業支援機関があります。まずは無料の起業セミナーに参加したり、起業相談に行くことをおすすめします。1カ所だけでなく、数カ所の機関に行ってみてください。相談員との相性もありますし、支援してくれる人が事業アイデアのファンになってくれたり、つながりをつくることができれば、後々も情報を提供してくれるなど何かとフォローをしてくれるはずです」と続ける。  銀座セカンドライフには、「起業はしたいがやりたいことが定まらない」という相談者も多い。そこで、アイデアを探す方法として、相談者のやりたくないことを除き、できることを探して、そこに「お金になる」という分析を加えてビジネスの選択肢を示していくそうだ。すると、「そんなビジネスがあるんですね」と相談者が驚くことがあるという。片桐氏は「小ビジネスの世界には、人と人の間に入って成り立つような仕事がたくさんあります」と指摘。小さくとも多様な可能性がそこにはあるという。  では、シニア起業を目ざす場合、いつごろから準備を始めることが望ましいのだろう。「早い方は3年ほど前から情報収集や人脈づくりを始めています。起業したい事業の関係団体に入ったり、資格の取得に励んだりして、その後1年ほど前から事業計画書や設立準備に取りかかる方が多いようです」と片桐氏。  起業にあたっては助成金の活用や、「かながわシニア起業家ビジネスプラングランプリ」、「東京シニアビジネスグランプリ」といったコンテストに応募して支援を得ることに挑戦するのもおすすめだという。  一方で、社内に起業を志すシニア社員がいる場合、企業としてできる支援にはどのようなものがあるのか。  「再雇用で勤務を続けながら、将来のために副業的に起業する方が社内にいらっしゃる場合、どんな副業をされているかを把握し、応援したり、見守ったりするスタンスを決めておくと、会社も働く方も安心できると思います。副業の内容によっては、再雇用から外注先として切り替えるということも考えられるでしょうし、社員ではなく業務委託となっていまの仕事を続けたいと考えているシニアもいると思います」と片桐氏は語る。定年後の社員のあり方として、今後は副業との両立や起業を応援して業務委託先としてつきあっていく選択肢も頭に入れておきたい。  銀座セカンドライフは現在、東京都、神奈川県、埼玉県を対象として起業支援を展開している。片桐氏は「今後は関西方面などにも支援を拡大していきたい」と考えている。小さな投資でやりがいのある仕事を始める「ゆる起業」を実現するシニアはさらに増えていくだろう。 シニア起業例 IPOテクノ株式会社(東京都羽村(はむら)市) 出会いを楽しみ、人材を活かして仕事をつくる  加瀬滋さんは、2008年、60歳のときに起業しIPOテクノ株式会社を設立。以来、銀座セカンドライフの支援を受けながら、順調に業績を伸ばしてきた。シニア起業の経緯と、起業してからの活躍について、お話をうかがった。  加瀬滋さん(71歳)は、2008年11月、「IPOテクノ株式会社」を立ち上げた。ソフトウエア開発やITコンサルテーションなどを手がける会社で、社名の由来を「前職でたずさわった、外資系企業の国際調達拠点(International Procurement Office)の業務が楽しかったことからIPOとつけました。グローバルな会社にしたいとの思いも込めています」と話す。  加瀬さんの起業のきっかけは、定年退職後、現役時代からつきあっていた会社や友人らから仕事を頼まれ、手伝っているうちに「個人事業主では依頼しにくい」といわれ、会社設立に至ったという、気負いのないものだった。その後、システムエンジニア(SE)を紹介してほしいと頼まれて、以前につき合いのあった会社に連絡して紹介したり、反対に、SEに仕事を紹介することを頼まれたりして、「いわゆる営業支援です。1人社長、1人社員の状態でそんなことをしていました」と起業当初をふり返る。先行きがわからなかったことから、自宅と喫茶店を仕事場にして固定費を最小限に抑えていた。  「売上げがなくても支出がなければ会社は潰れない、という私なりの理論です」という。  その後、仕事に応じて報酬を支払う形でSEを有期雇用の社員として迎え、設立から3年ほどすると仕事が回るようになり、さらに人員を補充。同社は「人(人財の技術)を活かす」をモットーに、シニアのSEや子育てをしている女性など多様な人に仕事を提供できる会社を目ざして、人との出会いを通じて事業の幅を広げている。加瀬さんの人柄が会社に表れているのか、次第に人が集まる会社となり、現在はソフトウェア開発・保守事業をはじめ、新人研修などの教育事業、商品販売や人材交流などの海外事業などを展開。2018年度の売上高は約9100万円となった。海外事業では3人のベトナム人の社員が翻訳・通訳業務、化粧品の輸出業務、ブリッジエンジニア※3の卵として活躍している。  現在の従業員数は26人。半数がSEである。年齢構成は50代が14人と最も多いが、新卒者も採用しており20代のSEも3人いる。  同社には定年がなく、「元気でやる気があればずっと働ける会社を目ざしています。しかし、シニアばかりになるとバランスが悪く、仕事もしづらくなるので、2018年度から新卒者の採用を始めました。同時に、高年齢の社員にはコンサル業務と教育事業をになってもらうなど、新たな仕事にも挑戦中です」と加瀬さんは話す。  同社の拠点は東京都羽村市に本社を置くほか、拝島(はいじま)事務所と日本橋サテライト、また、作業場として銀座セカンドライフのレンタルオフィスを活用している。 現役時代の人間関係を大切にしながら起業家の交流会で新たな人脈もつくる  加瀬さんと銀座セカンドライフとの縁は、起業してまもなくのころ、知合いに誘われて銀座セカンドライフが開催する起業家の交流会に参加したことから始まった。交流会は毎月100人規模で開催されていて、加瀬さんはそこで多くの人脈をつくることができたという。  「税理士やコンサルタント、製品を販売する営業担当など、現在の仕事につながる人はほとんどこの交流会で出会いました。また、銀座セカンドライフのレンタルオフィスは便利な場所にあり、使いやすいので存分に活用しています。また、定年退職後に起業をしたシニアとして、銀座セカンドライフを通じてメディアの取材を受ける機会を何度かいただきました」と、銀座セカンドライフとのつながりが仕事を後押ししてくれていると加瀬さんは話す。  定年退職してから起業した先駆者として、自身の起業について感じていることを加瀬さんにたずねると、笑顔とともに次の言葉が返ってきた。  「自分の生活リズムに合った会社をつくり、仕事ベースで働ける、シニアが働きやすい会社をつくっていますが、そういう環境が合う若い人もいるようです。私自身については、好きな仕事が続けられて出会いがあり、楽しく、働きがいがあり、忙しくて年齢を忘れるほどです」  シニア起業を考えている人へのメッセージをお願いすると、「起業は好きなことをやるのが一番です。好きなことは続けられるからです」。また、現役時代からの準備として、「良好な人間関係(人脈づくり)、さまざまな経験(頼まれた仕事を嫌がらない)、退職後も現役時代の人間関係を大切に、また、多少の資金づくりと家族との良好な関係も大切。会社を運営するうえで人脈に支えられることが多いからです」と、自らの体験をふまえて語った。  今後も「体が動くうちは仕事をしていたい」と考えており、「目標は80歳まで働く」こと。会社の将来については後継者のことも含めて考えているという。「社員一人ひとりが後継者になれるような育成指導(できるだけ自分でやらない)と適材適所を心がけています、やりたいことをやらせるようにしたいのですが、ビジネスの可能性を重視し、状況、環境の判断をしっかりしていきたい」と活き活きとした表情で抱負を語ってくれた。 ※1 本誌2015年12月号 ※2 本誌2017年5月号〜10月号「人生のベテランだからできる起業入門」 ※3 ブリッジエンジニア……日本企業と海外企業の間に立ち、橋渡しの役割をになうシステムエンジニア 写真のキャプション 銀座セカンドライフ代表取締役の片桐実央氏 代表取締役を務める加瀬滋さん 【P25-27】 事例4 認定NPO法人プラチナ・ギルドの会 (東京都新宿区) シニアがつちかったスキルや経験を活かし社会貢献に参画できる環境づくり 社会貢献の分野で活躍するシニアを表彰しシニア世代のロールモデルに  「現役時代につちかったスキルや経験を、社会のために役立てたい」│そんな思いを持つシニア世代を支援する活動を行っているのが、「認定NPO法人プラチナ・ギルドの会」である。「『会社の仕事』から『人生の仕事』へ」、「『支援される側』から『支援する側』へ」を理念に掲げる同法人は、理事長を務める奥山俊一(しゅんいち)氏が2013(平成25)年に賛同者とともに設立した。「シニア世代が活き活きと働き、社会貢献に積極的に参画できる社会の実現を目ざしています」と奥山氏は語る。  プラチナ・ギルドの会では、社会参画への意欲を持った40〜60代の人々が会員となり、それぞれが関心のある分野で社会貢献に取り組むとともに、その手法について学び合う。現在の会員数は約80人。会員の中核となっているのは退職したビジネスパーソンだが、最近は会社勤めのシニアや若手の社会起業家も増えているという。毎月1回開催している定例会では、学習や活動提案を行うほか、小グループ活動や、さまざまなNPOとの協業も行っている。  同法人は、二つの柱となる事業を行っている。一つは、年に一度、社会貢献の分野で活躍する主に50歳以上のシニアを顕彰(けんしょう)する「プラチナ・ギルド アワード」である。今年2月には7回目の表彰式が開催され、認知症をテーマにしたカフェの運営者やDV等の被害者の支援活動を行うNPOの代表など、5人のシニアが表彰された(28頁参照)。アワードの目的について奥山氏は、「実際に社会貢献の分野で活躍しているシニアのみなさんにロールモデルになっていただき、その活動を世の中に知らしめることで、より多くのシニア世代に社会活動に目覚めてほしいと考えています」と話す。 企業内セミナーを通じて在職中から社会参画意識を持ってもらう  そして、もう一つがセミナーの開催だ。「プラチナ・ギルド アカデミー」は、ボランティア活動やNPO活動について知りたい、参加したいと考えているシニア世代向けに、講演やワークショップなどを通じて社会貢献活動への理解を深めてもらうというもの。こうした公開型のセミナーを開催する一方で、2年前からは40代、50代の社員を対象とした企業内セミナーも実施している。「公開型のセミナーは、もともと高い意識を持った人にしか参加してもらえません。しかし、本当に重要なのは、社会参画の意識を持たない人に、その意識を持ってもらうことです。特に日本のビジネスパーソンの多くは、終身雇用制の影響もあり、企業の外の社会に対してなかなか意識が向かない傾向があります。そこで、会社に勤めている現役のうちに一日も早く社会参画への意識を持ってもらうために、現在は大企業向けのセミナーに力を入れています」と、奥山氏。  セミナー参加者に気づきを得てもらうために、プログラムのメインに据えているのがプラチナ・ギルド アワード受賞者の講演である。  「退職後に何をするか、退職してから考え始めたのでは遅すぎます。実際、シニアで活躍している人の多くは、在職中から準備を始めています。そこで、セミナーでは実際にNPOなどで活躍している人の講演を聴いていただき、自分自身のこれからについて考える機会にしていただいています」という。 NPOとスキルを持ったシニアを結びつける活動の必要性  奥山氏は、旧株式会社住友銀行(現・株式会社三井住友銀行)でロンドン支店長兼欧州営業部長、専務取締役などを歴任し、2002年に株式会社日本総合研究所(以下、「日本総研」)の代表取締役社長に就任。2006年に会長職に就任したのを機に、スポーツから料理に至るまで、ありとあらゆる趣味の世界を徹底的に追求したという。  奥山氏が社会貢献活動に意識を向けたきっかけの一つに、右目の失明があった。それを機にゴルフなどのスポーツを一切やめ、これからの生き方について考えるようになったという。  そんなときに、たまたまテレビのニュース番組を観ていて目に止まったのが、日本総研の社員だった嵯峨(さが)生馬(いくま)氏だった。嵯峨氏は30代で日本総研を退職後、社会的活動を行うNPOなどのソーシャルセクター※1の課題に対し、「プロボノ※2」での支援をコーディネートする、「認定NPO法人サービスグラント」を立ち上げた人物。プロボノの手法に興味を持った奥山氏は、さっそく嵯峨氏に連絡を取り、サービスグラントの活動を手伝うようになる。「年齢を問わず、さまざまな世代、さまざまな分野の人たちから学ぶことができるのは、会社員時代には体験できないことでした」。現役世代のボランティア意識の高さに触れるなかで、「少子高齢化が進む日本で、これからは元気で活動的なシニアが一人でも多く社会参画することが大切だ」との思いに至り、プラチナ・ギルドの会の構想へとつながった。  また、嵯峨氏と一緒にサンフランシスコを視察し、ソーシャルセクターの実態を学んだことも大きかったという。同地で年に一度開催されるボード・マッチ※3のイベントでは、150ものNPOがブースを出し、1000人を超える人々が参加。こうした場が実現できるのは、裏方であるボランティアセンターの努力があってこそであり、日本においても、そうした中間支援団体の必要性を実感したという。 「気づき」を得るためのセミナー開催現役時代からの学びがカギを握る  退職後のセカンドキャリアとして、社会貢献活動を行うことの意義について、奥山氏は次のように語る。  「退職後の生き方には、いろいろな選択肢があっていいと思います。ただ、悠々自適に好きなことをして楽しむ先輩や同僚たちを見ていると、それで本当に満足なのかと思うのです。自分が長年にわたってつちかった経験やスキルを社会のために活かすことができれば、もっと大きな喜びを得ることができる、というのが私の考えです。日本の高齢者は社会人大学などで学ぶことに積極的です。それは大いに結構ですが、個人的には、せっかく学んだのであれば、ぜひ行動を起こしてほしいと思います。  これからのシニアは、『人生100年時代』といわれるように、会社生活を終えた後に、まだ長い人生が待っています。そのセカンドステージをどうやって生きるかを考えなければなりません。社会はどんどん変化していきます。そのなかで活躍し続けるためには、自らに投資して社会で活躍できる力をつけていく必要があります。そのためには、いつまでも会社まかせではなく、自分の未来を自分で切り拓(ひら)いていかなければなりません。  特に大企業に勤める40代以上の世代は、こうした意識が非常に弱いと感じます。『寄らば大樹の陰』という意識が強いのですが、いつまでも会社にいられるわけではありません。そのことに、早く気づいてほしいと思います。