集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 教えてエルダ先生!こんなときどうする? Season 2 第1回 「高年齢者雇用安定法」ってどんな法律ですか?  2021(令和3)年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行されてから2年が経ちました。ここでは、高年齢者雇用安定法の概要とともに、高齢者雇用を推進するうえで押さえておきたい現行法のポイントについて紹介します。 ■高年齢者雇用安定法の歴史  高年齢者雇用安定法は、1986(昭和61)年に制定(「中高年齢者雇用促進特別措置法」から改称)され、60歳以上の定年が企業の努力義務となりました。その後、60歳定年の義務化、65歳までの高年齢者雇用確保措置の導入などを経て、2020年の改正(2021年4月施行)で70歳までの就業確保措置が努力義務化されています。 図表 高年齢者雇用安定法の歴史 1986年(1986年10月1日施行) 「中高年齢者雇用促進特別措置法」を「高年齢者雇用安定法」に改称。60歳以上定年の努力義務化 1990年改正(1990年10月1日施行) 65歳までの再雇用制度の努力義務化 1994年改正(1998年4月1日施行) 60歳以上定年の義務化 2000年改正(2000年10月1日施行) 高年齢者雇用確保措置(定年廃止、65歳までの定年延長、65歳までの継続雇用制度)の努力義務化 2004年改正(2006年4月1日施行) 高年齢者雇用確保措置の義務化(労使協定により対象者の限定が可能) 2012年改正(2013年4月1日施行) 高年齢者雇用確保措置における労使協定による対象者の限定の廃止 ※2025年3月31日までの経過措置あり 2020年改正(2021年4月1日施行) 70歳までの就業確保措置の努力義務化 ■現行法(2020年改正〈2021年4月施行〉)のポイント ・就業確保措置(70歳までの就業機会の確保)  65歳までの雇用を義務づける高年齢者雇用確保措置(@65歳までの定年の引上げ、A65歳までの継続雇用制度の導入、B定年制の廃止)に加え、70歳までの就業確保措置が企業の努力義務となりました。 第2回 役職定年制って必要? それとも廃止?  高齢者雇用を考えるうえで欠かせない「役職定年制」。マンガに登場した“株式会社さつき産業”のように、役職定年後のモチベーションダウンなどに課題を感じている人も少なくないのではないでしょうか。就業期間の延伸が進むなかで、役職定年後の就業期間も伸びているからこそ、役職定年者の活躍に向けた取組みは欠かせません。そこで、役職定年者の戦力化に向けたポイントについて、東京学芸大学の内田賢教授に解説していただきました。 内田教授に聞く 高齢者雇用のポイント 70歳就業時代を迎え、役職定年後の在籍期間は10〜15年に高齢社員の活力維持に向けて真剣な取組みを  一定年齢に達した者が役職を後進に譲る「役職定年制」では、若手社員や中堅社員がいままでより高い地位と大きな責任をになうことで経験を積み、実力が磨かれます。長期的観点から人材育成に努める企業では、役職定年制も有効な選択肢の一つです。一方、問題となるのは役職離脱者のその後の意欲低下です。その背景には、@役職離脱後の役割や任務があいまいで何をやればよいのかわからない、A管理職手当がなくなって収入が大きくダウン、B肩書きがなくなりプライドを喪失、などが考えられます。  役職離脱者の意欲低下は、本人の能力発揮を低下させるだけではありません。やる気をなくしたベテランの振舞いは職場の同僚である若手社員や中堅社員、ひいては部門や会社の業績に悪影響を与えます。70歳雇用も視野に入った現在、役職定年後も10年、15年在籍する高齢社員の活力維持に、企業は真剣に取り組まねばなりません。  役職定年後の高齢社員が活き活きと働いている企業では、@新人育成のためのテキスト作成や部門の規定・マニュアル作成などテーマを特定して具体的な役割や任務を与える、A与えられた役割や任務の達成度や成果を評価(人事考課)して賃金や賞与に反映する、Bマイスターやフェロー、塾頭など管理職とは違う称号や肩書きを与える、などの工夫をしています。  ある会社では配置転換を重ねて若手を多能工(ゼネラリスト)化、早ければ20代からプレーイングマネージャーとして管理職に就いて全社的視点を体得、知識や技術が陳腐化する前の、50歳前後に役職を離れ、匠(スペシャリスト)として第一線に戻ります。役職定年制の効果的活用の一例です。  大手機械メーカーの元総務部長さんは、「役職定年後、自分のところに相談に来る者が多くなった」とうれしそうに話していました。「上司にはいいにくいが、あの人にだったら相談したい」と慕われるベテランの積極的活用を考えたいものです。 プロフィール 内田賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。 第3回 高齢社員の安全と健康を守る方法は?  加齢にともない身体機能も低下していく高齢者は、若者に比べて労働災害の発生率が高いだけでなく、けがなどによる休業も長期化しやすい傾向にあります。生涯現役時代を迎え、働く高齢者が増えていくなかで、企業が職場環境の改善や健康管理に取り組むことの重要性について、東京学芸大学の内田賢教授に解説していただきました。 