そのために、われわれは気づきを得られるような機会を提供しています。セミナーもその一つですが、われわれが毎月行っている定例会に参加してみるのも一つの方法です。最初は会員にならなくても、無料で参加できます」  奥山氏によれば、アワードの表彰を受けた人たちに活動を始めたきっかけを聞いてみると、現役時代から活動につながる何らかの思いを抱いていた人が多い。そういう意味では、現役のうちから社会貢献活動に取り組んでいる人々と接することは、退職後の生き方を考えるうえで大いにプラスになりそうだ。 社会貢献に参画する社員の存在はSDGs(エスディージーズ)時代の企業にとってもプラスに  一方、日本のビジネスパーソンの社会貢献意識が低いのは、企業の側にも問題があると奥山氏は語る。  「日本の企業は、社会貢献の面ではずいぶん後れていると思います」  奥山氏は、企業の社会貢献として英国を例にあげる。1980年代初頭の英国では、サッチャー政権が財政破綻した経済を再生するために大衆窮乏(きゅうぼう)化政策を推進したため、暴動が多発した。そんななかで、CBI(英国経産業連盟)傘下の企業が「ビジネス・イン・ザ・コミュニティー」(企業は社会の重要な構成員)を提唱し、社員を有給でボランティアに派遣するなど、積極的に社会貢献活動に参加する仕組みを構築してきた。  「日本においても昨今、SDGs(持続可能な開発目標)が重視されるようになり、若年層を中心に社会貢献への意識は高まっています。このような動きのなかで、社会貢献意識の低い企業は、今後、必然的に淘汰(とうた)されていくのではないでしょうか。そうならないためには、企業内にばかり意識を向けがちな傾向にある40代以上の社員に、もっと社会貢献に意識を向けさせることが必要でしょう」  とはいえ、月並みなキャリア研修で社員の意識を変えることは容易なことではないと奥山氏は指摘する。  「大切なのは、実際に社会貢献の分野で活躍している人の謦咳(けいがい)に接する※4ことだと思います。私自身、サービスグラントの嵯峨さんと出会い、彼が行動する姿に接したことで、大きな気づきを得ました。始めたきっかけや苦労していることなども含めて、活躍している同世代の人たちの生の声を聞くことが、社会貢献への意識を持たせるうえで最も大切だと思います」 ※1 ソーシャルセクター……社会課題の解決に取り組む組織のこと ※2 プロボノ……社会的・公共的な目的のために、職業上のスキルや専門知識を活かしたボランティア活動 ※3 ボード・マッチ……「Board(理事)」とNPOをマッチングするイベント ※4 謦咳に接する……「咳払い≠聞けるだけで価値がある」=「尊敬する人から直接話を聞くこと」 写真のキャプション 奥山俊一理事長 【P28】 プラチナ・ギルドの会コラム アクティブシニアの社会貢献活動を表彰する「プラチナ・ギルド アワード」を開催  去る2月20日(木)、プラチナ・ギルドの会は、社会貢献活動に取り組むシニアを表彰する「プラチナ・ギルド アワード」表彰式を開催した。  冒頭、奥山理事長は、「このアワードを通して、シニアによる社会貢献活動のネットワークが広がり、同世代、そしてわれわれに続く世代の人たちに、活動の輪が広がっていくことを期待したい」とあいさつ。続いて、プラチナ・ギルドアワードの選考委員長を務める「公益財団法人さわやか福祉財団」の堀田(ほった)力(つとむ)会長が登壇し、「仕事から引退し、どこで自分を活かしてよいかわからないシニアも少なくない。すばらしい取組みをする受賞者のみなさんがモデルとなり、シニアの幸せな生き方の見本になる」と呼びかけた。  次に今回のアワード受賞者4人、特別賞1人が表彰された。  竹内弘道氏(NPO法人Dカフェまちづくりネットワーク代表)は、母親の認知症介護の経験から、同じように認知症の家族を抱える人などが気軽に集える交流の場を設けたいと、「認知症カフェ」を立ち上げた。現在は10カ所の拠点を持ち、介護・医療相談や情報交換の場として、延べ3000人以上が活用している。  松本和子氏(NPO法人女性ネットSaya−Saya代表理事)は、DV被害者である女性や子どもたちの支援活動に20年以上にわたり取り組んでいる。DV被害者の自立支援・心理教育プログラムの提供のほか、ひとり親家庭の生活支援や子どもの居場所づくり、シェルターの提供などに加えて、全国的ネットワークの構築、行政への働きかけなども行っている。  中村八千代氏(NPO法人ユニカセ・ジャパン理事長)は、マニラで貧困層に生まれた青少年の自立支援のため、自然食レストランを経営し、働く機会や収入を得るためのスキル・マナー修得などの指導を行っている。  高橋由和氏(NPO法人きらりよしじまネットワーク事務局長)は、過疎化が進む山形県川西町吉島地区にて、地域住民参加型の持続可能な組織をつくり、自治・衛生環境から福祉・教育などの機能を持つ「地域の小さな役場」として行政の業務を代行している。地域の全世帯を会員とする組織で、地域活性化の好事例として注目を集めている。  特別賞の松倉敬子(けいこ)氏(株式会社真夢農和(まむのわ)代表取締役)は、近隣農家の主婦仲間と、地元野菜中心の農家レストラン「真夢農和」を61歳のときに起業。提供する料理が好評なことに加え、仕事と余暇を両立させる運営スタイルは、シニア世代の起業、生きがい創出、農家の6次産業化などからも注目を集めている。  表彰式終了後には、受賞者・参加者の交流の場が設けられ、活発な意見交換が行われていた。 写真のキャプション 左から奥山俊一理事長、松倉敬子氏、高橋由和氏、松本和子氏、竹内弘道氏、堀田力氏。中村八千代氏はマニラからSNSで参加(高橋氏が持っているパソコンに映っているのが中村氏) 【P29】 日本史にみる長寿食 FOOD 320 アスパラガスは長寿野菜 食文化史研究家● 永山久夫 「おーアスペルケー!」  アスパラガスは、古代エジプトで栽培が始まり、ヨーロッパに広がっていった野菜で、日本には江戸時代、オランダ人によって伝えられました。  当時の名前はオランダ語の「アスペルケー」で、日本名は「西洋うど」でした。といっても、当初は食用というよりは観賞用。株を庭などに植え、「おーアスペルケー!」と呼んだりして、その成長の速さを楽しんでいたようです。  本格的な食用種は、明治の初めころ、北海道開拓使によって輸入されてから栽培が開始されました。  アスパラガスの収穫は5月から6月に集中し、主な産地は北海道を中心に長野県や佐賀県、長崎県、熊本県などです。 最強の緑黄色野菜  アスパラガスには日光を浴びて育つグリーン種と、土をかぶせ軟白(なんぱく)させて育てるホワイト種がありますが、人気があるのは緑黄色野菜としてのグリーン種であるのはいうまでもありません。  栄養の豊富な野菜で、ビタミンではB1・B2・B6・葉酸といったB群が多く、さらにカロテン、ビタミンC・Eなども含まれています。注目したいのは葉酸が多いという点です。  葉酸には、脳の神経細胞や血管の若さを保つ働きがあり、認知症予防効果も期待されます。葉酸を摂り続けていると、老化による脳の萎縮が抑えられるといわれています。  ミネラルでは、カルシウムやカリウムなども含まれているほか、アスパラガスから発見されたことで名前の由来となった「アスパラギン酸」を多く含むのも特徴で、疲労回復やスタミナ強化、さらにはお肌の老化防止などが期待されています。  穂先にはルチンという成分も含まれています。血管をしなやかに、丈夫にする効果がありますから、高血圧の予防には最強の緑黄色野菜といってよいでしょう。 ※ 57頁で永山久夫氏の最新刊を紹介しています 【P30-34】 短期連載 マンガで見る高齢者雇用 〈先月号のあらすじ〉 社長の指示により「希望者全員70歳までの雇用」を目ざすことになった株式会社エルダー。何から手をつけてよいのか戸惑っていた人事責任者の人司担男は、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構に相談して、65歳超雇用推進プランナー※の訪問を受けることになった。 第2回 「希望者全員70歳までの雇用」に向けて、具体的には何をすればいいの? ※ 65歳超雇用推進プランナー・高年齢者雇用アドバイザー……高齢者雇用に関する専門知識や経験などを持つ専門家。当機構からの委嘱により、事業主に対し高齢者雇用にかかわる具体的な制度改善提案や相談・助言などを行っている ★ この物語に登場する企業・人物は架空のものです。 【P35】 解説 マンガで見る高齢者雇用 第2回 「希望者全員、70歳までの雇用」に向けて、具体的には何をすればいいの? 高齢者雇用の第一歩は「現状把握」からスタート  会社で高齢者雇用(70歳までの雇用)を推進するためには、現在の会社の状況を整理し、「なぜ高齢者雇用を進めるのか」、「高齢社員の強みは何か」、「高齢社員を取り巻く状況に課題はないか」などを明らかにしていくことが必要となります。 高齢者雇用が求められる背景とは @今や4人に1人が65歳以上の高齢者  2018年時点の日本の人口における65歳以上の割合は、28.1%(およそ4人に1人)。この数字は今後も高まり続けると予想されており、2065年には38.4%(およそ3人に1人)が65歳以上と見込まれている(総務省「人口推計」(平成30年10月1日確定値)、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計(平成29年推計)」より)。 A70歳を超える健康寿命  2016年時点の日本人の健康寿命は男性72.14歳、女性74.79歳。15年間でそれぞれ3歳以上延伸しており、元気な高齢者が増えていることがわかる(厚生労働省「第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会平成30年3月9日資料」より)。その意欲と能力を活用し、“社会の支え手”として活躍してもらう視点が重要となる。 B就労意欲が高い高齢者  高齢者の就労意欲はきわめて高く、現在働いている60歳以上の8割が、65歳以降も働きたいと考えている(内閣府「高齢者の日常生活に関する意識調査」(平成26年)より)。 高齢者雇用の促進に向けた“現状把握” @制度面…現在の高齢者雇用制度とは  定年制度や継続雇用制度がどうなっているかを確認。株式会社エルダーでは、定年は60歳、その後希望者全員を65歳まで再雇用する制度となっている。 Aソフト面…高齢社員が能力を活かせる環境なのか  高齢社員を活かすための風土があるか、職場環境が整備されているかなどを確認。人事部内で話し合うだけではなく、社員から直接話を聞くことが重要。 B検討のベースとなる実態…現在の制度内容、将来の見込みなど  雇用年齢を引き上げるにあたり、社員の年齢構成や人員配置などのほか、あわせて検討が必要となる各種人事管理制度の現状を整理する。 【P36-37】 江戸から東京へ 第91回 豪商の経営法 紀伊国屋文左衛門(きのくにやぶんざえもん) 作家 童門冬二 紀文の哲学  江戸時代の豪商・紀伊国屋文左衛門は、独立心の強い人物だった。だから、自分の息子に対しても、  「わしの財産などはあてにするな。自分の知恵と腕で稼げ。場合によっては、財産はわし一人で使ってしまうかもしれない」  などといっていた。かれの豪遊ぶりは有名だが、公権力とは応分のつき合いだった。  世間では、  「紀文(紀伊国屋文左衛門の略称)は、自分の楽しみばかり追っている」  と噂した。  あるとき、紀州藩(和歌山県・徳川家)の重役が訪ねてきた。  「藩の財政が思わしくない。赤字続きだ。少し助けてもらえないか」  という申出だ。文左衛門も紀伊国屋を名乗っているくらいだから、紀州藩には恩がある。  「かしこまりました、何か考えましょう」  と応じた。このとき、文左衛門は紀州藩の重役に、  「紀州名物のみかんを扱います。いま、江戸ではみかんが払底(ふってい)※していますから」  といった。重役は喜んだ。ぜひ頼むといって帰って行った。 みかんの売り方  文左衛門は行動を起こした。まず吉原に行って、大盤振舞いをし、  「この時期が来たら、こういう歌を流行らせてくれ」  と頼んだ。大船を設(しつら)えて和歌山に行った。和歌山ではみかんが溢(あふ)れていた。業者たちは、こんな豊作では値が下がって利益が得られないとぼやいていた。したがって、文左衛門は和歌山で大量のみかんを安く仕入れることができた。そして帆を揚げて江戸に戻ってきた。このとき、江戸では歌が流行り出した。それは、  「沖に見えるのは白帆じゃないか あれは紀の国ミカン船」  という内容だった。事前に文左衛門が吉原の業者たちに吹き込んでいった歌である。これで、紀伊国屋文左衛門が和歌山からみかんを大量に買って来る、というPRが行われた。  歌の文句通り、文左衛門の船が江戸湾に入ってきた。築地に接岸した。ところが、その後文左衛門は一向に荷下ろしをしない。みかんは船に積んだままだ。岸で、みかんを仕入れようと待ち構えていた業者たちはみんな顔を見合わせた。  「紀文さんは、いったいどういうつもりなのだろう」  そのうちに、みかんの値が上がり出した。どんどん上がる。業者たちは気が気でない。  「こんなよい機会なのに、紀文さんはなぜみかんを荷下ろししないのだろうか」  と、語り合った。やがてみかん景気も通り過ぎ、ほかの地域からも入るようになったので値がどんどん下がり出した。このとき紀文は船の乗組員に命じた。  「みかんを陸揚げしろ」  「陸揚げしても、この間のような高値じゃありませんよ。どんどん安く叩かれています。大金をかけたのが全部無駄になりました」 息子への扱い  息子が文句をいった。  「お父つぁん、あんなことをされたのでは、私に残される財産がどんどん減ってしまいますよ」  文左衛門は息子の顔を見た。こういった。  「別に、おまえに金を残してやるために、紀州へみかんの買いつけに行ったわけではない。あれは、紀州藩のご重役たちの考えが間違っていたからだ。赤字になるとすぐ商人に助けを求める。わしが紀州出身だから何とかしてくれるだろうとタカをくくったのだ。そういう甘い考えでは、傾いた藩の財政は再建できない。わしは、懲(こ)らしめのためにみかんを買いつけ、相場が安くなるのを待って陸揚げした。そのために、江戸の庶民は安いみかんを食べることができた。それで十分だ」  これは、持ち前の独立心がそうさせるので、藩の権力をかさにきて商人に助力をさせようとする、藩役人の甘い計算に一矢を報いたのである。  「財政再建は生易しいものではない。もっと腹を据えて、緊張しなければだめだ」  というのが文左衛門の考えだった。それは、  「わしは一貫してそうしてきた」  という気骨がそうさせたのだ。  また、息子に対して一見冷たいように見える扱いも、文左衛門にすれば、  「財産などというものは、あの世に持っていけるものではない。俺にも考えがある。しかし、いまのわしの息子は少し甘すぎる。棚からぼた餅のように財産が残されるのを待っている。そんな甘い考えはだめだ。もっと厳しく自立できるような気持ちを持って商売をするべきだ。もしも息子がそういうように、自分の力で商売を成功させるようになったら、残っている財産は惜しげもなくみんな息子にくれてやる」  という考えだった。  伝えによれば、その後紀伊国屋は衰退した。当事者は息子だった。しかし息子は、根本的なところで父親の考えを理解することなく、江戸の片隅の長屋で侘(わび)しく死んでいったという。 ※ 払底……すっかりなくなること。乏しくなること 【P38-39】 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第73回  吉田信幸さん(67歳)は、歯科技工士から介護の世界への転身という異色の経歴を持つ。現在はグループホームでケアマネジャーとしてケアプランの作成を行いつつフロア業務もこなす吉田さんが、施設利用者の心に寄り添いながら、生涯現役で働き続ける未来を語る。 株式会社ソラスト グループホーム 上井草(かみいぐさ)あやめ ケアマネジャー 吉田信幸(のぶゆき)さん 憧れの東京へ  私は熊本市で生まれ、高校卒業後に市内の歯科技工士専門学校へ入学しました。長兄が自衛隊のパイロットをしていたことから、私も同じ道をすすめられましたが、手に職をつけたいという思いが強く、当時注目の職業の一つであった歯科技工士の道を選びました。すぐに就職先も決まり、幸先のよいスタートを切ることができました。若くして結婚したので、家族を養うことに必死でしたが、仕事は順調で、充実した日々が過ぎていきました。  歯科技工士の研修のため、何度か上京する機会があり、さまざまなことを学ぶうちに、いつしか東京で自分の腕を試してみたいという気持ちが湧いてきました。ちょうどそのころ、長女が東京の大学に進学することになり、娘の監視役という名目で、私も東京で暮らすことを決意しました。ただ、すでに40歳になっていましたから、妻には理解してもらえたものの、両親には猛反対されました。いまでも申し訳なく思っています。  周囲の反対を押し切って上京し、娘の大学に近い場所で物件を探しているときに、たまたま知り合った人が、新宿区新小川町の同潤会(どうじゅんかい)アパート※1を紹介してくれました。歯科医院への就職も決まり、妻を東京に迎えるため、歯科技工士の仕事に没頭しました。  1955(昭和30)年の歯科技工士法制定を受け、歯科技工士専門学校が相次いで開設された。その後も歯科技工士の需要は増え続け、吉田さんも多忙な日々が続く。 介護の世界との出会い  歯科技工士という仕事は1日中座り続けるので、運動不足になりがちです。徹夜が続いたこともあり、案の定、身体を壊してしまいました。上京後10年間がんばりましたが、退職を余儀なくされました。通院しながら次の仕事を探しましたが、なにしろ歯科技工士の世界しか知らないので、新しい職探しは困難を極めました。そのころ妻から訪問介護という仕事をすすめられました。人手不足なこともあり、高齢でも雇ってもらえることを知り、まずは講習を受けてヘルパー2級※2の資格を取りました。  訪問介護という新しい世界に挑戦し、自転車での移動に加え、訪問先でしっかり身体を動かしますから、不思議なものでどんどん健康になっていきました。生活のため三つの事業所をかけもちし、自転車で飛び回りました。  2年後には要介護高齢者の在宅生活を24時間支える、巡回型ヘルパーの仕事に移りました。二つの介護の分野で経験を重ねたことで、人工呼吸器洗浄や痰(たん)の吸引など、介護に必要なスキルを習得することができました。  人生初の訪問介護先で、排せつ物の洗礼を受ける。背水の陣で臨んだ仕事だから辞めるという選択肢はなかった。介護という仕事の過酷さを知ったあの日を忘れることはない。 新たな挑戦へ  巡回型ヘルパーの仕事を始めて2年、やりがいを感じ始めていた矢先、会社が倒産してしまいました。波乱万丈の人生ですが、ありがたいことに、巡回型ヘルパーの実務講習をしてくれた人が、介護事業に進出したばかりの会社を紹介してくれました。たまたまその人が面接官だったという幸運もあり、社員として採用してもらいました。当時その会社は有料老人ホーム事業を展開しており、そこが私の新たな職場となりました。社員教育に熱心な会社で、私は5年間の在職中に介護福祉士とケアマネジャーの資格を取得することができました。多くの人に支えられたおかげで、今日の私がいます。  60歳で定年を迎え、会社に残る道もありましたが、老人ホームで利用者のみなさんと親しく接するうちに、リハビリやレクリエーションの分野に自分の仕事の幅を広げたいという思いが強くなっていました。そこで定年を機に退職し、レクリエーションを介護プログラムに積極的に取り入れていたNPO法人が運営するデイサービスで働くことにしました。 グループホームという居場所  その後もNPO法人の経営難など紆余曲折を経て、2年前に株式会社ソラストが運営するグループホームに応募し、入社しました。ソラストはもともと医療事務の会社でしたが、いまは介護、保育事業も展開しています。私は契約社員で、月20日ケアマネジャーとして勤務しています。本来の仕事はケアプランの作成ですが、一般職員と同様にフロアで介護業務をこなし、月に4、5回は夜勤も担当しています。グループホームは、認知症の高齢者が援助を受けて共同生活を送る小規模介護施設です。入居者はユニットと呼ばれる最大9人のグループに分かれ、役割を分担しながら自立した生活を目ざします。私が勤務する「上井草あやめ」には二つのユニットがあり、18人が暮らしています。  最近つくづく思うことは、人生に無駄な経験など一つもないということです。  歯科技工士時代にオーラルリハビリテーションという、口腔(こうくう)全体の環境や機能を改善する方法を学んだおかげで、唇や舌、口周りの筋肉を意識して動かす口腔体操をみなさんに実施しています。嚥下(えんげ)の学習も大いに役立っていますし、これまでいくつかの施設で体得したレクリエーションの技法など、すべてがグループホームを快適な居場所にすることにつながっているような気がします。 言葉の力を頼りに明日へ  いままでさまざまな介護分野で働いてきましたが、「グループホームが一番むずかしい」というのが正直な気持ちです。これまでの介護は身体と技術で対応できましたが、認知症の方と向き合うときには言葉≠ェ重要な役割を果たします。言葉に心を込め、目線などあらゆるコミュニケーションツールを駆使することで、お互いの気持ちを通わせることを目ざしています。ミーティングでも、ここが陽だまりのような居心地のよい場所になるよう、「圧力として言葉を伝えない」ことを職員みんなで確認しあっています。  若い職員には、おむつの交換や食事、入浴の介助だけでなく、メンタルが大切なことを折に触れ伝えています。怒らないことが大切ですが、とてもむずかしいことです。  日々体力勝負ですから、健康維持のため8千歩を目安に自宅周辺を歩いています。それから大きな声で歌うこともよい気分転換になります。民謡や懐(なつ)メロなど、みんなで一緒に歌うと素敵な笑顔がフロアに広がります。  最近、5年ごとに更新するケアマネジャー資格の研修を受けたばかりです。「生涯現役」を目標に、これからも利用者のみなさんに心を寄せていきたいと思います。 ※1 同潤会アパート……関東大震災からの復興支援のため、大正末期から昭和初期にかけて東京や横浜に建設された鉄筋コンクリート構造の集合住宅の総称 ※2 ヘルパー2級……日本国内で介護のスキルを証明するために実施されていた、訪問介護員養成研修の別称。現在の介護職員初任者研修に相当 【P40-43】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第96回 青森県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構の65歳超雇用推進プランナー(以下「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 青森県三戸郡南部町 「人」を大切にする事業運営で希望者全員70歳まで働ける体制を構築 企業プロフィール 社会福祉法人 水鏡会(すいきょうかい)(青森県三戸(さんのへ)郡南部町) ▲業種 介護事業。介護老人保健施設、通所リハビリテーション、グループホーム等の運営 ▲職員数 134 人 (60歳以上男女内訳) 男性(4人)、女性(19人) (年齢内訳) 60〜64歳 13人(9.7%) 65〜69歳 9人(6.7%) 70歳以上 1人(0.7%) ▲定年・継続雇用制度 定年65歳。希望者全員70歳まで再雇用する制度がある。以降は業務に必要な資格取得者であるなど一定条件により継続雇用する慣行がある  本州の最北端に位置し三方を海に囲まれている青森県は、中央部に奥羽山脈が縦走する豊かな自然環境に恵まれ、世界自然遺産の白しら神かみ山地や、奥入瀬(おいらせ)渓流、十和田湖、八甲田(はっこうだ)山などの有名な景勝地があります。また、弘前(ひろさき)城や三内丸山(さんないまるやま)遺跡などの歴史的な名所も点在しています。  当機構の青森支部高齢・障害者業務課の小山(こやま)英士(ひでし)課長は、「青森県は大きく津軽、南部、下北の三つの地方に分けられ、それぞれ気候・風土や方言などに違いがあります。農林水産業などの第1次産業が盛んなことが特色としてあげられ、リンゴ、ニンニク、ゴボウは日本有数の生産量を誇ります」と話します。  同支部では、年齢にかかわりなく意欲と能力に応じて働くことができる職場づくりを支援し、県内の事業所から高齢者雇用にかかわる相談などに応じており、「定年延長や継続雇用などの制度改善の提案を行うとともに、各事業所の事情や要望に応じて適切な援助を提供することを心がけています」と、小山課長は取組みを語ります。  今回は、同支部で活躍するプランナー・石橋一恭(かずたか)さんの案内で、「社会福祉法人水鏡会(すいきょうかい)」を訪れました。 定年を65歳に引き上げる  社会福祉法人水鏡会は1990(平成2)年に設立され、今年で設立30周年を迎えます。「住み慣れた地域で安心して生活できるまちづくりに貢献します」をモットーに、高齢者のリハビリテーションをメインとした看護・介護サービスを提供。現在は、介護老人保健施設「孔明荘(こうめいそう)」をはじめ、デイケアセンター「たのしい家」、グループホーム「ひだまりの里」、居宅介護支援事業所「きぼう」を運営しています。  職員数は134人。専門技術や経験に加えて、思いやりとやさしさを持ってサービスを提供し、利用者が楽しくかつ意欲的にリハビリテーションに取り組める施設づくりに努めています。  水鏡会は2020(令和2)年4月に就業規則を改定し、定年を60歳から65歳に引き上げ、希望者全員70歳まで再雇用する制度を整えました。  石橋プランナーは2015年から65歳超雇用推進プランナーとして、水鏡会のこの制度改定の取組みをサポートしてきました。「介護業界に共通する人手不足に対応するため、また、優秀な人材の流出を防止するためには、高齢職員だけでなく、すべての職員に対し、『高齢者の働きに期待している』という事業主の姿勢を明確に示すことが大切です。それが高齢職員のモチベーション維持につながるという視点からアドバイスしました」と当時をふり返ります。  そして、「高齢職員のさらなる戦力化」を図るため、「賃金をはじめとする60歳以上の職員の待遇改善、および定年の引上げにより、60歳を超えても正規職員とすることで、『60歳以降は高齢者であり、再雇用した職員である』という意識を払しょくし、意欲を持って働ける環境を整えること」を提案しました。 賃金が下がらず65歳まで働ける安心感  水鏡会では、数年前から新規学卒者の採用がうまくいかず、職員の年齢が年々高くなっていく状況にありました。  水鏡会の本多(ほんだ)悟(さとる)常務理事・総務部長は、「40代・50代の職員が多いことから、10年後を見すえて、定年を65歳に引き上げ、同時に希望者全員70歳まで再雇用する制度を構築しました。当法人の事業には『人』が最も大切です。安心して働ける環境にするために職員の声を聞き、賃金が変わることなく65歳まで働ける体制を整えました」と制度改定の背景を明かします。  賃金については、60歳から65歳までフラットになるように段階的な改定を行ったそうです。  「10年ほどかけて改定し、ようやくフラットになった時点で、石橋プランナーのご提案も受けて、定年の引上げを決めました」と本多総務部長。水鏡会では、退職金を自社積み立てにしているため、制度設計を自由に行うことができ、今回の定年制度の改定にあたり特に問題は生じなかったともいいます。  定年を引き上げたことへの職員の反応について本多総務部長は、「賃金が変わらずに65歳まで働ける。そういうことに安心感を持った職員が多かったように思います。60歳を過ぎるといろいろと個人差が出てくることが予測されるため、一律65歳定年でよかったのか、不安もありましたが、職員が安心して65歳まで、希望をすれば70歳まで働ける体制が整ったというメリットのほうが大きいことを実感しています」と話します。  今回は、デイケアセンター「たのしい家」で介護職員として働く60代のお2人にお話をうかがいました。 力強く頼もしい存在  デイケアセンター「たのしい家」には30人ほどの職員が所属し、1日平均65人の利用者をご自宅などから迎えて健康チェック、リハビリテーション、レクリエーション、昼食、入浴介助などのサービスを提供しています。  植山(うえやま)和子(かずこ)さん(63歳)は水鏡会に入職して23年。介護福祉士としてフルタイムで勤務し、介助のほか、利用者の話し相手、レクリエーションの企画など、利用者のみなさんの心身の機能の維持・向上に励んでいます。  「デイケアセンターの仕事が好きです」と満面の笑みで話す植山さん。その理由は、「ここでリハビリをすることで、利用者の方の表情がどんどん活き活きとして、いい顔になるんです。1日のなかで変化することもあれば、長い間通われて徐々に変化していく様子にも触れられます。見ていて励まされます」と語ります。仕事で心がけているのは、「利用者第一であることと、自分の健康管理です」と話します。  希望をすれば70歳まで再雇用で働ける制度についてたずねると、「身体が動くうちは働いていたいので嬉しいです。65歳を過ぎたら少し勤務日数を減らし、趣味を楽しみながら働き続けたいと思っています」とのこと。  本多総務部長は、「65歳以降は働く人の都合に各施設が合わせて、それぞれの勤務時間帯など調整します。無理のない形で辞めずに働き続けてほしい」と植山さんに声をかけました。  庭田(にわた)利信(としのぶ)さん(62歳)は、介護福祉士と介護支援専門員の資格を持ち、1992年からこのデイケアセンターに勤務しています。