内田教授に聞く 高齢者雇用のポイント 高齢社員の労働災害防止と健康管理の取組みはすべての社員の安心・安全につながる  高齢者が働く職場で特に注意すべきは労働災害です。高齢者の労働災害発生率はほかの年齢層に比べて高くなっています。20歳未満の若者の労働災害発生率も高いのですが、その原因は仕事の知識や経験が浅いためと考えられます。一方、高齢者の場合、長年の経験を持ち、仕事も熟知しているため労働災害は起きにくいように思われますが、年齢とともに反応速度やバランス感覚が低下するなどの要因で「頭ではわかっていても体が以前のように動かない」ことから事故が起こってしまうようです。  企業や職場では、高齢者に生じやすい体力や五感の低下をふまえ、それらが原因で起こりやすくなるヒヤリハットや事故を想定し、防止する工夫が必要となります。体力低下への対応として、重量物運搬の際は転倒や腰痛の恐れがあるため、機械化により高齢社員が荷物を持たずにすませるか、ロボットスーツの着用などが考えられます。職場内で移動をともなう場合は動線を短縮化したり、複数の階を行き来しなくてすむよう同じ階に仕事をまとめたりして疲労軽減を図ります。疲労回復のために休憩室を見直し、横になってゆったりできる畳敷きに改装する会社もあります。  「まだまだ自分は大丈夫」と考える高齢社員がいままでと同じペースで仕事をしてしまい、知らず知らずに疲労が重なって事故につながる恐れもあります。上司や同僚は高齢社員の仕事ぶりを見ながら、ときには抑え役になることも考えてください。  職場の安全とともに、健康管理も欠かせません。高齢社員が定期健康診断を受ける際、高齢社員向けにメニューを追加している会社があります。また、再検査が必要と判断された場合は本人任せにせず会社が必ず受診させることも必要です。  ここでは高齢社員の労働災害防止と健康管理について述べてきましたが、会社が真剣に取り組めば高齢社員はもちろんのこと、若手や中堅社員にとっても安心・安全な職場となります。 プロフィール 内田教授に聞く 内田 賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。 第4回 人手不足が続き、10年後が不安です!  少子高齢化などの影響により、人手不足や採用難を実感している企業は少なくないのではないでしょうか。会社の継続的な発展・成長のためにも、業務にまつわる知見やノウハウの次世代への継承は欠かせませんが、そんなときにこそ活用したいのが、高齢社員。業務に精通した高齢社員の雇用を延長することは、業務の円滑な遂行はもちろんのこと、実は人材採用の課題を解決することにもつながります。 内田教授に聞く 高齢者雇用のポイント 高齢者が長く働ける職場環境を整えることが意欲ある人材の採用を容易にする  少子高齢化が進む日本では、若手にかぎらず働き手の確保がこれからむずかしくなります。高齢者雇用に取り組むことで、企業は現在の人手不足に対処できるだけではなく、中長期にわたって安定的に人材を採用できる仕組みがつくれます。  いま働いている人たちの定年や定年後再雇用の上限年齢を延長するか廃止すれば、経験豊かなベテランをより長期にわたって活用できます。そうすることで社員の安心感は高まり、会社へのいっそうの貢献も期待できます。「新規採用がむずかしいのにベテランが来年いなくなってしまう」、「数年後の人手不足が心配」といった悩みが解消されるでしょう。とはいえ、単なる定年廃止や延長では期待した効果を十分には上げられません。マンガにあるように高齢社員の体力や五感の低下に対応した職場環境や設備の工夫、意欲を高める人事評価や処遇制度の構築、短日数・短時間勤務など高齢社員のライフスタイルに合った働き方の提供が欠かせません。  一方、定年廃止や延長は、若手・中堅社員の採用や定着に関して長期的効果も生みます。高齢者雇用に取り組む過程で高齢社員が働きやすい職場や作業環境が実現しますが、これは若手や中堅、子育て中の社員にも歓迎されます。また、勤務時間が柔軟な会社に魅力を感じる人々は若手を中心に多いのではないでしょうか。長く働ける会社は働き手を引きつけます。ある企業では定年延長によって社外から経験豊かな人材を多数獲得できました。その多くは地場で同業の60歳定年企業からの定年退職者や転職者だったそうです。  高齢社員はもちろんのこと、これから高齢期を迎える社員の意見や要望を丹念に聴き、職場環境の改善に加えて個々人の状況に即した働き方のメニューを用意する、これらの取組みによって会社の評判が高まり、少子高齢化時代でも意欲ある人材の採用を容易にします。 プロフィール 内田賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。 第5回 高齢社員の意欲を高める研修をしたい!  定年後、再雇用で働く高齢社員は、賃金一律低下などを背景に働く意欲が低下してしまうことがあります。加えて、会社が自分に何を期待しているのかがわからなかったり、会社も具体的な目標を高齢社員に伝えていなかったりすると、高齢社員も何をモチベーションに働けばよいかを見失ってしまいます。