現在、デイケアセンターの職員をまとめる課長であり、介護職員としても働くプレイングマネジャーです。利用者の送迎や入浴介助、ケアプランの計画・管理、職員の勤務シフトを組んだり、忙しい毎日です。また利用者とたこ焼きをつくるなど、さまざまな行事を計画しては腕をふるい活躍しています。  庭田さんは、「まずは自分の健康に気をつけて、課長としては自分から動くようにしています。この仕事が嫌いではないから続けているのかな。人とかかわることが好きなんです。利用者には100歳以上の方がいらっしゃいますし、90代の方もたくさんいます。餅つきなどの行事で、みなさんの笑顔が見られることがやっぱり嬉しいです」と仕事のやりがいを語ります。  将来については、「67歳までは働きたいと考えています。中途半端ですが(笑)、『あと5、6年』と考えてのことです。体力と気力があれば、その先はまた考えます」と話しました。  このデイケアセンターでは毎月職員の勉強会を開き、感染症や虐待防止など毎回異なるテーマを掲げて全員で学んでいるといいます。  お2人と同じデイケアセンターで働く柿本(かきもと)裕美子(ゆみこ)さんは、「庭田課長はいつも笑顔で、自分が経験したことを交えて、仕事を教えてくださる上司です。植山さんは、どんなことも嫌な顔をせずに取り組まれている力強い存在です。デイケアセンターの力になっている方々ですから、働き続けていただけるのはとてもありがたいことです」と、お2人の仕事ぶりについて話してくれました。  同じく同僚の十文字(じゅうもんじ)優子(ゆうこ)さんも、「庭田課長は自ら身体を動かして働いていて、いつも頼りになります。植山さんもさっそうとして仕事をされていて、若い人より元気そうに見えます。定年制度などの改定により働き続けてもらえるのは助かりますし、見ていて勉強になることがたくさんあります。自分自身の定年のことはまだ考えていないのですが、お2人が元気に働かれている姿は素敵ですね」と話してくれました。 よりよい職場環境を目ざして  水鏡会では職員の健康管理にも力を入れており、このほど青森県から「健康経営事業所」の認定を受けました。  本多総務部長は「だれでも歳をとります。そこを制度などで手助けし、利用者に変わりなく対応していく体制がようやく整いました。課題は職場環境の整備。これからも職員の考えや意見を聞き、対応していきたい」と職場環境をより充実させていきたいと語ります。人手不足は厳しさを増しているとのことですが、「求人募集をしながら、いまいる職員を大事にして事業に取り組みます」と今後も「人」を大切する事業運営を強調しました。 (取材・増山美智子) 石橋一恭 プランナー(59歳) アドバイザー・プランナー歴:5年 [石橋プランナーから] 「プランナー活動の企業訪問では、明るくふるまい、話しやすい雰囲気をつくり、警戒感を解いていただき、まずは聞き役に徹します。面談者が興味のありそうな話題を見つけ、そこから話を広げていき、高齢者雇用の話題へと入っていくように心がけています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆青森支部高齢・障害者業務課の小山課長は、石橋プランナーについて次のように話します。「社会保険労務士になる前に、複数の民間企業で勤務していました。大企業にも中小企業にも勤務したことがあり、それらの経験を活かしながら、プランナー活動では事業主の方々に適切なアドバイスをしています。また、県内小学校のクラスが減少している現状からも、将来的にはますます人手不足になるというようなわかりやすい例をあげて、事業主が納得して高齢者雇用に取り組める提案をしています」 ◆青森支部では、5人の65歳超雇用推進プランナーと2人の高年齢者雇用アドバイザーの体制で、青森県内において年間300社ほどの事業所を訪問し、高齢者雇用に関する相談・援助業務を行っています。 ◆青森支部は、青森市内の「ポリテクセンター青森」内にあります。JR青森駅からは約2.5q、新幹線が停まるJR新青森駅からは約6qの場所に位置しています。目の前に「ハローワーク青森」があるという条件のよい場所にあります。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●青森支部高齢・障害者業務課 住所:青森県青森市中央三丁目20番2号 青森職業能力開発促進センター内 電話:017(721)2125 写真のキャプション 社会福祉法人水鏡会が運営する介護老人保健施設「孔明荘」 本多悟常務理事・総務部長 デイケアセンターで正月飾りをつくる植山和子さん レクリエーションで利用者とたこ焼きづくりをする庭田利信さん デイケアセンターで働く(左から)柿本裕美子さん、庭田利信さん、植山和子さん、十文字優子さん 【P44-47】 AI・ICTで働き方が変わる ―高齢者から始まる働き方改革― 東京大学 先端科学技術研究センター 講師 檜山(ひやま)敦(あつし)  生涯現役時代を迎え、就業を希望する高齢者は、今後ますます増えていくことが予想されます。そんな高齢者の就業を支援するうえで期待が集まるのが「AI・ICT」※1。AI・ICTの活用で、高齢者が持つ知識や技術、経験を効果的に活用できる働き方が実現すれば、現役世代の負担軽減につながります。それが、高齢者から始まる働き方改革≠フ姿です。 最終回 多様な人材が不安なく生活を維持できる未来社会へ向けて 新型コロナウイルスがあぶり出した現代社会の課題  これまで5回にわたって、AIやVR、そしてロボットなどの最新のICTが変えていく高齢者を中心とした未来の働き方についてお話ししてきました。最終回となる今回は、これまでの内容を総括しつつ、未来社会の向かう方向をまとめようと思います。  この原稿を執筆しているまさにこの瞬間、中国武漢市で大流行した新型コロナウイルスは、世界中にその猛威を拡大しています。米国の医学雑誌『JAMA(The Journal of the Americ an Medical Association)』に掲載されたCDC(Chinese Center for Disease Control and Prevention)からの論文では、調査を行った80歳以上の感染者1408人のうち208人が亡くなり(致死率14・8%)、70〜79歳の感染者3918人のうち312人が亡くなった(致死率8%)、という統計が報告されています※2。  高齢者や基礎疾患を持ち免疫力に不安を抱えている方にとっては、特に予防対策を意識する必要がありますが、一方で外出することがはばかられ、社会参加の機会が奪われて身体を動かす機会が減ること自体が健康によくないことです。その意味では、WHOからパンデミックと認定された新型コロナウイルスによる「働くこと」への影響は、本連載でお話ししてきたトピックと密接に関わるところが多く、触れないわけにはいきません。  新型コロナウイルスの感染は、瞬く間に世界に飛び火しました。2020年3月現在でイタリアでは死者が1万人を超え、アメリカでは感染者数が中国を抜き30万人を超えました。若年層の感染者は無症状であることもあり、気づかないうちにウイルスをばらまいてしまう可能性があります。日本においては2月下旬から、市中感染の発生が確認されると、不要不急の外出や人が集まるイベントを中止・延期する動きが全国的に広がりました。早期から社内外での対面での会議や出張を禁止し、オンラインでの会議に切り替える企業が多く出てきました。3月2日からは、小中高校の春休みまでの一斉休校が要請され、卒業式・入学式の中止や新学期の開始の延期も行われるようになりました。開催予定だった東京五輪の延期も決まり、感染者数も急速に増加してきています。本稿が掲載される段階でもおそらくまだ、外出の自粛要請は続いていることでしょう。  目に見えた状況の変化が起きないと次の一手を打たない、打てないことは、疫病のように指数関数的に変化するものへの対応としてはまったくの手遅れになります。しかし、世の中の経済のシステムが平常時しか想定していないことが、安全な方向に手を打つことを妨げています。職場や学校は混乱し、最終的にしわ寄せは家庭に降りかかっていきます。この一連の動きのなかで、ICTを活用した柔軟な働き方の促進を取り巻く課題が見えてきました。 非常事態で溶け始めた旧来の就労観  現役世代においては、突然の一斉休校が行われたことから、非正規雇用の労働者や、子育てを行っている共働きの家庭の働き方に大きな影響が出ました。育児中の共働きの家庭では、家庭での保育のため、出社が困難になる状況が引き起こされました。正規雇用者のテレワークは広がりましたが、非正規雇用者は、テレワークがそもそも認められておらず、仕事の結果ではなく会社での勤務時間で給与が支払われているため、出社できないと給与が支給されなくなる問題が議論されるようになりました。  非正規で育児を行っている労働者にとっては本当につらい状況です。わが国の労働環境は、配慮や支援が必要な人材であるほど配慮や支援を受けにくい、厳しい労働環境であることが明るみに出ました。  第5回の連載でお話しした、日本式就労観に内在される、フルタイム男性正社員を基準に考え、女性偏重の子育てや介護を暗に想定した対策が打ち出されるようでは、ダイバーシティを目ざす世の中の流れにまだ追いついていないことが分かります。  このような状況をふまえ、IT大手のヤフー株式会社や人材大手のパソナグループは子どもの預け先に困っている社員に対して、会社の共有スペースなどを活用して子どもを連れて出勤できるよう対応を始めました。  多くの企業で在宅勤務の適用範囲を広げ、有給の特別休暇を取得できるようにする動きが広がっていきました。裁量労働制が適用される私のような研究者の間では、普段から遠隔ビデオ会議ソフトを駆使して、ほとんどのミーティングをオンラインで対応しています。  遠隔ビデオ会議を日常的に使って気づいたことがあります。会議が時間通りに始まり時間通りに終わるようになりました。対面だと雑談が始まったり話が脱線したりすることがありますが、オンラインの方が議題に集中できるようです。また、打合せのための移動時間がなくなるので、いままで失われていた時間を別の仕事に当てることができるようになりました。これによってこなせる仕事の量が増やせますし、参加できなかった会議にも参加できるようになりました。  遠隔ビデオ会議の適用範囲が広がったことで、労働生産性とQOLが高まりました。また、参加者一人ひとりの表情を画面で確認できることは、多人数であるほど対面より心理的距離感を縮める印象があります。 非常事態を想定したシステムの再構築が必要  4月からは新学期を迎えますが、東京大学では遠隔講義の推奨から原則として遠隔講義に切り替える方針に変わってきました(3月末時点)。すでに教育の一環で学生にパソコンやタブレット端末などが配付できている学科や専攻であれば、急な遠隔講義への移行に対応する障壁が少なくなります。全学的にも多人数の講義を遠隔で実施できるように、500人まで同時に接続できるよう、遠隔ビデオ会議ソフトのアカウントを提供するなど準備を進めています。  不安要素は、東京大学だけでも何万人という学生がさまざまな講義で一斉にインターネットに接続することです。そして全国の大学で講義のオンライン化が進むことになるでしょう。  新入生は自宅に遠隔講義に対応できるパソコンやインターネット環境を持っているとはかぎりません。まして小中高校においてはもっと環境は整備されていないことでしょう。遠隔講義で講習をするために教室に児童・生徒・学生を集めては本末転倒です。  新年度が始まるこの時期に、急を要する対応に心血を注いでいる現場の教職員には本当に頭が下がります。現場の教職員の安全確保と働き方改革という観点からも、もっと制度やルールを柔軟にして時間的にも精神的にも余裕を確保することは優先されるべきことと考えます。  また、いままでの教育をそのままオンラインで展開することに固執する必要もないと思います。この状況だからこそ、児童・生徒の主体的な学びをつくる機会ととらえ、学びをアップデートしていくことも教育関係者のコミュニティで議論されています。日本には、豊富な経験を持つ定年退職した教師が大勢います。その人たちがICTを活用して自由な発想で新しい学びを世の中に発信し、現場の教師をサポートしていくことで、日本の教育は変わっていくかもしれません。教育は国の基本です。退職された先生たちの力を積極的に活かすことも重要な選択肢の一つでしょう。  企業においても教育機関においても、このような非常事態へ対応できるかは、第2回の連載で紹介した「GBER(ジーバー)」※3の設計に関わってくるように、平時からの備えと活用にあります。テレワークを行うために必要な装置がなければ、業務を停止せざるを得ません。たとえ用意はできていても普段から活用していなければ業務のなかでテレワークを機能させることはむずかしいでしょう。  新型コロナウイルスのワクチンの実用化までは数年はかかるといわれています。ましてや医療崩壊を起こさないスピードでの集団免疫の獲得までは、途方もない年月を要することになります。それまでは断続的に経済活動の自粛と再開が行われる可能性が高いです。私たちの経済の仕組みそのものも、オンラインで動かす領域を拡大しアップデートしていかないといけません。GBERでは、オンラインで扱う仕事へも対応できるようにアップデートしました。教育分野など、シニア向けのオンラインの仕事の開拓にも力を入れていこうと思います。 テレワークを妨げる事務手続きの慣習  就労の話に戻りますと、オンラインでの仕事を妨げる最も大きな要因は、押印や直筆サインが求められる事務書類の提出が本当に多いことです。そのためだけに満員電車に乗って移動することが強いられます。書類を電子的に作成していても、負のレガシーが残っていて、なぜか最終的に書類を印刷して押印やサインを求める運用をしている職場もあるでしょう。  結果として常時出社せざるを得なくなり、本人とその家族を不安にさせてしまいます。組織にとってもこれは感染者が出た場合に業務が完全に停止してしまう脆弱(ぜいじゃく)な仕組みであり、完全オンライン化に向けた早急な変更が求められます。  事務手続きのための電子システムはオフィスでないとアクセスできないこと、前述の通り非正規の事務職員にはテレワークが基本的には認められていないことは制度上の課題です。  新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、多くの組織で規制緩和や所得補償を検討する動きが出てきました。東京都知事からも可能なかぎり在宅勤務の要請が行われました。通院だったり、健康のためだったり、物流だったり、ライフラインの維持のため外出が必要な人、求められる人が安全に外出できるように、組織や社会には配慮が求められます。  アメリカではニューヨーク州をはじめ企業には在宅勤務を義務づけるドラスティックな意思決定が行われました。CNNからは何百万人もの労働者が在宅勤務に切り替えた結果、大気汚染が改善されたという報道がなされ、衛星写真が公開されました※4。一方日本では、パーソル総合研究所の調査によるとテレワークの実施率は首都圏でも正社員の20%に満たないと報告されています。 流動性の高い労働市場が雇用のセーフティネットに  現在、打撃を受けている外食産業に対して、シェアリングエコノミーの宅配サービスが、レストランの経営維持と外出できない住民との間をつなぐニーズを満たしています。  文化芸術の分野の働き手にも大きな影響が出ています。劇場やスポーツイベントでは、多くの観衆を一カ所に集めることになります。舞台の役者が、興行できないために大量解雇されたという報道も複数出てきています。  複業・兼業や雇用の流動性が確保されていれば、事態が終息するまでの一時的な期間、異なる形で収入を得ることができます。いままでにない状況に社会が直面したことで、いまだから新たに必要な人手もあることでしょう。自分に合った、自分ができる仕事を検索するジョブマッチングの仕組みが身近に利用できることは生活をつなぐツールになり得ます。 年齢や性別、障害の有無に関係なく多様な人材が活躍できる社会へ  新型コロナウイルスが引き起こした危機は、思いがけず働き方改革を進めることになりました。ただ、この事態が終息しても、せっかく進んだ働き方改革の流れを元に戻すような動きは起きてほしくないと切に願います。私たちが多くの犠牲を払って得た学びであり、人々の生活基盤を強くするものであり、多様な人材の社会とのつながりを強化する変化であります。この動きを定着し、加速する方向で、社会は歩みを進めていってほしいと思います。  本連載は、現在私が代表者として科学技術振興機構の未来社会創造事業から支援を受けている研究開発プロジェクト「人材の多様性に応じた知的生産機会を創出するAI基盤」の展開と並行して行ってきました※5。これからも、年齢や性別や障害の有無を超えて、だれもが無理なく働けて不安なく100年の一生を送れるように、人から仕事を奪うのではなく、人と仕事とをつなぐテクノロジーの研究開発とその導入へ向けて取り組んでいきたいです。  いま現在、自由に外出ができない、家族や友人と会うこともままならないシニアの読者のみなさまも多いと思います。インターネットの世界のなかでは年齢も性別も国籍も障害の有無も関係ありません。個人や仲間とつながることで、工夫次第で新しい経験や、世の中の必要に応える場を見出すことができるかもしれません。外出の自粛が要請されている日曜日の東京の窓越しに、満開の桜と季節外れの大雪が降りゆく風景を眺めて、多様な一人ひとりの働きやすい生きやすい世の中の訪れを願いつつ、この連載の筆を置きます。 ※1 AI・ICT……AI(Artificial Intelligence)は人工知能、ICT(Information and Communication Technology)は情報や通信に関連する科学技術の総称 ※2 https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2762130 ※3 GBER……就労を希望する高齢者のモザイク型就労を支援するジョブマッチングシステム。詳細は本誌2019年12月号38頁〜参照 ※4 https://www.cnn.co.jp/usa/35151251.html ※5 https://el.rcast.u-tokyo.ac.jp/ 【P48-51】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第25回 中途採用の留意点、管理監督者の要件 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 中途で人材を採用する際の留意点について知りたい  重要なポストに人材不足が生じていることから、中途採用により補充することを検討しています。  処遇などについては、ポストに見合うものを用意しようと思っていますが、それだけに適切な人材を採用できるか否か心配もあります。  採用の際に留意すべき点はあるでしょうか。 A  経験者、即戦力として期待する人材を確保することを目的としている場合には、求人の段階から、その旨を明確にしておくことが重要です。  また、採用面接においても、必要な能力や期待する職務遂行の水準などを明確にしておくべきでしょう。  採用後においても、職務内容の重要性の理解に資するだけの資料を用意しておくとともに、試用期間中における能力の見極めが重要といえます。 1 経験者、即戦力の採用について  雇用の流動性が高まりつつあるなか、重要なポストについても、社内での育成のみではなく、外部からの採用に頼るケースも増えているように思われます。  中途採用によって、役職相当の人材を確保すること自体は、採用の自由の観点から当然認められるものですが、不適切な人材を雇用してしまうと、解雇することが困難であることは、一般の労働者と大きく変わるものではありません。  したがって、慎重な採用が必要となることは間違いありませんが、採用の場面において、適切な対応をしておくことで、解雇する場面においても使用者に有利な判断を導くことができることがあります。  今回は、経験者、即戦力を期待した従業員の雇用にあたっての留意事項と裁判例をご紹介します。 2 採用時の留意事項について  使用者と労働者の間で、労働契約を締結した以上、解雇権濫用法理や雇止め時の解雇権濫用法理の準用などによって、客観的かつ合理的な理由と、社会通念上の相当性がなければ、労働契約を終了できません。  解雇が認められるか否かにおいて、重要な要素となっているのが、「最終手段として解雇を選択したか否か」です。したがって、最終手段となるためには、通常であれば、解雇以外の手段によって雇用を維持する努力が求められることになります。解雇以外の手段としては、例えば、業務指導による能力改善、配置転換や転勤による業務内容や就業場所の変更などが典型的な解雇回避措置になるでしょう。  経験者や即戦力の労働者を採用する場合には、最終手段までの選択肢をできるかぎり減らしておくことが重要となります。したがって、例えば、就業場所を限定することによって、転勤という選択肢をなくしておく、職種を限定することによって、配置転換という選択肢をなくしておく、高額の処遇と期待する能力をあらかじめ明示しておくことによって業務指導による能力改善を行うという前提をなくしておくといったことが重要となります。  労働条件通知書や労働契約書においては、基本的な必要的記載事項以外の項目について触れることなく、当たり障りのない内容のみが記載されていることが少なくありませんが、経験者や即戦力を期待している場合には、就業場所の限定や職種の限定を明記するほか、期待する能力についても明記しておくことが重要です。  なお、これらの点については、突然、契約書に記載するだけでは不十分であり、求人広告や求人票の記載においても明記しておく必要があります。また、面接の際においても、いかに即戦力として採用することを前提にしている求人であるかということは明確に伝えておくべきでしょう。 3 裁判例について  部長として中途採用を行った会社において、試用期間満了時に本採用を拒否した事案について、試用期間満了時の判断を有効とした裁判例を紹介します(東京地裁平成31年1月11日判決)。事案の概要は、次の通りです。  A社が部署の特性を理解したきめ細やかなマネジメントを行うことができ、グループ全体の新たな事業分野の開拓にも貢献できる即戦力の人材を求めて、部長職としての募集であることを明示して求人を行っていたところ、X氏がこれに適合する人材であることを前提とした履歴書を提出し、A社とX氏は年収を1000万円超と設定した労働契約書を締結しました。ところが、1カ月も経過しないうちに、X氏がパワーハラスメントをしたとの通報があったほか、履歴書の記載においても虚偽の事実が発覚したというものです。  裁判所は、採用の経緯などもふまえて、「原告は、その履歴書における経歴から、発達支援事業部部長として、さらにはA社グループ全体の事業推進を期待されるA社の幹部職員として、A社においては高額な賃金待遇の下、即戦力の管理職として中途採用された者であり、職員管理を含め、A社において高いマネジメント能力を発揮することが期待されていた」ことを前提にしました。そして、A社は、X氏の採用経緯などから、ほかの部署に異動させるなどの解雇回避の措置をとるべき義務はなく、即解雇することにしても本件労働契約の特質上やむを得ないなどと主張していました。裁判所も、「他の職員の業務遂行に悪影響を及ぼし、協調性を欠くなどの言動のほか、履歴書に記載された点に事実に著しく反する不適切な記載があったことが認められるところであり、本件本採用拒否による契約解消は、解約権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当なものと認められる」と判断して、本採用拒否を有効と判断しました。 4 裁判例から見える留意事項について  履歴書における虚偽記載などの事実が重視されるためには、採用理由との関連性が強く求められるところであり、即戦力としての期待をあらかじめ示しておくことは、採用理由との関連性を基礎づけることに非常に効果的であると考えられます。  また、高待遇を用意していること自体も、試用期間における能力を図るにあたって厳しく見ることが許容されるために重要な要素といえます。  加えて、採用時点における期待が具体的に本人に伝わっていたということは、本人に寄せられている期待を認識させることにつながるため、この点も重要でしょう。 Q2 管理監督者の要件について知りたい  当社では、一定の役職以上の労働者については、労働基準法上の管理監督者として取り扱うことを基準として定めています。  待遇などについては、基準以上の労働者については、役職手当の支給などにより厚遇しているのですが、何か問題があるでしょうか。 A  いわゆる企業の「管理職」と、労働基準法上の管理監督者については、かなり大きな乖離(かいり)があります。  一定の役職以上であることを基準として労働基準法上の管理監督者であると形式的に判断するのではなく、実態をともなう運用を心がける必要があります。 1 管理監督者性について  過去の記事においても管理監督者として必要な要素について、紹介したことがありますが※、今回は、裁判例の紹介などをふまえて、具体的にどの程度の権限などが求められることになるのかについて見ていきたいと思います。  管理監督者性の判断について、簡単におさらいしておくと、近年の裁判例では、以下の三つの要件の総合考慮によって判断する傾向があります。 @実質的に経営者と一体的な立場にあり、重要な職務、責任、権限が付与されていること A労働時間の決定について厳格な制限や規制を受けていないこと B地位と権限にふさわしい賃金上の待遇を付与されていること  また、これらの要件を考慮したうえで、最終的には、「労働時間規制の枠を超えて就労することを要請されてもやむを得ないような重要な職務と権限を付与されているといえるか否か」という観点から判断されています。 2 裁判例の紹介  横浜地裁平成31年3月26日の裁判例を題材にしたいと思います。  事案の概要としては、コーポレートプラン部(ブランドの復活を目ざす部署)のマネージャー職や、マーケティング部のマーケティングマネージャー職に従事していた(なお、これらの職位は課長職相当であった)労働者が、管理監督者としての地位になかったことを前提に、遺族が未払い割増賃金を請求したということです。なお、労働者が執務中に死亡したという事情がありましたので、遺族からの請求となっています。  裁判所は、管理監督者としての判断基準について、「@当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、A自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、B給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされてるかという観点から判断すべき」として、過去の裁判例において踏襲されてきている基準と同様の基準を示しています。  まず、労働時間の管理について、勤務時間は把握されていたものの、遅刻早退による賃金控除はされておらず、労働時間管理については裁量を有していたと評価されました。  待遇としては、年収1200万円を超えており、部下との差額も240万円程度におよんでいたことから、待遇としてはふさわしい地位にあったと評価されました。  しかしながら、経営者との一体性に関する具体的な判断にあたっては、コーポレートプラン部(経営企画業務)のマネージャー職に従事していた時期の職務内容について、上長が了承しないかぎり、企画立案が採用されることがなかったことや、会議において発言することが基本的に予定されていなかったことから、経営意思の形成に対する影響力が間接的であるとされました。また、収益に影響のない事項の裁量を有していたものの、収益に影響がある場合にはCEOの決裁を求める必要があったことなどから、権限が限定的であるとされました。また、異動後のマーケティング部におけるマーケティングマネージャーとしての職務においても、重要な会議に参加しているものの、提案にあたって、あらかじめ上長の承認を受ける必要があること、出席が求められるのも担当する商品が議題に上がるときにかぎられていたこと、参加の機会が限定的であることなどから、こちらも経営の意思形成への影響力が間接的とされています。  これらの労働時間管理、待遇、経営者との一体性を総合考慮された結果、結局、経営者との一体的といえるだけの重要な職務、責任、権限を付与されていたとは認められないとして管理監督者性は否定されました。 3 裁判例から見える留意事項について  労働時間の裁量に関しては、管理監督者性を否定する事情としては、管理監督者であるにもかかわらず労働時間の把握がなされていたことが主張されることが多いですが、裁判例における労働時間の裁量についての判断においては、労働時間が把握されていたこと自体が決定的な要素とはいえないように思われます。一方で、労働時間に関しては早退や遅刻の賃金控除を行っていたか否かは重視しており、単に労働時間を管理または把握されていただけでは、管理監督者性が否定される要素とはされていません。働き方改革にともない、過労死の防止などをふまえて、労働時間の状況の把握が求められていますので、現在の裁判例の傾向は今後も続くものと考えられます。  