70歳就業時代を迎えたいま、高齢社員に戦力として働き続けてもらうためには、賃金制度の見直しや、期待や役割を明確に伝えることとともに、研修などを通じて自身の強みを効果的に活かせる分野を理解し、環境変化のなかでも実力を発揮できるスキルを身につけてもらうことが重要です。 内田教授に聞く 高齢者雇用のポイント 高齢社員の意欲低下には会社が期待する役割・目標を明確に自身の強みの理解と環境変化への技法を学べる研修が効果的  定年後に再雇用で働く高齢社員が「再雇用になって給料が下がったからやる気が出ない」、「これからは面倒なことをやらずにのんびり仕事をしたい」といったら、一緒に働く同僚はどう思うでしょうか。職場のチームワークが失われるでしょう。もちろん多くの高齢社員はそのようなことを考えず仕事をしっかりやってくれますが、どこかで意欲の低下が見られるのではないでしょうか。一律に賃金を下げず、高齢社員の働きぶりを評価して処遇に反映させるのはもちろんのこと、会社からのさまざまな働きかけや取組みが高齢社員の意欲を高めます。  高齢社員の意欲低下の背景には、これから自分が会社で何をすればよいのか、そもそも会社は自分に何を期待しているのかがわからないということもあるようです。会社が高齢社員に技能伝承や後進育成を期待している場合、その役割を直接、具体的に伝えているでしょうか。漠然とではなく、だれを対象に、どんな技能や技術を、どのような方法で、何を用いて、どのレベルまで伝承し育成するか、かつ、それをいつまでに達成するかなど会社の考えを伝えれば、高齢社員にとっては目ざすものがはっきりします。  ところで自分の強みが何かを見失っている高齢者もいれば、強みを自覚していてもそのまま通用すると思い込んでいる高齢者もいます。いつまでも職場で頼りにされる戦力であり続けるため高齢者になる前から研修を行います。例えば、自身のキャリアをふり返って強みは何か、それが効果的に活かせる分野はどこかを理解し、環境変化のなかでも実力を発揮できるようにIT機器操作や若手とのコミュニケーション技法を学びます。また、管理職にも研修機会を与えて高齢社員の強みを引き出す力をつけてもらいます。このように、若手や中堅にはない強みを持つシニアが、意欲的に仕事に向きあえる環境づくりのためにも研修は欠かせません。 プロフィール 内田賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。 最終回 高齢社員の活躍推進に向け「学び直し」に取り組もう  社会や労働者を取り巻く環境が急激に変化していくなかで、一人ひとりが活躍し続けるためには、「学び直し」により知識やスキルのアップデートをしていくことが欠かせません。70歳までの就業確保が企業の努力義務となったいま、“生涯現役”で活躍するための高齢社員の「学び直し」の重要性について、東京学芸大学の内田賢教授に解説していただきました。 内田教授に聞く 高齢者雇用のポイント 若手や中堅社員にはない強みを持つ高齢社員が戦力であり続けるには「学び直し」が必要  高齢社員が働きやすい職場の実現には、評価や処遇など人事制度の改善や職場環境の整備だけではなく、高齢社員自身が環境変化に適応して強みを発揮できる人材へと変身することが欠かせません。  多くの高齢社員に期待される若者への技能伝承や後継者育成ですが、高齢社員にとってはあたり前だった「背中を見て学べ」という方法はいまでは効果が小さいでしょう。「先輩のやり方を見て、自分で感じ取って学ぶものだ」と高齢社員が精神論を語っても若者には通じず、レベルも向上しません。教える側が具体的に分かりやすく説明しながらやって見せることが必要です。高齢社員には若者の意識やレベルを感じ取る力、分かりやすく説明して納得させる教え方を身につけることが求められます。  製造技術や販売手法、使われる設備や機材はつねに変化しています。日常業務でもパソコンや業務ソフトが不可欠となり、仕事の進め方も昔とはおおいに異なります。若者の仕事に向きあう考え方も変わっています。品質や顧客への姿勢などこれからも変えてはならないものはしっかり守りながらも、変化した現状を理解し、現在の技術や手法、ツールを活用した「いまに即した教え方」を身につけて指導することが効果を高めます。そこで必要となるのが高齢社員の「学び直し」です。その結果、若者や中堅にはない強みを持つ高齢社員が、時代の変化に対応できる柔軟性を持った戦力へと生まれ変わります。  なお、若者の側に高齢社員に対する先入観があれば、すれ違いが起こるかも知れません。高齢社員から教わる前に若者が高齢社員の思考や行動パターンを理解しておけば、高齢社員の教えを受け入れやすくなります。(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)では若者向けマンガ「マンガで考える高齢者雇用」※を用意しています。JEED ホームページからご覧になれるほか、冊子を無料で配布しています。 ※https://www.jeed.go.jp/elderly/data/sankousiryou/shosinsha/comic.html プロフィール 内田賢(うちだ・まさる) 東京学芸大学教育学部教授。 「高年齢者活躍企業コンテスト」審査委員(2012年度〜)のほか、「70歳までの就業機会確保に係るマニュアル作成・事例収集委員会」委員長(2020年度〜)を務める。