待遇については、ケースバイケースの判断にならざるを得ませんが、一般職と管理監督者の待遇の差は、重要とみられていると考えてよいと思われます。今回の事例では、部下との間で年収にして240万円ほどの差が生じており、待遇としては十分なものと評価されました。どの程度の待遇であれば十分といえるかという判断はむずかしいですが、時間外労働や休日労働の割増賃金が発生しなくなった結果、賃金などに関する待遇が悪化したような事情があると、消極的に評価されるものと考えられますので、役職への就任前後の賃金の変化は重要な要素となるでしょう。  最後に、経営者との一体性、与えられている権限の重要性は、近年でも厳格に判断される傾向にあるといえます。各要素を総合考慮するといわれているものの、ほとんどのケースにおいて、判断の決め手になるのは、経営者との一体性としての権限の重要性が不足しているという点です。今回の裁判例においては、上長の承認や了承が必要とされていることや会議での発言や参加の機会が限定されていたことなどから、結論として経営者との一体性が否定されていますので、管理監督者と位置づけている従業員については、役職の位置とともに、決裁や稟議における位置づけ、参加する重要な会議における発言権なども確認しておく必要があるでしょう。 ※ 2018年12月号掲載 【P52-55】 新連載 いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第1回 「人事制度」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  人事用語には、簡単なものから人によって解釈の分かれるもの、一般的な使われ方と人事担当者の使い方が異なるものなどがあり、むずかしく、とっつきにくいという声をよく聞きます。そのような「聞いたことはあるけれど具体的には分かりにくい」用語について、今後6回の連載で解説していきます。一つの用語に対して、意味だけでなく世間の動向や社会的背景、関連する用語まで、なるべくやさしく解説していきます。 「人事制度」は「処遇」を決めるルール  1回目の用語として取り上げるのは、今後詳細に解説していく一つひとつの用語と切っても切り離せない、人事的な仕組みを総括してさし示すときに使うことが多い「人事制度」についてです。  「人事制度」という用語は、人事担当者でもないかぎり「聞いたことはあるけれど詳しくは知らない」、「人事担当者から説明を受けたくらい」という方も多いかもしれません。そのため、「人事制度」といわれても人によっては思い浮かべるものが異なるというのが実際のところでしょう。給料や役職といったような限定的なものから、勤怠管理や有給休暇など労務管理にかかわるものまで、幅広くとらえている方もいるかもしれません。ただし、人事の世界における一般的な使い方としては、「人事制度」とは従業員の「処遇」を決定する仕組みをさします。  ここで「処遇」という日常生活では見慣れない用語が出てきます。ただし、人事を語るうえで必ず押さえておきたい用語でもあります。処遇とは「立場を決め、それに相応(ふさわ)しい対応をすること」をさします。単純な例を出せば、「Aさんには人をまとめる力があるので、人を指揮・指導するような立場で働いてもらおう。その負担や責任は大きいので高い給与を支払おう」と決めるのが処遇する≠ニいうことになります。ただし、これらの処遇の決定は社員数が少なければある程度個別に実施できますが、一定数以上になると判断がむずかしくなりますし、不公平も生じてくることになります。そこで処遇を決定するにあたってのルール化、または根拠や基準が必要となります。それが「人事制度」です。処遇を決めるものという目的をそのまま表現して「処遇制度」と呼ばれることもあります。 人事制度は「等級」、「評価」、「報酬」で成り立っている  会社や組織での処遇を決めるにあたり、重要な機能は三つあります。 @社員をどのような立場・役割にするか、どのレベルの業務をになってもらうかを決める A立場や役割、業務に対してどのくらいの対価を支払うかを決める B立場や役割に相応しい実力を有しているか、業務をしっかり行っているか判断する  制度で表すと@は「等級制度」、Aは「報酬制度」、Bは「評価制度」です(図表)。この連載で今後取り上げる用語に付随して、それぞれ詳しく触れていく予定ですので、ここでは基本的な点を押さえていきたいと思います。 @等級制度  等級・報酬・評価の制度のなかで、もっとも理解がむずかしいのが等級制度でしょう。先ほど立場や役割、業務レベルを決定すると述べましたが、これを主に二つの仕組みで実現します。「等級」と「役職」です。どちらかというと「役職」の方がわかりやすいと思います。部長や課長など立場を示すもの、簡単にいうと偉さ≠示し、むずかしくいうと権限や裁量の程度を示すものになります。次に「等級」です。求められる役割や、業務に必要な能力を定める区分です。1級・2級など特定の記号で表され、区分ごとに役割や能力の定義が定められています。なお、その役割や業務をになう資格があるという意味で等級は「資格」と呼ばれることもあります。 A報酬制度  報酬よりも「賃金」という呼び方のほうが、人によってはなじみがあるかもしれません。立場や役割、業務に対しての対価の支払い方について定めるものです。この対価とは「給与」と「賞与」で構成されます。給与は「給料」、「月例給」などとも表現され、毎月支払われるものです。賞与は「ボーナス」という呼び方が一般的かもしれません。多くの会社で年間2〜3回支払われる一時金です。そして、この給与と賞与を合わせて年間で支払われたものを「年収」と呼びます。なお、退職後に支給される「退職金」も報酬制度に含まれます。 B評価制度  「評価」という用語は日常的に使われているので、もっともわかりやすいかもしれません。処遇と評価の関係でいえば、評価がよければ等級・役職・給与・賞与が上がるチャンスが増えます。ただし、これを経営者や上司の好みで決めてしまうと公平性の観点から問題がありますし、社員のモチベーションにも悪影響をおよぼします。そこで、「評価項目」や「評価基準」というものを定めて、求められていることがどの程度できたか(あるいはできなかったか)を判定していくことになります。これを判定するものとしてよく使われるものが「成果」、「能力」「行動」、「姿勢」などの要素になります。 年功序列≠生み出しているのは人事制度  ここからは、もう一歩ふみ込んで人事制度の特徴について見ていきたいと思います。  かつて日本の労働慣行の三種の神器≠ニ呼ばれているものがありました。「企業内労働組合」、「終身雇用」、「年功序列」のことです。ただし、この三つは現在では崩壊しつつあるともいわれています。労働組合の組織率(雇用者数に占める労働組合員数の割合)は2019年時点では16・7%で、平成が始まった1989年よりも10%近く下がっています(厚生労働省「令和元年(2019年)労働組合基礎調査の概況」)。  また終身雇用については、2019年にトヨタ自動車株式会社の豊田章男代表取締役社長が否定的な発言をしたことがマスメディアなどで大きく取り上げられました。年功序列についてはどうでしょうか。崩壊しつつあるという論調がありながらも、管理職層・経営層に中高年(特に男性)が多いことを考慮すると、年功傾向は現時点ではまだまだあるといえそうです。  さて、この年功序列ですが、人事制度と大きなかかわりがあります。年功序列制度≠ニいう制度は存在しないのですが、人事制度の運用の結果、年功的な傾向になるのはよくある話です。人事制度の組立ての基本を何に置くかで、運用上の特徴が決まってきます。 @職能資格制度(能力等級制度)  能力の高まりに応じて、処遇(等級や報酬)が上がる制度です。日本独自の制度ともいわれており、年功的運用を生み出しやすい制度です。「能力の高まりに応じるのなら年功にならないのでは」という声が聞こえてきそうですが、ここでいう能力に応じて≠ヘ、パフォーマンスの高い人の処遇がよいといったものではありません。人事で注意書きもなく「能力」といった場合、「経験によって積み上がるもの」であり、よほどのことがなければ下がることのないものを示します。そのため、長く勤続すればするほど理屈としては処遇がよくなっていきます。パフォーマンスが高く、若くして役職についた社員よりも、長年同じ仕事をしている社員の方が年収が高いという現象が発生することもあります。 A職務等級制度  職能資格制度を日本独自の制度とした場合、他国で主流なのは「職務等級制度」です。従事している仕事の価値によって処遇が決まるものです。例えば、職能資格制度では異動などで仕事内容が変わっても従事する人が変わらないかぎり処遇が変わることは基本的にはありません。一方、職務等級制度では同じ人でも仕事内容が変わると処遇が変わるのが基本となります。このため、前者を「人基準」、後者を「仕事基準」と呼ぶこともあります。日本が人基準であるのは、高度経済成長期の過剰なまでの人手不足に対応するため、長期勤続を前提にいろいろな仕事を経験させていく必要があったという事情があります。一方で他国が仕事基準を採用する背景には、処遇における人種差別を避けるため、どんな人が従事しても仕事によって処遇を決めていく必要があったといわれています。この場合、年齢や勤続年数などにかかわらず仕事内容によって処遇が決まるため、年功という運用結果にはなりにくくなります。 B役割等級制度  では、日本のすべての会社が職能資格制度かというとそうでもありません。事業環境の変化が激しい近年、年齢や勤続の長さよりもパフォーマンスにより処遇を決めていこうという考えの会社が増えています。それであれば職務等級制度を導入すればいいのですが、できれば長く勤めてもらい、いろいろな仕事も経験してほしいという企業側の要望もあり、仕事が変わると処遇が代わる制度は導入しにくいという事情もあります。そこで、2018年時点では30%程度の会社が導入し、今後も増加傾向にあるといわれているのが「役割等級制度」というものです(「労政時報」第3957号)。この制度は、職能資格制度と職務等級制度の両方の特徴を取り入れた制度といわれています。重要な役割をになえば高い処遇になりますが、その役割が大きく変化しないかぎり(異動などで仕事内容が変わる程度では)、おおよその処遇は維持されます。 高齢者の人事制度の動向  ここまで、人事制度の構成や特徴について見てきました。最後に高齢者の人事制度の動向について触れて締めくくりたいと思います。高齢者の人事制度は、定年退職の前と後で内容が変わります。定年退職前であれば何歳であっても同じ人事制度が適用され、処遇もほとんど変わらないのが原則です(人によっては役職を外れ、その分報酬が下がるというのが一部あるかもしれません)。  一方で、定年を迎えると同じ会社で雇用されても「継続雇用制度」というものが適用され、退職時の年収よりも3〜4割程度下がってしまうのが一般的傾向です(独立行政法人労働政策研究・研修機構「高齢者の雇用に関する調査」)。定年前にはあった賞与が定年後にはなくなり、給与そのものも減額され、評価も実施されないというケースも見られます。  役割・能力や仕事内容が同じであれば、処遇は維持されるというのが人事制度の基本的なスタンスです。一方で、継続雇用では処遇の切り下げが行われているのはなぜでしょうか。一つの理由としては、定年退職で一度雇用関係が終わっていて新たな雇用契約に基づくため、処遇の見直しをしやすいことが挙げられます。もう一つは、職能資格制度の運用により年功的に処遇が上がっている場合は、退職時の処遇の高さにパフォーマンスが見合わないということが、理屈上出てきてしまう点にあります。さらには、労働力人口が今後10年間で500万人程度減るといわれているなか(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」)、若手採用の市場が激化しており、そちらに人件費をふり分けたいとする企業の事情もあります。2013年4月1日施行の高年齢者雇用安定法の改正により、「65歳までの定年の引上げ」、「65歳までの継続雇用制度の導入」、「定年の廃止」のいずれかの措置をとることが始まって以来、継続雇用分をコストとしてとらえ、高齢者雇用の位置づけを「福祉的雇用」とみなした企業も多いという実態があります。  しかし、近年は高齢者雇用を「戦略的雇用」とみなし、高齢者に定年前と同じ役割や業務内容を求める代わりに、処遇も引き上げる会社が増えてきています。その背景には、若手の採用が年々困難になる、定年を迎える社員数が増加し続ける、職種によってはベテランの知見があらためて見直されてきている、といった点があげられます。  また、先に述べた処遇の切り下げが、本人たちのモチベーションや生産性を押し下げていることが問題視されてきています。そのため、視点をコスト≠ゥら活躍の促進≠ノ切り替え、定年退職前と同じ制度を適用したり、成果に基づく処遇の仕組みを導入するなど、高齢者雇用のあり方を見直している会社も増えてきています。継続雇用における人事制度の見直しが、高齢者雇用活性化のキーポイントになるのは間違いなさそうです。 ☆  ☆  さて、今回は初回ということで幅広く人事制度について解説しました。次回は、本稿最後に触れた高齢者雇用にまつわる制度の理解をより深めるために「定年」について解説する予定です。 図表 人事制度の全体像 等級・役職・コースと連動 等級制度 ●等級、役職 ●職務・勤務地限定コース、キャリア別コース ●昇格、降格要件 報酬制度 ●報酬体系 ●基本給、手当 ●定期昇給、昇格昇給 ●賞与 ●退職金(一時金・年金) 評価結果と連動 評価基準や方法と連動 評価制度 ●評価フォーマット ●評価基準 ●評価プロセス ●報酬への反映方法 出典:筆者作成 【P56-57】 BOOKS テレワーク導入を効果的に進め、メリットを最大化する テレワーク導入の法的アプローチ トラブル回避の留意点と労務管理のポイント 末(すえ)啓一郎 著/ 経団連出版/ 1600円+税  国内における新型コロナウイルス感染症の急速な感染拡大にともない、在宅勤務を含む「テレワーク」が多くの企業で検討、または導入されている。在宅勤務日数を増やす企業や、レンタルオフィスなど、会社から離れた場所での業務遂行を実施する企業も増加しているが、テレワークとひとことでいっても内実はさまざまであり、その理解が人によって異なることが考えられる。厚生労働省が各種ガイドラインを策定しているが、企業が実際に制度として導入するにあたっては、このガイドラインをもとに、さらに具体的な対応の検討が必要となる。  本書は、テレワークに関する基本知識を整理し、労働法規の適用を検討したうえで、法律実務家の観点からテレワーク導入によって生じる可能性がある弊害や、労使関係上の問題への対処法、業務体制の整備、社内規定や就業規則の整備なども取り上げ、テレワーク導入を効果的に進める方策を詳細に解説するとともに、テレワークに関する法的な問題も網羅している。  テレワークの導入を検討している、あるいは検討を始めたい企業はもちろんのこと、すでに実施している企業の担当者にとっても役立つ、実用的な一冊といえよう。 30代〜40代の職場リーダーの成長と活躍が会社を守る もう不祥事は許さない 自分の会社は自分で守れ コ山誠 著/ 生産性出版/ 1800円+税  規模の大小や有名・無名を問わず、企業や団体が関わる不祥事が後を絶たない。テレビや新聞でそうしたニュースを目にしても、驚きを感じることが少なくなったようだ。本書は、頻発する企業の不祥事を未然に防ぎ、「自分の会社を守る」ための方策を示した入門書である。不祥事を防止するためのテクニックの紹介にとどまらず、事業推進の中核をになう30代〜40代の職場リーダーの成長をうながし、そうした人材の活躍が結果的に組織を守ることにつながるという視点が類書とは異なり、本書の特徴としてあげることができるだろう。  著者は大手自動車メーカーに入社後、労働組合で活躍してから、中間管理職を務めた。その後に独立し、キャリアコンサルタントとして多くの働く人たちとも向き合ってきた。こうした豊富な経験にもとづき、部下との向き合い方、職場のマネージャー層が抱える不安や悩みの解消法、不祥事を防ぐためのメカニズムやチェックポイントなどが、自ら見聞したエピソードとともに盛り込まれている。働く人のキャリア形成の重要性も実感でき、コンプライアンス部門の担当者ばかりでなく、人事労務担当者にとっても大いに参考になるだろう。 老後不安の正体を探り、お金と生き方の関係を見直す 定年後のお金 貯(た)めるだけの人、上手に使って楽しめる人 楠木(くすのき)新(あらた) 著/ 中央公論新社(中公新書)/ 840円+税  定年退職者に対する地道な取材を積み重ねてまとめたベストセラー『定年後』の著者の最新作。今回のテーマには、「老後の資金」が取り上げられている。偶然ではあるものの、昨年の大きな話題でもあり、本誌の読者のなかにも関心がある人が少なくないと思われる。  これまで著者が一貫して主張してきたのは「会社員は主体性を持つことが大事」。それはお金に関しても同様で、本書でもお金との関係を自ら把握することを提唱しており、その実践が「財産増減一括表」の作成である。企業会計の考え方を取り入れた財産を把握するための方法で、自らの資産額や負債額の増減を手軽に把握することが可能になる。こうしてお金と向き合えば、自ずと老後の資金についても理解が進み、無用な不安を抱く必要がなくなるというのが著者の考え方だ。そのうえで、「本当にやりたいことに出費を惜しまず、人生を楽しむべき」とシニア世代に提言している。  著者は、本誌2018年8月号の「リーダーズトーク」に登場され、退職後の第二の人生をより豊かにするための秘訣を語っていただいた。本書や『定年後』と合わせて参照してもらえば、貴重なヒントが得られるだろう。 産業医や産業保健スタッフが手元に置いておきたい教育用ツール 使える! 健康教育・労働衛生教育65選 森晃爾(こうじ) 編/ 一般社団法人日本労務研究会/ 3800円+税  近年、労働安全衛生分野では過重労働による健康障害の防止やメンタルヘルスへの対応などの重要性が増しており、「働き方改革関連法」においても労働安全衛生法の改正によって産業医・産業保健機能の強化が図られている。こうした流れを受けて、産業保健スタッフに求められる役割は年々拡大しており、労働安全衛生分野にとどまらず、人事労務管理の分野など幅広い分野への対応も期待されている。  本書は、このような状況にある産業保健スタッフ向けの実務書として刊行された。タイトルにある「健康教育・労働衛生教育」とは、産業保健活動の重要な柱の一つで、職場で労働者や管理監督者を対象として行われる集団教育を指す。本書ではこの教育場面で取り上げることが多い65のテーマごとに、そのポイント解説をはじめとして、実際の教育を展開するための素材がまとめられている。付属のCD-ROMにはスライドデータも収録しており、アレンジしたうえで、社内教育に活用できる。  取り上げられたテーマは「両立支援」、「ストレスチェック」、「ロコモティブシンドローム」など、最近のトピックも選定されており、産業保健の現場で役立つ一冊となっている。 生涯現役でイキイキと生きるヒントが満載 日本長寿食事典 永山久夫 著/ 悠書館(ゆうしょかん)/ 3200円+税  元気に長生きしたい。なるべく長く仕事を続けたい……。何かと忙しいビジネスパーソンが生涯現役を目ざすには、その身体をつくる食事や運動、生活習慣を見直してみる機会が必要だろう。本書は、そんな中高年世代にとって役に立つ、おもしろくてためになる事典である。著者は、本誌「日本史にみる長寿食」の連載でおなじみの食文化史研究家・永山久夫さん。古代から昭和時代までの食事復元研究の第一人者で、長寿食の研究でも知られている。  全632頁の本書には、日本の伝統的な食材や食べ方、長寿者の生活習慣など、日本人が暮らしのなかで実践してきた長寿のヒントが満載だ。米、酒、野菜、魚、肉などいろいろな食材の特長や料理から、日本古来の養生訓(ようじょうくん)、100歳時代を楽しむための「八楽(はちらく)ライフ」のすすめ、生涯現役で長寿を迎えるための五つのステップ、長寿者の長生き習慣などがイラストをまじえてそれぞれ短い文章でまとめられ、興味のあるところから楽しく読める。さらに、「ことわざから学ぶ不老長寿法」や「天晴(あっぱ)れ! 一〇〇歳食いろはかるた」など、会話の潤滑油になる話も盛り込まれている。おいしく食べて元気に生きるための知識が得られる労作である。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「本体価格」(消費税を含まない価格)を表示します 【P57-58】 ニュース ファイル NWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 「地域発! いいもの」を選定  厚生労働省は、2019(令和元)年度の「地域発!いいもの」を選定した。同事業は、「産業振興」や「技能者育成(人材育成)」などに役立つ特色ある取組みを選定し周知することで、地域における技能振興などの気運を高め、地域の活性化を図ることを目的としている。今回は、次の八つの取組みが選ばれた。( )内は応募企業・団体名。  @「摘花された花たちの再利用〜天然色素から生まれるホップ和紙の新たな挑戦〜」(岩手県立遠野緑峰(とおのりょくほう)高等学校草花研究班) A「おおたオープンファクトリー」(おおたオープンファクトリー実行委員会・事務局:一般社団法人大田観光協会) B「『飛騨の匠』技能育成プロジェクト〜技能開発委員会による若手、後継者育成の取組〜」(協同組合飛騨木工連合会) C「各務原(かかみがはら)にんじんを使ったお菓子・料理の商品化プロジェクト〜地域産品を地域のものづくり産業と大学が力強くサポート〜」(各務原人参ブランド推進連絡協議会) D「地域と連携した窯芸活動」(大田市立第三中学校) E「そうめんプロジェクト」(長崎県立島原農業高等学校) F「高校生・大学生と中小企業の交流企画行事『スマコマながさき小型モビリティコンテスト』による、後進若年技能者育成への取組」(信栄工業有限会社) G「山鹿(やまが)灯籠の技術・技法の継承、後継者の育成」(山鹿灯籠振興会)  取組みの内容は、技能検定制度等に関するポータルサイト「技のとびら」で公表されている。 厚生労働省 「専門実践教育訓練」の2020年4月1日付の指定講座を決定  厚生労働省は、教育訓練給付金の対象となる「専門実践教育訓練」の2020(令和2)年4月1日付指定講座を公表した。  今回、新規に指定したものは、看護師、介護福祉士、美容師などの資格取得を訓練目標とする養成課程や、大学等における社会人向け講座など計231講座。この231講座の訓練内容の内訳をみると、業務独占資格または名称独占資格の取得を訓練目標とする養成課程(介護福祉士、看護師、美容師、調理師、保育士、歯科衛生士など)が122講座、専修学校の職業実践専門課程およびキャリア形成促進プログラム(商業実務、衛生関係など)が63講座、専門職学位課程(教職大学院、法科大学院など)が10講座、大学等の職業実践力育成プログラム(特別の課程(保健)、特別の課程(工学・工業)など)が24講座、第四次産業革命スキル習得講座(AI、データサイエンス、セキュリティなど)が12講座となっている。今回の指定により、すでに指定済みのものを合わせると、2020年4月1日時点の給付対象講座数は2572講座になる。  専門実践教育訓練給付は、厚生労働大臣が指定する教育訓練を受講し修了した場合に、教育訓練施設に支払った教育訓練経費の50%(1年間の上限40万円)が支給される。また、訓練の受講の修了後、あらかじめ定められた資格等を取得し、受講修了日の翌日から1年以内に雇用保険の被保険者として就職した場合は、教育訓練経費の20%が追加支給される。 厚生労働省 「STOP! 熱中症 クールワークキャンペーン」実施  厚生労働省は、職場における熱中症予防対策を徹底するため、労働災害防止団体などと連携し、5月から9月までを実施期間(7月を重点取組み期間とする)とした「STOP! 熱中症 クールワークキャンペーン」を実施する。このキャンペーンは、今年で4回目の取組みで、キャンペーン期間中は、労働災害防止団体などと連携した事業場への周知・啓発や、熱中症予防対策に関するセミナーの開催、教育ツールの案内などを行うことにより、熱中症予防対策の徹底を図り、重篤な熱中症災害を防止することを目ざすとしている。  なお、同省がまとめた2019(令和元)年の職場における熱中症による死傷者数は790人、死亡者数は26人となっている(いずれも2020年1月15日時点の速報値)。死傷者数を業種別にみると、製造業が172人と最も多く、過去10年で初めて建設業を上回った。製造業における災害は屋内作業におけるものが多くなっていた。死亡災害は、建設業が10人、製造業と警備業が4人などとなっている。死亡災害の発生状況をみると、屋外作業においてWBGT値(暑さ指数)を実測せず、WBGT値に応じた措置が講じられていなかった事例や、被災者の救急搬送が遅れた事例、事業場における健康管理を適切に実施していない事例などがみられた。本キャンペーンでは、基本的な熱中症予防対策を講ずるよう広く呼びかけるとともに、事業者がWBGT値を把握してそれに応じた適切な対策を講じ、緊急時の対応体制の整備を行うなど重点的な対策の徹底を図ることとしている。 経済産業省 健康経営優良法人2020  経済産業省が事務局を務める、次世代ヘルスケア産業協議会健康投資ワーキンググループ(日本健康会議健康経営500社ワーキンググループと中小1万社健康宣言ワーキンググループも合同開催)では、健康経営に取り組む優良な法人の「見える化」として、「健康経営優良法人認定制度」を推進している。このほど、「健康経営優良法人2020」を発表し、大規模法人部門で1480法人、中小規模法人部門で4816法人を認定した。  この制度は、地域の健康課題に即した取組みや、日本健康会議(国民一人ひとりの健康寿命延伸と適正な医療について、民間組織が連携し行政の支援のもと実効的な活動を行うために組織された活動体)が進める健康増進の取組みをもとに、特に優良な健康経営を実践している法人を認定して「見える化」することで、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる法人」として社会的に評価を受けることができる環境を整備することを目的としている。  健康経営優良法人2019(大規模法人部門)の認定においては、健康経営優良法人(大規模法人部門)全体を通称「ホワイト500」としていたが、健康経営優良法人2020より、大規模法人部門の認定法人の中で、健康経営度調査結果の上位500法人のみを通称「ホワイト500」として認定する。 ※「健康経営」はNPO法人健康経営研究会の登録商標 表彰 人を大切にする経営学会など 「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞  「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞実行委員会・法政大学大学院中小企業研究所・人を大切にする経営学会Rが主催する第10回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の受賞者が決定し、厚生労働大臣賞に「株式会社協和」(東京都)が選出された。  本賞は、企業が本当に大切にすべき従業員とその家族、外注先・仕入れ先、顧客、地域社会、株主の5者をはじめ、人を大切にし、人の幸せを実現する行動を継続して実践している会社のなかから、その取組みが特に優良な企業を表彰し、ほかの企業の範となることを目的として、2010年度から実施されている。  応募資格は、過去5年以上にわたって、次の六つの条件にすべて該当していること。@人員整理を目的とした解雇や退職勧奨をしていない、A仕入先や協力企業に対し一方的なコストダウン等をしていない、B重大な労働災害等を発生させていない、C障害者雇用率は法定雇用率以上である(常勤雇用45・5人以下の企業で障害者を雇用していない場合は、障害者就労施設等からの物品やサービスの購入等、雇用に準ずる取組みがあること)、D営業利益・経常利益ともに黒字(NPO法人・社会福祉法人・教育機関等は除く)である、E下請代金支払い遅延防止法など法令違反をしていない。  厚生労働大臣賞は、人事・労務面から見て大賞の趣旨に最もふさわしい企業に贈られる。 発行物 生命保険文化センター 『ライフプラン情報ブック』改訂  公益財団法人生命保険文化センターは、『ライフプラン情報ブック―データで考える生活設計―』(B5判、カラー60頁)を2月に改訂した。  この冊子は、結婚、出産・育児、教育、住宅取得など、人生の局面ごとに、経済的準備にかかわるデータや情報をコンパクトかつ豊富に掲載するとともに、「万一の場合」や「老後」に関する不足額(目安)の算出方法など、高齢者の生活設計を考えるうえで参考となる情報を掲載している。  今回の改訂では、2019年10月から消費税率が10%に引き上げられ、同時に開始された「年金生活者支援給付金制度」などについて解説を加えている。また、公的年金の「繰上げ・繰下げ受給の状況」や「年金受給額の分布と平均額」の情報の追加、「中古住宅の購入」、「リフォーム」についてのデータの追加など、掲載データを最新化して充実を図っている。  一冊400円(税・送料込)。申込みは、左記のHPより。https://www.jili.or.jp/ 【P60】 次号予告 7月号 特集 スポーツと健康と高齢者(仮) リーダーズトーク おざわゆきさん(マンガ家) 『エルダー』読者のみなさまへ 2020年5月号(5月1日発行)は、新型コロナウイルス感染症拡大にともなう緊急事態宣言を受け、休刊となりました。ご購読いただいている皆様に大変ご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。ご不明の点は当機構企画部情報公開広報課(電話:043-213-6216)までおたずねください。 雇用管理や人材育成の「いま」・「これから」を考える人事労務担当の方ぜひご覧ください! 〈高齢・障害・求職者雇用支援機構〉 メールマガジン好評配信中! 詳しくは JEED メールマガジン 検索 お知らせ 本誌を購入するには− 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み  株式会社労働調査会までご連絡ください。  電話03-3915-6415 FAX 03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み  @定期購読を希望される方   雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。   URL http://www.fujisan.co.jp/m-elder  A1冊からのご購入を希望される方   Amazon.co.jpでご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 猪熊律子……読売新聞編集委員 今野浩一郎……学習院大学名誉教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所コーポレート本部人財部門 金沢春康……サトーホールディングス株式会社人財開発部人事企画グループ人事企画担当部長 菊谷寛之……株式会社プライムコンサルタント代表 阪本節郎……人生100年時代未来ビジョン研究所所長 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長・労働政策部長 藤村博之……法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授 真下陽子……株式会社人事マネジメント代表取締役 山ア京子……アテナHROD代表、学習院大学特別客員教授 編集後記 ●3月31日、国会で審議が進められていた改正高年齢者雇用安定法が成立しました。来春より、企業には70歳までの就業機会の確保の努力義務が課されることになります。特に注目されるのは、定年廃止・定年延長・再雇用制度の自社での雇用延長以外の選択肢として、他社への再就職支援や業務委託、起業、社会貢献活動などの多様な選択肢が示された点です。「自分らしい生き方」を求めて、キャリアの多様化が叫ばれている時代ですが、これからは高齢者のキャリアも多様化し、企業としてそれを支援していく姿勢が求められるようになるといえるでしょう。  そこで今回の特集は、「定年退職後の多様なキャリアを考える」と題し、さまざまな形で、定年後の高齢者のキャリアづくりを支援している企業や団体の事例を取り上げました。高齢者のキャリアを考えるうえでは、自社での取組みも重要ですが、公的サービスや外部の支援の利用も一つの方法です。今回の特集が、これからの高齢者雇用を考えるうえでの参考になれば幸いです。 ●新型コロナウイルスにより、読者のみなさまの業務におかれましても、さまざまな影響が出ているのではないかと思います。こうした事態を受け、厚生労働省や経済産業省では、企業向けのさまざまな支援策を打ち出しています。詳細については各ホームページをご参照いただきますよう、よろしくお願いいたします。 ●今号より、新連載「いまさら聞けない人事用語辞典」がスタートしました。「よく耳にするけど、実は正しい意味をわかっていない」といわれるような用語について解説していきますので、ぜひお楽しみにしてください。みなさまからのご意見もお待ちしています。 月刊エルダー6月号 No.487 ●発行日−−令和2年6月1日(第42巻 第5号 通巻487号) ●発 行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 片淵仁文 編集人−−企画部次長 早坂博志 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2  TEL 043(213)6216(企画部情報公開広報課) ホームページURL http://www.jeed.or.jp  メールアドレス elder@jeed.or.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5  TEL 03(3915)6401  FAX 03(3918)8618 ISBN978-4-86319-780-0 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験などを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 【P61-63】 技を支える vol.312 江戸の伝統模様を表現する「版木押し」の熟練技 唐紙(からかみ)師 小泉幸雄(ゆきお)さん(72歳) 職人にとってもっとも大事なことは、引き出しをたくさん持つこと。そうすれば、どんな注文がきても柔軟に対応することができます 文化財の復元・修復も手がける唐紙の第一人者  ふすまや屏風(びょうぶ)などに用いられる、装飾が施された紙、「唐紙」。その名の通り、平安時代に唐から伝来し、当初は和歌などをしたためるための料紙(りょうし)※1に用いられた。やがて屏風やふすまなどにも貼られるようになり、江戸時代に全盛期を迎える。当時の技をいまに受け継ぐ「江戸からかみ」は、1999(平成11)年に国の伝統的工芸品に指定されている。  「唐紙職人が描かれた江戸時代の錦絵(にしきえ)が残っていますが、そのころと同じ道具と技法で製作しています」と話すのは、唐紙師の小泉幸雄さん。2000年に経済産業大臣認定伝統工芸士に、2017年に国選定保存技能保持者に認定され、昨年には旭日双光章叙勲(きょくじつそうこうしょうじょくん)を受賞した唐紙の第一人者だ。これまで、浜離宮「松の茶屋」、長崎・出島のオランダ商館、「風神雷神図屏風(ふうじんらいじんずびょうぶ)」、「洛中洛外図屏風(らくちゅうらくがいずびょうぶ)」など、文化財の復元や修復も手がけてきた。  「50年後、100年後に残る仕事ができるのはありがたい。美しさを評価されるとうれしいですね」  小泉さんは、江戸の名工といわれた唐紙師の初代小泉七五郎(しちごろう)から数えて5代目にあたる。先代の父・哲てつ氏が法人化した株式会社小泉襖紙(ふすまがみ)加工所を、息子2人と切り盛りする。子どものころから父の手伝いをしてきた小泉さんは、20歳でこの道に進んだが、高度成長期だった当時はシルクスクリーンを使ったふすま紙の量産が仕事の中心だった。その後、次第にふすまの需要が減少するなかで、父の背中を見ながら伝統技法を習得。現在は、その技を用いた唐紙が製作の9割を占める。 1oのずれもなく模様を写し取る技術  唐紙の代表的な技の一つに、版木から模様を写し取る「版木押し」がある。顔料に光沢のある雲母(きら)を用いた版木押しの唐紙は、草花をあしらった伝統模様が淡く輝く、美しい仕上がりになる。  版木押しの工程は、絵の具づくりから始まる。雲母などの天然由来の顔料と、接着剤の役割を果たす布海苔(ふのり)(海藻の一種)は水を混ぜてつくる。絵の具は、丸い枠に布を張った篩(ふるい)に刷毛(はけ)で塗り、その篩を版木の凸部分にあててつけていく。そして、版木の上に紙を置き、手のひらでなでて模様を写し取る。同じ箇所を二度摺(す)るため、位置が1oもずれないように、版木に紙を置く瞬間は息を止めるという。  三六判※2の大きなふすま紙は5回に分けて摺るが、仕上がりを見ると、継ぎ目はまったくわからない。版木の上に紙を置く位置は、小泉さんが独自に編み出した方程式を使うことで、ぴったりと合わせることができるそうだ。  「むしろむずかしいのは、布海苔や水の分量の調整です。布海苔は天然の材料なので、その状態によって毎回分量を調整する必要があります。また、摺る前に紙を水刷毛で湿らせておきますが、その程度も毎回異なります。その辺は経験による勘に頼るしかありません」 技術継承のために現代に合った商品を開発  ふすまの需要減少にともない唐紙職人も少なくなっており、「私がやめたら、東京に唐紙はなくなってしまう」と危機感を抱く小泉さん。2人の息子が一人前に育つなかで、技術を継承していくために親子で力を入れているのが、唐紙づくりの技法を用いた小物の製作である。絵葉書、名刺カード、御朱印帳など、さまざまな商品を開発し、ネット販売も始めている。  「例えば甲冑師(かっちゅうし)は、ミニチュアの五月人形をつくることで、いつでも本物に転用できるように技術を継承してきました。私たちもそれを見習い、小物の製作を通じて、この伝統の技を後世に残していきたいと考えています」  唐紙は、震災や戦災、また戦後は量産品に押されるなど、何度も消失の危機に見舞われてきたが、そのたびに人々の努力によって存続してきた。今後も末永く継承されていくことを期待したい。 株式会社小泉襖紙加工所 https://www.koizumihusumagami.com/ (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) ※1 料紙……ものを書くための紙 ※2 三六判……横91cm、縦182cmの大きさのもの ※3 寒冷紗……網目状に荒く織り込まれた堅めの綿布、または麻布のこと ※4 絽……薄く透き通った絹織物の一種。江戸時代に夏物衣料として発展 写真のキャプション 版木に絵の具を塗り、その上に和紙を置き、手のひらで摺すって模様を写し取る。同じ箇所に二度摺りするため、ずれないようにするのが熟練の技だ 長男の雅行さん(右)、次男の哲あき推おさんと親子3人で伝統技術を守る 小泉さんが手がけたふすま紙。雲母の光沢によって模様がうっすらと浮かび上がる(写真提供 小泉さん) 伝統技術の継承のため、御朱印帳や手帳、チケット入れなど小物の製作にも力を入れている 唐紙独特の道具である篩。布には寒冷紗(かんれいしゃ)※3や絽(ろ)※4などが用いられる 幅三尺(約90cm)の大きな版木を用いるのが唐紙の特徴。篩(ふるい)を使って、版木の凸面のみに絵の具を均質にのせる 撮影用に摺ってもらった桜模様の唐紙の仕上がり具合を確認。桜は江戸時代から伝わる伝統的な模様の一つ 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  二つの数字のうち、「大きい数字」をいうだけの単純な問題です。しかし、数の大きい方なのか、文字が大きい方なのか、条件をつけ、かつ交互に変えるだけで、ぐっとむずかしくなります。前頭葉をしっかり活動させましょう。 第36回 数字の識別問題  枠のなかに並んだ二つの数字を見て、大きい方を答えていってください。ただし、「数が大きい方」→「文字が大きい方」→「数が大きい方」→「文字が大きい方」・・・と交互に答えてください。  また、1列ごとに左から右へと進めていき、3列目までいったら、スタートに戻ってもう1周しましょう。  スムーズに2周できるようになるまでくり返してください。 スタート 識別能力を鍛えよう  人や物を見間違えたり、大事な資料の一部を見落としてしまったり、部屋の掃除を一部し忘れたりなど、そのような失敗が増えてきたという方は、識別能力が衰えてきているのかもしれません。  識別能力とは、見えているもののなかから必要なものを選別したり、余計な干渉に惑わされずに正しい方を見極めたりする力のことで、効率よく仕事や家事を進めていくうえでは欠かせない能力です。  そこで、おすすめするのが今回のような脳トレ課題です。表示された数字の色や大きさに惑わされず、素早く、的確な選択をしていくとき、視覚やイメージを司る後頭葉と、注意などの認知の制御にかかわる前頭前野が活性化します。  ややこしい課題に取り組んでいるときほど、脳は強く活性化するため、前向きな気持ちでチャレンジしてみてください。  識別能力を高めて、見間違えや見落としのない脳を手に入れましょう。 今回のポイント  今回の問題の正解は、7、6、8、4、7、5、3、4、9となります。  5分の練習でスムーズに2周できるようになるのが目安ですが、できるまでくり返すのがトレーニングです。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【P65】 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構では、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2020年6月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒261-0001 千葉市美浜区幸町1-1-3 ハローワーク千葉5階 043-204-2901 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒780-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価(本体458円+税) 『65歳超雇用推進事例集2020』を作成しました 65歳以上の定年制度、65歳を超える継続雇用制度の導入企業事例を紹介した「65歳超雇用推進事例集」の3冊目となる「2020」を作成しました。 25事例を紹介 図表でわかりやすく紹介 索引で検索 「制度の内容」 「制度導入の背景」 「賃金・評価制度」 などを詳しく紹介 70歳以上の雇用事例も充実! 事例集は、ホームページでご覧いただくことができます。 http://www.jeed.or.jp/elderly/data/manual.html 65歳超雇用推進事例集 検索 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部 〒261-0014 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 2020 6 令和2年6月1日発行(毎月1回1日発行) 第42巻第5号通巻487号 〈発行〉独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 〈発売元〉労働調査会